ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1382 桜
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ankoss
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『桜』
序、
「ゆゆっ!! ゆっくりできないゆっくりがいるのぜっ!!」
まりさの声を皮きりに数匹のゆっくりが集まってくる。その数は五匹程度のものだったが中央ですすり泣くゆっくりの体の大
きさとは比較にならず、その威圧感たるやまるで襲いかかってくる壁のようにも感じる。
「やめちぇにぇっ!! やめちぇにぇっ!!! こっちこにゃいでにぇっ!!!」
コロシアムの中央で怯える死刑囚のようにキョロキョロと辺りを見回しながら涙声を上げるのは、ピンポン玉サイズよりも少
し大きくなったくらいの赤ちゃんゆっくり。ボロボロの赤いリボンに泥で汚れた顔。赤れいむは警戒しながら同じ場所をくるく
ると回転していた。
「おめめがみえないなんて、ぜんぜんゆっくりできてないのぜ!!」
「おお、あわれあわれ」
赤れいむは盲目だった。人間社会であればそれを理由に迫害するなど言語道断であるが、ゆっくりの社会ではありふれた日常
のワンシーンだ。
「やめちぇよぉぉぉ!! いちゃいことしにゃいでぇぇぇ!!!」
草の中に身をうずめてぷるぷると震える赤れいむのリボンをまりさが咥えて持ち上げる。
「ゆんやああああああ!!!!!」
あんよを右に左にくねらせ抵抗するも、まりさの捕縛から逃れることはできない。まりさは赤れいむのリボンを咥えたまま、
「ゆっくりできないゆっくりは……っ!」
「やめちぇえぇぇぇぇぇ!!!!」
「ゆっくりしねっ!!!」
唐突に叫んで赤れいむを草むらに叩きつける。これが都会だったら赤れいむはコンクリートに叩きつけられて致命傷を負うか、
最悪の場合即死していたとしても不思議ではない。
「いちゃいよぉぉぉぉぉ!!!」
柔らかい草むらの上で赤れいむが転がりながら泣き叫ぶ。見た目よりも赤れいむのダメージは大きなものではない。痛いのは
体ではなく心のほうだ。
まだまだ小さな赤れいむに理不尽な暴力を振るうのは事もあろうに群れの成体ゆっくりたちである。飾りを失ったゆっくり。
体になんらかの障害を負ったゆっくり。そういう状況下に置かれてしまったゆっくりは例外なく他のゆっくりから迫害を受ける。
「やめてねっ!! やめてねっ!!! れいむのかわいいちびちゃんをいじめないでねっ!!!」
盲目の子れいむが自身を唯一守ってくれる存在である、母れいむの声を聞きつけて大声で泣き出す。
「おきゃああああしゃああああああん!!!」
「ゆっくりやめてねっ!! ちびちゃんがいやがってるよっ!!! ぷっくうぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
我が子の痛々しいまでの声に怒りを露わにする母れいむ。一対五であるにも関わらず、母れいむに飛びかかろうとするゆっく
りは一匹もいない。母れいむを恐れているわけではなく、“同じゆっくり”に対して攻撃を仕掛けようとするのを躊躇している
だけだ。
「れいむ! そんなゆっくりできないちびちゃんはさっさとすてて、まりさたちといっしょにゆっくりくらすのぜ!!」
捨て台詞を吐き、連れだって森の奥へと跳ねていく五匹のゆっくり。母れいむはその後ろ姿が視界から消えるのを確認したの
ち、すぐさま赤れいむの元へと駆け寄って頬を舐めてやる。
「ちびちゃん! ぺーろぺーろ……」
「ゆーん……ゆーん……」
「ちびちゃん、もうだいじょうぶだよ! ちびちゃんをいじめるわるいゆっくりは、おかあさんがおいはらったよ」
