ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko3408 まりさのおしごと
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ankoss
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『まりさのおしごと』 20KB
制裁 思いやり 差別・格差 日常模様 野良ゆ 現代 後編。 これで…10作目になるのかな?
※注
・anko3407「れいむのおしごと」の続編となります
俺の家には、銅バッジのまりさが住んでいる。
「ただいま」
仕事を終え、自室へと戻った俺は静かに部屋の電気を点けた。
カーテンによって暗闇に包まれていた部屋が一瞬で光に照らされ、そこにあるものがより鮮明なものとなってゆく。
シンプルなデザインの机と椅子。
最低限の機能だけを重視した家電用品。
学生の頃から大切にしている、れいむとの思い出が詰まったベッドとビーズクッション。
そして――
「まりさ、ただいま」
「お……おかえり…なさい…」
俺はもう一度、部屋の隅にいたまりさに向かって優しく声をかけてやる。
その声に対して、床を見つめ続けていたまりさの体がびくりと強張った。
「どうしたんだい、今日はまた一段と元気が無いじゃないか」
「………ゆぅ……」
俺の問いに、まりさがおずおずとこちらを見上げる。
口をもごもごさせ、俺に向ける言葉を慎重に選んでいるようだ。
「…さて、まりさ」
「………ゅ……ゆぅぅ……」
呻き声が、さらに大きくなる。
まりさは怯えていた。
俺から毎日発せられる、あの言葉に。
今日一日を締めくくる、まりさにとっての悪魔の言葉。
「お仕事 頑張ったかな?」
まりさのおしごと
「ゆぅ…ゆうぅぅ…」
「どうしたんだい、まりさ。早く今日の『おしごと』の成果を見せてくれないか?」
「…ゆ……」
「見せろ」
そう言うと、俺はおどおどとその場から動こうとしないまりさの顔面を勢いよく蹴り上げた。
「ゆぎゅっ!?」
ごぼっという、空気の抜けたボールを蹴飛ばしたような音を立ててまりさの体が反対側の壁の方にまで転がる。
その姿を横目に見ながら、先ほどまでまりさがいた場所の前に屈み込み、注意深く足元を観察した。
「……ゅげっ、ゆげぇ……」
「――どういうことだい、まりさ」
「……ゅ……」
「俺はお前に、部屋の掃除をするように言っておいたよな?」
床の上に積まれた、一つまみほどの綿埃と小さな羽虫の死骸が一匹。それが今日、まりさが一日かけて行った『おしごと』の成果だった。
「ゆひっ!? ごっ、ごいぇんなさいぃ! ありさ、がんあったけど、これだけしかあつえることができあせんでしたあぁぁ…」
「言い訳なんか聞きたくないね」
「ゆっ…!」
「お前言ったよな、自分は『優秀な』ゆっくりだと。だったら成果に責任を持たないとなぁ…」
「ゆひいぃぃ!?」
そう言って俺が立ち上がると同時に、まりさが土下座をするみたいに顔面をびたびたと床に叩きつけ始めた。さすがの餡子脳でもこれから自分が何をされるかは体に染み付いてしまったようだ。
「おねがいじあす! あしたはおっとおっとがんありあす! だからどうか、ありさをゆるしてくださいぃぃ!」
…最も、まりさが成果を出せないのは当然のことだった。
昨日も、一昨日も、俺は同じ内容の『おしごと』をまりさにさせ続けているのだから。
そんなことはつゆ知らず、まりさは涙と涎を撒き散らしながら必死で俺に向かって懇願を続けている。
「おねがいしあす! おねがいしあすぅぅ…」
「…ふん、まぁいいだろ」
「ゅ……ゆうぅぅ!?」
縋りつくような眼でこちらを見上げてくるまりさを無視して、俺は近くにあったゴミ箱に片手を突っ込み、手の中の物を床の上に落としていった。
丸めた鼻紙や煎餅の包み、ビニールの切れ端などがまりさの目の前に次々と積み上げられていく。
「それで、今日はノルマ達成ということにしてやるよ」
「ゆうぅぅ…ありがとうございあす! ありがとうございあすぅぅぅ!!」
再び、びたびたと土下座を再開するまりさ。
もはやそこから見られる姿と表情からは、半年前のようなふてぶてしさは微塵も感じられない。
そのまりさに向かって、俺は次の『おしごと』を告げた。
「じゃあそれ、片付けろ」
「……ゆ…?」
「…頭を下げるのに必死で聞こえなかったか? そこのゴミを片付けろって言ってんだ」
「ゆ…? ゆ? ゆ?」
俺が言っている意味が理解できないのか、まりさは目を白黒させている。
「おいおい、まさか――」
まりさの前に屈み込み、ゆっくりと顔を上の方へと向けさせる。
怯えの混じったその瞳を覗き込むようにして、俺はもう一度、静かに言い放った。
「お前さぁ、俺がせっかく親切でゴミを集めてやったのに、その後始末までさせるつもり?」
「ゆ? ゆ? ゆうぅ!!??」
まりさの視線が目の前のゴミとゴミ箱、そして俺の顔を何度も何度も行き来する。
ゴミ箱はまりさの背丈よりはるか上にある。周りには踏み台の代わりになるようなものは何一つ無い。
もちろんゴミ箱を倒したら、どのような目に遭わされるのかは分かりきっている。
まりさに残された手段は、一つしかなかった。
「ゆ…ゆ…ゆあぁぁ…」
「やれ」
俺のその一言に、まりさが積み上げられたゴミの前で口をもごもごとさせる。どうやらやっと『おしごと』の意味に気がついたようだ。
「どうした? 『おしごと』したくないのかい?」
「ゆぁ……ゆ……ゆぅぅ…!」
「あぁそうか、それなら仕方ないなぁ――」
「ゆ…ゆあああああああああああああああああああああああああ!!!」
俺が再び立ち上がろうとするのとほぼ同時に、まりさが目の前のゴミに飛びついた。
そして、そのままがつがつと口の中にゴミを詰め込んでいく。
「むーしゃ! むージゃ! おごっ!? おげえぇぇぇ!!」
「はい、よくできました。ちゃんと残さず片付けるんだよ」
「ゆぎっ! がふっ! ガふぅっ!!」
ゆっくりは体内に取り込んだ有機物を餡子に変換する能力を有している。
しかしそれは思い込みの力による要因が強く、食べ物だと認識できない物――例えばビニール等は、分解されることなくうんうんとして排出されるという。
