胸を刺す痛み、届かない想い

「彼女には、あなたの指示通りのものを渡しましたよ」
「……そう。何から何まで世話になるわね」
「しかしあなたも残酷なことをする」
「あなたにだけは、家庭環境のことを説教されたくないわ」
「『家庭環境』ですか。『娘と思ったことは一度もない』のでは?」
「…………」
「それに私は、憎まれてはいますけれど、それでも兄弟仲は良かったんですよ?」



※  ※

フェイト・テスタロッサに支給されたものは二つ。

ひとつは、手紙だった。

しかし、そこに書かれている内容は、フェイトを恐怖させ、絶望させた。

『君には、この実験で『ジョーカー』の役割を演じてもらう。
実験に協力し、参加者の数を減らしてほしい。
難しく考えることはない。さっきも会場にいる皆に『生きろ』と命令したばかりだからね。
つまり、他の69人に命令したことと変わらない。
ただ、君の監視は特別念入りに目を光らせているというだけだ。
対主催行動をとればすぐ分かるようになっていると、思ってくれればいい。
とはいえ、突然こんなことを言われても、いきなり決断することは難しいと思う。
そこで、君のお母さんの身柄を確保させてもらった。
その代わり無礼の、お詫びというわけではないが、望み通りの働きをしてくれた暁には、『願い事』として『望むだけのロストロギア』をさしあげよう。
十全の働きができるよう、あらかじめ任意で支給品を選ばせてもらった。
健闘を祈っている。

P.Sお母さんからの伝言を預かっているよ。『たすけて、フェイト』だそうだ』
同封されていた映像端末には、椅子に座らされ、バインドで手足を拘束された母親が映っていた。

震える手で、もうひとつの支給品を取り出す。
ディパックから姿を現した、漆黒の杖。
「バルディッシュ……」
家庭教師のリニスが、フェイトの為につくってくれた専用デバイス。
どんな時でも道を切り開いてくれた、金色の閃斧。
その頼もしさが、逆に今のフェイトには重くのしかかる。
これさえあれば、フェイトは大抵の困難を乗り越えられる。
――人を殺すことだってできる。



リニスは、フェイトが人を殺すことを絶対に望まないだろう。
でも、



――たすけて、フェイト。



お母さんが、わたしに『たすけて』と言っている。

非殺傷設定を、解除。

お母さんは、わたしの全て。
だから、わたしは何としてもお母さんを助けなければいけない。
わたしのせいでお母さんが死んでしまったら
――それはわたしが死ぬよりも恐ろしいこと。辛いこと。

「バルディッシュ――ごめんね」
フェイトは、バルディッシュに額を押し付けた。
体が震える。
涙は、流さない。
泣いてはいけない。
これから人殺しになる人間に、泣く資格は、ない。



※  ※

フェイトは、重い荷物を背負ったように、森のなかをひたひたと歩く。
飛ぼうとしなかったのは、地上からの狙撃を警戒しただけでなく、少しでも“その時”を先送りにしたかったからかもしれない。

そして、フェイトは出会ってしまった。

「そこの人! 俺はこのゲームに乗ってない! そっちはどうなんだ?」

中華風の着物に身を包んだ、フェイトより少し年上ぐらいの少年だった。
眉が太く、意思の強そうな瞳が光る。
一歩も引かなそうな構えに、何度もぶつかった“あの子”を少しだけ思い出した。
バルディッシュの報告によると、資質は特殊だが、何らかの魔力を持っているようだ。
フェイトのような魔力変換資質に近いらしいが、断定はできないとのこと。
最初にいた空間やフェイトの首の刻印も、バルディッシュの知らない技術だった。
参加者の中にも、そういうよく分からない力を持っている人がいるのかもしれない。

どちらにせよ、すぐに終わらせてしまいたい。

少年は、フェイトの方に近づいて来る。
「俺は、自分の為に誰かを殺すのも、大切な人を守る為に殺すのも嫌だ。俺の大切な人も、きっとそう言うと思うから。
だから、殺し合いに乗らないし仲間がほしい。俺と一緒に来てほしい」
大切な人、という言葉に、フェイトの胸が苦しくなる。
ごめんなさい。
そう口を動かしたが、言葉にはならなかった。
それは偽善だ。
この人と話をしてはいけない。



言葉にしなきゃ分からないこともきっとあるよと、言ってくれた子がいた。



でも、こんなことになって、何かをしようとすればお母さんが殺されるかもしれなくて、
そんな時に、誰かと話をして、何かが変わるはずもない。
話しても、分からない。
言葉は、人を救わない。



「フォトンランサー」



バルディッシュが球形の発射台(スフィア)を創り出す。
空中に生成された黄金の球体に、少年の顔がこわばる。

「ファイア!」

光の槍が、闇を斬り裂きはしった。
金色の処刑槍は音速を超える速さで疾駆し、逃げる間を与えずに少年の体に着だ――
――弾かれた。
少年を覆うようにして発動した何かの『壁』によって。