安心させようと母れいむが声をかけるが赤れいむはなかなか泣き止まない。おろおろとし始める母れいむのいる方向に向かっ
て赤れいむが口を開いた。
「おきゃ……しゃん……っ!!!」
「なぁに? ちびちゃん。 こわかったんだね? でも、もうあんしんしていいよっ!!」
「れーみゅを……しゅてにゃいで……」
「…………っ!!」
捨てるわけがない。こんなに可愛くて優しい愛する我が子を捨てたりするものか。母れいむはそれを言葉でなく心で伝えよう
と赤れいむに対して力強く頬をすり寄せた。
その少し荒っぽくも温かい母れいむのすーりすーりに赤れいむがようやく涙を止める。まだ、ぐずってはいるものの落ち着い
てきたようだ。
「ゆぐっ……ひっく……ゆぇ……」
「ごめんねっ! ごめんねっ! ずっとちびちゃんのそばにいてあげなかった、おかあさんがわるいよ!」
「ゆぅ……れーみゅ……ゆっくち……、ゆっくちしちゃいだけにゃのにぃ……」
先刻の叫び声よりも、その言葉は母れいむの心の奥を深く抉った。
母れいむは赤れいむを器用に頭の上に乗せると、ずりずりとあんよを這わせて森の入り口付近にある巣穴へと向かって行った。
その道中においても森のあちらこちらから他のゆっくりの視線を感じる。赤れいむもそういったものには敏感なのか、身をすく
ませている。
(おめめのみえないちびちゃんは、ゆっくりできないよ)
(あんなのがむれにいるなんて、ぜんぜんゆっくりしてないのぜ)
(とかいはなありすに、いなかものがうつってしまうわ)
(むきゅきゅ……はやくむれからでていけばいいのに……)
ゆっくり界の差別は激しい。蔑まれる対象に対して感情を露骨にぶつけるため、人間のそれよりもタチが悪い。
このゆっくりの行動理由には諸説ある。“単に弱いものいじめが好き”とされる説などがそれに当たるが詳しいことは分かっ
ていない。一説には“群れの秩序と安寧を守るための本能による行動”とするものもあるが、お世辞にもゆっくりがそれほど高
尚な思考を持って動いているとは到底思えない。
そう。到底、思えない。
一、
早朝。
まだ群れのゆっくりがどれ一匹たりとも起きていない森の中、白い息をぽつぽつと吐きながら土の上を這う母れいむの姿があ
った。母れいむは余程のことがない限り跳ね回ったりしない。
ゆっくりにとって跳ねるという行為は体内の餡子を多く消費してしまう。そうなれば集める食料を増やさなければならない。
母れいむは効率よく狩りを行うことができなかった。まりさ種は帽子の中に食料を入れることができるし、ありす種は器用な舌
先で草を編んだ籠を作ったりする。ぱちゅりー種は他のゆっくりが知らないような食べ物を選定することができた。
しかし、れいむ種にそう言った類のスキルは皆無である。弁護するならば、れいむ種は“けっかいっ!”と呼ばれる巣穴のカ
ムフラージュを得意とするがその力が発揮されるのはパートナーがいてこそである。
母れいむには、まりさ種のつがいがいた。そのまりさは人間によって面白半分で痛めつけられ最後には殺されてしまった。そ
れはつい一週間前の出来事である。その時、まだ赤れいむは母れいむの頭から伸びる茎にぶら下がってゆらゆらと揺れていた。
母れいむ、母まりさの両者ともがこれから産まれてくる数匹の赤ちゃんゆっくりと一緒に幸せに暮らす日々を夢見ていた。
そんな儚い夢は本当に一瞬で消えてなくなってしまったのだ。
つがいであるまりさを殺され、茎に実った赤ゆは次々に潰されていった。人間たちは笑っていた。目の前で赤ちゃんを潰され
泣き叫ぶ母れいむを見て。転げ回るぐらいに笑っていたのだ。最後に残った赤れいむはシャーペンの先端を両目に刺されて放置
された。
小学生たちのストレス発散がゆっくりに向けられるような時代である。わざわざ森の中に入ってきてまで野生のゆっくりを潰
