ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko0403 仕返しゆっくり
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ankoss
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※独自解釈しかありません。
※虐待成分ほぼ皆無。むしろ愛で?
※冗長的に長いです。
※前作『ふたば系ゆっくりいじめ 301 勘違いゆっくり』の外伝的なお話ですので、先に前シリーズをお読みいただく事をお勧めします。
山の裾野に広がる森を一望できる高台に、小さな庵が佇んでいた。
廃屋寸前の庵に相応しい、荒れ放題の庭に置かれた縁台で、一人の老人が茶を啜っている。
申し訳程度の白髪を蓄えた禿頭と、対照的な長い白髭。
草臥れた作務衣を纏うその姿は、どこかしら世俗を超越した仙人を思わせる。
「……ふぅ。今日はよい天気じゃのう、茶がいつもよりも旨く感じるわい。
やはり晴れの日は気持ちが良い。なんだか寿命が延びそうじゃ。そうは思わんかね?」
不意に茶を啜るのを止め、誰もいない庭に向けて話しかける老人。
しかし帰ってこない筈の返答は、誰もいない筈の庭から返された。
「……むきゅ。そうね、ぱちぇもそんな気がするわ、先生」
苔むした庭石の上で日に当たりながらそう返したのは、紫色の長い髪を持った生首のような饅頭。
ゆっくりぱちゅりーだった。
『仕返しゆっくり』
老人は学者であった。
学問の道を志した青年時代から、ひたすら学問に取り組んで来た。
世の理を読み解いていくのが楽しくて、脇目も振らずに没頭した。
学者らしい偏屈な性格が災いして、結局伴侶も得ずにこの年まで独り身のままであったが、後悔などない。
むしろ一生を学問に捧げた証であると周囲に自慢さえしていた。
しかし、第一線を退いてこのあばら屋に居を構え、一人静かに暮らしていればやはり人恋しくなるもの。
さりとて話し相手になるような知己もおらず、さてどうしたものかと思っていた頃、
一時期教鞭を取っていた頃の教え子が『ならばゆっくりでも飼ったらいかがですか?』と勧めて来たのだ。
ゆっくり。
いかなる分類にも当てはまらない生態、
動く饅頭などというふざけた体の構造、
人語を解するものの、知性の欠片なぞ持ち合わせていない性格。
あらゆる意味で学問の徒を恐慌に陥れた、学者にとっての天敵である。
当然老人もゆっくりに対して良い感情など持ち合わせてはいない。
それは件の教え子も知ってはいたが、恩師が一人寂しく朽ちていくのを黙って見ていられなかったのである。
「そりゃ先生も学者としてはゆっくりなんぞ見たくもないんでしょうが、
ご隠居された今ならゆっくりを研究対象じゃなく、話し相手に出来ると思いますがね」
教え子の説得に感じるものがあったのか、老人は勧められた翌日にはゆっくりブリーダーの元へ足を運んでいた。
「そうですね、初めて飼われるんだったらやっぱりれいむ種がお勧めですよ」
老人に孫が居たのなら、おそらくこの位の年であろうと思わせる若いブリーダーの女性が勧めたのは、
赤いリボンを黒髪に結わえたゆっくりだった。
母性が強く、たくさん子供を作りたがるのを除けばあまり手が掛からない種なのだと言う。
最も老人はゆっくりの大家族を養うつもりは毛頭ない。
「お年を召した方にはまりさ種を好まれる方もいらっしゃいますね。何でもお孫さんを思わせるとか……」
庭や道ばたでたまに見掛ける、黒い帽子を被ったゆっくりを指差してそう紹介するブリーダー。
腕白を絵に描いたような性格らしいが、最も増長しやすい種でもある為、注意が必要らしい。
だが老人は独り身、孫の扱い方など知る由もない。
「ありす種はあまりご年配の方にはお勧めできませんね。ブリーダーでも一寸扱いづらいですね」
金髪に赤いカチューシャを着けたゆっくりは、何やら厄介な性癖を持っているらしく、
その矯正には熟練のブリーダーでさえ手こずるらしい。
そんな種は老人だって願い下げだ。
こうして見るとゆっくりにも様々な表情がある。
名前の通りゆっくりした様子で弛緩しているもの、競争でもしているのか部屋中を跳ね回っているもの、
部屋の隅で肌を擦り合わせている所を、慌てたブリーダーに仲裁されているもの。
そんな中、ある一匹のゆっくりに老人の目が止まった。
全体的に騒がしいゆっくり達の中で、身じろぎもせずにいるゆっくり。
よく見ると、床に広げた紙切れを眺めているらしい。
時々頷きながら、真剣な眼差しで紙切れを目で追う姿に興味を引かれた老人はその紙切れを見やり、驚愕した。
このゆっくりは新聞を読んでいたのである。
「ああ、あれはぱちゅりー種ですね。ゆっくりの中では比較的賢い種ですが、その分体が弱いんですよ。
人間で言う喘息のような持病を持っているので、ちょっとした事で体内の餡子を吐いて死んでしまう事が多いんです。
それに賢いとは言っても所詮ゆっくりですから、文字が読めると言っても精々平仮名ぐらいですね。
あれも多分読んでいる振りしてるだけで、内容なんて解ってないと思いますよ。
そのくせ賢さを鼻に掛ける所があって、無駄にプライドが高いのでなかなか言う事を聞きません。
正直、上級者向けの種です。ゆっくり初心者の方にはまずお勧めできませんね」
ブリーダーがそう言うからには相当手間がかかる種なのだろう。
しかし老人には、ぱちゅりーが文字を追う様子が自分の若き日と重なって見えた。
理解できる、できないを二の次に、ひたすら知識を追い求めた青春の日々に、自分が最も輝いていた、黄金の日々に。
「あのぱちゅりーを貰おう。何、これでも学者の端くれだったんじゃ。多少の困難は承知の上よ」
そうして、ぱちゅりーは正式に老人の元へ引き取られていった。
老人と共に日向ぼっこを楽しんでいたぱちゅりーは、庭石の上で自らのゆん生を振り返っていた。
そもそもぱちゅりー種は個数が少ない。
かろうじて通常種に数えられる程度の頭数はあるものの、種としての弱さが群を抜いているために
『最も成体になり難いゆっくり』と呼ばれ、野生でも早々お目にかかれない種なのだ。
ブリーダーも慎重に扱わねばならず、それ故に『ぱちぇはえりーとなのよ!』と増長してゲス化する事も多い。
そんなぱちゅりー種の常に習い、彼女が老人に投げかけた第一声は
「ぱちぇはもりのけんじゃなのよ!ばかなにんげんさんははやくあまあまをもってきなさい!」
と言う、ブリーダーが真っ青になる台詞であった。
慌ててぱちゅりーの口を塞ぎ、老人に平謝りするブリーダーを制して、彼はぱちゅりーにこう返した。
「そうか、そんなに賢いなら、儂の知らない事を沢山知っておるんじゃろうて。
なら、一つ儂にそれを教えてくれんかね。それが儂の知らない事だったなら、あまあまを食べさせてやろう。どうじゃ?」
ぱちゅりーはその勝負を快諾した。
自身の知識量に絶対の自信があった彼女にとって、それは勝負ではなく、人間に自分の知識を分けてやる程度にしか考えていなかったからだ。
そして、根拠の無い自信は呆気なくひっくり返された。
「むきゅ!ぱちぇはさんけたのけいさんができるのよ!」
「そりゃ凄い。儂は十桁までなら暗算で出来るがな」
「むきゅう!このはっぱさんをよくかんでやわらかくすると、きずぐすりになるのよ!」
「ドクダミか。確かに外傷にも効果はあるが、乾燥させて煎じると血圧や冷え症、便秘の薬になるぞ」
「……む、むきゅ……このきのこさんはどくがあるから、たべるとゆっくりできなくなるのよ……」
「ベニテングタケは塩漬けにしたり、茹でて熱を通したりすれば毒抜き出来るんじゃ。食べ過ぎると危険なのは変わらんがな」
「…………ぱちぇはごほんがよめるのよ…………ひらがなもかたかなもだいじょうぶなのよ……………」
「ふむ、ならここに丁度徒然草の訳本と、マルクスの資本論の原書があるでな。読めるんなら貸すが?」
自信満々でひけらかした知識は、あっさりと塗り替えられた。
ぱちゅりーは何度も何度も老人に挑戦したが、その度に返り討ちにされ、新しい知識を上書きされていく。
老人の圧倒的な知識は、ぱちゅりーの底の浅いそれとは比べ物にすらならない。
勝負になる訳が無かった。
結局、ぱちゅりーが無駄な挑戦を諦めたのは半月も経ってからであった。
「…………むきゅうぅうぅぅぅぅ、ぱちぇのまけだわ…………きょうからおじいさんがもりのけんじゃよ………」
悔し涙を流しながらそう告げるぱちゅりーに、老人は「それは違うぞ」と告げた。
「確かに儂は学者じゃったからな、他の人間よりは物事を知っとる。
しかしじゃな、それだけでは賢者などとは言えないんじゃよ。本当の賢者とは、たった一つの事を知っておる人の事なのじゃ。
『無知の知』、すなわち自分が何も知らない事を知っている人こそ、賢者と讃えられるんじゃ」
老人の言葉に驚愕するぱちゅりー。
「む゛ぎゅ゛う゛ぅ゛ぅ゛う゛ぅ゛ぅ゛っ゛!?!?なにそれぇぇぇぇぇえぇぇぇぇっ!?どおしてそんなのが『けんじゃ』なのぉぉおぉぉぉっ!?!?」
混乱し、取り乱すぱちゅりーを宥めながら、老人は彼女に答えた。
「簡単じゃよ。自分が何を知らないのかを知らなければ、新しい事を知る事が出来んからじゃ」
その言葉は、ぱちゅりーの増長した自尊心を木っ端微塵に打ち砕いた。
その日から、ぱちゅりーの態度は一変した。
「おじいさん!ぱちぇにおべんきょうをおしえてください!」
そう言って頭だけで器用に土下座するぱちゅりーの願いを、老人は快く聞き入れた。
「よいじゃろう。ならば今日から儂のことを先生と呼びなさい」
その日から二人の関係は、飼い主とペットから教師と生徒に変化した。
自分の無知を自覚したぱちゅりーは老人の授業に真剣に臨み、それに応えて老人もだんだん熱が入ってくる。
人間の政治形態や経済の仕組みなどの社会学、薬草の効能や毒の見分け方などの薬理学、四則計算を始めとする基本数学……。
ゆっくりであるぱちゅりーに役立つであろう知識を中心に、人間社会の歴史やルール、自然科学や生物の生態系を教え込んで行く。
ブリーダーの元で学んでいた時以上の熱意で、ぱちゅりーも必死に勉強するもののそこはゆっくりの宿命、文字通り『ゆっくり』としか理解できない。
出来の悪い生徒ではあったが、老人は決して見捨てなかった。
「ゆっくりとでいいんじゃよ。少しずつ覚えていって、決して忘れなければ、何時かは理解できるものじゃ」
己の物覚えの悪さに自己嫌悪し、落ち込むぱちゅりーを老人はそう励ます。
ゆっくりはあらゆる本能や欲求の最上に『ゆっくりする』事を置く。
その為、ゆっくりは楽な道を選ぶようになり、怠惰に流されてゲス化することが多いのだ。
どんなに有能なゆっくりでも、ゆっくりしようとする種としての本能からは逃れられない。
それはこのぱちゅりーも同様であった。事実、何回諦めようと思ったか数えきれない。
しかし、落ち込んで諦めようとする度に老人の激励がぱちゅりーを奮い立たせた。
それを繰り返して行く内に、ぱちゅりーは非常に希少な『努力するゆっくり』になれたのだ。
老人にとってもこのぱちゅりーと過ごす時間は楽しいものだった。
教鞭をとっていた頃の情熱が甦るようであったし、新しい知識を得て喜ぶぱちゅりーの姿を見る度に幸せな気持ちになれた。
老人とぱちゅりーはお互い幸せに暮らしていられたのだ。
小春日和の日差しは暖かく、傾いだ庵を明るく照らす。
老人と二人、日向ぼっこに興じるぱちゅりーだが、その胸中はあまり穏やかではなかった。
最近、老人の体調が悪い。
今日は落ち着いているようだが、冬が近付くにつれ、寝込む日が多くなった気がする。
老人に養生するように言っても「大丈夫じゃから、心配いらんよ」と力無く微笑むのみ。
