ブラキストン線

登録日:2013/09/24 Tue 15:22:05
更新日:2021/07/10 Sat 17:18:32
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生物に国境は無い』という言葉を耳にした人は多いだろう。国境と言う線で勝手に自分たちの領土を定め、争いを繰り返すと言う人間の愚かさへの皮肉の意味も込められている言葉である。
だが、厳密にいえばこれは間違い。確かに自然界には「国」による隔たりは無いのだが、それとは別に生物たちの分布の境目となるものが存在している事が、長きにわたる研究によって確かめられているのだ。これらを総称して「分布境界線」と言うのだが、その中でも今回取り上げるのは、日本の津軽海峡に存在するとされている「ブラキストン線(ブレキストン線)」である。

◆概要

試される大地こと北海道には、本州と違った様々な動物が分布しているというのは皆様もご存じのとおりだろう。日本最大級のクマであるヒグマ、知床など北海道の自然を代表するエゾシカ、森の主であるシマフクロウ、そしてキタキツネも忘れてはならない。現在、彼らは(キタキツネを除いて)北海道にしか分布しておらず、本州からは絶滅しているか、そもそも存在していなかったとされている。その大きな要因となったのが、このブラキストン線である。

これを提唱したのは、明治時代に日本に来訪したイギリス人の「トーマス・ブラキストン」氏。貿易商人や設計技師として活躍する傍ら、世界各地で鳥の研究を行っていた彼は、ある時多くの野鳥が津軽海峡を境にその分布が隔てられている事を発見した。北海道に住む鳥たちは、本州とは明らかにその種が異なり、むしろシベリアやサハリンと言った北東アジア地域と同一だったのである。1883年にこの事実を発表した後、当時東大に務めていたジョン・ミルン教授の勧めにより、彼の名前を取って「ブラキストン線」と言う正式名称が付けられる事となる。


生き物たちの国境のような存在となっているブラキストン線が何故形成されたのか、その大きな原因は津軽海峡自身にある。

上野発の夜行列車が全盛期だった頃から現代まで津軽海峡は嵐に包まれている場合が多く、渡りをしようとする鳥たちも悪戦苦闘する事になるのだが、それ以上に動物たちの往来を拒むのはその構造。距離の長さもさることながら、日本各地に見られる「海峡」の中でも津軽海峡は非常に深く、最大の水深が{140mに及ぶ所もあるのだ。これは北海道とサハリンを隔てる海峡や南の対馬海峡よりも深かったりする。

その影響の大きさを示すのが、7万年前から1万年前まで続いた最終氷期と呼ばれる時代である。
これ以前の地球の気候が暖かい頃に地殻変動や海水の流入などで日本の形が完成していたのだが、この最後の氷河期によって地球は一気に寒くなり、それに伴い水深も一気に低くなってしまった。その規模は非常に大きく、この頃の北海道はサハリンを経てシベリアと繋がり、ヨーロッパまで陸続きになってしまったと言われている。しかしそんな中でも津軽海峡は干上がることなく残り続け、サハリン経由で北海道にやってきた大陸の動物たちは、それより南の本州へ向かう事が出来なかったのである。あのマンモスですら越える事が出来なかったというのだから相当の物だろう。

ちなみに、当時の本州・四国・九州は大陸と切り離されており、氷河期が終わり海水面が上昇した際に現在の瀬戸内海が形成されたという。ただ島が多かったり水深が浅かったりなどいろいろな要因で動物たちには全く障壁になっておらず、シカやイノシシが平気で泳ぐ事もざらである。

◆動物種

ブレキストン線によって隔てられるのは、主に哺乳類や鳥類である。
ツキノワグマやヒグマなどは一目でその違いが分かるが、それ以外でも微妙に体型や大きさが異なっている。例としては……

  • 北海道側⇒ヒグマ、エゾシカ、エゾシマリス、ヤマゲラ、シマフクロウ、キタキツネ、エゾリス、エゾタヌキなど
  • 本州側⇒ツキノワグマ、ニホンジカ、ニホンザル、ライチョウ、ヤマドリ、アオゲラ、ホンドギツネ、ニホンリス、ホンドダヌキなど