して遊ぼうとするのだ。恐ろしい世の中である。
赤れいむの目は生まれながらに見えなかったわけではない。それならば不謹慎ではあるが諦めがついた。何一つとして落ち度
がないにも関わらず奪われた我が子の光を思うと、怒りや悔しさを通り越してただ涙だけが溢れてくる。
「ゆっくり……ごはんさんをあつめるよ……!」
不器用な母れいむが見よう見まねで編んだ草の籠はボロボロである。何度やっても失敗ばかりでようやくそれらしく編むこと
ができた籠も、籠と呼ぶにはおこがましいような酷い出来栄えのものばかりであった。
季節は晩秋。
来るべき冬に向けて越冬のための食料を少しでも多く集めなければならないこの状況下で、母れいむの抱えたビハインドはあ
まりにも大きく心のどこかでは既に諦めかけてさえいる自分もいた。僅か一週間足らずで激変してしまった生活に慣れるには、
母れいむにとってあまりにも大きな難題だったのである。加えてゆっくりにそれほどの順応性などない。
「れいむ……」
不意に後ろから話しかけられた母れいむがびくん、と体全体を震わせながら恐る恐る振り返る。そこには金髪に赤いカチュー
シャをつけた成体のゆっくり―――ありすがいた。母れいむとありすは幼馴染である。あの忌まわしい事件以来、こうして会う
のは初めてだ。
「ありす……」
「れいむ! これをつかっても……いいのよ?」
ありすの上から目線はいつものことだ。幼いころからありすがそういう性格だったことを知っている母れいむは、そんなあり
すのもの言いに対して腹を立てたりしない。それどころか幼馴染の自分に対する気遣いに心の奥がじんと熱くなるのを感じた。
目の前に置かれた草で編まれた籠は、隙間なく編み込まれている。口で咥えるための取っ手までついていた。
「ふ……ふんっ! そんないなかものな“かごさん”じゃ、あつめられるごはんさんもあつめられないわ!」
普段ならここでそっぽを向いて走り去っていくありすだが、母れいむを見つめたままだ。母れいむがぽろぽろと涙をこぼす。
ありすは泣いていた。母れいむのまりさを失った悲しみを汲んで泣いているのだ。
「ありす……っ!! ありすぅぅぅ!!!!」
「このいなかものっ! れいむがないてばかりいたら、ちびちゃんがかわいそうよ!」
頬をすり寄せながら涙を流す二匹。聞けば、ありすは母れいむのことをずっと心配していたらしい。群れのゆっくりから迫害
を受けていたことも知っていた。なんとか助けてあげたかったが、他のゆっくりにいじめられるのが怖くてあんよが動かなかっ
たそうだ。“――――ありすは、とかいはじゃないわね……”と言葉を結び、少しだけ苦笑してみせた。それから一言だけ謝る。
母れいむもありすも、群れがどういう組織でゆっくりがどういう生き物かは十分に理解している。二匹とも、自分と深い間柄
にないゆっくりが群れから迫害されていたら、傍観者に徹していたか一緒になって差別をしていたかも知れない。それを分かっ
ているからこそ、母れいむは群れのゆっくりたちに何も言うことができないのだ。
「ありす……ゆっくりありがとう。 でも、はやくおうちにかえったほうがいいよっ」
言葉の意味するところはありすにも理解できた。二匹のやり取りを見ているゆっくりがいれば、ありすまで差別の対象とみな
されてしまう危険がある。
「れいむ……! こまったことがあればいつでもいいなさいっ!」
そう言ってぴょんぴょんと跳ねて去っていくありすの後姿を見て、母れいむはまた一筋涙をこぼした。
巣穴に戻ってきた母れいむの視界にまだ眠っている赤れいむの愛らしい寝顔が映る。“ゆぴぃ……ゆぴぃ……”と寝息を立て
るその様子は障害なんてどこにもないかのように思えてしまう。母れいむは赤れいむを起こさないようにゆっくりゆっくり巣穴
の中を這って、集めてきた食料を奥に敷いてあった葉っぱの上に並べていった。
