ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko2456 あちらがわ
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『あちらがわ』 29KB
野良ゆ 希少種 都会 現代 愛護人間 虐待人間 人間注意 悪人注意 非実在の王国で2 黒二行作
非実在の王国として知られる地における、脆弱なるものたちの物語、
排斥党・愛護党間の抗争に起因するHPT事件の嵐の物語
この連作は双葉県磯賀市で起こったある事件と、それに至るまでの経緯について綴るものである。
登場する人物やゆっくり達は、いずれも不幸になるとは限らないし、幸福になるとも限らない。
第一話 「むこうがわ」(anko2077 便宜上第一話とする)
第二話 「あちらがわ」
桜のような色だと、ゆうかにゃんは思った。しかしすぐに、まるで造花のようだと思い直す。
磯賀市第2公園の入り口で、桃色のスーツを着た女が、ゆっくりに何やら話かけていた。
婦人は若くはない。厚化粧の割に50へ手が届きそうに見える。
その側のゆっくりはゆっくりしていない。野良丸出しの汚い肌と険しい表情で話を見上げている。
ゆうかにゃんは日陰にあるブロック柵に座りながら、遠くの会話を眺めていた。
麦わら帽子から突き出た耳が、引きずるような音が近づいてくるのを捕捉する。
引きずられているのは新聞紙で、それを手にしているのはみずぼらしい中年の男だった。
よお、と声をかけながら、野良ゆうかにゃんの隣に腰掛け、新聞紙を顔の前で広げた。
日付は2016年5月10日。少し古い新聞だ。
「自殺者5万人ペースに、だとよ。人間様もゆっくりしてねえなあ」
「ヌシ、あの人は誰にゃん?」
「あのスーツ着たババアか。ありゃ、セーブ・ゆー・ジャパンの代表だ」
「セーブ・ゆー?」
「最近できた愛護団体さ。ジャパンと付いてるが、磯賀市だけの組織だとよ」
ヌシと呼ばれた者は、ぎゃっぎゃっぎゃっと声を上げた。悶えているわけではない、これが彼の笑い声である。
彼の衣服は茶色く汚れていて、皮膚も髪の毛も、全体がどことなく土の色をしていた。
「あいつら、何の話をしてるのかにゃん?」
「大方の察しは付くがなあ。それより、アレは持ってきたか?」
ゆうかにゃんは、黙ってビニール袋を差し出す。
汚い男がそれを受け取り、覗きこんだ。
中では一匹の子まりしゃが仰向けになっていて、生気のない瞳で虚空を眺めている。
「今日の生贄はこいつか。イキが良くねえなあ」
「両親を潰されて、自分ももうすぐずっとゆっくりするだけの、まりしゃだにゃん。
無駄に死ぬより、群れの役に立ってもらうにゃん」
「群れねえ」
手慣れた手つきで、ヌシが子ゆっくりの皮を割る。遺言一つ残さずに、まりしゃの生命も裂かれた。
でろりと垂れる中身を唇の上まで持っていき、そのまま舌目掛けて落下させる。
口の中の餡子をじっくりと咀嚼しながら、ヌシは爪先で土を掘った。
できた穴に薄汚れた皮を投げ込むと、雑に砂を被せ踏みしめる。
「ああ、甘いものはやっぱり、脳に染みるなあ」
「何が脳に染みるにゃんか、ろくすっぽ働きもしないくせに」
「そういうな、にゃんこ。俺がここにデンと住んでるから、ここの野良どもも暮らしていけるんだぞ。
週3つの子ゆっくりで安全を提供してるんだ。もっと敬ってもらいたいなあ」
「感謝はしてるにゃん。尊敬はできないにゃんけど」
「この前も、いかにもゆ虐にしか興味がなさそうなガキどもがウロついてたんだぞ。
まあ、目の前で胴付きを食ってみせたら、血相変えて逃げて行きやがった。
今んところ、人間を取って食う気なんてないのによお。ぎゃっぎゃっぎゃっ」
「そりゃ、誰だって逃げるにゃん」
相変わらず遠くでは、女がゆっくり相手に熱弁を振るっている。
昔から顔馴染のありすが、ちらっとこっちを見て、再び向き直った。
「あのオバサン、いいもの着てるにゃんね」
「にゃんこだって、胴付きらしい綺麗なオベベ着てるじゃねえか」
「そういうヌシは、もっとマシな恰好したいと思わないにゃんか?」
「俺は良いもの着てえとか良いもの食いてえとか、思ったことねえなあ。
だから、こんな暮らしするようになっちまったのかもな。ぎゃっぎゃっ」
「普通、ヌシぐらいの歳なら、ハニーとおうちがあるはずだにゃん。
野良ゆっくりだって、それくらい持ってるにゃん」
「お前らも難儀だよなあ、あんなナリでヒトと同じ欲が手放せないんだからなあ。
俺なんか、飼いふらんにアレを根本からもいでもらってよう、せいせいしてるんだ」
「……初耳だにゃん」
「岩塩2kgと引き換えにもがせてやったんだ。あれは儲かった。
人間もゆっくりも皆もいで貰えば、性犯罪なんてなくなるのによお。ぎゃっぎゃっぎゃっ」
ヌシはたまに、信じられないことを言う。
同時にゆうかにゃんは確信している。彼はどうしようもない部類の人間ではあるが、嘘は付かないことを。
「ヌシは、生きてて楽しいにゃん?」
「お前達はいつも辛そうだよなあ。俺はなあ、こいつらみたいに綺麗に死のうとは思わないだけよ」
汚い男がよれよれの新聞紙を取り上げる。そこには、推定5万人の自殺者が活字に変わっていた。
新聞紙を隔てたあちら側から、ありすがやってくる。
「お友達が来たようだ。俺は向こうの木陰で昼寝させてもらうよ」
来た時と同じように、色んなものを引きずりながらヌシが去る。
ほぼそれと入れ違いに、顔馴染ありすはゆうかにゃんの足元に顔を寄せた。
公園の入り口の方に目をやると、あの女はもういなくなっていた。
「ゆうかにゃん、ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりにゃん、ありす。さっきは、人間さんと何を話していたにゃんか?」
「みんなでおばさんとこに、こない? だそうよ」
「うさん臭い話にゃん」
「ありすも、そうおもうわ。でも、こんかいばかりは、そうするしかなさそうね」
ありすは美ゆっくりだ。糞れいぱー共とは違って、理知的で小奇麗。ゆうかにゃんでさえ、そう思っている。
そんな麗しい表情が今日に限って曇っていた。まるで皮の下のカスタードが黒く変色したかのように。
目の前のゆっくりだけではない。何故か公園中のゆっくり共が一様に影をまとっていることに、胴付き猫は気付く。
「どういうことにゃん」
「あした、いっせいくじょがあるそうよ」
途端に、尻から生える2本の尾が逆立った。甘くてゆっくりできない蜜が口の底から逆流しそうになる。
そして、ゆうかにゃんの皮もまた薄墨に染まった。
死刑囚が処刑を言い渡された時も、こんな感じなのだろうか。
「本当に、本当なのにゃん? あのオバサンの口から出まかせにゃかにゃんにゃんか?」
「おちついて、ゆうかにゃん。あのおばさん、……きしさんっていうんだけど。
きしさんがいうには、しぎかい、っていうところできまったそうよ。
きしさんも、しぎかいの、ぎいんさんっていうんだけど、きしさんがいないうちにきまって。
もう、どうしようもないって」
語彙に乏しいシュークリームは、まるで急勾配を上る車のように、必死で単語をひねり出している。
人間に揉まれて暮らしていたゆうかにゃんには、そんなありすの言葉が意味するものが、よく分かってしまった。
市議会発案による、一斉駆除。それが愛護派議員のいない間を狙って議決されたのだ。
つまり、何が何でも行われるということ。
「……ちょっと、ヌシのところに行ってくるにゃん」
「あまりじかんはないわ、ゆうかにゃん。あと2じかんしたら、むかえにくるそうよ」
「わかったにゃん。とにかく、皆には早まったことしないで、ゆっくりしていてって伝えて欲しいにゃん」
胴付き野良は、イチョウの木の下でイビキをかいている男の下へ走った。
ヌシは実に安らかな寝顔を晒し、木々は青々とした枝葉を風に任せていた。
何もかも、いい気なものにゃん。ゆうかにゃんは口の中で毒づきながら、木陰に入る。
そこらを放っつき歩いていたヌシが、ゆったりとした足取りで帰ってくる。
焦燥に駆られるド饅頭共とは、実に対象的であった。
男は胴付き猫を見付けると、ニヤニヤしながら近づいてくる。
「……どうだったにゃん?」
「間違いねえなあ。明日は一斉駆除だ。
あちらそちらで危ない目した連中が、『明日は駆除』『明日は駆除』ってブツブツ言い合ってるからなあ」
「ゆうかにゃん、やっぱり……」
傍らにいたありすが、吊り気味の眼で胴付きを見上げていた。
それは必死で何かを抑えようとしている目。
「ありす、やっぱり行く気にゃんか?」
「どうやっても、くじょからはにげられないわ。ありすは、あんよもはやくないし。
だから、きしさんについていくしかないの」
「いくら愛護派の人だからって、ゆっくりさせてくれるとは限らないにゃん」
「ありすも、にんげんさんがどういうものなのかは、しってるわ。
だからこれは、いちかばちかよ。いなかものなことだけど」
そう言って、久しぶりにありすが笑った。それが本当に美しいものだと、ゆうかにゃんは思う。
胴付き猫も笑った。挨拶には挨拶を、笑顔には笑顔を返そう。そんなことを昔、誓い合ったことがある。
「もし、どこかでありすをみかけて、ありすがゆっくりしてなくても。
どうか、きょうみたいに、わらってね」
「約束するにゃん。
