砂漠(小説)

登録日:2019/04/02 (曜日) 07:31:11
更新日:2024/02/04 Sun 09:28:48
所要時間:約 10分で読めます




「俺たちがその気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」




砂漠』は2005年に出版された伊坂幸太郎の小説。

5人の大学生の男女たちが様々な事件や出来事に巻き込まれながら少しずつ成長していく青春小説。
テーマは「モラトリアムの贅沢さと滑稽さ」
』『』『』『』と4つの季節の4章構成になっている。
……決して嘘はついていない。


ライトノベルのようなキャラの立った登場人物たちや、伊坂作品にしてはブラック要素が少なめ(無いとは言っていない)明るい作風から人気が高い作品。
本人もよく「『砂漠』が一番、好きです」とよく言われているらしい。

その人気故かなんと3度も新装版が出版されている。
その数だけなら伊坂幸太郎作品の中でも最多。
新しくなるたびに表紙がラノベっぽくなっている気がする。

ちなみに舞台となる大学は仙台の国立大学かつ法学部なのでほぼ間違いなく東北大学
アヒルと鴨のコインロッカー」の椎名たちや著者の伊坂幸太郎と同郷。
相変わらずとんでもない奴らが在籍している大学である。

あらすじ


仙台市の大学に進学した春、なにごとにもさめた青年の北村は四人の学生と知り合った。少し軽薄な鳥井、不思議な力が使える南、とびきり美人の東堂、極端に熱くまっすぐな西嶋。麻雀に勤しみ合コンに励み、犯罪者だって追いかける。一瞬出過ぎる日常は、光と痛みと、小さな奇跡で出来ていた——。
(文庫版実業之日本社文庫版あらすじより引用)

登場人物


主要人物


北村、鳥井、南、東堂、そして西嶋の5人のこと。
入学して早々とあるくだらない用事から鳥井が4人に呼び出され、そこから交流が始まり仲良くなっていった。
集まって一緒に遊んだり、旅行に出かけたり、気ままに麻雀で遊んだり、時には事件に立ち向かったりしている。
大学生なら一度は憧れる「結束の強い友達グループ」を体現している羨ましい奴ら。


〇北村
この物語の主人公。岩手から仙台に越してきた。
何ごとにもどことなく冷めた性格。なにかイベントごとがあればそれに混ざってワイワイやるよりは、外側から合理的な目線で冷静に分析することを好む。
そのような性質から鳥井からは「鳥瞰型の人間*1」と評された。
そんな落ち着いた性格のためか何かと色物の多いグループのなかではストッパー役、メタ的に言えば語り部役をしている。もっとも初対面の鳥井の髪型を見て「やませみ?」と訊ねたり、鳥井の「小岩井農場は牛とか羊とかがいた」という言葉に「それは多分、行ったことがなくても言える感想だと思う」と的確に突っ込んだりと、彼も変人というかやや天然の気がある。
ただ、別に過去のトラウマで感情が欠落しているとかそういうわけでもなく、生まれつき他人より落ち着いているというだけなので普通に喜怒哀楽はある。
楽しいことがあれば笑うし、悲しいことがあれば泣く。恋もする。盛岡市民を侮辱されれば「その侮辱に反発を覚えた全盛岡市民が今、国道四号を南進しはじめたに違いない」と謎のキレ方をする*2

そんな性格のためか本人は特に気にしていないが友達は少ない。というかいつものグループのメンバー以外には友達がいないというような描写もある。
ただ別にコミュ障というわけでもないらしく、1つ年上でブディック店に勤める鳩麦さんという恋人をゲットしている。しかも結構長続きしている。
実に羨ましい。

また本作は北村の回想の語りという形式で構成されているため、いきなり読者に語りかけてきたりする。そのため北村が関係ないと思った描写や説明は彼の独断でカットされている。彼がダイジェストで語る部分の方も結構面白そうなのは『砂漠』ではよくあること。
ある意味本作の一番重要な伏線。

口癖は「なんてことは、まるでない」。地の文でいきなり変なことを言い出したと思ったら、この言葉で締めて嘘だったことを明かす。1章につき1、2回程忘れかけたころに使ってくる。
例:「何ごとにもさめている僕のその学生生活が、もしかすると彼らによって、劇的なものになるかもしれない。そんな予感とも期待ともつかない気配を、その時僕は感じていた。なんてことは、まるでない。」


〇鳥井
5人のリーダー格で彼らを引き合わせた張本人。横浜から仙台に来た。彼らと知り合いかもしれない。

少し軽薄で陽気な性格。楽しいことを常に追い求めていて5人のグループを様々な遊びに誘っている。
大学に入った理由も「遊びたいから」というかなりシンプルかつ罰当たりなものであった。
そんな理由で女遊びも好んでおり、合コンをやったり様々な女の子と遊んでいたりする。そのためその筋の方々からは結構恨まれている。
ただ、5人のリーダー格と言うこともあり、まとめ上手でやる時は結構やる。