※  ※

小狼が、その攻撃から身を守ることができたのはただの偶然だった。
不穏なスフィアを見て、とっさに支給品のひとつを取りだしたに過ぎない。
小狼にはその光球が何をもたらすのか分からなかったし、その武器――クロウカード――が、ちょうど『盾』のカードだったことも偶然だ。

しかし、『盾』のカードが発動し、見えない壁が小狼を守ったことは、偶然ではなかった。
「カードが、守った……?」
文字通り、光の速さで飛んできた弾道が、『盾』に弾かれて爆散。
それは、カードの意思だった。
何故、カードの効力が自動的に発動したのか。
それ以前に、何故、木ノ本桜以外の命令をきかないクロウカード(改めさくらカード)が、支給品として配布されたのか。
それは、主催者が課した何らかの制限のひとつだったのかもしれない。
あるいは、『盾』のカードの『大事なものを守ろうとする』習性によるものだったのかもしれない。
だからこそ、本来の主である少女の『大事』な存在である、その少年を守ろうとしたのかもしれない。

どちらにせよ、小狼が知り得たのは『大切な人のカードが小狼の味方をしてくれた』という事実。



※  ※

「自動防御……?」
フォトンランサーの狙いは正確。
真直ぐ、少年の心臓を照準していた。
防御を発動する間も与えなかったはずだ。
少年の持っているカードのようなものがデバイスの役割を果たし、自動的にシールドを形成した。フェイトはそう判断する。

「ファイア!」
それでもフェイトが攻撃手段に“砲撃”を選んだのは、未だ心に躊躇いがあったからかもしれない。
サイスフォームによる『鎌での直接殺傷』を、無意識に忌避したからかもしれない。

スフィアの数を増量。三つに増えた光球は、連続でフォトンランサーを精製。
見えない壁の『盾』に、黄金の槍が何本も弾けた。



※  ※

『盾』に守られながら、小狼は考える。
未知の魔法。凶暴な光の槍。
それらを前に、小狼なりの知恵を尽くして、考える。
『盾』のカードも、そう長くはもたない。
今は何とか耐えてくれているが、単純なエネルギー量はおそらく少女の方がずっと上だ。
先に少女が焦れて、槍の連撃を解除してくれることを期待するしかない。
そうすれば、『もうひとつ』の支給品で、チャンスを作ることができる。
『もうひとつ』も、小狼の大切な人が信じた『カード』のひとつだ。
そのカードを、小狼は信じた。



そして、好機はやって来た。

「バルディッシュ!」
「Scythe Form」

黒い斧の頭が直角に折れ曲がり、そこに金色の新たな刃が生まれる。
『斧』が『鎌』になった。
そんな風に変形した。



待っていた。
砲撃が、少しの間だけやむ。それを小狼は待っていた。



『盾』に一旦、消えて貰う。
『盾』自身の負担も相当溜まっていたはずだし、何よりカードの制限が分からない以上、二枚同時に扱えるかが分からない。
もう一枚のカードをかざしたまま、小狼は地を蹴った。

少女から逃げるのではなく、前へ。
少女めがけて走った。

それは『少女に誰にも傷付けさせず、ここで止めたい』という、蛮勇と甘さだったのだが、結果的には正解の行動だった。
フェイトに『迎撃』ではなく『追撃』をさせれば、それは彼女の独壇場だったのだから。
こと『速度』という点においてフェイトを上回る使い手は、この会場どころか、ミッドチルダ全体を探したところでそういないのだから。
そして、どうにかしてフェイトを捕まえてしまえば、ゼロ距離での単純な格闘術なら、小狼の方に分があったのだから。

しかし、少年の暴挙にもフェイトは揺るがない。
向かって来る敵を逆に打ち倒す手段も、彼女は数多く持っているのだから。
それでも、躊躇いはわずかにあった。
その鎌で人を殺し、返り血を浴びる、躊躇い。
だからこそ、その鎌を撃ちおろすのではなく、中距離攻撃で『鎌』を打ち出そうとした。

「アークセイ……」



「『幻(イリュージョン)』!」



刃のブーメランが打ち出されるより早く、小狼は『もう一枚』のカードをかざした。
それは、直接の攻撃力を持たないカード。
しかし、『大切な人』がいる人間なら、間違いなく揺さぶられてしまうカード。


『幻』のカードの効力は、『対象が最も想う者の姿を映す』こと。

効く、と小狼は信じた。
なぜなら、少女は『ごめんなさい』と言ったから。
声にならなかったけど、口を動かしたのを、小狼は見逃さなかったから。
そんなに苦しそうに人を殺す少女なら、きっと誰か、彼女を想う人も、彼女が想う人も、いるはずだから。



フェイト・テスタロッサが今、一番に会いたいと想っているのは、母、プレシア・テスタロッサだった。
しかし、



『幻』は、会いたいその人の姿をとらなかった。



「……あなたは!」

カードから『彼女』は飛び出した。

真白いドレス。
胸元を飾る赤いリボン。
白いリボンと共に揺れる、二つに結ばれた茶色い髪。
決意をたたえた、黒い瞳。



『幻』のカードは、彼女が今、一番に『会いたくない』と想っていた少女の姿を、映し出していた。



――わたしの名前は■■■■■!

