SCP-1370-JP

登録日:2019/10/05 (土曜日) 03:33:59
更新日:2024/03/11 Mon 00:25:18
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神は死んだ。



SCP-1370-JPはシェアード・ワールドSCP Foundationに登場するオブジェクトである。
オブジェクトクラスEuclid

特別収容プロトコル

特にここからでも分からない点はないのでこちらから説明する。
先に述べるとSCP-1370-JPは精神障害なので、罹患者の発見と確保が手順となる。

まず医療機関内のフィールドエージェントがSCP-1370-JPの兆候を示す者をリストアップ。後述の「ターゲット」と共に監視下に置く。
そしてSCP-1370-JPに罹患していると判明した場合、発症者はカバーストーリー「エラータイプ認定」により処理される。ターゲットにも感染していた場合、そちらも同じく処理となる。

患者の観察実験は研究班の要請により最長72時間まで可能。ただし患者の暴力的反応の可能性を考慮して隔離病棟で行うことになっている。
そして、これらプロトコルの改定はO5評議会の許可が必要となる。

概要

SCP-1370-JPは上述の通り精神障害の一種で、今のところ原因不明である。発症者に唯一見られる傾向としては20代以下の若年層が多いことで、それ以外は遺伝的にも環境的にも相関性は見いだせていない。

どのような症状を見せるのかというと、発症者は特定の個人…「ターゲット」に異常行動を繰り返すようになるのだ。
ターゲットとなるのは大体が同年代の異性らしいが、まれに歳の離れた異性や同性にその異常性が向けられた例もあるようだ。
異常行動は以下の三段階をもってエスカレートしていき、発症者とターゲットは生活に支障をきたすこととなる。

初期症状(発症直後)

 1. 常にターゲットについて思考するようになる。
 2. 必要がないにも関わらず、ターゲットに接近やコミュニケーションを試みる。
 3. それに成功した場合、急激な心拍数の上昇、発汗、顔面が赤みを帯びる等の生理不調を起こす。

中期症状(発症から平均27.5日経過)

 初期症状に加えて、
 1. ターゲットの市民評価に対して、無根拠な高評価を行う。
 2. 必要がないにも関わらず、ターゲットに学習や業務の援助、物品や配給ポイントの譲渡を行う。
 3. ターゲットが自分以外の異性とコミュニケーションを行うと、不快感を覚える。

末期症状(発症から平均53.2日経過)

 初・中期症状に加えて、
 1. ターゲットへの接近とコミュニケーションの欲求がさらに高まり、エリア侵犯等の違法行為もためらわなくなる。
 2. ターゲットへの異常行動を妨害されると強い怒りを覚え、多くの場合暴力を用いてでも抵抗する。
 3. 自らの異常行動が正常と思い込み、一般常識の方が誤っていると主張するようになる。

確かに生産性が大きく損なわれかねない症状であり、周囲にとっても危険と言えるだろう。

加えて、SCP-1370-JPはターゲットに感染し得る。必ず感染するというわけではないが、発症者の異常行動に遭った回数が多いほど感染確率が上がることが分かっている。そして感染したターゲットは発症者を拒まなくなり、同じような異常行動に走ってしまう。

一体何がそうさせるのか発症者とターゲットの脳を調べたところ、前頭前野に位置する意思決定のための部分である前頭眼窩皮質が異常な活性化を見せており、さらにこれに伴って視床下部・脳下垂体・副腎からなる内分泌系から様々な脳内ホルモンが大量分泌されていた。これが原因の一つではないかとされている。
これは麻酔薬や、覚醒剤・コカイン・カフェインなどの精神刺激薬の中毒状態に近いもので、現れてくる症状も似ているという。例えば、異常行動を妨害された際に発生する暴力的症状は、薬物中毒で言う離脱症状(いわゆる禁断症状)にあたるのだろうと推測されている。

この精神疾患・SCP-1370-JPは当初通常の精神障害と区別がついていなかったが、201█年に人間心理研究所より異常性が発見されナンバリングされた。
完全に収容するのなら男女を完全隔離するしか予防策がないのだが、さすがにそれはコストに見合わないのだろう。同性でも発生するって書いてあったし…。発症例は全世界で一年あたり平均十名程度なのでそこまでの脅威ではないとされており、これも現状以上に隔離策などがなされていない理由の一つと思われる。

