冷戦

登録日:2010/08/10 Tue 21:39:43
更新日:2024/03/25 Mon 00:29:07
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「冷戦」とは、第二次世界大戦(太平洋/大東亜戦争)前後の20世紀半ば~末期にあった、アメリカ合衆国を代表とする資本・自由・民主主義国家(西側)と、ソビエト連邦を中心とした社会・共産主義国家(東側)の対立構造、およびそれがまかり通っていた時代を指す。
英語ではCold war。「冷麺」ではない。
戦後の世界構造を構築した時代とも言え、その影響と対立構造は21世紀を迎えた現在もなお根強く続いている。

主な西側諸国

アメリカイギリス、フランス、西ドイツ、イタリア、オランダ、ギリシャ、カナダ、日本、韓国、台湾、フィリピン、南ベトナム、トルコ、オーストラリア、ニュージーランド、イスラエル、北イエメン

主な東側諸国

ソ連、ポーランド、東ドイツ、チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、中国、北朝鮮、北ベトナム、カンボジア、キューバ、パレスチナ、南イエメン

非同盟諸国

インドネシア、マレーシア、ビルマ、ラオスなど

【核の脅威】

第二次世界大戦後の親ソ派が主流だったアメリカの態度、及び核技術の流出が原因でソ連の影響力拡大を招く。
東西双方の核兵器開発競争は激化の一途をたどり、核という抑止力によって全面的な戦争は行われなかったものの、世界的な緊張状態が常にあり、代理戦争や情報戦が各地で頻発した。

核抑止論の名の下に軍拡はますますエスカレートしていき、その結果生産・強化された核兵器は、全面戦争に用いれば地球を幾度も容易に滅ぼしうるほどの量・威力となってしまった。

広島・長崎に投下された原子爆弾は、戦争の早期終結ではなく、アメリカのソ連に対する示威行為、
さらに二種類の原子爆弾が使われていることからお分かりいただけるように人体実験の側面も持つ。
盛んに行われた宇宙開発競争も、ロケットエンジン技術をミサイル開発に流用できることから、実質は軍拡競争の一端である。

戦争によって技術が急速に発展することは有名だが、皮肉な話である。

【代理戦争】

代理戦争は、西側にとってはテロとの戦いの始まりでもあった。
  • 高圧的な植民地支配から独立しようとするゲリラ(下記参照)
  • ヨーロッパの同化政策に反対して戦いを挑む少数民族の分離主義者(イギリスのIRAやスペインのETA)
  • イスラエルと戦うパレスチナとアラブ諸国(パレスチナのPLFPやリビア、シリア)
  • 親世代の古い政治に反発するアナーキスト(イタリアの赤い旅団や日本赤軍)
  • 共産主義こそが理想と信じた共産主義者
  • 過激化した学生運動
これらのテロ活動に東西問わず力を貸し、武器の提供や訓練などを行った。
……それが21世紀、世界中に更なる災いと憎しみと悲劇をもたらすきっかけになってしまうとは、この時はまだ西側・東側どちらもわからなかった。

【結末】

冷戦は未来永劫続くとさえ思われた。だが、その終焉は唐突に訪れた。
東西冷戦の主役の一角であったソ連が崩壊したのだ。

実はソ連は長きに渡る軍拡競争などによって経済が疲弊・停滞しており、そんな状況下でアフガニスタン侵攻を行って泥沼化したことからさらに疲弊してしまう。

1985年にソ連の最高指導者となったゴルバチョフはソ連を立て直すべく政治改革運動の「ペレストロイカ」や情報公開政策の「グラスノスチ」を推進。
更には自由化などの経済改革も推し進めるが、ペレストロイカやグラスノスチは国民による民主化要求を、経済改革は国民への混乱と急激なインフレをそれぞれ招いてしまう。
しまいにはソ連を緩やかな国家連合へと変革する新連邦条約を調印しようとしたゴルバチョフに対し、改革や条約調印に反対する保守派が1991年8月、休暇中のゴルバチョフを別荘に軟禁すると「国家非常事態委員会」を名乗り、一部の軍部隊と共にクーデターを実行する。
この8月クーデターそのものは市民の抵抗や軍・国際社会の支持を得られなかったことで失敗に終わったが、この事件はソ連中央政府と共産党の権威を失墜させ*1、新連邦条約をご破算にするには十分なものだった。

