バットマン:チャイルド オブ ドリームス

登録日:2016/09/15(木) 03:50:35
更新日:2024/02/04 Sun 11:42:12
所要時間:約 22 分で読めます






世の中には英雄(BATMAN)が足りない!!




バットマン:チャイルド オブ ドリームス



『バットマン:チャイルド オブ ドリームス』は麻宮騎亜作・画による漫画。
『マガジンZ』で2000年2月号~9月号にわたり連載され、同年11月にKCコミックス(全2巻)、2005年に竹書房のバンブーコミックスから出版された(が、どちらも現在は廃刊)。
後に出たアメリカ版は英語訳をマックス・アラン・コリンズが担当した。

数多に存在するバットマンシリーズの正規作品では、史上初となる日本オリジナルのバットマン作品
日本製バットマン自体は桑田二郎氏による『バットマン(バットマンガ)』が元祖であるが、これはバットマンが日本で活躍しているエルスワールドもの。
また本作以後には夏目義徳氏の『バットマン:デスマスク』が制作されている。

前半はゴッサム・シティに蔓延した謎の薬物とそれに絡む偽ヴィランとの戦い、後半はバットマンが日本に舞台を移して黒幕を探すというストーリーが描かれている。



【物語】

一年前から違法薬物『ファナティック』が蔓延するゴッサム・シティに、突然あのトゥー・フェイスが現れた。
これを難なくねじ伏せるバットマンであったが、トゥー・フェイスはアーカム・アサイラムに収監されているはず。
更に逮捕された偽者……「フェイク」のトゥー・フェイスは怪奇な死を遂げてしまう。

日本から取材にきた女性キャスターの優子と共に事件を追うバットマン。
その前にペンギン、リドラー、果てはジョーカーといったフェイクたちが次々現れては混乱を巻き起こし、やはり同じように息絶えていく。
そしてついに現れたフェイク・バットマンは「子供の夢を叶えるのは苦労する」と謎めいた言葉を言い遺す。

やがて、一連の薬物の出処を突き止めたバットマンはゴッサムを離れ、異国・日本へと発つが……。



【登場人物】

  • バットマン/ブルース・ウェイン
「光栄だな 君のような女性に覚えてもらっているなんて 君は?」

ゴッサム・シティを守護する闇の騎士。そして若き実業家。
幼いころ犯罪者によって両親を奪われ、それに対する復讐を誓い、蝙蝠の衣装を纏って戦うようになったクライムファイター。

バットマンとしてフェイク事件を追いかける中で、バットマンへの取材目的でゴッサムを訪れた優子を助け、更にその後たまたまゴロツキに襲われていた優子を助けたことでブルースとしても彼女と出会う。
表向きはプレイボーイということで、その才覚は優子に対して遺憾なく発揮。
ブルースとして交流を深め口説きにかかる一方、バットマンとしての正体は頑なに隠し通しているが、優子の過去を聞かされた時は「僕も同じような事を経験した」と感情を露わにした。
この会話シーンの中で出た「その時はまだバットマンはいなかった」という台詞は、皮肉なことにバットマンという存在の核心を突いている。

次々と出没するヴィラン達のフェイクと戦った末、全てのカギは日本にあると睨み、優子の帰国とほぼ同時期に来日。
彼にとって日本企業のセキュリティは(ゴッサムと比べて)ザルも同然らしいが、雑居ビルの外壁をロープでよじ登る姿はちょっとシュール。
ちなみに日本にも結構バットマンのファンがいる事については、まんざらでもない様子。

数々の装備を保有するのがバットマンの特徴だが、本作ではバッタランを差し置いて射出式グラップリングフックが大活躍する。
描写を見る限りわりと大型な上に使い捨てのようだが、連発してるところを見ると結構な数を持ち歩いているのだろうか。

また本作ではオリジナルの六輪式バットモービルも登場。
通常のガソリンエンジンの他、ステルスの電気駆動、そしてジェットタービンエンジンでの超加速が可能で、バットモービルが日本の高速を突っ走る姿はなかなかに貴重。