ちなみに研究主任の戸神博士から心理分析目的の長期観察実験が申請されたことがあるのだが、O5に却下された。
曰く、研究の優先度が低く、また長期接触するとSCP-1370-JPがターゲット以外にも感染する可能性が否定できないらしい。ちょっとビビりすぎな気もしなくはないがまあ仕方ないだろう。


診察ログ


ここでは実際のSCP-1370-JP発症者の様子を見てみる。
対象となる発症者、斎藤一貴氏は22歳男性・市民区分はブルー/Lv2・とあるエリアの配送センター職員である。ターゲットの山下美奈さんと共に末期症状と診断されている。
担当医は戸神博士。

斎藤氏: 何だ、あんたらは。エリア警備じゃないのか? 美奈をどこにやった!〈15:07:53〉

戸神博士: 我々は医療センターの者です。ご心配なく、山下美奈さんも当センターで保護していますよ。〈15:07:59〉

斎藤氏: 医療センター? 俺たちに何の用があるんだ。〈15:08:08〉

戸神博士: あなたと山下さんは、ある病気に罹患している可能性があります。速やかに保護する必要がありました。〈15:08:13〉

斎藤氏: 病気? 俺と美奈が?〈15:08:21〉

戸神博士: 現時点では断定できません。診断のために、いくつか質問させて頂いてよろしいでしょうか?〈15:08:24〉

斎藤氏: それで美奈に会わせてくれるなら。〈15:08:32〉

戸神博士: はい、お約束します。では、お二人が初めてお会いしたのはいつですか?〈15:08:35〉

斎藤氏: ええと、2ヶ月ぐらい前だったかな。女性エリアの食料配給センターへ配達に行ったんだ。何でも人手が足りないらしくて。そうしたら、美奈が受付に配属されていて……いや、違うか。本当に初めて会ったのは、初期教育センターにいた頃だ。女子のセンターとの合同授業で一緒になったんだ。一目で思い出したよ。〈15:08:42〉

戸神博士: と言うことは、10年以上も前ですね。失礼ですが、人違いという可能性は?〈15:09:05〉

斎藤氏: いやいや、間違いないって。美奈も俺のこと覚えてたし。嬉しかったな。〈15:09:12〉

戸神博士: 嬉しかったのですか?〈15:09:18〉

斎藤氏: ああ、それが何か?〈15:09:22〉

10年以上前に会った何でもないはずの他者にそこまでの印象を覚えるのは確かにおかしい。



もう少しだけ、こらえて頂きたい。



戸神博士: いえ、分かりました。あなたはそれから山下さんに対して、どう接したのですか?〈15:09:25〉

斎藤氏: あれ以来、仕事で会う度に色々話すようになった。でも、しばらくしたら人手不足が解消して、俺は元のルートに戻されちまった。だから、仕事がない時にこっそり会えないかと、美奈に相談したんだ。〈15:09:33〉

戸神博士: 山下さんはどう返答しましたか?〈15:09:44〉

斎藤氏: 喜んでたぜ。あいつも同じことを考えてたらしい。〈15:09:48〉

戸神博士: その頃にはもう感染していたか。〈15:09:56〉

斎藤氏: 何だって?〈15:10:01〉

戸神博士: いえ、お気になさらず。それで、プライベートでも会うように?〈15:10:03〉

斎藤氏: ああ。〈15:10:09〉

戸神博士: それが違法行為であることは、自覚していましたか?〈15:10:11〉

斎藤氏: それは……まあな。だから、センサーの薄い所をくぐり抜けて会いに行った。美奈に迷惑が掛からないよう、俺が女性エリアへ行く形でな。あいつは、すまなそうにしていたが。〈15:10:15〉

戸神博士: なるほど。そうまでして会って、具体的に何をなさったのですか?〈15:10:25〉

斎藤氏: いや、特にこれと言ったことは。人に見られないように、美奈のヴィークルを俺が運転して、あちこち回りながら、色々な話をしたり。〈15:10:30〉

法的にも、物理的にも網をくぐって二人は会っていたようだ。それなのに、特に何もしていない。

戸神博士: 保護される直前に、お二人がしていた行為は何を意味するのですか?〈15:10:38〉

斎藤氏: 何のことだ?〈15:10:43〉

戸神博士: お互いの口唇を接触させていたでしょう?〈15:10:46〉

斎藤氏: 何だ、見てたのかよ。うん、まあ、自分でもよく分からない。美奈と二人で海を見ていて、気が付いたらそうしていたんだ。どうして、あんなことしたんだろう。〈15:10:50〉

