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anko2978 まりさ☆りざれくしょん!(前編)
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『まりさ☆りざれくしょん!(前編)』 37KB
虐待 観察 日常模様 捕食種 生きろ 以下:余白
『まりさ☆りざれくしょん!(前編)』
序、
「ゆぅ……? ここは、いったいどこなのぉ……?」
まりさは目覚めると見知らぬ場所にいた。ところどころに草が生い茂る地面。周囲を囲む木々。頭上に広がる青い空。森の中の何処かだろう。
見た目はかなりゆっくりできそうな雰囲気を持っているこの場所だが、自分の立ち位置が理解できないまりさにとっては悪戯に不安感を煽るだけのようだ。
さっきから木の幹に頬をぴったりとくっつけて小刻みにぷるぷる震えている。瞳を右に左に動かし、きゅっと唇を噛み締めるその姿に野生動物の“それ”は感じられない。
「……ゆ、ゆっくりしていってね……?」
誰へともなく呼びかけるまりさ。当然のように挨拶を返すものはいない。静寂だけがまりさの周囲を漂っている。
当てもなくずりずりとあんよを這わせて周囲を散索すると、おかしな事に気づいた。ここは自分の知っている森ではない。まりさの頬を汗が伝う。
(どうして……? まりさ、みんなでいっしょにゆっくりしてただけなのに……。それに……)
最後の記憶も森の中。しかし、そこにはたくさんの仲間がいた。れいむ、ありす、ぱちゅりー、ちぇん、みょん。
確かに意識は失っていたようだがそれほどの時間が経過しているようには思えない。まりさ自身の体力などからそう判断することができた。
ここがまりさの知っている森ではない以上、まりさと一緒にゆっくりしていた仲間が見当たらないのは不思議なことではない。
まりさの仲間どころか、誰もいないのだ。
これほど自然に溢れた森である。先住のゆっくりがいても不思議ではなかろう。ゆっくりでなくとも他の小動物がいて然るべきのはずだ。
これらの疑問に対し、決して多くの事を考えられないまりさの餡子脳をフル回転させてみたところで、納得のいく答えは得られなかった。
まりさが物陰に隠れながらずりずりとあんよを這わせ続ける。次第に辺りが暗くなってきた。夜が近いのだろう。夜は“れみりゃの時間”である。
「ま、まずは、ゆっくりできるおうちをさがすよ! そろーり、そろーり……」
周囲への警戒レベルを引き上げたまりさがきょろきょろしながら進んでいく。身を隠せそうな場所を探さなければならない。空腹も感じていたがそれは後回しだ。
しばらく進むと木の根っこの下にできた小さな穴を見つけた。まりさがそれを調べてみる。
穴の前で「ゆー? ゆー……?」と唸るまりさ。人為的に掘られた穴ではなく、あくまでも自然に形成された穴のようでそれほど深くもない。
「ゆっくりしていってね……?」
穴の中へと声をかけるまりさ。一応、先住者がいないかどうかの確認である。まりさは喧嘩が苦手なので下手な争いは起こしたくない。「おうち強奪」など論外だ。
目を凝らせば奥壁が見える程度の穴。先住のゆっくりがいればすぐに分かるものだが念には念を入れたのだろう。
当然返事は返ってこなかったし、その場でしばらく待ってみても誰もこの穴には帰ってこなかった。
周囲が見えなくなる。夜の帳が下りた。これ以上ここにいるのは危険である。まりさはお尻をぷりんぷりんと振りながら穴の中へと潜った。
穴の奥で回転して顔を入り口側へと向ける。口には尖った枝を咥えて気持ちばかりの警戒を。
それから気づいたことを心の中で呟く。
(かぜさんがふいてないのかな……?)
風が吹いていないおかげで外の冷気が巣穴にまで入り込んでこないようだった。
(それに……むしさんのこえもきこえないね……。たまに、うるさくてなかなかねむれないときもあるのに)
無風の世界。無音の世界。更にそれらを暗闇が覆い隠し得体の知れない何かとして、まりさのいる場所を構築しているようだ。
(ゆぅ……? ここは、いったいどこなのぉ……?)
いつのまにか眠りについていたようである。
目が覚めると既に外が明るくなっていた。
咥えていた枝も巣穴の中に転がっている。まりさは再びそれを咥えると恐る恐る巣穴の外へと出て行った。太陽の光が眩しい。思わず目が眩んでしまう。
その時だった。
「ゆっ、ゆっ」
はっきりと聞こえたゆっくりの声。まりさの心が躍る。声のする方向へと一気にあんよで土を蹴った。
脇目も振らずに跳ねていくまりさ。頑丈ではない皮で小石を踏んでも、前のめりに転びそうになっても跳ね続けた。
絶対に見失うわけにはいかない。なんとしてでも見つけ出してここが何処なのかをそのゆっくりに訊く必要があるのだ。
汗ばむ頬を気にも留めずにまりさが草むらの中へと飛び込む。
すると、その先には木にもたれかかってお歌を歌っている一匹のれいむがいた。
「…………?」
そのれいむがきょとんとした表情でまりさを見つめている。まりさは安堵感からか目に少し涙を浮かべていた。対してれいむは表情一つ変えない。
「まりさ?」
「そ、そうだよ! まりさはまりさだよっ! ゆっくりしていってね!!!」
「そうなの」
「ゆ……?」
まりさは戸惑ってしまった。話したいことはたくさんあるはずなのに、それが一つも言葉に出てこない。れいむもまりさを見つめたまま動かなかった。
(なんなの……? このれいむは……。まりさのことがきらいなのかな……?)
考えれば考えるほど不思議なれいむだった。突然血相を変えて自分の前に現れたまりさを見て何も感じなかったのだろうか。落ち着いているにも程がある。
まりさは意を決してれいむへと這い寄った。警戒をしていないのか、れいむは動こうとしない。相変わらずまりさを見続けているだけだ。
目の前まで来ても視線を外そうとしないれいむに、まりさがその不思議な瞳を見ないようにして問いかける。
「あのね、れいむ。まりさ、ここがどこだかわからないんだよ。れいむはここがどこだかわかる?」
「…………ここは、もりのなかだよ」
「そ、そうじゃなくって……。れいむ? まりさにゆっくりおしえてね。ここはまりさのしらないところなんだよ。ここはどこなの?」
「ゆっくりまわりをみてね。ここはもりのなかだよ。そうとしかいえないよ。れいむは、もりのなかともりのそとしかしらないんだよ。りかいできる……?」
まりさが怯えた表情を隠すように三角帽子を目深に被り直す。そのまま俯き加減で呟くように謝罪の言葉を繋いだ。
「ご、ごめんね。ごめんね」
「べつにあやまらなくてもいいよ。れいむのほうこそ、まりさのしつもんにこたえてあげられなくてごめんね」
冷静になって考え直す。まりさとれいむが逆の立場で同じ質問をれいむにされたら、まりさは答えることができただろうか。もちろんできない。
何故なら、まりさも自分が普段暮らしている森の事しか知らないからだ。れいむもこの森の事しか知らないのだろう。
基本的にゆっくりという生き物はごく僅かの例外を除いて活動範囲が狭く、自分たちが暮らす森の中やゆっくりプレイスという小さな世界のみしか把握できていない。
だから、自分たちがどういう世界のどういう森に住んでいるのかなど理解できないし、する必要がない。
いきなり「ここはどこですか」と聞かれても、れいむが答えたように「森の中です」としか答えようがないのだ。
一瞬見せたれいむの冷たい態度に対して不安に駆られながら、まりさが帽子のツバから目を覗かせてれいむを見上げる。
れいむは相変わらず無表情のままそこに佇んでいた。まりさの犯した愚行など歯牙にもかけぬと言った様子だ。安心したような、がっかりしたような複雑な気分になるまりさ。
(れいむは、ほんとうにまりさのことなんてどうでもいいとおもっているんだね……)
「まりさ」
「ゆひっ!?」
「ひとりでたいへんなんでしょ? おなかすいてない? もしよかったら、れいむのおうちにこない?」
まりさが夜空に打ち上げられた花火のように表情を輝かせる。
肯定の意と受け取ったのだろう。れいむが森の奥へと向けてあんよを這わせ始める。まりさもその後に続いた。
(れいむがやさしいれいむでよかったよ……。 れいむのおうちのちかくにまりさもおうちをつくろうかな……)
そして、そこを拠点にして本来まりさがいた場所を少しずつ探していくのだ。れいむ以外のゆっくりにも会えるかも知れない。
(そういえば……まりさがすんでいたもりのこと、どうやってせつめいすればいいんだろう……)
森の中は森の中。それ以上でもそれ以下でもない。思考回路がかくんと落ちると同時に不安な気持ちが餡子脳いっぱいに広がっていく。
しかしいつまでも考え込んでいるわけにもいかない。そもそも、下手の考えなど休むに似たりだ。それなら少しずつでも動いたほうがマシというものである。
(まりさ、がんばっておうちにかえってみせるよ……っ!)
一、
まりさが新たな拠点を作り上げるのは早かった。と言うよりもれいむの助力によるところが大きい。
れいむはまりさよりも石や木を使って穴を掘っていくのが得意だった。まりさは手際よくおうちを作っていくれいむを呆然と見つめていた。
まりさの中で……いや、ゆっくりたちの間でれいむ種といえば全てにおいてフォローに回る役どころであり、自らが前線に立って行動することはあまりない。
それがこのれいむは明らかに違った。まりさが新しい拠点を作るという話をするや否や、道具をかき集めてきてすぐに作業に取り掛かったのである。
あの時のれいむの輝きながら飛び散る汗。紅潮していく頬。吐息。思い出すだけでドキドキしてしまうまりさは、今現在おうちの中だ。
アグレッシブなれいむにまりさはすっかり恋をしてしまったようである。
「……かわいい……かっこいい……れいむだよ……」
意味不明な言葉を呟くまりさ。完全にうっとりしているその表情は恋する乙女のそれに近い。
「まりさ」
「ゆゆっ?!」
好きなれいむにおうちの外から声をかけられて、小躍りをしながら這い出してくるまりさ。すぐ目の前にれいむがいる。残念ながら無表情。
まりさはもじもじしながら帽子を深くかぶって、れいむをチラチラ見つめていた。
「きのこさんを、さがしにいくんだよね?」
「ゆ?」
「さっき、そういってたでしょ? もうわすれちゃったの?」
「わ、わすれてなんかないよ! ほんとうだよ!」
「まぁ、どっちでもいいよ」
「ほ、ほんとうだよぉ!?」
実際のところ、まりさはれいむの事を想うあまりにキノコ狩りの事は忘れてしまっていた。
おうちを作り上げたあとに、お腹が減ってしまった二匹は食糧の備蓄がてら小腹を満たすためキノコを探しに行くという約束を交わしていたのである。
きっとれいむはまりさの嘘に気づいているのだろう。それを咎めようともせずに変わらぬ態度で接してくれるれいむのことが、まりさは益々好きになっていった。
「ところでれいむ」
「なに?」
「きのこさんがどこにはえているのかをしってるの?」
「れいむはこのちかくにすんでいるんだよ。とうぜんだよ」
最初は無表情かつ抑揚のない声で返される返事にはどこか棘があるようにも感じていたが、今ではすっかり「これがれいむなんだ」と理解できており特に何も感じない。
そんなことを思っていると、まるで自分がれいむの良き理解者になれたような気がして自然に口元が緩んでしまう。当然、勘違いも甚だしいわけではあるのだが。
やがて開けた場所に出た。
なるほど確かに。れいむの言うように木の根や岩陰に数種類のキノコが生えている。ここがれいむの狩場なのだろう。おうちからも近く手頃な場所だ。
「まりさ、まっててね」
れいむはぴょんぴょんと飛び跳ねてキノコを採取しに向かった。
日々を生き抜くために食糧を探しに来たのだ。淡いロマンスなどに一瞬でも期待した自分を軽く罵ってから、まりさが動き始める。
まりさ種は狩りの名手だ。特にキノコを見分ける力には優れており、更に帽子を籠代わりにして一度にたくさん食糧を採取することができる。
まりさ種の優劣は基本的に狩りの腕で決まると言ってもいいだろう。一匹で狩りができるようになったらまりさ種として一人前と認められることが多い。
「ゆぅ……? なんだかみたことのないきのこさんばっかりだよ……」
ちなみにこのまりさ。狩りが特別上手いわけでも下手なわけでもない。キノコを見分けるレベルについても同じだ。
しばらく唸ってから別のキノコへと移動する。これも見たことがない種類だ。キノコと睨めっこをしながらため息をつく。
「ここは、まりさがすんでいたもりとぜんぜんちがうのかな……」
どうにもこれまで培ってきたキノコ知識がまるで役に立たない。困り果てたまりさがその場に立ち尽くす。れいむの帰りを待つべきだろうか。
瞬間、脳裏に大量のキノコを採取して戻ってきたれいむの姿が浮かぶ。それに対してただの一つもキノコを持っていないまりさ。
そんなまりさを見てれいむはどう思うだろうか。まりさ種は狩りが一匹でできるようになって一人前。つまり、愛しのれいむに自分は半人前のまりさとしか映らない。
それはまりさ種としての尊厳に関わる事態であり、何より好きなゆっくりを前にしてそんな自分はあまりにもかっこ悪いのではないか。
(でも……もし、まりさがたくさんきのこさんをあつめていたら……)
――まりさ、すごいね。かりがとくいで、すごくかっこいいよ。……れいむを、まりさのおよめさんにしてくれてもいいよ……?
