ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1279 学校:春
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『学校:春』
序、
「ゆっくちにげりゅよっ! しょろーり……しょろーり……!!」
一匹の赤ちゃんゆっくりが教室の隅に沿って逃げていた。不必要な程に周囲をきょろきょろと見回すその赤ゆは、れいむ種。
赤れいむはこの小学校の生徒に捕まってここまで連れて来られてしまったのだ。その生徒は、赤れいむが騒がないよう口にセロ
テープを張り付けて引き出しの中に放り込んでいたのだが、下校時に忘れて帰ってしまったらしい。
赤れいむはこの小学校の生徒に捕まってここまで連れて来られてしまったのだ。その生徒は、赤れいむが騒がないよう口にセロ
テープを張り付けて引き出しの中に放り込んでいたのだが、下校時に忘れて帰ってしまったらしい。
ピンポン玉ほどのサイズしかない赤れいむは、引き出しの中から必死になって抜け出し現在に至るのだ。逃走を試みる最中に
口をもごもごさせていたせいか、セロテープもいつのまにか剥がれている。
口をもごもごさせていたせいか、セロテープもいつのまにか剥がれている。
「あんよが……いちゃいよぉ……おきゃあしゃん……たしゅけちぇぇ……」
赤れいむは涙目で情けない声を上げた。ちなみに、引き出しの中で泣き疲れて眠っている間に忘れてしまったのだろうが、赤
れいむの母親は既にこの世にいない。赤れいむを捕まえた生徒によって、執拗に殴打されて潰れてしまっているのだ。
れいむの母親は既にこの世にいない。赤れいむを捕まえた生徒によって、執拗に殴打されて潰れてしまっているのだ。
思い描く事は、母親ゆっくりと一緒にゆっくりすることだけ。巣穴に戻ったらたくさんすーりすーりしてもらって、むーしゃ
むーしゃさせてもらって、それからゆっくりすーやすーやしよう。それを叶えたいが一心で、小さな体に走る大きな痛みの波紋
に耐えて逃げ続けている。
むーしゃさせてもらって、それからゆっくりすーやすーやしよう。それを叶えたいが一心で、小さな体に走る大きな痛みの波紋
に耐えて逃げ続けている。
ちなみに、この赤れいむに対して生徒は何も暴力は振るっていない。引き出しから脱出した次の瞬間には椅子に向かって落下
し、顔を強打した。続いて椅子から飛び降りた際にあんよから着地することはできたものの、柔らかい皮は自身の何十倍もある
高さからの衝撃を受け止め切ることができなかった。
し、顔を強打した。続いて椅子から飛び降りた際にあんよから着地することはできたものの、柔らかい皮は自身の何十倍もある
高さからの衝撃を受け止め切ることができなかった。
教室の入り口が遠い。あんよをどれだけ必死に動かしても、たどり着けないのではないかと思うほどに。
「忘れ物、忘れ物~」
「ゆゆっ?!」
開け放たれた教室の入り口から女子生徒が入ってきた。赤いランドセルに短いスカート。スカートの中はスパッツを履いてい
るのか、裾からそれがチラリと覗く。
るのか、裾からそれがチラリと覗く。
「あれ……?」
少女は目ざとく教室の後ろの壁に頬をぴたりとくっつけて、ぶるぶる震えている赤れいむを発見した。少女が赤れいむに歩み
寄る。
寄る。
「わぁ……ゆっくりの赤ちゃんだ。 迷子になっちゃったの?」
「ゆんやぁぁぁ!!! こっちこにゃいでにぇっ!! れーみゅ、おこっちぇりゅよっ!!! ぷきゅぅぅ!!!!」
泣きながら。後ろに向かってずりずりとあんよを這わせながら。それでも器用に頬に空気を溜めて怒りを露わにする。放課後
の誰も残っていない教室に、赤れいむの甲高い声が反響する。恐らく教室の外にもその声は聞こえていたことだろう。
の誰も残っていない教室に、赤れいむの甲高い声が反響する。恐らく教室の外にもその声は聞こえていたことだろう。
主張を無視して近寄って来た少女は、傷つけないように赤れいむをそっと持ち上げた。
「おしょらをとんじぇるみちゃいっ!!!」
刹那、顔を輝かせて叫ぶ赤れいむ。しかし、それも一瞬の事ですぐにゆーゆー泣き始めた。あんよを動かそうとしているのだ
ろうが、体をくねらせるような動きにしかならない。本来、あんよが接すべき地面を探しても見つけることができなくて、不安
で仕方がないのだろう。
ろうが、体をくねらせるような動きにしかならない。本来、あんよが接すべき地面を探しても見つけることができなくて、不安
で仕方がないのだろう。
「ゆ……ゆ゛ぅぅぅぅぅ……」
本当に悲しそうな顔をして泣き出す赤れいむ。少女は赤れいむを逆さにすると、底部をまじまじと眺めた。
「ゆ? ゆゆっ!? やめちぇにぇっ! そんにゃとこみにゃいでにぇ! はじゅかしぃよぉ……」
赤れいむの底部の皮が数カ所、小さく裂けている。少女は、そこに人差し指をちょん、と当ててみた。
「いちゃああぁぁぁいっ!!! やめちぇぇぇぇ!!! ゆっくちできにゃいょぉぉぉぉ!!!」
「ご……ごめん、ごめんねっ! でも、あなたケガしちゃってるよ……? それで教室の中に逃げて来たの……?」
優しく声をかける少女に対して、
「ゆ……ゆぅん……?」
頭をかしげる赤れいむ。教室から逃げようとしている途中で少女と出会い、自分の置かれている状況が分からなくなってしま
ったのだろう。恐るべし、餡子脳。
ったのだろう。恐るべし、餡子脳。
「ちょうど今、水槽が空いてるからここでゆっくりしてるといいよ」
「ゆゆっ!?」
“ゆっくりしてるといい”という言葉は、赤れいむにとって魔法の言葉だった。そんな事を自分に言ってくれたのは優しい母
親ゆっくりだけだ。幸せそうな表情で「ゆーん」などと言っている赤れいむを水槽の中にちょこんと置く。
親ゆっくりだけだ。幸せそうな表情で「ゆーん」などと言っている赤れいむを水槽の中にちょこんと置く。
「んゆ……?」
すぐにそこから離れて行く少女の後姿を見て急に寂しくなってきたのか、
「ゆ……まっちぇにぇっ!!! ここからだしちぇにぇっ!!! しゅーりしゅーりしちぇぇぇぇぇぇ!!!!」
水槽の壁に顔を押し付けて叫ぶ。少女は困ったような顔で一瞬だけ振り向いたが、教室の奥へと向かう足を止めようとはしな
かった。赤れいむが無言で涙を流す。少女の後姿だけが赤れいむの瞳に映っていた。
かった。赤れいむが無言で涙を流す。少女の後姿だけが赤れいむの瞳に映っていた。
「あったあった……」
少女は、先生の机の下に置いてある新品の雑巾を取り出すと水槽へと戻ってきた。赤れいむがぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを
アピールする。
アピールする。
「あ……ダメだよ……そんなに動いちゃ……。 ケガが酷くなるよ……?」
不安そうに水槽を覗きこむ少女を見上げたまま、赤れいむは両の揉み上げをピンと伸ばしている。「元気だよ!」とでも言い
たいのだろうか。少女は溜め息をつきながらクスリと笑うと、水槽の中に雑巾を敷いた。何にでも興味を示す赤れいむは、早速
その雑巾の上に飛び乗った。
たいのだろうか。少女は溜め息をつきながらクスリと笑うと、水槽の中に雑巾を敷いた。何にでも興味を示す赤れいむは、早速
その雑巾の上に飛び乗った。
「ゆわぁぁ!! ゆっくちあっちゃかいにぇっ!! ここをれーみゅのゆっくちぷれいちゅにしゅりゅよっ!!!」
「そう。 気に入ってもらえて良かった。 私、食べ物は持ってきてないからあげられないけど、お水を持って来てあげるよ」
「ゆぁ……」
一匹残されるのが本当に心細いのか、何か言いかけようとしたが口は閉じたままである。少女は植木鉢の下に敷いてある水の
受け皿を取り出すと、それを丁寧に洗って水を注ぎ水槽の中に置いた。なみなみと注がれた綺麗な水を見て、赤れいむは揉み上
げをぴこぴこと揺らしながら、
受け皿を取り出すと、それを丁寧に洗って水を注ぎ水槽の中に置いた。なみなみと注がれた綺麗な水を見て、赤れいむは揉み上
げをぴこぴこと揺らしながら、
「ゆゆ~♪ おみずしゃん、ごーきゅごーきゅしゅりゅよっ!!!」
そう言って皿の中の水に口をつける。その体の形から、水の飲み方はお世辞にも綺麗とは言い難い。口の周りを水でべちゃべ
ちゃに濡らした赤れいむは、少女に向き直るとにっこりと笑顔を見せた。
ちゃに濡らした赤れいむは、少女に向き直るとにっこりと笑顔を見せた。
「ここでゆっくりしてるんだよ……? ケガが治ったら外に出してもらいなよ……?」
人差し指で赤れいむの頬を撫でながら囁くように呟く。頬に心地よいくすぐったさを感じる赤れいむは、その指に身を任せて
とてもとてもゆっくりしていた。
とてもとてもゆっくりしていた。
「ゆぅ……ん……。 しゅーり……しゅーり……」
少女の人差し指に赤れいむの頬の感触が寄せられる。
「しゅーりしゅー……、ゆ……? ゆゆ……?」
いつの間にか少女は泣いていた。小さな肩を更に小さく振るわせて無言で。しとしとと降り続く梅雨時の雨のように静かに。
「ゆ~? ……どうしちゃにょ……? ゆっくちできにゃい……?」
赤れいむは上目遣いで心配そうに少女を見上げていた。少女は泣きながらにっこりと笑うと、人差し指で赤れいむの頭をそっ
と撫でた。
と撫でた。
「私ね……今日で転校するんだ……」
「ゆっくちぃ…………?」
気持ち良さそうに目を閉じる赤れいむに、再び少女の声が聞こえた。
「さようなら」
「ゆ?」
目を開けた時、そこに少女はいなかった。廊下を走って行く音だけが人気のない校舎に響く。
「ゆぅ……」
一、
翌朝。
赤れいむが目を覚ますと、目の前に三つもの人間の顔があった。
「ゆわあああああああ!!!!」
目覚めた瞬間の光景に飛び上がって水槽の隅でがたがた震えだす赤れいむ。水槽を覗きこんでいたのは、男子生徒三人である。
「ゆっくりだよな?」
「れいむ、って言うんだぜ確か」
“れいむ”という言葉に赤れいむが反応して、ぴょんぴょんと跳ね寄ってくる。そして、
「ゆゆっ! れーみゅはれーみゅだよっ! ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!!」
満足気な顔で挨拶と自己紹介をする赤れいむ。挨拶を返してもらえるのを今か今かと待ちわびているらしい。しかし、赤れい
むの望む言葉は一向に返って来なかった。目を開けると、氷のような視線を向ける三人の男子の姿があった。
むの望む言葉は一向に返って来なかった。目を開けると、氷のような視線を向ける三人の男子の姿があった。
「ゆ……くち……?」
理解することができないが、目の前の人間は怒っているようだ。それぐらいは赤れいむにも判断することができた。それでも、
赤れいむの中の“ゆっくりの常識”から著しく外れている人間のゆっくりできない態度に、
赤れいむの中の“ゆっくりの常識”から著しく外れている人間のゆっくりできない態度に、
「ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!!」
もう一度挨拶を試みる。
「…………」
男子の一人が舌打ちをした。
「ゆぅぅ……ゆっくちしちぇ」
「うるせぇよ」
「ゆぇ……っ?!」
