エロパロ > 名無し > 音無し×天使と麻婆豆腐

タッチセンサに指を押し当てると、ピッという電子音が鳴った。
購入した食券は、麻婆豆腐(300円)。
あの日、食べてからというものの、その辛さに病みつきになっていた。
いや、きっと理由はそれだけじゃない。
あの子のことが、気になっていたのだ。
慰めに好物を一人で食べようと思っていたのに、その機会すら奪われてしまった少女の
ことが。
奪ってしまったのは、間違いなく俺達。
けれど、彼女に対して謝罪や、慰安をすることはできない。
それは、SSSの意向ではない。彼女は間違いなく、俺達の敵だったのだから。
仕方のないことなんだ。
そんな感傷に浸りながら、食券を握って振り返った。
すると。
「た、橘」
後ろには、天使こと――橘奏が並んでいた。
「こんにちは、音無君」
「あ、ああ」
動揺している俺の横をすり抜けて、橘は食券機の前に立った。
けれど、指先がちっとも動いていない。
俺は彼女の視線の先を覗きこんだ。
「……あ」
麻婆豆腐のボタンの上に、赤く×が引かれている。
つまり、売り切れということだ。
よくよく考えてみれば当然のことだった。
麻婆豆腐は全生徒が敬遠するメニュー。
当然、作られる数イコール食券の数は少なくなる。
俺が買ったもので、最後だったのだ。
「あ、あのさ。これ、やるよ」
俺は咄嗟に橘の手を掴み、麻婆豆腐の食券を握らせた。
「これは、音無君の」
橘は俺を見上げて、ふるふると左右に首を振った。
「いいんだ。俺は本当は他のが食べたかったんだよ」
適当に嘘をつく。
「麻婆豆腐、嫌いなの?」
橘の顔に、かすかに悲壮が滲んだ。銃で撃たれても平気な顔する癖して、麻婆豆腐に関
してはこれか。
「いやいやいや、麻婆豆腐大好きだよ! 本当!」
「そう、良かった」
「あ」
橘は俺の手に食券を握らせると、背を向けて歩き出した。
茫然と彼女を見つめることしかできない。
また、奪っちまうのか。
だって、仕様がないだろう。
誰も、認めないんだ、彼女を。
彼女も、弁解しようとしないんだ、何も。
けど、俺は。
「待てよ、橘!」
「その……一緒に、飯、食わないか?」
敵とか仲間とか、神とか天使とか、よくわからない。
けど、そんなものは抜きにして、あの子が一人でご飯を食べるのは嫌なんだ。
そんなこと、彼女は気にしていないのかもしれないけど、俺は嫌なんだ。
それだけなんだ。
橘はゆっくりとこちらに戻ってきた。
「いいわよ」
素っ気ない感じでそう言った。畜生、俺がどれだけ勇気を振り絞って言ったと思ってん
だこの野郎。
ムカついた勢いでご飯を二人分追加してやった。
けど、流石に食堂で食べるわけにはいかない。ゆりにでも見つかったら大目玉だからな。
俺は配給のおばちゃんに相談した。おばちゃんは快くタッパに麻婆豆腐とご飯を詰めて
くれた。
「さて、どこで食べるか」
橘は食堂で食べないことに首を傾げていが、反対はしなかった。
「私の部屋なら近いわよ」
「お前の部屋って……女子寮だろ、あそこ」
「昼間なら人も少ないし、平気よ」
生徒会長にあるまじき発言だった。いや、元生徒会長だからこその発言か。
「けど、そういう問題じゃないだろ」
「……どういう問題?」
橘が再度首を傾げる。
落ちつけ俺。こいつにそういう考えはない。逆にそういうの気にする方がきもいぞ。
「……んじゃあ、お言葉に甘えて」
先導する橘についていき、橘の部屋まで行った。
相変わらず少女趣味な部屋で、何というか毒気を抜かれる。
「タッパ、貸して」
橘はタッパを受け取ると手際よく皿に盛り付け、テーブルに並べた。
蓮華、お水、取り皿などを二式用意して、二人でテーブルの両側に座った。
「「いただきます」」
橘が両手を合わせて丁寧にお辞儀をする。その所作の美しさに、本来の目的である食事
のことを忘れそうになった。
橘は食べようとしない。
「食べないのか?」
「食べて、いいのかしら。音無君のなのに」
「お前なあ。いいから黙って食えよ。奢らせろ。いつもお前には酷いことしちまってる
んだ。これくらいさせろ。ていうかさせてくれ」
そうまくし立てても、橘は手をつけようとしなかった。
俺はしびれを切らして、橘の側にすり寄った。
「ほら!」
「あ」
橘の手から蓮華を奪い、麻婆豆腐をすくい、彼女の口元に寄せた。
橘は躊躇ったようだが、ようやく麻婆豆腐を食べた。
モグモグと彼女の口が動く。
彼女の顔に、かすかに笑みが滲んでいく。
まるで、小動物に餌を上げているかのように和んだ。
そのまま何口か食べさせてやった後、蓮華を握らせた。
これでもう大丈夫だろう。俺も食べないと。
反対側に戻ろうとすると、ぐいっと背中を引っ張られた。
振り向くと、橘が無表情で麻婆豆腐を載せた蓮華を差し出している。
「……あの」
蓮華がちょんと突き出される。
「……あーん」
あーん、じゃねえよ。
「いや、俺は別に一人で食えるし……」
橘の目が、じとっとした風になった。食べなかったら、ガードスキルでもかまされそう
な雰囲気だ。やられたら絶対にやり返す、戦いの時のようにそれが橘の基本方針らしい。
けど、大きな問題がある。俺は蓮華と、橘の唇を交互に見つめた。だってこれ、間接キ
スじゃん。いや、何を動揺している俺。そんなの気にするのは中学生くらいだ。ていう
かやっぱりきもいぞ俺。