ぱちゅりーには人間の医術は高度すぎて理解しきれなかった為、精々野山に生えている薬草を集めてくるぐらいしか出来なかった。
老人は己の死期が近付いている事に気付いていた。
元々学問の第一線を退いたのも大病を患った為で、判明した時にはもう医者にさえ手に負えない状態であった。
入院をしきりに勧めてくる医者や同僚に「もう疲れた」と語り、野山に骨を埋めるつもりで隠居を開始したが、
やはり寂しさには勝てず、教え子の進めるままにぱちゅりーを引き取って育てたのである。
(儂が死んだら、ぱちゅりーが悲しむのかのぅ。それが嫌じゃから引きこもったと言うのに……やれやれ、人間とは身勝手なものじゃ)
気ままに生きた自分の為に、誰かが嘆き悲しむ姿は見たくなかった。
学問に身を捧げたのも、孤独に死んで行くのも自分が選んだ結果である。後悔はない。
しかし、この期に及んで出来てしまった生涯最後の生徒の行く末だけは、どうにも心残りであった。
老人が居なくとも一人で生きて行けるような知識は教えた。人間の恐ろしさ、自然の怖さは充分に伝えてある。
様子を見に来たブリーダーすら「こんなぱちゅりーは見たことありません!」と驚く程品行方正に育ったぱちゅりーなら、
新しい飼い主を見つけることも容易であろう。
出来ることなら自分のように生涯打ち込めるものに出会って欲しい、それだけが今の老人の願いであった。
そしてその願いは、最悪の形で実現することになる。
冬に入り、雪に閉ざされることが多くなった庵の中で、老人は遂に床から出ることが出来なくなった。
酷く咳き込み、時には吐き戻すことすらあるようになった老人を、ぱちゅりーは必死になって世話をする。
しかし如何に知識が豊富と言えど、所詮ゆっくりの身では出来ることなどたかが知れている。
徐々に衰弱して行く老人の姿をただ見守るしか出来ないぱちゅりーの焦燥は日に日に募っていった。
とうとう薬も底を尽き、老人の病状が悪化するのを目の当たりにしたぱちゅりーは決意した。
「先生、ぱちぇはお外でお薬を探してくるわ。咳止めのお薬でいいのよね?」
「馬鹿を言うな。お外は雪が降っておるんじゃぞ、危険に過ぎるわい」
「雪さんは藁の外套で防げるわ。それより、このままでは先生の方が危ないもの。
大丈夫、お薬の場所は知っているから、無茶なんてしないわ」
そう言い残し、藁を編んで作った防寒着を纏い、ぱちゅりーは薬草の群生地へ向けて出発した。
咳に効く薬草なら知っている。秋の半ば頃に見つけておいたものだ。
今は冬だが、あれだけの群生地ならばまだ使えるものが残っている筈。
距離はそう大したものではない。今日中には帰れるだろう。
そんなことを思いながらぱちゅりーは目的地にたどり着き、驚愕した。
そこには、何もなかった。
木々の合間に開けた平地いっぱいに群生していた筈の薬草が、何も残さずに消えていた。
「何で!?何で無くなってるの!?ここにお薬があったはずなのに!?」
半狂乱になりながら、ぱちゅりーは平地を駆けずり回り、薬草を探しまわる。
人間の仕業ではない。
此処のことは里の人間も知らない筈。知っていたとしても根こそぎ刈り取ろうとはすまい。
動物達の仕業でもない。
この草は薬草の名に反して苦みも少なく、薬臭さも無いので動物も食することがあるが、野原には足跡一つ見つからない。
これだけの量を食い尽くすなら、それなりの数で当たらねばならない。そんな跡は何処にも見当たらなかった。
「お薬は!?お薬はどこなの!?あれが無いと、先生が……!!薬草さん、出てきて!!お願い!!」
ぱちゅりーは夜になっても捜索を続けた。
夜が明け、太陽が真上に昇る頃になっても、ぱちゅりーは薬草を探すのを止めなかった。
「むきゅ……むきゅ…………薬草さん……どこなの…………」
鬼気迫る表情で一人呟きながら這いずり回るぱちゅりーの目に、木の枝や枯れ草で偽装された穴が飛び込んで来たのはそんな時であった。
それが野生のゆっくりが造るおうちであることを知っていたぱちゅりーは、藁をも掴む思いでそこに飛び込んだ。
「誰か!誰かいたらお返事して!!お願い!!」
必死なぱちゅりーの呼び掛けに、巣穴を塞いでいた枝が動き、中からまりさが顔を覗かせた。
「……ゆっ!ぱちゅりー!たいへん、すぐなかにいれてあげるね!」
おそらくかなり善良な個体なのだろう、疑いなく巣へぱちゅりーを招き入れる。
巣の中はそこそこ広く、奥に番であろうれいむと、赤れいむ二人が固まってぱちゅりーを警戒していた。
「……まりさ、なんでぱちゅりーをおうちにいれたの?」
「ゆっ!だって、こまっていたんだよ?だったらたすけてあげないとだめなんだよ!」
「なにいってるの!あかちゃんがいるんだよ!?ぱちゅりーのぶんのごはんなんてないんだよ!?」
「だからあかちゃんははるまでまとうっていったのに……」
「なんてこというのぉぉぉぉ!あかちゃんはゆっくりできるんだよ!はやくあかちゃんがみたいねっていったの、まりさでしょおぉぉぉぉぉ!」
「ゆぅ………」
どうやられいむが実権を握っている家庭らしい。これ以上家庭不和を引き起こす気のなかったぱちゅりーは早速本題に入る。
「むきゅう!ご免なさい、れいむ。ぱちぇはそこの原っぱに生えていた草さんを探していたの。
れいむ達は何か知らないかしら?それだけ教えてくれたらすぐ出て行くわ」
「ゆっ?あのはらっぱのくささんならみんなでたべちゃったよ?」
その答えを聞いた瞬間、ぱちゅりーの時が止まった。
「…………むきゅっ!?」
「ふゆさんがくるまえに、むれのみんなでむーしゃ!むーしゃ!したんだよ。
ぜんぜんたりないし、おいしくなかったけど、みんながまんしてたべたんだよ」
何を言っているのだこいつは。
あの薬草は野原一面を覆うような勢いで生えていた筈だ。
それを食い尽くした?
どれだけの数で食べればそうなるのだ。
美味しくない?
当たり前だ。あれは薬草なのだから、常食には適する筈が無い。
それを食べ尽くしておいて、ぱちゅりーの先生を助ける筈のお薬を奪っておいて。
「あんなまずいくささんをさがしているなんて、ぱちゅりーはゆっくりできないゆっくりなんだね!ゆぷぷ……」
何を馬鹿面晒して大笑いしているんだ、この糞饅頭は!!
「何言ってるのぉぉぉっ!!あれはお薬なのよ!!お薬を食べ尽くすなんて、何考えてるのぉぉぉぉっ!!」
「「「「ゆ゛っ゛!?!?」」」」
突然猛烈に怒り出したぱちゅりーに、れいむはおろか一家全員が硬直する。
「ぱちぇにはあれが必要なのよ!!雪さんがゆっくりしてない中、一生懸命探していたのに!!
何が可笑しいのよ!何で笑うのよぉおおお゛お゛お゛お゛お゛っ゛!!」
鬼気迫る勢いでれいむに迫るぱちゅりー。その姿を見た赤れいむがそろってしーしーを漏らす。
「……おきゃあしゃん……きょわいよぅ………」
「……ゆっ!!そんなことれいむはしらないよ!!それよりさっさとでていってね!!」
赤ちゃんの声に励まされたのだろう、精一杯ぷくーっ!して虚勢を張りながら、れいむはぱちゅりーを追い出そうとする。
「何ですってぇぇぇぇえ!!」
「まって、ぱちゅりー!あのくささんならすこしだけどとってあるよ!これがいるんだよね?」
さらに詰め寄ろうとするぱちゅりーを、まりさが引き止める。
その口に銜えていたのは間違いなくあの薬草だった。
「まりさ!なにいってるの!それはあかちゃんとれいむのごはんでしょおおぉぉぉおおお!!」
「だまって、れいむ!……おくすりをたべちゃったのはあやまるよ。これだけしかないけれど、ゆるしてね」
そう言ってぱちゅりーの目の前に薬草を置く。正直足りないが、これがここにある分だと言うなら仕方が無い。
「……解ったわ。ご飯を分けてもらってご免なさいね」
「しょうがないよ。おびょうき、はやくなおるといいね」
「とっととでていってね!このやくびょうがみ!!」
申し訳なさそうなまりさと、いかにも迷惑そうな面で追い出しに掛かるれいむ。
対照的な二つの視線に見送られ、ぱちゅりーは家路を急いだ。
(先生、待っててね!すぐ戻るから!!)
「ゆっくりただいま!先生、お薬持って来たわ!!」
雪を振り落とすのすら惜しむように、老人の部屋へ飛び込んだぱちゅりーが見たものは、
枕元を吐血で真っ赤に染めた老人の姿であった。
「先生ぇぇぇえええええ!?大丈夫!?しっかりしてぇぇぇえええ!!」
慌てて駆け寄るぱちゅりーに気付いたのか、老人は薄く目を開ける。
「……おぉ…………ぱちゅりーか……よかった、無事じゃったんじゃな…………」
「先生!待っててね、今お医者さんを呼んでくるわ!」
「待つんじゃ……もう…………間に合わんよ……それよりも……」
そう言って踵を返そうとするぱちゅりーを呼び止め、老人は血塗れの顔に薄い微笑みを浮かべながら掠れ掠れの言葉を綴る。
「……のぉ……ぱちゅりー………お前には感謝しておるんじゃよ……………生涯を……学問に捧げたこの儂が………
初めて……家庭を、……家族を得られたんじゃ…………本当に……楽しかった…………。
出来ることなら……お前の子供に……授業したかったがの…………それは流石に…………高望みか……。
お前には……出来る限りのことを教えた…………儂がおらんでも…………大丈夫じゃ…………」
「……そんなこと、そんなこと言わないで先生!ぱちぇは…………もっと教わりたいのよ………先生と一緒に居たいのよ!」
泣きながら縋り付くぱちゅりーの姿に、老人は少しだけ困ったような表情を浮かべて言葉を続ける。
「……何……人間五十年からすれば……儂は充分に生きた………満ち足りた、良い人生じゃった…………。
………ぱちゅりー…………お前も…………そんな………ゆん生を………送れると……良い…………な……………」
「……先生?先生!?せんせぇえええええええいいいいいいいいいいいいっ!!!」
その夜、庵から号泣の声が絶えることは無かった。
……この度は、故人の会葬に参列いただきありがとうございます。
……はい、ご香典はこちらです。ご記帳はこちらに………
……ふぅ。
……おや、あれは……
……やっぱり。ゆっくりのブリーダーやってる目出さんじゃないですか。
なんで目出さんが先生のお葬式に?
……へぇ。先生がゆっくりを……
……いえ、先生にゆっくりを勧めたのは俺なんですよ。
先生も昔気質な所ありましたし、「教え子の世話になんかなれるか!」って感じでこんな所に引っ越しちゃって……
ええ、このままじゃ先生があんまり寂しすぎるだろってんで、ゆっくりだったら賑やかで良いだろうと思いましてね。
……そうですか。そんなに仲が良かったんですか。
それはそれは……、先生にはご家族もいらっしゃいませんし、丁度お子さんかお孫さんみたいな感じだったんですかね。
……先生と生徒?
そりゃまた先生らしいや。最後まで学問に生きたんですね……。
……うん?でもゆっくりなんて見掛けませんでしたよ?
……だから探しに来た?先生に万一のことがあったらよろしくって頼まれてた、と。
それで、どんなゆっくりなんです?
……ぱちゅりー?あの紫色の髪の毛の?
でもあれって確か結構稀少だって聞きますけど……。
……ほう、目出さんが初めて育てたぱちゅりーだったんですか。
ふぅん、体が弱い種だから大人になる個体が少ないだけで、稀少種ではないんですか。
成る程、解りました。見掛けたら目出さんとこに連れて行きますよ。
……でも、所詮ゆっくりなんですね。飼い主が居なくなったら逃げ出すなんて……
……わ、解りました、すいません、謝ります。この通り。
はい、見つけ次第連絡しますよ。それじゃあ……
……ううむ。目出さんもいい人なんだけど、ゆっくりが絡むと怖いからな……
でも、そんなに優秀で義理堅い奴が行方をくらますなんて、何事だ?
