SCP-3554

登録日:2021/05/28 Fri 05:09:16
更新日:2024/03/25 Mon 22:51:00
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ソビエトは、世界はレニングラードを見捨てた私たちを許さないだろう。

我々には平凡な世界から異常を隠匿する義務があります。それを止めた瞬間、我々は財団であることを止めてしまう。

SCP-3554は、シェアード・ワールド「SCP Foundation」に登場するオブジェクトの一つである。オブジェクトクラスSafe
メタタイトルは、「第四ボルシチ缶詰工場」。

概要

SCP-3554は、ロシアの地下、ネヴァ川のちょうど下に位置する缶詰工場である。面積は2平方キロメートルとかなり広い。この工場には完成した缶詰を受け取る入口があるだけで、作業員の入る場所などは存在しない。中には旧式の、缶詰を製造する設備が置かれている。

こいつの何が異常なのかと言うと、何もしなくても毎日大量のボルシチ缶詰を製造することである。その量は凄まじく、1日あたりおよそ8万缶。こうして作られた缶詰に異常性はなく、味は…薄くて若干マズいらしいが、食用に問題はない。小さな町ならこれだけで食べて行けてしまう。

ちなみに、この缶詰のブランドは「Содружество」。英語に訳すと「コモンウェルス」、つまり国家共同体のこと。

稼働時間は毎朝8時から深夜12時まで、16時間もぶっ通しで作り続ける。止める手段は無い。電気などのエネルギーも要らず、よくわからない仕組みで永遠に動き続ける。

発見された経緯と特別収容プロトコル

SCP-3554は、ロシア帝国時代の1914年、帝国軍事省が前線で戦う兵士のために作ったものである。後援団体には、要注意団体の一つである「ロシア連邦軍参謀本部情報総局“P”部局」*1の前身、秘匿庁が居る。

ロシア革命により帝国が崩壊する瀬戸際、財団はそのゴタゴタに乗じて、秘密裏に工場を奪取。そして、革命後は全てのSCP-3554に関する記録を葬り、財団以外に存在を悟られないシステムを構築した。

現在、SCP-3554を囲むようにしてサイト-90が設立されている。サイト-90は、立入禁止の史跡に偽装され、ほとんどSCP-3554の収容のために運用されている。出てきた缶詰は、サイト管理官の指示で破壊、もしくは職員の食料になる。その他の転用は一切禁止。

ここで気になるのは、元記事の収容プロトコル最後の一文。
サイト-90が露見した場合、GRU"P"部局と財団の間で国際的事件が勃発する可能性があります。
…そう。このボルシチ工場、異常性そのものは単純だが、その背景にはある歴史に残る戦争が絡んでいる。

倫理委員会ケース#784 - 完全性コード367149

ここから暫くは、史実の説明を含んだ解説となっている。

去る1941年12月20日。サイト-90の管理官、ベスソノフ*2による連絡を機に、財団倫理委員会による会議が始まる。

E-1: よし、これよりケース#784を開く。トゥー、苦情を再生してくれ。

E-2が電話録音を再生する。

サイト管理官ベスソノフ: …この回線に掛ける日が来るとは思ってもみなかったが、どうも選択肢は無さそうだ。(中略)簡潔に言おう。レニングラード市は包囲されている。私は市の記録を調べているが — レニングラードは1937年時点で310万人の人口を抱えていた、しかもここには西から来た難民が全く数に入っていない。避難措置は行き当たりばったりだった — 糞フィンランド人どもが隙間を埋める前に市民の半数以上が避難できたとはとても考えられない。

この年、ナチス・ドイツの総統アドルフ・ヒトラーの命令により、レニングラードが包囲された。そこは、当時300万以上の人口を抱え、大量の工場と発電所を抱えていた大都市。ソ連・ナチスの両者にとって、この地は戦略上最重要とも言える場所となっていた。*3

防衛線を突破し、レニングラードを包囲したナチス軍は、食料倉庫や電力・ガス・水道といったインフラ施設への攻撃を開始。これにより市の住民は、生存に必要な資源全てが不足した極限の状態で冬を迎えた。
これが、レニングラード包囲戦の始まりである。

サイト管理官ベスソノフ: 市は継続的な砲撃、爆撃に晒されている。電気はほとんど使えないし、気温はどれだけよくても摂氏マイナス20度だ。

サイト管理官ベスソノフ: 私からの訴えとは取らないでくれ — レニングラードの人々の訴えとして聞いてほしい。彼らにはこれがレニングラード軍事地区本部への直通回線であり、通話の目的はここの状況がどれほど絶望的かをレニングラードの一般市民から聞くことだと伝えてある。彼らのほうが私なんぞより遥かに明確に表現できるだろう。

その回線から聞こえてくる人々の訴えは、あまりに痛ましく、生々しいものであった。一部を引用する。

[不明]: レニングラード保健省副長官、ゲンナジー・イソノヴィッチ。人々の死体が通りに転がっていて、死亡者数は週あたり数万人にまで達している。状況が変わらなければ来年の今頃にはレニングラードは無い。そしてアドルフ・ド畜生・ヒトラーにあやかって軍事地区は改名されるだろう、残った物は何もかも奴の手に落ちるんだからな!