妄想に悶えて転げ回るまりさ。妄想の中ででも自分をれいむよりも下に配置しているところあたりが、どうしようもないヘタレさを感じさせる。
まりさが突然キリッとした表情に変わり、目の前のキノコを睨み付ける。毒か否か。確率は二分の一だ。当てればこの種のキノコはそこらへんで大量に採取できる。
「……いくよっ!!! むーしゃ、むー……ゆ゛っげぇ゛ッ?!! ごでどぐばい゛っで、ぶッ!!!! ゆ゛っぎゃあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!」
噛んだ瞬間、舌に強烈な痺れが走った。裂けたキノコの隙間から毒液が滲みそれが喉奥へと入り込んだ。吐き出すのが間に合わなかったようだ。
まるで体内を引っ掻き回されているかのような激痛が駆け巡る。飲み込んでしまったキノコの毒液がまりさの餡子を蹂躙しているのだろう。
軽くかじっただけでこれだ。一本丸ごと飲み込んでいたら即死していたはずである。
「い゛だい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!!!!!」
それでも致死量に近い毒素を体内に取り込んでしまったようで、まりさは顔面から滝のように汗を流しながらゴロゴロと地面を転がっていた。
体の内側から焼き焦がされるかのような強烈な痛みと熱。それがどんどんまりさの体力を奪っていく。中身の餡子をべちゃべちゃと吐き出した。
「ゆ゛がひっ……ご、ごで……へん……だよ゛っ、へん、だよ゛ぉ゛」
吐き出した餡子がやけに水っぽいのである。どうやらまりさが食べたキノコの毒は中身の餡子を水のように溶かしていく作用があるようだ。
それから突然便意が襲った。「うんうんするよ!」と言う前にあにゃるから餡子色の液体が噴出される。あにゃるから垂れた水うんうんがあんよに垂れるのが気持ち悪い。
意識が朦朧としてきた。これほどまでに強い毒性を持つキノコを食べたのは初めてである。もはや呼吸をすることすらままならない。
「死ぬ」。誰かから宣告されるまでもなくハッキリとそう感じた。体内がぐちゃぐちゃになっているのが理解できる。右に動けば右に餡子が集まる。左も同様だ。
ほとんど中身が液状化してしまっているのだろう。まりさが知っている常識を覆すかのような症状だった。
「……まりさ」
れいむの声が聞こえた。
未だに吐餡を続け、液状化したうんうんを漏らし続けるまりさは死の恐怖や苦痛を超越して羞恥心を覚えていた。
どうせそう永くはないと理解できていても、こんなみっともない姿を好きなれいむに見られたくなかったのだろう。
まりさは崩れた泥団子のようになっている。皮が無傷でなければゆっくりかどうかの判別などできなかったはずだ。舌を垂らし、噴水のように口から餡子を吐き出す。
液状化した餡子がまりさの穴という穴から噴出されようとしていた。その過程で中身が三分の一以下になれば有無を言わさず死んでしまうことになる。
「まりさ。 ゆっくりおくちをうえにむけてね。 あにゃるさんはじめんにくっつけるんだよ」
主に餡子が飛び出そうとしている口とあにゃるに対して策を取るれいむ。
噴き出される餡子が口内に留まるのが息苦しいのか、口に餡子を溜めながら「ごぽっ、ごぽっ」という音がする。れいむはそれを「飲み込め」と言った。
口から餡子が出て行かなくなると、今度はあにゃるから餡子がべちゃべちゃ漏れ出し始める。まりさは水うんうんまみれになった下半身がむず痒くて堪らない。
「このおはなさんをむーしゃむーしゃしてね、すぐでいいよ」
そう言ってれいむが、見たことのない綺麗な花をまりさの口の中に入れた。餡子の液溜まりと一緒にぐちゃぐちゃ音をさせて必死にそれを飲み込むまりさ。
「れ゛い゛……む゛……ゆ゛ぉ゛え゛ッ?!」
「おしゃべりしちゃだめだよ。せっかくむーしゃむーしゃしたおはなさんをはきだしちゃうから。もう、からだはいたくないでしょ?」
「…………?」
れいむに言われるまで気づかなかった。確かに体内を駆け巡る熱と痛みは薄れつつある。余韻が残ってまだ疼いてはいるが耐えられないほどではない。
「でも、まだうごいちゃだめだよ。いま、まりさのなかみはおみずさんみたいになっているからね」
「れ、れい、むぅ……」
「こわがらなくていいよ。はいちゃったり、うんうんででていっちゃったぶん、むーしゃむーしゃすればいいんだからね」
それから草で編んだ籠のようなものを取り出して、その中に入れてあったキノコをまりさに一つずつ食べさせる。
すっかり青ざめてしまったまりさがもそもそと口を動かす。キノコが大きい時はれいむがそれを噛み千切ってまりさに与えた。
「どう? すこしはおちついてきた……?」
「ゆ、ゆぅ……。ありがとう、れいむ……」
「でもまだあんしんしちゃだめだよ? おなかがいっぱいになっても、なるだけたくさんごはんさんをむーしゃむーしゃしてね」
「ゆっくり……りかいしたよ……」
「ごめんね、まりさ……。さきにどくのはいっているきのこさんをおしえてあげればよかったね……」
「ちうがよ……。まりさが、れいむに“まっててね”っていわれたのに、かってにきのこさんをむーしゃむーしゃしたからわるいんだよ……」
「まりさにね、たべられるきのこさんをまずはもってきてあげようとおもってたんだよ。それをちゃんといえばよかったよ……」
れいむが深々と頭を下げる。
まりさは慌てて体を起こしてそれを制しようとしたが、逆にその行動をれいむによって制された。動くと中身が漏れ出てしまう危険があるのだろう。
気が付けばまりさの顔色が幾分良くなってきている。れいむの指示通りに食べたキノコが、新しく餡子に変換されていっているようだ。
さすがに呼吸はまだ少し荒いが汗も引いており目の焦点も定まってきた。回復は時間の問題だろう。
しかし、回復したら回復したで今度は別の感情がまりさを包み始めた。
(まりさ……すこしも、かっこよくないよ……。れいむのまえでこんなになって……。ぜんぜん、ゆっくりしてないね……)
情けなさ。悔しさ。れいむがいなければとっくに死んでいたであろう自分自身の弱さと無力さ、それに加えてもどかしさ。様々な感情の螺旋がまりさを縛り付けてしまう。
変わらぬ態度でまりさの看病を続けるれいむを見て、まりさの心がキシキシと音を立てて軋む。気づけばまりさは涙を零していた。
「どうしたの? どこかいたいの?」
分かってはいたことである。ここで涙なんか流そうものなら余計れいむに心配をかけてしまうはずだ。分かってはいながら流れる涙を止めることができなかった。
「ちがうよ……れいむ……ちがうの……」
「まりさ? れいむにしんぱいをかけてわるいとかおもっているのなら、そんなことはかんがえなくていいよ」
「れいむ……?」
そう言ったきり、れいむは何も話さなくなった。無言で新しいキノコを噛み千切ってまりさに与える。
まりさにはれいむの言った言葉の意味が理解できなかった。まるでまりさを助けるのが当たり前だとでも言うような口振りだ。
(……れいむは、こまっているゆっくりをみかけたら、ほっとけないゆっくりなんだ……)
また一段と。れいむへの恋の炎が燃え上がるのを感じた。
このれいむを幸せにしてあげたい。守ってあげられるくらいに強くなりたい。そんな気持ちが沸々と湧き上がってくる。
まりさはれいむの横顔を何度も何度も盗み見た。絶世の美ゆっくりという訳ではない。それでも、まりさはれいむの事が好きで好きで堪らなくなったのである。
「まりさ。うごける……?」
れいむが不意にまりさの顔を覗き込む。
どうやら体を動かすことができる。ゆっくりと体を起こしていくまりさ。
「ありがとう、れいむ……」
「きにしないでね。それより、はっぱさんをもってきてあげるよ」
「ゆ? どうして?」
「うんうん。 あんよについて、きもちわるいでしょ?」
「~~~~~~~~っ!!!///////」
恥ずかしさで気が狂いそうだった。
れいむはそんなまりさの様子にも素知らぬ顔でずりずりと草むらの中へと這って行く。戻ってきたれいむの口にはたくさんの柔らかそうな葉っぱが咥えられていた。
「ふいて、あげようか……?」
「や、やめてね! じ、じぶんでふくよっ!」
「ゆ? そう。ゆっくりりかいしたよ」
まりさの羞恥心などにはお構いなしのようである。
れいむ種の特徴に母性が強いというものがあるが、介護関係への適正もあったのかも知れない。
いずれにせよ、年頃のまりさが年頃のれいむにそれをされるのは辛いというものだろう。
(れいむは……かわいいおよめさんだけじゃなくって、……やさしいおかあさんにもなれるよ……)
そんな事を考えて顔を真っ赤にするまりさ。もうすっかり回復したようだ。まりさの妄想が再び冴え渡る。
――まりさ。ごはんさんにする? すーやすーやする……? それとも……ちゅっちゅ? ……それとも……もっと、えっちなこと、……する?
「ゆひゃああぁっ!??////」
「どうしたの、まりさ? またどこかいたくなったの?」
「ち、ちちちちち、ちがうよ、れいむ! まりさ、なんにもかんがえてないよ! ほんとだよ!!」
「ゆぅ……?」
(か、かか……かぁいいよぅ!! れいむ、すっごく、かぁいぃよぅっ!!!)