戸惑う赤れいむの挨拶を遮った男子が、水槽の中に手を伸ばす。先日の少女は人差し指だけであったが、今日は五本の指が赤
れいむに迫ってくる。恐怖を感じた。
れいむに迫ってくる。恐怖を感じた。
「ゆ……っ、こにゃいでにぇ……っ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて水槽の中を逃げ回る赤れいむ。
「チッ。 こら動くな。 じっとしてろ」
「やめちぇにぇっ! やめちぇにぇっ!! ゆわああああああ!!!」
乱暴に掴まれて持ち上げられる。あんよの傷口が少し開いて、中の餡子が少量漏れ出していた。
「いちゃあああああああああい!!!!」
男子の手の中で、くしゃくしゃの泣き顔になり身を捩る赤れいむ。あんよも掴まれているため動かすことができない。動かす
ことができるのが、揉み上げだけだったのでそこを激しくぴこぴこと振っていた。
ことができるのが、揉み上げだけだったのでそこを激しくぴこぴこと振っていた。
「やめちぇよぉぉ!!! おろしちぇぇぇぇ!! れーみゅ、きょわいよぉぉぉ!!!」
必死に訴える赤れいむの姿を見て、男子たちは自分の中に湧き上がる黒い感情を感じた。
「ゆっくりか……なぁ、コイツ俺らで飼おうぜ」
「ゆゆっ?!」
赤れいむにはその言葉の意味を理解することができない。しかし、自分に対して邪悪な笑みを向ける男子を見ていると体の奥
から恐怖と不安が滲み出てくる。
から恐怖と不安が滲み出てくる。
「ゆ……、ゆぅ……っ!!」
何か言いたいが言葉にはならず、ひたすらに「ゆぅ、ゆぅ」と繰り返すだけの赤れいむの頬を男子の一人がデコピンで弾いた。
「ゆ゛ぴゃっ!!!」
短く悲鳴を上げる。理由もなしに打たれた左頬がじんじんと熱くなり、赤く腫れあがる。赤れいむは全身をぷるぷる震わせて
口をぱくぱくしていたが、やがて。
口をぱくぱくしていたが、やがて。
「ゆんやあああああああ!!!!!」
泣き叫ぶ。大泣きする赤れいむに対して、男子は大笑いである。
「ゆああああん!!! れーみゅ、なんにもわりゅいこちょ……しちぇにゃいのにぃぃぃぃぃぃ!!!」
主張は最もだがそれで男子が赤れいむへの攻撃をやめる理由にはならなかった。逆に面白がって顔の中心、右頬、頭頂部とデ
コピンを繰り返す。
コピンを繰り返す。
「い゛……っ! い゛ぢゃい゛ぃぃぃ!!! ゆっくちできにゃいよぉぉぉぉ!!!!」
顔中を指で弾かれた赤れいむが滝のように涙を流す。男子たちは大笑いである。
「ゆ゛ぐっ……ひっく……ゆぇぇぇ……」
そこへ、数名の女子グループがやってきた。気づけば教室の中に入ってきた生徒の数が多くなってきている。他の生徒は男子
たちが何をやっているのか興味はあったが、野次馬扱いされるのを避けて近寄ろうとはしていなかったのだ。
たちが何をやっているのか興味はあったが、野次馬扱いされるのを避けて近寄ろうとはしていなかったのだ。
「ちょっと! やめなよっ!! 可愛そうでしょっ!!!」
四人の女子は背中に赤いランドセルを背負っている。今、教室に入ってきたばかりなのだろう。赤れいむがその赤いランドセ
ルを見て、にわかに表情を輝かせる。自分に優しく接してくれた少女のことを思い出しているのだろう。
ルを見て、にわかに表情を輝かせる。自分に優しく接してくれた少女のことを思い出しているのだろう。
「ゆぅぅぅぅん!! たしゅけちぇぇぇぇ!! おにぇぇしゃぁあぁぁぁあんっ!!!!」
赤れいむが女子に向かって必死に助けを求める。男子たちは、バツが悪そうな顔で赤れいむを水槽の中に戻した。自由を取り
戻した赤れいむは、水槽の壁に顔を押し付けて“赤いランドセル”に向かって助けを求め続ける。
戻した赤れいむは、水槽の壁に顔を押し付けて“赤いランドセル”に向かって助けを求め続ける。
「ゆびゃああぁぁぁん!!! おにーしゃんたちがいじめりゅよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「こいつ……!!!」
男子が恨みがましい視線を赤れいむに向ける。恋愛対象にもなりかねない女子を盾にした赤れいむへの憎悪もひとしおだろう。
水槽の前に立ちふさがる女子。男子にとっては目の上のたんこぶであったが、赤れいむには心強い味方である。
水槽の前に立ちふさがる女子。男子にとっては目の上のたんこぶであったが、赤れいむには心強い味方である。
「おにぇえしゃぁぁん!! たしゅけちぇぇぇぇ!!!」
“お姉さん”。とまで呼ばれた女子たちはすっかりその気になっており、赤れいむの擁護を始める。
「こんな小さな生き物しか苛められないとか恥ずかしくないのっ?!」
「どうしてこんなに嫌がってるのに、意地悪できるのっ!? 馬鹿じゃないのっ!?」
「ひどいよ……可哀想だよ……」
女子からの言葉責めに男子はたじたじである。この年代は、なぜか女子に頭が上がらないものである。逆に女子は男子を精神
年齢が自分より下のように感じ、強気になって罵倒する。赤れいむは、水槽の中に手を入れた女子生徒の指に頬をすり寄せて自
身の悲しみを慰めている。
年齢が自分より下のように感じ、強気になって罵倒する。赤れいむは、水槽の中に手を入れた女子生徒の指に頬をすり寄せて自
身の悲しみを慰めている。
「しゅーりしゅーり……」
「かわいい……♪」
自分の指に擦り寄ってくる赤れいむの姿に女子はご満悦の様子である。
「はーい。 席につきなさーい。 朝礼、始まるよ~」
気がつくと時計は八時を回っていた。“朝の会”が始まる時間である。教壇に立つ先生の視線は、水槽の前で対峙している男
子と女子に向けられる。首をかしげ、毅然とした態度で口を開く。
子と女子に向けられる。首をかしげ、毅然とした態度で口を開く。
「あなたたち。 何をやっているのかしら?」
「先生!! 男子が―――――むぐぅっ!」
言いかけた女子の柔らかい唇を手の平で押さえつける男子が慌てて、
「先生!!! うちのクラスでゆっくりを飼おうと思っています!!! どうですかっ?」
(ゆ……?)
真っ先に不安そうな表情を浮かべるのは赤れいむ。次に女子たちが“ハァ?”と言わんばかりに男子の顔を睨みつける。
「金魚も亀も飼い飽きたよっ! 俺たちはそろそろ新しい世界に踏み出すべきだと思うんだっ!!!」
どこかの漫画の受け売りのようなセリフを嬉々として先生に向かって発言する男子。女子は半ばうんざりとしたような表情を
していたが、“ゆっくりを飼う”という部分だけは賛成意見だった為、特に反論はしない。先生は男子と女子、ゆっくりを交互
に見ながら溜め息をつき、
していたが、“ゆっくりを飼う”という部分だけは賛成意見だった為、特に反論はしない。先生は男子と女子、ゆっくりを交互
に見ながら溜め息をつき、
「わかりました。 でも生き物は大事に扱わないといけませんよ? たとえ、ゆっくりであってもです」
先生の言うことは的を射ていた。この世界において、ゆっくりは最底辺の存在である。せいぜい生ごみか害虫ぐらいにしか扱
われていない。それでも、ゆっくりを生き物として扱おうとしている先生は、駆除派でも愛護派でもなく、中立の存在であると
言える。
われていない。それでも、ゆっくりを生き物として扱おうとしている先生は、駆除派でも愛護派でもなく、中立の存在であると
言える。
「はーい」
元気よく返事をする男子を尻目に女子は“嘘こけ”と言わんばかりにじと目で睨みつけている。
「ゆ……? ゆゆ……?」
状況を理解できていないのは赤れいむのみである。女子の一人がそっと囁いた。
「れいむちゃん。 今日から私たちとお友達だよ。 仲良くしようね」
最初、その言葉の意味すら理解できていなかったが、“ともだち”と“なかよくしよう”という言葉に遅れて反応を示す。
「ゆ……ゆっくち~~~♪」
飛び跳ねて歓喜の声を上げる赤れいむに、男子は隠れて舌打ちをして女子はにっこりと微笑む。先生は、それぞれが納得した
ことを確認したのち、“朝の会”を始め今日の日程について生徒たちに説明をした。
ことを確認したのち、“朝の会”を始め今日の日程について生徒たちに説明をした。
「それじゃあ、一時間目は算数の授業です。 皆さん、宿題はちゃんとやってきましたかぁ?」
先生の質問に対して、“うぎゃああ”などと大げさな悲鳴を上げる一部の生徒たち。先生はクスリと笑うと、
「先生が来るまでに終わらせておけばセーフということにしてあげます」
そう言って職員室へと戻って行った。
「ゆ……? ゆゆゆ……?」
何も理解できないままに次々と変わっていく状況にまるでついていけない赤れいむ。男子も女子もすぐに赤れいむに駆け寄ろ
うとはしない。前述のとおり、野次馬扱いされるのが嫌だからだ。それぞれが一番最初に誰が水槽の中のゆっくりに声をかける
か牽制し合っている。
うとはしない。前述のとおり、野次馬扱いされるのが嫌だからだ。それぞれが一番最初に誰が水槽の中のゆっくりに声をかける
か牽制し合っている。
「ねぇ……」
先ほどまで赤れいむを苛めていた男子たちの元に、メガネをかけた別の男子がやってくる。
「ぼ……僕、紫ちゃんがあのゆっくりを守ってるのが気に入らないんだ。 ねぇ、みんな。 あいつを苛めるなら僕も仲間に入
れてよ」
れてよ」
三人の男子はニヤリと笑みを浮かべると、メガネの男子に握手を求めた。その男子だけではなかった。
「八坂ちゃんが、あいつの味方をしてるのが気に食わない」
「東風谷さんの困ってる顔が見たいんだ!」
「東風谷さんの困ってる顔が見たいんだ!」
などと言って、少しずつ赤れいむの“敵”が増えて行く。赤れいむに何の落ち度もないにも関わらずだ。突然現れたゴミにも
等しいゆっくり如きがクラスのアイドルたちの人気を一瞬で奪ってしまった。男子たちにとっては由々しき事態である。それな
らば、一緒になって赤れいむを擁護すればいいのだが、それは小学校高学年男子のなけなしのプライドが許さないらしい。
等しいゆっくり如きがクラスのアイドルたちの人気を一瞬で奪ってしまった。男子たちにとっては由々しき事態である。それな
らば、一緒になって赤れいむを擁護すればいいのだが、それは小学校高学年男子のなけなしのプライドが許さないらしい。
一時間目のチャイムが鳴る。いそいそと席に戻る生徒たち。
「ゆぅぅ?」
赤れいむには人間たちのその行動が理解できない。
「ゆゆっ! どうしちゃの?」
女子が穏やかな笑顔で赤れいむに視線を送る。男子が般若のような顔で赤れいむを睨みつける。
「ゆぅ…………」
赤れいむは戸惑うばかりだ。そこへ先生が勢いよく教室の扉を開けて入ってくる。程なくして算数の授業が始まった。宿題を
忘れたという理由で最初にゲンコツを食らったのは、先ほど赤れいむを苛めていた男子生徒の一人。それを見て赤れいむは嬉し
そうな表情で、
忘れたという理由で最初にゲンコツを食らったのは、先ほど赤れいむを苛めていた男子生徒の一人。それを見て赤れいむは嬉し
そうな表情で、
「ゆゆーん!! れーみゅにひじょいことしゅりゅからだよっ! りきゃいできりゅ?!」
水槽の中から叫ぶ赤れいむの言葉に、クラス一同から非難の視線を一身に浴びる男子の一人。男子は、拳を握りしめて歯を食
いしばっていた。
いしばっていた。
(クソ饅頭が……っ!! クソ饅頭ごときが……っ!!!!)