そして、このまりさは自身のうんうんも同じように『片付け』させている。恐らく今回食べたゴミの大半は、一生まりさの体内を循環し続けるのだろう。
「…おえぇ……む…むーしゃ、むー…じャ…」
「…さっすが『優秀な』まりさちゃんだ。れいむなんかとは比べ物にならないよ」
何度も何度も、反芻を繰り返しながらゴミを貪るまりさの悲鳴をBGMにして、俺は服を着替えるべく部屋の奥へと足を進めていった。
――れいむが死んだ、あの日。
まりさは殺したれいむの代わりに『おしごと』を引き継ぐことを条件として、今まで生き永らえてくることができた。
…だがその内容は、れいむが与えられていたものとは遥かにかけ離れたものであった。
まりさが『優秀』であることを理由に俺が与える『おしごと』は全てに厳しいノルマが課されており、達成できなければ容赦なく罰則や体罰が与えられる。
そしてその『おしごと』も、絶対に達成できないものであったり、半ば拷問に近いような内容も平気で行っていた。
コンポスト代わりとして生ゴミを食べさせるのは当然のこと、
トイレ掃除と称して便器の中を延々と嘗めさせ続けたり、
風呂掃除と称して洗剤を浴びせてスポンジ代わりにしたり、
ガスコンロの焦げ付きを歯でこそぎ取らせたり――
もし普通のゆっくりにこんなことをさせれば、一時間もしないうちに「もうおうちかえるぅぅ!!」とテンプレ通りのセリフを吐いて『おしごと』を放棄することであろう。
しかし、まりさにはそれが出来なかった。
…いや、出来なくさせた。と言った方が正しいだろうか。
――数分後、着替えを終えてリビングへと戻ってくると、まりさはすでに『おしごと』を終わらせていた。
俺は床に塵一つ落ちていないことを確認してから、まりさの頭上にゆっくりフードをばらばらと落としてやる。
「ほら、今日の『おしごと』の報酬だ」
「……」
まりさは何も答えない。
ただずりずりと這いながら、辺りに散らばったゆっくりフードをかき集めている。
「辞めたいか?」
その言葉を言った途端、まりさの体がびくりと震えた。
「ここ最近、まりさ全然楽しそうに『おしごと』してないから、もう辞めたいのかなと思っちゃってさ」
「……ゅ…」
「別にいいんだよ、『おしごと』を辞めたいなら。いつ言ってくれても構わないし、止めもしない」
まりさの震えが少しずつ激しくなっていくのを見て、俺はいいことを思いついたとでもいうようにわざとらしく手を叩いた。
「あ、そしたら優秀なまりさちゃんには、今まで頑張ってきたお礼をしてあげないとなぁ。
遠い遠い、人間も危険なすぃーも、捕食種もいない、沢山のゆっくり達が幸せに暮らしている素敵なゆっくりプレイスへ、まりさちゃんを連れて行ってあげるよ。どうだい、最高だろう?」
「ゆ…ゆぁ……ぁ…」
ゆっくりプレイス。
それはゆっくり種にとって、誰もが求めてやまない場所である。
食糧、つがい、安全、おうち…
それらが全て約束された、理想郷。
もし普通のゆっくりならば、すぐさま今の現状を放棄して俺の提案に飛びつくことであろう。
『普通の』ゆっくりならば――
「ぞんなこどありあせん! ありさはおしごとやえたくないですぅぅ!!」
突然、まりさの叫び声が楽しそうに話す俺の声を遮った。
そして、再びびたびたと顔を床に打ちつけだそうとするのを見て、俺はまりさを優しく制してやる。
「そう遠慮すんなよ、お外はきっと楽しいぞ。新しいつがいを作って、群れのみんなと一生幸せに暮らした方がまりさのゆん生にとっても良いんじゃないかな?」
「そんなことないでず!! ありさはごごにいだいです! いさせでくだざいぃぃぃ!!」
「大丈夫だって、優秀なまりさちゃんならきっと群れの人気者になれるよ。だって――」
そう言いながら、俺は棚の上に手を伸ばして十数センチほどの鏡を取り出した。
光を反射して白く光るそれがまりさの視界に入った瞬間、まりさの目がさらに大きく見開かれた。
「い"や"……い"や"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」
今までとは比べ物にならないほどの大音量で叫び回るまりさを足で抑え、手に持った鏡を目の前に置いてやる。
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだぁ!!」
「――こんなにも素敵な姿のまりさちゃんを、誰も放っておくわ け な い だ ろ ?」
――まりさは、逃げ出したかった。
だが、程良く加減して焼かれたあんよでは、満足に逃げることができなかった。
――自分を押さえつける足に、噛みつきたかった。
だが、過酷な『おしごと』によって酷使された歯は、ほとんどその機能を果たさなくなっていた。
――目を瞑り、目の前の物を闇に隠したかった。
だが、瞼を千切り取られたその目では、視界に闇を作ることができなくなっていた。
そして、まりさの視界に、自分の姿が映し出された。
――そこには『ゆっくりであった物』が佇んでいた。
もはやそれが何の種類のゆっくりであったかは、俺とまりさ以外、誰も見ても分からないだろう。
まりさの自慢だったさらさらへあーさんは、荒れ地の雑草ようにまばらな毛が生え、日々の暴力によってボコボコに変形した禿頭へと姿を変えた。
見る物すべてを魅了したきらきらおめめは、眉と瞼を千切り取られ、飛び出さんばかりにむき出しになった眼球だけが残された。
全てを砕く自慢の歯はボロボロに破壊され、唇を千切り取られてむき出しになった歯茎からは、今もとめどなく砂糖水を垂れ流し続けている。
多くのゆっくりを虜にしたびっぐまぐなむのあった場所はいびつに盛り上がっており、あんよの焦げ目と混ざり合って黒く煤けていた。
もちもちのおはだは何度も水をかけられてケロイド状に爛れており、元の姿に戻ることは完全に不可能であろう。
ゆっくりと呼べるかどうかすら怪しい、生首の化け物。
それがまりさの、今の姿だった。
「――――――――!!」
ごぼぼぼっ!!
「うわっ汚ね! …おいおい、なに自分の姿見て吐いてんだよ?」
「おごっ! おげ…おげええええええええええええええええええええええええええええ!!」
ごぼっ! ごぼっ! ごぼっ!
