細胞内共生説

登録日:2013/06/29 Sat 10:28:13
更新日:2023/12/28 Thu 10:44:00
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皆様の体の中には、数億年もの昔からの同居人がいる。
細胞の中に潜り込み、人類と共に『進化』を続けてきた「彼ら」。
それが、もし反乱を起こしたら……。

日本のホラー小説やミステリー小説に、様々な生化学的なテーマを取り入れた画期的な作品『パラサイト・イヴ』。小説や映画が様々な話題を呼び、ゲームとしても有名になっているこの作品の重要なテーマとなっているのが、ミトコンドリアである。皆様の体を動かすエネルギーを創りだす、細胞の中にある様々な器官(細胞内器官)でも非常に重要な部品なのだが、実はこの部品には不思議な性質がある。皆様のような人間の体の設計図『DNA』が細胞の核の中に収納されているのはご存知かもしれないが、このミトコンドリアにはそれとはまったく別のDNA「ミトコンドリアDNA」というものが存在しているのである。しかも、細胞の中で自由に分裂増殖していくという、まるで『生物』のような行動を示しているのである。
これと同じような構造を持つ細胞内器官には、葉緑体も代表的である。植物の「緑色」を創りだし、光合成において非常に重要な役割を担う器官であるが、実はこの中にも独自のDNAが存在しており、独自に分裂増殖で増えているのである。一体これはどういう事なのだろうか?

……実は、これらの器官は、遥か昔『生きもの』だったのである。


現在、科学の世界でほぼ常識となっているこの不思議な現象を、「細胞内共生説」と呼ぶ。


なお、この項目は『パラサイト・イヴ』に関する重要な伏線がいくつか記載されている……かもしれない。ネタバレが嫌な方は回れ右をお願いします。













……大丈夫?
それでは、改めて説明を。



~~歴史~~

近代科学が進歩を始めた19世紀の頃から、既にミトコンドリア葉緑体がどこか変な存在である、と言う事は言われていた。前述の細胞の中で勝手に分裂増殖するという事以外にも、ミトコンドリアなどの遺伝形質が妙な特徴を持つ、などの事実が発見され続けていた。普通、ギシギシアンアンする有性生殖の生物の赤ちゃんには父親と母親双方の遺伝子が受け継がれているはずなのに、何故かミトコンドリアや葉緑体は母親由来のものしか受け継がれていないのである。現在はこれを「細胞質遺伝」と呼んでいる。
さらに1950年代に入り、生物の基本はDNAであると言う事が分かってくると、ミトコンドリアや葉緑体の中から独自のDNAが発見され、さらにはミトコンドリアが独自にタンパク質を作りだせる事も分かってきた。

そして、このような様々な研究結果から導き出されたのが、1970年に発表された『細胞内共生説』である。

提唱したのは、アメリカの女性科学者リン・マーギュリス博士。画期的な考えの常として最初は学会などで馬鹿にされていたのだが、現在は完全に受け入れられ、生命の進化を調べる上で非常に重要な仮説となっている。ちなみに「説」である理由は、誰もミトコンドリアや葉緑体が出来た瞬間を目撃していないからである。


~~概要~~

この『細胞内共生説』と言うのは、乱暴に言ってしまうと「細胞の中に別の生物が住んでいる!」というなんだか怖いような話になるのだが、実は生物の世界ではよくある話である。代表的なものとしては、サンゴが挙げられるだろう。

熱帯の海の生態系を支え続けるサンゴの細胞の中には、光合成を行う褐虫藻が住んでいる。自分の細胞をマンションのように貸してあげる一方で、家賃として光合成で得た栄養分をサンゴは頂いている、という感じだ。ただ、葉緑体を持つ「植物」とは異なり、水温の変化など環境が変わってしまうと褐虫藻はサンゴの体の中から抜け出してしまい、サンゴは白くなって死んでしまうのである*1。ちなみに逃げ出した褐虫藻の方は平気らしい。と言う事で、まだこのレベルではミトコンドリアや葉緑体には程遠い。

さらに進んだ段階としては、アブラムシが挙げられる。
害虫でお馴染みのアブラムシだが、実は細胞の中にブフネラという大腸菌の親戚のような感じの細菌が住んでいる。アブラムシが体内で合成できない必須アミノ酸を作ってくれるというありがたい存在で、専用の細胞まで用意しているというVIP級の待遇であるが、実はブフネラの方も既にアブラムシの体内でないと生きる事が出来なくなっている。既にこの関係は数億年も続いているらしい。また、最近の研究ではこのブフネラを制御するために、別の細菌から遺伝子を頂き、それを利用していると言う事も明らかになっている。
こちらで取り上げた「カルソネラ・ルディアイ」も同じような理屈である。


そして、この細胞内に住む『生物』というレベルから、細胞内の『部品』にまでなったのがミトコンドリア葉緑体なのだ。


地球上に生物が誕生したばかりの頃は「食べる」「食べられる」という関係しか無く、強いものが残り弱い者は滅びるという弱肉強食そのままの様相であった。しかし、その中で一部の捕食者が変わった行動を起こし始めた。人間で言う家畜のように、食べた獲物を体の中で飼って、そこから栄養を貰うようになったのである。なんでこういう事をし始めたのかという理由としては、偶然そう言う事をし始めたというものや、餌があまりにも少なくなって、無理に探すよりもいっそ自分自身で飼った方が速い、などが考えられている。「食べられる」側にとっても安住の地が得られるという大きな利点がある。