不思議そうに顔をかしげるれいむの仕草が、まりさにとってツボだったらしい。体をくねらせて悶えるまりさ。
そんなまりさをれいむはぼんやりと眺めていた。
二、
毒キノコ事件から二日が経過した。
まりさのおうちの中には少量のキノコが備蓄されている。二度目のキノコ狩りでれいむに教わったキノコだけを正確に採取してきたのだ。
その時以来、すぐ目の前に住んでいるはずなのにあまりれいむを見かけていない。活動時間が微妙に異なるのだろうか。
とは言っても全く見かけていないわけではないので、巣穴に戻ってきていることだけは間違いなかろう。
「れいむは、ふだんいったいなにをやってるんだろう……?」
まりさがそう考えるのも自然な流れだ。
れいむの行動には謎が多すぎる。行動だけでなく、口調や雰囲気もまりさが知っているどのれいむ種とも違っていた。
もちろんそこがミステリアスなわけで、まりさがれいむに熱中する一要因であることは間違いない。相手を知りたいと思うからこそ夢中になるわけだ。
一度、れいむの事を観察してみようかと思ったことがある。しかし、物陰からこっそりれいむの後をつける自分が、変態以外の何物でもないと判断したまりさはそれをやめた。
「……ほかのゆっくりをさがしてみようかな……」
まりさが呟く。
本来の目的は拠点を作り、そこをかつて自分が暮らしていた森へ帰るための足掛かりにするというもののはずだった。
しかし、れいむに熱を上げるうちにそれを忘れかけてしまっていたのである。
みんな心配しているはずだ。れいむも、ありすも、ぱちゅりーも、ちぇんも、みょんも。みんな大切な友達である。みんな、大切な……。
「……ゆゆ……?」
そこまで考えてまりさがぴたりと思考を止めた。
「みんな……どんな、ゆっくりだったっけ……?」
思い出せなかった。自分に仲間がいたことは覚えている。しかし、一匹一匹の特徴がまったく思い出せない。
まりさの額にうっすらと汗が滲んだ。思い出そうとすればするほど、何も頭に思い浮かばなくなる。なんだか薄ら寒い気分になっていった。
「どうして……おもいだせないの……?」
自分自身への問いかけ。当然の如く、それに答えを示してくれる者はいない。自分がもともと居た場所も判らない。一緒に暮らしていた仲間のことも判らない。
こんな何も判っていない状況で何を頼りに自分の居場所を探せば良いのだろうか。これまで忘れかけていた不安感が再びまりさを襲う。なんだか怖いとさえ感じた。
「まりさ」
「ゆっ!」
外かられいむが声をかける。その声にどれほど救われただろうか。まりさは沈みかけた闇の底から間一髪這い出すことができた。
「れいむ……?」
巣穴から這い出したまりさがれいむの後姿を見つめている。れいむは遠くの空を見ながらそこを動こうとしない。まりさがれいむの頭越しに空を見つめた。
「あめさんが、ふってくるよ」
「……あめさん?」
「そうだよ」
「わかるの?」
「うん」
れいむの隣へと移動するまりさ。空を見つめるれいむの表情は真剣そのものであり、冗談を言っているようにはとても見えない。
しかし、れいむはそれをどうやって判断したのだろうか。雲一つない青空。風は相変わらず吹いていないし、遠くから雷の音が聞こえるわけでもない。
これから雨が降るというれいむの予測は、誰が聞いても突拍子のない発言であるようにしか聞こえなかった。
「おうちに、おみずさんがはいってこないようにしようね。いまのおうちのままじゃ、ゆっくりできなくなっちゃうよ」
「ゆっくりりかいしたよ」
れいむが考案した対策は以下の通りである。
まず巣穴の入り口から奥の空間まで若干の勾配を持たせる。その上、巣穴の入り口と同じくらいの大きさの葉っぱを持ってきてそれを扉の代わりにするのだ。
もともと平坦に作られていた巣穴へ続く穴は、入り口付近を深く掘り直して徐々に上がっていくスロープ状に作り替えた。
更にれいむは持ってきた大きな葉っぱを器用に太めの木の枝にくくりつけ、それを入り口の前に設置した。れいむ曰く、この葉っぱは水を弾くらしい。
まりさはそれらの作業をあっという間にやってのけたれいむを再び呆然と見つめていた。
「どうしたの?」
「れいむは、すごいね……」
「どうして……?」
「なんでも、ひとりでできて……かっこいいよ……。まりさよりもかりがじょうずで、ぱちゅりーよりもあたまがよくて、ちぇんよりあなほりがうまくて……」
「……ありすよりもとかいはなこーでぃねーとができて、みょんよりもつよいよ。れいむは」
「そ、そうなのっ!?」
「うん」
基本六種。れいむ、まりさ、ありす、ぱちゅりー、ちぇん、みょん。通常種と呼ばれるゆっくりの中でもこの六匹がそれに当たると言われている。
言葉にすればなんだか響きが良いようにも感じるが、単純に数が多くて見かけることが多いというだけのゆっくりたちだ。しかし、それぞれに特技を持っている。
優れた基本六種同士が助け合えばそのゆっくりプレイスは安泰であるとさえ言われているのだ。
その六種の力を兼ね備えたれいむという存在は、ゆっくり界の常識からすれば余りにもとんでもない話だったのである。だからまりさは驚いた。
しかし、これまでの出来事や言動からしてそれを疑う余地はない。れいむが優れたゆっくりであるということは誰の目から見ても明らかだろう。
(れいむは……まるで、ゆっくりのかみさまみたいなゆっくりだよ……)
――まりさ? れいむは……かみさまごっこはもう、つかれたよ……。ふつうのおよめさんになりたいな……。ねぇ……ぜんぶ、わすれさせてよ……?
「ゆ゛ぐっふぅ?!!」
神様、という単語から一気にここまでを連想し妄想するに至るまりさの頭の回転の速さもなかなかのものである。
顔を真っ赤にして緩んだ口元を必死で隠しながら右に左にごろごろ転げ回るまりさ。
「それじゃあ、れいむはもういくね」
「ゆ? う、うん……」
悶える自分に「何をやっているのか」と尋ねて貰えなかったことに少しがっかりし、少し安心した。餡子心は複雑なようだ。
れいむはずりずりとあんよを這わせて自分のおうちへと入って行った。そのとき初めて気が付いたが、れいむのおうちの入り口にも葉っぱが設置してある。
それを見てまりさは不思議と嬉しい気持ちになった。
(おそろい、だよ……っ!)
れいむとお揃い。一緒。同じ。それはまりさにとって、とても素敵な響きだったようである。浮かれ面のまま、その場でくるくる回転するまりさ。
そんな時だった。
「ゆ、ゆっくりしていってね……」
「むきゅ……。ゆっくりしていってね」
「!??」
まりさが全身を跳ね上げて振り返る。
そこにはありすとぱちゅりーの二匹がいた。
脳内お花畑状態の自分を見られたことよりも、その二匹の存在に驚愕の表情を浮かべるまりさ。
「なによ……。まるで、おばけでもみたようなおかおをするのね。しつれいなまりさだわ」
「むきゅ、ありす。そんなことをいってはだめよ」
まりさは別に二匹を知っているわけではない。ただ、れいむ以外のゆっくりを久しぶりに見たから単純に驚いただけだ。
ありすはそんなまりさの態度が気に入らなかったのか、なんだかぷりぷりしている。あまり性格のいいありすではないようだ。
反対にぱちゅりーはまりさの事を確かめるような目つきで見つめていた。自分たちから声をかけたとはいえ、最低限の警戒は行っているようである。
三者の沈黙を破ったのはぱちゅりーだった。
「まりさ。ぱちゅりーたち、このちかくにおうちをつくってゆっくりしようとおもっているのだけれど……かまわないかしら?」
「ゆ? べつにいいとおもうよ。 まりさのゆっくりぷれいすじゃないし……」
「そう? それじゃあ、ぱちゅりー。さっそくおうちをつくりましょ?」
「むきゅ。ゆっくりりかいしたわ。ありがとう、まりさ。……こんごとも、よろしくね」
「ゆっくりりかいしたよ」
「べつに、ありすはよろしくされようとかおもってないからね」
「むきゅー……ありす!」
ぱちゅりーが困惑顔でありすを少し厳しい口調でたしなめる。ありすは不服そうにそっぽを向いて一言。
「ふんっ」
「あの、まりさ? きをわるくしないでちょうだいね」
「きにしてないよ」
「ぱちゅ! なにやってるのよ! はやくおうちをつくるわよ!」
ありすに急かされてぴょんぴょんと跳ね出すぱちゅりー。ありすは余程まりさの第一印象が悪かったのか終始ご機嫌斜めの様子だった。
ぱちゅりーは何度か振り返ってまりさに頭をぺこりと下げている。
まりさはそんな二匹の後姿が見えなくなるまでぼんやりと眺めていた。
(ゆっ……? そういえば、もうすぐあめさんがふるって……)
先ほどのれいむの言葉を思い出す。追いかけてそれを伝えようかどうか迷った。
あの二匹……特にありすにどうやってこれから雨が降ることを伝えれば良いのだろうか。二匹が信じたとしてれいむと同じ対策を施す自信もない。
(……あめさんがふる、っていっても……どれくらいふるのかにもよるよね……)
そんなことを考えていると、れいむが作った雨対策の入り口もなんだか大袈裟な物に見えてきた。ここまでする必要があったのだろうかと。
れいむの事を疑っているわけではない。ただ、れいむは自分よりも慎重なゆっくりなのだろうと認識をした程度の話である。
まりさがもう一度空を見上げた。
相変わらず青い空が広がっている。鳥の一羽も飛ぶことのない永遠に続くのではないかと思わせる一面の青。
この空を見て雨が降るという予想は、普通のゆっくりにはできないだろう。なぜ、れいむはこれから雨が降るということを予測したのだろうか。
(れいむに、きいてみようかな……?)
と、言うのは建前で本音はれいむのおうちに行ってみたいというのが第一である。
れいむが他のゆっくりと一緒に過ごしているところをまりさは見たことがない。きっと、独身ゆっくりのはずだ。
独身ゆっくり。可愛いれいむ。おうち。二人きり。まりさの妄想が加速していく。まりさの脳内では既にあんな事やこんな事になっている。
「だ、だめだよっ! れいむはまりさのおんじんなんだからねっ!」
――そんなに、おんをかんじているのなら……、れいむのこと、すこしぐらいなぐさめてくれても……いいとおもうよ……?