「ったく、また『おしごと』のやり直しじゃねぇか。手間取らせやがって」
まりさの前に置いた鏡を使って、吐き戻した内容物をかき集めてやる。
粉々になった紙屑やビニール片の混ざったそれを無理矢理まりさの口の中に押し込み、俺は鏡を洗うべく流しの方へと移動した。
「…じゃあそれ、ちゃんと片付けておけよ。まりさ?」
「…ゅ……げ……」
未だびくびくと痙攣しているまりさに向かって言い放つと、俺はその場を後にした。
――まりさは、確かに優秀なゆっくりだった。
体罰を与えていたとはいえ、れいむが一年かけて覚えた『おしごと』の全てを半年足らずで出来るようになったのだ。
もしゲス化さえしていなければ、きっと銀バッジを取ることぐらいは容易にできた事であろう。
だからこそ、まりさは理解していた。
自分がもう、同族の輪の中に戻ることができないことを。
ゆっくりはお飾りを失った個体や足りないゆっくりなど、自分より下のものを見下し、迫害するという習性を持つ。
だからこそまりさは、今まで無能だと蔑まれてきたれいむ種を見下し、傍若無人の振る舞いをし続けてきた。
だが、今の自分の姿はどうだ。
お飾りどころか全てを失い、満足に喋ることも、跳ねることも出来なくなったその姿。
足りないゆっくり以下の存在となった自分に向けられるものが何であるかは、さすがの餡子脳でも安易に想像することができた。
同族に蔑まれ、嘲笑されながら生きていくぐらいならば、死んだ方がマシだ。
そう、死んだ方が――
「おにい…ざん……」
「あ?」
まりさが二度目の片付けを終えてしばらくし、夕食を食べている最中だった。
今までずっと黙っていたまりさが、突然ぽつりと呟いた。
そして、視線をテレビに向けたままの俺に向かってずりずりと近寄ってくる。
「ありさは……ゆっぐり…りかいしあした……」
「………」
「くずは…ありざのほうでしだ……どうしようおない、さいこうのくずでしだ……」
「………」
「れいうは…くずじゃ…なかっだです……とておゆっくりした、ゆっくりでしだ……」
「………」
「ありさは、そのれいうをころしてしあいあした……ありざ…は…おんとうにすくいようのない…くずでず……」
「………」
「だから……おねがい…しあず…ありさを……ありさをころじ「やだ」」
まりさの言葉に対して一言だけ言い放つと、俺は飯のお代わりを盛るべく炊飯器を開け、しゃもじに手を伸ばした。
その姿を見て、慌ててまりさが声を張り上げようとする。
「ぞんな……なんで!? なんでありさをごろ「やだ」」
もう一度、まりさの言葉を途中で遮ると、しゃもじでご飯を茶碗に盛っていく。
「ありさは……れい、れいうをごろじだくずでず! だがら…だがらぁぁぁぁぁぁ……」
次第にまりさの声のトーンが高くなり、テレビの声が聞こえ悪くなってきた。
仕方なく俺はテレビの電源を切り、そしてまりさの方に向き直った。
箸を持ったままの右手でその禿頭を無理矢理押さえつけ、黙らせる。
「あぐ…が…あ……ぁ……!」
「まりさ、お前は一つだけ、勘違いしてるみたいだね」
「……ぁ………あ"……」
「俺はね、お前を殺したいなんて、これっぽっちも思っちゃいないんだよ」
左手の指で作った輪っかをまりさの前に見せながら、ゆっくりと、噛み砕くように言い聞かせてやる。
「だってそうだろう? お前がいなくなったら――」
「…あ……が……ぁ……」
「誰 が れ い む の 代 わ り に お し ご と を す る ん だ い ?」
「―――――――――――――――――――――――!!!!」
まりさを押さえていた手を、ゆっくりと離す。
しばらくの間、沈黙が流れ――
「さ……さあ! おたえ"なさい!!
おたえなさいおたうぇなさいおたえなざいおたへなさいおたえああいおだげなさいおたえ"なさいおだぃえなさいおたへなさいおたえなさいおたえなさいおたげなさいおたえ"なざいおたう"ぇなさい
おたえなさいおたえがざいおたへなざいおたえざざいおたえなさいおだえなさいおたげなさいおたえなさいおたうぇなさいおたえなざいおたへなさいおたえああいおだげなさいおたえ"なさい
おだぃえなさいおたへなさいおたえなさいおたえなさいおたげなさいおたえ"なざいおたう"ぇなさいおたえなさいおたえがざいおたへなざいおたえざざいおたえなさいおだえなさいおたげなさい
おたえなさいおたうぇなさいおたえなざいおたへなさいおたえああいおだげなさいおたえ"なさいおだぃえなさいおたへなさいおたえなさいおたえなさいおたげなさいおたえ"なざいおたう"ぇなさい
おたえなさいおたえがざいおたへなざいおたへなさいおたえああいおだげなさいおたえ"なさいおたへなさいおたえああいおだげなさいおだげなさいおだげなさいおたえ"なさいおたえざざいぃ!!」
――突然、まりさが悲鳴に近い絶叫を上げた。
そして壊れたカセットテープのように何度も何度も、狂ったようにある単語を叫び続ける。
『おたべなさい』
それは、ゆっくり種にとっての唯一の自殺手段である。
通常、その行為は自分自身を食糧とすることで他者をゆっくりさせようとするために用いられる、自己犠牲に等しい行為とされている。
だが、ゆっくりが自身のゆん生にゆっくりを見出せなくなった時――その唯一の脱出手段として『おたべなさい』による安楽死を行おうとすることが稀にあるのだ。
――しかし、この行為には決められた「ルール」がある事が明らかとなっている。
『おたべなさい』をきちんと発音すること。
そのルールが成立しない限り、ゆっくりの『おたべなさい』は不発に終わり、二つに割れて死ぬことはない。
だから、俺はまりさの唇を千切り取った。
今のまりさは、唇を合わせて発音する単語(ま行、ば行、ぱ行)をうまく発音することができない。
舌を歯の間に挟んで発音する方法もあるにはるが、すでに舌が半分しかないまりさには無理な話だ。
『おたべなさい』の『べ』を発音しようと何度も口元をひねりながら叫び続けるまりさを尻目に、俺は部屋の中を改めて見渡す。
余計なものが置いていない、殺風景な部屋。
そこには刃物など、まりさが自殺する危険性のあるものは全て家具の上や棚の中にしまい込んであり、足を焼かれ、這いずることしかできないまりさが登れる場所や道具は何一つ存在しない。
当然、タバスコなどの刺激物も置いてないし、水元も十分に遠ざけてある。
もはやまりさに残された自殺方法は、最もゆっくりできない死に方『餓死』しか残されていなかった。
…最も、たとえその方法で死のうとしても、死ぬ寸前にオレンジジュースで蘇生してやればいいだけなのだが。