「い、いただきます」
食べた。
けど、やっぱり動揺していたのがまずかったのか、蓮華を深く咥えこみすぎてしまった。
「うっ……ゲヘッゲホッ!」
かっれ~~~~~~!!!!!!
喉が焼けるぅ~~~~~~!!!!!!!
闇雲に伸ばされた手に、冷たい何かが触れた。
俺は一気にそれを飲みほした。
「ぷはぁ!」
「大丈夫?」
どうやら、橘が、水の入ったコップを差し出してくれたらしい。
「はぁはぁ……大丈夫」
「やっぱり、麻婆豆腐苦手なの?」
「いや、この辛さがたまんねえんだ……」
ていうか涼しげに食べている貴方は一体何者ですか?
それから、俺と橘は麻婆豆腐を少しずつ食べた。何となく両側には戻らず、寄り添いつ
つ。何故か橘はたまに蓮華を差し出し、俺はそれを食べるのに失敗して、また悶絶を繰
り返したりした。
橘が、俺の額にハンカチを差し出した。どうやら、大量の汗が浮かんでいたらしい。
橘の身体と、顔が、密着する。
形の良い唇が、目に映る。
俺は自然と、その唇に口づけていた。
まるで辛いものを食べた後、口直しに甘いスイーツを食すかのような、ごく自然に。
けれど、甘い味などするわけもなく、麻婆豆腐の味しかしなかった。
はっと我に返った。
「ご、ごめん」
「……」
橘は、いつも通り無表情だったが、少しだけ茫然としているようにも見えた。
ああ、畜生め。
何でこんなにもこいつが気になるのか、こいつに一人で飯を食わせたくないのか、わか
ってしまった。
今まで、麻婆豆腐を食い続けてきたのが、急に恥ずかしくてたまらなくなる。
俺は残っていた麻婆豆腐を胃にかきこむと、タッパを手に取り、勢いよく立ちあがった。
身体が、炎になってしまったかのように、熱かった。
「い、いいか? もう、これからは一人で飯食うなよ? 俺を探せよ。俺もお前を見つ
けるまで絶対に食わないから」
橘を指差してそう約束した。橘はわかってるんだかわからないんだか、わからないよう
なすました顔で、コクと一回だけ頷いた。
ああ、もう本当にこいつはもう。
きっと傍から見たら、俺達の顔色はとてもはっきりとした紅白をなしていたことだろう。
それが何となく悔しくて、彼女の心を少しでも動かしたくて、宣言した。
「今度は、もっと大人数で、皆で食事できるようにしてやるから。それまで、待ってろ
よ」
部屋を飛び出しながら、本当に面倒くさいことになっちまった、と思った。
だけど、こんなにも身体が熱いのは、きっとあの、激辛麻婆豆腐だけのせいじゃない。

終わり

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最終更新:2010年05月09日 11:14