まりさの妄想は留まるところを知らず絶好調のようだ。
雨が降ってきた。
まりさがそれに気づいたのはおうちの中でゆっくりしていた時である。
もそもそとおうちから這い出して外を見ると、薄暗くなっており小雨がしんしんと降り続いていた。
あれだけ青一色だった空も青灰色に塗りつぶされている。極端な空の色の変化にまりさが困惑の表情に変わった。もちろん、ずっと空を眺めていたわけではない。
「へんなの……」
まりさが呟く。
葉っぱの上を垂れてきた滴がまりさの目と目の間に落ちてきた。まりさが慌てて葉っぱの奥へと引っ込む。今度はあんよの下に目を向けた。
「ゆわぁ……。これなら、ぜったいにおみずさんがおうちのなかにはいってくることはないね……」
葉っぱからの雨だれが地面にぽたぽたと落ちているが、巣穴の奥は上向きに緩やかな勾配になっている。この水が流れ込んでくる可能性は万に一つもないだろう。
「あめさんがふってきたわ! ぱちゅ! ありすたちもはっぱさんをつかって、おうちのいりぐちをふさぎましょう!」
「むきゅ! ゆっくりりかいしたわ!」
よく見るとありすとぱちゅりーのおうちが森の入り口付近に作られている。
そのせいか、やけに二匹の声がはっきりと聞こえてきた。二匹は泥水の上をぱしゃぱしゃと跳ね回って作業を続けている。
どうやら、まりさのおうちの葉っぱと同じものを見様見真似で作ろうとしているらしい。
まりさがそんな二匹の様子を葉っぱの隙間から見つめている。
悪戦苦闘している二匹がようやく葉っぱの扉を作り終えた頃には、雨脚が強くなっていた。
まりさのおうちの前には大きな水溜りができている。そこに叩きつけるように雨が撃ち込まれていく。水面は乱れ、泥水がこれでもかと跳ね続けていた。
さっきまでの青空はいったい何だったのだろうかと思うほどの天気の変わり様にまりさがうなだれる。
しばらくは外に出ることができなさそうだった。キノコの備蓄があって良かったと心底思う。
雨の音がうるさくてなかなか寝付くことができなかったが、まりさはずっと横になっていた。
長雨になれば食糧が尽きてしまうかも知れない。少しでも体力を温存しようと判断しての行動だった。
降り続く雨。
それは先ほどよりも更に激しくなっていた。
大粒の雨がまるで機関銃のような音を立てながら地面を激しく蹂躙し続ける。こんな大雨の中にゆっくりが出ていけばすぐに皮がふやけて死んでしまうだろう。
そんなことを考えながらもう一眠りしようとするまりさにか細い声が届いた。
「?」
まりさがずりずりとあんよを這わせておうちの入り口へと下って行く。葉っぱの隙間から外を確認すると、激しい雨のせいで向こう側が見えなくなっていた。
「やれやれ」と言わんばかりの表情を浮かべてまりさが来た道を引き返そうとしたその時である。
「たすけてぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
叫び声が聞こえた。
まりさが思わず振り返る。先ほどのありすの声だった。余程渾身の力を込めて叫んだのだろう。叩きつける雨の音をすり抜けて、その叫びはまりさの元まで届いた。
すぐに葉っぱの下から顔を出して周囲の様子を確認する。否、できなかった。局地的に降り続く土砂降りが視界も音も消しているのだ。
それなのに。
「おうちのなかにおみずがはいってきたのぉぉ!!! おそとにもでられないよぉぉぉ!!!!」
やけに向こう側にいるありすたちの声だけがはっきりと聞こえてくる。
ありすとぱちゅりーは入り口に葉っぱの扉を作ったものの、おうちの中が地面よりも低い位置にあるのだろう。だから、どんどん水が入ってくる。
(どうしよう……どうしよう……どうしよう……)
ゆっくりは水に対して無力である。ずっと水に触れていれば皮が溶けて中身が漏れ出してしまう。道具もないゆっくりには水を掻き出すような事もできない。
目の前に広がる水溜りの水もありすたちの巣穴に流れ込んでいる可能性があった。
「むっきょおぉぉぉぉ!!??? ぱちゅのあんよがあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「いやああああああああ!!!!! ぱちゅっ!!! しっかりして!!! しっかりしてぇ!!!!」
おうちの中に浸水が始まったのだろう。ぱちゅりーのあんよがふやけて動かなくなってしまったようだ。こうなったゆっくりは、絶対に助からない。
それが判っているからか、まりさは巣穴の入り口でガタガタ震えていた。その場から一歩も動くことができなかったのである。
何が起こっているのかここからは全く見えないが、何が起こっているのかは理解できる。それはとても恐ろしい事だった。
「む゛ぎゅあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!」
一際大きなぱちゅりーの叫び声。
濡れてふやけた皮が形を失い、中身の生クリームが流出し始めたのだろう。何もかもが手遅れだった。
「ま゛り゛ざぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!! おでがい゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!! だずげでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!!!!」
「!!!!!」
まるで頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。
今、確かに自分の名前が呼ばれたのである。この降り続く雨の音を掻い潜ってはっきりと聞こえた。
思わずまりさが葉っぱの隙間から顔を出す。目の前に巨大な水溜りが広がっている。それでなくてもこんな状態で外に出ることなどできない。
ありすにとって助けを求めることのできる相手はまりさしかいないのだろう。まりさからの返事がなくても、何度も何度も叫び続けていた。
まりさが帽子をぎゅっと深くかぶる。
「あ……あ゛ぁ……あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!」
ありすの金切声。
それ以降は何も声が聞こえなくなった。全ての音を雨が掻き消しているからというわけでもなさそうだ。それは暗にありすの死を意味している。
まりさは巣穴の入り口でずっと震えていた。涙がぼろぼろと頬を伝う。どうすることもできなかったのだ。あの雨の中、助けに出ればまりさは死んでいただろう。
「ごめんね……ごめんね……ごめんね……」
まりさが何度も何度も繰り返す。目を閉じたまま、暗闇の中にひたすら同じ言葉を言い続けた。
まだ会ったばかりだったのに。これから友達になれたかも知れないのに。お互いのことを何も分かり合えないまま、もう二度と会えなくなってしまった。
「助けて」と言っていたありすの言葉がまとわりついて離れない。どうしようもなかったと自分に言い聞かせなければ、心がバラバラになってしまいそうだった。
雨の音はなおも続く。まりさをあざ笑うかのように。或いは全てを打ち付ける雨の音で隠そうとするかのように。
疲労困憊の様子で巣穴の奥へと戻ったまりさが奥壁に寄りかかる。疲れが一気に襲ってきたのだ。
自分で自分の感情が分からない。今、自分は何を考えているのだろうか。
分かっているのは何を考えても暗い気分にしかならないということだけ。非生産的な時間を過ごしていた。
(もし、れいむがいてくれなかったら……。まりさのおうちをこんなふうにしてくれなかったら……)
間違いなく、まりさはありすやぱちゅりーと同じ末路を辿っていただろう。それを思えば恐ろしくて堪らなかった。
やがて疲れ果てたまりさは泥沼の底へと沈むように深い眠りに落ちた。
それから長い時間眠りについていた。精神的に疲れていたのだろう。一つの夢も見ることなくそのまま一夜を明かしてしまった。
まりさがゆっくりと目を開ける。視界には土の天井が映し出された。
あれだけ降り続いていた雨の音も今は聞こえない。雨が上がったのだろう。
まりさはしょぼくれた表情のまま、ずりずりとあんよを這わせて巣穴の入口へと向かった。途中には、水の一滴も落ちていない。この巣穴の構造にまりさは命を救われたのだ。
葉っぱの扉をくぐると久しぶりの強い光にまりさが思わず顔を背けた。それからゆっくりと目を開ける。
降り続いた雨の影響か、昨日の水溜まりは今もなお健在でまるで湖のように目の前に広がっていた。水に対して嫌悪感を感じたのだろう。まりさが今度は目を背ける。
(ありす……ぱちゅりー……)
二匹がどうなったかはわざわざ確認するまでもない。しかし、自然とあんよは最後にありすの声が聞こえた方向へと向かっていた。
巨大な水たまりを迂回するように進んでいくまりさ。不意にまりさがあんよを止めた。
それから一点を見つめる。まりさの視線の先には泥まみれのカチューシャがあった。カチューシャには無数の髪の毛が絡みついている。陽光に照らされた金色がやけに眩しい。
まりさが小刻みに震え出す。
ありすは巣穴の外まで出てきていたのだ。まりさに助けを求めるためにここまでやってきていたのである。しかし、途中であんよがふやけて……。
「ゆ゛っげぇ゛ぇ゛!! ゆ゛ぉ゛え゛ぇ゛!!!」
目眩。虚脱感。反射的に始まる嘔吐。
目の前に在る現実がまりさを奈落の底へと突き落とす。
もしかしたら、助けられたのではないか。ありすがここまで来ることができたなら、まりさにもできたのではないだろうか。助けることも、できたのではなかろうか。
自分で自分と水掛け論を繰り返すまりさ。当然いくら考えても答えは出ないし、到底答えにたどり着ける道理もない。
「まりさ」
「……っ」
「ないてるの……?」
「ゆぁ……、あぁ……、れいむっ! れいむぅ!!」
振り返った先にいたれいむにまりさが思わず飛びつく。れいむは相変わらず表情一つ変えずにそのまま、まりさを受け入れた。
れいむの頬に自身の顔を押しつけて子供のように泣きじゃくるまりさ。そんなまりさをれいむは静かに見つめていた。
そのままどれくらいの時間が経っただろうか。いつまでも泣きやまないまりさに対してれいむがようやく口を開いた。
「まりさは、ぶじだったみたいだね」
「…………」
れいむの頬に顔をうずめたまま、こくんと力なく頷くまりさ。
そんな弱く儚いまりさの頬にれいむが自分の頬を擦り寄せた。泣いていたまりさの嗚咽が止まる。
「こわかったね。もうだいじょうぶだよ」
「れい……む……」
「まりさが、ぶじでよかったよ」
「ゆぐっ、ひっく……」
「ありすとぱちゅりーのことはしかたがなかったんだよ」
「…………?」
まりさの動きが止まった。れいむもそれ以上口を開かない。無言で頬を擦り寄せ続けている。
大好きなれいむにすーりすーりをして貰えて嬉しい。先ほどまではそう考えていた。だが、今まりさは全く別のことを考えている。
れいむは、ありすとぱちゅりーの事を知っていたのだろうか。少なくとも、まりさがいる場所では両者が一緒に過ごしているのを見たことがない。
見たことがないと言っても、ここで暮らすようになってからまだ三日も経っていないのだから当然と言えば当然とも言えるのだが。
仮に三匹が旧知の仲だったとする。だが、まりさとの会話の中でこれほどまでに目立つ存在であるれいむについて二匹が触れないのは不自然だ。
そもそも、ありすとぱちゅりーはこの近くに来たばかりのような事を言っていた。そうなれば、れいむの事は知らなくて当然のはずである。
では、なぜ。
れいむだけがありすとぱちゅりーの事について知っているのだろうか。それが判らない。
「れいむ……?」
「どうしたの?」
「ありすとぱちゅりーのこと、しってたの……?」
「しってたよ」
まりさの知らない場所で二匹の事を見ていたのだろうか。そうであれば先の疑問に対しても納得がいくが、それならそれで新たな疑問が沸いてくる。
「おうちをつくろうとしていたのも……?」
「しってたよ」
「すぐにあめさんがふってくることもしってたんだよね……?」
「しってたよ」
飄々とした態度でまりさの質問に答え続けるれいむ。
まりさがれいむに言いかけた言葉を飲み込む。
まりさも、二匹がおうちを作ろうとしていることを知っており、これから雨が降ってくることも知っていた。おうち作りを手伝おうかとも思ったが手伝わなかった。
本当はどうしてありすとぱちゅりーに雨の事を教えて効果的なおうち作りを促してあげなかったのか、と聞いてみたかったのである。
だが冷静に考えれば同じ事はまりさにもできたはずだ。だから、まりさの口からは何も言うことができない。そのまま黙りこくるまりさ。
「しょうがないよ。ありすもぱちゅりーも、たすけるひつようなんてなかったんだよ」
「……っ?!」
まりさのすぐ傍にあるれいむの唇から信じられないような言葉が紡がれた。
れいむの頬から自分の頬を離すまりさ。見つめる。見つめ返された。
れいむは空虚な視線をまりさに送ったまま、感情の籠もらない小さな声ではっきりとこう言った。
