キングダム・オブ・ヘブン

登録日:2021/04/04 (日) 18:20:24
更新日:2023/07/08 Sat 00:56:09
所要時間:約 14 分で読めます





恐れず、敵に立ち向かえ
勇気を示せ
死を恐れず、真実を語れ
弱者を守り、正義に生きよ
それをお前の誓いとせよ。




『キングダム・オブ・ヘブン』(原題:Kingdom of Heaven)は、2005年製作のアメリカ映画。

概要

11世紀末の中東を舞台に、十字軍とサラセン軍の聖地エルサレムを巡る熾烈な攻防を描いた歴史映画。
監督は『エイリアン』や『グラディエーター』で知られる巨匠リドリー・スコット。

十字軍と言えば聖地奪還を大義名分にした侵略行為という見方が今日の主流であるが、本作ではクリスチャンとムスリムのどちらかを一方的に悪く描くことはせず、それぞれが抱いていた理想と現実、そこから生じる苦悩や葛藤、そして勢力の垣根を越えて形作られた互いへの敬意などが深く掘り下げられた、極めて中立的な目線の群像劇となっている。

また、人間ドラマを主軸としているものの、終盤には大軍勢がぶつかり合うダイナミックな攻防戦が展開し、戦争映画・アクション映画としてもロード・オブ・ザ・リング三部作に引けを取らない見応えがある仕上がり。

全ての宗教の信徒が共存する理想郷を目指し奮闘しながらも、同胞の抱く野心と欲望によって夢破れ、戦いを選ばざるを得なかった人々。その姿にはある種の滅びの美学とも言うべき哀愁と寂寥を感じずにはいられないだろう。

あらすじ

十字軍が聖地エルサレムを占領しておよそ100年。鍛冶職人の青年バリアンは、父親を名乗る十字軍騎士ゴッドフリーに導かれ、魂の救済を求めて聖地への旅に出る。
しかし、多くの苦難に見舞われながらも辿り着いたそこは、聖地の名とは程遠い陰謀と野心が渦巻く政争の場だった。
危ういバランスの中で辛うじて保たれる平和、その中でも揺るがぬ王の気高い人徳に触れたバリアンは、父の願いである天の王国の実現のために尽力するが.....

登場人物


十字軍

○バリアン
演:オーランド・ブルーム/吹替:内田夕夜
本作の主人公。フランスの片田舎で鍛冶屋を営む青年。妻子を失い、救えなかった自責の念に駆られていたが、そこに現れた実父に諭され贖罪の旅に出る。
その道中は父の死や船の難破など、まさに神からの試練とも言うべきアクシデントの連続だったが、それらを乗り越えて着実に騎士として成長していく。
元々、鍛治だけでなく測量や機械工学にも長けるという少々チートじみた秀才で、王からイベリンの地を封土として与えられた後は、荒れ放題の砂漠を肥沃な農地へと変えるなど、その手腕を遺憾無く発揮。領地の経営という新たな生き甲斐を見出だし、シビラとの恋も経験するなど、新たな人生を通して心の傷も癒えたかに思えたが、やがて抗い難き時勢の中で、更に重大な使命を負う事となる。

ボードゥアン4世の寵臣だった実在の人物であり、エルサレム防衛戦で大将としてサラディン相手に奮戦したのも史実だが、エルサレム王国で生まれた土着の諸侯である。妻は先代国王晩年の王妃でビザンツ皇族(ハッティンの戦い当時33歳)、妻の連れ子はボードゥアン4世の異母妹と、史実と映画で異なる部分もかなり多い。子孫もキプロス王国の重臣として後世に十字軍時代の記録を残している。

○ゴッドフリー
演:リーアム・ニーソン/吹替:津嘉山正種
エルサレム王国、イベリンの領主にして王の最も信頼する家臣。元はフランスの小領主の子弟で、兵員を募るため帰郷した際、鍛治屋の娘との間にできた私生児(バリアン)の存在を知る。不義を犯し、息子を置き去りにした事への贖罪も兼ねて、バリアンを聖地への旅に導くが、道中に領主の刺客から受けた矢傷が悪化しメッシーナ港で病没。死に際に息子を騎士に叙勲し、剣と共に王国の未来を託す。
史実でのバリアンの父の名はバリサンだが、キャラの大部分はボードゥアン4世の教育係であった大司教ギョーム・ド・ティールをモデルにしている。
また、名前は第一回十字軍の指導者で聖墳墓の守護者(実質的な初代王)を称したゴドフロワ・ド・ブイヨンから採られている。