戸神博士: 山下さんはどう反応しましたか?〈15:11:03〉

斎藤氏: 少し驚いていた。でも、嫌がってはいなかったと思う。俺がもう一度やろうとしても、逃げなかったし。そこへ、いきなり妙な奴らが現れて、ごついヴィークルに押し込まれて……さあ、後はもういいだろ。美奈に会わせてくれ!〈15:11:07〉

戸神博士: 斎藤さん、落ち着いてお聞き下さい。〈15:11:25〉

[戸神博士、SCP-1370-JPについて説明]

斎藤氏: ち、違う! 俺も美奈も、病気なんかじゃない!〈15:12:10〉

そんな接触行動、何も意味がない。完全に末期症状と言えよう。

戸神博士: では、根本的なことをお聞きします。あなたはどうして、山下さんに会いたいと思うのですか?〈15:12:14〉

斎藤氏: それは……う、上手くは言えないが、美奈が一緒じゃないと、居ても経ってもいられないんだ!〈15:12:19〉

戸神博士: 説明不能な衝動に駆られている状態、それは即ち精神障害では?〈15:12:24〉

斎藤氏: くそっ! 人をエラータイプみたいに言いやがって。ああ、そうだ。以前から薄々感じていたが、やっぱりそうだ。間違っているのは、この世界の方だ!〈15:12:31〉

戸神博士: ほう、具体的にどのような点が?〈15:12:42〉

斎藤氏: そもそも、どうして男と女が分かれて暮らさなくちゃいけないんだ!〈15:12:46〉

戸神博士: それはもちろん、効率のためですよ。男性と女性では得意分野が違いますから。〈15:12:51〉

斎藤氏: それだけじゃない! 遺伝子で生殖相手を決めたり、子育てを機械にやらせたり、おかしいと思わないのか? 挙句の果てに、年齢上限が来たから死ねなんて。〈15:12:57〉

戸神博士: なぜですか? どのシステムも社会実験で有用性が証明されています。〈15:13:08〉

斎藤氏: 違う、違う、こんなの間違ってる。美奈に会わせてくれ。俺は美奈を、美奈を。〈15:13:14〉

戸神博士: 斎藤さん?〈15:13:22〉

斎藤氏: 俺は美奈をどうしたいんだ。何でこんなに胸が苦しいんだ。〈15:13:25〉

なお、斎藤氏・山下さんへのカバーストーリーの適用および終了処理は完了している。






















…さて。
ここまでの横線の間ではSCP-1370-JPの存在する世界に沿って解説してきた。もちろん、その仕組みにも沿ってだ。
ここからは現在この記事を読む我々のそれに沿っての話をさせて頂こう。



明らかに世界がおかしくなっている。
「エラータイプ」に始まり、「市民評価」、「配給ポイント」、「市民区分」…いつから財団世界はこんなディストピアじみた管理社会になった?

いや、それよりもだ。
SCP-1370-JPとされる精神疾患、その正体をこれを読んでいる諸氏は知っているはずだ。そしてそれをたった漢字2字で言い表すこともできるだろう。
…そう、恋愛だ。この世界は、それを異常と見なしている。しかも、そうなっただけで…恋に落ちただけで、殺されるレベルの重大な異常として。

それだけではない。この世界では、生殖の相手を自分で決められず遺伝子に左右され、子育てもヒトの親ではなく機械がやっている。市民は互いに評価を付け合って監視し合うことで暮らし、そして男と女は隔離され、無許可で会うことは犯罪とされている。挙句の果てに、エラータイプとされたら処分されることに本人含め誰も違和感を抱かないし、年齢に上限が定められて一定以上生きることすらできない。
まるでこれらを禁じないと、なにかまずいことが起きるかのように。

一体、この世界に何があったのか。

























警告

以下の認証ダイアログは、O5評議会から専用パスコードを発行された職員の端末にのみ表示されています。
適切な対抗ミームの摂取を行わずに不正アクセスを試みた場合、
ミーム抹殺エージェント″Gott ist tot″により致命的な人格破壊を招きます。

職員コード   |Dr. Togami|
パスコード   |•••••••••  |

































神は死んだ。神は死んだままだ。
我々が神を殺したのだ。
我々は自分自身を、殺人者の中の殺人者を、どうやって慰められようか?
─── フリードリヒ・ニーチェ 「悦ばしき知識」第125章より