もしゆうかにゃんがゆっくりしてなくても、その時はこうして笑って欲しいにゃん」
「ええ、ありすも、やくそく」
遠くでありすを呼ぶ声がする。
公園の入り口にミニバンが横付けされていた。
そこに乗り込んでいく野良ゆの塊が、ゆうかにゃんの友を招き続けている。
「ゆうかにゃんは、行かないにゃん」
「わかってるわ。ゆうかにゃんなら、きっと……。ぬしさん、ゆうかにゃんのこと、よろしくね」
「それはどうかなあ。ぎゃっぎゃっぎゃっ」
2匹の後にずっといたヌシだけが、いつものように気楽な笑みを浮かべていた。
胴付きの友は額を下げ、背を向ける。
そして2度と振り返ることはなかった。
饅頭を積めたミニバンが去ると、公園には胴があるゆっくりと人間だけが残った。
夕暮れ。血のような光が、みずぼらしい1人と1匹を照らしている。
「あーあ、公園からゆっくりがいなくなっちまった。これであまあまも食い収めか」
「……感傷に浸っている時に、ずいぶんな物言いだにゃん」
「お前、難しい言葉知ってるんだなあ。ぎゃっぎゃっぎゃっ」
「ゆうかにゃんも、明日の明け方にここを出るにゃん」
「行くあてはあるのか?」
「とりあえず、この街からは出るにゃん」
「そうかい」
急に関心をなくしたように、ヌシが体を揺らしながら公園の外へと立ち去っていく。
胴付き猫は野良男がいた木陰に行き、置き去りの新聞紙に包まりながら瞳を閉じた。
鳥の鳴き声、遠くの喧噪。猫耳を通して、音が体の中に入ってくる。
まぶたのあちら側に光を感じなくなると、ようやくゆうかにゃんもまどろみ始めた。
体が揺れている。それが人間の手によるものだと気づき、胴付きゆっくりは撃たれたように夢から覚める。
視界に写し出されたのは、幸運にも小汚いヌシの顔であった。
「おい、そろそろ夜明けだぞ」
「起こしてくれたにゃんか」
「まあな。お前達野良ゆっくりにうっかり絶滅されたら、俺達野良人間が困っちまう」
そう言って、男はいつものような得体の知れない笑い声を響かせる。
彼は手に青い袋のようなものを握り締めていた。
「せいぜい生き延びて、また俺達にあまあまをごちそうしてくれや」
「ロクでもない励まし、身に染みるにゃん」
「こいつは、餞別だ。ま、拾ってきたヤツだが」
そういって、ヌシは握っていたものを広げてみせた。
真っ青なフード付きのパーカー。子供サイズで、いかにも安っぽい作りのものである。
「これを、着るにゃんか?」
「そうだ。そのまんま胴付き丸出しの恰好だと、途中で殺されかねんからなあ。
これ着てフードもすっかり被って、お前、手袋も持ってたよな。
一式身に付けて人間の子供のフリすれば、まあ、市境は越えられるんじゃねえか?」
「市境?」
「とりあえず、そこを越えたら一斉駆除の対象にはならねえよ。今日の駆除は市主催だからなあ」
「ヌシ、恩に着るにゃん」
「おう、この借りは重いぞ。覚えとけよ」
ぎゃっぎゃっぎゃっという聞きなれた雑音が、今日はやけに優しく聞こえる。
そう感じるのは自分の甘さだろう。
自嘲しながら、ゆうかにゃんは麦わら帽子を頭から背中へと掛け直し、パーカーを着込んだ。
スカートのポケットから軍手を取り出し、フードを深めに被る。
出来上がった姿は、まるで草むしりの手伝いに行く子供のように見えた。
「上出来だなあ。下半身がちょっと不自然だが、ストッキングを履いた子供に見えなくもないか」
「それじゃ、もう行くにゃん」
「さっさと死ぬんじゃねえぞ。俺はゆうか種は食ったことねえんだからなあ」
「本当にどうしようもなくなったら、ヌシの夕食になってやるにゃんよ。
その前に、ヌシこそカラスの餌にならないようにするにゃん」
減らず口には減らず口で返す。それも、彼らなりの流儀であったのだろう。
それ以上湿っぽい言葉を交わすこともなく、ゆうかにゃんもまた、磯賀市第2公園を後にした。
広場に残ったのは、茶色い男が1人だけ。まだ、子供が遊びに来るような時間でもない。
「さて、俺は第1か第3公園にでも行くかなあ。死にかけ野良がいたら、朝食にでもするか。
ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ」
ヌシもまた去る。
彼もまた、2度とここに戻ってくることはなかった。
フード付きゆうかにゃんは、なるだけ視線を下げながら、住宅街の中を潜り抜けて行った。
足早ではあるが、決して走らない。怪しまれたくないし、風圧でパーカーが取れた日には、どうなるか分からない。
市境の方角は、だいたい把握していた。
「ゆうかにゃん?」
聞き覚えのある声。瞳を向けると、民家の門前に緑髪ゆっくりが立っている。
飼いゆっくりを示すタグを下げた、さなえ。狩りと称したゴミ回収をしている時に、何度が話したことがある。
「さなえ、ごめん。今日は、ゆっくりしてるヒマがないにゃん」
「いっせいくじょから、にげているのね」
「知ってるにゃんか?」
「はなしはきいてるわ。さなえのかいぬしさんは、セーブ・ゆー・ジャパンのひとなの。
きょうは、いっせいくじょはんたいの、デモこーしんにでかけてるわ」
ゆうかにゃんは思わず悪態のひとつも漏れそうになるが、堪える。
感情を紛らわすように、胴付きは問いかけた。
「飼い主さんは、愛護派にゃんか?」
「いいえ。でも、このまえ、さなえのはにーが、ぎゃくたいおにーさんにつぶされちゃったの。
おうちのなかに、いたんだけどね……」
さなえは、そこで言葉を切った。
よくみれば、飼いゆの大きなカエル型のお飾りの下に、小さなお飾りが付いている。
最早何の種のものかも分からない程ボロボロのそれが、番の形見なのだろう。
「ゆうかにゃん、きをつけて。ここのぎゃくたいおにーさんたちは、おかしいわ。
にんげんさんがかってるゆっくりだろーと、きしょうしゅだろーと、かまわずつぶしていくわ」
「だったら、さなえこそ気をつけるにゃん。こんなところでボーッとしてると、その既知外さんに潰されるにゃん」
「さなえはここで、おにーさんのかえりを」
「さっさとお家の中に入って、ゆっくりしとくにゃん。言うこときかないんだったら、ゆうかにゃんが!」
そう言って軍手に包まれたもち肌を振り上げると、さなえは慌てて門を潜り抜け、飼いゆ専用のドアから屋内へと消えていった。
ちゃんと鍵が閉まる音まで確認すると、ゆうかにゃんは聞こえるはずもない別れを告げた。
「さよなら、さなえ。いつかくれたクッキー、おいしかったにゃん……」
たった1匹の旅路が続く。
電柱をひとつ過ぎ、ふたつ過ぎ。人間なら何気なく通り過ぎる距離が、ゆっくりの足にとっては遥かなものに感じられる。
陽射しが鮮やかになってきた。五月の光に照られながら、行く先のあちら側から2人の男が歩いてくる。
男達はジャージ姿で、ロケーションも相まってジョギング中にすら見えた。しかし、漂う瘴気のようなものが、爽やかな外見を殺して余りある。
ゆうかにゃんは小賢しい野良だ。同情だろうと媚態だろうと、生きるためには惜し気もなく売り買いしてきた。
だから分かる。何気なくやってくる2人は、絶対に交渉相手に選んではいけない目をしていると。
「ひーとつ、人をたーぶらかすー。ふーたつ、ふーためと見ーられない。みーっつ、醜いゆっくりにー。
よーっつ、喜べ、時はきた。あーあー、うつくしーいー、こーの国まーもるためー」
「おいおい、会歌もいいが、野良を見逃すなよ。愛護派の馬鹿が、第2公園の糞饅頭どもを逃がしてるらしいからな」
「分かってるよ。害獣どもを叩き潰したくて、こっちはウズウズしてるんだ。歌でも歌わないと抑えが効かねー」
やはり、虐待派の人間であった。
パーカーで身元を隠す胴付きは、俯きながら鬼威惨連中の横を通り過ぎる。
「そういえば、この先に飼いさなえがいたな」
「行きがけの駄賃だ。襲っちまうか」
「馬鹿。飼いゆ襲撃は丸井さんが専門だ。お前はマジで飼い主まで潰しかねん」
「あーあ、丸井さんは1人で第3公園の野良どもを潰して回れるんだからよお。こっちは、外れクジだ」
奇妙だった。会話が一向に遠ざからない。
安物のフード生地に包まれた耳は、スニーカーが地を踏みしめる音も感じ取っていた。
ゆうかにゃんは、後をつけられている。
「そう思うんだったら、まずはキレ癖を何とかするんだな。
いくらゆっくりを飼っているゲスとはいえ、うっかり人を殺してみろ。流石に会長も庇っては下さらんぞ」
「なあ、あれ、胴付きじゃね?」
気付かないフリ。そう必死に自分に言い聞かせた。
それでも、隠した耳や尻尾が暴れ出しそうになる。そうなれば、一巻の終わりだというのに。
「そうかもしれん。そうじゃないかもしれん」
「なんだそりゃ。昔のドラマみたいなセリフ吐いてるんじゃねーよ。もし胴付きだったらどうすんだ、グズが」
靴底が砂を噛んでいる。それがはっきりと分かる程、距離を詰められていた。
歩みを速めて気取られてもならないし、遅めて彼らの手にかかることも防がなくてはならない。
考える、想う、そうやって叫びだしたい衝動に蓋をする。
「そういうところだ、お前に足りないのは。とりあえず、その額の青筋を何とかしろ」
「胴付きが、胴付きがそこにいるんだぞ!」
「落ち着け。もし、あれが人間の子供だったら、お前その感情を抑え切れるのか?」
「胴付きは殺していいんだ! 胴付きみたいな人間なら、ゆっくりなんかに似てる方が悪い!