最終的に1991年12月、ロシア・ウクライナ・ベラルーシの3か国がソ連の消滅と独立国家共同体の設立を宣言。
政治改革によってソ連大統領に就任していたゴルバチョフが同月25日にこれを受け入れて辞任し、翌26日に事実上のソ連最高機関であった最高会議も連邦の解体を宣言する。
こうして、1922年12月に建国されたソビエト連邦は、69年の歴史に終止符を打った。

1991年のソビエト連邦崩壊は共産主義を信仰し享受していた人々にとっては衝撃的だった。
アメリカと互角に渡り合えるとされる軍事力に衰えを見せないままで消滅したからだ。
同時に開示された機密書類は人々にかかっていた共産主義の魔法を解くのに十分な効果を見せた。
ソ連は60年代にはもう経済面で陰りを見せており、軍事力を維持していたのが奇跡的と言われるほどだという状況にあった事が判明したからだ
そして何よりも、かつては理想郷とされていたはずのソ連国内の状況が散々なものであった事は、人々の幻想を打ち砕くには十分だった。

総本山と言えるソ連の崩壊により、ソ連衛星国の共産制も後ろ盾と大義名分を喪失し、連鎖的に崩壊していった。
西側先進国に大戦前から存在していた親共産主義者らも総本山の消滅で一気に情熱を失い、次第に共産主義を見放していった。
かつて1955年以来、自由民主党と主に日本政界を担った野党第一党『日本社会党』の凋落を決定づけたのもこの時期であるように、ソ連崩壊をきっかけに、共産主義者たちの落日が決定的になったのは確かであった。

続くベルリンの壁崩壊で東西ドイツが再統一されたのを契機に、共産主義は衰え、世界は資本主義とグローバリゼーションが支配する時代を迎える。

そして、アメリカはおよそ半世紀に及ぶ冷戦の勝利者としての地位を手に入れたのだが……?


だが、冷戦が終わったからといって平和が訪れるわけではない。
超大国の支配から解き放たれこれまで押さえ付けられていた諸国の民族主義は活発化するだろう。
そして貧富の差の拡大が互いの憎しみを煽る。
大国の管理から外れて世界中に拡散する核兵器それらがいつどこから飛んでくるか分からない時代がくる。
たとえ同盟国であろうがいつ敵になってもおかしくない。
それどころか、同じ国の兵士どうしが殺しあう時代が訪れるだろう。
──『METAL GEAR SOLID PORTABLE OPS』ジーンの演説より一部抜粋

【現状】

上のジーンの演説の中でも指摘されている通り、ソ連が崩壊した後も、中小国家の対共産ゲリラ戦など、現在でも冷戦を思わせる代理戦争は続いている。
また経済を資本主義に移行させることで政権の命脈を保った中国共産党と、再生した新生ロシア*2が米国との対立構造を築き上げつつある。

これらを指して、「新・冷戦」と言う者もいる。
しかし実際には冷戦が終わってまた始まったというよりは、形を変えながらずっと冷戦が続いているとする方が正解だろう。

ただし、その中においても一部の事柄については多少歩み寄りを見せたり、逆に緊張感が増したりなどということが頻発している。
さらに、近年の情報戦争、貿易戦争、様々な国々の台頭とそれに伴う対立関係の複雑化、コロナ情勢などの影響で、さらにこれからの世界情勢の構造は変容を見せつつある。
もう現代世界は20世紀の冷戦のように、「単純な武力や思想による、単純な喧嘩」程度では済まされないという事だけは確かだろう。

代表的な出来事

  • 朝鮮戦争(1950年~現在)
戦後朝鮮半島は、北緯38度線を境界とした東西陣営による南北分割占領地となったが、その後独立した韓国・北朝鮮両国間に起こった戦争。
一進一退の攻防の末、1953年に結ばれた停戦協定を期に一応の終結となった。

2024年現在も二国間の情勢は「停戦中」のままであり、その関係は様々なニュースで聞き及ぶ限りであろう。
いつ戦争が再開してもおかしくない、予断を許さぬ状況は続いている。