[不明]: お父ちゃんが持ってくるお肉はずっと変な味がするんだ。*4

[不明]: もし僕らがナチスの爆撃で死なないとすれば、多分通りで凍死するでしょう。通りで凍死しないのなら、餓死でしょう。餓死でもないとすれば、きっと餓死するまいとした他人に殺されているでしょう。

[不明]: もういいさ。レニングラードはもうダメだ。強いて言えば、レニングラードを犠牲の仔羊として利用するのが、スターリンにとって良心の呵責になってればいいなと願っている。まぁお互いそんな事はあり得ないって分かってると思うがね。

ベスソノフは、助かる道のある多くの人間を見殺しには出来ないと続ける。

サイト管理官ベスソノフ: まず認めよう、この苦情は無私のものではない(中略)だが、どうかこの通りだ、レニングラードの人々を救ってくれ! 我々の使命は、そのあらゆる形における人類の保護だろう — 我々が異常な掘っ建て小屋から這い出した後に瓦礫しか残っていないのなら、秘匿の誓いなど何の役にも立たない!

E-1: ありがとう、トゥー。紳士諸君、ベスソノフ管理官はSCP-3554をChD AKN*5に明け渡すことを要請している。もしそうすれば、彼らは包囲戦の緩和を支援するためにSCP-3554を使用するだろう。

この会議で、レニングラードの住民の運命が決まる。委員会のメンバーは、次々と自分の意見を話し始めた。

E-3: 私は反対寄りの意見です。如何なる場所でも、如何なる時節でも、如何なる理由でも、世界で起きている平凡な紛争に干渉すべきではありません。我々の職務は異常を隠蔽し、それらから人類を保護することです — 選択肢が何であれ、一方を遂行するためにもう一方を破らざるを得ないならば、隠蔽は常に人類より優先されます — さもなければDクラスについての決定まで逆戻りする羽目になります。

E-4: 今回の線引きは少し曖昧だ。(中略)ソビエトが召集できる全ての部隊は、異常であろうがなかろうが、明白にレニングラード支援のために全力を尽くしている。平凡さが終わり、異常が始まるのはどの時点なんだ?

E-3: 我々がそれを隠蔽できなくなった時です。

あくまで財団職員としての観点から、冷静に話し合おうとする二人。そこに、初めて賛成派が名乗りを上げる。

E-2: 私は人道的見地から支援したいと思う。死者は数十万に達する可能性がある — ベスソノフは正しい、人類の保護こそ何よりも優先されるべきだ。特にあのような無害なアノマリーが絡んでいる場合はね。

しかし、別の一人がそれは違うとばかりに指摘する。

E-5: ほう、エフゲーニイ。南京の小汚い外国人は見捨てておいて、自国民が関わると妥協するのかね*6? 非常に似通った問題のためにこの部屋に集まってからまだ4年も経っていないぞ? あらゆる者を隠蔽という名の祭壇に生贄として捧げる気なら、せめて平等にやるのが筋というものじゃないか?

E-2: それは違うぞ、ファイブ。君は[編集済]の使用を望んでいた — そして他6点ものアノマリーを中華民国に引き渡すつもりだった。今回のアノマリーは低脅威度と見極められている。あれは… そうじゃなかった。

E-5: 私は妥協を試みていたんだ。彼らに何か、何でもいいから提供できないかと! 避難、食料、安全地帯!