案外、先生の敵でも探しに行ったのかな?……なんて訳無いか。
……さて、そろそろ出棺か。
先生にはお世話になったからなぁ。最後まで見届けないと……
冬の曇天の下を進む葬列を、遠くはなれた草むらから見送る影があった。
ぱちゅりーである。
「先生……向こうでもずっとゆっくりしててね……」
ぱちゅりーは老人以外に飼われるつもりなぞ一切無かった。
老人の最後の生徒として、一生を懸けるに足る目標を見つけ、一人で生きるつもりで居た。
人間の怖さは充分理解している。飼い主の居ない野良ゆっくりが辿る未来など簡単に予測がついてしまう。
幸い、野山に生える草花の見分け方や、餌となる虫の捕まえ方は熟知している。
不安も残るが、生きて行くだけの自信はあった。
「まずはお家を造らないとね……木さんや洞穴さんは誰かが使ってるでしょうし、今から地面さんを掘り返すのはさすがに……
そうね、草さんと枝さんがあるならこれでお家を造っちゃいましょう。雪さんが積もらなさそうな所を探して……」
ぱちゅりーにとっても一人での越冬は初めての経験だ。
あまつさえ季節は冬の半ば。通常なら自殺行為であろう無謀な挑戦だが、彼女には勝算が見えていた。
(ご飯が必要なのは冬の間起きているからよ。熊さんみたいに冬眠すれば必要最小限で済むわ)
勿論食いだめなぞできないゆっくりでは難しかろうが、一日の大部分を寝て過ごし、目覚めた時に食事をすれば体力と食糧の消耗は防げるだろう。
あのまりさに貰った薬草はそのまま持って来た。風邪くらいならすぐ治せる筈だ。
洞窟や木のうろを使った巣とは違い、草や木の枝で組んだ家は頑丈とは言えないが、その分造ったり壊したりが容易になる。
問題が起こったらさっさと引っ越せば済むのだ。
普通のゆっくりでは難しかろうが、老人に教育されたぱちゅりーなら問題の兆候を察知し、被害が及ぶ前に実行出来る。
こんな形で老人の教育が生かされるのを複雑に思いながら、ぱちゅりーは初めての越冬に望んだ。
山の裾野に広がる森の中心、ぽっかり開いた場所にある小高い丘。
春の日差しが降り注ぐ丘の天辺に、奇妙なものが建っていた。
遠目から見るととんがり帽子のようなシルエットに見えるそれは、木の枝を組み合わせて周りを枯れ草で葺いたもの。
ぱちゅりーの造った巣であった。
数回の引っ越しの後、偶然見つけた日当りの良い好物件に、ここを永住の地に定めたのである。
「……ゆっ!お日様がぽかぽかしてるわ。春になったのね」
初めての越冬を成功させたぱちゅりーは、早速自分のゆっくりプレイスを見回ってみる。
ご飯やお薬になる草の生える位置、危険な生物が侵入しそうな場所、水源やおトイレになりそうな小川の探索……。
冬の間纏めておいた『最低限必要なもの』を確認して行く。
不意に下生えの薮が音を立てた。
ぱちゅりーは慌てて身を隠す。
猪や熊であったら勝ち目は無い。蛇もあれでなかなか素早いので、運動の不得意なぱちゅりーでは逃げ切ることが出来ない。
故に身を隠す事を選択したのだが、それは杞憂に終わった。
「ゆっ!いいおてんきだね、おちびちゃん!」
「「ゆ~っ!」」
薮を掻き分け現れたのは、ゆっくりれいむとその子供らしき子れいむ二匹。
どうやら冬籠りから解放されて、この丘にお散歩に来たらしい。
熊や猪でなかった事に安堵し、ご挨拶をしようと近付いたぱちゅりーは、それがいつかのれいむである事に気付いた。
「ここはぱちぇのゆっくりプレイスよ!れいむ、ゆっくりしていってね!」
「ゆっ!ここはとてもゆっくりできるゆっくりプレイスだね!ここをれいむのおうちにしてあげるよ!」
……今、こいつはなんて言った?
「ゆっ!ここはぱちぇが見つけたゆっくりプレイスよ!れいむのおうちじゃないわ!」
「ゆゆっ!れいむはしんぐるまざーなんだよ!かわいそうなんだよ!ゆっくりさせてくれないぱちゅりーはさっさとでていってね!」
「そーだそーだ!」
「さっさときえろ、くず!あとあまあまちょうだいね!」
……片親だと?
「……ねえ、れいむ。貴女、確かまりさと一緒に居たわよね?」
「ゆ~ん!れいむたちをゆっくりさせないげすまりさなら、れいむたちのごはんになっちゃったよ!」
「むのうなおやはゆっくりしんだよ!」
「かわいいれいむたちをゆっくりさせないなんて、ばかなの?しぬの?」
……何だこいつらは。
……こんなのが野生のゆっくりなのか。
……先生をゆっくりさせなくしておいて、薬草を譲ってくれた優しいまりさを殺しておいて。
「ここはもうれいむたちのゆっくりプレイスだよ!ぱちゅりーははやくしんでね!」
「「しんでね!!」」
……こんなのが、自分の同類だと言うのか!!
「なにだまってるの!さっさとでていかないとおこるよ!ぷくーっ「うるさい」ゆ゛っ゛!?」
れいむには、何が起こったのか理解できなかった。
ぱちゅりーが一瞬だけぷくーっ!したかと思ったら、何かがれいむのお目目を直撃したのだ。
その正体は鋭く尖った小石。
ぱちゅりーが獣達に出会った時、相手を怯ませて身を隠す為に常に口に含んでいたものだった。
「ゆ゛ぎゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!い゛じゃ゛い゛!い゛じゃ゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!」
「「ゆ゛あ゛あ゛!お゛ぎゃ゛ーじゃ゛ん゛の゛お゛べべぎゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」」
片目を失い、痛みに七転八倒するれいむと、それを見て恐慌状態に陥る子れいむ達。
そのゆっくりできない姿を尻目に、ぱちゅりーはもう一つの武器を取り出した。
「どぼじでごん゛な゛ごどずる゛の゛お゛お゛お゛お゛お゛!!でい゛ぶな゛ん゛に゛も゛じでな゛い゛の゛に゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!」
「……その厚顔無恥だけで充分よ、貴女が死ぬ理由は」
「ゆ゛びぃ゛っ゛!?!?」
「「お゛ぎゃ゛あ゛じゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛っ゛!!」」
聞くに堪えない薄汚い悲鳴をあげていたれいむのお口に何かが突き刺さる。
ぱちゅりーがZUN帽から取り出したのは太い木の枝の先に、平たく割れた黒曜石を取り付けたもの。
簡単な出来ではあるが、ゆっくりの身では人間の使う高度な道具など文字通り手も足も出ない。
それでも、身を守るため必死になって作り出した正真正銘の武器である。
原始的な造りであっても、所詮ゆっくりでしかないれいむには充分すぎる凶器であった。
最早断末魔の痙攣を繰り返すのみとなった母の姿に、しーしーを漏らしながら怯える子れいむ達へ視線を移し、
ぱちゅりーはゆっくりとにじり寄って行く。
「……またお漏らし?貴女達って赤ちゃんの頃から変わってないのね」
「ゆ゛びぇ゛ぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!ごめ゛ん゛な゛じゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い゛!!」
「ごろ゛じゃ゛な゛い゛でえ゛え゛え゛え゛え゛!!あ゛や゛ま゛っ゛だでじょ゛お゛お゛お゛お゛!!」
泣き喚く子れいむ達に、一切の憐憫は湧かなかった。
そのままぱちゅりーは、
「恨むなら、父親に似なかった自分自身を呪うことね」
「「も゛っ゛どゆ゛っ゛ぐぶべぇ゛!!!」」
ゴミでも捨てる感覚で、子れいむ達を踏みつぶした。
丘を照らす陽光が殺人的な暑さを帯び、里の向日葵が満開に咲き乱れる夏のある日。
ぱちゅりーはゆっくり達を率いて丘に君臨していた。
あの後、ぱちゅりーは様々なゆっくり達と出会い、そして幻滅していた。
すぐ思い上がり、無茶な事をしては周りに迷惑をかけて自滅するまりさ。
一寸した事ですぐ発情し、己を押さえる事無く相手が死ぬまですっきりー!するありす。
何かと言うとすぐ居もしないらんを頼ろうとするちぇん。
道具を使うだけの頭を持ちながら、それを暴力にしか生かさないみょん。
そしてあの親子のように子供をダシにして自分だけゆっくりしようとするれいむに、
幼い頃の自分を思わせるプライドだけは高い癖に何も知らないぱちゅりー。
中には優秀で思いやりのある優しいゆっくりもいるのだが、いずれもゲスなゆっくりにゆっくり出来なくされてしまった。
(……ゆっくりがゲスになるのは、もう種としての本能ね。自分のゆっくりを最上に置くから、自分本位なゲスになる。
……ぱちぇも先生に飼われなかったら、こいつらみたいになっていたのかしら?)
ぱちゅりーは自分も含めたゆっくりと言う種を嫌っていた。
ゲスに堕ちるのが宿命と言わさんばかりの自分達のあり方を心の底から憎むようになり、
やがてぱちゅりーの心中に、ある決意が芽生えていた。
(そうね、こんな生き物は滅ぼすべきだわ。一匹残らず殲滅するべきよ!)