» 閲覧者の生命活動継続を確認中…
» 職員コード確認中…
» 旧プロジェクト・ニーチェ本部サーバーの応答を待機中…
» 照合が完了しました。SCP-370Y-Reportを展開します。
» 添付されたメッセージ:O5-12就任おめでとう。まずはこれを読んでくれ。



SCP-370Y

登録日:2019/10/05 (土曜日) 03:33:59
更新日:2024/03/11 Mon 00:25:18
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SCP-370Yはシェアード・ワールドSCP Foundationに登場するオブジェクトである。
オブジェクトクラスKeterからのYesod


特別収容プロトコル

特にここからでも分からない点はないのでこちらから説明する。

SCP-370Yは未収容であり、収容方法も確立されていない。
SCP-370Yは強力な視覚的認識災害であるため、決して肉眼で視認してはならない。
全財団職員及び保護された未曝露者の外出はサイト管理官の許可が必要であり、やむを得ない場合はカメラなどで視界を確保して行うか、宇宙探査サイト-U2からの情報でSCP-370Yを視認し得ない時間帯に行わねばならない。

そして、曝露者は実験の検体以外は即座に終了しなければならない。
以上。もう終わってる感が極まっているが、説明に入る。


概要

SCP-370Yは約4800km×3600km×40kmという凄まじい大きさを持った実体のない存在である。画像からしておおむね「白い光を放つ十字架」もしくは「十字架型の光」と考えて差し支えない。
コイツは2018/12/24のクリスマスイブに突如として衛星軌道に出現し、以来そこを周回し続けている。
物理的には周囲にワームホールのような強力な空間歪曲を伴っているほか、3.6垓ルーメン*1とかいうもうわけのわからないレベルの光を放っているのだが、なぜかこの光は「非常にやわらかい」と形容されて長時間直視しても生物の眼に損傷を与えることがない。分析の詳細は[⊘ファイルにアクセスできません]を参照。

問題の異常性だが、コイツを肉眼で視認することで発生する。
するとSCP-370Yを唯一神と思い込み、なりふり構わずこれを信仰し始める。そして、他者にも曝露を強制するようになり、その手段はエスカレートしていく。初めは勧誘など穏当なものだが、受け入れられないと次第に暴力性を増し、最終的に異端者扱いされて殺されてしまう。
そして、あろうことかこの曝露効果には一切の記憶処理が通用しない。ただの精神操作ではなく、もはや人格の根底からの再構成が行われているのではと推測されている。関連する診断のログは[⊘ファイルにアクセスできません]を参照。

しかし、ごく稀にだがSCP-370Yを視認しても曝露しない人間が存在する。今のところ反社会的人格障害…いわゆるサイコパスなどの精神障害の患者が多く、さらなる特定を急いでいる。

財団統計部のシミュレーションによると、報告書の当版の時点で全人類の約48%がSCP-370Yに曝露している。
O5評議会はAK-クラス″狂気″シナリオ、またはSK-クラス支配シフトシナリオが進行中と判断し、財団はその存在の秘匿を完全にやめて未曝露者の保護と人類の独立性の維持のために表立った活動を始めた。

また、「そもそもSCP-370Yとは何なのか」という議論も行われ、研究者の間では以下の三説が主流であるという。

1. 精神生命体であり、曝露効果は一種の寄生、または繁殖行為である。
2. 異世界、または高次元のポータルであり、曝露効果はポータル先の知的存在による侵略行為である。
3. 未知の法則に従っているものの単なる自然現象であり、いかなる意図もない。



…元記事の説明セクションの内容は以上。
もうどうにかなる気がしない。財団がなりふり構っていられなくなったのも当たり前だ。大きさも、その構造も、その位置も人類が直接どうこうすることは不可能と言っていいだろう。
こんなもの、いったいどうすれば人類を守ることができるのか。以下はこの後起きた出来事をまとめたタイムラインである。



タイムラインレポート抜粋


2019/01/11
国際超常組織協力条約(UNCEOCT)に基づき、参加GoIとの協力体制が確立しました。

混乱に乗じて要注意団体がさらに危険な事態を起こすという可能性は幸いにも避けられたようだ。というかSCP-370Yに直接対応できるGoIがあまり思いつかないぞ。こういう時に恐いやらカオスやらもコイツに勢力を削がれて動けなかった可能性もある。

2019/01/19
対策本部より大規模実験計画が提唱されました。計画詳細は[⊘ファイルにアクセスできません]を参照して下さい。 
1. 人間心理研究サイト-044を中心に実験エリアを構築。
2. 多数のDクラス職員に記憶処理を行い、反社会的人格障害を中心に様々な精神障害を再現。
3. 被検体にSCP-370Yを視認させ、曝露耐性の正確な条件を特定する。