なお本作ではロビンはおらず、単独で事件解決にあたっている。


  • 八木優子
「どうやったらバットマンに…彼に会う事ができるのかしら?」

日本からバットマン取材のために訪れた美人女性キャスター。本作のヒロイン。
叔父は日本の大企業『富岡製薬』の社長であり、これが由来で巷からは「お嬢様キャスター」とも呼ばれている模様。テレビ関東の所属。

過去に自身と両親がゴッサムでバットマンに助けられた体験から「今の自分があるのはバットマンのお陰」と考えており、彼をヒーローとして常に尊敬し、自室にはバットマンのポスターを飾っているほど。
そのためかバットマンの事になると熱意が強く、今回の『ゴッサム・リポート』もやる気十分。ゴードンも呆れるほどの行動力を発揮するが、その熱意をつけ込まれ敵の策略に利用されてしまう。

フェイク事件を受けて日本帰国後は仕事を外されてしまうが、来日したブルースから独占密着取材のオファーを受けて復帰、彼と共に行動するようになる。
ブルースの正体が他ならぬバットマン本人であることは知らないが、彼との交流を経て好意を抱いていく。

黒髪ロングの大和撫子的な容貌。序盤はまだ描き慣れていないせいか少し顔が濃いが、どんどん可愛くなっていく。
ブルースにバットマンとのアポを頼んで承諾してもらった時の子供のようなはしゃぎっぷりは、実にギャップ萌え。
さらに作中ではシャワーシーンも披露してくれる。スタイルも抜群。


  • アルフレッド
「旦那様 何か他に気になる事が?」

ブルースの執事。
出番は少ないが、今回もバットマンの活動を陰でサポートする。
羽田空港への自家用ジェット手配、バットモービルの密かな持ち込み、解毒薬の開発など、日本での活躍はだいたいアルフレッドのおかげ。


  • ジェームズ・ゴードン
「日本の女性はもう少しおしとやかと聞いていたが……」

ゴッサム市警の警部。本部長。
一年前から巷に蔓延するファナティックだけでなく、フェイク達の起こす事件にも頭を悩ませている。
危険な事件現場に乗り込むことも厭わない日本人取材クルーに対し、(ヒーローへのインタビューが目的なら)メトロポリスのスーパーマンを取材したらどうだと提案するも、あくまでバットマン取材が目的の彼らには頑として聞き入れられなかった。
この時さりげなく、日本の女性におしとやかなイメージを抱いていたことも判明するが、優子の活発ぶりには少々面食らった様子。
本作での出番はそこまで多くはないが、違法薬物の出処が日本であると掴んでバットマンに情報を提供する。
部下のハーベイ・ブロックも1コマだけ登場。


  • 永井耕作
「事件現場に警察とマスコミとヤジ馬がいるのは東京もゴッサムも同じってわけさ」

日本から渡ったTVクルーのプロデューサーで、優子とは親しい同僚。テレビ関東所属。
一度はバットマンへの取材チャンスを逃すも、マスコミ根性で優子と共に粘り強くバットマンを追い続ける。
その一方で、他人には異常なまでに見られたくない何がしの荷物を抱えているようだが……。


  • 富岡健児
「私は病める全ての人…国を救いたい それが私の使命だと思ってます」

大企業『富岡製薬』の社長で、優子の叔父にあたる。
作中時点で46歳のはずなのだが、外見はむしろ60代ぐらいに見えておかしくないほどの老け顔。
元は研究者であったが、28歳の時に会社の派閥争いに巻き込まれてリストラされ、友人と共に会社を立ち上げた。そのため経営者陣は「博士」のニックネームで呼ばれている。

富岡製薬は人間の遺伝子を解析して病気への特効薬を開発すると、公開治験を行って結果を発表することで次々に新薬の販売を成功させ、大企業にのし上がった。現在はテレビ関東の大手スポンサーを務めている。

優子との仲はとても良く「叔父様」と慕われている。折に触れて一緒に食事をとったり、優子が危険なゴッサムに赴く際にはお守りとして勾玉のペンダントをプレゼントしている。
また優子と同じくバットマンの大ファンであり、ウェイン産業と慈善基金の契約をする際も、20分程度で会談を切り上げ延々とバットマンの話を語り続けるほど。
日本にバットマンのようなヒーローがいない事を嘆いている。