ゆっくりは罪悪だ! 俺達は博愛主義者だ!」
さなえの言っていたことを思い出す。飼いゆっくりにさえ手を出す者がいる、と。
それどころじゃない。こいつらは同族殺しさえ、そうたいしたことではないらしい。
人間にとってのそれは、ゆっくり以上に禁忌であるはずなのに。
「まあまあ落ち着け。お前の志はよく分かった。ひとまず、第2公園に向かおうじゃないか。会歌でも歌いながら、な」
「ひぃーとつ、人をたぁーぶらかすぅー。ふぅーたつ、ふぅためと見ぃーられない。みぃーっつ、醜いゆっくりにぃ!」
「そうそう、その調子だ」
「早く憂饅会(ゆうまんかい)が天下を取らねーかな。そうすれば、何の気兼ねなくゆっくりも人型ゲスどもも潰せるのによ!」
「もうすぐだ、そう遠い話じゃない」
「はーやく、その時がくればいい。あーあー、うつくしーいー、こーの国まーもるためー!」
歌との距離が広がり、やがてそれが拡散してなくなると、ゆうかにゃんは足を止めた。
高い塀に軍手を付き、粘っこい蜜をしこたま吐く。こんなに甘いのに、まるでゆっくりできない。
恐ろしかった。本当に会話で殺されると思った。とてつもなく恐ろしかった。
あんなに凄まじい者と一緒に、人間は暮らしているのだろうか。
それとも知らないだけなのか、隣人をゆっくり扱いする狂った人々の存在を。
煩悶も慄きも、吐しゃ物と一緒に流れてしまえばいい。ゆうかにゃんはえずきながら、心からそう願った。
普段なら、野良ゆは隠れるようにして移動しなければならない。しかし、今回はむしろ逆だ。
人型に偽装している今なら、人目に付く場所の方が襲われる心配が少ない。
ましてや、あんな博愛主義者がウロウロしている現状である。
ゆうかにゃんは大通りを目指した。それは、繁華街から市境に至る道。
あまり好きな場所ではない。通りの外れには歓楽街がある。汚い仕事を果たすため何度もあんよを運んだことを思い出してしまうのだ。
様々な欲望の捌け口にされた。それは、自分がゆうかにゃんだからだ。
決して殺されることはなかった。それも、自分がゆうかにゃんだからだ。
思考がそんな風に巡る時、胴付き猫の中身に得体の知れない感情が這いずり回るのを覚える。
胴付きとはいえ、ゆっくりだ。語彙も概念もたくさんは持てない。あえて人間の言葉に置き換えるなら、それは生き汚い自分への嫌悪なのかもしれなかった。
情念を単語の羅列で表す代わりに、ゆうかにゃんは思い出す。それは、茶色いヌシの顔。
既に陽は中天に差し掛かろうとしている。人混みに紛れて、人間のフリをした胴付きが歩いていた。
行き交う人の多さに、ゆうかにゃんは、人間とゆっくりはどちらが多いのだろうと考えたりする。
たいした差はないのかもしれない。
胴付き猫の視線はあくまで、市境の方を向いている。
しかし、昨日からロクでもないものばかり教え続けている猫耳が、またもや何かを捉えていた。
背後から近づいてくる喧噪。思考する蜜餡の中で、飼いさなえから聞いていた情報が忍び寄る騒ぎと結び付く。
それは、愛護派のデモ行進であった。
「愛らしいゆっくりを、虐待するなー!」
「飼いゆっくりに手をかける、憂饅会を許すなー!」
「憂饅会会長は、全ての責任を取れー!」
「我々の隣人を、虐めるなー!」
「なー!」
ゆうかにゃんが歩いている歩道の反対側、その車線端を丸々使って人の群れが緩やかな移動を行っている。
通行人は驚く程無関心で、あらゆる感情を家に置き忘れたかのように見えた。
一車線を潰され交通を阻害されたドライバーだけが、イラついたような表情を見せている。
行進に参加している人々も、まるでちぐはぐだった。
ひたすら無条件の愛を訴える女。血走った眼で憂饅会の糾弾に終始してる男。所在無さ気にプラカードを持っているだけの若者。ただくたびれている中年。
さらに選挙の時によく見るような車が走ってきて、今度はゆうかにゃんがいる側に横付けしてきた。両岸の車線が一列づつ潰された格好である。
車の天井の上には、やぐらのようなものが付いていた。お立ち台とでも言えばいいのか。内部と階段で直結してるらしく、1人の女が下からせり上がってくる。
見覚えのある服装だった。鮮やかで不自然な桜色のスーツ。昨日、あのありす達と話していた、きし、という市議会議員に間違いはない。
思わず立ち止まり登壇者を見上げる一団に、何となく胴付き猫も混ざっていた。或いは、予感があったのかもしれない。
「ご通行中の皆様、セーブ・ゆー・ジャパン代表の、岸通子(きし・とおるこ)でございます!
本日は皆様のお時間と場所をお借りして、今、この磯賀市で行われている恐るべき実態を告発させて頂きます!
先日の緊急市議会において、野良ゆっくりの一斉駆除が決議されました。
しかしこれは、我々市民派の議員が不在の時を見計らって決定された陰謀であり、暴挙であります!
この一連の首謀者は、憂饅会を名乗る組織であり、彼らは一切の悪はゆっくりにあるとの暴論に基づき、違法行為を繰り返しているのであります!」
拡声器を手にした岸の迫力に、群衆はぽかんと口を開けたままだ。
口角泡を飛ばす女の横にいた運動員が、布を被せられた長方形を持ち上げた。
「たった今、善良なる飼いゆっくりを襲い続けた丸井薫子という憂饅会会員が、逮捕されたという知らせが入りました。
喜ばしいことではありますが、これで終わってはいけません。
今持ち運ばれたこれには、憂饅会がいかに暴力的であり狂信的であるかの証拠が収められています。
大変惨たらしいものではありますが、この惨状を公開することにより、皆様も我々の活動に深いご理解を頂きたいのであります」
岸代表が首を縦に振ると、覆いかぶされていた布が取り払われる。
車はそれほど車高が高くないので、誰しもが頭上で隠されていたものが何なのか、はっきり分かることだろう。
ゆうかにゃんはついさっきまで、嘔吐し続けていた。それは、この場では幸いであった。もうこれ以上吐かなくて済む。
隠されていた長方形は、スタンダードでステレオタイプな透明の箱である。横幅だけが若干大きい。
特殊アクリルで隔てられたあちら側。そこに胴付き猫にとって見覚えのあるゆっくり達が収納されていた。
磯賀市第2公園の野良ゆっくり達。昨日夕日と共に別れたかつての仲間達。それがあらゆる虐待を受けてあの中にいる。
あんよを焼かれたれいむ。目と口を乱暴に縫わされたまりさ。まるで弁慶の立往生のように無数の枝が差し込まれたちぇん。なます切りにされたみょん。
他ならぬセーブ・ゆー・ジャパンの車に乗せられ、保護されたはずのゆっくり達。
それが、一様に痛めつけられ傷付けられ、呻き声も出せないくらいに衰弱させられ、手当を受けることもなく放ったらかしにされている。
胴付き猫は思う。愛護派に飼われているはずなのにどうして、と。
疑問が怒りに変わるのにそう時間は変わらなかった。
ゆっくりでも分かる。誰が虐待を行ったのかを。
「彼らは野良ゆっくりだろうが飼いゆっくりだろうが、このような凄惨な行為を、正義と称し行い続けているのです!