「れいむは、まりさがたすかれば、それでいいから……」
つづく
虐待 観察 日常模様 捕食種 生きろ 以下:余白
『まりさ☆りざれくしょん!(前編)』
序、
「ゆぅ……? ここは、いったいどこなのぉ……?」
まりさは目覚めると見知らぬ場所にいた。ところどころに草が生い茂る地面。周囲を囲む木々。頭上に広がる青い空。森の中の何処かだろう。
見た目はかなりゆっくりできそうな雰囲気を持っているこの場所だが、自分の立ち位置が理解できないまりさにとっては悪戯に不安感を煽るだけのようだ。
さっきから木の幹に頬をぴったりとくっつけて小刻みにぷるぷる震えている。瞳を右に左に動かし、きゅっと唇を噛み締めるその姿に野生動物の“それ”は感じられない。
「……ゆ、ゆっくりしていってね……?」
誰へともなく呼びかけるまりさ。当然のように挨拶を返すものはいない。静寂だけがまりさの周囲を漂っている。
当てもなくずりずりとあんよを這わせて周囲を散索すると、おかしな事に気づいた。ここは自分の知っている森ではない。まりさの頬を汗が伝う。
(どうして……? まりさ、みんなでいっしょにゆっくりしてただけなのに……。それに……)
最後の記憶も森の中。しかし、そこにはたくさんの仲間がいた。れいむ、ありす、ぱちゅりー、ちぇん、みょん。
確かに意識は失っていたようだがそれほどの時間が経過しているようには思えない。まりさ自身の体力などからそう判断することができた。
ここがまりさの知っている森ではない以上、まりさと一緒にゆっくりしていた仲間が見当たらないのは不思議なことではない。
まりさの仲間どころか、誰もいないのだ。
これほど自然に溢れた森である。先住のゆっくりがいても不思議ではなかろう。ゆっくりでなくとも他の小動物がいて然るべきのはずだ。
これらの疑問に対し、決して多くの事を考えられないまりさの餡子脳をフル回転させてみたところで、納得のいく答えは得られなかった。
まりさが物陰に隠れながらずりずりとあんよを這わせ続ける。次第に辺りが暗くなってきた。夜が近いのだろう。夜は“れみりゃの時間”である。
「ま、まずは、ゆっくりできるおうちをさがすよ! そろーり、そろーり……」
周囲への警戒レベルを引き上げたまりさがきょろきょろしながら進んでいく。身を隠せそうな場所を探さなければならない。空腹も感じていたがそれは後回しだ。
しばらく進むと木の根っこの下にできた小さな穴を見つけた。まりさがそれを調べてみる。
穴の前で「ゆー? ゆー……?」と唸るまりさ。人為的に掘られた穴ではなく、あくまでも自然に形成された穴のようでそれほど深くもない。
「ゆっくりしていってね……?」
穴の中へと声をかけるまりさ。一応、先住者がいないかどうかの確認である。まりさは喧嘩が苦手なので下手な争いは起こしたくない。「おうち強奪」など論外だ。
目を凝らせば奥壁が見える程度の穴。先住のゆっくりがいればすぐに分かるものだが念には念を入れたのだろう。
当然返事は返ってこなかったし、その場でしばらく待ってみても誰もこの穴には帰ってこなかった。
周囲が見えなくなる。夜の帳が下りた。これ以上ここにいるのは危険である。まりさはお尻をぷりんぷりんと振りながら穴の中へと潜った。
穴の奥で回転して顔を入り口側へと向ける。口には尖った枝を咥えて気持ちばかりの警戒を。
それから気づいたことを心の中で呟く。
(かぜさんがふいてないのかな……?)
風が吹いていないおかげで外の冷気が巣穴にまで入り込んでこないようだった。
(それに……むしさんのこえもきこえないね……。たまに、うるさくてなかなかねむれないときもあるのに)
無風の世界。無音の世界。更にそれらを暗闇が覆い隠し得体の知れない何かとして、まりさのいる場所を構築しているようだ。
(ゆぅ……? ここは、いったいどこなのぉ……?)
いつのまにか眠りについていたようである。
目が覚めると既に外が明るくなっていた。
咥えていた枝も巣穴の中に転がっている。まりさは再びそれを咥えると恐る恐る巣穴の外へと出て行った。太陽の光が眩しい。思わず目が眩んでしまう。
その時だった。
「ゆっ、ゆっ」
はっきりと聞こえたゆっくりの声。まりさの心が躍る。声のする方向へと一気にあんよで土を蹴った。
脇目も振らずに跳ねていくまりさ。頑丈ではない皮で小石を踏んでも、前のめりに転びそうになっても跳ね続けた。
絶対に見失うわけにはいかない。なんとしてでも見つけ出してここが何処なのかをそのゆっくりに訊く必要があるのだ。
汗ばむ頬を気にも留めずにまりさが草むらの中へと飛び込む。
すると、その先には木にもたれかかってお歌を歌っている一匹のれいむがいた。
「…………?」
そのれいむがきょとんとした表情でまりさを見つめている。まりさは安堵感からか目に少し涙を浮かべていた。対してれいむは表情一つ変えない。
「まりさ?」
「そ、そうだよ! まりさはまりさだよっ! ゆっくりしていってね!!!」
「そうなの」
「ゆ……?」
まりさは戸惑ってしまった。話したいことはたくさんあるはずなのに、それが一つも言葉に出てこない。れいむもまりさを見つめたまま動かなかった。
(なんなの……? このれいむは……。まりさのことがきらいなのかな……?)
考えれば考えるほど不思議なれいむだった。突然血相を変えて自分の前に現れたまりさを見て何も感じなかったのだろうか。落ち着いているにも程がある。
まりさは意を決してれいむへと這い寄った。警戒をしていないのか、れいむは動こうとしない。相変わらずまりさを見続けているだけだ。
目の前まで来ても視線を外そうとしないれいむに、まりさがその不思議な瞳を見ないようにして問いかける。
「あのね、れいむ。まりさ、ここがどこだかわからないんだよ。れいむはここがどこだかわかる?」
「…………ここは、もりのなかだよ」
「そ、そうじゃなくって……。れいむ? まりさにゆっくりおしえてね。ここはまりさのしらないところなんだよ。ここはどこなの?」
「ゆっくりまわりをみてね。ここはもりのなかだよ。そうとしかいえないよ。れいむは、もりのなかともりのそとしかしらないんだよ。りかいできる……?」
まりさが怯えた表情を隠すように三角帽子を目深に被り直す。そのまま俯き加減で呟くように謝罪の言葉を繋いだ。
「ご、ごめんね。ごめんね」
「べつにあやまらなくてもいいよ。れいむのほうこそ、まりさのしつもんにこたえてあげられなくてごめんね」
冷静になって考え直す。まりさとれいむが逆の立場で同じ質問をれいむにされたら、まりさは答えることができただろうか。もちろんできない。
何故なら、まりさも自分が普段暮らしている森の事しか知らないからだ。れいむもこの森の事しか知らないのだろう。
基本的にゆっくりという生き物はごく僅かの例外を除いて活動範囲が狭く、自分たちが暮らす森の中やゆっくりプレイスという小さな世界のみしか把握できていない。
だから、自分たちがどういう世界のどういう森に住んでいるのかなど理解できないし、する必要がない。
いきなり「ここはどこですか」と聞かれても、れいむが答えたように「森の中です」としか答えようがないのだ。
一瞬見せたれいむの冷たい態度に対して不安に駆られながら、まりさが帽子のツバから目を覗かせてれいむを見上げる。
れいむは相変わらず無表情のままそこに佇んでいた。まりさの犯した愚行など歯牙にもかけぬと言った様子だ。安心したような、がっかりしたような複雑な気分になるまりさ。
(れいむは、ほんとうにまりさのことなんてどうでもいいとおもっているんだね……)
「まりさ」
「ゆひっ!?」
「ひとりでたいへんなんでしょ? おなかすいてない? もしよかったら、れいむのおうちにこない?」
まりさが夜空に打ち上げられた花火のように表情を輝かせる。
肯定の意と受け取ったのだろう。れいむが森の奥へと向けてあんよを這わせ始める。まりさもその後に続いた。
(れいむがやさしいれいむでよかったよ……。 れいむのおうちのちかくにまりさもおうちをつくろうかな……)
そして、そこを拠点にして本来まりさがいた場所を少しずつ探していくのだ。れいむ以外のゆっくりにも会えるかも知れない。
(そういえば……まりさがすんでいたもりのこと、どうやってせつめいすればいいんだろう……)
森の中は森の中。それ以上でもそれ以下でもない。思考回路がかくんと落ちると同時に不安な気持ちが餡子脳いっぱいに広がっていく。
しかしいつまでも考え込んでいるわけにもいかない。そもそも、下手の考えなど休むに似たりだ。それなら少しずつでも動いたほうがマシというものである。
(まりさ、がんばっておうちにかえってみせるよ……っ!)
一、
まりさが新たな拠点を作り上げるのは早かった。と言うよりもれいむの助力によるところが大きい。
れいむはまりさよりも石や木を使って穴を掘っていくのが得意だった。まりさは手際よくおうちを作っていくれいむを呆然と見つめていた。
まりさの中で……いや、ゆっくりたちの間でれいむ種といえば全てにおいてフォローに回る役どころであり、自らが前線に立って行動することはあまりない。
それがこのれいむは明らかに違った。まりさが新しい拠点を作るという話をするや否や、道具をかき集めてきてすぐに作業に取り掛かったのである。
あの時のれいむの輝きながら飛び散る汗。紅潮していく頬。吐息。思い出すだけでドキドキしてしまうまりさは、今現在おうちの中だ。
アグレッシブなれいむにまりさはすっかり恋をしてしまったようである。
「……かわいい……かっこいい……れいむだよ……」
意味不明な言葉を呟くまりさ。完全にうっとりしているその表情は恋する乙女のそれに近い。
「まりさ」
「ゆゆっ?!」
好きなれいむにおうちの外から声をかけられて、小躍りをしながら這い出してくるまりさ。すぐ目の前にれいむがいる。残念ながら無表情。
まりさはもじもじしながら帽子を深くかぶって、れいむをチラチラ見つめていた。
「きのこさんを、さがしにいくんだよね?」
「ゆ?」
「さっき、そういってたでしょ? もうわすれちゃったの?」
「わ、わすれてなんかないよ! ほんとうだよ!」
「まぁ、どっちでもいいよ」
「ほ、ほんとうだよぉ!?」
実際のところ、まりさはれいむの事を想うあまりにキノコ狩りの事は忘れてしまっていた。
おうちを作り上げたあとに、お腹が減ってしまった二匹は食糧の備蓄がてら小腹を満たすためキノコを探しに行くという約束を交わしていたのである。
きっとれいむはまりさの嘘に気づいているのだろう。それを咎めようともせずに変わらぬ態度で接してくれるれいむのことが、まりさは益々好きになっていった。
「ところでれいむ」
「なに?」
「きのこさんがどこにはえているのかをしってるの?」
「れいむはこのちかくにすんでいるんだよ。とうぜんだよ」
最初は無表情かつ抑揚のない声で返される返事にはどこか棘があるようにも感じていたが、今ではすっかり「これがれいむなんだ」と理解できており特に何も感じない。
そんなことを思っていると、まるで自分がれいむの良き理解者になれたような気がして自然に口元が緩んでしまう。当然、勘違いも甚だしいわけではあるのだが。
やがて開けた場所に出た。
なるほど確かに。れいむの言うように木の根や岩陰に数種類のキノコが生えている。ここがれいむの狩場なのだろう。おうちからも近く手頃な場所だ。
「まりさ、まっててね」
れいむはぴょんぴょんと飛び跳ねてキノコを採取しに向かった。
日々を生き抜くために食糧を探しに来たのだ。淡いロマンスなどに一瞬でも期待した自分を軽く罵ってから、まりさが動き始める。
まりさ種は狩りの名手だ。特にキノコを見分ける力には優れており、更に帽子を籠代わりにして一度にたくさん食糧を採取することができる。
まりさ種の優劣は基本的に狩りの腕で決まると言ってもいいだろう。一匹で狩りができるようになったらまりさ種として一人前と認められることが多い。
「ゆぅ……? なんだかみたことのないきのこさんばっかりだよ……」
ちなみにこのまりさ。狩りが特別上手いわけでも下手なわけでもない。キノコを見分けるレベルについても同じだ。
しばらく唸ってから別のキノコへと移動する。これも見たことがない種類だ。キノコと睨めっこをしながらため息をつく。
「ここは、まりさがすんでいたもりとぜんぜんちがうのかな……」
どうにもこれまで培ってきたキノコ知識がまるで役に立たない。困り果てたまりさがその場に立ち尽くす。れいむの帰りを待つべきだろうか。
瞬間、脳裏に大量のキノコを採取して戻ってきたれいむの姿が浮かぶ。それに対してただの一つもキノコを持っていないまりさ。
そんなまりさを見てれいむはどう思うだろうか。まりさ種は狩りが一匹でできるようになって一人前。つまり、愛しのれいむに自分は半人前のまりさとしか映らない。
それはまりさ種としての尊厳に関わる事態であり、何より好きなゆっくりを前にしてそんな自分はあまりにもかっこ悪いのではないか。
(でも……もし、まりさがたくさんきのこさんをあつめていたら……)
――まりさ、すごいね。かりがとくいで、すごくかっこいいよ。……れいむを、まりさのおよめさんにしてくれてもいいよ……?