【ヴィラン】

本作に登場するヴィラン達の大半は、日本製の違法薬物『フェイク・ファー』の効力で肉体的・精神的にオリジナルと変わらない存在と化したごく普通の人間である。
ただし、その実態は裏で糸を引く黒幕の体のいい操り人形に等しく、言動こそオリジナルに近いが、本質(根底の信念など)では全く及ばない。
最初の四人は派手なアクションを起こして人々の注目を集めること自体が、黒幕より与えられた目的。


「ウェルカム・トゥ・パラダイス!!」

かつて敏腕検事だったハービー・デントが、硫酸を浴びせられたことで発生した二面性のヴィラン。
センタービルで立てこもり事件を起こし、取材に訪れた日本人取材クルーたち*1を人質にとった。
事前にバットマン絡みの情報を調べ上げていた優子は、収監中の彼が脱獄したのかと一時は思ったようだが、同時に部下を使わず単独の犯行に及んだことを疑問視していた。
またコインを投じてその表裏で人を裁くことを絶対の流儀としているにもかかわらず、優子に対するコインが表=無罪であったことをバットマンに指摘された際は「それがどうした」と端からガン無視の姿勢で答えるなど、本来のトゥー・フェイスの信念とはかけ離れている。
その後、護送中にミイラ化するという謎の死を皮切りに、フェイク達の忌まわしいマスカレード(仮装パーティー)が幕を開けた。


  • ペンギン(フェイク)
ペンギンに似た容貌の小男で、狡猾な犯罪を繰り返すヴィラン。
やはりこちらも単独犯であり、ゴッサム中の教会をターゲットに次々と爆破テロを引き起こした。
鳥を用いた愉快犯だった登場当初および映画『バットマン・リターンズ』で描かれたフリークスのヴィランとしてはともかく、原作コミックにおける現在のペンギンはゴッサムのヴィランでは珍しい、実業家を自称して利益を得る為の組織的かつ計画的犯罪を行うヴィランである。
そのため単独犯行はもちろん、何の利益にもならない教会爆破テロなど行うわけもなく、やはり本物のペンギンとは大きく異なっている。
台詞は無し。


  • リドラー(フェイク)
なぞなぞをこよなく愛するヴィラン。
今回はなぞなぞも出さずにただ宝石強盗を働くという、従来のスタンダードなリドラー像を知る読者からすれば不可解な犯行を見せるが、これも「彼らが全てガワだけのフェイク」という暗喩であろう。
ペンギン共々、トゥー・フェイスのフェイク同様に変死を遂げた。
笑い声のみで台詞は無し。


知らぬ者はいない、バットマンの宿敵。フェイクとオリジナルの両方が登場。

「たとえフェイクでもオリジナルでも ジョーカーはお前を苦しめるって事さ!!」

オリジナルはバットマンが収監中の彼へ面会に訪れる形で登場。
事件の謎について質問するバットマンに、親切にもアドバイスをくれる。
フェイク・ヴィラン達とその行動について「命をかけたマスカレード」と語り、バットマンには「自分になりたい奴が現れないってンでむくれてんじゃねーのか? あァ?」などとからかいつつも、最後は窓ガラスにベッタリと顔を押しつけ「お前を地獄にたたき落とすのはここにいるこの俺だ」と凄み、面会は終了する。
オリジナルとしてはここだけの出番なのだが、相変わらずブレない。

「ヒッヒッヒ お前は自分がオリジナルだと言えるのかね? バットマン!」

フェイクは最初に「ゴッサム市民への慈善事業」という名目で大量の違法ドラッグ・ファナティックの山を公園に築き上げ、中に仕込んだ爆弾を爆発させ街中に飛散させた。
その後、黒幕の使いから更に任務を与えられ、優子を人質にしてクルーザーへバットマンをおびき寄せる。
バットマンのスーツや体の一部を条件に交換しようとするが、バットマンに優子を奪還されて失敗。
ちょうど薬の効果が切れた副作用で生命活動が維持できなくなり、歯が抜け落ちるなど体を崩壊させ、フェイク・ヴィランではない、大衆の注目を浴びたかった一人の人間としての本心を吐露しながら死亡。
同時に船を爆破するが、バットマンに脱出されてしまう。