執拗な虐待に目を背けないで下さい! これが憂饅会の本質なのです!」
殺してやりたいと思う。誰を、虐待人間を? いいや、目の前の詐欺師を。
岸通子は愛護という自分の正義を主張するために、虐待を平気で捏造した。
でなければ、どうして愛護派に保護されているゆっくりが、一晩も立たないうちにあのような有様になるというのか。
せめて、憂饅会に押し入られたのでこうなった、とでも言えばゆうかにゃんも辛うじて信じたかもしれない。
しかし、そんなことには一切触れず、見よ悲劇を讃えよ我らをという声が繰り返されるばかりであった。
胴付きにも舌がある。気管は人のそれとは違うとはいえ、叫ぶことができる。沸騰する感情をそれらに乗せ、ぶつけることに躊躇いはない。
ゆうかにゃんの唇が開く。多くは語れないし、語る必要もない。ただ、ウソつき! と咆哮するだけだ。
息が止まった。箱の中のゆっくりと目が合っている。髪の毛も毟られ、お飾りも取り上げられ、全身みみず腫れの丸いゆっくり。
それでも分かった。ありすだ、昔から知っている野良ありすだ。あんな姿になってもなお、美しい瞳は変わっていない。
お飾りでしか認識できないような馬鹿どもとは違うのだ。試しにお飾りを脱いで見せ合ったこともある。
どんな時も、ゆうかにゃんはゆうかにゃんで、ありすはありすだった。
今もありすは笑っていた。最早希望などないにも関わらず、眼下の胴付きへ微笑みを向けている。
『もし、どこかでありすをみかけて、ありすがゆっくりしてなくても。
どうか、きょうみたいに、わらってね』
『約束するにゃん。
もしゆうかにゃんがゆっくりしてなくても、その時はこうして笑って欲しいにゃん』
『ええ、ありすも、やくそく』
交わし合った言葉。それを思うゆうかにゃんの顔は涙でふやけている。そのまま、笑顔を作った。
笑みには笑みを返す。それが、約束だ。
笑みには笑みを返す。それが、約束なんだ。
ありすもゆうかにゃんも、生きるための選択をした。できればお互いに生き抜いて欲しいと願いつつ。
友はあちら側にいて、もうそこから出られない。ここにいる自分が叫び飛び出してしまえば、どうなるだろう。
きっとありすと同じ地に至り、しばし一緒にいられるだろう。それは美しいけれど、約束でも願いでもない。
瞬間はすぐに訪れ、たちどころに消え失せた。
加虐者と被虐者を乗せた車が走り去り、野次馬が消え、ゆうかにゃんは近くの壁に寄りかかり、うずくまる。
そうしてやっと、胴付き猫は笑顔を止め、目から溢れ出る水分に我を任せた。
静かに、深く、長く、泣く。
自覚し、苛み続けた。自分がありすを見捨ててしまったことを。
決壊が治まり、フード付きの猫は顔を上げた。
桜色が目の前を覆っている。春ではなく、人造の偽物。
岸通子がゆうかにゃんの前に立っていた。さっきまで熱弁を振るっていた邪悪が、胴付きを見下ろしている。
「ねえ、あなた、胴付きじゃない?」
洋服の色は人造でも、そこから生えている頭は本物のはずだ。
しかし、そう見えなかった。まるで人形に人の皮を張り付けたような、不気味な笑顔。
昔話で聞いた、笑顔の仮面を付けられたまま虐待され潰されたまりさのような、奇怪な表情。
通りすがった鬼威惨の面は怖かった。傷付けられていてもなお、あのありす笑顔はゆっくりできた。
ゆうかにゃんに墜落してくる岸の顔は、確かに笑顔だ。それなのに、何よりも何よりもゆっくりできない。
「もし、よかったら、私と」
人のようなものの手が伸びる。ゆっくりは痙攣したかのように震えた。
口内の水分は失われ、中身がどこまでも冷えてくる。
歓楽街の闇も、狂気が歩く路地裏も、これほどまでの恐怖を与えはしなかったのに。
「私の姪っ子に、何の御用ですか?」
知らない声と一緒に、暖かい掌が胴付き猫の頭に置かれた。
「あなたは?」
「おじですよ。迷子になっていたこの子を探してたんです。ゆっくり扱いとは酷いなあ」
「……失礼しました」
早足で岸代表がいなくなる。
胴付きはそっと置かれた手の根本へ瞳を向けるが、やはり見たこともない人間だった。
「余計なこと、したかな?」
「にゃにゃ、いや、にゃじゃにゃくにゃ……」
「安心しろ。こんな恰好してるが、市役所の人間じゃない」
ゆうかにゃんはそれまで気付かなかったが、男は胸に『磯賀市役所』と刺繍された作業着を着ている。
市という言葉には反応してしまうが、彼が自分達に危害を加える種の人間には見えなかった。
厳しそうな眉間の皺に、慈しみを隠した目元。こんな人に飼われるゆっくりは、きっと幸せになるに違いない。
胴付きは、そんな印象を覚える。
「どうして助けてくれたにゃん?」
「ああ、さっきまで、お前みたいなのと一緒にいたからな。なんか、こう、放っとけなかった」
そう言って男は鼻の頭を掻く。
ゆうかにゃんも、つられて鼻っぽい場所を指でこすった。
「ゆうかにゃんみたいなの、にゃん?」
「ああ、この先、市の境を越えたところにある広場に、お人よしの野良どもが集まってるんだ。
良かったら、いってみるといい」
「おにーさんも、お人よしじゃ負けてないにゃん」
「そうだな、その通りだ」
「おにーさん、お名前を教えて欲しいにゃん」
「俺か、俺は……ハチだ」
ゆうかにゃんは、ハチと名乗った男の指を握った。握手できるほど大きくない手袋越しに。
軍手の中身は親指以外ぽよんぽよんとした皮があるだけの掌。それで無骨な人の指を柔らかく包む。
「ハチさん、本当にありがとうにゃん。ゆうかにゃんは……」
「気にするな。今日は、ゆっくりに縁があっただけだ」
「もし、また会えることがあったら、恩返しさせて欲しいにゃん」
「そんな事、他の人間には言うんじゃないぞ。人間と同じ言葉喋ること自体、許せないって奴も多いんだ」
「分かってるにゃん。ハチさんだから、にゃん!」
何度も何度も振り返りながら、ゆうかにゃんはハチと別れた。
幸運だった。無事生き延びたことだけではない。街を離れる最後の最後で、ヒトへの信頼を僅かに残すことができたのだから。
そして優しさに触れたものは、気付かぬままに歩く気力を取り戻していた。
程なくして市境を越え、男の言っていた広場も見えてくる。
『霧雨協会』という大書きと共に、いかにもゆっくりしてそうな野良ゆっくりが仮設テントの前に集まっていた。
その中にいた胴付きえーきが、ゆうかにゃんにいち早く気付くと、弾けるような笑顔で手を振ってくる。
その後、ゆうかにゃんはゆっくり保護区で暮らすようになった。
霧雨協会という、比較的まともな団体が運営する豊かな土地で、大勢のゆっくりと共に群れの一員となっている。
セーブ・ゆーや憂饅会を目の当たりにしてきた胴付き猫にとって、人間の庇護下に入ることは受け入れ難くもあったし、どこか諦めもあった。
しかし、あれからしばらく経つが、実に平和な日々が続いてしまっている。
ゆうかにゃんは、いつも群れの長であるドスまりさと一緒にいた。
胴付きえーきに、お供のれみりゃとれいむ、他大勢のゆっくり達。それらは確かに驚くほど善良で常識もあったのだが、いかんせん幼かった。
すれた胴付きにとって、まともな話し相手になるのはドスくらいしかいない。
群れには小高い山がある。その頂上付近のちょっと窪んだ場所がドスとゆうかにゃんの特等席になっていた。
今日も2匹は、こーろこーろ遊びをするゆっくり達を眺めつつ、あまり楽しくなさそうな会話をして過ごしている。
「平和にゃんね」
「平和だね…」
「どうして、ここはこうも穏やかにゃんか」
「ドス達みんな、霧雨さんの飼いゆっくりだからね…。
……霧雨さんのこと、まだ疑ってるの…?」
「人間さんは、ゆっくりをゆっくりさせなくして、ゆっくりするにゃん」
「そうじゃない人もいるよ…。ゆうかにゃんやえーき達を助けてくれた、ハチさんのような…」
「霧雨さんは、ハチさんみたいにゃんか? ゆうかにゃん達は、まだ霧雨さんに会ったことないにゃん」
「いつか、会えるといいね…」
「他ゆん事みたいに言うなにゃん」
風が舞っていた。
ドスのお下げが揺れ、ゆうかにゃんはひまわり帽が飛ばされないように、縁をつかむ。
「ドスには分かるよ、ゆん生は長い…。
ゆうかにゃんも、この群れに住む他のゆっくり達も、皆長生きするからね…」
「前から聞こうと思ってたにゃんが、ドスって本当にゆっくりの寿命が分かるにゃん?」
「ゆっくりがこの世にたーくさん生まれた時から、ドスは生きてきたんだよ…。
その間、死んじゃったゆっくり、潰されちゃったゆっくり、ずっと見てきた…。
だから、なんとなく分かっちゃうんだ…」
「この世にゆっくりが生まれた時からって、まだ4年しかたってないにゃんか」
「よく知ってるね。ゆうかにゃんは、賢いね…」
「おちびみたいに、言うなにゃん」
「4年でも、ゆっくりにとっては長過ぎるよ…。
その間、本当にたくさんの友達と、さよならしなきゃいけない…」
「……そう、にゃん」
ありすのことを思い出すと、いつも小さな瞳が細やかに潤む。
そんな感傷を抑えてくれたのは、眼下にいる胴付きえーき達だった。
えーきの服の中に、いつも一緒にいるれみりゃがもぞもぞと入り込んで、胸の辺りで止まった。
肉まんをしまい込んだまま、胴付きえーきが両手を広げて、れいむと一緒に麓の方へ駆け下りていく。
思わず、ゆうかにゃんは吹き出してしまっていた。
「ぶ、ぶにゃっ……。あいつらは、何やってるにゃんか?」
「ああ、あの人が来てるみたいだね…」
「あの人にゃ?」
「ハチさん…」
「にゃっ! ドス、お話はまた今度にゃん!」