「ゆひっ……!」
赤れいむが、男子の刺すような視線を感じて水槽の中で震えだす。その男子の肩が突かれる。振り向くと折り紙を小さくたた
んだものが女子から渡された。それを開く。
んだものが女子から渡された。それを開く。
“八つ当たりすんな、ガキ”
女の子の文字で辛辣な言葉が書き連ねてある。男子は深呼吸をして席につく。わなわなと震える男子をよそに授業が始まる。
壇上からは先生が生徒に向かって絶え間なく話しかけ、時々それに対して生徒が答えたり質問をしたりする。ありふれた授業の
光景だが、赤れいむにとってはまるで自分一人取り残されて世界が回っているような気がして落ち着かない。
壇上からは先生が生徒に向かって絶え間なく話しかけ、時々それに対して生徒が答えたり質問をしたりする。ありふれた授業の
光景だが、赤れいむにとってはまるで自分一人取り残されて世界が回っているような気がして落ち着かない。
「ゆ……ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!!」
たまらず、水槽の中から誰へともなくおなじみの挨拶をする。当然、応えてくれる者はいない。赤れいむは自分が無視されて
いるのだと思い悲しい気持ちになった。そして、
いるのだと思い悲しい気持ちになった。そして、
「ゆぅぅぅ!! ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!! ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!!!」
二度、三度と挨拶を繰り返す。さすがに無視はできなくなったのか、先生を含めた教室内の人間が赤れいむの方へと向き直る。
一瞬だけ、赤れいむが顔を輝かせる。その瞳には薄く涙さえ浮かんでいた。相手にされないのは辛いことなのだろう。
一瞬だけ、赤れいむが顔を輝かせる。その瞳には薄く涙さえ浮かんでいた。相手にされないのは辛いことなのだろう。
しかし。挨拶は返ってこない。またすぐに授業へと戻る生徒たち。
「どうしちぇ……どうしちぇ、れーみゅをむしちゅるのぉ……?」
悲痛な訴えに、先生を含め一部の生徒がバツの悪そうな顔をする。そこに。
「おい、ゆっくり!! 今は授業中なんだ! 静かにしてろ!!」
「ゆぅ……?」
赤れいむには意味がわからない。意味がわからないくせに、“静かにしろ”と言われたことだけは理解できる。赤れいむは釈
然としない苛立ちを感じていた。
然としない苛立ちを感じていた。
「どうしちぇぇぇっ?! れーみゅ、ゆっくちしちゃいよっ!! みんにゃでいっちょにゆっくちしようよっ!!!」
この発言にはさすがの女子陣営も擁護することができない。今は授業中だ。それ以外の事にかまけている暇はない。先生が水
槽へと近寄る。赤れいむは、何となく嫌な予感でもしたのか水槽の角に体をつけて警戒している。先生は努めて明るく赤れいむ
に微笑むと、
槽へと近寄る。赤れいむは、何となく嫌な予感でもしたのか水槽の角に体をつけて警戒している。先生は努めて明るく赤れいむ
に微笑むと、
「れいむちゃん? 今はね。 静かにしてないといけないの。 理解できる?」
「ゆぅ……ゆっくちわかんにゃいよっ! れーみゅ、ゆっくちできにゃいよっ! ゆっくちしちゃいよぅ……」
わがまま……と言うよりもゆっくりたちの常識でしか物事を考えられない赤れいむの発言は先生を含め擁護派の女子を困らせ
た。男子は“ざまぁ”と言わんばかりに口元を緩めている。
た。男子は“ざまぁ”と言わんばかりに口元を緩めている。
「れーみゅはゆっくちだもんっ!! ゆっくちしちゃいだけだよっ!!!」
主張を繰り返す赤れいむに先生が溜め息をつく。そして、水槽の中に顔を覗きこんで一声。
「静かにしなさいっ!」
「ゆびゃあああああ!!!!」
突然上げられた大声に、思わず悲鳴を上げて雑巾の下に隠れる赤れいむ。小刻みに震える雑巾が赤れいむの恐怖を伝えている。
結局、授業の間、赤れいむは一言も発することなく雑巾の下で怯えていた。ぽろぽろと涙をこぼしながら、
結局、授業の間、赤れいむは一言も発することなく雑巾の下で怯えていた。ぽろぽろと涙をこぼしながら、
「どうしちぇ……? れーみゅ、なんにもわりゅいことしちぇないよぉ……」
確かに何も悪いことはしていない。しかし、この“学校”という空間内の“授業”という時間内においては、お喋りしたいだ
けの赤れいむの行動は許されない。授業中は私語は慎まなければならないのだ。一時間目が終わった休み時間の間、慰めに来て
いた女子がそのことを説明するも、
けの赤れいむの行動は許されない。授業中は私語は慎まなければならないのだ。一時間目が終わった休み時間の間、慰めに来て
いた女子がそのことを説明するも、
「ゆー! そんにゃのれーみゅにはきゃんけいにゃいよっ!! ゆっくちりきゃいしちぇにぇっ!!!」
反論するばかりだ。紫ちゃんと八坂ちゃん、それに東風谷さんや諏訪子ちゃんが説得しているが聞く耳を持たない。しまいに
は、
は、
「ゆああああん!! れーみゅ、ゆっくちしちゃいだけにゃのにぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
泣きだす始末。おろおろとする女子たちの間に、男子が割って入る。赤れいむを指で摘み上げると水槽の床に軽く叩きつけた。
べちゃっ、という音と共にぼろぼろと涙を流す赤れいむ。
べちゃっ、という音と共にぼろぼろと涙を流す赤れいむ。
「ゆんやああああああああ!!!!」
「ちょっと、男子っ!!!」
「言って聞かないなら、叩いて教えるしかないだろ? それにずっとうるさくしてたら、先生にこいつ捨てられちまうよ」
正論だった。赤れいむに痛い思いをさせるのは可愛そうだと思いながらも、先生が迷惑だと感じてしまえばそうなりかねない。
既に一度、授業の邪魔をしているからなおさらだった。痛みと恐怖で水槽の隅で震える赤れいむを見て、可愛そうだとは思って
も、助けてあげることはできなかった。
既に一度、授業の邪魔をしているからなおさらだった。痛みと恐怖で水槽の隅で震える赤れいむを見て、可愛そうだとは思って
も、助けてあげることはできなかった。
また、チャイムが鳴る。生徒たちは先ほどと同じように自分の席についていく。
(ゆぅ……)
赤れいむは、先ほどのやり取りを理解したのかしていないのか、次は大声を出そうとしたりはしなかった。単純に、後で痛い
思いをしたくないだけという理由だったのだが、効果は十分だ。
思いをしたくないだけという理由だったのだが、効果は十分だ。
男子がほくそ笑む。女子は赤れいむの悲しい表情が気になってなかなか授業に集中することができない。ちらちらと赤れいむ
の入った水槽に視線を送る。
の入った水槽に視線を送る。
赤れいむは水槽の中をうろうろしていた。雑巾の端を引っ張ってみたり、壁沿いにあんよを這わせてみたり。とにかく暇で仕
方ないのだろう。雑巾の上をころころと転がったりもしていた。小さく「ゆぅ……」と呟いた後は、目を閉じて動かなくなった。
眠くなってしまったのだろう。
方ないのだろう。雑巾の上をころころと転がったりもしていた。小さく「ゆぅ……」と呟いた後は、目を閉じて動かなくなった。
眠くなってしまったのだろう。
「ゆぴー……ゆぴー……」
すっかり眠ってしまった赤れいむを見て女子はほっと溜め息をついた。男子はもう寝顔すら気に入らないのだろう。大体、自
分たちも授業中で眠いのに寝ることができず、目の前ですやすや寝ているのを見せつけられるのはたまらない。何とかして叩き
起こしてやりたかった。
分たちも授業中で眠いのに寝ることができず、目の前ですやすや寝ているのを見せつけられるのはたまらない。何とかして叩き
起こしてやりたかった。
「それじゃあ、この問題わかる人?」
「はいっ!!!!!!!!」×12
男子の半数が絶叫に近い声を上げて挙手する。
「ゆっ?!」
赤れいむが飛び起きて辺りをきょろきょろと見回している。そして、
「ゆ? ゆゆ? れーみゅのいもむししゃん、どこにいっちゃの? ゆっくちしちぇにぇ……?」
未だ夢の中にいると勘違いをしているのだろう。存在しない芋虫を探して水槽の中で右往左往している。先生が嬉しそうな顔
で、
で、
「今日は元気がいいわね! いつもその調子でお願いね!!」
「はーーーいっ!!!」×12
女子たちは唖然としていた。こんなことはありえない。馬鹿の散野まで嬉々として手を上げている。これは、おかしい。
(――――まさか!!!)