妄想に悶えて転げ回るまりさ。妄想の中ででも自分をれいむよりも下に配置しているところあたりが、どうしようもないヘタレさを感じさせる。
まりさが突然キリッとした表情に変わり、目の前のキノコを睨み付ける。毒か否か。確率は二分の一だ。当てればこの種のキノコはそこらへんで大量に採取できる。
「……いくよっ!!! むーしゃ、むー……ゆ゛っげぇ゛ッ?!! ごでどぐばい゛っで、ぶッ!!!! ゆ゛っぎゃあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!」
噛んだ瞬間、舌に強烈な痺れが走った。裂けたキノコの隙間から毒液が滲みそれが喉奥へと入り込んだ。吐き出すのが間に合わなかったようだ。
まるで体内を引っ掻き回されているかのような激痛が駆け巡る。飲み込んでしまったキノコの毒液がまりさの餡子を蹂躙しているのだろう。
軽くかじっただけでこれだ。一本丸ごと飲み込んでいたら即死していたはずである。
「い゛だい゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!!!!!」
それでも致死量に近い毒素を体内に取り込んでしまったようで、まりさは顔面から滝のように汗を流しながらゴロゴロと地面を転がっていた。
体の内側から焼き焦がされるかのような強烈な痛みと熱。それがどんどんまりさの体力を奪っていく。中身の餡子をべちゃべちゃと吐き出した。
「ゆ゛がひっ……ご、ごで……へん……だよ゛っ、へん、だよ゛ぉ゛」
吐き出した餡子がやけに水っぽいのである。どうやらまりさが食べたキノコの毒は中身の餡子を水のように溶かしていく作用があるようだ。
それから突然便意が襲った。「うんうんするよ!」と言う前にあにゃるから餡子色の液体が噴出される。あにゃるから垂れた水うんうんがあんよに垂れるのが気持ち悪い。
意識が朦朧としてきた。これほどまでに強い毒性を持つキノコを食べたのは初めてである。もはや呼吸をすることすらままならない。
「死ぬ」。誰かから宣告されるまでもなくハッキリとそう感じた。体内がぐちゃぐちゃになっているのが理解できる。右に動けば右に餡子が集まる。左も同様だ。
ほとんど中身が液状化してしまっているのだろう。まりさが知っている常識を覆すかのような症状だった。
「……まりさ」
れいむの声が聞こえた。
未だに吐餡を続け、液状化したうんうんを漏らし続けるまりさは死の恐怖や苦痛を超越して羞恥心を覚えていた。
どうせそう永くはないと理解できていても、こんなみっともない姿を好きなれいむに見られたくなかったのだろう。
まりさは崩れた泥団子のようになっている。皮が無傷でなければゆっくりかどうかの判別などできなかったはずだ。舌を垂らし、噴水のように口から餡子を吐き出す。
液状化した餡子がまりさの穴という穴から噴出されようとしていた。その過程で中身が三分の一以下になれば有無を言わさず死んでしまうことになる。
「まりさ。 ゆっくりおくちをうえにむけてね。 あにゃるさんはじめんにくっつけるんだよ」
主に餡子が飛び出そうとしている口とあにゃるに対して策を取るれいむ。
噴き出される餡子が口内に留まるのが息苦しいのか、口に餡子を溜めながら「ごぽっ、ごぽっ」という音がする。れいむはそれを「飲み込め」と言った。
口から餡子が出て行かなくなると、今度はあにゃるから餡子がべちゃべちゃ漏れ出し始める。まりさは水うんうんまみれになった下半身がむず痒くて堪らない。
「このおはなさんをむーしゃむーしゃしてね、すぐでいいよ」
そう言ってれいむが、見たことのない綺麗な花をまりさの口の中に入れた。餡子の液溜まりと一緒にぐちゃぐちゃ音をさせて必死にそれを飲み込むまりさ。
「れ゛い゛……む゛……ゆ゛ぉ゛え゛ッ?!」
「おしゃべりしちゃだめだよ。せっかくむーしゃむーしゃしたおはなさんをはきだしちゃうから。もう、からだはいたくないでしょ?」
「…………?」
れいむに言われるまで気づかなかった。確かに体内を駆け巡る熱と痛みは薄れつつある。余韻が残ってまだ疼いてはいるが耐えられないほどではない。
「でも、まだうごいちゃだめだよ。いま、まりさのなかみはおみずさんみたいになっているからね」
「れ、れい、むぅ……」
「こわがらなくていいよ。はいちゃったり、うんうんででていっちゃったぶん、むーしゃむーしゃすればいいんだからね」
それから草で編んだ籠のようなものを取り出して、その中に入れてあったキノコをまりさに一つずつ食べさせる。
すっかり青ざめてしまったまりさがもそもそと口を動かす。キノコが大きい時はれいむがそれを噛み千切ってまりさに与えた。
「どう? すこしはおちついてきた……?」
「ゆ、ゆぅ……。ありがとう、れいむ……」
「でもまだあんしんしちゃだめだよ? おなかがいっぱいになっても、なるだけたくさんごはんさんをむーしゃむーしゃしてね」
「ゆっくり……りかいしたよ……」
「ごめんね、まりさ……。さきにどくのはいっているきのこさんをおしえてあげればよかったね……」
「ちうがよ……。まりさが、れいむに“まっててね”っていわれたのに、かってにきのこさんをむーしゃむーしゃしたからわるいんだよ……」
「まりさにね、たべられるきのこさんをまずはもってきてあげようとおもってたんだよ。それをちゃんといえばよかったよ……」
れいむが深々と頭を下げる。
まりさは慌てて体を起こしてそれを制しようとしたが、逆にその行動をれいむによって制された。動くと中身が漏れ出てしまう危険があるのだろう。
気が付けばまりさの顔色が幾分良くなってきている。れいむの指示通りに食べたキノコが、新しく餡子に変換されていっているようだ。
さすがに呼吸はまだ少し荒いが汗も引いており目の焦点も定まってきた。回復は時間の問題だろう。
しかし、回復したら回復したで今度は別の感情がまりさを包み始めた。
(まりさ……すこしも、かっこよくないよ……。れいむのまえでこんなになって……。ぜんぜん、ゆっくりしてないね……)
情けなさ。悔しさ。れいむがいなければとっくに死んでいたであろう自分自身の弱さと無力さ、それに加えてもどかしさ。様々な感情の螺旋がまりさを縛り付けてしまう。
変わらぬ態度でまりさの看病を続けるれいむを見て、まりさの心がキシキシと音を立てて軋む。気づけばまりさは涙を零していた。
「どうしたの? どこかいたいの?」
分かってはいたことである。ここで涙なんか流そうものなら余計れいむに心配をかけてしまうはずだ。分かってはいながら流れる涙を止めることができなかった。
「ちがうよ……れいむ……ちがうの……」
「まりさ? れいむにしんぱいをかけてわるいとかおもっているのなら、そんなことはかんがえなくていいよ」
「れいむ……?」
そう言ったきり、れいむは何も話さなくなった。無言で新しいキノコを噛み千切ってまりさに与える。
まりさにはれいむの言った言葉の意味が理解できなかった。まるでまりさを助けるのが当たり前だとでも言うような口振りだ。
(……れいむは、こまっているゆっくりをみかけたら、ほっとけないゆっくりなんだ……)
また一段と。れいむへの恋の炎が燃え上がるのを感じた。
このれいむを幸せにしてあげたい。守ってあげられるくらいに強くなりたい。そんな気持ちが沸々と湧き上がってくる。
まりさはれいむの横顔を何度も何度も盗み見た。絶世の美ゆっくりという訳ではない。それでも、まりさはれいむの事が好きで好きで堪らなくなったのである。
「まりさ。うごける……?」
れいむが不意にまりさの顔を覗き込む。
どうやら体を動かすことができる。ゆっくりと体を起こしていくまりさ。
「ありがとう、れいむ……」
「きにしないでね。それより、はっぱさんをもってきてあげるよ」
「ゆ? どうして?」
「うんうん。 あんよについて、きもちわるいでしょ?」
「~~~~~~~~っ!!!///////」
恥ずかしさで気が狂いそうだった。
れいむはそんなまりさの様子にも素知らぬ顔でずりずりと草むらの中へと這って行く。戻ってきたれいむの口にはたくさんの柔らかそうな葉っぱが咥えられていた。
「ふいて、あげようか……?」
「や、やめてね! じ、じぶんでふくよっ!」
「ゆ? そう。ゆっくりりかいしたよ」
まりさの羞恥心などにはお構いなしのようである。
れいむ種の特徴に母性が強いというものがあるが、介護関係への適正もあったのかも知れない。
いずれにせよ、年頃のまりさが年頃のれいむにそれをされるのは辛いというものだろう。
(れいむは……かわいいおよめさんだけじゃなくって、……やさしいおかあさんにもなれるよ……)
そんな事を考えて顔を真っ赤にするまりさ。もうすっかり回復したようだ。まりさの妄想が再び冴え渡る。
――まりさ。ごはんさんにする? すーやすーやする……? それとも……ちゅっちゅ? ……それとも……もっと、えっちなこと、……する?
「ゆひゃああぁっ!??////」
「どうしたの、まりさ? またどこかいたくなったの?」
「ち、ちちちちち、ちがうよ、れいむ! まりさ、なんにもかんがえてないよ! ほんとだよ!!」
「ゆぅ……?」
(か、かか……かぁいいよぅ!! れいむ、すっごく、かぁいぃよぅっ!!!)