オリジナル・フェイクともどもバットマンに対する執着を見せるが、フェイクは何のひねりもなく(というよりトゥー・フェイスとネタ被りしている)人質にとった優子の顔に硫酸をかけようとするなど、犯罪界の道化王子としては明らかに犯行が見劣りしている。
逆に言えば最悪の犯罪計画を実行できる、悪魔のごとき頭脳を持つジョーカーの個性は誰にも真似できないという証明でもある。


  • フェイク・バットマン
「フフフ…案外 俺がバットマンだったのかもしれないぜ 子供の頃からな…」

とうとう現れてしまったバットマンのフェイク。
優子を救出したバットマンの前に現れ、上記の台詞のように自分こそが本物だったかもしれない、とうそぶきながら襲いかかる。
ただし、その実態は筋肉強化剤を自ら投与した普通の男性であり、衣装も仮装並みの安物。邂逅時のバットマンの反撃で片耳が折れているのが区別点。
成り立ち上、他のヴィランと違って厳密なフェイクではない。
それでもスーツに隠した爪やグレネードランチャーを駆使し、全開時の実力はバットマンと拮抗する強敵である。

しかし、あらかじめ強化剤を投与してバットマンを待ち伏せていた事を見抜かれ、バットマンに薬効が切れるまでの持久戦に持ち込まれて敗北。
最後の悪あがきにバットマンの顔を引っ掻いた後「子供の夢を叶えるのは苦労する」と言い残し、隠し持っていたドラッグを服用して自害した。

正体はTVクルーの永井。フェイク騒動を仕組んだ黒幕の回し者だった。
彼には多額の借金があり、別れた妻子へ高額の生命保険を残すことを条件に協力した。実はバットマンを倒すことが重要ではなく、例え敗北しようが一欠けらでも肉片を掠め取って、残った細胞を黒幕側に提供するのが真の役目。
そのため偽装救急車で搬送された段階ではまだ死亡しておらず、乗り込んでいた協力者によって殺害された後、右手を切断、持ち去られる。
このフェイクとの戦闘が結果的にバットマンを、ブルースを日本に来日させるきっかけを作ることになる。


闇の騎士と敵対し、時に惹かれあう不殺の女怪盗。フェイク。
日本で事件の黒幕を探るバットマンの前に現れ、本物以上のパワーとスピードで彼を激しく攻め立てた。また耐久力も向上しているのか、トラックと衝突しても平然としている。
しかし何処か精神的に不安定なようで、明確な言葉を発さず、その戦い方は精彩に欠けている。
これまでのフェイク事件に加え、彼女の事を深く知るがゆえにバットマンは即座に中身がセリーナ本人ではないことを見抜いた。

狂乱するキャットウーマンを捕縛したバットマンは、これまでのフェイク同様に彼女が死んでしまうのを阻止すべく、フェイク・ファーの治療薬を求めて黒幕のもとへと決戦に挑む。



以下、本作の黒幕に関する記述のためネタバレに注意。


+ "夢"の怪物
  • イーヴル・バットマン/富岡健児
「僕は本物が欲しくなってきた! そうさ本物のバットマンが欲しいんだよ もちろんコスチュームだけじゃない! 中身もね!!」

本作の全ての黒幕にして、バットマンシリーズでは希少なアジア系/日本人のオリジナルヴィラン。
富岡製薬の社長という姿は表向きに過ぎず、自身が開発・研究したフェイク・ファー完成のために数多くの人間を犠牲にし続けた。
フェイク・ジョーカー達もその一部であり、日陰者ゆえに大衆から注目されることを渇望した人間達の心につけ込み、開発途上のフェイク・ファーを与える代わりにゴッサム・シティを舞台とした壮大なコマーシャル(犯罪活動)を行わせることで、新薬の効力をスポンサー達に知らしめるのが狙いだった。
スポンサー達はフェイク・ファーを軍事利用し、優れた兵士を生み出す薬剤として販売する事を目的としていたようだが、しかし富岡の狙いはまったく違った。

