サーモン(寿司)

登録日:2020/12/13 Sun 20:12:44
更新日:2023/04/22 Sat 18:09:38
所要時間:約 5 分で読めます




ここでは、寿司におけるサーモンについて解説する。


概要――なぜ『サーモン』呼びなのか

寿司は和食であり、世界的にブームとなって以降も海外でも「日本語?俺話せるよ!スシ、ニンジャ、ゲイシャ……」と
日本といえば寿司、寿司といえば日本というイメージは強い。
そんななか、日本においての生食をするときは、寿司・刺身においてはむしろサーモンと呼ぶことのほうが多い。
日本でマグロの寿司をツナ呼ばわりすることはそうそうないし、イカをスクイッドだの、タコをオクトパスと言うこともないのに、
サーモンはサーモンなのである。なぜシャケではないのか。

一つの理由には、サーモンが寿司ネタとしては新参者というところがある。
もともとシャケというのはサナダムシやアニサキスの問題もあり、天然のシャケは生食できない。
2020年にとある動画配信者が自身の生配信でスーパーの鮭の切り身を会計前に生食する動画をアップロードし問題となったが、
その際も報道などでは「鮭の切り身を生食するのは危険である」と呼びかけるほどであった。
つまりサーモンは「アニサキスを考慮しなくていい環境で育ったシャケ」であり、
養殖技術が発展して以降漸く生まれた新参者のネタなのだ。

もう一つの理由として、「サーモンは必ずしも鮭ではなく鱒のこともあるから」というのがある。
日本ではサーモンは鮭の英名であるとして知られているが、
厳密には誤りで、サーモンはサケ・マス類の魚に対する英語、要は総称である。
マスにはトラウトという英名もあるのだが、養殖した種類にはサーモントラウトと「どっちだよ」となる種もいることから、
大雑把に日本ではサーモンと呼称しているのである。

しかし、それでもなお違和感は残るだろう。
そもそも江戸前寿司が今のようにほとんど生魚で作られるようになったのは江戸時代の話ではなく、
冷蔵・冷凍技術や物流の進歩を経た明治期以降であり、特に江戸以外の地魚が押し寿司ではなく、
江戸前寿司の特徴たる握り寿司に用いられるようになったのは昭和の第二次世界大戦終戦後、
寿司屋が闇米摘発を回避するために「米飯加工」のていを装ったことで、
江戸前寿司が地方寿司を駆逐し日本国内に広まったのがきっかけである。
またトロに至ってはミームの項でも挙げられる通り、冷蔵・冷凍技術と物流の進歩だけでなく、
日本人の食の嗜好が欧米化したことでごちそうとなったものであり、それこそサーモンだけを仲間外れにする理由はない。

最後の理由は1つ目の理由にも関わるが、「天然魚を使えないネタだから」である。

歴史――サーモンの受容

鮮やかなピンク色、脂が乗ったサーモン。トロ同様に日本人の食の嗜好が欧米化しなければまあウケないネタであろう。
しかし、かつては御存知の通り生食できなかったため寿司や刺身にすることはできなかった。

きっかけとなるのはノルウェーの日本に対する売り込みであった。
80年代、ノルウェーのビョーン・オルセンは日本に自身の水産物を売り込もうと試行錯誤していた。
日本人は世界でも稀に見る海産物消費国であり、
  • カニが大量発生して漁師が困っているというニュースが流れれば「日本人に食わせればいい」というジョークが生まれ
  • タコの消費量が日本のみで全世界の60%を占め(ちなみにイカは30%。)
  • 外来種のワカメが大量発生して生態系に影響を及ぼすようになると「いっそ日本に輸出しようか」と協議され*1
  • クジラの主要消費国なので捕鯨反対を掲げるグループの批判の筆頭国となり
  • しまいにはウナギの絶滅危惧に対して日本が大きな理由と挙げられる

……ほどには海産物を食べまくっている。
世界的に見てもここまでありとあらゆる海産物を消費する国は日本くらいであり、ノルウェーとしては絶対にとりたいシェアである。
当初こそカラフトシシャモを輸出の目玉としていたノルウェーであったが、
ノルウェーが日本では寿司・刺身文化があるのにサーモンを生食していないと知ると、
生食可能なサーモンの需要はブルーオーシャン(海だけに)であると考えイメージ戦略を展開。
ノルウェーの漁業大臣に、日本の卸売や加工業者は「日本人は鮭を生では食わねえよ」と渋い顔をしていたが、
テレビで見る著名なシェフが目をつけてノルウェーサーモンを生で提供したり、
ニチレイがサーモンを大量にノルウェーから買い付けて生食用として販売することで日本人に受け入れられるようになり、
00年代の回転寿司チェーンの勃興と、スーパーでの比較的安価なごちそうとしての需要を追い風に、
一躍ノルウェーサーモンは日本を席巻したのである。
しまいにはチーズのせサーモンだの炙りサーモンだの派生寿司が数多く生まれている。

こうして日本ではすっかり生食が当たり前となったサーモンだったが、築地や銀座ではそれでも浸透しなかった。
なにしろ寿司店にとっての最大のアピールポイントは天然モノを大将が目利きして握った寿司という点。
養殖では出せない味を求めて足繁くセリに出かけるのが一流の寿司屋なのに、サーモンは養殖しかないのだ。どうしろと。
築地の寿司屋は「養殖は脂のノリが悪いし臭みが強い」と決して握ろうとしなかったし、銀座もそれを踏襲していた。
だから他の魚が高級魚とか地魚として寿司ネタに当たり前のように入り込もうともサーモンは「伝統的寿司」の席には入れなかった。

しかし日本人にとってあまりに当たり前になれば話は別だし、養殖技術も向上している。
更にノルウェーサーモンはサーモンにとって最高の環境たる水温が保たれるうえ、
増肉係数(1キロ増やすのに必要な餌の量)が小さいために安価かつ品質も高いということもあり、
日本人の中でも寿司ネタで一番好きなものと言われてサーモンを挙げる人が多くなっていった。
そしてそれに対抗するかのように、日本国内でもブランド牛やブランド豚のようにブランドサーモンが増加。
築地時代は握ろうともせず、注文した客を怒鳴って帰したことさえあった寿司屋は、
市場の移転とともに豊洲に移転してからはメニューに加えて若い客や外国人向けに提供するようになったという。
これは需要増加とともに、養殖しかないサーモンの品質が目に見えて良くなっており、敬遠する理由が小さくなったからとも言える。

また昨今は『持続可能な社会』が寿司でもテーマになりつつあり、
天然魚だけにこだわることはもはや職人のこだわりとして肯定的に受け止められることは減りつつある。
今後高級店でもじわじわとサーモンはあがるようになっていくのだろうと推測する見方も強い。
マグロに続き、日本人にサーモン寿司がミーム伝染していく日は近い。

海外におけるサーモン寿司

そもそも西洋では海産物の生食そのものがかつてはタブーであったが、
現在では海外でもカリフォルニアロールや寿司ピザなどからのステップアップとして、
生食する江戸前寿司が食べられるようになりつつある。

そんななかで、マグロ同様にサーモンも、舌が欧米化した日本人が好むくらいだから当然元から欧米化済みの欧米人には大人気であり、
サーモンをふんだんに使ったアラスカロールをはじめ人気の寿司ネタである。









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最終更新:2023年04月22日 18:09

*1 ワカメを食用にする文化があるのは日本と朝鮮半島くらい。