その思いを自覚した時、ぱちゅりーはそれを生涯の目的に掲げた。
飼い主であった老人の願った通り、生涯を捧げる目標を得たのである。
……老人の願ったものとは全く違う、ドス黒い餡子に塗れた道に。
だが一匹一匹殺してまわったのでは到底目標を達成できない。
それではぱちゅりーが死ぬまでに幾ら殺したとて、全滅にはほど遠い。
しかしぱちゅりーはそこで発想を変えた。
自分が死んだら根絶できないのなら、自分が死んでも絶滅へ向かうよう、ゆっくり達を教育すれば良いのだ、と。
ぱちゅりーは手始めに医者を開業する事にした。
ゆっくり達は弱い。一寸した事で傷ついてしまうが、逆に言えば一寸した傷でも死なない程度には丈夫なのだ。
だから即死でもない限り、ゆっくり達に医者の需要は多いのである。
老人から伝授された薬草の効能を元に、薬理生理学観点から診断された症状に適したお薬を処方する。
それは元々適当な生態を持つゆっくりには劇的な効果があった。
やがて「おかのおいしゃさん」の名声が高まるにつれ、ぱちゅりーを長に頂きたがるゆっくりが現れた。
それは「おかのおいしゃさん」におんぶに抱っこしてもらい、楽に生きようとする怠惰なゆっくりの習性であったが、
むしろそれを待っていたぱちゅりーは長になる事を了承。
自分の根城である丘に招き入れ、群れの創設を宣言した。
そこからはまさに日進月歩の勢いであった。
まず、巣の作り方を変えさせる事から変革は始められた。
巣をお互い見える位置に作り、他の巣に異常が発生したらすぐに気が付くようにする。
たったそれだけなのだが、それすらもゆっくり達の餡子脳には理解しづらかったらしい。
梅雨の長雨で全滅した巣がいくつも出て来たことで、ようやく長の言いたかった事を理解した群れは長の先見の明を讃えた。
次に狩りの役目を分担させることにした。
割と頑丈な上にお帽子を使う事で大量の輸送が可能なまりさに遠くの草や木の実を、素早い動きが得意なちぇんに小型の虫を集めさせ、
大型の虫に武器を使うみょんを充てて、特に秀でるもののないれいむとありすには近くの草を集めさせるよう振り分け、それぞれにノルマを与える。
狩った獲物は一度集めてから働きに応じて配分する。ノルマを果たせなかったゆっくりには何も与えない。
勿論独り占めしようとするものも現れたが、それぞれを班に分けて班ごとの行動を義務づける事でそれを防ぐ。
それでも獲物をちょろまかすものは居たが、ノルマを果たせずにちょろまかした獲物より、
ノルマを果たして分配される獲物の方が遥かに量も種類も豊富な事に気付くと、不逞の輩は自然消滅して行った。
続いてゆっくり口統制に挑んだ。
この辺りは食糧が豊富であるが、それでも消費すればいつかは尽きる。
森の生態系にダメージを与えない程度に留めておくには、ゆっくりの数を増やさない事が第一なのだ。
しかしこれは難航した。
何しろゆっくりにとって『あかちゃんはゆっくりできる』が不文律である。
いきなり『あかちゃんをつくるな!』と命令しても受け入れる訳が無い。
そこでぱちゅりーは『がっこう』を開く事にした。
子供達に教育を施し、ゆっくり口統制の有用性を理解させようとしたのである。
だがそれは逆にゆっくり口爆発を生んでしまった。
子供達が学校に行っている間、手の開いた親達がすっきりー!してしまい、子供を量産し始めたのだ。
親達に言わせれば『あかちゃんがいなくなってさみしくなったから、あかちゃんをつくったんだよ!』だそうであるが、
この理由には流石にぱちゅりーも呆れるしか無かった。
そこで手のかかる赤ちゃんのうちは親の手元に置き、ある程度したら『がっこう』へ入学させる制度に切り替えてみた。
その効果は抜群であった。
子供達が『がっこう』に通っているだけで、子供が居なくなった訳ではない事を忘れてすっきりー!した家庭は目に見えて衰弱した。
当たり前と言えば当たり前である。
別に家族が減った訳じゃないのに子供を作れば、当然食い扶持は増える。
子供が幾ら居ようと、狩りの獲物は働きに応じて配られるから変わる事は無い。
むしろ赤ちゃんの世話で狩りに出られない家族は割当が減って行く為、無計画なすっきりー!をした家庭はどんどん貧しくなるばかり。
やがて全滅する家庭が出始めた所で、ぱちゅりーが『こうなりたく無ければ、すっきりー!は春だけにするのね!』と群れに伝えた。
実例を見せつけられれば、如何に餡子脳とて理解できる。
こうして難航したゆっくり口統制は、ゆっくり達の自爆と言う助けを借りて実現した。
最後に挑んだのは、『ゆっくり達に善悪と言う社会観念を理解させる』という難業だった。
ゆっくりの価値観はたった一つ。
『ゆっくりできるか、できないか』である。
どんなに自分に非があろうとも、それで自分がゆっくり出来るなら正しい事なのだ。
逆にそれがゆっくり出来なければ、どんなに自分に利益があろうとも悪い事になってしまう。
過去、凄腕のブリーダー達が挑んでは破れていった試みに、ぱちゅりーはあえて踏み込んだ。
まず『がっこう』に通う子供達の教育方針から見直された。
悪いゆっくりとは何か、良いゆっくりとは何か。
だが善悪を教えた所でゆっくりには理解できない。
そこで考え出されたのが、『悪いゆっくり=自分だけゆっくりするゆっくり』、
『良いゆっくり=皆で一緒にゆっくりするゆっくり』の構図である。
「皆でゆっくり出来ない子は、とても悪いゆっくりです」
「皆でゆっくりする為には、我侭を言ってはいけません」
「そんな悪いゆっくりは、お目目を抉って死んでもらいます」
「解りましたね?」
「「「「「「「「「わ゛……わ゛がり゛ま゛じだぁ゛っ゛!!」」」」」」」」」」
実際に虫さんのお目目と土団子で作られたお人形で実践してみせた『おしおき』に、
子供達はそろってしーしーを漏らしながら理解を示した。
子供達はこれで良いとして、問題は既に成体になったゆっくり達である。
子供達の親が彼女達である以上、せっかく洗脳に成功した子供達を元に戻されてしまう可能性は高い。
そこで考えついたのは『見せしめ』である。
まずは群れの掟を制定し、公布した。
一つ、ゆっくりはゆっくりをころしてはならない。
一つ、ゆっくりをゆっくりさせなかったゆっくりはおめめをえぐってついほうする。
一つ、かってにかりをしたゆっくりはおかざりをぼっしゅうする。
一つ、いくじほうきしたゆっくりはまむまむをつぶす。
一つ、たにんのおうちでおうちせんげんしたゆっくりはいっしょううんうんがかりにする。
(補足……うんうん係とは、おトイレになっている場所でうんうんを食べて片付ける係の事)
一つ、たにんのもちものをかってにじぶんのものにするゆっくりはいちねんかんうんうんがかりにする。
一つ、がっこうにこどもをかよわせないゆっくりはさんかげつかんうんうんがかりにする。
一つ、けんかをするゆっくりにはさいばんをおこない、わるいほうをいっかげつかんうんうんがかりにする。
一つ、おといれいがいでうんうんするゆっくりはいっしゅうかんうんうんがかりにする。
一つ、はいきゅうされたごはんはどうつかってもじゆうである。
かなり厳し目の掟だが、ぱちゅりーにはこれを守れないゆっくりが出て来てくれた方が有り難かった。
そして期待通りに掟破り第一号が現れた。
あるまりさがれいむが見つけたお花を横取りしたのである。
掟に従えば裁判に懸けるのが妥当であろうが、ぱちゅりーはあえて最上級の罰を適用したのだ。
「なんでなんだぜ!まりさはなんにもわるいことしてないんだぜ!」
丘の上で取り押さえられ、身動きの取れないまりさを前に、ぱちゅりーは声高らかに罪状を告げた。
「このまりさはれいむが見つけたお花を横取りしたわ!まだれいむの持ち物になっていなかったけれど、
れいむが一生懸命見つけたお花を横取りした事で、れいむはゆっくり出来なくなった!!
したがって掟に基づき、『おめめえぐりのけい』に処する!!」
「やめるんだぜ!!まりさのおめめがなくなったら、ゆっくりできなくなるんだぜ!!」
喚くまりさに呆れた様子で、ぱちゅりーは言葉を続けた。
「もし、このまりさがお花の代わりに自分のご飯をれいむに分けてあげていれば、こんな事にはならなかったわ!
これはまりさの自業自得よ!ゆっくりできないまりさが群れに居たら、皆ゆっくり出来なくなるもの!!
皆の為にも、このまりさは処刑するべき!
今後、まりさみたいにゆっくりできないゆっくりはこうなるから、覚えておきなさい!」
「ゆ゛ぎゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!!!!」
刑は確実に執行された。
この事件におけるぱちゅりーの行動には、ある目的があった。
掟を破ったゆっくりの末路を見せつける事と、ゆっくりに物々交換の概念を理解させる事である。
掟の最後の一文はその為の物。そしてまりさが物々交換を実行していれば助かったであろう事を匂わせて、一気に理解させたのである。
ゆっくり達はこぞって掟を理解しようとした。
学校で掟を教わった子供達が理解している事を知ると、子供達に自分の行動をチェックさせて掟破りをしてるかどうか確認する。
まりさの尊い犠牲を経て、群れは急速に文明開化を進めて行ったのである。
こうして様々な事をゆっくり達に教え込んだぱちゅりー。
だが、彼女はたった一つだけ、群れに教えなかった事があった。
それは人間の事。
人間の恐ろしさも、その強さも、その賢さも。
お野菜を育てる畑の事さえ、ぱちゅりーは一切教えなかった。
ぱちゅりーは番を迎える事はなかった。
しかし群れの後継者を育てる必要性を感じていたある日、あるぱちゅりーが急逝した。
死因はにんっしんっであった。
病弱を押して胎生出産を断行し、母子共々危険な状態に陥った為に帝王切開に踏み切ったのだが、それに母体が耐えきれなかったのだ。
子供のぱちゅりーは無事だったが、父親のまりさ一人では生まれたての赤ちゃんを育てる余裕なぞない。
困り果てた所へ、長ぱちゅりーがこう言い出した。
「ぱちぇが引き取るわ。この子に帝王教育を施して、次の長に育てましょう」
この申し出にまりさは喜んで我が子を差し出した。
既に長ぱちゅりーへの信頼は盲信に変わりつつある。
長の言う事に従ってさえ居れば、ゆっくり出来るのだ。その長を疑う真似が出来る筈がない。
ましてやこの偉大な長の後継者になれるのだ。ならばその親である自分はもっとゆっくり出来るだろう。
親子の愛情よりもゆっくりらしい打算が勝り、生まれたての赤ぱちゅりーは長の養子になった。
後にこのまりさは他のゆっくりと諍いを起こし、『おめめえぐりのけい』を受けて追放される憂き目に遭うが、それは蛇足であろう。
とにかく、問題だった後継者を得た事で、群れのゆっくり達は「これでひとあんしんだね」と肩を撫で下ろした。
その、真の目的に気付く事無く。
長の養子となったぱちゅりーには、その日から厳しい教育が待ち受けていた。
群れの掟と制定の理由、群れのゆっくり口を把握する為の三桁以上の計算、平仮名と片仮名の習得……。
遊びたい盛りの赤ゆっくりの内から猛烈な教育を施され、養子ぱちゅりーは次世代に相応しい教養を身に着けて行った。
だがそこは子供、稀に我侭も言い出すのだが、その度に
「ぱちぇの跡継ぎになれなくても良いのね?そんな悪い子はぱちぇの子供じゃないもの。だったら早くおうちから出て行きなさい」
と脅され、おとなしく従う他なかった。
やがて養子ぱちゅりーも成ゆん式を迎え、立派に大人になったのを確かめると、長ぱちゅりーは群れに宣言した。
「ぱちぇは長を引退するわ!今日からこの子が長よ!」
晴れて後継者となった養子ぱちゅりーは、親の偉業を超えようと努力した。
裁判に証人制度を取り入れて確実性と正当性を強化し、狩りの編成を種族毎ではなく個人の能力別にしたり、
『がっこう』を偶然見つけた洞穴に移し、教師役を長から群れのぱちゅりー達に移して雇用を拡大したり。
群れに若干残っていた問題点を見事に修正してみせた。
それが先代の長がわざと残した物である事に気付けないままに。
そして時は流れ、ぱちゅりーは野生のゆっくりではごく稀な寿命で死ねるゆっくりになった。
死の寸前、己の死を嘆き悲しむ群れを背にした愛娘の表情を見て、ぱちゅりーは計画の成功を確信した。
そこに浮かんでいたのは偉大な親の死への哀惜ではなく、ゆっくりさせなかった親への憎悪。
そうなるように仕向けたぱちゅりーの思い通りの表情であった。
我が子には出来る限りを仕込んだが、たった一つだけ、伝えていない事がある。
自分を変えた老人の一言、『無知の知』を。
偉大な長の後継者と言うプライドに凝り固まった養子ぱちゅりーには、どうやっても親の偉業は超えられない。
自分が何を知らないのかを知らない以上、新しい事を知る事は出来ないのだから。
この群れは将来崩壊するだろう。
人間によってか、自然の脅威によってか、はたまた自滅によるものかは知らないが、必ず崩壊する。
そして彼女達が新たな災厄の種となり、他の群れに伝播するだろう。
それを繰り返す事で、ゆっくりと言う種はこの世からゆっくりと消滅して行くのだ。
それは十年後かも知れない、百年後かも知れない、もしかしたら千年以上未来の事かも知れない。
しかし遠い未来において、ゆっくりと言う種が根絶されるのは確定したのだ。
死に行くぱちゅりーの口元に笑みが浮かぶ。
己の一生を費やした復讐の完成を祝って、自分と老人の幸せを壊したゆっくりへの仕返しが成功した事を祝って。
(……先生…………仇は……討ちました…………)
目の前が段々昏くなって行く。
光を失うその一瞬、ぱちゅりーは自分を撫でる優しい手を確かに感じていた。
ぱちゅりーの死に顔はとても穏やかであった。
こんなにゆっくりしたゆっくりはそうはいない、群れはそう讃え、その死を惜しんだ。
その死に顔の裏に、限りない同族への憎しみが渦巻いていたことを知らないままに。
……悪意の種が深く静かに根付いたことを知らないままに。
※まだ終わりじゃないんじゃよ。もうちょっとだけ続くんじゃ。
と、言う訳で外伝その一。
先々代はこんな事考えてました、と言うお話。
前作の感想でここら辺の設定を指摘されたときはちょっぴり焦ったのは内緒。
今の所このシリーズは本編二話と外伝一話で完結予定です。
最も遅筆な上、今後はお休みが取り難くなるのでかなり不定期になると思いますが、
出来ましたなら最後までお付き合いしてくださると嬉しいです。
※虐待成分ほぼ皆無。むしろ愛で?
