安達としまむら

登録日:2021/01/25 (月) 18:50:54
更新日:2023/11/27 Mon 00:02:14
所要時間:約 12 分で読めます





 体育館の二階。ここが私たちのお決まりの場所だ。
 今は授業中。当然、こんなとこで授業なんかやっていない。
 ここで、私としまむらは友達になった。
 好きなテレビ番組や料理のことを話したり、たまに卓球したり。友情なんてものを育んだ。
 頭を壁に当てたまま、私は小さく息を吐く。
 なんだろうこの気持ち。
 昨日、しまむらとキスをする夢を見た。



「安達としまむら」は、入間人間作の百合ライトノベル
2013年から1年に1冊程度のスローペースで書かれ続けている。2023年11月現在既刊13巻。
イラストは8巻までがのん、10巻からはraemzが担当している。
2020年第4クールにアニメ化された。
略称は『あだしま』。

あだしまペディア-『安達としまむら』ってどんな作品?


一言で言うと、「安達という女の子がしまむらという女の子を好きになっちゃう話」。
ただし、舞台はごく普通の共学高校で、しまむらは安達が自分を恋愛対象として見ているとは考えていない。
この2人の関係は百合作品のベースとして優秀で、ノンケ×百合っ娘(シチュエーション)という項目自体に『あだしま』を具体例として丁寧に解説されているのでご一読いただきたい。
というか、ノンケ×百合っ娘の項目が『あだしま』の良い所の解説としてたいへん優秀なので、基本構造に関する解説はあっちの項目に任せ、本項目では別方向から『あだしま』の魅力をご紹介する。

本作の特徴を、アニメ版を制作した桑原監督は「ニュートラル感」と表現した。
「安達♀がしまむら♀を好きになる」という本作のプロットは派手にしようとすれば幾らでも派手にできる。
全寮制の女学校を舞台にしてもいいし、バトルやスポーツをさせてもいいし、少女たちに強烈な個性を与えても良い。
だが、『あだしま』は敢えて派手さを切り捨て、凄く「ニュートラル」な話作りをしている。

『あだしま』の特徴その1:大したイベントが起こらない


突然だが、恋愛モノにおける理想的な「クリスマス回」を想定してみよう。
主人公は片思いの相手とスペシャルなイベントとか都会のオシャレな店とかへ行き、
そこで想定外のハプニングが発生するも無事解決、
その中で主人公は意中の相手のステキさを再確認し、
相手役は主人公の予想外の魅力に気づき関係は急接近。
最後は空が夜更け過ぎに雪へと変わり(なぜか超高確率で雪が降る)
「うわー!ホワイトクリスマスだ!」的な美しい一枚絵で終わる。

では『あだしま』のクリスマスはどうか。
安達としまむらは地元のショッピングモールへ行く。この時点で型落ち感が凄いが、彼女達は岐阜県の片田舎に住む一介の高校生だ。遊びに行く場所といえばショッピングモールか、カラオケか、さもなくば釣り堀くらいしかない。
想定外のハプニングとかは特にない。2人はショッピングモールへ行き、ゲーセンでエアホッケーをしたり、フレッシュネスバーガーに入ったりと、そりゃもう実にショッピングモールらしい事をする。
そしてクリスマスなのでプレゼントを交換し、最後はプレゼントのブーメラン(女子高生が何の因果か友人にブーメランを贈る羽目になるのが、この日最大のハプニングである)をショッピングモール隣の公園で投げて1日は終了する。雪すら降らない
もちろん日常系4コマのように、その間に丁々発止のギャグが挟まれるようなこともない。
こうして書き出してみると凄いつまらなそうな作品に見えてきたぞ。

ただし、だ。
一介の高校生にとって、意中の人と一緒にクリスマスにデートするのは、十数年の生涯で最大級の大事件である。
たとえ行き先がショッピングモールでも、別に思ったほどロマンチックな事が起きなくても、貰ったプレゼントが使い途に困るモノでも、
普通の高校生にとっては大事件だし、途轍もなく嬉しいのだ。
そんな「普通の高校生」の感情を描き出す上で、常人の域を超えたイベントは不要なのである。

