トバ・カタストロフ理論

登録日:2013/10/29(火) 04:22:58
更新日:2023/11/01 Wed 23:53:31
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 人類滅亡をテーマにした作品と言うのは、昔から数多く存在する。

 大洪水によって全ての文明が押し流されると言う『ノアの箱舟』伝説や、神々の最終戦争『ラグナロク』など古くから伝わる話から、昨今のアニメや漫画、小説などで見られる、環境破壊や核戦争による人類の消滅、なども挙げられるだろう。中には野球選手によって地球が滅亡するなんて言う話もあるようだが……。
 現実に起こりうる可能性を見せつけた物から色々な寓話や皮肉を混ぜた物まで、私たち地球人類がこの世界から姿を消す、と言うものは恐ろしくも様々な想像力をかきたてる題材とされてきた。

 だが、今から数万年も昔、私たち人類――「ホモ・サピエンス」が本当にこの地球から姿を消しかけたのを皆様はご存じだろうか。


 専門用語で「トバ・カタストロフ理論」または「トバ事変」と呼ばれるこの大事件を引き起こしたのは、たった一度の火山の噴火だった。

目次


◆概要

 「大量絶滅」と言う単語を聞くと、隕石を思い浮かべる人は多いかもしれない。かつて恐竜を絶滅させたのも、今では宇宙から降ってきた巨大隕石が最大の原因であると言う説が主流になっている。
 だが、それと同じ……いやそれ以上に凄まじい被害を地球の生物に及ぼしているのは、母なる星であるはずの地球の活動そのものである。現に、これまでの地球生物が経験した最大の大量絶滅の要因は、地球内部の活動が原因であるという考えが有力視されているのだ。

 そして、遥か昔に起きた人類最大の危機もまた、地球の活動が原因となった。

 東南アジアを代表する国「インドネシア」のスマトラ島に、『トバ湖』と言う巨大な湖がある。中央に大きな島「サモシール島」が陣取っているのが特徴的なこの湖は、火山の活動によって生まれたカルデラ湖の中では世界最大級と言われ、その面積は1,000k㎡にも及ぶ。
 そして、この湖の近くには大陸プレートの境である『スマトラ断層』が通っている事が知られている。外からは巨大な谷のように見えるこの境目は、地下の奥深くで巨大な空洞を作っており、その中には桁はずれの量のマグマが蓄えられていると推測されている。

 そう、琵琶湖よりも遥かに広いこの湖は、超巨大な火山でもあるのだ。
 しかも、ただ大きいだけでは無い。あまりに大量のマグマが蓄積されていると言う事は、一度でも噴火すれば、とんでもない規模になると言う事にもなるのだ。噴火を越えた超巨大噴火、俗に「破局噴火」とも言う。


 知られている限り、このトバ湖……いや、巨大な火山の証『トバカルデラ』が破局噴火を起こしたのは三度あった。

 一度目は84万年前。500km³と言う凄まじい量のマグマが噴出されたと言われている。この時点で、日本最大の火山噴火と言われる9万年前の阿蘇山の噴火を超える規模となっている。

 二度目は50万年前。この時は1度目よりも少ないが、それでも60km³と言う大量のマグマが吹きだした。

 そして、人類を滅亡の危機に陥れた三度目の噴火が起きたのは、今から7万4千年前と言われている。


◆トバ・カタストロフ

 この三度目の大噴火で地球の中から溢れ出たマグマの量はおよそ2500km³、火山灰など溢れ出た噴出物の容量は1000km³と推測されている。これは、現在人類が確認している火山の噴火の中でも、世界最大の規模である。
 その規模を物語るのは、世界各地の地層に残された火山灰である。ベンガル湾を挟んだインドやパキスタン、東アジアである中国はおろか、遥か遠く離れたグリーンランドの氷の中まで、どれも7万4000年前付近の地層や氷のコアの部分に火山灰が検出されているのである。

 この途轍もない大噴火の影響は甚大だった。
 大量の火山灰は大気を覆い、地球にもたらされるはずの陽の光をさえぎり続けた。その結果、暖かかった地球の気温は一気に5度も下がってしまい、その状態は6千年も続いたと言う。しかもその後も爪跡は癒えず、そのまま地球は最後の氷河期へと突入していった。


 ……そして、人類への影響――『トバ・カタストロフ』も、計り知れないものになった。

◆人類への影響

 トバカルデラの大噴火まで、地球には私たち現代の人類「ホモ・サピエンス」以外にも、ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)、デニソワ人、そしてジャワ原人や北京原人のような原人たち(ホモ・エレクトゥス、ホモ・エルガステル)などが生息していた。当時は「人種」では無く、世界各地に数多くの「種類」の人類が住んでいたのである。だが、その様相は大噴火で一変した。寒冷化による地球環境の大異変によって、所謂「原人」と呼ばれる人類の種類は絶滅。残されたのは、ホモ・サピエンス以外には、ネアンデルタール人とデニソワ人のみとなってしまった。

 そして、我々ホモ・サピエンスも、大変な危機に直面していた。
 所謂「ミトコンドリア・イブ」から始まったホモ・サピエンスは、その後着実に人口を増やし、干ばつなどの食料不足にもめげずに少しづつ勢力を広め続けた。だが、この大噴火によってその大部分が死滅し、多く見積もっても2万人、最悪の想定では2000人しか生き残る事が出来なかったと言われている。

 数字だけ見れば結構大きいかもしれないが、大きなコンサートホールに収容できてしまうだけの人数が、7万4千年前に必死に生き続けてきた、地球上のホモ・サピエンスの総人口なのである……。