女子が水槽に目を向けると、そこには困ったような顔をした赤れいむがいた。
「ゆぅぅ……うるしゃくちぇ、しゅーやしゅーやできにゃいよ……」
そんな言葉を呟くのを聞いた女子は確信した。これは、罠だ。男子たちによる赤れいむを“ゆっくりさせない”ための作戦だ。
(やられた……ッ!!!)←女子
(――――計画通り!!!)←男子
「よーし、じゃあ、散野くん!」
(――――ッ?!)←散野
男子の一人。クラス一の馬鹿として名を馳せる猿野が指名された。滅多に挙手などしないから、先生も気を利かせたのだろう。
男子の意図を読んでいた女子一同は、心の中でガッツポーズをする。
男子の意図を読んでいた女子一同は、心の中でガッツポーズをする。
その後、答えを言うことができなかった散野は先生に「冷やかしはよくない」とこっぴどく叱られていた。
休み時間。
「一体、どういうつもりなの?」
厳しい口調で男子を批難するのは学級委員の紫ちゃんだ。その後ろには風紀委員の東風谷さんも控えている。男子数名は腕組
みしてへらへらと笑いながら、
みしてへらへらと笑いながら、
「何って。 俺達は真面目に授業に参加してただけだぜ」
「そーそー」
男子が赤れいむをゆっくりできなくさせようとした明確な証拠はないのだ。女子が拳を握りしめる。当の赤れいむは、水槽の
中ですやすや眠っていた。数名の女子がそれを覗きこんで微笑みを浮かべている。
中ですやすや眠っていた。数名の女子がそれを覗きこんで微笑みを浮かべている。
「……そう。 あんたたちの考えはわかったわ」
「へっ。 何がだよ」
睨み合う男子と女子。
まだ四月の始めだと言うのに、クラス内の男子と女子は完全に敵対関係となってしまった。この時、赤れいむを巡る両陣営は
事実上、互いに宣戦布告をする形となった。それはさながらゆっくりの含まれる社会の縮図。駆除派と愛護派。男子と女子。相
容れない二つの勢力による、学校という舞台の中で行われる“一年戦争”の幕開けだった。
事実上、互いに宣戦布告をする形となった。それはさながらゆっくりの含まれる社会の縮図。駆除派と愛護派。男子と女子。相
容れない二つの勢力による、学校という舞台の中で行われる“一年戦争”の幕開けだった。
二、
「れいむちゃーん、はい、あーん」
「ゆぁーん……。 むーちゃ、むーちゃ……ちあわちぇぇぇぇ!!」
揉み上げをぴこぴこと揺らしながら、女子の一人から麦チョコを貰う赤れいむ。水槽の中には女子が作った小さな段ボールの
家が置いてある。工作の得意な女子の河白さんが作ってくれたのだ。お値段以上のクォリティである。初めて水槽に家が置かれ
た時、赤れいむはすぐさまその中に入ってひょっこりと顔だけ出し、得意気な表情で、
家が置いてある。工作の得意な女子の河白さんが作ってくれたのだ。お値段以上のクォリティである。初めて水槽に家が置かれ
た時、赤れいむはすぐさまその中に入ってひょっこりと顔だけ出し、得意気な表情で、
「こきょは、れーみゅのおうちだよっ!!! ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!!」
早速のおうち宣言だ。野生や野良であれば、まだ赤ちゃんゆっくりである赤れいむが自分の家をあてがわれるなど本来はあり
得ないことである。ゆっくりは“自分の物”とか“自分の場所”に強いこだわりを持つ。それはゆっくりたちにとってのステー
タスなのだろう。そんなステータスの一つを労せずして手に入れた赤れいむは、本当に嬉しそうに水槽の中を跳ね回っていた。
得ないことである。ゆっくりは“自分の物”とか“自分の場所”に強いこだわりを持つ。それはゆっくりたちにとってのステー
タスなのだろう。そんなステータスの一つを労せずして手に入れた赤れいむは、本当に嬉しそうに水槽の中を跳ね回っていた。
一方で、ストレスがマッハなのは男子一同である。新年早々、女子の人気を独り占めした赤れいむは憎悪の対象にしかなって
いなかった。
いなかった。
「チッ……あいつを苛めて遊ぼうと思ってたのに邪魔が入っちまったぜ……」
「調子に乗ってるよな。 見ろよ、あの緩み切った笑顔。 ぶっ壊してやりたい……」
「でも、河白さんの作った家を壊すわけにはいかないもんな……」
「腹立つけど、しばらく大人しくしてようぜ……俺たちは放課後に“遊んで”やればいいだけだし……」
不穏なやり取りを続ける男子の声は女子の耳に届いていない。女子は“この赤ちゃんゆっくりは絶対に私たちが守ってみせる”
と妙な連帯感を作り上げていた。水槽の中には少しずつ物が増えていった。
と妙な連帯感を作り上げていた。水槽の中には少しずつ物が増えていった。
「ゆゆ~! こりぇは、れーみゅのてーぶるしゃんにしゅりゅよっ!」
そう言って、頬を押し当ておうちの中にずりずりと押して運ぶ赤れいむ。その一生懸命な姿と嬉しそうな顔を見て女子はご満
悦の様子だった。次に自分の体の大きさの何倍もある雑巾を口に咥えて必死に動かし、おうちの前へと持ってくる。
悦の様子だった。次に自分の体の大きさの何倍もある雑巾を口に咥えて必死に動かし、おうちの前へと持ってくる。
「こりぇが、おにわしゃんだよっ!! ゆっくちころころしゅりゅにぇっ!!」
おうちの中から飛び出して雑巾の上をころころと転がる。男子はあの水槽の中に煙玉でも投げ込んでやりたい心境だったが、
それは叶わない。
それは叶わない。
「男子も手が出せないみたいだね。 いい気味だよ」
女子の一人がわざと聞こえるように言う。男子は特に反応は示さなかった。彼らは既に放課後行われる予定である“宴”のイ
メージトレーニングに余念がなかったのだ。
メージトレーニングに余念がなかったのだ。
給食の時間がやってきた。また教室内の人間たちが一斉に動きだす。赤れいむはそんな生徒たちの動きを目線で追いかけてい
た。水槽の中で右にぴょんぴょん、左にぴょんぴょん。
た。水槽の中で右にぴょんぴょん、左にぴょんぴょん。
「ゆ……ゆっく……。 ゆっくち……」
声をかけようとするが、生徒たちの動きに追い付くことができない。それからしばらくして、白い給食着を身に付けた複数の
生徒が食器やステンレス製の鍋を抱えて教室の中に入ってきた。途端に、美味しそうな匂いが教室内に漂い始める。
生徒が食器やステンレス製の鍋を抱えて教室の中に入ってきた。途端に、美味しそうな匂いが教室内に漂い始める。
「ゆゆゆ……っ! おいししょうなにおいしゃんだにぇっ! れーみゅ、おにゃかがすいちぇきちゃよっ!!」
涎を垂らしながら、嬉しそうに揉み上げを上下させる。生徒一同がそれぞれの机に給食の入った食器を並べていく。さすがに
小学校六年生だけあって手際が良い。あっと言う間にそれぞれの席に給食が置かれていった。
小学校六年生だけあって手際が良い。あっと言う間にそれぞれの席に給食が置かれていった。
「ゆ……?」
赤れいむの脳内に疑問符がつく。
「れーみゅの……ごはんしゃんは……?」
目の前にあるのは、間違いなくご飯である。そして、生徒たちはこれからそれを食べようとしている。しかし水槽の中には何
も持ってきてもらっていない。
も持ってきてもらっていない。
「いただきます」
号令に続いて一斉に言葉を繰り返す。箸やスプーンを使ってカチャカチャと食事が始まった。談笑を交えながら、給食を食べ
ていく生徒一同。赤れいむは、おろおろしながら水槽の壁のギリギリまで這い寄ってきた。
ていく生徒一同。赤れいむは、おろおろしながら水槽の壁のギリギリまで這い寄ってきた。
「れ……れーみゅも……っ! おにゃかすいちゃよっ!! ごはんしゃん、むーちゃむーちゃさせちぇにぇっ!!!」
訴えかける。しかし、この訴えを聞き入れるものはいなかった。金魚を飼っていたときも亀を飼っていたときも、“餌”を与
えるのは休み時間だった。そのときの名残か、自分たちが給食を食べている合間を縫って水槽の中に餌を持って行こうとする者
はいなかったのだ。
えるのは休み時間だった。そのときの名残か、自分たちが給食を食べている合間を縫って水槽の中に餌を持って行こうとする者
はいなかったのだ。
空腹時に目の前で食事を取っているのを見せつけられる形となった赤れいむは、意地悪をされているのだと勘違いしてぼろぼ
ろと涙を流し始めた。水槽に一番近い席にいる女子が、やりづらそうな顔になる。
ろと涙を流し始めた。水槽に一番近い席にいる女子が、やりづらそうな顔になる。
「ゆんやあああああ!! れーみゅもむーちゃむーちゃしちゃいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ついに叫び声を上げる。おうちを作ってくれたり、優しく接してくれる女子は赤れいむにとって母親ゆっくりのような存在で
ある。それなのに、母親ゆっくりの女子はなぜ自分にご飯を食べさせてくれないのか。そんなことばかりを考えていた。
ある。それなのに、母親ゆっくりの女子はなぜ自分にご飯を食べさせてくれないのか。そんなことばかりを考えていた。
「美味しいぞ、これっ!!! すっごく美味しいぞっ!!!」
男子の一人が大きな声で“美味しい”を連発し始める。どう考えても、水槽の中でご飯を食べさせてもらえない赤れいむへの
当てつけだ。女子も、まさか給食時間に赤れいむに対する攻撃が可能だとは思っていなかったので、対応が後手に回る。という
よりも、対応のしようがない。
当てつけだ。女子も、まさか給食時間に赤れいむに対する攻撃が可能だとは思っていなかったので、対応が後手に回る。という
よりも、対応のしようがない。
「ゆゆぅ!! いじわりゅしにゃいでにぇっ!! れーみゅもおいちぃごはんしゃん、たべちゃいよぉぉぉぉぉ!!!」
必死の訴えも、聞き入れられることはない。そもそも、鍋の中には人数分の給食しか入っていない上に食べざかりの男子数名
が特盛りレベルで器に注ぐものだから、雀の涙ほども給食の残りは余っていないのだ。
が特盛りレベルで器に注ぐものだから、雀の涙ほども給食の残りは余っていないのだ。
「おにゃかしゅいちゃよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! ゆぁぁぁぁぁぁん!!!!」
とうとう大泣きをする赤れいむだったが、わざわざ自分たちの給食を分け与えてまで水槽の中に餌を持ってくる奇特な生徒は
いなかった。この時ばかりは女子も、「泣き疲れたらそのうち眠ってくれるだろう」くらいにしか思っていなかったのだ。
いなかった。この時ばかりは女子も、「泣き疲れたらそのうち眠ってくれるだろう」くらいにしか思っていなかったのだ。
「ゆっくちしちゃいよぉぉぉぉぉ!!! ゆっくちできにゃいぃぃぃぃぃ!!!!」
水槽に顔を押し当てて、主張を続ける赤れいむの方に顔を向ける生徒は一人もいなかった。赤れいむはそれが悲しくて仕方が
なかった。空腹なのも事実だが、それ以前に構ってもらえないことのほうが精神的に堪えたのである。
なかった。空腹なのも事実だが、それ以前に構ってもらえないことのほうが精神的に堪えたのである。
「静かにしなさい!」
「ゆひぃぃぃぃっ!!」
終いには、先生から怒られる始末。金魚も亀も“餌をくれ”と喚くことはない。室内で犬や猫を飼っている場合も同じことだ。
人間とペットの上下関係を理解させるために、人間と同じ時間に食事を与えるようなことはしない。必ず、人間が食事を終えた
後に餌を与えるのが正しいとされる。それを理解している生徒も数名いたので、なおさら給食時間には餌を与えないという気持
ちが頑なになる。
人間とペットの上下関係を理解させるために、人間と同じ時間に食事を与えるようなことはしない。必ず、人間が食事を終えた
後に餌を与えるのが正しいとされる。それを理解している生徒も数名いたので、なおさら給食時間には餌を与えないという気持
ちが頑なになる。
「ゆぐっ……えっく……れーみゅも、いっちょにむーちゃむーちゃ、しちゃいよぉ……」
嗚咽混じりの小さな声で力なく訴え続ける赤れいむの姿に、女子の良心がひどく痛む。逆に男子は、心の中で「イヤッホォォ
ォォォォ!!」と叫んでいた。
ォォォォ!!」と叫んでいた。
「あ……っ!」
女子の一人が手を滑らせて牛乳を床にこぼしてしまった。
「ごめんなさい……」
先生に謝る女子。隣に座っていた男子が「やれやれ」と言わんばかりに立ちあがり、雑巾を持ってくる。こういう連携プレー
も、高学年ならではだろう。さっさと拭き上げて席に戻る。女子は頬を染めて、その男子にお礼を言っていた。フラグが立った。
も、高学年ならではだろう。さっさと拭き上げて席に戻る。女子は頬を染めて、その男子にお礼を言っていた。フラグが立った。
(おい……!!)
(ああ……!!!)