くだらない語呂合わせが大好きであり、そもそも4人を集めた理由が「苗字に東西南北がある人間で麻雀をしたら楽しそう」という本当にくだらない理由である。もっともそれによって5人が集まったのだからある意味正しい行動であったが。

家は結構なブルジョワであり、仙台ではかなり豪勢なマンションで暮らしている。ただ教習所代やレンタカー代はバイトで賄うなど割と線引きはしている。

南とは中学校時代の幼馴染。何かと気弱な彼女をフォローしたり、逆に南は調子に乗りやすい鳥井のストッパーになったりと仲はかなりいい。最終的には付き合った。


〇南
東京から来た超能力少女。かわいい

素直で純粋、かつシャイな性格。引っ込み思案で自分を出すよりは相手を立てるほうを選ぶタイプ。あまりでしゃばることなく、しかし無愛想ではなくにこにこと微笑んでいる姿から北村からは「陽だまりのような雰囲気」と評された。
ほんとうにかわいい。個人的な意見を許してもらえるなら、北村に鳥井の誕生日を教えた後に「中学校の時から変わっていなければ、だけど」と冗談を言って滑ったかもしれないことを気にして恥ずかしさからうつむいてしまう姿の破壊力はすさまじい。
鳥井腕もげろ。伊坂ヒロインの中でも佳代子や鈴木の妻に並ぶ存在。

前述の通り鳥井とは小学校時代の幼馴染。当時から彼の前向きな性格に惹かれていたらしい。そのためか鳥井関連の事態になると気弱な性格から打って変わって少し威勢が強くなる。本当にかわいい。『秋』からは鳥井の事情もあって同棲をはじめた。台詞から察するに進むところまで進んでいる。
末永く幸せに爆発しろ

生まれついての超能力者でありサイコキネシスやスプーン曲げをすることが出来る。
小さい頃は周りに明かしていたが、今は流石に5人以外には隠している*3
サイコキネシスのやり方は少し特殊で周りの人間が動かす物の名前を言うことで成功しやすくなる。ただ家がディーラーであるためのこだわりか、車を動かす場合には車種まで細かく言わなければいけない。車を動かすサイコキネシスは成功率が低く、大体4年に1度しか成功しない。つまり大学在籍中は1度しか使えない。

また超能力の一種であるのか初心者であるに関わらず麻雀が異様に強い。特殊な状況を除けば本作ではほぼ負け知らず。


〇東堂
地元民。人形のような美貌の素直クール

ロングヘアで非常に顔立ちの整った美女であり、北村曰く雑誌のモデルや女優業をしていても違和感がなさそうな外見をしている。ちなみに西嶋曰くスタイルがよく巨乳であるらしい。そのため学内外問わず様々な男に言い寄られている。

性格は北村以上に冷静沈着であり、心を許した人間以外には無愛想。口数も少ない。そんな性格のためか、言い寄ってくる男たちのことはにべもなく断り続けている。機嫌が悪いと無視することもある。学内の男たちにとって彼女と付き合うのが目標の者も多いのだとか。

観察力や推理力も高く、作中で起こる事件について真っ先に核心に触れるのはたいてい彼女である。一見面倒くさい人間でしかない西嶋の本質に仲間たちの中でもいち早く気が付いていた。そして彼の真っ直ぐな性格に想うところがあったのか、かなり早い段階で西嶋に惚れていた

知識量も豊富で何故か60年代のマイナーな連載小説の話題を振られてもあっさり返している。

またクールな反面気に入ったものに対しては素直で一途な面も見せる。西嶋がラモーンズ好きと知ると、ジャズは嫌っていたにもかかわらず、直後にCDショップへ向かっている。
それ以外でも彼女のクールな態度では分かりにくいが、仲間内でも特に西嶋に対しては好意的な反応を見せている。

しかし西嶋に交際を求めた時はあっさりと振られていた。流石の東堂もショックが大きかったのか、あてつけ半分で様々な男性と付き合ったり別れたりの繰り返しをしていた。(ちなみに心配した南が逐一報告していたため西嶋もよく知っていた)

何故かキャバクラでバイトしている。この事実には北村もビビっていた。だが北村の反応に対し珍しくムキになってキャバクラはピンキリで品のいい店があることを説明する辺り、自分の仕事には誇りを持っているようだ。もっとも彼女の店は結構軟派なところらしいが。


〇西嶋
千葉からやって来た小太りの変人。常に敬語で話している。
ジャズバンドのラモーンズが好き。
本作の真の主人公と言える存在。

北村とは対照的に近視眼型の人間であり多角的に物事を見ることよりも、まず目の前の事象に対して真摯に取り組もうとする。また本人も「平和」に興味があり国内外の政治について強い関心を寄せている。