◆その後の人類

 しかし、この最大の危機を何とか人類は乗り切り、その後に訪れた最後の氷河期にもめげることなく、故郷であるアフリカ大陸を飛びだして世界各地にその勢力を広めていった。総人口も時代を経るごとに増えて行き、現在はおよそ70億人とも言われるほど、地球には大量の人類が暮らしている。

 とは言え、そんな現在でも、トバ・カタストロフが引き起こした影響、そしてそんな事が起きたと言う証拠は様々な場所にしっかりと残されている。

・服の誕生、シラミの進化

 現在皆様が当たり前のように着ている衣類。中には着ない方が好きと言う人もいるようだが、実はそれが生まれたきっかけが、このトバ・カタストロフであったと言われている。その証拠として挙げられるのは、なんと人間の厄介な寄生虫であるシラミである。

 現在、人間に寄生する「ヒトジラミ」は、大きく分けて頭に寄生する「アタマジラミ」と、服にお邪魔する「コロモジラミ」と言う二つの亜種に分かれている事が知られている。近年、それらの遺伝子を調べて行く過程で、ヒトジラミが二つに分かれたのはおよそ7万年前である事が判明した。そう、トバ・カタストロフが起きた時期とほぼ同一なのである。

 それを踏まえ、科学者は『服』という文化が誕生したのがこの時期ではないかと推測している。気温が一気に下がり、その後も長い冬の時代が続く中、寒さを凌ぐために人々は体に布を纏う事を覚えた、と言う訳だ。この発明がどれほど役に立っているかは、もはや言うまでも無いだろう。
 ……ただし、どさくさに紛れて一部のアタマジラミが頭からお引越しし、服に移って「コロモジラミ」に進化してしまうと言う厄介な事態も引き起こしてしまったが。

・ピロリ菌の多様性

 「服」の発明を経て、人類は世界中に飛び出していった。手始めにアフリカ大陸に近いアラビア半島やインド、そしてインドネシアやオーストラリアと続き、やがてヨーロッパや南北アメリカ大陸にも勢力を広げ続けて行った。その拡散がトバ・カタストロフの後に起きたと言う証拠として挙げられるのは、こちらも非常に厄介な胃の中の暴れ者である「ピロリ菌」である。

 ガンを引き起こしてしまうこの恐るべき細菌だが、その遺伝子を調べて行くと、丁度アフリカの東部辺りでその多様性は減少する事が判明した。つまり、その場所こそがピロリ菌、そして彼らが住みついている私たち人類の故郷と言う事になるのだが、ここから多様性が大きくなっていった時期は、少なくとも5万8千年前以降である事が分かっている。


 ……ただ、この大事件の一番大きな証拠を抱えているのは、他ならぬ私たち人類そのものである。

・ボトルネック効果

 現在、地球上には非常に様々な「人種」が存在している。黄色人種や黒人、白人など、その外見は実に様々である。しかし、宗教や偏見などの垣根を飛び越えれば、世界中どんな人とも結婚し、赤ちゃんを作る事が可能である事は、皆様も知っての通りである。

 ……ただ、これを生物学的に考えると、人類――ホモ・サピエンスと言う種類の生物は『多様性が非常に低い生物』と言う事になる。外見に色々と違いがあるじゃないかと考える人もいるかもしれないが、あくまでそれは僅かな遺伝子の差にすぎず、子孫を残す事に対する支障には何らなっていないのだ。

 そして、この大きな要因として、トバ・カタストロフが挙げられている。僅か数千、数万人の生き残りに刻まれた遺伝子の情報が、現在の70億人の人類全てに受け継がれたと言う訳だ。

 このように、遺伝子の多様性が急激に低くなっている現象を、生物用語で『ボトルネック効果』と呼ぶ。


◆まとめ……?

 この最後の大噴火を最後に、トバカルデラは活動を休止し、噴火の後は現在のトバ湖となっている。
 そして、ここまで凄まじい規模の火山の噴火も、現在の地球では確認されていない……


 ……そう、現在では。


 インドネシアから遠く離れた、アメリカ合衆国イエローストーン国立公園。今、そこで異変が起き始めている。

 トバ・カタストロフよりずっと昔となる210万年前、この場所でトバカルデラと同じくらいの破局噴火、つまり世界最大規模の火山の噴火が起きた事が判明している。その後も数度に渡って破局噴火が続き、小規模な活動も7万年前まで続いていた。現在はその動きは静かになっており、アメリカの国立公園に指定されて多数の観光客が訪れる場所となっていた……はずなのだが、近年になって次々に危険な兆候が見られ始めている。地震が頻発し、公園全体が10cm以上も浮きあがり、高温で池が干上がり、地面から噴き出る蒸気の勢いも強まっていると言うのだ。

 実は、イエローストーン国立公園の地下には、なんと9000km³と言う凄まじい規模のマグマの溜まり場が存在している事が確認されている。しかも、これまでの研究によると、破局噴火の周期はおよそ60万年と推定されている。最後の破局噴火が起こったのは64万年前であり、既にサイクルから4万年も経過していると言う訳である。
 つまり、今のイエローストーンは、いつ破局噴火を起こしてもおかしくないのだ


 もしそのような事態が生じた場合、間違いなくイエローストーンは吹っ飛び、完全に崩壊するとされている。

 そして、吹きあがった大量の火山灰によって地球環境は激変。アメリカ合衆国の4分の3の土地の環境が変わり、地球の気温は10度も下がり、そして「冬」は最短でも6年、最大でも10年は続くと言われているのである。



 ……私たちが自ら過ちを犯さずとも、地球人類絶滅の危機は、再び刻一刻と迫っているのかもしれない。





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最終更新:2023年11月01日 23:53