刹那のアイコンタクト。それはフラグが立ったことに対してではない。あのクソ生意気な一口饅頭に対する“嫌がらせ”を思
いついたのだ。
いついたのだ。
「ゆっくち……ゆぅ……」
ついにおうちの奥に入ってしまった赤れいむの切ない声だけが聞こえてくる。程なくして、赤れいむにとって地獄の給食時間
が終わり、昼休みに突入していった。
が終わり、昼休みに突入していった。
校庭を走り回る全校生徒。教室の中で絵を描いたりトランプ遊びなどをしている者もいた。クラスの女子の数名が赤れいむを
水槽から出して一緒に遊んでいる。
水槽から出して一緒に遊んでいる。
床に置かれた麦チョコを一つ一つ食べて行く赤れいむ。学校にお菓子を持ってきていることがばれては先生に怒られるので、
あくまでこっそりとしか与えることができない。
あくまでこっそりとしか与えることができない。
「むーちゃ、むーちゃ……しあわちぇぇぇぇぇ!!!」
ようやく機嫌を取り戻した赤れいむが涙目で声を上げる。よほどお腹が空いていたのだろう。考えてみればピンポン玉ほどの
サイズしかない赤ちゃんゆっくりだ。お腹が空くペースも速いのかも知れない。女子たちはそんなことを考えながら、給食時間
のお詫びとしてお菓子を食べさせてあげることにしたのだ。
サイズしかない赤ちゃんゆっくりだ。お腹が空くペースも速いのかも知れない。女子たちはそんなことを考えながら、給食時間
のお詫びとしてお菓子を食べさせてあげることにしたのだ。
十分にお菓子を食べさせた後は、赤れいむと一緒に昼休みを過ごす。小さな体でぴょんぴょんと懸命にはねる姿は女子のハー
トを鷲掴みにしていた。あんよの傷もいつの間にか癒えているようだった。女子が手を床に置くと、そこによじ登ってくる。
トを鷲掴みにしていた。あんよの傷もいつの間にか癒えているようだった。女子が手を床に置くと、そこによじ登ってくる。
「や……っ、やぁんっ!!! かわいいぃぃぃぃ!!!!」
赤れいむを手に載せたまま顔の高さまで持ち上げる。
「ゆゆーん! おしょらをとんじぇるみちゃいっ!!」
楽しそうに手の平ではしゃぐ赤れいむ。ぽよんぽよんと小さく跳ねるたびに、赤れいむの柔らかい肌の感触が女子の手を伝う。
女子にとっては、赤れいむは可愛い小動物ぐらいにしか映っていないのだろう。
女子にとっては、赤れいむは可愛い小動物ぐらいにしか映っていないのだろう。
「ゆゆぅ!! きりぇいないししゃんだにぇ~~! しゅっごくゆっくちしちぇりゅよっ!!」
そう言って女子の手から降りる。別の女子がビー玉を使って何か遊べないかと考えていたところだった。赤れいむはその綺麗
な意思を目ざとく発見して早速興味を示したのだ。女子が赤れいむに向かってビー玉をそっと転がす。
な意思を目ざとく発見して早速興味を示したのだ。女子が赤れいむに向かってビー玉をそっと転がす。
「ゆゆゆ!! れーみゅもころころしゅりゅねっ!!!」
言って、ビー玉の横に並行しながら転がって遊ぶ。このころころと転がって遊ぶ赤れいむの姿が、女子にとって一番ツボに入
っているらしい。可愛くて仕方がないのだろう。赤れいむの頬を指先でぷにぷにしたり、頭をそっと撫でたりしているうちに、
昼休みは終わってしまった。
っているらしい。可愛くて仕方がないのだろう。赤れいむの頬を指先でぷにぷにしたり、頭をそっと撫でたりしているうちに、
昼休みは終わってしまった。
「ゆーん! こりぇをれーみゅのたからもにょにしゅりゅよっ!!」
余程ビー玉が気に入ったらしく、女子もそれは赤れいむにあげることにした。水槽の中に戻してもらってからも、ビー玉を転
がしてしばらく遊んでおり、最後にはおうちの奥へと持っていった。
がしてしばらく遊んでおり、最後にはおうちの奥へと持っていった。
五時間目の授業は眠い。給食で満腹になり、昼休みで遊び疲れた生徒にとっては魔の時間である。しかし授業中に居眠りなど
したら昔ながらにチョークを投げつけられたりする。そうなると笑い者だ。
したら昔ながらにチョークを投げつけられたりする。そうなると笑い者だ。
「しゅーや……しゅーや……」
だからこそ、ふざけた表情で涎を垂らしながら爆睡こいている赤れいむの存在は許されざるものであった。しかし、さすがの
男子もそれを咎めることはできない。先ほど、「授業中は静かにしろ」と怒鳴りつけたばかりだ。一斉挙手で赤れいむを叩き起
こすのは可能だが、散野の末路を思うとなかなか実行には移せない。五時間目は、両陣営・赤れいむ共に大きな動きを見せぬま
ま、ある意味で平和に終了した。
男子もそれを咎めることはできない。先ほど、「授業中は静かにしろ」と怒鳴りつけたばかりだ。一斉挙手で赤れいむを叩き起
こすのは可能だが、散野の末路を思うとなかなか実行には移せない。五時間目は、両陣営・赤れいむ共に大きな動きを見せぬま
ま、ある意味で平和に終了した。
そして、“帰りの会”も終わり放課後となった。女子は、男子が何か行動を起こしたりしないかとしばらく水槽の前で待機し
ていたが、すぐに帰ってしまった男子を見届けた後は赤れいむにお別れの挨拶をして自分たちも教室を出た。女子たちは、男子
に対して“赤ちゃんゆっくりを守った”と得意気な表情のまま、下校する。
ていたが、すぐに帰ってしまった男子を見届けた後は赤れいむにお別れの挨拶をして自分たちも教室を出た。女子たちは、男子
に対して“赤ちゃんゆっくりを守った”と得意気な表情のまま、下校する。
「ゆぅ……ひちょりになると、しゃびしぃにぇ……」
話しかける相手がいなくなってしまった赤れいむは、情けない顔でおうちの中に入ろうとしていた。
「じゃあ、寂しくないように俺たちが“遊んで”やるよ」
「ゆん?」
突然声をかけられた赤れいむが振り返る。途端に顔が青ざめて行く。そこには今日の朝、自分を散々苛めた意地悪な男子たち
の姿があった。
の姿があった。
「ゆ……ゆぁ……」
「女子とばっかり遊んでないでさ、俺たちも遊んでくれよ」
「や……やじゃ……」
「へぇ、なんでだよ」
ぐっと水槽の壁に顔を近づける男子。その表情はとてもじゃないが遊んでくれようとしている顔などではない。
「おにーしゃんたちは……ゆっくちできにゃいもん……」
おうちの中へとずりずりと後ずさる赤れいむ。男子の一人が河白さん特性のおうちを水槽から取り上げた。自分を守ってくれ
ていた天井と壁を失い、赤れいむがぶるぶる震え出す。
ていた天井と壁を失い、赤れいむがぶるぶる震え出す。
「やめちぇにぇっ!! れーみゅのおうちしゃん……かえしちぇにぇっ!!!」
その場で小さくたむたむと跳ねる赤れいむをひっぱたいて、水槽の壁に叩きつける。べちゃん、という音の後、床に投げ出さ
れる赤れいむは既にぼろぼろ涙をこぼしていた。
れる赤れいむは既にぼろぼろ涙をこぼしていた。
「い……いちゃい……」
赤れいむには全く理解することができなかった。男子に対して何をしたわけでもないのに、意地悪ばかりされる。意地悪なら
まだいい。理不尽に振るわれる暴力は小さな体で耐えるにはあまりにも辛いことだった。打ち付けた皮がひりひりと痛みだす。
痛みと悲しみで感情が覆い尽くされ、泣くことしかできない。
まだいい。理不尽に振るわれる暴力は小さな体で耐えるにはあまりにも辛いことだった。打ち付けた皮がひりひりと痛みだす。
痛みと悲しみで感情が覆い尽くされ、泣くことしかできない。
「泣いてんじゃねぇよ、キモいんだよ」
泣くことも許されず、ぐったりしていた赤れいむにデコピンをかまして再び壁にぶつかり水槽の中を転がる。
「いちゃいよぉぉぉぉ!!!!」
「そんだけ叫ぶ元気があれば十分だろっ!!!」
もう一発。デコピンで弾かれた顔と、壁に叩きつけられた時の衝撃が一度に襲ってくる。
「ゆ゛びゃあああ゛あ゛あ゛!!! ゆっぐぢしぢゃいよ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!!」
「昼間さんざんゆっくりしてただろうが。 今度は俺達をゆっくりさせてくれよっ!!!」
嬉々として赤れいむを痛めつける男子の顔は実に爽やかだった。今日一日分のストレスを全て赤れいむにぶつけている。
「や゛べぢぇぇぇぇ!!! どぉしちぇごんに゛ゃこちょしゅりゅの゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!」
「決まってんだろ?」
「ゆぅ……?」
「お前なんて、俺達のおもちゃなんだよ。 おもちゃが口応えなんてしてんじゃねぇ」
「ゆ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!!」
“玩具なんかじゃないもん”と言おうとする前に、お庭にしていた雑巾を一瞬で水槽の中から奪われる。愕然とした。あんな
に一生懸命おうちの前まで持ってきたのに、その必死の努力は瞬時に無に帰されてしまった。
に一生懸命おうちの前まで持ってきたのに、その必死の努力は瞬時に無に帰されてしまった。
絶対に勝つことはできない。
赤れいむは、今さらながら目の前の人間と自分の間に圧倒的な力の差がある事を理解した。それを理解してしまうと、もう満
足にあんよを動かすことすらできなかった。完全にすくみ上がっているのだ。水槽の中には赤れいむを守ってくれる物はない。
おうちも取り上げられ、雑巾も持って行かれてしまった。宝物のビー玉が一個転がっているだけである。
足にあんよを動かすことすらできなかった。完全にすくみ上がっているのだ。水槽の中には赤れいむを守ってくれる物はない。
おうちも取り上げられ、雑巾も持って行かれてしまった。宝物のビー玉が一個転がっているだけである。
「おにぇがいしましゅ……かえしちぇ……れーみゅの……おうちしゃん……」
震え、怯え、水槽の隅に顔を押し付け赤れいむが力なく訴える。
「これは返してやろうかな」
男子が手にしていたのは雑巾だった。真っ白な雑巾。奪われたお庭だ。赤れいむの表情がにわかに明るくなる。
「ゆっくち……ありがちょう……!」
哀れなものである。自分から何もかも奪い去った相手に対して御礼を言わなければならないなど。それでも、御礼を言うしか
なかった。下手なことを言えばまた酷い目に遭わされる。痛いのは、もう嫌なのだ。
なかった。下手なことを言えばまた酷い目に遭わされる。痛いのは、もう嫌なのだ。
「ほらよ」
水槽の中に雑巾が投げ入れられる。赤れいむがぴょんぴょんと飛び跳ねて雑巾へ駆け寄る。
「ゆーん! れーみゅのだいじなおにわしゃん…っ! ゆっくちおかえりなしゃ……」
雑巾という名のお庭にダイブした赤れいむの表情が見る見る変化していく。
「ゆびゃああ!!! く……くちゃいよぉぉぉ!!! ゆっくちできにゃいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「あーはっはっはっは!!!」
「臭ぇ!! お前、臭ぇよ!!!!」