子供の頃からひ弱であった富岡は、強いヒーローのバットマンを初めて見た時から強烈な憧れを抱いており、ファンであると同時に熱狂的なコレクターでもあった。
彼に関係のあるもの(歴代の衣装、バットモービル、新聞記事etc……)は財力と人脈を尽くしてかき集め、あるいはデータをもとに再現し、自社の研究所にバットミュージアムなる博物館(兼自宅)を建設するどころか地下にバットケイブを模した広大な空間のセットを作り上げるほど。
(なお偽バットケイブはあくまでもセットなので耐久性は低い)

しかし、尊敬の念に留める優子と違って富岡の憧れはいつしか肥大化していき、ファンの度を越え始める。
やがて自分がバットマンになってオリジナルのように東京で活躍したい、更には憧れのバットマンをも超える存在になりたいという願望を持つようになった。
研究の中で人間のDNAの数がショウジョウバエの約2倍しか無いと判明し、人体のDNA構造の書き換えが不可能ではない……と現実味を帯びて来てからは、他のチームが癌や糖尿病の治療など真っ当な活用を考える一方で、バットマンになりたい己の夢を実現するためにフェイク・ファーの研究に没頭した。
歳の割に老けているのも、恐らくは開発の過程で自身をも実験台にした副作用の可能性が高い。


ヴィランとして特筆すべきは、バットマンを日本へ呼び込むべく仕掛けた用意周到な計画である。

まずゴッサムにファナティックを流通・蔓延させ、テレビ関東のスポンサーとして「ゴッサム・リポート」の制作を後援。優子をゴッサムに送り込み、フェイク事件に巻き込む事でバットマンに保護させ、彼女に渡したペンダント=発信機からバットケイブの情報を収集。バットマンとブルースが同一人物であることまで突き止める。ついでにケイブの構造も把握したので大喜びで再現した。
さらにバットマンが薬の出処に気づくよう仕向けると、表向きブルース・ウェインが来日する理由となった慈善基金の契約を持ちかけ、バットマンを来日させる事に成功。ついでに御本人とバットマンについて大いに語る。
あとは、己の手足とするため永井Pに借金を背負わせた消費者金融と、彼に生命保険をかけた保険会社が富岡のダミー企業であることを掴ませてバットマンが自分を疑うよう仕向ける。
ダメ押しに優子を利用してフェイク・キャットウーマンを送り込み、正体に気付かせることでバットマンの義憤を煽り、バットミュージアムへと招き寄せる。ついでにバットモービルを鹵獲して陳列した。

……と、ほぼ全ての出来事が富岡の計算によって仕組まれており、クライマックスに至るまで完全にバットマンの行動を巧みに誘導し続けていた。
優子の行動力は叔父譲りであったことがうかがえる。
ただ、慈善基金の会談の別れ際には前述の願望を遠回しに打ち明けたり、後述の提案をぶっちゃけたりしており、本人を前に内心テンション上がっていたのだろうが口緩すぎである。
この時点でのブルースは富岡の異様な老け顔に違和感を抱いてはいたものの「熱量が凄い、少し変なバットマンファン」という印象に押されたせいか、まだ正体を掴むには至らなかったので幸い黒幕とはバレずに済んだ。


「そう! 僕はバットマンになりたいのだ! そして前にも言ったよね バットマンは二人もいらないと!!」

「君が死んだ後は僕が新しいバットマンになる! 安心して死んでくれ!!」

「わかったのさ 僕は君を追いかけて君に追いつくことが目的だったんじゃない」

「君を追い越す事こそ…バットマン以上のバットマンになる それがゴールだったんだ!!」

そんな富岡の問題点を挙げるとすれば、優子のような正しい意味でのリスペクト感情が存在しないことだろう。
何故なら彼にとって「バットマンは自身が踏み越えるべき目標」だから
尊敬するがゆえ本物に引導を渡し、自分が本物を超えた本物になるという、ファンの風上にも置けない思想を抱いているのである。
別の分野で例えれば大好きなアイドルを殺して自分がそのアイドル以上の存在になり上がるわけだから、真っ当なファンからすると身勝手極まりない。

もっと言えば、富岡のバットマンに対する認識はハッキリ言って浅い。
彼のことを徹底的に調べ上げるほどの熱意があっても、おそらく成り立ち自体に踏み込んだ知識は無く「悪を成敗する格好いいヒーロー」としか思っていない節さえある。
もちろんバットマン本人にしてみれば、富岡のそれは致命的な勘違いでしかない。