岩から飛び降り、流石猫だけあって素早く駆け抜け、先行していたえーきまで追い抜かしていった。
麓の先へ、ゆっくり達はゆっくりさせたい者がいるあちら側へと進む。
ただ一匹、留まり見守るドスまりさは静かに頷いた。そして、誰に語るわけでもなく呟く。
「みんな、本当に楽しそうで、ゆっくりしてて、ドスは嬉しいよ…。
できることなら、ドスも、もっとみんなと暮らしていたかったよ……」
いつしか風は止み、ドスの姿も消え失せていた。
(第二話 終)
感想板:http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/13854/1274852937/
過去作:http://www26.atwiki.jp/ankoss/pages/392.html
野良ゆ 希少種 都会 現代 愛護人間 虐待人間 人間注意 悪人注意 非実在の王国で2 黒二行作
非実在の王国として知られる地における、脆弱なるものたちの物語、
排斥党・愛護党間の抗争に起因するHPT事件の嵐の物語
この連作は双葉県磯賀市で起こったある事件と、それに至るまでの経緯について綴るものである。
登場する人物やゆっくり達は、いずれも不幸になるとは限らないし、幸福になるとも限らない。
第一話 「むこうがわ」(anko2077 便宜上第一話とする)
第二話 「あちらがわ」
桜のような色だと、ゆうかにゃんは思った。しかしすぐに、まるで造花のようだと思い直す。
磯賀市第2公園の入り口で、桃色のスーツを着た女が、ゆっくりに何やら話かけていた。
婦人は若くはない。厚化粧の割に50へ手が届きそうに見える。
その側のゆっくりはゆっくりしていない。野良丸出しの汚い肌と険しい表情で話を見上げている。
ゆうかにゃんは日陰にあるブロック柵に座りながら、遠くの会話を眺めていた。
麦わら帽子から突き出た耳が、引きずるような音が近づいてくるのを捕捉する。
引きずられているのは新聞紙で、それを手にしているのはみずぼらしい中年の男だった。
よお、と声をかけながら、野良ゆうかにゃんの隣に腰掛け、新聞紙を顔の前で広げた。
日付は2016年5月10日。少し古い新聞だ。
「自殺者5万人ペースに、だとよ。人間様もゆっくりしてねえなあ」
「ヌシ、あの人は誰にゃん?」
「あのスーツ着たババアか。ありゃ、セーブ・ゆー・ジャパンの代表だ」
「セーブ・ゆー?」
「最近できた愛護団体さ。ジャパンと付いてるが、磯賀市だけの組織だとよ」
ヌシと呼ばれた者は、ぎゃっぎゃっぎゃっと声を上げた。悶えているわけではない、これが彼の笑い声である。
彼の衣服は茶色く汚れていて、皮膚も髪の毛も、全体がどことなく土の色をしていた。
「あいつら、何の話をしてるのかにゃん?」
「大方の察しは付くがなあ。それより、アレは持ってきたか?」
ゆうかにゃんは、黙ってビニール袋を差し出す。
汚い男がそれを受け取り、覗きこんだ。
中では一匹の子まりしゃが仰向けになっていて、生気のない瞳で虚空を眺めている。
「今日の生贄はこいつか。イキが良くねえなあ」
「両親を潰されて、自分ももうすぐずっとゆっくりするだけの、まりしゃだにゃん。
無駄に死ぬより、群れの役に立ってもらうにゃん」
「群れねえ」
手慣れた手つきで、ヌシが子ゆっくりの皮を割る。遺言一つ残さずに、まりしゃの生命も裂かれた。
でろりと垂れる中身を唇の上まで持っていき、そのまま舌目掛けて落下させる。
口の中の餡子をじっくりと咀嚼しながら、ヌシは爪先で土を掘った。
できた穴に薄汚れた皮を投げ込むと、雑に砂を被せ踏みしめる。
「ああ、甘いものはやっぱり、脳に染みるなあ」
「何が脳に染みるにゃんか、ろくすっぽ働きもしないくせに」
「そういうな、にゃんこ。俺がここにデンと住んでるから、ここの野良どもも暮らしていけるんだぞ。
週3つの子ゆっくりで安全を提供してるんだ。もっと敬ってもらいたいなあ」
「感謝はしてるにゃん。尊敬はできないにゃんけど」
「この前も、いかにもゆ虐にしか興味がなさそうなガキどもがウロついてたんだぞ。
まあ、目の前で胴付きを食ってみせたら、血相変えて逃げて行きやがった。
今んところ、人間を取って食う気なんてないのによお。ぎゃっぎゃっぎゃっ」
「そりゃ、誰だって逃げるにゃん」
相変わらず遠くでは、女がゆっくり相手に熱弁を振るっている。
昔から顔馴染のありすが、ちらっとこっちを見て、再び向き直った。
「あのオバサン、いいもの着てるにゃんね」
「にゃんこだって、胴付きらしい綺麗なオベベ着てるじゃねえか」
「そういうヌシは、もっとマシな恰好したいと思わないにゃんか?」
「俺は良いもの着てえとか良いもの食いてえとか、思ったことねえなあ。
だから、こんな暮らしするようになっちまったのかもな。ぎゃっぎゃっ」
「普通、ヌシぐらいの歳なら、ハニーとおうちがあるはずだにゃん。
野良ゆっくりだって、それくらい持ってるにゃん」
「お前らも難儀だよなあ、あんなナリでヒトと同じ欲が手放せないんだからなあ。
俺なんか、飼いふらんにアレを根本からもいでもらってよう、せいせいしてるんだ」
「……初耳だにゃん」
「岩塩2kgと引き換えにもがせてやったんだ。あれは儲かった。
人間もゆっくりも皆もいで貰えば、性犯罪なんてなくなるのによお。ぎゃっぎゃっぎゃっ」
ヌシはたまに、信じられないことを言う。
同時にゆうかにゃんは確信している。彼はどうしようもない部類の人間ではあるが、嘘は付かないことを。
「ヌシは、生きてて楽しいにゃん?」
「お前達はいつも辛そうだよなあ。俺はなあ、こいつらみたいに綺麗に死のうとは思わないだけよ」
汚い男がよれよれの新聞紙を取り上げる。そこには、推定5万人の自殺者が活字に変わっていた。
新聞紙を隔てたあちら側から、ありすがやってくる。
「お友達が来たようだ。俺は向こうの木陰で昼寝させてもらうよ」
来た時と同じように、色んなものを引きずりながらヌシが去る。
ほぼそれと入れ違いに、顔馴染ありすはゆうかにゃんの足元に顔を寄せた。
公園の入り口の方に目をやると、あの女はもういなくなっていた。
「ゆうかにゃん、ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりにゃん、ありす。さっきは、人間さんと何を話していたにゃんか?」
「みんなでおばさんとこに、こない? だそうよ」
「うさん臭い話にゃん」
「ありすも、そうおもうわ。でも、こんかいばかりは、そうするしかなさそうね」
ありすは美ゆっくりだ。糞れいぱー共とは違って、理知的で小奇麗。ゆうかにゃんでさえ、そう思っている。
そんな麗しい表情が今日に限って曇っていた。まるで皮の下のカスタードが黒く変色したかのように。
目の前のゆっくりだけではない。何故か公園中のゆっくり共が一様に影をまとっていることに、胴付き猫は気付く。
「どういうことにゃん」
「あした、いっせいくじょがあるそうよ」
途端に、尻から生える2本の尾が逆立った。甘くてゆっくりできない蜜が口の底から逆流しそうになる。
そして、ゆうかにゃんの皮もまた薄墨に染まった。
死刑囚が処刑を言い渡された時も、こんな感じなのだろうか。
「本当に、本当なのにゃん? あのオバサンの口から出まかせにゃかにゃんにゃんか?」
「おちついて、ゆうかにゃん。あのおばさん、……きしさんっていうんだけど。
きしさんがいうには、しぎかい、っていうところできまったそうよ。
きしさんも、しぎかいの、ぎいんさんっていうんだけど、きしさんがいないうちにきまって。
もう、どうしようもないって」
語彙に乏しいシュークリームは、まるで急勾配を上る車のように、必死で単語をひねり出している。
人間に揉まれて暮らしていたゆうかにゃんには、そんなありすの言葉が意味するものが、よく分かってしまった。
市議会発案による、一斉駆除。それが愛護派議員のいない間を狙って議決されたのだ。
つまり、何が何でも行われるということ。
「……ちょっと、ヌシのところに行ってくるにゃん」
「あまりじかんはないわ、ゆうかにゃん。あと2じかんしたら、むかえにくるそうよ」
「わかったにゃん。とにかく、皆には早まったことしないで、ゆっくりしていてって伝えて欲しいにゃん」
胴付き野良は、イチョウの木の下でイビキをかいている男の下へ走った。
ヌシは実に安らかな寝顔を晒し、木々は青々とした枝葉を風に任せていた。
何もかも、いい気なものにゃん。ゆうかにゃんは口の中で毒づきながら、木陰に入る。
そこらを放っつき歩いていたヌシが、ゆったりとした足取りで帰ってくる。
焦燥に駆られるド饅頭共とは、実に対象的であった。
男は胴付き猫を見付けると、ニヤニヤしながら近づいてくる。
「……どうだったにゃん?」
「間違いねえなあ。明日は一斉駆除だ。
あちらそちらで危ない目した連中が、『明日は駆除』『明日は駆除』ってブツブツ言い合ってるからなあ」
「ゆうかにゃん、やっぱり……」
傍らにいたありすが、吊り気味の眼で胴付きを見上げていた。
それは必死で何かを抑えようとしている目。
「ありす、やっぱり行く気にゃんか?」
「どうやっても、くじょからはにげられないわ。ありすは、あんよもはやくないし。
だから、きしさんについていくしかないの」
「いくら愛護派の人だからって、ゆっくりさせてくれるとは限らないにゃん」
「ありすも、にんげんさんがどういうものなのかは、しってるわ。
だからこれは、いちかばちかよ。いなかものなことだけど」
そう言って、久しぶりにありすが笑った。それが本当に美しいものだと、ゆうかにゃんは思う。