「うっさい、もうそろそろ黙れ」
「おたえなさいおたうぇなさいおたえなざいおたへなさいおたえああいおだげなさいおたえ"なさいおだぃえなさいおたへなさいおたえああいおだげなさいおたえ"なさいおだぃえなさいおたへなさい
おたえああいおだげなさいおたえ"なさいおだぃえなさいおたう"ぇなさいおたえなさいおたへなさいおたえなさいおたげなさいおたえ"なざいおたう"ぇなさいおたえなさいおたえがざいおたへなざい" い"!?」
もう一度、まりさの頭部を力づくで押さえつけ、叫び続けるまりさの動きを止めた。
それでも口を動かそうと抵抗するまりさを足で固定し、俺は棚から拳大ほどの包みを取りだした。
包みを広げて、それを手の上に置く。
茶色のそれを手の中で確認すると、まりさの口の中にそれを押し込み、無理矢理咀嚼させる。
「あぐ ご が… ふっ むじゃ……むじゃ……」
「よし、落ち着いたか。んじゃ、飯の邪魔だから向こうに行ってろ。な?」
「………ゆぐっ…ゆぐ…………」
次第に落ち着きを取り戻し、涙声になったまりさを向こうに押しやると、俺は再びテレビの電源を付けた。
「…また『ぼーなすさん』を買いに行かないとなぁ……」
部屋の隅の壁に向かったまま動かないまりさを横目に見ながらそう呟くと、俺は再び食事を再開した。
俺がまりさに食べさせたものは、ずっと前、れいむに『ぼーなすさん』として与えたゆっくり用の高級菓子『ゆーくりーむ』である。
加工所の開発したそのお菓子には、味覚調整以外にもゆっくりを飼うにあたって便利なものが色々と混入されていることをつい最近知った。
『ゆっくりできないもの』を忘れさせる、忘却効果。
非ゆっくち症等の症状予防となる、精神安定剤。
カビなどを未然に防ぐための、防菌効果。
不眠症などのストレスを軽減するための、睡眠補助効果。
そして、中枢餡の機能を正常にするための、発狂防止剤。
ゆっくりの死因の多くを未然に防ぎ、存命期間を伸ばすことが出来るそれは、逆に虐待の道具としても利用することができた。
それが今、俺がまりさに対して使っている方法である。
発狂するギリギリの所で『ゆーくりーむ』を食べさせ、ゆっくりと休ませる。
それだけで、まりさは『狂う』という逃げ道すらも断たれることとなった。
死ぬことも、逃げることも、狂うことも出来ない。
まりさは寿命が尽きるその時まで、永遠に『おしごと』を続けるしかないのだ。
食事を終え、俺は黙ったままのまりさを持ち上げて傍にあった段ボール箱の中に放りこみ、蓋をした。
瞼を失ったまりさにとって、そこに作られる暗闇だけが唯一の眠る手段である。
そして、唯一現実から逃げることのできる、夢の時間。
睡眠補助剤で眠りについたまりさは、きっと明日も頑張って『おしごと』をしてくれることだろう。
「おやすみ、まりさ。そして――」
まりさの眠る段ボールの上に脱出防止用の雑誌を数冊重ね、先ほど『ゆーくりーむ』の置いてあった棚の方に目を向けた。
その上にある小さな写真立て。そこに写ったれいむの写真の上に、静かに色褪せた赤リボンを乗せる。
「れいむ、明日も『おしごと』よろしくな……」
写真の中で微笑むれいむを見ながら、俺は部屋の電気を消した。
――まりさは、確かに優秀なゆっくりだった。
なぜなら、今の現状が自分のせいであることを認め、鳴き声ではない謝罪をすることができたのだから。
俺は最初、まりさにれいむを殺した非を認め、謝罪させるために『おしごと』を与え続けてきた。
れいむが無能ではなかったこと、それを殺してしまったことがいかに取り返しのつかないことだったかをまりさが理解することができたなら、俺はまりさを『おしごと』から解放してやるつもりだった。
だが、今は違う。
この半年の間で、俺は気付いてしまったのだ。
まりさに『おしごと』を与えることで、日々の仕事のストレスを解消している自分がいることに。
そして、今のまりさの姿は、決して他人事ではないということにも――
肩書きという『おかざり』を失い、誰からも見向きもされなくなるその姿。
それでも生きるために理不尽な『おしごと』を貰い、働き続けるその姿。
人間とゆっくり、その本質はどちらも同じだ。今後もし俺が今の職を失うこととなれば――
――今のまりさの姿が、未来の俺の姿となるかもしれないのだ。
だから、俺はまりさを殺さない。
『おしごと』を続けるまりさが生きている限り、俺は今の『おしごと』を投げ出したり、逃げ出すことは決して無いだろう。
まりさはこれからもずっと、俺に『おしごと』をし続けてくれる。
俺に『おしごと』を続けさせるという、最高の『おしごと』を――
あとがき
数カ月の間、ネット環境の無いところで生活していたため、ずっと音信不通となってしまいました。
今はやっとこさ復帰できたので、これからはゆっくりと書きためていたものを仕上げていく予定です。
こんな形の『ゆっくり』があってもいいんじゃないかなと思い、書き始めた今回のSS。
実は半分ぐらい実話が混じってます。教授とか。
おかげで書いてる本人が精神的にダメージを受け、今まで以上に遅筆となってしまいました。
今考えてみても、就活によって大学院の研究時間の1/4を潰された自分としては、就職活動の早期化は学生にとって何のメリットもないと思います。
大学生の多くが就活で学習時間を潰されてるのに『優秀な人材』なんてできるわけねぇだろ…
これから就活をする方、また苦しんでいる方、自分の時よりもさらに厳しい状況だと思いますが、頑張ってください。
最近の人事は買い手市場で餡子脳化してきてる奴らが多いので、本当にしょうもない理由で落とされることが何度もあります。
だけどきっと、自分を見てくれる会社はどこかにあるはずです。だからどうか、最後の最後まで自分を見失わないでください。
それと、教授(先生)と親は、最後の最後まで自分の味方でいてくれるということを、忘れないでください。
最後に、賛否両論あるとは思いますが、自分は希少種含めた全ゆっくりの中でれいむ種が一番好きです。
なんていうか、まるで自分の姿を見ているみたいで…
れいむヘイトのSSの多さに心を痛める反面、逆にれいむが無能なりに精一杯頑張っているSSを見ると、作者含めて応援してあげたくなっちゃいます。
もしゆっくりが飼えるのならば、希少種でも金バッジでもなくていいから、馬鹿でも懐いてくれるれいむを飼ってみたい…
だがでいぶ、テメーは駄目だ。
バニラあき
制裁 思いやり 差別・格差 日常模様 野良ゆ 現代 後編。 これで…10作目になるのかな?