○シビラ
演:エヴァ・グリーン/吹替:山田里奈
エルサレム王の妹。兄の後継者を産むため、政略結婚の道具として他家に嫁ぐ人生を送ってきた
現在はギーの夫だが、不自由な境遇には少なからず不満を感じており、バリアンと惹かれ合っていく。
史実では無能なギーを夫に選んだ浅慮な女と悪評高く、作中でも周囲から気まぐれな女と思われている事が示唆されている。
一方、ディレクターズ・カット版では王女や母としての苦悩がより深く掘り下げられている。

○ボードゥアン4世
演:エドワード・ノートン/吹替:家中宏
エルサレム国王。本作の漢その1
神を信ずる者ならムスリムでもユダヤ人でも等しく受け入れる崇高で誇り高い精神を持った賢王。
常に弱き者と共にあろうと献身する姿は、多くの者の敬愛と忠誠を集めているが、ライ病に蝕まれて衰弱しつつあり、銀色の仮面で爛れた顔を隠している。
自身の死後に争乱の火種となるギーら主戦派を牽制するべく、バリアンを後継者に据えようとする。

史実でも僅か16歳で当時連戦無敗のサラディン率いる大軍を寡兵で壊滅させる武勇と*1、「ムスリムの巡礼団を絶対に攻撃しない」事を明言・厳命してマジョリティであるムスリムを敵に回さないよう配慮する外交センスを兼ね備えた名君で、何よりムスリムを多く含むトルコ系を含めた国民から絶大な信望を集めるカリスマを兼ね備えるリアルチートとしか評し様がない超人だった。

○ティベリウス
演:ジェレミー・アイアンズ/吹替:有本欽隆
トリポリを治める伯爵で王の側近。病身の王に代わり、摂政として宮廷を取り仕切っている。ゴッドフリーの盟友でバリアンの事も何かと気にかける。
サラディンとまともに戦っても勝てる兵力差ではないことを理解しており、両陣営の協力による平和の維持が最善の道だと考えているが、神の加護を盲信して現実を見ようとしないギーら主戦派の横暴に頭を悩ませている。
実名はレーモン3世だが、言語によってはルノーと判別し辛くなるため、ティベリア(トリポリ伯家の居城)の城主という意味でティベリウスと呼ばれている。

○ホスピタラー
演:デヴィット・シューリス/吹替:
ゴッドフリーに仕える騎士。修道士と医師も兼ねている。
作中随一の人格者で、ゴッドフリーの死後もバリアンの味方としてしばしば助言を与える。
弱者を守り、救済するという宗教の本質を理解し、忠実に守っているキリスト者の鑑とも言うべき人物。
信仰を大義名分に闇雲な戦いを続けるテンプル騎士たちにも冷めた目を向けているが、彼らの引き起こす時代の潮流に敢えて抗うような事はせず、王国の命運に殉じようとする。
(悪行によって覆い隠された)キリスト教徒の良心や善行を表現するために作られたキャラクターで、監督によれば「最も穢れ無き存在」。
そのあまりの清貧さから、海外の鑑賞者にはバリアンを導く為に人の姿をとって現れた天使ではないかと考察する人も。

○ギー・ド・ルジニャン
演:マートン・チョーカシュ/吹替:大塚芳忠
シビラの夫のフランス人騎士。次期王位継承者の筆頭候補で本作最大の悪役。
バリアンらの通念と対極を成す、十字軍の欲望や虚栄心を象徴する人物で、サラセンを打倒し栄光を掴む事こそ神の意志だと信じている。
表向きは王に従ってこそいるものの、水面下では穏健派のティベリウスらと火花を散らし、バリアンの存在も苦々しく思っている。

後世にバリアンの子孫が残した史書でも政敵である彼はコテンパンに描写されている。実際、ボードゥアン4世やその寵臣であるレーモン、バリアンには王位継承前から無能さを軽蔑されて摂政を解任されており、アイユーブ朝との決戦であるハッティンの戦いでもレーモンとバリアンの諫言を無視した挙句、サラディンの罠に嵌って水も無いまま砂漠のど真ん中で重囲に陥り主戦力を壊滅させると映画で描かれた通りの大敗を喫している。