胴付き猫も笑った。挨拶には挨拶を、笑顔には笑顔を返そう。そんなことを昔、誓い合ったことがある。
「もし、どこかでありすをみかけて、ありすがゆっくりしてなくても。
どうか、きょうみたいに、わらってね」
「約束するにゃん。
もしゆうかにゃんがゆっくりしてなくても、その時はこうして笑って欲しいにゃん」
「ええ、ありすも、やくそく」
遠くでありすを呼ぶ声がする。
公園の入り口にミニバンが横付けされていた。
そこに乗り込んでいく野良ゆの塊が、ゆうかにゃんの友を招き続けている。
「ゆうかにゃんは、行かないにゃん」
「わかってるわ。ゆうかにゃんなら、きっと……。ぬしさん、ゆうかにゃんのこと、よろしくね」
「それはどうかなあ。ぎゃっぎゃっぎゃっ」
2匹の後にずっといたヌシだけが、いつものように気楽な笑みを浮かべていた。
胴付きの友は額を下げ、背を向ける。
そして2度と振り返ることはなかった。
饅頭を積めたミニバンが去ると、公園には胴があるゆっくりと人間だけが残った。
夕暮れ。血のような光が、みずぼらしい1人と1匹を照らしている。
「あーあ、公園からゆっくりがいなくなっちまった。これであまあまも食い収めか」
「……感傷に浸っている時に、ずいぶんな物言いだにゃん」
「お前、難しい言葉知ってるんだなあ。ぎゃっぎゃっぎゃっ」
「ゆうかにゃんも、明日の明け方にここを出るにゃん」
「行くあてはあるのか?」
「とりあえず、この街からは出るにゃん」
「そうかい」
急に関心をなくしたように、ヌシが体を揺らしながら公園の外へと立ち去っていく。
胴付き猫は野良男がいた木陰に行き、置き去りの新聞紙に包まりながら瞳を閉じた。
鳥の鳴き声、遠くの喧噪。猫耳を通して、音が体の中に入ってくる。
まぶたのあちら側に光を感じなくなると、ようやくゆうかにゃんもまどろみ始めた。
体が揺れている。それが人間の手によるものだと気づき、胴付きゆっくりは撃たれたように夢から覚める。
視界に写し出されたのは、幸運にも小汚いヌシの顔であった。
「おい、そろそろ夜明けだぞ」
「起こしてくれたにゃんか」
「まあな。お前達野良ゆっくりにうっかり絶滅されたら、俺達野良人間が困っちまう」
そう言って、男はいつものような得体の知れない笑い声を響かせる。
彼は手に青い袋のようなものを握り締めていた。
「せいぜい生き延びて、また俺達にあまあまをごちそうしてくれや」
「ロクでもない励まし、身に染みるにゃん」
「こいつは、餞別だ。ま、拾ってきたヤツだが」
そういって、ヌシは握っていたものを広げてみせた。
真っ青なフード付きのパーカー。子供サイズで、いかにも安っぽい作りのものである。
「これを、着るにゃんか?」
「そうだ。そのまんま胴付き丸出しの恰好だと、途中で殺されかねんからなあ。
これ着てフードもすっかり被って、お前、手袋も持ってたよな。
一式身に付けて人間の子供のフリすれば、まあ、市境は越えられるんじゃねえか?」
「市境?」
「とりあえず、そこを越えたら一斉駆除の対象にはならねえよ。今日の駆除は市主催だからなあ」
「ヌシ、恩に着るにゃん」
「おう、この借りは重いぞ。覚えとけよ」
ぎゃっぎゃっぎゃっという聞きなれた雑音が、今日はやけに優しく聞こえる。
そう感じるのは自分の甘さだろう。
自嘲しながら、ゆうかにゃんは麦わら帽子を頭から背中へと掛け直し、パーカーを着込んだ。
スカートのポケットから軍手を取り出し、フードを深めに被る。
出来上がった姿は、まるで草むしりの手伝いに行く子供のように見えた。
「上出来だなあ。下半身がちょっと不自然だが、ストッキングを履いた子供に見えなくもないか」
「それじゃ、もう行くにゃん」
「さっさと死ぬんじゃねえぞ。俺はゆうか種は食ったことねえんだからなあ」
「本当にどうしようもなくなったら、ヌシの夕食になってやるにゃんよ。
その前に、ヌシこそカラスの餌にならないようにするにゃん」
減らず口には減らず口で返す。それも、彼らなりの流儀であったのだろう。
それ以上湿っぽい言葉を交わすこともなく、ゆうかにゃんもまた、磯賀市第2公園を後にした。
広場に残ったのは、茶色い男が1人だけ。まだ、子供が遊びに来るような時間でもない。
「さて、俺は第1か第3公園にでも行くかなあ。死にかけ野良がいたら、朝食にでもするか。
ぎゃっぎゃっぎゃっぎゃっ」
ヌシもまた去る。
彼もまた、2度とここに戻ってくることはなかった。
フード付きゆうかにゃんは、なるだけ視線を下げながら、住宅街の中を潜り抜けて行った。
足早ではあるが、決して走らない。怪しまれたくないし、風圧でパーカーが取れた日には、どうなるか分からない。
市境の方角は、だいたい把握していた。
「ゆうかにゃん?」
聞き覚えのある声。瞳を向けると、民家の門前に緑髪ゆっくりが立っている。
飼いゆっくりを示すタグを下げた、さなえ。狩りと称したゴミ回収をしている時に、何度が話したことがある。
「さなえ、ごめん。今日は、ゆっくりしてるヒマがないにゃん」
「いっせいくじょから、にげているのね」
「知ってるにゃんか?」
「はなしはきいてるわ。さなえのかいぬしさんは、セーブ・ゆー・ジャパンのひとなの。
きょうは、いっせいくじょはんたいの、デモこーしんにでかけてるわ」
ゆうかにゃんは思わず悪態のひとつも漏れそうになるが、堪える。
感情を紛らわすように、胴付きは問いかけた。
「飼い主さんは、愛護派にゃんか?」
「いいえ。でも、このまえ、さなえのはにーが、ぎゃくたいおにーさんにつぶされちゃったの。
おうちのなかに、いたんだけどね……」
さなえは、そこで言葉を切った。
よくみれば、飼いゆの大きなカエル型のお飾りの下に、小さなお飾りが付いている。
最早何の種のものかも分からない程ボロボロのそれが、番の形見なのだろう。
「ゆうかにゃん、きをつけて。ここのぎゃくたいおにーさんたちは、おかしいわ。
にんげんさんがかってるゆっくりだろーと、きしょうしゅだろーと、かまわずつぶしていくわ」
「だったら、さなえこそ気をつけるにゃん。こんなところでボーッとしてると、その既知外さんに潰されるにゃん」
「さなえはここで、おにーさんのかえりを」
「さっさとお家の中に入って、ゆっくりしとくにゃん。言うこときかないんだったら、ゆうかにゃんが!」
そう言って軍手に包まれたもち肌を振り上げると、さなえは慌てて門を潜り抜け、飼いゆ専用のドアから屋内へと消えていった。
ちゃんと鍵が閉まる音まで確認すると、ゆうかにゃんは聞こえるはずもない別れを告げた。
「さよなら、さなえ。いつかくれたクッキー、おいしかったにゃん……」
たった1匹の旅路が続く。
電柱をひとつ過ぎ、ふたつ過ぎ。人間なら何気なく通り過ぎる距離が、ゆっくりの足にとっては遥かなものに感じられる。
陽射しが鮮やかになってきた。五月の光に照られながら、行く先のあちら側から2人の男が歩いてくる。
男達はジャージ姿で、ロケーションも相まってジョギング中にすら見えた。しかし、漂う瘴気のようなものが、爽やかな外見を殺して余りある。
ゆうかにゃんは小賢しい野良だ。同情だろうと媚態だろうと、生きるためには惜し気もなく売り買いしてきた。
だから分かる。何気なくやってくる2人は、絶対に交渉相手に選んではいけない目をしていると。
「ひーとつ、人をたーぶらかすー。ふーたつ、ふーためと見ーられない。みーっつ、醜いゆっくりにー。
よーっつ、喜べ、時はきた。あーあー、うつくしーいー、こーの国まーもるためー」
「おいおい、会歌もいいが、野良を見逃すなよ。愛護派の馬鹿が、第2公園の糞饅頭どもを逃がしてるらしいからな」
「分かってるよ。害獣どもを叩き潰したくて、こっちはウズウズしてるんだ。歌でも歌わないと抑えが効かねー」
やはり、虐待派の人間であった。
パーカーで身元を隠す胴付きは、俯きながら鬼威惨連中の横を通り過ぎる。
「そういえば、この先に飼いさなえがいたな」
「行きがけの駄賃だ。襲っちまうか」
「馬鹿。飼いゆ襲撃は丸井さんが専門だ。お前はマジで飼い主まで潰しかねん」
「あーあ、丸井さんは1人で第3公園の野良どもを潰して回れるんだからよお。こっちは、外れクジだ」
奇妙だった。会話が一向に遠ざからない。
安物のフード生地に包まれた耳は、スニーカーが地を踏みしめる音も感じ取っていた。
ゆうかにゃんは、後をつけられている。
「そう思うんだったら、まずはキレ癖を何とかするんだな。
いくらゆっくりを飼っているゲスとはいえ、うっかり人を殺してみろ。流石に会長も庇っては下さらんぞ」
「なあ、あれ、胴付きじゃね?」
気付かないフリ。そう必死に自分に言い聞かせた。
それでも、隠した耳や尻尾が暴れ出しそうになる。そうなれば、一巻の終わりだというのに。
「そうかもしれん。そうじゃないかもしれん」
「なんだそりゃ。昔のドラマみたいなセリフ吐いてるんじゃねーよ。もし胴付きだったらどうすんだ、グズが」
靴底が砂を噛んでいる。それがはっきりと分かる程、距離を詰められていた。
歩みを速めて気取られてもならないし、遅めて彼らの手にかかることも防がなくてはならない。
考える、想う、そうやって叫びだしたい衝動に蓋をする。
「そういうところだ、お前に足りないのは。とりあえず、その額の青筋を何とかしろ」
「胴付きが、胴付きがそこにいるんだぞ!」
「落ち着け。もし、あれが人間の子供だったら、お前その感情を抑え切れるのか?」
「胴付きは殺していいんだ! 胴付きみたいな人間なら、ゆっくりなんかに似てる方が悪い!
