P-47 サンダーボルト

「P-47 サンダーボルト」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る

P-47 サンダーボルト - (2014/08/20 (水) 10:56:20) の編集履歴(バックアップ)


登録日:2014/05/04 (日) 17:37:00
更新日:2022/08/18 Thu 18:39:22
所要時間:約 ? 分で読めます




P-47 サンダーボルトはアメリカ陸軍が運用した中でも最も強力な戦闘機のひとつである。
「強力なエンジンを積んだ強力な戦闘機」という単純明快だが実行には技術力と工業力が必須なコンセプトを見事実現した、第二次大戦中最重量にして最高火力の重戦闘機。

性能諸元(P-47D)

全長:11.0m
全幅:12.4m
全高:4.47m
翼面積:29.92m²
空虚重量:4.80t
最大離陸重量:7.94t
動力:P&W R-2800 2,430hp
最大速度:697km/h
巡航速度:563km/h
航続距離:1,657km
実用上昇限度:12,800m
固定兵装:12.7mm機銃8門
爆装:翼下に最大1.1t or 127mmロケット弾10発
総生産機数:15,660機

開発経緯

今でこそレシプロ機最強候補の重戦闘機として有名なP-47だが、1939年に元々発注されていたXP-47Aは低高度用の軽戦闘機として設計されていた。
しかし、ヨーロッパでの対ドイツ戦訓が伝えられたことで武装や防弾設備などの要求が増大。初期案では予定性能を出せないとして一度プロジェクトは中断される。

振り出しに戻されることを強いられた設計者のアレクサンダー・カートベリは軍の仕様要求を再度精査し、一見するとプロトタイプの改悪にしか見えないような機体案XP-47Bを提示する。
それは「デカくて強いエンジンを積めば火力も速度も両立できるじゃない」という過激かつ単純明快なものだった。カートベリ曰く「こいつは恐竜になるだろう。それもスタイルのいいやつに」。

プロトタイプの時点でエンジン出力は2,000馬力、ターボチャージャーと大容量燃料タンクを収めるために太い縦長となった胴体は図らずも、不時着時の搭乗員の生存性の高さに寄与する。
更に翼内固定兵装として12.7mm機銃をなんと8門も搭載。重爆撃機並みの火力を一点集中することで得られる強烈な瞬間火力はまさに滅尽滅相
重装甲かつ重武装、さらに高々度性能も良好な本機に軍は一も二もなく飛びついた。

だが、試作機の初飛行から量産までの道程は過酷だった。初の本格的♂高々度高速戦闘機であった本機は急降下時の遷音域突入とその際の諸問題解決に多数のテストパイロットを文字通り『喰って』いる。
その様は当の軍に「俺ら、ほんとうにこいつを必要としてるのか……?」と思わせるほどのものだったが、その答えは幸運にもイエスだった。

戦歴

42年度末までに大方の不具合は改善され、P-47はついに前線へと投入される。初陣は英国空軍内のアメリカ人義勇兵による飛行中隊《イーグルスコードロン》によるものだった。
彼らの同僚の英国紳士たちは「離陸すらできそうにないのにこいつで空中戦だって!?」と仰天したという。

実際に搭乗した義勇兵の評価はまさに両極端で、運動性の低さと離着陸距離の長さをブーたれるか、一撃離脱性能の高さに惚れ込むかのどちらかだった。
特に急降下性能の高さは特筆すべきで、遷音速で突っ込んでくる本機から逃れ得るドイツ機は存在しなかった。
また、強力なエンジンがもたらすパワーは上昇力にも寄与し、一撃離脱に専念する本機の撃墜は困難極まった。
というか追いかけられたら急上昇しようが急降下しようが離脱不可能爆散不可避

空中戦でも優秀な戦績を残し、特筆すべきは本機のエーストップ10が全員生きて終戦を迎えていること。
重装甲・大火力・高速力を全て兼ね備えていた本機ならではの快挙と言える。

運動性能でやや劣るため爆撃機の護衛任務には不向きで、最終的にはP-51にその任を譲るがむしろここからが本領発揮
膨大なペイロードに物を言わせて爆装し、地上目標に好き放題叩き込んだ後機銃掃射をおまけして悠々と離脱。
重装甲なので多少の被弾にはびくともせず、迂闊に反撃すれば猛撃を受けて逆に壊滅する始末。
地べたを這いずるナチ公どもを粉砕し、本職顔負けの対地攻撃スコアを残している。
これが元で本機は戦闘爆撃機(ヤーボ)の代名詞となり、その名をまさに雷電そのものの如く恐怖とともに轟かせた。

逸話

欧州戦線ではしばしばFw190と誤認されて地上の友軍から誤射されている。
胴体の太い本機と細身のFw190では容易に見分けがつきそうなものだが、太いのはあくまで縦方向。
左右はスリムとはいかずともごん太なわけではなく、真下からの機影が酷似していたのでこういうことが起こったという。

また、本機での撃墜数第二位を誇るロバート・S・ジョンソン大尉も強烈な逸話を残している。
友軍爆撃機の迎えに出た大尉は道中でFw190の編隊と出くわし、フルボッコにされて真っ直ぐ飛ぶのが精一杯なところまで追い詰められる。
そこをドイツのエース、エゴン・マイヤー中佐に捕捉されるが、なんとFw190が全弾撃ち尽くすまで耐え切ってしまった
その頑強性に感服したマイヤーはジョンソンに敬礼し去っていったという。
どうにか帰投した彼は被弾痕を数えてみたが、あまりに多すぎて200を越えたところで止めた。



追記・修正は本機のテストパイロットに選ばれてからどうぞ。

この項目が面白かったなら……\ポチッと/