そして、その中で一部の生物が体の中にある細菌を取り込んだ。それが莫大なエネルギーを創りだしてくれるというありがたい特徴を現し始めた事で、その生物はこの同居人(というか家畜)を子孫にも受け継ぐ事になった。やがてその「生物」は地球上で大規模な発展を遂げ、現在の生物界を代表する存在『真核生物』になっていくのである。一方で、体の中に入り込んだ細菌は次第に栄養を作りだす事に特化し、気付けば生物どころか細胞の一部品にまでなっていた。これが、現在『ミトコンドリア』と呼ばれる細胞内器官である、と考えられている。

動物など大半の真核生物はこのような感じで誕生したのだが、欲張りな一部の真核生物はまた別の細菌……というかバクテリアを体の中に取り込んだ。二酸化炭素を吸収し、酸素を作りだす「光合成」を行うこの細菌も、細胞の中と言う安住の地を得て、次第に
生物から細胞の一部品……『葉緑体』になったと言う。

ちなみに、葉緑体の先祖は光合成を行うバクテリア「シアノバクテリア」と言う事は分かっているのだが、現在のどの種に近いのかは分かっていない。一方、ミトコンドリアの方はなんとシラミやダニによって広がる恐ろしい病気「発疹チフス」の黒幕である「リケッチア」に近い仲間から変化していったのではないかと言われている。とは言えまだ正確な所は判明していないようだ。



~~二次植物・三次植物~~

……ここまではまだ比較的簡単な、「別の生物が体の中にいる生物」という段階である。だが、その後植物や藻類などはさらに複雑な細胞内共生を推し進めていった事が分かって来た。

何度も述べてきた通り、世界中に多く生息する植物の細胞の中には葉緑体が存在している。オオカナダモの葉緑体を顕微鏡で見た人も多いだろう。これらのように、細胞内共生が『一回』だけ行われた植物を「一次植物」と呼ぶ。
しかし、細胞内共生はここで終わらなかった。今度は、この一次植物を体の中に取り込む藻類が現れたのである。最初の頃はまだごく普通の同居人だったのだが、次第にこちらも葉緑体へと変化していった。言うなれば「別の生物が体の中にいる生物体の中にいる生物」というややこしい話である。この現象を「二次共生」と呼び、そういう経緯で誕生した生物を「二次植物」と呼ぶ。

二次植物は、その進化の段階や種類で「クロララクニオン藻」「ユーグレナ藻」「クリプト藻」「ハプト藻」などのグループに分けられる。
クロララクニオン藻やユーグレナ藻の体の中には、陸上の植物から小さな緑藻まで含む、そのまんまな名前の『緑色植物』が変化した葉緑体が存在していいるが、前者の葉緑体には『緑色植物』だった頃の名残である細胞核「ヌクレオモルフ」が残っているが、後者の葉緑体にはそんな過去は捨てたと言わんばかりにヌクレオモルフは存在しない。
一方、「クリプト藻」や「ハプト藻」が取り込んだのは『紅色植物』。お刺身のパックの中にある赤い海藻の仲間たちである。どうやらこちらを体に取り込もうとした先祖は色々と多かったようで、他にも「黄色植物(不等毛植物)」や「渦鞭毛藻」などでそういった種類が確認されている。

そんな渦鞭毛藻はこの二次植物以外にも様々なタイプが存在しており、中には積極的な捕食者もいる。そして恐らくそのような感じの先祖が、なんと前述したクリプト藻やハプト藻を体の中に取り込み、葉緑体にしてしまったのである。これを「三次共生」と呼ぶ。言葉に例えると……


別の生物が体の中にいる生物体の中にいる生物体の中にいる生物


……もう無茶苦茶である。


ちなみに、これら二次共生や三次共生の進化の秘密を握るとされる動物に、「ハテナ」(※正式学名)という生物がいる。詳細は項目参照。



~~まとめ~~

細胞内共生説が提唱されてから既に40年以上が経っている。しかし、決して古い話では無く現在でもなお謎の多い未知のジャンルでもある。そして、ここで生み出される研究結果が科学の世界の常識を大きく変える事もある。最新の科学ではこれら『共生』による進化やDNAの調査結果を踏まえ、動物や植物、キノコなどを含む真核生物の分類が大きく変化しているのだ。

世間一般では「動物界」「植物界」「菌類界」「原生生物界」、そしてそれに加えて細菌などの「モネラ界」という『五界説』が今もなお主流なのだが、既に科学の世界ではそんな考えは時代遅れもいい所とされ、認められていない。その代わりに現在はドメインやらアメーボゾア、オピストコンタなど様々な名前が溢れているのだが、ここでそれらを説明するとさらに長くなりそうなので各自で調べて、訳が分からなくなって頂きたい。

細胞の中の不思議な同居人は、様々な秘密を隠したまま今日もエネルギーを作り続けている。




追記・修正はミトコンドリアに反乱を起こされないようにしながらお願いします。

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最終更新:2023年12月28日 10:44

*1 この現象をサンゴの白化という