……と、言えば聞こえはいいが、実際は大学生の割には低い精神年齢のためか空回りしていることが多い。初登場がクラスの飲み会をやっている中遅刻して現れ、いきなりマイクでアメリカ批判を始めるという空気の読めないものだった。
しかも語りだした根本の理由が「バイト仲間と大好きな賭け麻雀をやっていた時、自分の信条に則って『平和』の役を集めていたら負け続けてしまった腹いせ」というくだらないもの。
それ以外の場面でも自分と違う意見の人間がいれば所かまわずヒートアップして議論を始めるという悪癖があり、その度に周りの仲間たちが止めるという構図が出来上がっている。
「近視眼型の人間」というのも「後先考えずに行動する」という悪い意味で作用していることが多い。

だが行動こそ酷いものの、彼の考え方自体は突き詰めていけば至って純粋なものであり、決して悪いものでもない。
特に西嶋が序盤で言った「今、目の前で泣いている人を救えない人間がね、明日、世界を救えるわけがないんですよ」という言葉はマーベルの掲げているヒーロー像を体現していると言える。
また後先考えずに動いているとはいえ、決して適当に動いているわけではなく、本人の信念に基づいたうえで行動している。そんな自分の考えに迷わず行動できる西嶋の生き方に影響された人間も少なくない。

項目冒頭の言葉は彼のもの。自分たちが無力でありながらそれでも世界を変えられると信じている西嶋らしい言葉である。

仲間たちもそのことは理解しているのか、西嶋のことを面倒くさがりはしているものの決して嫌ってはいない。前述の通り東堂はそんな彼に惚れていた
良く言えば純粋で真っ直ぐ、悪く言えば大きな子どもと言えるだろう。

ちなみに愛読書はサン・テクジュペリの『砂漠』。中学生時代に出会った変な家裁調査官に勧められたらしい。
家裁調査官を題材にした作品『チルドレン』において伊坂作品屈指の変人にして漢である陣内が登場するが、関連性は不明。



周辺人物


〇鳩麦
北村たちよりひとつ年上の女性。フリーターでブディック店に勤めている。
明るく屈託のない性格。やや童顔でスタイルのいい美人であるらしい。そんな明るい性格が気に入ったのか北村はほぼ一目ぼれしていた。その後北村は努力して様々な方法でアプローチしたらしく、『夏』の時点では交際を開始していた。


〇プレジデントマン
仙台に出没している通り魔。街中で中年男性を捕まえては「大統領か?」と訊ね、その後殴って金を奪っていくらしい。ちなみに命名者は西嶋。彼曰くプレジデントマンはアメリカを倒すために闘っているらしく、『俺たちのプレジデントマン』と敬意を込めて呼んでいる。
『春』から登場しているにもかかわらず『冬』にもまだ捕まっていないという長い期間警察の目から逃げ続けている危険人物。本当に長かったね!
ところでこの世界の仙台、悪徳警官、ペット殺し、放火魔、メカゴジラ、空き巣犯と少々危険すぎやしないだろうか?


〇莞爾
北村たちのクラスのリーダー役であり、自称「幹事役の莞爾」。そう名乗るだけあって実際人をまとめる能力は北村も評価している。
鳥井のように楽しいことが大好きな人間であり、合コンなどに積極的に参加したりいろんな女の子と遊んだりしている。
東堂に惚れているらしくちょくちょく北村に絡んでくる。
イベント事にも関心を持ち、『秋』では学祭の運営をやっていた。彼曰く3年生が中心の場であるらしい。だから莞爾が入り込めた。


〇ホスト礼一&ホスト純
名前通りホストをやっているチャラ男。
女の子と遊びまくっている鳥居に対して恨みを持っており、彼に恥をかかせるために様々な策略を企てる。


〇阿部薫
キックボクシングのチャンピオン。現在は仙台で子供たちにキックボクシングを教えながら、自らも鍛えている。北村たちも一回誘われた。曰く三年も修行すれば強くなれるらしい。


〇山田
北村と同じクラスの男。メガネをかけている。
趣味はコンピューターで合成写真をつくること。割と邪な使い方をしているが技術はスゴイ。


〇古賀
西嶋が勤めている警備バイトの同僚。西嶋たちとよく麻雀をして遊んでいる。
東京の方に有能な探偵の知り合いがいるらしい。




余談だが2016年12月、サハラ砂漠に雪が積もった。降雪量は30センチ前後。1979年以来の出来事であるらしい。
『砂漠』の刊行から11年後のことだった。





「人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことである」

サン・テクジュペリの言葉より。

あ、追記・修正はべつにしなくてもいいですよ^^ なんてことは、まるでない
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最終更新:2024年02月04日 09:28

*1 鳥瞰図の如く上から見下ろすように全体を眺める人間のこと。鳥井が命名した。対義語は「近視眼型の人間」

*2 鳥井には「高速使えよ」と突っ込まれた

*3 田舎ということもあり「走るのが速い奴や虫の知識が豊富な奴がいるように超能力が使えるという特技の奴がいてもいいだろ」というゆるい考え方で受け入れられていた。