『あだしま』の特徴その2:一番大変なのは決断


多くのフィクションでは忘れられているか、意図的に簡略化されているが、
「クリスマスデート」などの大事件は何もせず待っている者に都合よく転がり込んではくれない。
好きな人とデートするためには、好きな人をデートに誘わなければならないのである。

「クリスマスにしまむらと外に出かけるのはおかしいだろうか」「女子同士で楽しんでる人たちが多いか少ないかも分からない」
「これで何日、誘うか誘わないかで悩んでいるのだろう」「参考書の端に『しまむら』と書いてみる」
安達は不眠と頭痛に襲われながら何日も悩み続け、ともかく言い出す場を作ろうとガチガチになりながらしまむら家に行き、
結局誘う勇気が出ずに帰ってしまい、後日再びしまむらの家に押しかけ、しまむらに促されてようやく遊びに行くことを切り出す。
そして本作は、これだけで原作2話、アニメ30分1話まるごと使ってしまう。

一般論として、デートというのは行っちゃえば割となんとかなるものだ。
デートをOKしてくれる時点で相手はそれなりに好意を持ってくれているのだから。
むしろ本人としては、「デートの誘いに相手がOKしてくれるかどうか」の方がよほど大きな問題であり、
客観的に見れば、「断られて嫌われたらどうしよう」という自分の心の不安に打ち勝ってデートに誘うことが最大の課題と言える。

『あだしま』はここを描く。本作のイベントは突然湧いてこない。
安達としまむらがそれぞれどのように逡巡し、どのように決断し、どのような感情でイベントに突入したかを描く。
人が一番悩み、心が揺れ動き、「好き」の意味が変化するのは、幸福なイベントそれ自体ではなくその前なのだ。

『あだしま』の特徴その3:メインキャラが凡人


安達は目立ったところのないキャラだ。趣味なし、特技なし、部活なし。
裏の顔とか壮烈な過去とか実はナメック星人であるなどの秘密もない。
百合モノでこういう読者の分身的人物が主人公格の場合、その相手役はパーフェクトお嬢様とかイケメン王子様系女子といった浮世離れした人物になる事が多いが、
珍しいことにしまむらもまた趣味も特技も部活もない読者の分身タイプの少女である。
作者のデビュー作のヒロインが幼少期に誘拐殺人事件に遭遇して人間性を喪失した狂人で
前作のヒロインが水色の髪で宇宙人を自称するスマキだった事を考えると凄い落差だ。

本作はモノローグが多い。
章ごとに安達としまむらが交互に語り部を務め、人付き合いが下手な安達の心中を、そんな安達をどこか好ましく思うしまむらの心中を、読者にあますことなく開示する。
安達もしまむらも高校生相応の度胸と判断力と人生経験しか持たない凡人である。
それゆえにあなたが青春時代に考えたような思考をし、あるいは現に青春時代であるあなたと同じように懊悩する。
安達はあなたであり、あなたがしまむらなのだ。
「普通の高校生」の感情の機微を、過度にドラマチックにせず、過度に美化もせず、しかし丁寧に描き出す。
「高校生が友達とイオン的なとこ*1行ってブーメランを投げる」というつまらなそうなプロットは、こうして1つの「作品」となるのだ。

とはいえ、本作はライトノベルである。
陰口を叩いたり叩かれたりとか、そういう「普通の高校生はやりそうだけど、わざわざラノベで見たくない」ような所は、
慎重に踏み込まないようにしてくれているので、あなたが現実のシビアさに疲れた弱いオタクでも安心して手に取っていただきたい。
え?樽見の話が重い?バーローだからそこに安達がスーッと効くんだよ!

主なキャラクター


安達(CV 鬼頭明里

ただ、しまむらが友達という言葉を聞いて、
私を最初に思い浮かべてほしい。ただ、それだけ。

フルネームは「安達 桜」(あだち さくら)。
本作の主人公で、安達としまむらの安達の方。
身長は平均的。体型はほっそりめ。成績は落第しない程度。帰宅部。無趣味。
自分よりしまむらのほうがかわいいと思っている。