※注
・anko3407「れいむのおしごと」の続編となります
俺の家には、銅バッジのまりさが住んでいる。
「ただいま」
仕事を終え、自室へと戻った俺は静かに部屋の電気を点けた。
カーテンによって暗闇に包まれていた部屋が一瞬で光に照らされ、そこにあるものがより鮮明なものとなってゆく。
シンプルなデザインの机と椅子。
最低限の機能だけを重視した家電用品。
学生の頃から大切にしている、れいむとの思い出が詰まったベッドとビーズクッション。
そして――
「まりさ、ただいま」
「お……おかえり…なさい…」
俺はもう一度、部屋の隅にいたまりさに向かって優しく声をかけてやる。
その声に対して、床を見つめ続けていたまりさの体がびくりと強張った。
「どうしたんだい、今日はまた一段と元気が無いじゃないか」
「………ゆぅ……」
俺の問いに、まりさがおずおずとこちらを見上げる。
口をもごもごさせ、俺に向ける言葉を慎重に選んでいるようだ。
「…さて、まりさ」
「………ゅ……ゆぅぅ……」
呻き声が、さらに大きくなる。
まりさは怯えていた。
俺から毎日発せられる、あの言葉に。
今日一日を締めくくる、まりさにとっての悪魔の言葉。
「お仕事 頑張ったかな?」
まりさのおしごと
「ゆぅ…ゆうぅぅ…」
「どうしたんだい、まりさ。早く今日の『おしごと』の成果を見せてくれないか?」
「…ゆ……」
「見せろ」
そう言うと、俺はおどおどとその場から動こうとしないまりさの顔面を勢いよく蹴り上げた。
「ゆぎゅっ!?」
ごぼっという、空気の抜けたボールを蹴飛ばしたような音を立ててまりさの体が反対側の壁の方にまで転がる。
その姿を横目に見ながら、先ほどまでまりさがいた場所の前に屈み込み、注意深く足元を観察した。
「……ゅげっ、ゆげぇ……」
「――どういうことだい、まりさ」
「……ゅ……」
「俺はお前に、部屋の掃除をするように言っておいたよな?」
床の上に積まれた、一つまみほどの綿埃と小さな羽虫の死骸が一匹。それが今日、まりさが一日かけて行った『おしごと』の成果だった。
「ゆひっ!? ごっ、ごいぇんなさいぃ! ありさ、がんあったけど、これだけしかあつえることができあせんでしたあぁぁ…」
「言い訳なんか聞きたくないね」
「ゆっ…!」
「お前言ったよな、自分は『優秀な』ゆっくりだと。だったら成果に責任を持たないとなぁ…」
「ゆひいぃぃ!?」
そう言って俺が立ち上がると同時に、まりさが土下座をするみたいに顔面をびたびたと床に叩きつけ始めた。さすがの餡子脳でもこれから自分が何をされるかは体に染み付いてしまったようだ。
「おねがいじあす! あしたはおっとおっとがんありあす! だからどうか、ありさをゆるしてくださいぃぃ!」
…最も、まりさが成果を出せないのは当然のことだった。
昨日も、一昨日も、俺は同じ内容の『おしごと』をまりさにさせ続けているのだから。
そんなことはつゆ知らず、まりさは涙と涎を撒き散らしながら必死で俺に向かって懇願を続けている。
「おねがいしあす! おねがいしあすぅぅ…」
「…ふん、まぁいいだろ」
「ゅ……ゆうぅぅ!?」
縋りつくような眼でこちらを見上げてくるまりさを無視して、俺は近くにあったゴミ箱に片手を突っ込み、手の中の物を床の上に落としていった。
丸めた鼻紙や煎餅の包み、ビニールの切れ端などがまりさの目の前に次々と積み上げられていく。
「それで、今日はノルマ達成ということにしてやるよ」
「ゆうぅぅ…ありがとうございあす! ありがとうございあすぅぅぅ!!」
再び、びたびたと土下座を再開するまりさ。
もはやそこから見られる姿と表情からは、半年前のようなふてぶてしさは微塵も感じられない。
そのまりさに向かって、俺は次の『おしごと』を告げた。
「じゃあそれ、片付けろ」
「……ゆ…?」
「…頭を下げるのに必死で聞こえなかったか? そこのゴミを片付けろって言ってんだ」
「ゆ…? ゆ? ゆ?」
俺が言っている意味が理解できないのか、まりさは目を白黒させている。
「おいおい、まさか――」
まりさの前に屈み込み、ゆっくりと顔を上の方へと向けさせる。
怯えの混じったその瞳を覗き込むようにして、俺はもう一度、静かに言い放った。
「お前さぁ、俺がせっかく親切でゴミを集めてやったのに、その後始末までさせるつもり?」
「ゆ? ゆ? ゆうぅ!!??」
まりさの視線が目の前のゴミとゴミ箱、そして俺の顔を何度も何度も行き来する。
ゴミ箱はまりさの背丈よりはるか上にある。周りには踏み台の代わりになるようなものは何一つ無い。
もちろんゴミ箱を倒したら、どのような目に遭わされるのかは分かりきっている。
まりさに残された手段は、一つしかなかった。
「ゆ…ゆ…ゆあぁぁ…」
「やれ」
俺のその一言に、まりさが積み上げられたゴミの前で口をもごもごとさせる。どうやらやっと『おしごと』の意味に気がついたようだ。
「どうした? 『おしごと』したくないのかい?」
「ゆぁ……ゆ……ゆぅぅ…!」
「あぁそうか、それなら仕方ないなぁ――」
「ゆ…ゆあああああああああああああああああああああああああ!!!」
俺が再び立ち上がろうとするのとほぼ同時に、まりさが目の前のゴミに飛びついた。
そして、そのままがつがつと口の中にゴミを詰め込んでいく。
「むーしゃ! むージゃ! おごっ!? おげえぇぇぇ!!」
「はい、よくできました。ちゃんと残さず片付けるんだよ」
「ゆぎっ! がふっ! ガふぅっ!!」
ゆっくりは体内に取り込んだ有機物を餡子に変換する能力を有している。
しかしそれは思い込みの力による要因が強く、食べ物だと認識できない物――例えばビニール等は、分解されることなくうんうんとして排出されるという。
そして、このまりさは自身のうんうんも同じように『片付け』させている。恐らく今回食べたゴミの大半は、一生まりさの体内を循環し続けるのだろう。
「…おえぇ……む…むーしゃ、むー…じャ…」