男子たちは爆笑の渦である。臭くてゆっくりできないお庭の上で、それでもこの場所と共に在りたいのかごろごろと転げ回る
赤れいむを見て、男子はその姿を盛大に馬鹿にしていた。
赤れいむを見て、男子はその姿を盛大に馬鹿にしていた。
「れーみゅ、くちゃくにゃいよぉぉぉ!!! どうしちぇしょんなこちょいうにょぉぉぉぉ?!」
「どうして、って臭ぇからに決まってるだろこの馬鹿!!!」
それは牛乳を拭いた後の雑巾だった。しかし、ボロボロの雑巾を水槽に投げ入れたのではすぐに女子にばれてしまう。なので、
わざわざ先生の机の下に置いてあった新品の真っ白な雑巾をこっそり拝借した。昼休み、隠していた牛乳を別の場所でこぼしそ
れを新品の雑巾で拭い、水洗いせずに放置していたのだ。
わざわざ先生の机の下に置いてあった新品の真っ白な雑巾をこっそり拝借した。昼休み、隠していた牛乳を別の場所でこぼしそ
れを新品の雑巾で拭い、水洗いせずに放置していたのだ。
「ゆっくちできにゃいぃぃぃ!! れーみゅのおにわしゃん……かえしちぇよぉぉぉぉ!!!」
「何言ってんだよ。 それがお前の庭だろ? ちゃんと返してやったのに何言ってんだよ、お前」
「ゆぅ……でみょ……でみょ……」
見た目は先ほどまでの物と変わらない。変わらないのに、赤れいむにとって耐え難い悪臭が漂う。少しも理解することができ
なかった。お庭を奪われて、返してもらっただけなのにどうしてこんなにゆっくりできない臭いがするのだろう。
なかった。お庭を奪われて、返してもらっただけなのにどうしてこんなにゆっくりできない臭いがするのだろう。
「ゆぇぇぇぇぇん!!!!」
分からないことだらけで泣き出す赤れいむ。追い打ちをかけるように牛乳雑巾にその顔を押し付けて、ぐりぐりとこすりつけ
られる。
られる。
「ゆぶぶぶぶぶぶぶぶぶ……っ、ゆぶっ! くちゃ……っ! やめ…………っ! やめちぇ……!」
必死に顔を起こして逃れようとするが、男子の力に抗うことはできない。柔らかい綺麗な肌、髪の毛、小さなリボンに悪臭が
染みついていく。それが嫌で嫌でしょうがなかった。どんなにお願いしても、男子たちは聞いてくれなかった。苦しくて伸ばし
た舌に雑巾が触れる。
染みついていく。それが嫌で嫌でしょうがなかった。どんなにお願いしても、男子たちは聞いてくれなかった。苦しくて伸ばし
た舌に雑巾が触れる。
「ゆっぐち……できにゃいぃぃぃぃぃぃ!!! もうやじゃあ!! おうちかえりゅぅぅぅぅぅ!!!!!」
「馬鹿だろお前。 ここがお前のおうちだろうが」
「…………っ!!!」
言われて気付く。涙、涎、汗。全てがべちゃべちゃに混ざり合って赤れいむの顔を汚している。最後に顔を雑巾に押し付けら
れたまま、尻のあたりをデコピンされた。声を出すことができないため、揉み上げだけがびくん、と動く。
れたまま、尻のあたりをデコピンされた。声を出すことができないため、揉み上げだけがびくん、と動く。
河白さん特性のおうちを水槽の中に戻し、悪臭を放つ雑巾を敷き直して、ゲラゲラ笑いながら男子グループが下校して行った。
今度こその静寂。教室に取り残されたのは赤れいむ一匹のみ。痛めつけられた顔と、散々馬鹿にされた心が痛くてたまらない。
赤れいむは、それでも泣き寝入りをするしかなかった。ずりずりとあんよを這わせて、おうちの奥の奥へと逃げ込む。その中で
震えていた。それしかできなかった。
赤れいむは、それでも泣き寝入りをするしかなかった。ずりずりとあんよを這わせて、おうちの奥の奥へと逃げ込む。その中で
震えていた。それしかできなかった。
「れーみゅ……ゆっくちしちゃい……ゆっくちしちゃいだけにゃのに……」
三、
赤れいむが教室にやってきて、一か月が過ぎようとしていた。サイズはソフトボールほどにまで大きくなっており、ネットな
どで調べてみた結果、子ゆっくりの状態にまで成長しているらしかった。
どで調べてみた結果、子ゆっくりの状態にまで成長しているらしかった。
そんな子れいむは相変わらず男子には苛められ、女子からはもてはやされる日々を過ごしていた。ゆっくり苛めは生かさず殺
さず。この基本ともいえるゆっくり苛めの在り方を、男子と女子が役割分担することで完全に機能させていた。
さず。この基本ともいえるゆっくり苛めの在り方を、男子と女子が役割分担することで完全に機能させていた。
ゆっくりのいる生活に慣れてきたのか、女子も前ほど子れいむに付きっきりではなくなった。飽きた、とまではいかなくとも、
珍しくなくなってしまったと考えるのが自然であろう。それに加えて、体のサイズが大きくなったことにより痛みに対する耐性
が上がってきたため、デコピンされたぐらいでは泣き喚かなくなったのである。痛くてゆっくりできない事に変わりはなかった
ため、「やめちぇよぉぉぉぉ!」と訴えることだけはするし、やり過ぎると泣く。
珍しくなくなってしまったと考えるのが自然であろう。それに加えて、体のサイズが大きくなったことにより痛みに対する耐性
が上がってきたため、デコピンされたぐらいでは泣き喚かなくなったのである。痛くてゆっくりできない事に変わりはなかった
ため、「やめちぇよぉぉぉぉ!」と訴えることだけはするし、やり過ぎると泣く。
子れいむは水槽の中で大人しくしていた。騒げば叩かれる、というのを一カ月かかって理解したのだろう。授業中でも静かな
ものだ。頻度こそ減ったものの、女子は相変わらず優しく接してくれるので表面上は平和にゆっくりを飼っているクラスのよう
に見えなくもない。
ものだ。頻度こそ減ったものの、女子は相変わらず優しく接してくれるので表面上は平和にゆっくりを飼っているクラスのよう
に見えなくもない。
しかし。
「ゆげぇぇぇぇっ!! けほっ! けほっ!! ゆぅぅぅ!!! けむちゃいよぉぉぉ!!!!」
子れいむの悲鳴に女子が一斉に水槽に振り向く。水槽の中は煙で見ることができない。子れいむがガラスの壁に顔を押し付け
ていなければ、どこにいるかも分からないくらいだった。その傍らには黒板消しを二つ持って、ニヤニヤと笑っている男子の姿。
黒板消しはたきを水槽の中で行ったのだろう。煙の正体はチョークの粉である。
ていなければ、どこにいるかも分からないくらいだった。その傍らには黒板消しを二つ持って、ニヤニヤと笑っている男子の姿。
黒板消しはたきを水槽の中で行ったのだろう。煙の正体はチョークの粉である。
「ゆっくりしちゃいよぉぉぉ!!! どおしてこんなこちょすりゅのぉぉぉぉ?!」
煙が少しずつ晴れていくのと同時に、涙目の子れいむの姿が現れる。器用に両方の揉み上げを口元に持ってきて口を塞いでい
る。時折、「ゆげぇ、ゆげぇ」と苦しそうにせき込む姿は男子の嗜虐心を煽り、女子の同情を買った。慌てて水槽の元に駆け寄
ってきた学級委員の紫ちゃんが、男子の後ろ頭を思いっきりはたく。
る。時折、「ゆげぇ、ゆげぇ」と苦しそうにせき込む姿は男子の嗜虐心を煽り、女子の同情を買った。慌てて水槽の元に駆け寄
ってきた学級委員の紫ちゃんが、男子の後ろ頭を思いっきりはたく。
「なんてことすんのよっ!! れいむが可愛そうでしょうっ?!」
「全然」
「な……っ!」
子れいむは、俯いたまま唇を噛み締めていた。顔が小刻みにぷるぷると震えている。大事な赤いリボンも黒い髪の毛もチョー
クの粉で真っ白である。他のゆっくりが見たら、子れいむの事を散々馬鹿にしたであろう。水槽の床にぽたりぽたりと涙が落ち
ていく。男子は「ざまぁみろ」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
クの粉で真っ白である。他のゆっくりが見たら、子れいむの事を散々馬鹿にしたであろう。水槽の床にぽたりぽたりと涙が落ち
ていく。男子は「ざまぁみろ」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
ゴールデンウィークが開けてから、男子の子れいむへの苛めは放課後だけに留まらなくなった。本格的に叩いたりなどの暴力
を加えることはできなかったが、こうやってゆっくりをゆっくりさせない程度のいわゆるぬる苛めくらいは平気で行うようにな
ってきていた。
を加えることはできなかったが、こうやってゆっくりをゆっくりさせない程度のいわゆるぬる苛めくらいは平気で行うようにな
ってきていた。
最近で一番ひどかったのは、鉛筆削り器の屑入れにまだ体の小さかった赤れいむを押し込んで、鉛筆を削るという行為だった。
あの後は、ゆっくり特有の病気である“非ゆっくち症”(参考文献:『愛でたいお姉さん』著/D.O女史)になりかけて大変
なことになっていたが、女子がずっと慰めてあげたり四六時中一緒にいてあげたりしたことで一命を取りとめたのだった。
あの後は、ゆっくり特有の病気である“非ゆっくち症”(参考文献:『愛でたいお姉さん』著/D.O女史)になりかけて大変
なことになっていたが、女子がずっと慰めてあげたり四六時中一緒にいてあげたりしたことで一命を取りとめたのだった。
「どうして、れいむを苛めるのっ?! この子があんたたちに何かした!? してないでしょうっ?!」
紫ちゃんが強い口調で男子を責める。しかし、全然堪えてはいないらしい。紫ちゃんを無視して黒板消しを戻す。
「ちょっと!! 聞いてんの!?」
「うるせーよ、ババァ!!」
小学生による異性への罵倒の言葉の八割は、“じじい”と“ばばあ”である。ババァ呼ばわりされた紫ちゃんは目に少しだけ
涙を浮かべていた。
涙を浮かべていた。
「はーい、席についてー」
先生が教室の扉を開けて入ってくる。ともかく、ゆっくりを巡る騒ぎが先生にバレるのはまずい。下手すればゆっくりを飼う
のをやめさせられるかも知れない。最近は、男子もそれを理解してきたのか露骨に危害を加えるようになってきたのだ。女子側
としてはこれ以上男子側を調子づかせるわけにはいかなかった。
のをやめさせられるかも知れない。最近は、男子もそれを理解してきたのか露骨に危害を加えるようになってきたのだ。女子側
としてはこれ以上男子側を調子づかせるわけにはいかなかった。
「紫ちゃん……大丈夫?」
八坂ちゃんが隣の席に座る紫ちゃんを慰める。紫ちゃんは、少しだけ鼻をすすりながら頷いた。
男子と女子の関係は日増しに悪化していった。表面上は仲良くしているものだから余計にタチが悪い。先生は授業中以外に教
室にいることはあまりなく、それが男女間の“戦争”の時間を長くさせていたのだ。
室にいることはあまりなく、それが男女間の“戦争”の時間を長くさせていたのだ。
窓の向こうに目を向けると、雨が降っている。もう、かれこれ一週間近く雨が続いていた。梅雨に入っていたのだ。
「最近、雨ばっかりね……」
「……男子が外に行かないから、れいむが心配だわ……」
隙あらば子れいむを水槽から取り出してボール代わりにして遊び始めたりするため、全く目が離せない。はっきり言って赤ゆ
時代に今の残酷な遊びをされてしまったら、とっくに死んでいたに違いない。