不思議そうに顔をかしげるれいむの仕草が、まりさにとってツボだったらしい。体をくねらせて悶えるまりさ。
そんなまりさをれいむはぼんやりと眺めていた。
二、
毒キノコ事件から二日が経過した。
まりさのおうちの中には少量のキノコが備蓄されている。二度目のキノコ狩りでれいむに教わったキノコだけを正確に採取してきたのだ。
その時以来、すぐ目の前に住んでいるはずなのにあまりれいむを見かけていない。活動時間が微妙に異なるのだろうか。
とは言っても全く見かけていないわけではないので、巣穴に戻ってきていることだけは間違いなかろう。
「れいむは、ふだんいったいなにをやってるんだろう……?」
まりさがそう考えるのも自然な流れだ。
れいむの行動には謎が多すぎる。行動だけでなく、口調や雰囲気もまりさが知っているどのれいむ種とも違っていた。
もちろんそこがミステリアスなわけで、まりさがれいむに熱中する一要因であることは間違いない。相手を知りたいと思うからこそ夢中になるわけだ。
一度、れいむの事を観察してみようかと思ったことがある。しかし、物陰からこっそりれいむの後をつける自分が、変態以外の何物でもないと判断したまりさはそれをやめた。
「……ほかのゆっくりをさがしてみようかな……」
まりさが呟く。
本来の目的は拠点を作り、そこをかつて自分が暮らしていた森へ帰るための足掛かりにするというもののはずだった。
しかし、れいむに熱を上げるうちにそれを忘れかけてしまっていたのである。
みんな心配しているはずだ。れいむも、ありすも、ぱちゅりーも、ちぇんも、みょんも。みんな大切な友達である。みんな、大切な……。
「……ゆゆ……?」
そこまで考えてまりさがぴたりと思考を止めた。
「みんな……どんな、ゆっくりだったっけ……?」
思い出せなかった。自分に仲間がいたことは覚えている。しかし、一匹一匹の特徴がまったく思い出せない。
まりさの額にうっすらと汗が滲んだ。思い出そうとすればするほど、何も頭に思い浮かばなくなる。なんだか薄ら寒い気分になっていった。
「どうして……おもいだせないの……?」
自分自身への問いかけ。当然の如く、それに答えを示してくれる者はいない。自分がもともと居た場所も判らない。一緒に暮らしていた仲間のことも判らない。
こんな何も判っていない状況で何を頼りに自分の居場所を探せば良いのだろうか。これまで忘れかけていた不安感が再びまりさを襲う。なんだか怖いとさえ感じた。
「まりさ」
「ゆっ!」
外かられいむが声をかける。その声にどれほど救われただろうか。まりさは沈みかけた闇の底から間一髪這い出すことができた。
「れいむ……?」
巣穴から這い出したまりさがれいむの後姿を見つめている。れいむは遠くの空を見ながらそこを動こうとしない。まりさがれいむの頭越しに空を見つめた。
「あめさんが、ふってくるよ」
「……あめさん?」
「そうだよ」
「わかるの?」
「うん」
れいむの隣へと移動するまりさ。空を見つめるれいむの表情は真剣そのものであり、冗談を言っているようにはとても見えない。
しかし、れいむはそれをどうやって判断したのだろうか。雲一つない青空。風は相変わらず吹いていないし、遠くから雷の音が聞こえるわけでもない。
これから雨が降るというれいむの予測は、誰が聞いても突拍子のない発言であるようにしか聞こえなかった。
「おうちに、おみずさんがはいってこないようにしようね。いまのおうちのままじゃ、ゆっくりできなくなっちゃうよ」
「ゆっくりりかいしたよ」
れいむが考案した対策は以下の通りである。
まず巣穴の入り口から奥の空間まで若干の勾配を持たせる。その上、巣穴の入り口と同じくらいの大きさの葉っぱを持ってきてそれを扉の代わりにするのだ。
もともと平坦に作られていた巣穴へ続く穴は、入り口付近を深く掘り直して徐々に上がっていくスロープ状に作り替えた。
更にれいむは持ってきた大きな葉っぱを器用に太めの木の枝にくくりつけ、それを入り口の前に設置した。れいむ曰く、この葉っぱは水を弾くらしい。
まりさはそれらの作業をあっという間にやってのけたれいむを再び呆然と見つめていた。
「どうしたの?」
「れいむは、すごいね……」
「どうして……?」
「なんでも、ひとりでできて……かっこいいよ……。まりさよりもかりがじょうずで、ぱちゅりーよりもあたまがよくて、ちぇんよりあなほりがうまくて……」
「……ありすよりもとかいはなこーでぃねーとができて、みょんよりもつよいよ。れいむは」
「そ、そうなのっ!?」
「うん」
基本六種。れいむ、まりさ、ありす、ぱちゅりー、ちぇん、みょん。通常種と呼ばれるゆっくりの中でもこの六匹がそれに当たると言われている。
言葉にすればなんだか響きが良いようにも感じるが、単純に数が多くて見かけることが多いというだけのゆっくりたちだ。しかし、それぞれに特技を持っている。
優れた基本六種同士が助け合えばそのゆっくりプレイスは安泰であるとさえ言われているのだ。
その六種の力を兼ね備えたれいむという存在は、ゆっくり界の常識からすれば余りにもとんでもない話だったのである。だからまりさは驚いた。
しかし、これまでの出来事や言動からしてそれを疑う余地はない。れいむが優れたゆっくりであるということは誰の目から見ても明らかだろう。
(れいむは……まるで、ゆっくりのかみさまみたいなゆっくりだよ……)
――まりさ? れいむは……かみさまごっこはもう、つかれたよ……。ふつうのおよめさんになりたいな……。ねぇ……ぜんぶ、わすれさせてよ……?
「ゆ゛ぐっふぅ?!!」
神様、という単語から一気にここまでを連想し妄想するに至るまりさの頭の回転の速さもなかなかのものである。
顔を真っ赤にして緩んだ口元を必死で隠しながら右に左にごろごろ転げ回るまりさ。
「それじゃあ、れいむはもういくね」
「ゆ? う、うん……」
悶える自分に「何をやっているのか」と尋ねて貰えなかったことに少しがっかりし、少し安心した。餡子心は複雑なようだ。
れいむはずりずりとあんよを這わせて自分のおうちへと入って行った。そのとき初めて気が付いたが、れいむのおうちの入り口にも葉っぱが設置してある。
それを見てまりさは不思議と嬉しい気持ちになった。
(おそろい、だよ……っ!)
れいむとお揃い。一緒。同じ。それはまりさにとって、とても素敵な響きだったようである。浮かれ面のまま、その場でくるくる回転するまりさ。
そんな時だった。
「ゆ、ゆっくりしていってね……」
「むきゅ……。ゆっくりしていってね」
「!??」
まりさが全身を跳ね上げて振り返る。
そこにはありすとぱちゅりーの二匹がいた。
脳内お花畑状態の自分を見られたことよりも、その二匹の存在に驚愕の表情を浮かべるまりさ。
「なによ……。まるで、おばけでもみたようなおかおをするのね。しつれいなまりさだわ」
「むきゅ、ありす。そんなことをいってはだめよ」
まりさは別に二匹を知っているわけではない。ただ、れいむ以外のゆっくりを久しぶりに見たから単純に驚いただけだ。
ありすはそんなまりさの態度が気に入らなかったのか、なんだかぷりぷりしている。あまり性格のいいありすではないようだ。
反対にぱちゅりーはまりさの事を確かめるような目つきで見つめていた。自分たちから声をかけたとはいえ、最低限の警戒は行っているようである。
三者の沈黙を破ったのはぱちゅりーだった。
「まりさ。ぱちゅりーたち、このちかくにおうちをつくってゆっくりしようとおもっているのだけれど……かまわないかしら?」
「ゆ? べつにいいとおもうよ。 まりさのゆっくりぷれいすじゃないし……」
「そう? それじゃあ、ぱちゅりー。さっそくおうちをつくりましょ?」
「むきゅ。ゆっくりりかいしたわ。ありがとう、まりさ。……こんごとも、よろしくね」
「ゆっくりりかいしたよ」
「べつに、ありすはよろしくされようとかおもってないからね」
「むきゅー……ありす!」
ぱちゅりーが困惑顔でありすを少し厳しい口調でたしなめる。ありすは不服そうにそっぽを向いて一言。
「ふんっ」
「あの、まりさ? きをわるくしないでちょうだいね」
「きにしてないよ」
「ぱちゅ! なにやってるのよ! はやくおうちをつくるわよ!」
ありすに急かされてぴょんぴょんと跳ね出すぱちゅりー。ありすは余程まりさの第一印象が悪かったのか終始ご機嫌斜めの様子だった。
ぱちゅりーは何度か振り返ってまりさに頭をぺこりと下げている。
まりさはそんな二匹の後姿が見えなくなるまでぼんやりと眺めていた。
(ゆっ……? そういえば、もうすぐあめさんがふるって……)
先ほどのれいむの言葉を思い出す。追いかけてそれを伝えようかどうか迷った。
あの二匹……特にありすにどうやってこれから雨が降ることを伝えれば良いのだろうか。二匹が信じたとしてれいむと同じ対策を施す自信もない。
(……あめさんがふる、っていっても……どれくらいふるのかにもよるよね……)
そんなことを考えていると、れいむが作った雨対策の入り口もなんだか大袈裟な物に見えてきた。ここまでする必要があったのだろうかと。
れいむの事を疑っているわけではない。ただ、れいむは自分よりも慎重なゆっくりなのだろうと認識をした程度の話である。
まりさがもう一度空を見上げた。
相変わらず青い空が広がっている。鳥の一羽も飛ぶことのない永遠に続くのではないかと思わせる一面の青。
この空を見て雨が降るという予想は、普通のゆっくりにはできないだろう。なぜ、れいむはこれから雨が降るということを予測したのだろうか。
(れいむに、きいてみようかな……?)
と、言うのは建前で本音はれいむのおうちに行ってみたいというのが第一である。
れいむが他のゆっくりと一緒に過ごしているところをまりさは見たことがない。きっと、独身ゆっくりのはずだ。
独身ゆっくり。可愛いれいむ。おうち。二人きり。まりさの妄想が加速していく。まりさの脳内では既にあんな事やこんな事になっている。
「だ、だめだよっ! れいむはまりさのおんじんなんだからねっ!」
――そんなに、おんをかんじているのなら……、れいむのこと、すこしぐらいなぐさめてくれても……いいとおもうよ……?