「…さっすが『優秀な』まりさちゃんだ。れいむなんかとは比べ物にならないよ」
何度も何度も、反芻を繰り返しながらゴミを貪るまりさの悲鳴をBGMにして、俺は服を着替えるべく部屋の奥へと足を進めていった。
――れいむが死んだ、あの日。
まりさは殺したれいむの代わりに『おしごと』を引き継ぐことを条件として、今まで生き永らえてくることができた。
…だがその内容は、れいむが与えられていたものとは遥かにかけ離れたものであった。
まりさが『優秀』であることを理由に俺が与える『おしごと』は全てに厳しいノルマが課されており、達成できなければ容赦なく罰則や体罰が与えられる。
そしてその『おしごと』も、絶対に達成できないものであったり、半ば拷問に近いような内容も平気で行っていた。
コンポスト代わりとして生ゴミを食べさせるのは当然のこと、
トイレ掃除と称して便器の中を延々と嘗めさせ続けたり、
風呂掃除と称して洗剤を浴びせてスポンジ代わりにしたり、
ガスコンロの焦げ付きを歯でこそぎ取らせたり――
もし普通のゆっくりにこんなことをさせれば、一時間もしないうちに「もうおうちかえるぅぅ!!」とテンプレ通りのセリフを吐いて『おしごと』を放棄することであろう。
しかし、まりさにはそれが出来なかった。
…いや、出来なくさせた。と言った方が正しいだろうか。
――数分後、着替えを終えてリビングへと戻ってくると、まりさはすでに『おしごと』を終わらせていた。
俺は床に塵一つ落ちていないことを確認してから、まりさの頭上にゆっくりフードをばらばらと落としてやる。
「ほら、今日の『おしごと』の報酬だ」
「……」
まりさは何も答えない。
ただずりずりと這いながら、辺りに散らばったゆっくりフードをかき集めている。
「辞めたいか?」
その言葉を言った途端、まりさの体がびくりと震えた。
「ここ最近、まりさ全然楽しそうに『おしごと』してないから、もう辞めたいのかなと思っちゃってさ」
「……ゅ…」
「別にいいんだよ、『おしごと』を辞めたいなら。いつ言ってくれても構わないし、止めもしない」
まりさの震えが少しずつ激しくなっていくのを見て、俺はいいことを思いついたとでもいうようにわざとらしく手を叩いた。
「あ、そしたら優秀なまりさちゃんには、今まで頑張ってきたお礼をしてあげないとなぁ。
遠い遠い、人間も危険なすぃーも、捕食種もいない、沢山のゆっくり達が幸せに暮らしている素敵なゆっくりプレイスへ、まりさちゃんを連れて行ってあげるよ。どうだい、最高だろう?」
「ゆ…ゆぁ……ぁ…」
ゆっくりプレイス。
それはゆっくり種にとって、誰もが求めてやまない場所である。
食糧、つがい、安全、おうち…
それらが全て約束された、理想郷。
もし普通のゆっくりならば、すぐさま今の現状を放棄して俺の提案に飛びつくことであろう。
『普通の』ゆっくりならば――
「ぞんなこどありあせん! ありさはおしごとやえたくないですぅぅ!!」
突然、まりさの叫び声が楽しそうに話す俺の声を遮った。
そして、再びびたびたと顔を床に打ちつけだそうとするのを見て、俺はまりさを優しく制してやる。
「そう遠慮すんなよ、お外はきっと楽しいぞ。新しいつがいを作って、群れのみんなと一生幸せに暮らした方がまりさのゆん生にとっても良いんじゃないかな?」
「そんなことないでず!! ありさはごごにいだいです! いさせでくだざいぃぃぃ!!」
「大丈夫だって、優秀なまりさちゃんならきっと群れの人気者になれるよ。だって――」
そう言いながら、俺は棚の上に手を伸ばして十数センチほどの鏡を取り出した。
光を反射して白く光るそれがまりさの視界に入った瞬間、まりさの目がさらに大きく見開かれた。
「い"や"……い"や"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」
今までとは比べ物にならないほどの大音量で叫び回るまりさを足で抑え、手に持った鏡を目の前に置いてやる。
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだぁ!!」
「――こんなにも素敵な姿のまりさちゃんを、誰も放っておくわ け な い だ ろ ?」
――まりさは、逃げ出したかった。
だが、程良く加減して焼かれたあんよでは、満足に逃げることができなかった。
――自分を押さえつける足に、噛みつきたかった。
だが、過酷な『おしごと』によって酷使された歯は、ほとんどその機能を果たさなくなっていた。
――目を瞑り、目の前の物を闇に隠したかった。
だが、瞼を千切り取られたその目では、視界に闇を作ることができなくなっていた。
そして、まりさの視界に、自分の姿が映し出された。
――そこには『ゆっくりであった物』が佇んでいた。
もはやそれが何の種類のゆっくりであったかは、俺とまりさ以外、誰も見ても分からないだろう。
まりさの自慢だったさらさらへあーさんは、荒れ地の雑草ようにまばらな毛が生え、日々の暴力によってボコボコに変形した禿頭へと姿を変えた。
見る物すべてを魅了したきらきらおめめは、眉と瞼を千切り取られ、飛び出さんばかりにむき出しになった眼球だけが残された。
全てを砕く自慢の歯はボロボロに破壊され、唇を千切り取られてむき出しになった歯茎からは、今もとめどなく砂糖水を垂れ流し続けている。
多くのゆっくりを虜にしたびっぐまぐなむのあった場所はいびつに盛り上がっており、あんよの焦げ目と混ざり合って黒く煤けていた。
もちもちのおはだは何度も水をかけられてケロイド状に爛れており、元の姿に戻ることは完全に不可能であろう。
ゆっくりと呼べるかどうかすら怪しい、生首の化け物。
それがまりさの、今の姿だった。
「――――――――!!」
ごぼぼぼっ!!
「うわっ汚ね! …おいおい、なに自分の姿見て吐いてんだよ?」
「おごっ! おげ…おげええええええええええええええええええええええええええええ!!」
ごぼっ! ごぼっ! ごぼっ!