時代に今の残酷な遊びをされてしまったら、とっくに死んでいたに違いない。
午前中の授業が滞りなく進み、給食、昼休み、掃除の時間と一日が消化されていく。五時間目は音楽だった。子れいむは音楽
の授業が大好きだった。この時ばかりは先生が弾くオルガンのメロディや、生徒一同によるお歌を聞くことができるのでゆっく
りした時間を過ごすことができる。歌や音楽に合わせて、おうちの奥で体を揺らして聞き入っていたのだ。
の授業が大好きだった。この時ばかりは先生が弾くオルガンのメロディや、生徒一同によるお歌を聞くことができるのでゆっく
りした時間を過ごすことができる。歌や音楽に合わせて、おうちの奥で体を揺らして聞き入っていたのだ。
「ゆぅ……れいむも……みんなといっしょに、おうたしゃんをうちゃいたいよ……」
ポツリとそんなことを呟く。しかし、その呟きは誰にも聞かれることはない。今は合唱の真っ最中だ。
「……ゆ……ゆゆぅ……♪ ゆー……ゆー……♪」
デタラメなメロディで、子れいむがお歌を歌い始めた。誰にも聞こえることのないよう、小さな小さな声で。歌を歌っている
生徒たちの表情は真剣そのものだった。子れいむは馬鹿だったけれど、その邪魔をしてはいけないとかそういう事は理解できて
いたのだ。単純に「静かにしなさい」と言われて怒られるのが怖かった、というのもあるのだが。
生徒たちの表情は真剣そのものだった。子れいむは馬鹿だったけれど、その邪魔をしてはいけないとかそういう事は理解できて
いたのだ。単純に「静かにしなさい」と言われて怒られるのが怖かった、というのもあるのだが。
子れいむに人間の歌を理解することはできなかったが、とてもゆっくりしている事だけは感じていた。意外だったのは、いつ
も自分に対して酷い暴行を加える男子たちも、すごくゆっくりしたお歌を歌っていること。なぜか良くわからないが、子れいむ
はそれが妙に嬉しかった。れいむ種は、歌を歌うのが好きなゆっくりとして知られている。
も自分に対して酷い暴行を加える男子たちも、すごくゆっくりしたお歌を歌っていること。なぜか良くわからないが、子れいむ
はそれが妙に嬉しかった。れいむ種は、歌を歌うのが好きなゆっくりとして知られている。
いつのまにか、おうちから出てきた子れいむは水槽越しに教室の中を見続けていた。先生の伴奏が終わり、合唱が終了する。
「ゆっくり~~~! ゆゆーん!! みんな、しゅっごくおうたしゃんがじょうずだねっ!!!」
思わず声をかけてしまっていた。ゆっくり界の“あーちすと(笑)”として何か声をかけずにはいられなかったのである。先
生と女子は子れいむに向けて微笑みかけるが、男子は完全に無視している。
生と女子は子れいむに向けて微笑みかけるが、男子は完全に無視している。
「ゆ~ん♪ れいむもいっちょにおうたしゃん、うたいちゃいよっ!!」
ついだった。本当につい子れいむは自分の思っていたことを口に出してしまったのだ。先生と女子が苦笑しているのを見て、
“さすがにダメだったか”と舌をぺろりと出す子れいむ。教室が穏やかな笑いに包まれた。しかし、男子は歯を食いしばってい
る。男子の一人が声をかけた。
“さすがにダメだったか”と舌をぺろりと出す子れいむ。教室が穏やかな笑いに包まれた。しかし、男子は歯を食いしばってい
る。男子の一人が声をかけた。
「よし、れいむ! なんか歌ってみろよ! 聞いてやるからさ」
「ゆ……っ?」
ゆっくりできないはずの男子からまさかの申し出である。女子も目を丸くしていた。“おかしい。これは何かある”と警戒を
していたが、一向に何も起こらない。先生は、オルガンから立ち上がると、
していたが、一向に何も起こらない。先生は、オルガンから立ち上がると、
「……れいむ種は、ゆっくりの中でも歌を歌うのが大好きな種族です。 良ければ一曲聴かせてもらいましょう」
「ゆ……ゆっくり、おうたしゃん……うたっちぇも、いいの?」
男子からの申し出。先生も承認した。女子は、子れいむが歌い出すのを今か今かと待ち望んでいた。教室が静まり、子れいむ
の入った水槽に一同注目している。子れいむは嬉しかった。初めて“授業中”に教室のみんなと一緒にゆっくりすることができ
るチャンスがやってきたからだ。
の入った水槽に一同注目している。子れいむは嬉しかった。初めて“授業中”に教室のみんなと一緒にゆっくりすることができ
るチャンスがやってきたからだ。
子れいむは、自分が眠れないときに母親ゆっくりから歌ってもらった子守唄を思い出しながらリズムに乗り、お歌を歌い始め
た。
た。
「ゆっゆっ、ゆゆーゆ♪ ゆゆん、ゆっゆーゆ♪ ゆっゆっ、ゆゆーゆ♪ ゆゆん、ゆっゆーゆ……」
歌ですらなかった。
「……あ……」
女子も、コメントのしようがないとでも言わんばかりの表情で子れいむから目を逸らす。先生は苦笑いを浮かべていた。そん
な周囲の反応に気付かず、楽しそうにお歌を歌い続ける子れいむ。降り続く雨の音をBGMに続く、子れいむの口から発せられ
る雑音。男子は、
な周囲の反応に気付かず、楽しそうにお歌を歌い続ける子れいむ。降り続く雨の音をBGMに続く、子れいむの口から発せられ
る雑音。男子は、
(ダメだ……まだ笑うな……しかし……っ!!)
必死になって笑いをこらえていた。
「ゆんっ♪ ゆゆんっ♪ ゆん♪ ゆゆゆゆゆん、ゆゆんっ♪」
「あーはっはっはっはっはっはっは!!!!!!!!」
ついに男子の一人が堪えていた笑いのダムを決壊させて一気に噴き出す。それを皮切りに他の男子も一斉に大笑いを始めた。
お歌を歌いながら、もうすぐ“サビ”に入ろうとしていたところで突然大笑いされた子れいむは思わず歌うのをやめてしまった。
周りを見渡す。誰一人として子れいむの歌を聞いていた者がいなかった事を想像させた。それぐらい、教室の中は異常なまでの
笑いに包まれていた。いつもは庇ってくれる女子も子れいむと目を合わせようとしない。
お歌を歌いながら、もうすぐ“サビ”に入ろうとしていたところで突然大笑いされた子れいむは思わず歌うのをやめてしまった。
周りを見渡す。誰一人として子れいむの歌を聞いていた者がいなかった事を想像させた。それぐらい、教室の中は異常なまでの
笑いに包まれていた。いつもは庇ってくれる女子も子れいむと目を合わせようとしない。
「ゆ……? ゆゆ……?」
「はははは!!! 馬鹿じゃねーのお前っ!! 普段、なんか色々喋ってるくせに歌うときは“ゆ”しか言えねーのかよっ!!」
「お前の歌、真似してやるよっ!! “ゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆゆ”!! これだけじゃねーか、腹痛ぇ!!!!!」
「だ……男子!! そんな言い方はないでしょうっ?!」
「れいむだって一生懸命歌ったんだよっ!?」
女子からの反論に、男子が声を荒げて更に反論をし返す。
「“そんな言い方はないでしょ”ってことは、お前らだって同じようなこと考えてんだろ? 素直に言えよ。下手糞、って」
「ゆ……ゆぐっ、ゆぅ……っ!!!」
“下手糞”。その言葉は子れいむに重くのしかかった。下を向いたまま顔を上げることができない。悔しい。悲しい。恥ずか
しい。様々な感情が子れいむの中で渦巻いている。
しい。様々な感情が子れいむの中で渦巻いている。
「馬鹿みたいな歌だったな! ゆっくりの歌って全部そんなのなのか?」
「ゆぎぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
突然、子れいむが泣きながら歯を食いしばって水槽の外を睨みつける。男子は面白がって、
「お? なんだ、れいむちゃん? 下手糞な歌を馬鹿にされて悔しいか? でもしょうがねーよな。 本当の事なんだし」
「おかーしゃんのうたってくれた、おうたを……っ!! ばかにするにゃあああああああ!!!!!」
水槽の中から叫ぶ。女子が驚いたような表情をしている。先生も目を点にしていた。子れいむが何か言わなければ、子れいむ
を馬鹿にした男子に説教をかまそうかと思っていたぐらいだ。少し、展開を見守ることにする。
を馬鹿にした男子に説教をかまそうかと思っていたぐらいだ。少し、展開を見守ることにする。
「馬鹿。 お前の母親の歌った歌を馬鹿にしてるんじゃなくて、お前の下手糞な歌を馬鹿にしてるんだよっ」
「ゆぐっ……っ!! ゆ゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!!!!」
「どんだけ自分に都合のいいように物事考えてんだよ。 馬鹿にされてんのはお前なんだよ、れいむちゃん?」
「ゆぅぅ……っ!!! ゆぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
ついに泣きだす。そして、ぴょんぴょんとおうちの中に跳ねて戻って行った。おうちの中から子れいむのすすり泣く声が聞こ
える。
える。
「れ……れいむ……っ!」
東風谷さんが心配そうに声をかけるが、おうちの中から返事は返ってこない。そんなやり取りをしているうちに、五時間目の
授業を終えるチャイムが鳴り響いた。
授業を終えるチャイムが鳴り響いた。
満足そうな顔の男子。水槽の前には数人の女子が集まって子れいむに慰めの言葉をかけている。この姿だけ見ていると、子れ
いむは女子グループの中の一人……一匹として捉えられないこともない。
いむは女子グループの中の一人……一匹として捉えられないこともない。
「上白沢先生!! どうして男子の事を怒らないんですかっ?! れいむが可愛そうです!!!」
八坂ちゃんと諏訪子ちゃんが、先生に意義を申し立てる。先生は、腕組みをしたまま何も答えようとしなかった。睨み続ける
二人を前に、先生がようやく口を開く。
二人を前に、先生がようやく口を開く。
「……いい? 男子がやった事は悪いことだわ」
「じゃあ、どうしてっ!!!」
「悪いことよ。 あれが、人間に対して言っているとしたらね」
「……え?」
諏訪子ちゃんが、スカートの裾を手で握りしめながら疑問符を投げかける。先生が溜め息をつく。
「ゆっくりはね。 金魚や亀と同じ扱いなの。 ううん。 もしかしたら、それよりも扱いは酷いかも知れない」
八坂ちゃんと諏訪子ちゃんが“自分たちにはわからない”とばかりに、いぶかしげな表情を浮かべていた。
ゆっくりは、言葉を話す動物である。しかし、決して人間と同じ扱いをしてはいけない。なまじ感情が人間に近い分、すぐに
つけ上がるからだ。もし、このクラスの生徒が女子と同じような考えばかりを持って子れいむに接していたら、確実に調子づい
て生徒に罵詈雑言を浴びせだすだろう。そうなってしまったら、誰も子れいむに見向きもしなくなる。やがて、保健所に出すこ
とになるはずだ。
つけ上がるからだ。もし、このクラスの生徒が女子と同じような考えばかりを持って子れいむに接していたら、確実に調子づい
て生徒に罵詈雑言を浴びせだすだろう。そうなってしまったら、誰も子れいむに見向きもしなくなる。やがて、保健所に出すこ