ゆっくりは罪悪だ! 俺達は博愛主義者だ!」
さなえの言っていたことを思い出す。飼いゆっくりにさえ手を出す者がいる、と。
それどころじゃない。こいつらは同族殺しさえ、そうたいしたことではないらしい。
人間にとってのそれは、ゆっくり以上に禁忌であるはずなのに。
「まあまあ落ち着け。お前の志はよく分かった。ひとまず、第2公園に向かおうじゃないか。会歌でも歌いながら、な」
「ひぃーとつ、人をたぁーぶらかすぅー。ふぅーたつ、ふぅためと見ぃーられない。みぃーっつ、醜いゆっくりにぃ!」
「そうそう、その調子だ」
「早く憂饅会(ゆうまんかい)が天下を取らねーかな。そうすれば、何の気兼ねなくゆっくりも人型ゲスどもも潰せるのによ!」
「もうすぐだ、そう遠い話じゃない」
「はーやく、その時がくればいい。あーあー、うつくしーいー、こーの国まーもるためー!」
歌との距離が広がり、やがてそれが拡散してなくなると、ゆうかにゃんは足を止めた。
高い塀に軍手を付き、粘っこい蜜をしこたま吐く。こんなに甘いのに、まるでゆっくりできない。
恐ろしかった。本当に会話で殺されると思った。とてつもなく恐ろしかった。
あんなに凄まじい者と一緒に、人間は暮らしているのだろうか。
それとも知らないだけなのか、隣人をゆっくり扱いする狂った人々の存在を。
煩悶も慄きも、吐しゃ物と一緒に流れてしまえばいい。ゆうかにゃんはえずきながら、心からそう願った。
普段なら、野良ゆは隠れるようにして移動しなければならない。しかし、今回はむしろ逆だ。
人型に偽装している今なら、人目に付く場所の方が襲われる心配が少ない。
ましてや、あんな博愛主義者がウロウロしている現状である。
ゆうかにゃんは大通りを目指した。それは、繁華街から市境に至る道。
あまり好きな場所ではない。通りの外れには歓楽街がある。汚い仕事を果たすため何度もあんよを運んだことを思い出してしまうのだ。
様々な欲望の捌け口にされた。それは、自分がゆうかにゃんだからだ。
決して殺されることはなかった。それも、自分がゆうかにゃんだからだ。
思考がそんな風に巡る時、胴付き猫の中身に得体の知れない感情が這いずり回るのを覚える。
胴付きとはいえ、ゆっくりだ。語彙も概念もたくさんは持てない。あえて人間の言葉に置き換えるなら、それは生き汚い自分への嫌悪なのかもしれなかった。
情念を単語の羅列で表す代わりに、ゆうかにゃんは思い出す。それは、茶色いヌシの顔。
既に陽は中天に差し掛かろうとしている。人混みに紛れて、人間のフリをした胴付きが歩いていた。
行き交う人の多さに、ゆうかにゃんは、人間とゆっくりはどちらが多いのだろうと考えたりする。
たいした差はないのかもしれない。
胴付き猫の視線はあくまで、市境の方を向いている。
しかし、昨日からロクでもないものばかり教え続けている猫耳が、またもや何かを捉えていた。
背後から近づいてくる喧噪。思考する蜜餡の中で、飼いさなえから聞いていた情報が忍び寄る騒ぎと結び付く。
それは、愛護派のデモ行進であった。
「愛らしいゆっくりを、虐待するなー!」
「飼いゆっくりに手をかける、憂饅会を許すなー!」
「憂饅会会長は、全ての責任を取れー!」
「我々の隣人を、虐めるなー!」
「なー!」
ゆうかにゃんが歩いている歩道の反対側、その車線端を丸々使って人の群れが緩やかな移動を行っている。
通行人は驚く程無関心で、あらゆる感情を家に置き忘れたかのように見えた。
一車線を潰され交通を阻害されたドライバーだけが、イラついたような表情を見せている。
行進に参加している人々も、まるでちぐはぐだった。
ひたすら無条件の愛を訴える女。血走った眼で憂饅会の糾弾に終始してる男。所在無さ気にプラカードを持っているだけの若者。ただくたびれている中年。
さらに選挙の時によく見るような車が走ってきて、今度はゆうかにゃんがいる側に横付けしてきた。両岸の車線が一列づつ潰された格好である。
車の天井の上には、やぐらのようなものが付いていた。お立ち台とでも言えばいいのか。内部と階段で直結してるらしく、1人の女が下からせり上がってくる。
見覚えのある服装だった。鮮やかで不自然な桜色のスーツ。昨日、あのありす達と話していた、きし、という市議会議員に間違いはない。
思わず立ち止まり登壇者を見上げる一団に、何となく胴付き猫も混ざっていた。或いは、予感があったのかもしれない。
「ご通行中の皆様、セーブ・ゆー・ジャパン代表の、岸通子(きし・とおるこ)でございます!
本日は皆様のお時間と場所をお借りして、今、この磯賀市で行われている恐るべき実態を告発させて頂きます!
先日の緊急市議会において、野良ゆっくりの一斉駆除が決議されました。
しかしこれは、我々市民派の議員が不在の時を見計らって決定された陰謀であり、暴挙であります!
この一連の首謀者は、憂饅会を名乗る組織であり、彼らは一切の悪はゆっくりにあるとの暴論に基づき、違法行為を繰り返しているのであります!」
拡声器を手にした岸の迫力に、群衆はぽかんと口を開けたままだ。
口角泡を飛ばす女の横にいた運動員が、布を被せられた長方形を持ち上げた。
「たった今、善良なる飼いゆっくりを襲い続けた丸井薫子という憂饅会会員が、逮捕されたという知らせが入りました。
喜ばしいことではありますが、これで終わってはいけません。
今持ち運ばれたこれには、憂饅会がいかに暴力的であり狂信的であるかの証拠が収められています。
大変惨たらしいものではありますが、この惨状を公開することにより、皆様も我々の活動に深いご理解を頂きたいのであります」
岸代表が首を縦に振ると、覆いかぶされていた布が取り払われる。
車はそれほど車高が高くないので、誰しもが頭上で隠されていたものが何なのか、はっきり分かることだろう。
ゆうかにゃんはついさっきまで、嘔吐し続けていた。それは、この場では幸いであった。もうこれ以上吐かなくて済む。
隠されていた長方形は、スタンダードでステレオタイプな透明の箱である。横幅だけが若干大きい。
特殊アクリルで隔てられたあちら側。そこに胴付き猫にとって見覚えのあるゆっくり達が収納されていた。
磯賀市第2公園の野良ゆっくり達。昨日夕日と共に別れたかつての仲間達。それがあらゆる虐待を受けてあの中にいる。
あんよを焼かれたれいむ。目と口を乱暴に縫わされたまりさ。まるで弁慶の立往生のように無数の枝が差し込まれたちぇん。なます切りにされたみょん。
他ならぬセーブ・ゆー・ジャパンの車に乗せられ、保護されたはずのゆっくり達。
それが、一様に痛めつけられ傷付けられ、呻き声も出せないくらいに衰弱させられ、手当を受けることもなく放ったらかしにされている。
胴付き猫は思う。愛護派に飼われているはずなのにどうして、と。
疑問が怒りに変わるのにそう時間は変わらなかった。
ゆっくりでも分かる。誰が虐待を行ったのかを。
「彼らは野良ゆっくりだろうが飼いゆっくりだろうが、このような凄惨な行為を、正義と称し行い続けているのです!