他人に興味を抱かない氷の彫像のような印象を受けるクールな女子…だったのは1巻冒頭までで、
元々無趣味な心に「しまむら」という巨大存在が入り込んでしまったために、心がしまむらに支配されてしまい四六時中しまむらだけを考えている。
だが、中学まで友人を全く必要としておらず、ついでに親子関係も淡白な安達はコミュニケーション能力の醸成が圧倒的に不足している。
「しまむらと遊びに行く」どころか「しまむらに『休日遊びに行こう』と誘う」だけですら彼女にとっては凄まじい難題であり、
その一言のために何日も前から赤くなったり青くなったり挙動不審になったり授業中チラチラしまむらの方を見たり
睡眠不足になったり珍妙な占い番組を見始めたり変な易者だかシャーマンだか分からん奴に引っかかったり
授業をサボったり自室で「なんだばしゃぁぁぁぁ」と奇声を発したりするのがお約束。
それでも、安達はひとかけらの勇気を振り絞って、しまむらとの距離を縮めていく。

その心情と奇行はかなり「女性経験の足りない男性」のそれに似ており、
読者・視聴者からは「童貞」というあまりに直截的な例えをされることが多い。
男性読者から圧倒的な同情と共感を寄せられる難儀な女子。

しまむら(CV 伊藤美来

最近、安達の様子がおかしい。

フルネームは「島村 抱月」(しまむら ほうげつ)。
もう一人の主人公で、安達としまむらのしまむらの方。
身長は安達よりちょっと低い程度。体型は普通。成績は安達よりはマシ。帰宅部。無趣味。
自分より安達のほうが美人だと思っている。

安達と並ぶ本作の主人公かつ語り部。
特に尖った特徴のないニュートラルな人間という意味では安達と似ているが、
安達と異なり「友人は作るがクラス替えのたびに大体変わる」という薄い人間関係を築く程度には社会性がある。
基本的に人や物への執着が薄く、安達のように内面の懊悩だけで何ページも使うような事はない、極めてあっさりした性格。
安達による人物評は「寛容だが優しくはない」。

これは安達にとって試練であり救済でもある。
しまむらが積極的に安達と仲良くなろうとする事はほとんどないので、安達は自ら覚悟を決めてしまむらにアプローチを掛けなければならない。
だが、安達が赤くなったり青くなったり奇声を発したりしながら決意を決めて絞り出した提案を、しまむらは「まあ、いいけど」で大体肯定してくれる。聖母だ…!
もっとも、母親からの言いつけに思春期らしく反発するなど、なんでもかんでも「いいけど」している訳ではなく、
安達にだけはかなり「いいけど」判定が甘くなっている事に、しまむら自身も気づいていない。

毎度死ぬほど悩んでいる安達に対し、しまむらが何かに深く頭を悩ませる事はめったにないため、
代わりにしまむらが語り部の際には色々と外的なナニカが起こる事が多い。
自称宇宙人に出会ったり、安達の母に出会ったり、旧友が再度接触してきたり、サンチョやデロスやパンチョ*2と薄っすい友達になったり
そういうイベントに出会うのは、大体しまむらの役目である。

本名は普通に「島村」なのだが、某洋服チェーン店のせいでほぼ全ての友人知人にひらがな表記の「しまむら」と認識されており、
セリフや地の文はおろかアニメのキャスト欄にすら「しまむら」とひらがなで表記される。
家ではしまむらの服ばかり着ていると勝手に噂されているらしい。

日野(CV 沼倉愛美)

「お、あだちっちーがいるぞ」

フルネームは「日野 晶」(ひの あきら)。
安達の知人でしまむらの友人その1。
短髪ボーイッシュ系ロリで釣り好きで少年漫画好きで実は和装系お嬢様。
ニュートラルなキャラ造形である安達&しまむらに比べて属性の盛り方がエグいが、基本的に本作は脇役ほど濃い。
永藤とは幼稚園時代からの親友で、放課後は大体永藤の家に入り浸っている。
ことあるごとに永藤の胸をひっぱたいており、そのたびに低い頭を上から叩かれるのがお約束。

永藤(CV 上田麗奈

「ちっちー」

フルネームは「永藤 妙子」(ながふじ たえこ)。
安達の知人でしまむらの友人その2。
しまむらには「巨乳眼鏡」という雑な分類を内心行われているが、まあ実際そういう奴。
その知的な外見に反し何も考えずに喋っていると度々指摘されるが、逆に言うと「自分の感情をストレートに出せる」という安達と真逆の人物であり、
特に日野と2人で居る時は日野への好意をオブラートに包まず出血大放出する。
日野がかわいいと思ったら「日野はかわいーなー」と言い、一緒にお風呂入りたいと思ったら「お風呂入ろー」と言い、ちゅーしたくなったらちゅーする。
百合作品にたまにある「一見主人公の友人だが、実は主人公カップルより重篤な百合」パターンのキャラ。