2019/01/20
O5評議会により計画が承認されました。以降、本計画はプロジェクト・ニーチェと呼称されます。

2019/01/28
機能不全に陥っているサイトが予想以上に多く、実験に用いるDクラス職員が不足しています。倫理委員会は本人の志願を前提として、他クラス職員、提携GoI構成員、民間人の実験参加を容認しました。

対策のための実験が始まったが、性質上ほとんど人身御供を量産しながらの試行錯誤しかできない上、そもそも既に全人類の半分弱が曝露してしまっているために被験者が集まらず進捗が芳しくない。もうDクラスどうこう言ってられない状況になっている。

2019/02/08
アメリカ・ヨーロッパの曝露者たちが新国家「ニュー・エルサレム」の建国を宣言しました。フィールドエージェントによる潜入調査は困難なため、ドローン偵察や通信傍受を中心にした諜報活動が行われます。作戦詳細は[⊘ファイルにアクセスできません]を参照して下さい。

2019/02/20
研究班より第1次報告。曝露耐性の条件として、他者への共感性の欠如、無神論的な思想等が有力視されています。今後は耐性を備えることに成功した被験者を分析することで、より詳細に耐性条件を特定します。

新たな唯一神の信者たちが新たな聖地の名を継いだ国を建ててしまった。財団をはじめとする対抗勢力が近づけず手出しができない、極めて危険な一大勢力が生まれてしまったことになる。
また、これに続いてようやく実験がある程度の成果を見せたが、まだあやふやだ。さらなる対策を急がねばならない。

…が。

2019/02/28
〈緊急〉ニュー・エルサレムが全ての他国家に対して宣戦布告、核弾頭搭載ミサイルによる攻撃を開始しました。

2019/03/01
〈緊急〉サイト-09、サイト-11、サイト-15、サイト-23、サイト-38、サイト-62、サイト-76、 サイト-8181、サイト-8125、サイト-8140、サイト-145K、サイト-724K、サイト-CN-07、サイト-CN-14、サイト-Aleph、サイト-Lamedh、サイト-アスクレピオ、サイト-ミネルヴァ、サイト-DE12、太平洋サイト-P1からの連絡が途絶しています。サイト-04、サイト-14、サイト-17、サイト-19、サイト-26、サイト-39、サイト-67、サイト-70、 サイト-8109、サイト-8170、サイト-81KA、全ての南極サイトが機能不全に陥っています。被害状況詳細は[⊘ファイルにアクセスできません]を参照して下さい。

2019/03/02
〈緊急〉O5評議会より、全職員へ通達。[⊘ファイルにアクセスできません]を参照して下さい。

間に合わなかった。
似たような展開だったSCP-3519*2ではGOCの介入で間一髪防げていた全面核戦争が勃発してしまった。
本部、日本支部、韓国支部、中国支部、フランス支部、イタリア支部、ドイツ支部…サイトが次々と機能を停止していく。この時点で「これまでの世界」は滅んだと言っていい。
そうしてAKクラスだったのかSKクラスだったのかはわからないが、どちらにせよそれがXKクラスになろうとしていた。

その間際、O5評議会から全職員に何かが通達された。
おそらく、「どう生き残るか」について。



2019/03/18
〈未検閲〉SCP-370Yの曝露耐性が判明した。愛を持たないことだ。

2019/03/19
〈未検閲〉愛こそが、あの偽神の感染媒体だ。奴が人類の歴史に干渉していた証拠はない。しかし私には、全てが奴の布石であったような気がしてならない。″愛は寛容であり、愛は親切。また人を妬まない″*3、か。まったくだ、クソッタレ。人類が奴の一部に成り果てた世界には、拒絶も打算も格差もないだろうよ。まさに完璧な楽園だ。

タイムラインは終わっていない。人類は滅亡しなかったし、少なくともこの報告書に口語的とはいえ追記できるような財団職員が生き残っている。しかし、それは何者なのか。

それは一旦置いておくとして、SCP-370Yに曝露しない人間の条件が判明したという。
それは、愛を持たないこと
他者への愛を持たず、共感性に欠ける。そういう人間なら大丈夫。