※冗長的に長いです。
※前作『ふたば系ゆっくりいじめ 301 勘違いゆっくり』の外伝的なお話ですので、先に前シリーズをお読みいただく事をお勧めします。
山の裾野に広がる森を一望できる高台に、小さな庵が佇んでいた。
廃屋寸前の庵に相応しい、荒れ放題の庭に置かれた縁台で、一人の老人が茶を啜っている。
申し訳程度の白髪を蓄えた禿頭と、対照的な長い白髭。
草臥れた作務衣を纏うその姿は、どこかしら世俗を超越した仙人を思わせる。
「……ふぅ。今日はよい天気じゃのう、茶がいつもよりも旨く感じるわい。
やはり晴れの日は気持ちが良い。なんだか寿命が延びそうじゃ。そうは思わんかね?」
不意に茶を啜るのを止め、誰もいない庭に向けて話しかける老人。
しかし帰ってこない筈の返答は、誰もいない筈の庭から返された。
「……むきゅ。そうね、ぱちぇもそんな気がするわ、先生」
苔むした庭石の上で日に当たりながらそう返したのは、紫色の長い髪を持った生首のような饅頭。
ゆっくりぱちゅりーだった。
『仕返しゆっくり』
老人は学者であった。
学問の道を志した青年時代から、ひたすら学問に取り組んで来た。
世の理を読み解いていくのが楽しくて、脇目も振らずに没頭した。
学者らしい偏屈な性格が災いして、結局伴侶も得ずにこの年まで独り身のままであったが、後悔などない。
むしろ一生を学問に捧げた証であると周囲に自慢さえしていた。
しかし、第一線を退いてこのあばら屋に居を構え、一人静かに暮らしていればやはり人恋しくなるもの。
さりとて話し相手になるような知己もおらず、さてどうしたものかと思っていた頃、
一時期教鞭を取っていた頃の教え子が『ならばゆっくりでも飼ったらいかがですか?』と勧めて来たのだ。
ゆっくり。
いかなる分類にも当てはまらない生態、
動く饅頭などというふざけた体の構造、
人語を解するものの、知性の欠片なぞ持ち合わせていない性格。
あらゆる意味で学問の徒を恐慌に陥れた、学者にとっての天敵である。
当然老人もゆっくりに対して良い感情など持ち合わせてはいない。
それは件の教え子も知ってはいたが、恩師が一人寂しく朽ちていくのを黙って見ていられなかったのである。
「そりゃ先生も学者としてはゆっくりなんぞ見たくもないんでしょうが、
ご隠居された今ならゆっくりを研究対象じゃなく、話し相手に出来ると思いますがね」
教え子の説得に感じるものがあったのか、老人は勧められた翌日にはゆっくりブリーダーの元へ足を運んでいた。
「そうですね、初めて飼われるんだったらやっぱりれいむ種がお勧めですよ」
老人に孫が居たのなら、おそらくこの位の年であろうと思わせる若いブリーダーの女性が勧めたのは、
赤いリボンを黒髪に結わえたゆっくりだった。
母性が強く、たくさん子供を作りたがるのを除けばあまり手が掛からない種なのだと言う。
最も老人はゆっくりの大家族を養うつもりは毛頭ない。
「お年を召した方にはまりさ種を好まれる方もいらっしゃいますね。何でもお孫さんを思わせるとか……」
庭や道ばたでたまに見掛ける、黒い帽子を被ったゆっくりを指差してそう紹介するブリーダー。
腕白を絵に描いたような性格らしいが、最も増長しやすい種でもある為、注意が必要らしい。
だが老人は独り身、孫の扱い方など知る由もない。
「ありす種はあまりご年配の方にはお勧めできませんね。ブリーダーでも一寸扱いづらいですね」
金髪に赤いカチューシャを着けたゆっくりは、何やら厄介な性癖を持っているらしく、
その矯正には熟練のブリーダーでさえ手こずるらしい。
そんな種は老人だって願い下げだ。
こうして見るとゆっくりにも様々な表情がある。
名前の通りゆっくりした様子で弛緩しているもの、競争でもしているのか部屋中を跳ね回っているもの、
部屋の隅で肌を擦り合わせている所を、慌てたブリーダーに仲裁されているもの。
そんな中、ある一匹のゆっくりに老人の目が止まった。
全体的に騒がしいゆっくり達の中で、身じろぎもせずにいるゆっくり。
よく見ると、床に広げた紙切れを眺めているらしい。
時々頷きながら、真剣な眼差しで紙切れを目で追う姿に興味を引かれた老人はその紙切れを見やり、驚愕した。
このゆっくりは新聞を読んでいたのである。
「ああ、あれはぱちゅりー種ですね。ゆっくりの中では比較的賢い種ですが、その分体が弱いんですよ。
人間で言う喘息のような持病を持っているので、ちょっとした事で体内の餡子を吐いて死んでしまう事が多いんです。
それに賢いとは言っても所詮ゆっくりですから、文字が読めると言っても精々平仮名ぐらいですね。
あれも多分読んでいる振りしてるだけで、内容なんて解ってないと思いますよ。
そのくせ賢さを鼻に掛ける所があって、無駄にプライドが高いのでなかなか言う事を聞きません。
正直、上級者向けの種です。ゆっくり初心者の方にはまずお勧めできませんね」
ブリーダーがそう言うからには相当手間がかかる種なのだろう。
しかし老人には、ぱちゅりーが文字を追う様子が自分の若き日と重なって見えた。
理解できる、できないを二の次に、ひたすら知識を追い求めた青春の日々に、自分が最も輝いていた、黄金の日々に。
「あのぱちゅりーを貰おう。何、これでも学者の端くれだったんじゃ。多少の困難は承知の上よ」
そうして、ぱちゅりーは正式に老人の元へ引き取られていった。
老人と共に日向ぼっこを楽しんでいたぱちゅりーは、庭石の上で自らのゆん生を振り返っていた。
そもそもぱちゅりー種は個数が少ない。
かろうじて通常種に数えられる程度の頭数はあるものの、種としての弱さが群を抜いているために
『最も成体になり難いゆっくり』と呼ばれ、野生でも早々お目にかかれない種なのだ。
ブリーダーも慎重に扱わねばならず、それ故に『ぱちぇはえりーとなのよ!』と増長してゲス化する事も多い。
そんなぱちゅりー種の常に習い、彼女が老人に投げかけた第一声は
「ぱちぇはもりのけんじゃなのよ!ばかなにんげんさんははやくあまあまをもってきなさい!」
と言う、ブリーダーが真っ青になる台詞であった。
慌ててぱちゅりーの口を塞ぎ、老人に平謝りするブリーダーを制して、彼はぱちゅりーにこう返した。
「そうか、そんなに賢いなら、儂の知らない事を沢山知っておるんじゃろうて。
なら、一つ儂にそれを教えてくれんかね。それが儂の知らない事だったなら、あまあまを食べさせてやろう。どうじゃ?」
ぱちゅりーはその勝負を快諾した。
自身の知識量に絶対の自信があった彼女にとって、それは勝負ではなく、人間に自分の知識を分けてやる程度にしか考えていなかったからだ。
そして、根拠の無い自信は呆気なくひっくり返された。
「むきゅ!ぱちぇはさんけたのけいさんができるのよ!」
「そりゃ凄い。儂は十桁までなら暗算で出来るがな」
「むきゅう!このはっぱさんをよくかんでやわらかくすると、きずぐすりになるのよ!」
「ドクダミか。確かに外傷にも効果はあるが、乾燥させて煎じると血圧や冷え症、便秘の薬になるぞ」
「……む、むきゅ……このきのこさんはどくがあるから、たべるとゆっくりできなくなるのよ……」
「ベニテングタケは塩漬けにしたり、茹でて熱を通したりすれば毒抜き出来るんじゃ。食べ過ぎると危険なのは変わらんがな」
「…………ぱちぇはごほんがよめるのよ…………ひらがなもかたかなもだいじょうぶなのよ……………」
「ふむ、ならここに丁度徒然草の訳本と、マルクスの資本論の原書があるでな。読めるんなら貸すが?」
自信満々でひけらかした知識は、あっさりと塗り替えられた。
ぱちゅりーは何度も何度も老人に挑戦したが、その度に返り討ちにされ、新しい知識を上書きされていく。
老人の圧倒的な知識は、ぱちゅりーの底の浅いそれとは比べ物にすらならない。
勝負になる訳が無かった。
結局、ぱちゅりーが無駄な挑戦を諦めたのは半月も経ってからであった。
「…………むきゅうぅうぅぅぅぅ、ぱちぇのまけだわ…………きょうからおじいさんがもりのけんじゃよ………」
悔し涙を流しながらそう告げるぱちゅりーに、老人は「それは違うぞ」と告げた。
「確かに儂は学者じゃったからな、他の人間よりは物事を知っとる。
しかしじゃな、それだけでは賢者などとは言えないんじゃよ。本当の賢者とは、たった一つの事を知っておる人の事なのじゃ。
『無知の知』、すなわち自分が何も知らない事を知っている人こそ、賢者と讃えられるんじゃ」
老人の言葉に驚愕するぱちゅりー。
「む゛ぎゅ゛う゛ぅ゛ぅ゛う゛ぅ゛ぅ゛っ゛!?!?なにそれぇぇぇぇぇえぇぇぇぇっ!?どおしてそんなのが『けんじゃ』なのぉぉおぉぉぉっ!?!?」
混乱し、取り乱すぱちゅりーを宥めながら、老人は彼女に答えた。
「簡単じゃよ。自分が何を知らないのかを知らなければ、新しい事を知る事が出来んからじゃ」
その言葉は、ぱちゅりーの増長した自尊心を木っ端微塵に打ち砕いた。
その日から、ぱちゅりーの態度は一変した。
「おじいさん!ぱちぇにおべんきょうをおしえてください!」
そう言って頭だけで器用に土下座するぱちゅりーの願いを、老人は快く聞き入れた。
「よいじゃろう。ならば今日から儂のことを先生と呼びなさい」
その日から二人の関係は、飼い主とペットから教師と生徒に変化した。
自分の無知を自覚したぱちゅりーは老人の授業に真剣に臨み、それに応えて老人もだんだん熱が入ってくる。
人間の政治形態や経済の仕組みなどの社会学、薬草の効能や毒の見分け方などの薬理学、四則計算を始めとする基本数学……。
ゆっくりであるぱちゅりーに役立つであろう知識を中心に、人間社会の歴史やルール、自然科学や生物の生態系を教え込んで行く。
ブリーダーの元で学んでいた時以上の熱意で、ぱちゅりーも必死に勉強するもののそこはゆっくりの宿命、文字通り『ゆっくり』としか理解できない。
出来の悪い生徒ではあったが、老人は決して見捨てなかった。
「ゆっくりとでいいんじゃよ。少しずつ覚えていって、決して忘れなければ、何時かは理解できるものじゃ」
己の物覚えの悪さに自己嫌悪し、落ち込むぱちゅりーを老人はそう励ます。
ゆっくりはあらゆる本能や欲求の最上に『ゆっくりする』事を置く。
その為、ゆっくりは楽な道を選ぶようになり、怠惰に流されてゲス化することが多いのだ。
どんなに有能なゆっくりでも、ゆっくりしようとする種としての本能からは逃れられない。
それはこのぱちゅりーも同様であった。事実、何回諦めようと思ったか数えきれない。
しかし、落ち込んで諦めようとする度に老人の激励がぱちゅりーを奮い立たせた。
それを繰り返して行く内に、ぱちゅりーは非常に希少な『努力するゆっくり』になれたのだ。
老人にとってもこのぱちゅりーと過ごす時間は楽しいものだった。
教鞭をとっていた頃の情熱が甦るようであったし、新しい知識を得て喜ぶぱちゅりーの姿を見る度に幸せな気持ちになれた。
老人とぱちゅりーはお互い幸せに暮らしていられたのだ。
小春日和の日差しは暖かく、傾いだ庵を明るく照らす。
老人と二人、日向ぼっこに興じるぱちゅりーだが、その胸中はあまり穏やかではなかった。
最近、老人の体調が悪い。
今日は落ち着いているようだが、冬が近付くにつれ、寝込む日が多くなった気がする。
老人に養生するように言っても「大丈夫じゃから、心配いらんよ」と力無く微笑むのみ。
ぱちゅりーには人間の医術は高度すぎて理解しきれなかった為、精々野山に生えている薬草を集めてくるぐらいしか出来なかった。
老人は己の死期が近付いている事に気付いていた。