……が挙げられる。
彼らの中にはヒグマのようにかつて本州にもいた種類もいるが、氷河期が終わった後の気候変化などでそちらでは絶滅したと考えられている。その一方で、エゾシカとニホンジカのように近年そこまで差は無いと言われ始めている種類もいたり、今後もリストに何らかの変化がある可能性がある。


◆青函トンネルの影響

さて、このブラキストン線にはもう一つ『津軽海峡線』と言う名前がある……のだが、これを聞いて別のものを思い浮かべる人の方が多いのではないだろうか。
本州と北海道を長大な海底トンネルを伝って結び、人々や物資の重要なルートとなっている鉄道路線の愛称も「津軽海峡線」と言うのである。

この路線が完成するまでは、人々や物資、それに鉄道車両は青函連絡船を使って行き来するしか無かった。多くの動植物と同様に、津軽海峡は人々の行き来においても大きな壁として立ちはだかっていたのである。だが、1950年代に『洞爺丸事故』と言う大惨事が起きてしまった。台風によって青函連絡船が沈没し、1000人以上の死者や行方不明者が出てしまったのである。この悲劇を受け、本州と北海道を結ぶ海底のルート『青函トンネル』の計画が一気に動き始めたのである。

その後、本州~北海道間の旅客輸送の主流が飛行機になったり、予算の無駄であると非難され、多数の殉職者を出しながらも、1985年に全て貫通。1988年に、本州と四国を結ぶ瀬戸大橋と同時に営業を開始した。現在は旅客列車は勿論、50往復もの貨物列車が毎日行き来する物流の大動脈になっている。2016年にはかねてから計画が行われていた「北海道新幹線」も開通する事が予定されており、再び本州~北海道間の人々や物の流れに大きな変化が訪れるかもしれない……


……と、ここまでは人間に絡んだ話。
実はこの『青函トンネル』、ブラキストン線にも大きな影響を与えたのではないか、と言う指摘がある。

前述したとおり、最後の氷河期においても津軽海峡は陸続きになることなくずっと残り、マンモスたちですら渡る事が出来なかったと言う生き物たちの「国境」である。しかし、1988年の青函トンネルの完成に伴い、何万年もの隔てられていた本州と北海道が、海底を通して陸続きになった。つまり、ブラキストン線を越えて、動物たちが自由に行き来する事が出来るようになったという事である。日本の生態系においても、青函トンネル開通は大きな転換点になったのだ。

事実、北海道だけにいるはずのキタキツネが青森で発見されると言う例が、青函トンネル開通以後多数報告されている。堂々と監視カメラに映った事もあるので、間違いなく彼らは長いトンネルをくぐって新天地を訪れているようだ。だが、それと同時に青森などで恐ろしい寄生虫「エキノコックス」まで多数確認され始めている。彼らはキタキツネを伝って別の生物に寄生する事が知られており、警戒が強まっているという。
他にも、最近 ゴキブリが北海道で増え始めている原因として青函トンネルを通って本州からやってきたのではないかと言う噂もあるようだが、こちらは詳細不明。


◆余談

  • 北海道周辺には、他にもサハリンと北海道の間を結ぶ「八田線(宗谷線)」、択捉島と得撫島の間の「宮部線」と言う分布境界線が存在する。前者は両生類や爬虫類の分布、後者はトドマツやミズナラなど植物の分布から設定されたものである。
一部鉄道路線と紛らわしい名前なのは仕様です。

  • ふたりはプリキュア」の主人公の一人である雪城ほのかが尊敬する科学者の名前は「ブレキストン博士」だが、こちらは物理の博士なのでこの項目のブレキストン氏との関係はない。強いて言うなら名前の元ネタくらいかもしれない。


青函トンネルを走る列車にキタキツネが牽かれないよう祈ってくれる人、追記・修正お願いします。

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最終更新:2021年07月10日 17:18