「私は 私が生きてきた時間の流れの中に存在する それは私だけのものだ」

「私は自分でこの姿を選んだが… それは私の時間が作ってきた私だから(・・・・)この姿になることを選んだのだ!」

何故なら、バットマンは犯罪への復讐を誓ったブルース・ウェインの人生から作られた唯一の存在。
他者が成り代わることは決してできないし、同じ生い立ち、同じ生き様を真似ることもできない。
そう、富岡には同じクライムアレイの記憶は無い。所詮は「ファン」の域に留まり、オリジナルを形作るに至った唯一無二の人生までは模倣できない以上、どんなに頑張っても本物を超えることは無い……夢を叶えた大人にはなれない運命なのだ。

根源にある動機は「子供の夢」と呼ぶに相応しい無垢なものだが、その過程で血縁である筈の優子をも巻き込んだ倫理観皆無の手段の数々は到底褒められたものではない。
上記の致命的な勘違いに絡んで、決戦中に本人から「私は私自身でしかないし君は私になれない! だから私を超えることはできない!」と否定された時は聞き入れるどころか「殺してやる!! ブルース!!」と逆上するなど、無垢というかむしろ幼稚な精神性も垣間見える。
こうもたいへん利己的極まりない願望にもかかわらず、富岡は「人のための研究を選んだチームと自分達はどちらも「夢」を実現させるために仕事しているのであり、何ら変わらない(意訳)」とまで言い切った事から、熱意が行き過ぎて罪悪感すら欠如していることがうかがえる。

それでも曲りなりに抱く、バットマンへの執着心と熱意は確かなもの。
簡単に倒せる相手ではないため、フェイク・ファーが副作用無し・解毒剤要らずの完成品となるまでは大人しく機が熟すのを待ち、バットマンのスーツを模倣・改良した高性能スーツも用意している。
完璧な薬効とスーツの性能が合わさることで、彼は単なる「フェイク・バットマン」では収まらない。
イーヴル(悪魔)の名を冠するにふさわしい、もう一人のバットマン……「イーヴル・バットマン」が誕生するのである。
その実力たるやオリジナルに殆ど反撃を許すことなく圧倒しており、「次はスーパーマンのDNAでも採取しようか」とまでうそぶくほど。
事件の中で誕生したフェイクたちと違い、もはや只の真似事と呼べるものではなく、本物と偽物をテーマにした本作のラスボスにピッタリと言える。

「もしバットマンが二人いたら……面白くないですかね?」

一方で、もしバットマンになれたら本家と共に活躍したいという欲もあったのか、前述の会談後でこれまた遠回しに「二人でゴッサムと東京を守ろう(意訳)」と持ち掛けており、富岡なりの妥協点も見受けられる。
だが、当のブルースからの反応はイマイチといったところで「どうかね…僕はバットマンじゃないのでわかりかねるが」とにべもなく返された。
そもそもオリジナルを超えたい願望を秘めた彼の事である。万が一ブルースが賛同して手を組んだとて、結局は裏で抹殺する腹積もりでいた可能性もありうる。
故にブルースの返答を拒絶と受け取った富岡は狼狽するでもなく、「自分がバットマンを倒し、バットマンそのものに成り代わる」という狂気の夢へと改めて暴走を始め、後に雌雄を決することになる。


なおバットマンに自己投影する点は、犯罪心理学の教授でもあるヴィラン、ヒューゴ・ストレンジを思わせる。
二者の違いは単純にバットマンのファンであるか否かの違いに加え、ヒューゴは狂気から自分をバットマンと思い込むコスプレイヤーと化すのに対し、富岡は彼そのものになりたいと望んで狂気に走ったという点で異なる。
もっと分かりやすく例えるならヒューゴはトチ狂ったコスプレイヤー、富岡は公式を潰して自分が公式になろうとする超絶厄介オタク。特に後者は我々的に全く笑えない。



+ "夢"の子供
  • 八木優子
フェイク・キャットウーマンの正体。
富岡に誘われた食事で彼の罠にかけられ、知らずしてフェイク・ファーを投与された上で催眠をかけられていた。
そして叔父から家に届けられた猫とキャットウーマンのコスチュームが暗示となり、上記のフェイク・キャットウーマンへと変貌した。スタイルが一発でわかるぴっちりスーツは実にエロい。