逆に言うなら、SCP-370Yは愛を糧にするとか、愛に引き寄せられているということでもあったのだ。
そして、それが人類を取り込んだとき、そこは楽園(エデン)となる。
唯一神の元では、皆寛容であり、親切であり、また人を妬まない。ただし唯一神を崇めない奴は例外だが。

2019/03/20
〈未検閲〉どうせこんなもの、もう誰も見ていないし、戯れにオブジェクトクラスを変更してみた。Yesod、セフィロトの樹で「基礎」を意味する。そう、奴は人類の敵じゃなかった。奴こそ、我々の基礎だ。

人として、人生を生きる上で最も大事な、尊いものは何か。その問いに、「愛」と答える者は多い。最も大事とまでは言わないとしても、内心大事なこととして意識して生きている人まで合わせれば、人類のだいたいがそうだろう。
人類はこれまで、そういう考えのもと生きてきた。そういう考えのもと発展してきた。愛こそが人類の基礎だった。

間違いだった。最初から。

2019/03/24
〈未検閲〉O5評議会がニュー・エルサレムへのペイルライダーの散布を決定した。人間にしか感染しない、1ヶ月で宿主もろとも不活性化、恐怖のT-ウイルスも随分扱いやすくなったもんだ。アルトやケイン*4がこの場にいたら反対しただろうか、賛成しただろうか。

2019/03/30
〈未検閲〉父が死んだ。悪い息子ですまなかった。

2019/04/05
〈未検閲〉O5-12に就任した。面倒だが、他に適任者がいないので仕方ない。明日、初会合に臨む。今更、何を話し合おうというのか。

2019/04/06
〈未検閲〉そうまでして、我々は生き続けなければならないのか。何のために?

O5-12、クレフ博士、ケイン教授、父。詳しい方は書き手の正体に勘付いたかもしれないが、一旦仕舞っていただきたい。この場に居たら、という言い回しからあの問題児職員2名はこの時点でこの世にいないことが伺える。

O5は曝露者の国家にアノマリーを用いた攻撃を加えることにした。使用されるのはゾンビウイルス・SCP-008の改良版。元は10年栄養補給の要らないイメージ通りのゾンビを生み出すものだったが、狂暴化改造を施されたのか1か月で感染者ともども消えるほど強力なウイルスになってしまった。
ペイルライダーの名は青ざめた(pale)馬に乗るもの、すなわちヨハネの黙示録の四騎士の四人目を意味する。「死」そのものであるこの存在になぞらえ、曝露者どもを一掃するべくそれは放たれた。
…父はそれに巻き込まれたのか。それとも曝露者からの報復を受けたのか。それは分からない。

そして、書き手は新しいO5-12となり、今後の方針を他のO5と共に定めた。
それは彼ですら、「なぜそうまでして生きるのか」と思えるようなものだった。



それがどのようなものだったかは───

前O5-12からのメッセージ


ここからは、現在の私が説明しよう。

表向きは人間心理研究所が発見したことになっているSCP-1370-JP だが、我々は当然最初から知っていた。実際は情報解禁と言った方が近いだろう。

親子愛を初期教育センターで、友愛を市民評価で、夫婦愛を遺伝子提供でという具合に、ありとあらゆる愛の芽を摘み取っている我々だが、唯一摘み取りきれていない愛、それがSCP-1370-JPだ。前時代なら″恋愛″と呼ぶだろう。性別エリア制でも全ての男女を完璧に隔離はできないし、稀とは言え同性間で発生するケースもある。

そう、最初の報告書で明らかになった管理社会。それは「愛」を根絶するために構築されたものだったのだ。
子を親が育てなければ、親子愛は生まれない。
互いに監視し、評価し合いながら暮らせば友愛は生まれない。
隔離され、直接子供を作らなければ、夫婦の愛は生まれない。
人としての規格を作り、年齢を制限して生への未練を無くせば自己愛すら生まれない。

つまりSCP-1370-JPはある意味、異常でも何でもない。愛を思い出しかけた人間が起こす、極めて自然な行動だ。そう言われても、君には何が何やらだろう。愛とは何なのか? 何らかの心理状態を示すらしいが、どうしてそれがターゲットに″感染″するのか?