まりさの妄想は留まるところを知らず絶好調のようだ。
雨が降ってきた。
まりさがそれに気づいたのはおうちの中でゆっくりしていた時である。
もそもそとおうちから這い出して外を見ると、薄暗くなっており小雨がしんしんと降り続いていた。
あれだけ青一色だった空も青灰色に塗りつぶされている。極端な空の色の変化にまりさが困惑の表情に変わった。もちろん、ずっと空を眺めていたわけではない。
「へんなの……」
まりさが呟く。
葉っぱの上を垂れてきた滴がまりさの目と目の間に落ちてきた。まりさが慌てて葉っぱの奥へと引っ込む。今度はあんよの下に目を向けた。
「ゆわぁ……。これなら、ぜったいにおみずさんがおうちのなかにはいってくることはないね……」
葉っぱからの雨だれが地面にぽたぽたと落ちているが、巣穴の奥は上向きに緩やかな勾配になっている。この水が流れ込んでくる可能性は万に一つもないだろう。
「あめさんがふってきたわ! ぱちゅ! ありすたちもはっぱさんをつかって、おうちのいりぐちをふさぎましょう!」
「むきゅ! ゆっくりりかいしたわ!」
よく見るとありすとぱちゅりーのおうちが森の入り口付近に作られている。
そのせいか、やけに二匹の声がはっきりと聞こえてきた。二匹は泥水の上をぱしゃぱしゃと跳ね回って作業を続けている。
どうやら、まりさのおうちの葉っぱと同じものを見様見真似で作ろうとしているらしい。
まりさがそんな二匹の様子を葉っぱの隙間から見つめている。
悪戦苦闘している二匹がようやく葉っぱの扉を作り終えた頃には、雨脚が強くなっていた。
まりさのおうちの前には大きな水溜りができている。そこに叩きつけるように雨が撃ち込まれていく。水面は乱れ、泥水がこれでもかと跳ね続けていた。
さっきまでの青空はいったい何だったのだろうかと思うほどの天気の変わり様にまりさがうなだれる。
しばらくは外に出ることができなさそうだった。キノコの備蓄があって良かったと心底思う。
雨の音がうるさくてなかなか寝付くことができなかったが、まりさはずっと横になっていた。
長雨になれば食糧が尽きてしまうかも知れない。少しでも体力を温存しようと判断しての行動だった。
降り続く雨。
それは先ほどよりも更に激しくなっていた。
大粒の雨がまるで機関銃のような音を立てながら地面を激しく蹂躙し続ける。こんな大雨の中にゆっくりが出ていけばすぐに皮がふやけて死んでしまうだろう。
そんなことを考えながらもう一眠りしようとするまりさにか細い声が届いた。
「?」
まりさがずりずりとあんよを這わせておうちの入り口へと下って行く。葉っぱの隙間から外を確認すると、激しい雨のせいで向こう側が見えなくなっていた。
「やれやれ」と言わんばかりの表情を浮かべてまりさが来た道を引き返そうとしたその時である。
「たすけてぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
叫び声が聞こえた。
まりさが思わず振り返る。先ほどのありすの声だった。余程渾身の力を込めて叫んだのだろう。叩きつける雨の音をすり抜けて、その叫びはまりさの元まで届いた。
すぐに葉っぱの下から顔を出して周囲の様子を確認する。否、できなかった。局地的に降り続く土砂降りが視界も音も消しているのだ。
それなのに。
「おうちのなかにおみずがはいってきたのぉぉ!!! おそとにもでられないよぉぉぉ!!!!」
やけに向こう側にいるありすたちの声だけがはっきりと聞こえてくる。
ありすとぱちゅりーは入り口に葉っぱの扉を作ったものの、おうちの中が地面よりも低い位置にあるのだろう。だから、どんどん水が入ってくる。
(どうしよう……どうしよう……どうしよう……)
ゆっくりは水に対して無力である。ずっと水に触れていれば皮が溶けて中身が漏れ出してしまう。道具もないゆっくりには水を掻き出すような事もできない。
目の前に広がる水溜りの水もありすたちの巣穴に流れ込んでいる可能性があった。
「むっきょおぉぉぉぉ!!??? ぱちゅのあんよがあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「いやああああああああ!!!!! ぱちゅっ!!! しっかりして!!! しっかりしてぇ!!!!」
おうちの中に浸水が始まったのだろう。ぱちゅりーのあんよがふやけて動かなくなってしまったようだ。こうなったゆっくりは、絶対に助からない。
それが判っているからか、まりさは巣穴の入り口でガタガタ震えていた。その場から一歩も動くことができなかったのである。
何が起こっているのかここからは全く見えないが、何が起こっているのかは理解できる。それはとても恐ろしい事だった。
「む゛ぎゅあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!」
一際大きなぱちゅりーの叫び声。
濡れてふやけた皮が形を失い、中身の生クリームが流出し始めたのだろう。何もかもが手遅れだった。
「ま゛り゛ざぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!! おでがい゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!! だずげでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!!!!」
「!!!!!」
まるで頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。
今、確かに自分の名前が呼ばれたのである。この降り続く雨の音を掻い潜ってはっきりと聞こえた。
思わずまりさが葉っぱの隙間から顔を出す。目の前に巨大な水溜りが広がっている。それでなくてもこんな状態で外に出ることなどできない。
ありすにとって助けを求めることのできる相手はまりさしかいないのだろう。まりさからの返事がなくても、何度も何度も叫び続けていた。
まりさが帽子をぎゅっと深くかぶる。
「あ……あ゛ぁ……あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!」
ありすの金切声。
それ以降は何も声が聞こえなくなった。全ての音を雨が掻き消しているからというわけでもなさそうだ。それは暗にありすの死を意味している。
まりさは巣穴の入り口でずっと震えていた。涙がぼろぼろと頬を伝う。どうすることもできなかったのだ。あの雨の中、助けに出ればまりさは死んでいただろう。
「ごめんね……ごめんね……ごめんね……」
まりさが何度も何度も繰り返す。目を閉じたまま、暗闇の中にひたすら同じ言葉を言い続けた。
まだ会ったばかりだったのに。これから友達になれたかも知れないのに。お互いのことを何も分かり合えないまま、もう二度と会えなくなってしまった。
「助けて」と言っていたありすの言葉がまとわりついて離れない。どうしようもなかったと自分に言い聞かせなければ、心がバラバラになってしまいそうだった。
雨の音はなおも続く。まりさをあざ笑うかのように。或いは全てを打ち付ける雨の音で隠そうとするかのように。
疲労困憊の様子で巣穴の奥へと戻ったまりさが奥壁に寄りかかる。疲れが一気に襲ってきたのだ。
自分で自分の感情が分からない。今、自分は何を考えているのだろうか。
分かっているのは何を考えても暗い気分にしかならないということだけ。非生産的な時間を過ごしていた。
(もし、れいむがいてくれなかったら……。まりさのおうちをこんなふうにしてくれなかったら……)
間違いなく、まりさはありすやぱちゅりーと同じ末路を辿っていただろう。それを思えば恐ろしくて堪らなかった。
やがて疲れ果てたまりさは泥沼の底へと沈むように深い眠りに落ちた。
それから長い時間眠りについていた。精神的に疲れていたのだろう。一つの夢も見ることなくそのまま一夜を明かしてしまった。
まりさがゆっくりと目を開ける。視界には土の天井が映し出された。
あれだけ降り続いていた雨の音も今は聞こえない。雨が上がったのだろう。
まりさはしょぼくれた表情のまま、ずりずりとあんよを這わせて巣穴の入口へと向かった。途中には、水の一滴も落ちていない。この巣穴の構造にまりさは命を救われたのだ。
葉っぱの扉をくぐると久しぶりの強い光にまりさが思わず顔を背けた。それからゆっくりと目を開ける。
降り続いた雨の影響か、昨日の水溜まりは今もなお健在でまるで湖のように目の前に広がっていた。水に対して嫌悪感を感じたのだろう。まりさが今度は目を背ける。
(ありす……ぱちゅりー……)
二匹がどうなったかはわざわざ確認するまでもない。しかし、自然とあんよは最後にありすの声が聞こえた方向へと向かっていた。
巨大な水たまりを迂回するように進んでいくまりさ。不意にまりさがあんよを止めた。
それから一点を見つめる。まりさの視線の先には泥まみれのカチューシャがあった。カチューシャには無数の髪の毛が絡みついている。陽光に照らされた金色がやけに眩しい。
まりさが小刻みに震え出す。
ありすは巣穴の外まで出てきていたのだ。まりさに助けを求めるためにここまでやってきていたのである。しかし、途中であんよがふやけて……。
「ゆ゛っげぇ゛ぇ゛!! ゆ゛ぉ゛え゛ぇ゛!!!」
目眩。虚脱感。反射的に始まる嘔吐。
目の前に在る現実がまりさを奈落の底へと突き落とす。
もしかしたら、助けられたのではないか。ありすがここまで来ることができたなら、まりさにもできたのではないだろうか。助けることも、できたのではなかろうか。
自分で自分と水掛け論を繰り返すまりさ。当然いくら考えても答えは出ないし、到底答えにたどり着ける道理もない。
「まりさ」
「……っ」
「ないてるの……?」
「ゆぁ……、あぁ……、れいむっ! れいむぅ!!」
振り返った先にいたれいむにまりさが思わず飛びつく。れいむは相変わらず表情一つ変えずにそのまま、まりさを受け入れた。
れいむの頬に自身の顔を押しつけて子供のように泣きじゃくるまりさ。そんなまりさをれいむは静かに見つめていた。
そのままどれくらいの時間が経っただろうか。いつまでも泣きやまないまりさに対してれいむがようやく口を開いた。
「まりさは、ぶじだったみたいだね」
「…………」
れいむの頬に顔をうずめたまま、こくんと力なく頷くまりさ。
そんな弱く儚いまりさの頬にれいむが自分の頬を擦り寄せた。泣いていたまりさの嗚咽が止まる。
「こわかったね。もうだいじょうぶだよ」
「れい……む……」
「まりさが、ぶじでよかったよ」
「ゆぐっ、ひっく……」
「ありすとぱちゅりーのことはしかたがなかったんだよ」
「…………?」
まりさの動きが止まった。れいむもそれ以上口を開かない。無言で頬を擦り寄せ続けている。
大好きなれいむにすーりすーりをして貰えて嬉しい。先ほどまではそう考えていた。だが、今まりさは全く別のことを考えている。
れいむは、ありすとぱちゅりーの事を知っていたのだろうか。少なくとも、まりさがいる場所では両者が一緒に過ごしているのを見たことがない。
見たことがないと言っても、ここで暮らすようになってからまだ三日も経っていないのだから当然と言えば当然とも言えるのだが。
仮に三匹が旧知の仲だったとする。だが、まりさとの会話の中でこれほどまでに目立つ存在であるれいむについて二匹が触れないのは不自然だ。
そもそも、ありすとぱちゅりーはこの近くに来たばかりのような事を言っていた。そうなれば、れいむの事は知らなくて当然のはずである。
では、なぜ。
れいむだけがありすとぱちゅりーの事について知っているのだろうか。それが判らない。
「れいむ……?」
「どうしたの?」
「ありすとぱちゅりーのこと、しってたの……?」
「しってたよ」
まりさの知らない場所で二匹の事を見ていたのだろうか。そうであれば先の疑問に対しても納得がいくが、それならそれで新たな疑問が沸いてくる。
「おうちをつくろうとしていたのも……?」
「しってたよ」
「すぐにあめさんがふってくることもしってたんだよね……?」
「しってたよ」
飄々とした態度でまりさの質問に答え続けるれいむ。
まりさがれいむに言いかけた言葉を飲み込む。
まりさも、二匹がおうちを作ろうとしていることを知っており、これから雨が降ってくることも知っていた。おうち作りを手伝おうかとも思ったが手伝わなかった。
本当はどうしてありすとぱちゅりーに雨の事を教えて効果的なおうち作りを促してあげなかったのか、と聞いてみたかったのである。
だが冷静に考えれば同じ事はまりさにもできたはずだ。だから、まりさの口からは何も言うことができない。そのまま黙りこくるまりさ。
「しょうがないよ。ありすもぱちゅりーも、たすけるひつようなんてなかったんだよ」
「……っ?!」
まりさのすぐ傍にあるれいむの唇から信じられないような言葉が紡がれた。
れいむの頬から自分の頬を離すまりさ。見つめる。見つめ返された。
れいむは空虚な視線をまりさに送ったまま、感情の籠もらない小さな声ではっきりとこう言った。
「れいむは、まりさがたすかれば、それでいいから……」
つづく