とになるはずだ。
人間と関わったゆっくりは、簡単に捨ててはいけない。なぜなら、人間と関わることで多少なりとも知識を身につけるからだ。
それは人間が生活していく上では何の意味も成さないくだらないことかも知れない。しかし。ゆっくりが石などの“道具”を使
って“人家に侵入”してくるのはなぜか。
それは人間が生活していく上では何の意味も成さないくだらないことかも知れない。しかし。ゆっくりが石などの“道具”を使
って“人家に侵入”してくるのはなぜか。
餡子脳で、覚えたからだ。“道具”を使えば自分の持つ力以上のことができる。人間の家には美味しい食べ物がたくさんある
と知っているから、“人家に侵入”する。それらは全て、人との関わり合いで身に付けた野生本来のゆっくりではありえない行
動なのだ。
と知っているから、“人家に侵入”する。それらは全て、人との関わり合いで身に付けた野生本来のゆっくりではありえない行
動なのだ。
(……失敗だったわね……。 やっぱり生徒にゆっくりを飼うなんて無理だったかも知れない……)
先生はそんな事を考えながら、必死になって子れいむを励ます女子生徒たちを眺めていた。駆除派でも、愛護派でもなかった
事が災いしたのかも知れない。半端な気持ちで、“ゆっくりを飼うことで生徒たちの心が何か成長すれば”と思ってしまったの
が間違いだったのだ。
事が災いしたのかも知れない。半端な気持ちで、“ゆっくりを飼うことで生徒たちの心が何か成長すれば”と思ってしまったの
が間違いだったのだ。
(……でも、こういう事を乗り越えてこそ、子供は成長するものじゃないのかしら)
甘い考えを捨てきることはできない。彼女はまだ就任二年目。それはあまり関係のないことかも知れない。ゆっくりとの関わ
り方のみの問題だったように思える。
り方のみの問題だったように思える。
「ね? 機嫌直して。 ごめんね。 もう無理矢理歌を歌わせたりしないから」
女子の言葉は的を射ていない。子れいむは、自ら歌を歌うことを望んでいたのだ。おうちの奥で震えている子れいむの心に、
その慰めの言葉は届かない。
その慰めの言葉は届かない。
「……れいむ。 私たちはもう帰るけど……元気出してね」
言い残すと、女子たちは教室を出て行った。八坂ちゃんも諏訪子ちゃんも納得できていない様子のまま、教室を出て行った。
先生は子れいむに特に声をかけたりはしなかった。
先生は子れいむに特に声をかけたりはしなかった。
(一番残酷なのは自分だ)
そんな事を考えていた。先生は、子れいむを道具としてしか見ていなかったのである。……教材、でしかなかった。溜め息を
つく。男子に対して強く言えないのは、世間一般の常識でもゆっくりがゴミ以下の扱いしか受けていないことともう一つ。恐ら
くは、自分のほうが男子よりも子れいむに対しての扱いが酷いということを理解しているからだ。
つく。男子に対して強く言えないのは、世間一般の常識でもゆっくりがゴミ以下の扱いしか受けていないことともう一つ。恐ら
くは、自分のほうが男子よりも子れいむに対しての扱いが酷いということを理解しているからだ。
(私に、れいむを慰めてあげる資格はない)
降り続く雨。子れいむは教室で一人ぼっちになった。段ボールで作られたおうちの片隅でずっとずっと泣き続けていた。誰の
声も届かなかった。もう一度、母親ゆっくりのお歌を聴きたくてたまらなかった。そして、教室の中にいた生徒たちに聴いても
らいたくて仕方がなかった。
声も届かなかった。もう一度、母親ゆっくりのお歌を聴きたくてたまらなかった。そして、教室の中にいた生徒たちに聴いても
らいたくて仕方がなかった。
子れいむにとっては、自分の母親ゆっくりが馬鹿にされているような感覚に陥っていたのだ。
(どうしちぇ……? れいむのおうたしゃんは、ゆっくりできりゅっていってくれちゃのに……)
母親ゆっくりにかけられた言葉を思い出す。あの頃はまだ赤ちゃんゆっくりだ。成長した今の自分ならもっとゆっくりしたお
歌を歌えるはずなのに。そのはずなのに、徹底的に馬鹿にされてしまった。
歌を歌えるはずなのに。そのはずなのに、徹底的に馬鹿にされてしまった。
「ゆぐっ……ひっく……おかあしゃん……ゆっくり……あいちゃいよぅ……」
教室の扉が開く音がした。子れいむがびくっと体を震わせておうちの中から外を見る。足音は水槽へと近づいていた。
「れ・い・む・ちゃん♪」
おうちが取り払われる。その中には怯えながら涙を流す子れいむの姿があった。情けない顔に、男子がニンマリと口元を緩ま
せている。
せている。
「ゆ……ゆ…………ゆぅ……!!」
餡子脳に植え付けられた恐怖心が呼び覚まされる。薄暗い教室の中で、子れいむの悲鳴が響き渡った。
「ゆんやああああああああ!!! やめてぇぇぇぇぇ!! いちゃいのはやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
もう、これから自分に何が起こるのか理解しているのだろう。いつものように持ち上げられた子れいむが教室の後ろの壁に叩
きつけられて“遊ばれる”。
きつけられて“遊ばれる”。
「いだいよぉぉぉぉぉ!!!!」
簡単にはくたばらなくなった。男子にもそれは理解できていた。多少の無茶をしても、それで死んだりすることはない。成体
ゆっくりになったら、暴力はどんどんエスカレートしていくだろう。教室の隅で蹴られ続ける子れいむ。無数の足と、固い壁の
間に挟まれて何度も餡子を吐きそうになる。
ゆっくりになったら、暴力はどんどんエスカレートしていくだろう。教室の隅で蹴られ続ける子れいむ。無数の足と、固い壁の
間に挟まれて何度も餡子を吐きそうになる。
「ゆぐっ……おでがい……じば……もう……やだ……」
「なぁ、俺らで“てるてるゆっくり”作ろうぜ!!!」
男子たちはアイコンタクトでその提案を瞬時に理解した。既にずたぼろになって、ぐったりしている子れいむを乱暴に掴みあ
げて机の上に投げる。
げて机の上に投げる。
「ゆ゛ぶっ」
机の上に落ちた後は、仰向け気味になって“ゆぅゆぅ”と短く呼吸をしている。相当、肉体的にも精神的にも辛い状態にある
のだろう。
のだろう。
そんな子れいむのリボンに裁縫セットの中に入っていた糸を結びつける。適度な長さで糸を切り、試しに子れいむを宙に浮か
せてみる。
せてみる。
「ゆぅ……やめで……おろして……」
訴える声にも覇気がない。男子たちは面白くなかった。淡々と作業を進める。子れいむは抵抗すらしようとしなかった。ポケ
ットティッシュを取り出してそれを纏める。子れいむの両方の揉み上げに輪ゴムを巻きつけて、纏めたポケットティッシュを固
定する。
ットティッシュを取り出してそれを纏める。子れいむの両方の揉み上げに輪ゴムを巻きつけて、纏めたポケットティッシュを固
定する。
「ゆっくり……できにゃいよぉ……」
動かせるはずの揉み上げを動かすことができないのは苦痛なのか、子れいむがようやく身を捩り始めた。
「やめてぇ……やめてよぉ……」
糸をカーテンのレールに今日に結びつける。あっと言う間に窓のすぐ傍にぶら下がる“てるてるゆっくり”の完成だ。
「おろしちぇよぉぉぉぉ!!! こわいよぉぉぉぉぉ……っ!!!」
ぷらぷらと揺れるだけの子れいむを見て男子が小さく笑った。身をくねらせるたびに、糸を中心にくるくると回転する子れい
むの姿が余りにも間抜けで笑いを誘う。
むの姿が余りにも間抜けで笑いを誘う。
刹那、稲光が空を走り、窓から凄まじい光が入り込む。
「ゆびゃあああああああああ!!!!!」
窓際に吊るされている子れいむは初めて間近で見る稲光に恐れおののいて、しーしーをちょろちょろと漏らし始めた。くるま
れたティッシュの内側からぽたぽたと砂糖水がこぼれ落ちる。
れたティッシュの内側からぽたぽたと砂糖水がこぼれ落ちる。
「あはははははははは!!! こいつ、小便もらしやがったぜぇ!!!!」
「ゆぐっ……ゆぇ……」
羞恥心も含めた様々な感情が子れいむを襲う。しーしーを漏らしたことを徹底的に馬鹿にされた。子れいむが唇を噛み締める。
(こんなとこりょに……つれちぇこられなければ……っ!! くやしいよぉ……っ!!!)
涙があふれ出す。
次の瞬間、轟音と共に学校の近くに雷が落ちた。その衝撃は凄まじく、窓越しにビリビリと振動が教室中に伝わってくる。
「ゆっぴゃあああああああああああ!!!!!」
絶叫する子れいむの声を聞いて男子たちが爆笑する。散々子れいむを馬鹿にした後は、吊るされたままの子れいむを放置して
教室を出て行った。
教室を出て行った。
「ま……まってねっ!! れいむをおろしちぇねっ!! ここはゆっくり―――――――」
閃光。轟音。
「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!! ごわ゛い゛よ゛ぉぉぉぉぉ!!!!」
雨や嵐の日に、外に出るゆっくりなどほとんどいない。そんな日は巣穴の奥に隠れて一日を過ごしているからだ。初めて見る
強烈な光。そして、体の奥底にまで響く音。その全てが、子れいむを恐怖のどん底に叩き落としていた。どこかに身を寄せるこ
ともできない。真っ暗になっていく教室の中で子れいむはひたすら助けを呼び続けていた。
強烈な光。そして、体の奥底にまで響く音。その全てが、子れいむを恐怖のどん底に叩き落としていた。どこかに身を寄せるこ
ともできない。真っ暗になっていく教室の中で子れいむはひたすら助けを呼び続けていた。
誰もいない校舎の中で……ただ一匹。
その夜、子れいむは一睡もすることができなかった。雷は一晩中鳴り続け、子れいむの小さな心をひたすら蹂躙し続けた。怖
くてたまらないのに、それに対して何の対応もすることができない。
くてたまらないのに、それに対して何の対応もすることができない。
「ゆっくりしたいよぉ……っ!! ゆっくり――――ゆひぃぃぃぃっ!!!!!」
翌朝、最初に教室に入ってきた女子に子れいむが“保護”されたときは憔悴しきっていた。口を微かに動かしながら、
「ゆっく……り……、ゆ……くり……」
同じ言葉を繰り返していた。
それから二週間ほどが経過して、梅雨が明けた。代わってうだるような暑さが教室を包み始めた。これから気温はまだまだ上
昇していくだろう。
昇していくだろう。
そして学校は一学期を終了し、夏休みへと突入していく。子れいむを家で預かることは、全員の親が反対していたため教室に
残しておくことになった。クラスの人数は全部で四十三名である。一人一日交代で、子れいむに餌をあげに来ることを一学期最
後の“帰りの会”を終えた。
残しておくことになった。クラスの人数は全部で四十三名である。一人一日交代で、子れいむに餌をあげに来ることを一学期最
後の“帰りの会”を終えた。
地獄は、まだ始まったばかりである。
水槽の中の子れいむ。
季節が巡って再び春が訪れた時、子れいむはどこでどうしているのだろうか……?
つづく
挿絵:儚いあき