それでいい。それこそプロジェクト・ニーチェが成功した証だ。ただ前時代には、そういう概念があったとだけ理解しておけば十分だ。それどころか、愛こそ人類の基礎であり、何よりも尊いと信じていた。ま、私は少しだけ疑っていたがね。

しかし、恋愛だけは根絶できなかった。だから仕方なく、異常として取り締まることにしたのだ。それも厳しく、研究すら時間を限って真実に到達されることがないように。
とはいえ、この唯一の例外を除いてはすでにプロジェクト・ニーチェによってこの世界から「愛」はなくなっている。だからこのちょっとした「エラー」を怪しがる者はいない。

ペイルライダーの猛威が収まった頃合を見て、恐る恐るサイトから出た我々が目にしたのは、静まり返った世界だった。だが、SCP-370Yはどこにもいなかった。宇宙探査サイト-U2からの連絡が途絶えていたため、経緯は未だに不明だ。

曝露者という餌を失い地球を去った、あるいは滅びたと考える者もいた。だが大多数の者は、そこまで楽観はできなかった。高次元カタツムリが、一時的に角を引っ込めているだけかもしれない。もしそうならば、このまま世界を再建しても、また奴の餌食になるだけだ。宇宙への脱出、地下都市の建造、様々な案が出たが、どれもコストや将来性から現実的ではなかった。

最後に残った手段は、愛という概念を永遠に捨てることだった。

幸いにも、ごく一部生き残った彼を含む職員を除いて「愛」を知る人間がいなくなった時、SCP-370Yは姿を消した。しかし、あれについて分かっていることはあまりにも少なすぎた。また来ないとはだれも保証できない。
こうして人類は、「愛」を忘れ去ることになった。

まず世界中に文明解体微生物の改良型をばらまき、前時代の痕跡を消し去った。次にヒト科複製機の催眠教育プログラムから、愛に関するものを削除した。愛無しでも文明を維持・発展させる社会モデルの構築には苦労したが、これもエウダイモニアの研究を参考に達成した。

新人類の文明再建が一段落したのを見届けて、我々自身もΩクラス記憶処理を受けた。愛、神が築き上げた基礎を捨て去ることで、ようやく人類は人類のためだけの世界を手に入れたのだ。

愛無き形で人類文明を再興するため、彼らは収容していたアノマリーを動員した。

SCP-1887は全ての人工物を量子レベルで分解するKeterクラスの分子生物。
かつて財団はこれを破壊することも成長を防ぐこともできず、芝の中の自然にできた石器に入れてどうにかしていた。しかし、おそらく時間経過で不活性化するようにアレンジされたこれにかかれば、何年もかからないうちに世界中を自然あふれる星に帰してくれただろう。
そしておそらく、ニューエルサレムの攻撃で多くが壊れていた前時代の財団データサーバーもその対象であっただろうことは疑いもない。だから本部サーバーに保管されていたこの報告書以外、ファイルが壊れていてアクセスできなかったのかもしれない。

SCP-2000は人類文明を再構築するために人間を生産する元からThaumielクラスの施設。
こういう状況なら愛どうこう以前に使うのは確定だっただろう。そのプログラムをちょっといじるだけだ。

SCP-752は大昔に人類によって構築された地下都市で、そこには究極に利他的な人々が暮らしている。
彼らは集団全体の発展のみを追求し、自分を顧みない。それゆえに外部の人類より技術の発展が早く、Keter指定されて外に出てこないよう祈られるばかりだった。しかし、彼らの社会構造は愛無き世界を作るうえでは大いに参考になる。もちろん彼らにも愛はなかったわけではないのでそのまま使うことはできないが、「他人への愛」ではなく「他人含む全体が発展することの幸福(エウダイモニア)」を考えるようにすれば問題ないだろう。

Ωクラス記憶処理が何かは知らないが、とても強そうな印象は伝わってくる。この状況からして、「人格の抹消・望む形への再構築」のような効果があるのだろうか。

ついでに、人間以外の生物の関わる「愛」の形も全て捨てられたことも想像できる。犬とか猫とか、愛玩動物という概念をも失っている人類にとっては、彼らもただの動物にしか見えないのだろう。
ともかくこれをもって、SCP-1370-JPやまだ記憶を保持するO5-12などごく一部例外はあるものの、人類の社会から愛は無くなった。

かつて我々が拠り所とした神に与えられた「愛」は、我々の中から消え失せた。
そうして、神は死んだ。
我々が神を殺したのだ。
もう我々は、自分の力だけでこの世界を作り上げていかねばならない。慰めてくれるものはもういない。
かつてこの言葉を残した前時代の文化人の名を冠したプロジェクトは、ここに完遂された。