ちなみに、米国が日本の自衛を自分たちでやらせようと、市井に散らばっていた旧軍人の一部*3を呼び戻して警察予備隊を設立させたのもこの時期である。警察予備隊には戦車も配備されていた
設立の報を聞いたマッカーサーは規定事項だったとはいえ、9年で日本人らに反戦運動と反軍運動を根付かせてしまい、在日米軍の運用上の阻害になった事を後悔し、こう嘆いたという。

『めんどくさい手順で自衛隊作るくらいなら、旧日本軍の組織を改革させた上でドイツと同じように国防軍として存続させておき、占領中のみの軍備制限にだけに留めておけばよかった』と……。

こうして、政治家にとっては不本意ながらも細々と軍事産業が復興し、連合国側の最前線補給基地として戦争特需を享受した日本は急速に経済復興に成功(朝鮮特需)。
50年代後半には大日本帝国時代の最盛期の水準に早くも達する。

ベトナム民主共和国のフランスからの独立を巡って行われたインドシナ戦争の後、ソ連の支援する南北ベトナム解放民族戦線と、アメリカの支援する南ベトナム政府の間で行われた戦争。
1965年にはアメリカによる北ベトナム空爆(北爆)が行われ、それを期に本格的な戦争支援が行われた。
1975年に南ベトナムの首都・サイゴンが陥落し、南ベトナム政府の降伏をもって終結した。

なお、ベトナム戦争はアメリカが初めて挫折を味わった戦争として知られる。
『超大国がかつての大日本帝国以下の国力しか持たないはずの国家に敗れ去った』という衝撃は、第二次大戦以来、世界に持たれていた「強い国アメリカ」のイメージを失墜させ、各地で鳴りを潜めていた反米世論を再燃させる結果を産んでしまった
戦闘そのものには勝ったアメリカだが、反戦世論とマスコミによって撤退に追い込まれた事を嘆き、以後はメディアコントロールに血道を上げる事になる。

ソ連がキューバにミサイル基地を建設していることが発覚して、米ソ両国が緊張状態になり、全面核戦争直前とまで目された事件。

少し前からキューバのカストロ首相はアメリカと折り合いが悪くなっており、ソ連と接触を図っていたなどの背景があった。
一方、アメリカもアメリカで反カストロ軍を援助していた*4
交渉の末、アメリカがキューバに侵攻しない事と引き替えにミサイル基地を撤去するという合意が交わされ、なんとか最悪の事態は免れる。

だがこれが原因で「戦争による膨大な収入を見込んでいた武器商人や、久しぶりの実戦を待望していたCIAが反発、そのせいでケネディ大統領が暗殺された」などという噂も生まれた。
結果的に第三次世界大戦は避けられたものの、「軍産企業(もしくはCIA)こそがアメリカ大統領の生死さえ操るこの世の支配者」という陰謀論が後の世に伝えられてしまう。

また、この事件をきっかけに他のラテンアメリカの共産ゲリラが勢いづき、コロンビア、ニカラグア、エルサルバドルなどでも同様の戦いが始まった。
その後は米ソの首脳間にホットラインが作られ、デタントが進み冷戦は終息へ歩み始める。

  • アンゴラ内戦(1975年~1976年)
16世紀以来ポルトガル領となっていたアンゴラでは、1960年代よりポルトガルの植民地支配に対抗する複数のゲリラ組織が暗躍していた。
その後ポルトガルが民主化して共産ゲリラが政権につくと、政権につけなかった別のゲリラ組織が反共主義を展開。
東西の支援を受けて代理戦争が始まり、キューバと南アフリカは軍隊を派遣した。
(この時、中国は東側にも関わらず反政府軍を支援していた)

戦いは冷戦終了後も続いたが、アンゴラ政府軍が反政府ゲリラ指導者を暗殺したことにより残りが政党としてやり直す事で終結する。
また、戦いは同じくポルトガルから独立したモザンビークでも行われた。