元々学問の第一線を退いたのも大病を患った為で、判明した時にはもう医者にさえ手に負えない状態であった。
入院をしきりに勧めてくる医者や同僚に「もう疲れた」と語り、野山に骨を埋めるつもりで隠居を開始したが、
やはり寂しさには勝てず、教え子の進めるままにぱちゅりーを引き取って育てたのである。
(儂が死んだら、ぱちゅりーが悲しむのかのぅ。それが嫌じゃから引きこもったと言うのに……やれやれ、人間とは身勝手なものじゃ)
気ままに生きた自分の為に、誰かが嘆き悲しむ姿は見たくなかった。
学問に身を捧げたのも、孤独に死んで行くのも自分が選んだ結果である。後悔はない。
しかし、この期に及んで出来てしまった生涯最後の生徒の行く末だけは、どうにも心残りであった。
老人が居なくとも一人で生きて行けるような知識は教えた。人間の恐ろしさ、自然の怖さは充分に伝えてある。
様子を見に来たブリーダーすら「こんなぱちゅりーは見たことありません!」と驚く程品行方正に育ったぱちゅりーなら、
新しい飼い主を見つけることも容易であろう。
出来ることなら自分のように生涯打ち込めるものに出会って欲しい、それだけが今の老人の願いであった。
そしてその願いは、最悪の形で実現することになる。
冬に入り、雪に閉ざされることが多くなった庵の中で、老人は遂に床から出ることが出来なくなった。
酷く咳き込み、時には吐き戻すことすらあるようになった老人を、ぱちゅりーは必死になって世話をする。
しかし如何に知識が豊富と言えど、所詮ゆっくりの身では出来ることなどたかが知れている。
徐々に衰弱して行く老人の姿をただ見守るしか出来ないぱちゅりーの焦燥は日に日に募っていった。
とうとう薬も底を尽き、老人の病状が悪化するのを目の当たりにしたぱちゅりーは決意した。
「先生、ぱちぇはお外でお薬を探してくるわ。咳止めのお薬でいいのよね?」
「馬鹿を言うな。お外は雪が降っておるんじゃぞ、危険に過ぎるわい」
「雪さんは藁の外套で防げるわ。それより、このままでは先生の方が危ないもの。
大丈夫、お薬の場所は知っているから、無茶なんてしないわ」
そう言い残し、藁を編んで作った防寒着を纏い、ぱちゅりーは薬草の群生地へ向けて出発した。
咳に効く薬草なら知っている。秋の半ば頃に見つけておいたものだ。
今は冬だが、あれだけの群生地ならばまだ使えるものが残っている筈。
距離はそう大したものではない。今日中には帰れるだろう。
そんなことを思いながらぱちゅりーは目的地にたどり着き、驚愕した。
そこには、何もなかった。
木々の合間に開けた平地いっぱいに群生していた筈の薬草が、何も残さずに消えていた。
「何で!?何で無くなってるの!?ここにお薬があったはずなのに!?」
半狂乱になりながら、ぱちゅりーは平地を駆けずり回り、薬草を探しまわる。
人間の仕業ではない。
此処のことは里の人間も知らない筈。知っていたとしても根こそぎ刈り取ろうとはすまい。
動物達の仕業でもない。
この草は薬草の名に反して苦みも少なく、薬臭さも無いので動物も食することがあるが、野原には足跡一つ見つからない。
これだけの量を食い尽くすなら、それなりの数で当たらねばならない。そんな跡は何処にも見当たらなかった。
「お薬は!?お薬はどこなの!?あれが無いと、先生が……!!薬草さん、出てきて!!お願い!!」
ぱちゅりーは夜になっても捜索を続けた。
夜が明け、太陽が真上に昇る頃になっても、ぱちゅりーは薬草を探すのを止めなかった。
「むきゅ……むきゅ…………薬草さん……どこなの…………」
鬼気迫る表情で一人呟きながら這いずり回るぱちゅりーの目に、木の枝や枯れ草で偽装された穴が飛び込んで来たのはそんな時であった。
それが野生のゆっくりが造るおうちであることを知っていたぱちゅりーは、藁をも掴む思いでそこに飛び込んだ。
「誰か!誰かいたらお返事して!!お願い!!」
必死なぱちゅりーの呼び掛けに、巣穴を塞いでいた枝が動き、中からまりさが顔を覗かせた。
「……ゆっ!ぱちゅりー!たいへん、すぐなかにいれてあげるね!」
おそらくかなり善良な個体なのだろう、疑いなく巣へぱちゅりーを招き入れる。
巣の中はそこそこ広く、奥に番であろうれいむと、赤れいむ二人が固まってぱちゅりーを警戒していた。
「……まりさ、なんでぱちゅりーをおうちにいれたの?」
「ゆっ!だって、こまっていたんだよ?だったらたすけてあげないとだめなんだよ!」
「なにいってるの!あかちゃんがいるんだよ!?ぱちゅりーのぶんのごはんなんてないんだよ!?」
「だからあかちゃんははるまでまとうっていったのに……」
「なんてこというのぉぉぉぉ!あかちゃんはゆっくりできるんだよ!はやくあかちゃんがみたいねっていったの、まりさでしょおぉぉぉぉぉ!」
「ゆぅ………」
どうやられいむが実権を握っている家庭らしい。これ以上家庭不和を引き起こす気のなかったぱちゅりーは早速本題に入る。
「むきゅう!ご免なさい、れいむ。ぱちぇはそこの原っぱに生えていた草さんを探していたの。
れいむ達は何か知らないかしら?それだけ教えてくれたらすぐ出て行くわ」
「ゆっ?あのはらっぱのくささんならみんなでたべちゃったよ?」
その答えを聞いた瞬間、ぱちゅりーの時が止まった。
「…………むきゅっ!?」
「ふゆさんがくるまえに、むれのみんなでむーしゃ!むーしゃ!したんだよ。
ぜんぜんたりないし、おいしくなかったけど、みんながまんしてたべたんだよ」
何を言っているのだこいつは。
あの薬草は野原一面を覆うような勢いで生えていた筈だ。
それを食い尽くした?
どれだけの数で食べればそうなるのだ。
美味しくない?
当たり前だ。あれは薬草なのだから、常食には適する筈が無い。
それを食べ尽くしておいて、ぱちゅりーの先生を助ける筈のお薬を奪っておいて。
「あんなまずいくささんをさがしているなんて、ぱちゅりーはゆっくりできないゆっくりなんだね!ゆぷぷ……」
何を馬鹿面晒して大笑いしているんだ、この糞饅頭は!!
「何言ってるのぉぉぉっ!!あれはお薬なのよ!!お薬を食べ尽くすなんて、何考えてるのぉぉぉぉっ!!」
「「「「ゆ゛っ゛!?!?」」」」
突然猛烈に怒り出したぱちゅりーに、れいむはおろか一家全員が硬直する。
「ぱちぇにはあれが必要なのよ!!雪さんがゆっくりしてない中、一生懸命探していたのに!!
何が可笑しいのよ!何で笑うのよぉおおお゛お゛お゛お゛お゛っ゛!!」
鬼気迫る勢いでれいむに迫るぱちゅりー。その姿を見た赤れいむがそろってしーしーを漏らす。
「……おきゃあしゃん……きょわいよぅ………」
「……ゆっ!!そんなことれいむはしらないよ!!それよりさっさとでていってね!!」
赤ちゃんの声に励まされたのだろう、精一杯ぷくーっ!して虚勢を張りながら、れいむはぱちゅりーを追い出そうとする。
「何ですってぇぇぇぇえ!!」
「まって、ぱちゅりー!あのくささんならすこしだけどとってあるよ!これがいるんだよね?」
さらに詰め寄ろうとするぱちゅりーを、まりさが引き止める。
その口に銜えていたのは間違いなくあの薬草だった。
「まりさ!なにいってるの!それはあかちゃんとれいむのごはんでしょおおぉぉぉおおお!!」
「だまって、れいむ!……おくすりをたべちゃったのはあやまるよ。これだけしかないけれど、ゆるしてね」
そう言ってぱちゅりーの目の前に薬草を置く。正直足りないが、これがここにある分だと言うなら仕方が無い。
「……解ったわ。ご飯を分けてもらってご免なさいね」
「しょうがないよ。おびょうき、はやくなおるといいね」
「とっととでていってね!このやくびょうがみ!!」
申し訳なさそうなまりさと、いかにも迷惑そうな面で追い出しに掛かるれいむ。
対照的な二つの視線に見送られ、ぱちゅりーは家路を急いだ。
(先生、待っててね!すぐ戻るから!!)
「ゆっくりただいま!先生、お薬持って来たわ!!」
雪を振り落とすのすら惜しむように、老人の部屋へ飛び込んだぱちゅりーが見たものは、
枕元を吐血で真っ赤に染めた老人の姿であった。
「先生ぇぇぇえええええ!?大丈夫!?しっかりしてぇぇぇえええ!!」
慌てて駆け寄るぱちゅりーに気付いたのか、老人は薄く目を開ける。
「……おぉ…………ぱちゅりーか……よかった、無事じゃったんじゃな…………」
「先生!待っててね、今お医者さんを呼んでくるわ!」
「待つんじゃ……もう…………間に合わんよ……それよりも……」
そう言って踵を返そうとするぱちゅりーを呼び止め、老人は血塗れの顔に薄い微笑みを浮かべながら掠れ掠れの言葉を綴る。
「……のぉ……ぱちゅりー………お前には感謝しておるんじゃよ……………生涯を……学問に捧げたこの儂が………
初めて……家庭を、……家族を得られたんじゃ…………本当に……楽しかった…………。
出来ることなら……お前の子供に……授業したかったがの…………それは流石に…………高望みか……。
お前には……出来る限りのことを教えた…………儂がおらんでも…………大丈夫じゃ…………」
「……そんなこと、そんなこと言わないで先生!ぱちぇは…………もっと教わりたいのよ………先生と一緒に居たいのよ!」
泣きながら縋り付くぱちゅりーの姿に、老人は少しだけ困ったような表情を浮かべて言葉を続ける。
「……何……人間五十年からすれば……儂は充分に生きた………満ち足りた、良い人生じゃった…………。
………ぱちゅりー…………お前も…………そんな………ゆん生を………送れると……良い…………な……………」
「……先生?先生!?せんせぇえええええええいいいいいいいいいいいいっ!!!」
その夜、庵から号泣の声が絶えることは無かった。
……この度は、故人の会葬に参列いただきありがとうございます。
……はい、ご香典はこちらです。ご記帳はこちらに………
……ふぅ。
……おや、あれは……
……やっぱり。ゆっくりのブリーダーやってる目出さんじゃないですか。
なんで目出さんが先生のお葬式に?
……へぇ。先生がゆっくりを……
……いえ、先生にゆっくりを勧めたのは俺なんですよ。
先生も昔気質な所ありましたし、「教え子の世話になんかなれるか!」って感じでこんな所に引っ越しちゃって……
ええ、このままじゃ先生があんまり寂しすぎるだろってんで、ゆっくりだったら賑やかで良いだろうと思いましてね。
……そうですか。そんなに仲が良かったんですか。
それはそれは……、先生にはご家族もいらっしゃいませんし、丁度お子さんかお孫さんみたいな感じだったんですかね。
……先生と生徒?
そりゃまた先生らしいや。最後まで学問に生きたんですね……。
……うん?でもゆっくりなんて見掛けませんでしたよ?
……だから探しに来た?先生に万一のことがあったらよろしくって頼まれてた、と。
それで、どんなゆっくりなんです?
……ぱちゅりー?あの紫色の髪の毛の?
でもあれって確か結構稀少だって聞きますけど……。
……ほう、目出さんが初めて育てたぱちゅりーだったんですか。
ふぅん、体が弱い種だから大人になる個体が少ないだけで、稀少種ではないんですか。
成る程、解りました。見掛けたら目出さんとこに連れて行きますよ。
……でも、所詮ゆっくりなんですね。飼い主が居なくなったら逃げ出すなんて……
……わ、解りました、すいません、謝ります。この通り。
はい、見つけ次第連絡しますよ。それじゃあ……
……ううむ。目出さんもいい人なんだけど、ゆっくりが絡むと怖いからな……
でも、そんなに優秀で義理堅い奴が行方をくらますなんて、何事だ?