「ったく、また『おしごと』のやり直しじゃねぇか。手間取らせやがって」
まりさの前に置いた鏡を使って、吐き戻した内容物をかき集めてやる。
粉々になった紙屑やビニール片の混ざったそれを無理矢理まりさの口の中に押し込み、俺は鏡を洗うべく流しの方へと移動した。
「…じゃあそれ、ちゃんと片付けておけよ。まりさ?」
「…ゅ……げ……」
未だびくびくと痙攣しているまりさに向かって言い放つと、俺はその場を後にした。
――まりさは、確かに優秀なゆっくりだった。
体罰を与えていたとはいえ、れいむが一年かけて覚えた『おしごと』の全てを半年足らずで出来るようになったのだ。
もしゲス化さえしていなければ、きっと銀バッジを取ることぐらいは容易にできた事であろう。
だからこそ、まりさは理解していた。
自分がもう、同族の輪の中に戻ることができないことを。
ゆっくりはお飾りを失った個体や足りないゆっくりなど、自分より下のものを見下し、迫害するという習性を持つ。
だからこそまりさは、今まで無能だと蔑まれてきたれいむ種を見下し、傍若無人の振る舞いをし続けてきた。
だが、今の自分の姿はどうだ。
お飾りどころか全てを失い、満足に喋ることも、跳ねることも出来なくなったその姿。
足りないゆっくり以下の存在となった自分に向けられるものが何であるかは、さすがの餡子脳でも安易に想像することができた。
同族に蔑まれ、嘲笑されながら生きていくぐらいならば、死んだ方がマシだ。
そう、死んだ方が――
「おにい…ざん……」
「あ?」
まりさが二度目の片付けを終えてしばらくし、夕食を食べている最中だった。
今までずっと黙っていたまりさが、突然ぽつりと呟いた。
そして、視線をテレビに向けたままの俺に向かってずりずりと近寄ってくる。
「ありさは……ゆっぐり…りかいしあした……」
「………」
「くずは…ありざのほうでしだ……どうしようおない、さいこうのくずでしだ……」
「………」
「れいうは…くずじゃ…なかっだです……とておゆっくりした、ゆっくりでしだ……」
「………」
「ありさは、そのれいうをころしてしあいあした……ありざ…は…おんとうにすくいようのない…くずでず……」
「………」
「だから……おねがい…しあず…ありさを……ありさをころじ「やだ」」
まりさの言葉に対して一言だけ言い放つと、俺は飯のお代わりを盛るべく炊飯器を開け、しゃもじに手を伸ばした。
その姿を見て、慌ててまりさが声を張り上げようとする。
「ぞんな……なんで!? なんでありさをごろ「やだ」」
もう一度、まりさの言葉を途中で遮ると、しゃもじでご飯を茶碗に盛っていく。
「ありさは……れい、れいうをごろじだくずでず! だがら…だがらぁぁぁぁぁぁ……」
次第にまりさの声のトーンが高くなり、テレビの声が聞こえ悪くなってきた。
仕方なく俺はテレビの電源を切り、そしてまりさの方に向き直った。
箸を持ったままの右手でその禿頭を無理矢理押さえつけ、黙らせる。
「あぐ…が…あ……ぁ……!」
「まりさ、お前は一つだけ、勘違いしてるみたいだね」
「……ぁ………あ"……」
「俺はね、お前を殺したいなんて、これっぽっちも思っちゃいないんだよ」
左手の指で作った輪っかをまりさの前に見せながら、ゆっくりと、噛み砕くように言い聞かせてやる。
「だってそうだろう? お前がいなくなったら――」
「…あ……が……ぁ……」
「誰 が れ い む の 代 わ り に お し ご と を す る ん だ い ?」
「―――――――――――――――――――――――!!!!」
まりさを押さえていた手を、ゆっくりと離す。
しばらくの間、沈黙が流れ――
「さ……さあ! おたえ"なさい!!
おたえなさいおたうぇなさいおたえなざいおたへなさいおたえああいおだげなさいおたえ"なさいおだぃえなさいおたへなさいおたえなさいおたえなさいおたげなさいおたえ"なざいおたう"ぇなさい
おたえなさいおたえがざいおたへなざいおたえざざいおたえなさいおだえなさいおたげなさいおたえなさいおたうぇなさいおたえなざいおたへなさいおたえああいおだげなさいおたえ"なさい
おだぃえなさいおたへなさいおたえなさいおたえなさいおたげなさいおたえ"なざいおたう"ぇなさいおたえなさいおたえがざいおたへなざいおたえざざいおたえなさいおだえなさいおたげなさい
おたえなさいおたうぇなさいおたえなざいおたへなさいおたえああいおだげなさいおたえ"なさいおだぃえなさいおたへなさいおたえなさいおたえなさいおたげなさいおたえ"なざいおたう"ぇなさい
おたえなさいおたえがざいおたへなざいおたへなさいおたえああいおだげなさいおたえ"なさいおたへなさいおたえああいおだげなさいおだげなさいおだげなさいおたえ"なさいおたえざざいぃ!!」
――突然、まりさが悲鳴に近い絶叫を上げた。
そして壊れたカセットテープのように何度も何度も、狂ったようにある単語を叫び続ける。
『おたべなさい』
それは、ゆっくり種にとっての唯一の自殺手段である。
通常、その行為は自分自身を食糧とすることで他者をゆっくりさせようとするために用いられる、自己犠牲に等しい行為とされている。
だが、ゆっくりが自身のゆん生にゆっくりを見出せなくなった時――その唯一の脱出手段として『おたべなさい』による安楽死を行おうとすることが稀にあるのだ。
――しかし、この行為には決められた「ルール」がある事が明らかとなっている。
『おたべなさい』をきちんと発音すること。
そのルールが成立しない限り、ゆっくりの『おたべなさい』は不発に終わり、二つに割れて死ぬことはない。
だから、俺はまりさの唇を千切り取った。
今のまりさは、唇を合わせて発音する単語(ま行、ば行、ぱ行)をうまく発音することができない。
舌を歯の間に挟んで発音する方法もあるにはるが、すでに舌が半分しかないまりさには無理な話だ。
『おたべなさい』の『べ』を発音しようと何度も口元をひねりながら叫び続けるまりさを尻目に、俺は部屋の中を改めて見渡す。
余計なものが置いていない、殺風景な部屋。
そこには刃物など、まりさが自殺する危険性のあるものは全て家具の上や棚の中にしまい込んであり、足を焼かれ、這いずることしかできないまりさが登れる場所や道具は何一つ存在しない。
当然、タバスコなどの刺激物も置いてないし、水元も十分に遠ざけてある。
もはやまりさに残された自殺方法は、最もゆっくりできない死に方『餓死』しか残されていなかった。