何度も名乗ってくれた『あの子』が、少年を庇うようにフェイトの前に立つ。
悲しそうな目で、フェイトを見ていた。

「It’s illusion,master!(幻覚です!)」
バルディッシュの警告は、届いていた。
幻だということは、フェイトにも分かっていた。

けれど、


手が、腕が、頭が、リンカーコアが、止まった。

あの子もこの『実験』に呼ばれているのだろうか、と。
私は、あの子も殺さなければいけないのだろうか、と。

そんな想像をしてしまった。
胸が刃物でさされたように痛んだ。

「……っ。それでも、私は!」

中途半端な状態で、それでもアークセイバーを振りかぶろうとする。

少年は既に、5メートルの距離にいた。
少年が、跳んだ。
フェイトは、初めて恐怖を覚える。
実力は圧倒的に下のはずの、その少年が全く恐れていないことに。
その、『あの子』と同じ、迷いのない瞳に。
恐怖が生んだ、できるはずだった回避の失敗。

殺人への躊躇い。
主の躊躇いを映したバルディッシュ。
未知の『カード』による魔法。
そして何より、そこにいた『白い少女』。
そんな数々の迷いも、フェイトの動きを遅らせた。

たとえフェイトの体がバリアジャケットに守られていても、優れた飛行技術を有していても、それらを操るフェイト自身は、9歳児程度の少女でしかない。
たとえ持っている杖が無敵でも、それを握っている力は、9歳児の握力でしかない。
小狼の手刀が、正確にフェイトの手首を撃ちすえた。

「あっ、バル――」
バルディッシュがフェイトの手から叩き落とされる。
それによって、中途半端に照準されていたアークセイバーも軌道をそれ、小狼の脇腹をかすめた。
叩き落とされたバルディッシュを、小狼は空中で奪い取る。

だん!

小狼の体当たりが、フェイトを地に倒していた。
その左手がバルディッシュを横にして握り、その柄の部分を使ってフェイトの胴を押さえつけている。
その格好は、背中を盾に、フェイトを何かから庇っているようにも見える。
フェイトの瞳は揺れている。
すべきことが出来なかったと悲しむように。
しかし、心のどこかでそうは思っていないように。
小狼の瞳は揺るがない。
人を傷つけるようなやり方を、小狼の大切な人は喜ばない。
「剣」のカードを封印しようとした時、さくらは小狼を怒った。
友達を傷つけるようなやり方を使ったことを、怒った。
その時から、ずっと変わらないことだから。
「こんなことやめるんだ! 事情があるんなら話を聞く! 俺にできることなら協力する! だから――」



ざくっ



小狼の背中に、金色の刃が刺さった。

「あ……?」
「う……」

何が起こったのか分からない、という小狼の顔。
一瞬で理解し、苦渋に染まったフェイトの顔。
アークセイバーは、ブーメラン状に楕円を描いて軌道する。
戻ってきた刃が、小狼の背を貫いた。

偶然と勇気の逆転は、偶然の逆転に覆された。

小狼の腹部から、貫通した刃をつたって、ぽたぽたと血がしたたる。
したたった血が、フェイトのバリアジャケットを濡らす。
フェイトは少年をせめて楽にする為に、その言葉を紡いだ。

「セイバーブラスト」

刃が爆ぜた。

爆発が臓器を心臓を破壊し、少年の命をあっという間に連れて行った。



「さく……」



言いかけた名前が、少年の遺言になった。



フェイト・テスタロッサは、とどめをさした少年の血と臓器を大量に被った。
地面にこぼれた金髪も、血で染められていた。
焼け焦げた腸や心臓の欠片が、黒いバリアジャケットの上に散らかる。
しばらく、そのまま動けないでいた。
瞳を凍りつかせたまま、動けないでいた。



殺した。



こうしてフェイト・テスタロッサは、人を殺した。


【李小狼 死亡】


【F-6/森/一日目深夜】

【フェイト・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのは】
[状態]健康、罪悪感、魔力消費(小)
[装備]バルディッシュ@魔法少女リリカルなのは
[道具]基本支給品一式×2、
『盾』のカード@カードキャプターさくら(六時間後まで使用不可)
『幻』のカード@カードキャプターさくら(六時間後まで使用不可)
[思考]基本:お母さんを助けるために殺し合いに乗る
1・???

※「リリカルなのは」9話、なのはとの決闘前からの参戦です。
※名簿の「高町なのは」の名前には気づいていません。
(なのはの名前をきちんと覚えていないため)

※クロウカードに関する制限……木ノ本桜以外の人物にも使用可能。
(カード自体の魔力で発動するため、一般人にも使用可能)
一回の発動時間は15分。一度使用すると、次の六時間までは使用不可。
カードがダメージを受けた場合は、十二時間の間使用不可となる。


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最終更新:2011年08月20日 20:50
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