案外、先生の敵でも探しに行ったのかな?……なんて訳無いか。
……さて、そろそろ出棺か。
先生にはお世話になったからなぁ。最後まで見届けないと……
冬の曇天の下を進む葬列を、遠くはなれた草むらから見送る影があった。
ぱちゅりーである。
「先生……向こうでもずっとゆっくりしててね……」
ぱちゅりーは老人以外に飼われるつもりなぞ一切無かった。
老人の最後の生徒として、一生を懸けるに足る目標を見つけ、一人で生きるつもりで居た。
人間の怖さは充分理解している。飼い主の居ない野良ゆっくりが辿る未来など簡単に予測がついてしまう。
幸い、野山に生える草花の見分け方や、餌となる虫の捕まえ方は熟知している。
不安も残るが、生きて行くだけの自信はあった。
「まずはお家を造らないとね……木さんや洞穴さんは誰かが使ってるでしょうし、今から地面さんを掘り返すのはさすがに……
そうね、草さんと枝さんがあるならこれでお家を造っちゃいましょう。雪さんが積もらなさそうな所を探して……」
ぱちゅりーにとっても一人での越冬は初めての経験だ。
あまつさえ季節は冬の半ば。通常なら自殺行為であろう無謀な挑戦だが、彼女には勝算が見えていた。
(ご飯が必要なのは冬の間起きているからよ。熊さんみたいに冬眠すれば必要最小限で済むわ)
勿論食いだめなぞできないゆっくりでは難しかろうが、一日の大部分を寝て過ごし、目覚めた時に食事をすれば体力と食糧の消耗は防げるだろう。
あのまりさに貰った薬草はそのまま持って来た。風邪くらいならすぐ治せる筈だ。
洞窟や木のうろを使った巣とは違い、草や木の枝で組んだ家は頑丈とは言えないが、その分造ったり壊したりが容易になる。
問題が起こったらさっさと引っ越せば済むのだ。
普通のゆっくりでは難しかろうが、老人に教育されたぱちゅりーなら問題の兆候を察知し、被害が及ぶ前に実行出来る。
こんな形で老人の教育が生かされるのを複雑に思いながら、ぱちゅりーは初めての越冬に望んだ。
山の裾野に広がる森の中心、ぽっかり開いた場所にある小高い丘。
春の日差しが降り注ぐ丘の天辺に、奇妙なものが建っていた。
遠目から見るととんがり帽子のようなシルエットに見えるそれは、木の枝を組み合わせて周りを枯れ草で葺いたもの。
ぱちゅりーの造った巣であった。
数回の引っ越しの後、偶然見つけた日当りの良い好物件に、ここを永住の地に定めたのである。
「……ゆっ!お日様がぽかぽかしてるわ。春になったのね」
初めての越冬を成功させたぱちゅりーは、早速自分のゆっくりプレイスを見回ってみる。
ご飯やお薬になる草の生える位置、危険な生物が侵入しそうな場所、水源やおトイレになりそうな小川の探索……。
冬の間纏めておいた『最低限必要なもの』を確認して行く。
不意に下生えの薮が音を立てた。
ぱちゅりーは慌てて身を隠す。
猪や熊であったら勝ち目は無い。蛇もあれでなかなか素早いので、運動の不得意なぱちゅりーでは逃げ切ることが出来ない。
故に身を隠す事を選択したのだが、それは杞憂に終わった。
「ゆっ!いいおてんきだね、おちびちゃん!」
「「ゆ~っ!」」
薮を掻き分け現れたのは、ゆっくりれいむとその子供らしき子れいむ二匹。
どうやら冬籠りから解放されて、この丘にお散歩に来たらしい。
熊や猪でなかった事に安堵し、ご挨拶をしようと近付いたぱちゅりーは、それがいつかのれいむである事に気付いた。
「ここはぱちぇのゆっくりプレイスよ!れいむ、ゆっくりしていってね!」
「ゆっ!ここはとてもゆっくりできるゆっくりプレイスだね!ここをれいむのおうちにしてあげるよ!」
……今、こいつはなんて言った?
「ゆっ!ここはぱちぇが見つけたゆっくりプレイスよ!れいむのおうちじゃないわ!」
「ゆゆっ!れいむはしんぐるまざーなんだよ!かわいそうなんだよ!ゆっくりさせてくれないぱちゅりーはさっさとでていってね!」
「そーだそーだ!」
「さっさときえろ、くず!あとあまあまちょうだいね!」
……片親だと?
「……ねえ、れいむ。貴女、確かまりさと一緒に居たわよね?」
「ゆ~ん!れいむたちをゆっくりさせないげすまりさなら、れいむたちのごはんになっちゃったよ!」
「むのうなおやはゆっくりしんだよ!」
「かわいいれいむたちをゆっくりさせないなんて、ばかなの?しぬの?」
……何だこいつらは。
……こんなのが野生のゆっくりなのか。
……先生をゆっくりさせなくしておいて、薬草を譲ってくれた優しいまりさを殺しておいて。
「ここはもうれいむたちのゆっくりプレイスだよ!ぱちゅりーははやくしんでね!」
「「しんでね!!」」
……こんなのが、自分の同類だと言うのか!!
「なにだまってるの!さっさとでていかないとおこるよ!ぷくーっ「うるさい」ゆ゛っ゛!?」
れいむには、何が起こったのか理解できなかった。
ぱちゅりーが一瞬だけぷくーっ!したかと思ったら、何かがれいむのお目目を直撃したのだ。
その正体は鋭く尖った小石。
ぱちゅりーが獣達に出会った時、相手を怯ませて身を隠す為に常に口に含んでいたものだった。
「ゆ゛ぎゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!い゛じゃ゛い゛!い゛じゃ゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!」
「「ゆ゛あ゛あ゛!お゛ぎゃ゛ーじゃ゛ん゛の゛お゛べべぎゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」」
片目を失い、痛みに七転八倒するれいむと、それを見て恐慌状態に陥る子れいむ達。
そのゆっくりできない姿を尻目に、ぱちゅりーはもう一つの武器を取り出した。
「どぼじでごん゛な゛ごどずる゛の゛お゛お゛お゛お゛お゛!!でい゛ぶな゛ん゛に゛も゛じでな゛い゛の゛に゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!」
「……その厚顔無恥だけで充分よ、貴女が死ぬ理由は」
「ゆ゛びぃ゛っ゛!?!?」
「「お゛ぎゃ゛あ゛じゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ん゛っ゛!!」」
聞くに堪えない薄汚い悲鳴をあげていたれいむのお口に何かが突き刺さる。
ぱちゅりーがZUN帽から取り出したのは太い木の枝の先に、平たく割れた黒曜石を取り付けたもの。
簡単な出来ではあるが、ゆっくりの身では人間の使う高度な道具など文字通り手も足も出ない。
それでも、身を守るため必死になって作り出した正真正銘の武器である。
原始的な造りであっても、所詮ゆっくりでしかないれいむには充分すぎる凶器であった。
最早断末魔の痙攣を繰り返すのみとなった母の姿に、しーしーを漏らしながら怯える子れいむ達へ視線を移し、
ぱちゅりーはゆっくりとにじり寄って行く。
「……またお漏らし?貴女達って赤ちゃんの頃から変わってないのね」
「ゆ゛びぇ゛ぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!ごめ゛ん゛な゛じゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い゛!!」
「ごろ゛じゃ゛な゛い゛でえ゛え゛え゛え゛え゛!!あ゛や゛ま゛っ゛だでじょ゛お゛お゛お゛お゛!!」
泣き喚く子れいむ達に、一切の憐憫は湧かなかった。
そのままぱちゅりーは、
「恨むなら、父親に似なかった自分自身を呪うことね」
「「も゛っ゛どゆ゛っ゛ぐぶべぇ゛!!!」」
ゴミでも捨てる感覚で、子れいむ達を踏みつぶした。
丘を照らす陽光が殺人的な暑さを帯び、里の向日葵が満開に咲き乱れる夏のある日。
ぱちゅりーはゆっくり達を率いて丘に君臨していた。
あの後、ぱちゅりーは様々なゆっくり達と出会い、そして幻滅していた。
すぐ思い上がり、無茶な事をしては周りに迷惑をかけて自滅するまりさ。
一寸した事ですぐ発情し、己を押さえる事無く相手が死ぬまですっきりー!するありす。
何かと言うとすぐ居もしないらんを頼ろうとするちぇん。
道具を使うだけの頭を持ちながら、それを暴力にしか生かさないみょん。
そしてあの親子のように子供をダシにして自分だけゆっくりしようとするれいむに、
幼い頃の自分を思わせるプライドだけは高い癖に何も知らないぱちゅりー。
中には優秀で思いやりのある優しいゆっくりもいるのだが、いずれもゲスなゆっくりにゆっくり出来なくされてしまった。
(……ゆっくりがゲスになるのは、もう種としての本能ね。自分のゆっくりを最上に置くから、自分本位なゲスになる。
……ぱちぇも先生に飼われなかったら、こいつらみたいになっていたのかしら?)
ぱちゅりーは自分も含めたゆっくりと言う種を嫌っていた。
ゲスに堕ちるのが宿命と言わさんばかりの自分達のあり方を心の底から憎むようになり、
やがてぱちゅりーの心中に、ある決意が芽生えていた。
(そうね、こんな生き物は滅ぼすべきだわ。一匹残らず殲滅するべきよ!)