執拗な虐待に目を背けないで下さい! これが憂饅会の本質なのです!」
殺してやりたいと思う。誰を、虐待人間を? いいや、目の前の詐欺師を。
岸通子は愛護という自分の正義を主張するために、虐待を平気で捏造した。
でなければ、どうして愛護派に保護されているゆっくりが、一晩も立たないうちにあのような有様になるというのか。
せめて、憂饅会に押し入られたのでこうなった、とでも言えばゆうかにゃんも辛うじて信じたかもしれない。
しかし、そんなことには一切触れず、見よ悲劇を讃えよ我らをという声が繰り返されるばかりであった。
胴付きにも舌がある。気管は人のそれとは違うとはいえ、叫ぶことができる。沸騰する感情をそれらに乗せ、ぶつけることに躊躇いはない。
ゆうかにゃんの唇が開く。多くは語れないし、語る必要もない。ただ、ウソつき! と咆哮するだけだ。
息が止まった。箱の中のゆっくりと目が合っている。髪の毛も毟られ、お飾りも取り上げられ、全身みみず腫れの丸いゆっくり。
それでも分かった。ありすだ、昔から知っている野良ありすだ。あんな姿になってもなお、美しい瞳は変わっていない。
お飾りでしか認識できないような馬鹿どもとは違うのだ。試しにお飾りを脱いで見せ合ったこともある。
どんな時も、ゆうかにゃんはゆうかにゃんで、ありすはありすだった。
今もありすは笑っていた。最早希望などないにも関わらず、眼下の胴付きへ微笑みを向けている。
『もし、どこかでありすをみかけて、ありすがゆっくりしてなくても。
どうか、きょうみたいに、わらってね』
『約束するにゃん。
もしゆうかにゃんがゆっくりしてなくても、その時はこうして笑って欲しいにゃん』
『ええ、ありすも、やくそく』
交わし合った言葉。それを思うゆうかにゃんの顔は涙でふやけている。そのまま、笑顔を作った。
笑みには笑みを返す。それが、約束だ。
笑みには笑みを返す。それが、約束なんだ。
ありすもゆうかにゃんも、生きるための選択をした。できればお互いに生き抜いて欲しいと願いつつ。
友はあちら側にいて、もうそこから出られない。ここにいる自分が叫び飛び出してしまえば、どうなるだろう。
きっとありすと同じ地に至り、しばし一緒にいられるだろう。それは美しいけれど、約束でも願いでもない。
瞬間はすぐに訪れ、たちどころに消え失せた。
加虐者と被虐者を乗せた車が走り去り、野次馬が消え、ゆうかにゃんは近くの壁に寄りかかり、うずくまる。
そうしてやっと、胴付き猫は笑顔を止め、目から溢れ出る水分に我を任せた。
静かに、深く、長く、泣く。
自覚し、苛み続けた。自分がありすを見捨ててしまったことを。
決壊が治まり、フード付きの猫は顔を上げた。
桜色が目の前を覆っている。春ではなく、人造の偽物。
岸通子がゆうかにゃんの前に立っていた。さっきまで熱弁を振るっていた邪悪が、胴付きを見下ろしている。
「ねえ、あなた、胴付きじゃない?」
洋服の色は人造でも、そこから生えている頭は本物のはずだ。
しかし、そう見えなかった。まるで人形に人の皮を張り付けたような、不気味な笑顔。
昔話で聞いた、笑顔の仮面を付けられたまま虐待され潰されたまりさのような、奇怪な表情。
通りすがった鬼威惨の面は怖かった。傷付けられていてもなお、あのありす笑顔はゆっくりできた。
ゆうかにゃんに墜落してくる岸の顔は、確かに笑顔だ。それなのに、何よりも何よりもゆっくりできない。
「もし、よかったら、私と」
人のようなものの手が伸びる。ゆっくりは痙攣したかのように震えた。
口内の水分は失われ、中身がどこまでも冷えてくる。
歓楽街の闇も、狂気が歩く路地裏も、これほどまでの恐怖を与えはしなかったのに。
「私の姪っ子に、何の御用ですか?」
知らない声と一緒に、暖かい掌が胴付き猫の頭に置かれた。
「あなたは?」
「おじですよ。迷子になっていたこの子を探してたんです。ゆっくり扱いとは酷いなあ」
「……失礼しました」
早足で岸代表がいなくなる。
胴付きはそっと置かれた手の根本へ瞳を向けるが、やはり見たこともない人間だった。
「余計なこと、したかな?」
「にゃにゃ、いや、にゃじゃにゃくにゃ……」
「安心しろ。こんな恰好してるが、市役所の人間じゃない」
ゆうかにゃんはそれまで気付かなかったが、男は胸に『磯賀市役所』と刺繍された作業着を着ている。
市という言葉には反応してしまうが、彼が自分達に危害を加える種の人間には見えなかった。
厳しそうな眉間の皺に、慈しみを隠した目元。こんな人に飼われるゆっくりは、きっと幸せになるに違いない。
胴付きは、そんな印象を覚える。
「どうして助けてくれたにゃん?」
「ああ、さっきまで、お前みたいなのと一緒にいたからな。なんか、こう、放っとけなかった」
そう言って男は鼻の頭を掻く。
ゆうかにゃんも、つられて鼻っぽい場所を指でこすった。
「ゆうかにゃんみたいなの、にゃん?」
「ああ、この先、市の境を越えたところにある広場に、お人よしの野良どもが集まってるんだ。
良かったら、いってみるといい」
「おにーさんも、お人よしじゃ負けてないにゃん」
「そうだな、その通りだ」
「おにーさん、お名前を教えて欲しいにゃん」
「俺か、俺は……ハチだ」
ゆうかにゃんは、ハチと名乗った男の指を握った。握手できるほど大きくない手袋越しに。
軍手の中身は親指以外ぽよんぽよんとした皮があるだけの掌。それで無骨な人の指を柔らかく包む。
「ハチさん、本当にありがとうにゃん。ゆうかにゃんは……」
「気にするな。今日は、ゆっくりに縁があっただけだ」
「もし、また会えることがあったら、恩返しさせて欲しいにゃん」
「そんな事、他の人間には言うんじゃないぞ。人間と同じ言葉喋ること自体、許せないって奴も多いんだ」
「分かってるにゃん。ハチさんだから、にゃん!」
何度も何度も振り返りながら、ゆうかにゃんはハチと別れた。
幸運だった。無事生き延びたことだけではない。街を離れる最後の最後で、ヒトへの信頼を僅かに残すことができたのだから。
そして優しさに触れたものは、気付かぬままに歩く気力を取り戻していた。
程なくして市境を越え、男の言っていた広場も見えてくる。
『霧雨協会』という大書きと共に、いかにもゆっくりしてそうな野良ゆっくりが仮設テントの前に集まっていた。
その中にいた胴付きえーきが、ゆうかにゃんにいち早く気付くと、弾けるような笑顔で手を振ってくる。
その後、ゆうかにゃんはゆっくり保護区で暮らすようになった。
霧雨協会という、比較的まともな団体が運営する豊かな土地で、大勢のゆっくりと共に群れの一員となっている。
セーブ・ゆーや憂饅会を目の当たりにしてきた胴付き猫にとって、人間の庇護下に入ることは受け入れ難くもあったし、どこか諦めもあった。
しかし、あれからしばらく経つが、実に平和な日々が続いてしまっている。
ゆうかにゃんは、いつも群れの長であるドスまりさと一緒にいた。
胴付きえーきに、お供のれみりゃとれいむ、他大勢のゆっくり達。それらは確かに驚くほど善良で常識もあったのだが、いかんせん幼かった。
すれた胴付きにとって、まともな話し相手になるのはドスくらいしかいない。
群れには小高い山がある。その頂上付近のちょっと窪んだ場所がドスとゆうかにゃんの特等席になっていた。
今日も2匹は、こーろこーろ遊びをするゆっくり達を眺めつつ、あまり楽しくなさそうな会話をして過ごしている。
「平和にゃんね」
「平和だね…」
「どうして、ここはこうも穏やかにゃんか」
「ドス達みんな、霧雨さんの飼いゆっくりだからね…。
……霧雨さんのこと、まだ疑ってるの…?」
「人間さんは、ゆっくりをゆっくりさせなくして、ゆっくりするにゃん」
「そうじゃない人もいるよ…。ゆうかにゃんやえーき達を助けてくれた、ハチさんのような…」
「霧雨さんは、ハチさんみたいにゃんか? ゆうかにゃん達は、まだ霧雨さんに会ったことないにゃん」
「いつか、会えるといいね…」
「他ゆん事みたいに言うなにゃん」
風が舞っていた。
ドスのお下げが揺れ、ゆうかにゃんはひまわり帽が飛ばされないように、縁をつかむ。
「ドスには分かるよ、ゆん生は長い…。
ゆうかにゃんも、この群れに住む他のゆっくり達も、皆長生きするからね…」
「前から聞こうと思ってたにゃんが、ドスって本当にゆっくりの寿命が分かるにゃん?」
「ゆっくりがこの世にたーくさん生まれた時から、ドスは生きてきたんだよ…。
その間、死んじゃったゆっくり、潰されちゃったゆっくり、ずっと見てきた…。
だから、なんとなく分かっちゃうんだ…」
「この世にゆっくりが生まれた時からって、まだ4年しかたってないにゃんか」
「よく知ってるね。ゆうかにゃんは、賢いね…」
「おちびみたいに、言うなにゃん」
「4年でも、ゆっくりにとっては長過ぎるよ…。
その間、本当にたくさんの友達と、さよならしなきゃいけない…」
「……そう、にゃん」
ありすのことを思い出すと、いつも小さな瞳が細やかに潤む。
そんな感傷を抑えてくれたのは、眼下にいる胴付きえーき達だった。
えーきの服の中に、いつも一緒にいるれみりゃがもぞもぞと入り込んで、胸の辺りで止まった。
肉まんをしまい込んだまま、胴付きえーきが両手を広げて、れいむと一緒に麓の方へ駆け下りていく。
思わず、ゆうかにゃんは吹き出してしまっていた。
「ぶ、ぶにゃっ……。あいつらは、何やってるにゃんか?」
「ああ、あの人が来てるみたいだね…」
「あの人にゃ?」
「ハチさん…」
「にゃっ! ドス、お話はまた今度にゃん!」
岩から飛び降り、流石猫だけあって素早く駆け抜け、先行していたえーきまで追い抜かしていった。
麓の先へ、ゆっくり達はゆっくりさせたい者がいるあちら側へと進む。
ただ一匹、留まり見守るドスまりさは静かに頷いた。そして、誰に語るわけでもなく呟く。
「みんな、本当に楽しそうで、ゆっくりしてて、ドスは嬉しいよ…。
できることなら、ドスも、もっとみんなと暮らしていたかったよ……」
いつしか風は止み、ドスの姿も消え失せていた。
(第二話 終)
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