ヤシロ(CV 佐伯伊織)

「実は私、宇宙人にして未来人なのです」

フルネームは「知我麻 社」(ちかま やしろ)。
岐阜県しまむら家周辺に出没する自称宇宙人。
実際にはどうも本物の宇宙人らしいのだが、髪が水色で発光する点を除けば女子小学生にしか見えないため、ごく一般人的な判断基準を持つしまむらは自称宇宙人と信じて疑わない。
一般的に地球を舞台にする作品に宇宙人が登場する場合、宇宙人は侵略者や逃亡者や正義の味方であり、
自転車で空を飛んだり腕を十字に組んで殺人光線を撃ったりして、ストーリーの中心を占める宇宙人らしい活躍を行う事が大半であるが、
彼女が宇宙人らしい事をする様子はさっぱりないため、アニメから入った人には「こいつなんでいるの」と言われてしまう哀れなキャラ。
ヤシロが宇宙みを発揮するのはもうちょい先なので、アニメ化範囲ではただの怪奇コロッケ女なのです…。

しまむら妹(CV 田中貴子)

「変なのがいた!」

その名の通り、しまむらの妹。名前は明かされていない。初登場時、小学4年生。
しまむらによく懐いており、じゃれついたりもする。一方で、知らない人には少し人見知りでおとなしい。具体的には、最近姉と仲の良い安達を警戒している。安達の方もそれを感じていて、少し気まずい。
2巻でヤシロと遭遇。「ヤチー」とあだ名を付け、不思議な外見と不審な言動に興味を持った。その後もしばしば絡まれ、クリスマスの頃には家で一緒に遊ぶ程の仲になっていた。以降、ヤシロは近所だけでなく、家の内部にも頻繁に出没するようになる。
ヤシロからは、しまむら(小)ということで「しょーさん」と呼ばれる。

アニメ

先述の通り、2020年第4クールでアニメ化。内容は原作1~4巻まで。
桑原智監督、手塚プロダクション制作。
原作の膨大なモノローグを放送時間に収まるようカットしつつ(それでもまだ多い)、その分音楽や背景に心境を語らせている。
原作再現度十分でありアニメ化に恵まれたと言えよう。
なぜか海外サイトでの人気が妙に高かった。

あだしまペディア「余談」

  • 本作は編集者から「ゆるゆりみたいなのを書いてくれ」という指示で書き始めた作品なのだが、「ゆりゆり*3」を参考にしてしまい割と硬派な百合小説となった模様(1巻あとがき意訳)。
    とはいえ、「主人公の個性が薄めで、むしろ脇役のほうが濃い」という本作のキャラ配置は中々「ゆるゆり」に近いものがある。
    あとは日野が永藤の大きな胸をやたら叩きたがるのも、「ゆるゆり」の櫻子向日葵の影響か。

  • 本作がアニメ化された2020年第4クールはなぜかやたらと百合アニメが多く、TBS深夜枠「アニメリコ」は本作と『アサルトリリィ BOUQUET』をぶっ続けで流すというスーパー百合アニメタイムと化していた。

  • 作者のホームページ(現在はカクヨムに移転)『入間の間』にて短編がいくつか公開されている。

  • 原作小説は8巻までが本編とされ、9巻以降は後日談という位置づけになっている。また、9巻は過去に執筆された短編の再録集、11巻の後に発売された「SS」は文字通りショートショート集、「SS」と同時に発売された「99.9」はアニメのBD特典だったエピソードの再録となる。


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最終更新:2023年11月27日 00:02

*1 アニメのロケ地は岐阜県本巣市の「モレラ岐阜」

*2 2週間ほど一緒に昼食を食べたそれなりの友人のはずだが、しまむらは名前を全く覚えておらず、3人中2人が似たような名前だったという理由で脳内でこう呼んでいる。元ネタは恐らく「LIVE A LIVE」の西部編の3人組

*3 「ゆるゆり」と同作者の百合短編集。ゆるくない。