その思いを自覚した時、ぱちゅりーはそれを生涯の目的に掲げた。
飼い主であった老人の願った通り、生涯を捧げる目標を得たのである。
……老人の願ったものとは全く違う、ドス黒い餡子に塗れた道に。
だが一匹一匹殺してまわったのでは到底目標を達成できない。
それではぱちゅりーが死ぬまでに幾ら殺したとて、全滅にはほど遠い。
しかしぱちゅりーはそこで発想を変えた。
自分が死んだら根絶できないのなら、自分が死んでも絶滅へ向かうよう、ゆっくり達を教育すれば良いのだ、と。
ぱちゅりーは手始めに医者を開業する事にした。
ゆっくり達は弱い。一寸した事で傷ついてしまうが、逆に言えば一寸した傷でも死なない程度には丈夫なのだ。
だから即死でもない限り、ゆっくり達に医者の需要は多いのである。
老人から伝授された薬草の効能を元に、薬理生理学観点から診断された症状に適したお薬を処方する。
それは元々適当な生態を持つゆっくりには劇的な効果があった。
やがて「おかのおいしゃさん」の名声が高まるにつれ、ぱちゅりーを長に頂きたがるゆっくりが現れた。
それは「おかのおいしゃさん」におんぶに抱っこしてもらい、楽に生きようとする怠惰なゆっくりの習性であったが、
むしろそれを待っていたぱちゅりーは長になる事を了承。
自分の根城である丘に招き入れ、群れの創設を宣言した。
そこからはまさに日進月歩の勢いであった。
まず、巣の作り方を変えさせる事から変革は始められた。
巣をお互い見える位置に作り、他の巣に異常が発生したらすぐに気が付くようにする。
たったそれだけなのだが、それすらもゆっくり達の餡子脳には理解しづらかったらしい。
梅雨の長雨で全滅した巣がいくつも出て来たことで、ようやく長の言いたかった事を理解した群れは長の先見の明を讃えた。
次に狩りの役目を分担させることにした。
割と頑丈な上にお帽子を使う事で大量の輸送が可能なまりさに遠くの草や木の実を、素早い動きが得意なちぇんに小型の虫を集めさせ、
大型の虫に武器を使うみょんを充てて、特に秀でるもののないれいむとありすには近くの草を集めさせるよう振り分け、それぞれにノルマを与える。
狩った獲物は一度集めてから働きに応じて配分する。ノルマを果たせなかったゆっくりには何も与えない。
勿論独り占めしようとするものも現れたが、それぞれを班に分けて班ごとの行動を義務づける事でそれを防ぐ。
それでも獲物をちょろまかすものは居たが、ノルマを果たせずにちょろまかした獲物より、
ノルマを果たして分配される獲物の方が遥かに量も種類も豊富な事に気付くと、不逞の輩は自然消滅して行った。
続いてゆっくり口統制に挑んだ。
この辺りは食糧が豊富であるが、それでも消費すればいつかは尽きる。
森の生態系にダメージを与えない程度に留めておくには、ゆっくりの数を増やさない事が第一なのだ。
しかしこれは難航した。
何しろゆっくりにとって『あかちゃんはゆっくりできる』が不文律である。
いきなり『あかちゃんをつくるな!』と命令しても受け入れる訳が無い。
そこでぱちゅりーは『がっこう』を開く事にした。
子供達に教育を施し、ゆっくり口統制の有用性を理解させようとしたのである。
だがそれは逆にゆっくり口爆発を生んでしまった。
子供達が学校に行っている間、手の開いた親達がすっきりー!してしまい、子供を量産し始めたのだ。
親達に言わせれば『あかちゃんがいなくなってさみしくなったから、あかちゃんをつくったんだよ!』だそうであるが、
この理由には流石にぱちゅりーも呆れるしか無かった。
そこで手のかかる赤ちゃんのうちは親の手元に置き、ある程度したら『がっこう』へ入学させる制度に切り替えてみた。
その効果は抜群であった。
子供達が『がっこう』に通っているだけで、子供が居なくなった訳ではない事を忘れてすっきりー!した家庭は目に見えて衰弱した。
当たり前と言えば当たり前である。
別に家族が減った訳じゃないのに子供を作れば、当然食い扶持は増える。
子供が幾ら居ようと、狩りの獲物は働きに応じて配られるから変わる事は無い。
むしろ赤ちゃんの世話で狩りに出られない家族は割当が減って行く為、無計画なすっきりー!をした家庭はどんどん貧しくなるばかり。
やがて全滅する家庭が出始めた所で、ぱちゅりーが『こうなりたく無ければ、すっきりー!は春だけにするのね!』と群れに伝えた。
実例を見せつけられれば、如何に餡子脳とて理解できる。
こうして難航したゆっくり口統制は、ゆっくり達の自爆と言う助けを借りて実現した。
最後に挑んだのは、『ゆっくり達に善悪と言う社会観念を理解させる』という難業だった。
ゆっくりの価値観はたった一つ。
『ゆっくりできるか、できないか』である。
どんなに自分に非があろうとも、それで自分がゆっくり出来るなら正しい事なのだ。
逆にそれがゆっくり出来なければ、どんなに自分に利益があろうとも悪い事になってしまう。
過去、凄腕のブリーダー達が挑んでは破れていった試みに、ぱちゅりーはあえて踏み込んだ。
まず『がっこう』に通う子供達の教育方針から見直された。
悪いゆっくりとは何か、良いゆっくりとは何か。
だが善悪を教えた所でゆっくりには理解できない。
そこで考え出されたのが、『悪いゆっくり=自分だけゆっくりするゆっくり』、
『良いゆっくり=皆で一緒にゆっくりするゆっくり』の構図である。
「皆でゆっくり出来ない子は、とても悪いゆっくりです」
「皆でゆっくりする為には、我侭を言ってはいけません」
「そんな悪いゆっくりは、お目目を抉って死んでもらいます」
「解りましたね?」
「「「「「「「「「わ゛……わ゛がり゛ま゛じだぁ゛っ゛!!」」」」」」」」」」
実際に虫さんのお目目と土団子で作られたお人形で実践してみせた『おしおき』に、
子供達はそろってしーしーを漏らしながら理解を示した。
子供達はこれで良いとして、問題は既に成体になったゆっくり達である。
子供達の親が彼女達である以上、せっかく洗脳に成功した子供達を元に戻されてしまう可能性は高い。
そこで考えついたのは『見せしめ』である。
まずは群れの掟を制定し、公布した。
一つ、ゆっくりはゆっくりをころしてはならない。
一つ、ゆっくりをゆっくりさせなかったゆっくりはおめめをえぐってついほうする。
一つ、かってにかりをしたゆっくりはおかざりをぼっしゅうする。
一つ、いくじほうきしたゆっくりはまむまむをつぶす。
一つ、たにんのおうちでおうちせんげんしたゆっくりはいっしょううんうんがかりにする。
(補足……うんうん係とは、おトイレになっている場所でうんうんを食べて片付ける係の事)
一つ、たにんのもちものをかってにじぶんのものにするゆっくりはいちねんかんうんうんがかりにする。
一つ、がっこうにこどもをかよわせないゆっくりはさんかげつかんうんうんがかりにする。
一つ、けんかをするゆっくりにはさいばんをおこない、わるいほうをいっかげつかんうんうんがかりにする。
一つ、おといれいがいでうんうんするゆっくりはいっしゅうかんうんうんがかりにする。
一つ、はいきゅうされたごはんはどうつかってもじゆうである。
かなり厳し目の掟だが、ぱちゅりーにはこれを守れないゆっくりが出て来てくれた方が有り難かった。
そして期待通りに掟破り第一号が現れた。
あるまりさがれいむが見つけたお花を横取りしたのである。
掟に従えば裁判に懸けるのが妥当であろうが、ぱちゅりーはあえて最上級の罰を適用したのだ。
「なんでなんだぜ!まりさはなんにもわるいことしてないんだぜ!」
丘の上で取り押さえられ、身動きの取れないまりさを前に、ぱちゅりーは声高らかに罪状を告げた。
「このまりさはれいむが見つけたお花を横取りしたわ!まだれいむの持ち物になっていなかったけれど、
れいむが一生懸命見つけたお花を横取りした事で、れいむはゆっくり出来なくなった!!
したがって掟に基づき、『おめめえぐりのけい』に処する!!」
「やめるんだぜ!!まりさのおめめがなくなったら、ゆっくりできなくなるんだぜ!!」
喚くまりさに呆れた様子で、ぱちゅりーは言葉を続けた。
「もし、このまりさがお花の代わりに自分のご飯をれいむに分けてあげていれば、こんな事にはならなかったわ!
これはまりさの自業自得よ!ゆっくりできないまりさが群れに居たら、皆ゆっくり出来なくなるもの!!
皆の為にも、このまりさは処刑するべき!
今後、まりさみたいにゆっくりできないゆっくりはこうなるから、覚えておきなさい!」
「ゆ゛ぎゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!!!!」
刑は確実に執行された。
この事件におけるぱちゅりーの行動には、ある目的があった。
掟を破ったゆっくりの末路を見せつける事と、ゆっくりに物々交換の概念を理解させる事である。
掟の最後の一文はその為の物。そしてまりさが物々交換を実行していれば助かったであろう事を匂わせて、一気に理解させたのである。
ゆっくり達はこぞって掟を理解しようとした。
学校で掟を教わった子供達が理解している事を知ると、子供達に自分の行動をチェックさせて掟破りをしてるかどうか確認する。
まりさの尊い犠牲を経て、群れは急速に文明開化を進めて行ったのである。
こうして様々な事をゆっくり達に教え込んだぱちゅりー。
だが、彼女はたった一つだけ、群れに教えなかった事があった。
それは人間の事。
人間の恐ろしさも、その強さも、その賢さも。
お野菜を育てる畑の事さえ、ぱちゅりーは一切教えなかった。
ぱちゅりーは番を迎える事はなかった。
しかし群れの後継者を育てる必要性を感じていたある日、あるぱちゅりーが急逝した。
死因はにんっしんっであった。
病弱を押して胎生出産を断行し、母子共々危険な状態に陥った為に帝王切開に踏み切ったのだが、それに母体が耐えきれなかったのだ。
子供のぱちゅりーは無事だったが、父親のまりさ一人では生まれたての赤ちゃんを育てる余裕なぞない。
困り果てた所へ、長ぱちゅりーがこう言い出した。
「ぱちぇが引き取るわ。この子に帝王教育を施して、次の長に育てましょう」
この申し出にまりさは喜んで我が子を差し出した。
既に長ぱちゅりーへの信頼は盲信に変わりつつある。
長の言う事に従ってさえ居れば、ゆっくり出来るのだ。その長を疑う真似が出来る筈がない。
ましてやこの偉大な長の後継者になれるのだ。ならばその親である自分はもっとゆっくり出来るだろう。
親子の愛情よりもゆっくりらしい打算が勝り、生まれたての赤ぱちゅりーは長の養子になった。
後にこのまりさは他のゆっくりと諍いを起こし、『おめめえぐりのけい』を受けて追放される憂き目に遭うが、それは蛇足であろう。
とにかく、問題だった後継者を得た事で、群れのゆっくり達は「これでひとあんしんだね」と肩を撫で下ろした。
その、真の目的に気付く事無く。
長の養子となったぱちゅりーには、その日から厳しい教育が待ち受けていた。
群れの掟と制定の理由、群れのゆっくり口を把握する為の三桁以上の計算、平仮名と片仮名の習得……。
遊びたい盛りの赤ゆっくりの内から猛烈な教育を施され、養子ぱちゅりーは次世代に相応しい教養を身に着けて行った。
だがそこは子供、稀に我侭も言い出すのだが、その度に
「ぱちぇの跡継ぎになれなくても良いのね?そんな悪い子はぱちぇの子供じゃないもの。だったら早くおうちから出て行きなさい」
と脅され、おとなしく従う他なかった。
やがて養子ぱちゅりーも成ゆん式を迎え、立派に大人になったのを確かめると、長ぱちゅりーは群れに宣言した。
「ぱちぇは長を引退するわ!今日からこの子が長よ!」
晴れて後継者となった養子ぱちゅりーは、親の偉業を超えようと努力した。
裁判に証人制度を取り入れて確実性と正当性を強化し、狩りの編成を種族毎ではなく個人の能力別にしたり、
『がっこう』を偶然見つけた洞穴に移し、教師役を長から群れのぱちゅりー達に移して雇用を拡大したり。
群れに若干残っていた問題点を見事に修正してみせた。
それが先代の長がわざと残した物である事に気付けないままに。
そして時は流れ、ぱちゅりーは野生のゆっくりではごく稀な寿命で死ねるゆっくりになった。
死の寸前、己の死を嘆き悲しむ群れを背にした愛娘の表情を見て、ぱちゅりーは計画の成功を確信した。
そこに浮かんでいたのは偉大な親の死への哀惜ではなく、ゆっくりさせなかった親への憎悪。
そうなるように仕向けたぱちゅりーの思い通りの表情であった。
我が子には出来る限りを仕込んだが、たった一つだけ、伝えていない事がある。
自分を変えた老人の一言、『無知の知』を。
偉大な長の後継者と言うプライドに凝り固まった養子ぱちゅりーには、どうやっても親の偉業は超えられない。
自分が何を知らないのかを知らない以上、新しい事を知る事は出来ないのだから。
この群れは将来崩壊するだろう。
人間によってか、自然の脅威によってか、はたまた自滅によるものかは知らないが、必ず崩壊する。
そして彼女達が新たな災厄の種となり、他の群れに伝播するだろう。
それを繰り返す事で、ゆっくりと言う種はこの世からゆっくりと消滅して行くのだ。
それは十年後かも知れない、百年後かも知れない、もしかしたら千年以上未来の事かも知れない。
しかし遠い未来において、ゆっくりと言う種が根絶されるのは確定したのだ。
死に行くぱちゅりーの口元に笑みが浮かぶ。
己の一生を費やした復讐の完成を祝って、自分と老人の幸せを壊したゆっくりへの仕返しが成功した事を祝って。
(……先生…………仇は……討ちました…………)
目の前が段々昏くなって行く。
光を失うその一瞬、ぱちゅりーは自分を撫でる優しい手を確かに感じていた。
ぱちゅりーの死に顔はとても穏やかであった。
こんなにゆっくりしたゆっくりはそうはいない、群れはそう讃え、その死を惜しんだ。
その死に顔の裏に、限りない同族への憎しみが渦巻いていたことを知らないままに。
……悪意の種が深く静かに根付いたことを知らないままに。
※まだ終わりじゃないんじゃよ。もうちょっとだけ続くんじゃ。
と、言う訳で外伝その一。
先々代はこんな事考えてました、と言うお話。
前作の感想でここら辺の設定を指摘されたときはちょっぴり焦ったのは内緒。
今の所このシリーズは本編二話と外伝一話で完結予定です。
最も遅筆な上、今後はお休みが取り難くなるのでかなり不定期になると思いますが、
出来ましたなら最後までお付き合いしてくださると嬉しいです。