E-4: お前が断固として譲らなかったのを覚えてるよ、トゥー…

過去の似た事例を引き合いに出し、自国民を贔屓するのはおかしいと主張。

E-2: どうでもいいだろう。関係の無い話だ。

E-5: いや、私は関連性があると思う。南京とレニングラードは類似の状—

E-1: この類の質問は止めてほしい、ファイブ。

E-5: 分かった。

議論(というかE-5)はヒートアップしたが、E-1によって諌められた。

E-4: 私よりも人道的傾向が強いのはファイブぐらいだろうが、別の観点から話をしよう — 本来これはソビエトの施設であり、私たちは革命のどさくさに紛れて彼らから盗み取った。彼らがこれを知ったら、大変な外交問題に直面するぞ。彼らが最も必要としている時に私たちがこいつを抱え込んでいたと発覚すれば、凄まじい対価を支払う羽目になるだろう。

そう。SCP-3554は財団が奪取していなければ、ソビエト連邦に引き継がれていたはずの施設なのだ。今最も使われるべき状況で彼らを見殺しにすれば、財団の償うべき罪は計り知れないものになる。

E-1: ChD AKNは平凡な国家であるソビエト連邦の一部門だ。ChD AKNを支援するのはソビエトを支援するのと同義。私はスリーに同意する、これは我々の職務ではない。

E-4: 人道上の要素を考慮すらしていないんじゃないか? 数字の見栄えは良くない — 例の電話の内容も良好とは言い難い。私はナチスが彼らを意図的に飢えさせているという見方に賭けよう、何とも奴ららしい手口だ。私たちは街の半分が飢えている間、傍観して安全な食料供給を破壊するだけなのか?

E-3: これは我々の職務ではありません。我々は世界の警察ではないのです。我々はただ、異常な物とそうでない物を区別するために存在します。

財団職員は、一個人である前に財団の人間である。そして、財団は残酷ではないが、冷酷である。自らの個人的感情により、財団のポリシーに背くのはあってはならないこと。彼らはどこまでも、職務に忠実でなければいけないのだ。

しかし同時に彼らは、財団の人間である前に一個人である。人間は、助けられる人間を見て見ぬ振りが出来るほど、冷酷にはなれない。いくら合理的で、守らなければならない使命だったとしても、反対するのは当然の心理だ。

E-1: 投票の最終期限は今日。今投票する必要がある。賛成多数でSCP-3554はChD AKNとレニングラードに開放される — 反対多数なら現状維持だ。

そうこうしている内に時間切れとなった。

E-1: 反対。ここは我々が介入すべき場所ではない。

E-2: 賛成。ソビエトは、世界はレニングラードを見捨てた私たちを許さないだろう。

E-3: 反対。我々には平凡な世界から異常を隠匿する義務があります。それを止めた瞬間、我々は財団であることを止めてしまう。

E-4: 賛成。私たちは何十万人という無実の民間人に向き合っている。ごく一部の人類に僅かばかりの秘密を明かす程度であれば、私は妥協しても構わない。

E-5: 南京也不会原谅我们的。*7 反対。

E-1: 賛成2票、反対3票により、この動議は否決とする。レニングラードの現状は維持される。

こうして会議は終了した。

元記事最後の補遺によれば、
レニングラードは飢餓と環境曝露による約70万人の非戦闘員の損失を被りました。
と書かれている。

史実によれば、同市は熾烈な包囲網に耐えることは出来たが、872日にも及ぶ抵抗の結果、最も多く見積もった一説によれば餓死者だけで100万人以上の犠牲を払う結果になった。

確かにこれはSCP財団の理念には合致した行動だ。財団的には、どんな状況においても確保、収容、保護を貫いた姿勢を称賛するべきだろう。

しかし、人道に沿った行動かと言われれば絶対に違う。助かったはずの無実の民間人を、間接的に殺しているのだ。こんなことが許されるはずがない。

財団倫理委員会の決定は、果たして正しかったのか?

追記・修正は、味の薄いボルシチ缶を食べてからお願いします。


CC BY-SA 3.0に基づく表示

SCP-3554 - No. 4 Borscht Canning Factory
by BenjaminChong
http://scp-wiki.wikidot.com/scp-3554 (本家)
http://scp-jp.wikidot.com/scp-3554 (翻訳)

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最終更新:2024年03月25日 22:51

*1 ソビエト連邦に敵対する組織・国家に対抗するため、時の書記長ヨシフ・スターリンの命令で編成された団体。SCPオブジェクトの収集・研究を行っていた

*2 同名・同国のサッカー選手とは関係ない

*3 ナチスとしては、脅威だったバルチック艦隊の殲滅という目的も大きかった

*4 この頃あまりに酷い飢餓の影響で、死人の肉を食すのは当たり前、あまつさえ人肉の加工品まで売られていた。

*5 「ロシア連邦軍参謀本部情報総局“P”部局」となる前の名前。

*6 これは南京事件のことを指している。規模や虐殺の有無などの激しい論争が未だに続いているため、ここでは明記しない。

*7 「南京もまた我々を許さないだろう」という皮肉。