  • パレスチナ問題(1948年~)
ナチスドイツの迫害から逃れたユダヤ人達は、自分たちの国を聖地エルサレムのあるパレスチナに建国。
ユダヤ教の聖人ヤコブの別名になぞらえてイスラエルと名付けた。
しかしこのことがイスラム教、キリスト教を信仰するパレスチナ系のアラブ人達との争いを産み国内外でのテロが頻発、
更にパレスチナへのユダヤ人国家設立に反対する他のアラブ諸国との中東戦争も起こった。

この活動は北アイルランドやバスク地区、コルシカ半島などで同様の境遇に置かれた分離主義者による抵抗の起爆剤となり、70年代日本やヨーロッパなどで暗躍していた新左翼ゲリラもパレスチナでの戦いに賛同・共闘することになった。
(その典型がエールフランス航空機ハイジャック事件やOPEC本部襲撃事件である)

この問題の起源は英国が大英帝国時代に行った口約束に由来するということから、パレスチナ人もユダヤ人も、大国の口約束に踊らされた被害者なのかもしれない。

ドイツの首都ベルリンは、長らく西ベルリンが西側陣営の占領下にあり、隔離・移動の阻止のために大きな壁が建設されていた。
ところが東欧革命に影響されて反発運動が大きくなり、ベルリン市民が殺到して破壊した。
ちなみにこの騒動、国境越えを許可する日の伝達のミスなどが原因だったとか。

おかげで母親の心臓麻痺が再発しないよう、「まだ共産政権が続いている」と嘘をつくはめになるという映画『グッバイ、レーニン!』まで作られた。

社会主義政権の安定しないアフガニスタンに対しソ連が侵攻、デタント後に再び東西の緊張が高まった。
泥沼と化したためソ連版ベトナム戦争とも言われている。
モスクワオリンピックも西側諸国は抗議のためボイコット。西側諸国側に所属していた日本も例外ではなく、金メダル候補と言われていたレスリングの高田裕司氏や、柔道の山下泰裕氏がJOC(日本オリンピック委員会)に対して「行かせて欲しい」と抗議していた姿がオリンピックの存在意義を今もなお問いかける出来事として語り継がれている。
ちなみに、大尉が戦っていた戦争でもある。

  • ソ連崩壊(1991年)
1991年、東側陣営の盟主だったソ連が崩壊し、この世から消滅した。この出来事は西側諸国にも多大な衝撃を与えた。
これにより、冷戦は完全に終結し、世界の主導権は生き残ったアメリカ合衆国の手に渡った。
同時に、世界各地の共産主義政権は統治の大義名分と後ろ盾を失い、大半が連鎖的に崩壊。
西側諸国の共産主義政党もほとんどがその歴史に終止符を打たれた。
だが、中国共産党は経済を資本主義にすることで命脈を保ち、ソ連邦に代わる米国への対立構造の中心国となりつつあるのは周知の通りである。

冷戦を題材とした作品

「つかの間の平和の裏側で、いつ戦争が起こってもおかしくない状態」という世界観から、さまざまなフィクション作品の舞台にもなっており、直接的に冷戦を扱ったものでなくても、1950~80年代を舞台とした作品で当時の世相の話題・ニュースとして取り上げられる事や、その事情を感じさせる箇所もあり、例としては刑事ドラマとかの作品で、事件を起こした犯人は実は東側から送り込まれた工作員だったという事もあったりなど。
各国の戦争・スパイ・裏事情などさまざまなものを想像させるには十分。
また、「全面核戦争になってしまう最悪の結末を迎えてしまい、世界は荒廃したというシナリオを迎えるものや、それをあらすじにした作品も冷戦下の時代に作られた作品に多く、「ノストラダムスの大予言」といった終末論ブームも重なり、当時としては現実味があった題材でもあった。



追記・修正は、全面核戦争に至るような対立・衝突が起きない範囲でお願いします。

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最終更新:2024年03月25日 00:29

*1 「国家非常事態委員会」にはソ連副大統領や首相、国防相、KGB議長といった政府の主要人物が加わっていた上、これらのメンバーはゴルバチョフの側近でもあった。

*2 現在のロシアはソビエト連邦ではなく、帝政ロシアの後継を自負している

*3 佐官まで含まれていた

*4 結果は失敗