このように血縁の優子さえも親族の立場で騙し、平気で計画の一部として利用し、バットマンへの刺客として差し向ける所に富岡の外道な本性がよく表れている。
一応、フェイク・ファーの副作用を完全に無くすまで投与を待っていた辺り、それなりに親族としての情と配慮はあったのかも知れないがやはり外道には変わらない。
しかしセリーナがバットマンを愛していたためか、優子のバットマンに対する強い思慕の念もあって、バットマンを窮地に陥らせる行動にはかなりの精神的負荷がかかった模様。
故に仕留めることは出来なかったものの、それも含めた全てが富岡の計算のうちであった。

「私… 何か夢を見てたみたい…」

「それがね変なの! 私がキャット・ウーマンになってバットマンと戦ってるのよ」

「変な夢でしょ? フフフ…」

最終的には一連の事件からバットマンによって救助、治療され、幸い完成版フェイク・ファーに死の副作用が無かったこともあり無事に生還。
自分がフェイク・キャットウーマンになっていた事は記憶になく「キャットウーマンになってバットマンと戦う夢を見た」と認識している。

事件解決後、日本から立ち去るブルースに対して再会の約束と共にキスを送った彼女が取った選択は、日本を離れてゴッサム市TV局のキャスターとなる道だった。
バットマンに憧れ、彼を追いかけ続けた少女は、その傍にあり続けることで、夢を叶えた大人になったのだ。



【余談】

バンブーコミックス版の麻宮氏へのインタビューによれば、元々はマガジンZのピンナップ企画で「バットマンが描きたい」とダメもとで要望を出した所、DC側のOKを頂いたばかりかコミックも描いていいという話にまで発展したとのこと。
このきっかけとなったピンナップ「FirstCrime」は、マガジンZ版コミックスに折り込みで収録されている。また、マガジンZ版コミックスに掲載されたイラスト集をもとに、公式で本作のフィギュアシリーズも制作された。

当初のストーリーはバットマンの生い立ちを説明する構想であったが、既に『バットマン:イヤーワン』等の似たような作品があることから、DC側の要望で現在のストーリーに変更された。DC側は優子がかなり気に入ったらしい。
ただ本編中で映画『バットマン』を彷彿とさせるデビュー当初のバットマンの姿や、『イヤーワン』で印象的に描かれた巨大コウモリ、そしてウェイン夫妻の死のカットなども登場し、読み進める内にバットマン誕生経緯は自然と伝わってくるようになっている。
また日本人が描くという事でアジア系ヴィランのラーズ・アル・グールを登場させる案もあったようであるが、結果的にはフェイクたちを始めとするオリジナル・ヴィランとの対決となった。

ちなみに作中に(連載当時から現実で30年以上前の)ドラマ版モービルが登場しており、また「バットマンは20年近く前の当時売り出し中だった」と語られている事から、本作におけるブルースの年齢が気になるところである。
実際作中でもあまり若々しい描写はされておらず、仮に40歳近いとすれば、その体格の良さもあって『ダークナイトリターンズ』で引退する直前くらいの時系列という妄想も……。40代近いのに20代半ばの美人キャスター口説き落とせるブルースはさすがである。


なお本作のヴィランにとっては皮肉なことに、後にバットマンが『バットマン:インコーポレイテッド』を立ち上げた際、東京のヒーローをスカウトして「東京で活躍するバットマン」を誕生させている。
彼は師匠であった往年の名ヒーローをヴィランに殺された若者で、そのコスチュームはバットマンの模倣ではなく師匠と彼自身のスーツを模した、まったく新しいものであった。(さらに言うなら桑田版バットマンと日本特撮ヒーローへのオマージュでもある)

また、2011年にDCコミックス界で大規模な世界一新が行われたため、色々な意味で希少な属性持ちの本作ヴィラン(とその設定)や優子が今もDC世界で生きているのかは不明。


追記・修正は、自分自身で生み出した自分だけの姿になってからお願いします。
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最終更新:2024年02月04日 11:42

*1 厳密には警察無線を盗聴してトゥー・フェイスが立てこもる階を知り、無断で忍び込んだ。何やってんだ。