…最も、たとえその方法で死のうとしても、死ぬ寸前にオレンジジュースで蘇生してやればいいだけなのだが。
「うっさい、もうそろそろ黙れ」
「おたえなさいおたうぇなさいおたえなざいおたへなさいおたえああいおだげなさいおたえ"なさいおだぃえなさいおたへなさいおたえああいおだげなさいおたえ"なさいおだぃえなさいおたへなさい
おたえああいおだげなさいおたえ"なさいおだぃえなさいおたう"ぇなさいおたえなさいおたへなさいおたえなさいおたげなさいおたえ"なざいおたう"ぇなさいおたえなさいおたえがざいおたへなざい" い"!?」
もう一度、まりさの頭部を力づくで押さえつけ、叫び続けるまりさの動きを止めた。
それでも口を動かそうと抵抗するまりさを足で固定し、俺は棚から拳大ほどの包みを取りだした。
包みを広げて、それを手の上に置く。
茶色のそれを手の中で確認すると、まりさの口の中にそれを押し込み、無理矢理咀嚼させる。
「あぐ ご が… ふっ むじゃ……むじゃ……」
「よし、落ち着いたか。んじゃ、飯の邪魔だから向こうに行ってろ。な?」
「………ゆぐっ…ゆぐ…………」
次第に落ち着きを取り戻し、涙声になったまりさを向こうに押しやると、俺は再びテレビの電源を付けた。
「…また『ぼーなすさん』を買いに行かないとなぁ……」
部屋の隅の壁に向かったまま動かないまりさを横目に見ながらそう呟くと、俺は再び食事を再開した。
俺がまりさに食べさせたものは、ずっと前、れいむに『ぼーなすさん』として与えたゆっくり用の高級菓子『ゆーくりーむ』である。
加工所の開発したそのお菓子には、味覚調整以外にもゆっくりを飼うにあたって便利なものが色々と混入されていることをつい最近知った。
『ゆっくりできないもの』を忘れさせる、忘却効果。
非ゆっくち症等の症状予防となる、精神安定剤。
カビなどを未然に防ぐための、防菌効果。
不眠症などのストレスを軽減するための、睡眠補助効果。
そして、中枢餡の機能を正常にするための、発狂防止剤。
ゆっくりの死因の多くを未然に防ぎ、存命期間を伸ばすことが出来るそれは、逆に虐待の道具としても利用することができた。
それが今、俺がまりさに対して使っている方法である。
発狂するギリギリの所で『ゆーくりーむ』を食べさせ、ゆっくりと休ませる。
それだけで、まりさは『狂う』という逃げ道すらも断たれることとなった。
死ぬことも、逃げることも、狂うことも出来ない。
まりさは寿命が尽きるその時まで、永遠に『おしごと』を続けるしかないのだ。
食事を終え、俺は黙ったままのまりさを持ち上げて傍にあった段ボール箱の中に放りこみ、蓋をした。
瞼を失ったまりさにとって、そこに作られる暗闇だけが唯一の眠る手段である。
そして、唯一現実から逃げることのできる、夢の時間。
睡眠補助剤で眠りについたまりさは、きっと明日も頑張って『おしごと』をしてくれることだろう。
「おやすみ、まりさ。そして――」
まりさの眠る段ボールの上に脱出防止用の雑誌を数冊重ね、先ほど『ゆーくりーむ』の置いてあった棚の方に目を向けた。
その上にある小さな写真立て。そこに写ったれいむの写真の上に、静かに色褪せた赤リボンを乗せる。
「れいむ、明日も『おしごと』よろしくな……」
写真の中で微笑むれいむを見ながら、俺は部屋の電気を消した。
――まりさは、確かに優秀なゆっくりだった。
なぜなら、今の現状が自分のせいであることを認め、鳴き声ではない謝罪をすることができたのだから。
俺は最初、まりさにれいむを殺した非を認め、謝罪させるために『おしごと』を与え続けてきた。
れいむが無能ではなかったこと、それを殺してしまったことがいかに取り返しのつかないことだったかをまりさが理解することができたなら、俺はまりさを『おしごと』から解放してやるつもりだった。
だが、今は違う。
この半年の間で、俺は気付いてしまったのだ。
まりさに『おしごと』を与えることで、日々の仕事のストレスを解消している自分がいることに。
そして、今のまりさの姿は、決して他人事ではないということにも――
肩書きという『おかざり』を失い、誰からも見向きもされなくなるその姿。
それでも生きるために理不尽な『おしごと』を貰い、働き続けるその姿。
人間とゆっくり、その本質はどちらも同じだ。今後もし俺が今の職を失うこととなれば――
――今のまりさの姿が、未来の俺の姿となるかもしれないのだ。
だから、俺はまりさを殺さない。
『おしごと』を続けるまりさが生きている限り、俺は今の『おしごと』を投げ出したり、逃げ出すことは決して無いだろう。
まりさはこれからもずっと、俺に『おしごと』をし続けてくれる。
俺に『おしごと』を続けさせるという、最高の『おしごと』を――
あとがき
数カ月の間、ネット環境の無いところで生活していたため、ずっと音信不通となってしまいました。
今はやっとこさ復帰できたので、これからはゆっくりと書きためていたものを仕上げていく予定です。
こんな形の『ゆっくり』があってもいいんじゃないかなと思い、書き始めた今回のSS。
実は半分ぐらい実話が混じってます。教授とか。
おかげで書いてる本人が精神的にダメージを受け、今まで以上に遅筆となってしまいました。
今考えてみても、就活によって大学院の研究時間の1/4を潰された自分としては、就職活動の早期化は学生にとって何のメリットもないと思います。
大学生の多くが就活で学習時間を潰されてるのに『優秀な人材』なんてできるわけねぇだろ…
これから就活をする方、また苦しんでいる方、自分の時よりもさらに厳しい状況だと思いますが、頑張ってください。
最近の人事は買い手市場で餡子脳化してきてる奴らが多いので、本当にしょうもない理由で落とされることが何度もあります。
だけどきっと、自分を見てくれる会社はどこかにあるはずです。だからどうか、最後の最後まで自分を見失わないでください。
それと、教授(先生)と親は、最後の最後まで自分の味方でいてくれるということを、忘れないでください。
最後に、賛否両論あるとは思いますが、自分は希少種含めた全ゆっくりの中でれいむ種が一番好きです。
なんていうか、まるで自分の姿を見ているみたいで…
れいむヘイトのSSの多さに心を痛める反面、逆にれいむが無能なりに精一杯頑張っているSSを見ると、作者含めて応援してあげたくなっちゃいます。
もしゆっくりが飼えるのならば、希少種でも金バッジでもなくていいから、馬鹿でも懐いてくれるれいむを飼ってみたい…
だがでいぶ、テメーは駄目だ。
バニラあき