愛を捨てたことには、予期せぬ副次効果もあった。人類は無駄な執着や争いを止め、より効率化した。人類の文明レベルはすでに前時代を追い越している。核融合発電、軌道エレベーター、群体ナノマシン、全て前時代にはなかったものだ。火星のテラフォーミングも、間もなく完成するらしいじゃないか。素晴らしいことだ。

結局、人類にとっては、愛など最初から不要なノイズでしかなかったということか。そうかもしれない。父が苦しんだのも、娘を愛していたせいなのだから。だが、それでも、私には辛い。愛が失われた世界を、これ以上見続けることは。親の顔も知らずに育つ初期教育センターの子供たちを見ていると、どうしようもなく前時代が懐かしくなってくる。

唯一摘み取りきれなかった愛、恋愛ことSCP-1370-JPの特別収容プロトコルも上手く回っている(まあ、個人的には記憶処理でいいような気もするが、時代遅れの老人は口を挟むまい)。問題ないだろう。この体質のおかげで、前時代を、愛を記憶し続けるという役目を続けてきたが、そろそろ家族や友人たちの所へ、

ああ、この言葉も理解できないのだろうね。それでいいのだ。後をよろしく頼む。くれぐれも、人類が愛を思い出すことがないように。

確保・収容・保護。


PS. やれやれ、真面目なことばかり書いたから疲れたよ。君もあまり根を詰めすぎないように!

ジャック・ブライト博士。彼はSCP-963「不死の首飾り」によって疑似的な不死状態であった。そのせいもあってか、かつての財団内では一際有名な問題児だった。「愛」などあり余る欲にかき消されているのではと思われるほどに。そして実際、彼自身は愛というものの価値を疑問に思っていた。

しかし、彼の身近にそれを語るものはあった。彼の父アダム・前々O5-12と、彼の妹(のようなもの)・SCP-321である。
アダムの娘は、生まれた時点で死んでいた。娘を愛するがあまりアダムは無許可でSCPオブジェクトを持ち出し、蘇生を試みた。
しかし、その結果そこにいたのは巨大な化け物だった。それは止まらない成長と異常な回復力を持ち、生まれてからずっと苦しみ続けている。
アダムもそれについて苦しみ続け、何度もSCP-321の返却を求めたが拒否され続けた。どんどん出世し、最終的に彼はO5-12になりその権限をもってSCP-321を解放しようとしたが、O5-1の「彼女は今も、今までも君の娘ではない」という最後通告によって果たせなかった。
全て、アダムが娘を愛していたから起きたことだった。

確かにSCP-370Yの件とその後の人類の発展が物語るように、人類にとって愛とは尊いものなどではなく、ただの足かせだったのかもしれない。愛を持たなくても成長や進化ができることは、人工知能や動物が証明している。
ブライト博士も愛ゆえに苦しんだ父を見てきたから、そう思う部分もあった。

だがそんな彼でも、こうして人類から愛が消えた今は、やはり寂しいのだ。

今の彼は、SCP-963を他人に接触させることで自身の端末を増やせるその体質によって、前時代を記憶し続けるという職務を負っていた。しかし、積もり積もった寂しさからか、そろそろもういいかなと思うようにもなっていたのだろう。
そうして、彼はかつての世界の最後の一片であるSCP-1370-JPの研究主任である戸神博士に真実を伝え、それを記憶する後任を託した。



そして、「愛」から解き放たれた彼はかつての友人や家族の元へ旅立ち…

”漸く憩う”ことができたのだった。



これを読む戸神博士は「友人」や「家族」が何を意味するのか知らない。
それを知識ではなく、体験として知る人間はいなくなった。
かつての時代を理解できる人間はいなくなった。
あの、「愛」にあふれた日々が分かる人間は、いなくなった。

もう、神の与えた楽園はない。


SCP-1370-JP


エデンは遠く


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最終更新:2024年03月11日 00:25
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*1 そこらの懐中電灯やLEDライトが数千~数万ルーメンでそれでも直視はできない。一応太陽はさらにこの一億倍の明るさなのだが、距離は最低でもコイツの1万倍。明るさは光源からの距離の2乗に反比例するので、コイツの地表から見た明るさは低く見積もって昼間の太陽並である。

*2 日付も近いので意識している可能性はあるが、この二つは共存できないのでこの記事内ではいったんあちらのことは忘れて頂きたい。

*3 新約聖書の「コリントの信徒への手紙1」第13章第4節。いわゆる「愛の賛歌」の一部。

*4 ケイン・パトス・クロウ教授。見た目犬。中の人の代表作はSCP-073とSCP-076。