○ルノー・ド・シャティヨン
演:ブレンダン・グリーソン/吹替:中博史
エルサレム西方に位置するトランスヨルダンの領主。ギーと並ぶ本作の悪役。
和平協定を無視して隊商への襲撃を繰り返し、サラセン人を刺激、自分の咎で部下が処刑されてもどこ吹く風とやりたい放題。その傍若無人ぶりは強盗騎士と呼ばれる。
観客目線では擁護のしようがない悪党だが、信異教徒とは決して分かり合えないというある種の虚無主義に浸っている事が示唆されている辺り、当時の実情の割り切れなさを物語る。

史実でもボードゥアン4世の厳命を無視してムスリム巡礼団を度々殺戮しており、対ムスリム穏健派のバリアンの政敵であったが、バリアンの継子がルノーの継子と結婚する縁戚関係でもあった。

◯アルマリク
演:ヴェリボール・トピック
イベリン家に仕える屈強な騎士。エルサレムに着いたバリアンを新たな主人として迎え入れ、補佐する。

◯エルサレム総主教
演:ジョン・フィンチ
エルサレム教会の長。宮廷でも大きな発言力を持ち、表向きは美辞麗句を並べているものの、随所に保身が見え隠れする。
名前は登場しないものの、史実における当時の司教であるヘラクリウスと思われる。

◯テンプル騎士長。
演:ウルリッヒ・トムセン
テンプル騎士団を統帥する総会長。ギーを支持し異教徒に対する徹底抗戦を主張する。
総主教同様、名前は登場しないが当時の総会長であるジェラール・ド・リドフォールと思われる。

◯王子
演:不明
シビラと前夫*2との間の息子。史実におけるボードゥアン5世。ディレクターズ・カット版にのみ登場する。
次期王位継承者として育てられているが、既に伯父と同じ病の兆候が現れており......。

サラセン人

○サラディン
演:ハッサン・マスゥード/吹替:西村知道
サラセン諸侯を束ねる盟主。エジプトからシリアに至る広大な領土を統治するスルタン。本作の漢その2
「神の加護だけでは戦に勝てない」と言い切る現実主義者で、無用な戦いは避け、時には和平にも応じる柔軟で合理的な思考の持ち主。
ただ、聖地奪還を大義に掲げて諸侯を統率している手前、それが果たせなければ自らが失脚しかねないという危うい立場にもいる。
自分と同じく、配下の統制に難儀する身のボードゥアンに対しては思う所があるらしく、医者を派遣するなど、敵ながら可能な限りの敬意を払っている。
映画では描写されていないが、実はサラセン人では無く少数民族のクルド系の一族出身であり、人口の多いサラセン人(アラブ人)やトルコ人への配慮を強いられる苦労人でもあった。

○ナースィル
演:アレクサンダー・シディグ
シリアのサラセン人騎士に仕える従者。
主人がバリアンとの決闘で敗死し、一時的に虜囚の身となるものの、エルサレムへの道案内と引き換えに解放される。
奴隷や身代金のやり取りが当たり前の時代にあっては常識外れとも言える寛大な行為にいたく感服したらしく、去り際に意味深な予言を残すが、それは後に意外な形で現実のものとなる。
モデルはサラディンに仕えた歴史家のイマード・アッ=ディーン。

○ムッラー
演:カレド・ナバウィ
イスラームの法学者。個人名ではなく、ムッラーという呼称自体が法学者を指す。
サラセン陣営における急進派の代表格で、一向にエルサレム攻略に踏み切らないサラディンに対して苛立ちを募らせている。
攻撃的な言動で異教徒への敵意を煽る、過激なムスリムのテンプレのような人物。

