215.『隋書』の志

  『隋書』にはもともと志はなく、現行の志は梁・陳・北斉・北周・隋の事を合わせ記しており、旧名を『五代史志』といって、別に単独で刊行されていた。その後に『隋書』に編入されたのである。しかし突き詰めると、『隋志』というべきではない。開皇・仁寿年間から王劭が『隋書』八十巻を作った。分類は整っていたが、編年紀伝になお欠けるところがあった。唐の武徳五年、令狐德棻が五代史(『梁書』・『陳書』・『北斉書』・『周書』・『隋書』)の編修を上奏し、封徳彝・顔師古に『隋書』を編修するよう詔を下された。年を経て着手されないまま中止された。貞観三年、魏徴がこれを編修し、房玄齢が監修をつとめるよう再び詔を下された。魏徴は顔師古・孔穎達・許敬宗に共同で編纂させるようまた上奏し、序論はみな魏徴の作るところとなった。全部で帝紀が五、列伝が五十となった。貞観十年正月、これを献上した。これが『隋書』である。貞観十五年、于志寧・李淳風・韋安仁・李延寿にまた詔を下して『五代史志』を共同で編修させ、全部で十志を完成させて、三十巻となった。顕慶元年、長孫無忌らがこれを献上した。これが『五代史志』である。説は劉攽の校刊の時に記したところに見られる。

215.隋書志

  隋書本無志,今之志乃合記梁、陳、齊、周、隋之事,舊名五代史志,別自單行,其後附入隋書,然究不可謂隋志也。自開皇、仁壽時,王劭爲隋書八十卷,以類相從,至編年紀傳尚闕。唐武德五年,令狐德棻奏修五代史(梁、陳、齊、周、隋),詔封德彝、顏師古修隋書。歴年不就而罷。貞觀三年,又詔魏徴修之,房玄齡爲監修。徴又奏顏師古、孔穎達、許敬宗同撰,序論皆徴所作,凡帝紀五、列傳五十。十年正月上之,此隋書也。十五年,又詔于志寧、李淳風、韋安仁、李延壽同修五代史志,凡成十志,三十卷。顯慶元年,長孫無忌等上之,此五代史志也。説見劉攽校刊時所記。

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魏末周初無年號 215.隋書志 一帝數后

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最終更新:2021年09月20日 01:03