作中用語

◯十字軍
聖地の奪還と巡礼者の保護を目的に結成された軍団。エルサレムを中心に地中海東岸を支配するキリスト教諸国の守護者。
王国の創建から年月が経ち、土着化した古参の諸侯は異教徒との戦争を継続するよりも領土の維持を重視し、和平による協調路線を取ろうとしている。
その一方、土地を求めてヨーロッパから流入する者も依然として後を絶たず、そうした新参の諸侯は強硬な主戦派を形成して対立している。
十字軍への協力は善行とされ罪を償うため参加するものも多かったが、罪人や落伍者の集まりと揶揄する風潮もあった(ゴッドフリーもその見方を否定していないとも思われる発言をしている)。

◯テンプル騎士団
武装した修道士たちで構成される十字軍の主力。元は巡礼者の身命や財貨の保護を目的に設立された組織で、白い長衣に赤い十字架をあしらった装束がトレードマーク。
作中ではギーら強硬派を支持し、共に略奪に明け暮れるなど、殆ど狂信者のような好戦的な集団として描かれている。

◯ホスピタル騎士団
テンプル騎士団と双璧を成す騎士修道会。黒地に白い十字架をあしらった長衣が特徴。
平時は人民への奉仕活動を主体にしているためか、テンプル騎士団と比べるとやや穏健で王の和平路線を支持している。
史実では、元々はイタリア商人がシーア派のカリフの後援の下で設立した救急隊。

〇ハッティンの戦い
1187年に起こったエルサレム王国とアイユーブ朝の決戦。
エルサレム新王ギーは「水のある拠点を中心に迎撃作戦に徹すべし」と主張する先王寵臣のトリポリ伯レーモンとバリアン・イベリンの反対を押し切り、砂漠のど真ん中に誘き出され、機動力と補給能力に勝るアイユーブ朝の伏兵に包囲されてしまう。

サラディンの作戦を見抜いていた先鋒のレーモン隊と最後尾のバリアン隊は包囲網完成前に辛うじて血路を開いて脱出するも、ギー率いる主力は碌な水も無いままアイユーブ朝の大軍の重囲に陥り、包囲網の外から脱出を援護しようとしたレーモン隊とバリアン隊も撃退されてしまう。
そして、水も碌に携行していなかったエルサレム王国軍は先ず騎士を援護するトルコ系歩兵部隊を倒され、歩兵の援護が無くなった騎士達も馬を射殺されて猛暑の中を重装備のまま徒歩で長時間戦う羽目になり、次々スタミナ切れを起こして全滅した。

この戦いで精鋭である騎士隊、それ以上に数的な主力であり先王ボードゥアン4世に忠誠を誓っていたトルコ系精鋭歩兵部隊を壊滅させられ、其れまでアイユーブ朝に何とか渡り合えていたエルサレム王国の戦力は崩壊してしまった。

◯天の王国
タイトルにもなっている最重要ワード。作中におけるヘブンとは死後に人間の魂が行く場所ではなく、神の定めた法があまねく行き届き、神の意志が成就した世界の事を指す。
このヘブンの意味の捉え方は登場人物によって異なり、それが彼らの行動と物語の行く末を大きく左右している。
ボードゥアンやゴッドフリーは(あくまでキリスト教徒主体の統治の下だが)全ての宗教の民が共存し、人々が良心に基づいて生きる世界を願い、バリアンもその理想の実現に尽力する。対して、ギーやルノーは異教徒を滅ぼす事こそ魂の救済と考え戦争を繰り返している。

◯イベリン
エルサレム王国の東部に位置する城。第一回十字軍に参加した将バリサン(作中のゴッドフリー)に与えられ、その後はバリアンを含む子孫たちの家名となった。





「あなたにとって、アニヲタwikiの価値とは?」

「何も無い.......だが、全てだ」

この項目が面白かったなら……\ポチッと/

+ タグ編集
  • タグ:
  • 映画
  • 洋画
  • リドリー・スコット
  • 歴史映画
  • 十字軍
  • サラセン軍
  • エルサレム
  • キングダム・オブ・ヘブン
  • オーランド・ブルーム
  • サラディン
  • エヴァ・グリーン
  • リーアム・ニーソン
  • 20世紀フォックス

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2023年07月08日 00:56

*1 敵の大軍が総攻撃体勢に移る僅かな隙を突いて自ら先頭に立って突撃と言う神がかり的な戦術眼と勇気を兼ね備えていたとしか言えない勝ち方だった

*2 史実ではボードゥアン4世の友人のイタリア系貴族モンフェラート侯