芋虫や花、木の実などが備蓄されていく。しかし、冬を越すには到底足りるような量ではない。母れいむと赤れいむの二匹だ
けとは言え突き付けられた現実はあまりにも厳しいものであった。
(ゆっくり……どうしよう……)
ありすの編んでくれた籠は少し大きめに作ってあった。これで食料集めの効率も少しは上がるだろう。それでも冷たい北風は
冬の足音がもうすぐそこまで来つつあることを告げている。時間的に間に合わない可能性が高いのだ。母れいむが溜め息をつく。
「ゆ……くち……」
赤れいむがもぞもぞと動きだす。瞼を開くと灰白色の瞳が現れた。その目に光は届いていないのだろう。赤れいむは体を一瞬
だけぶるっ、と震わせると、
「ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!」
元気よく朝の挨拶をした。
「ゆっくりしていってね!!!」
それに応える母れいむ。
「にょーびにょーびしゅりゅよっ!」
そう言ってゆんゆんと体を伸ばし始める。同じ姿勢のままでいると体内の餡子と皮が固まってしまい、動きづらくなってしま
う。のーびのーびはそうならないように体を伸縮させて中身を流動させるための、朝の体操のようなものだ。
「ちびちゃん、あさごはんさんをいっしょにむーしゃむーしゃしようね!」
「ゆっくち~~~~♪」
母れいむが赤れいむの頬に自分の揉み上げを当てる。“こっちだよ”という合図だ。ずりずりと懸命に這いながら母れいむの
元へとやってくる。赤れいむの顔に小さな芋虫が触れた。舌を出して器用に芋虫を口に運ぶ。
「むーちゃ、むーちゃ……しあわちぇぇぇ!!!」
屈託のない笑顔。母れいむはこの笑顔を見るためだけに必死で生きていた。せめてもの救いは赤れいむが少食であったことだ
ろう。暴飲暴食をしない赤れいむは育てやすいちびちゃんであった。
食事を終えた赤れいむに、母れいむがお歌を歌ってやる。赤れいむはその歌声に頬を緩ませ幸せな気分で満たされていった。
昨日は日向ぼっこをしに外に出たのがまずかったのだろう。母れいむもつい食料集めをしてしまった。反省の意を込めて、今日
は赤れいむとずっと一緒にいてあげるつもりだった。
「ゆゆ~ん♪ おきゃあしゃんのおうたしゃんは、ゆっくちできりゅにぇ」
「ゆゆっ……♪ ゆっくりうれしいよ……っ!!」
互いの頬を寄せ合い仲良く過ごす二匹の巣穴に来客者が訪れる。
「れいむ……はいってもいいかしら?」
突然の声に震えだす赤れいむ。母れいむも赤れいむの前に立ちはだかり警戒心を露わにする。入り口には“けっかいっ!”を
張っているはずである。並みのゆっくりであればそれを見破ることなどできないはずだ。母れいむの頬を冷や汗が伝った。
「むきゅぅ……なかなか、いいおうちね」
巣穴の中に入ってきたのはぱちゅりーだった。最近、群れにやってきたばかりの元・飼いゆっくりである。事情はよくわから
ないが飼い主に捨てられ森を彷徨っていたところ、この群れにたどり着いたらしい。人間と関わった時間が長かったのか、ぱち
ゅりーの知識は豊富で群れ中のゆっくりに歓迎された。虚勢を施されているため赤ちゃんを産むことはできないが、群れの参謀
としてリーダーまりさと共に暮らしている。
そんな本物の“森の賢者”であるぱちゅりーの前に母れいむの“けっかいっ!”は何の意味も成さなかったのだろう。
「むきゅっ。 ゆっくりしていってね」
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!!」
穏やかな口調で挨拶をするぱちゅりーに親子ともどもお決まりの挨拶で応える。
「こんなところにおうちがあるなんて、ぜんぜんきづかなかったのぜ……」
そんな事を言いながら巣穴の奥に入ってくる別のゆっくりの這う音が聞こえてくる。母れいむが再び緊張した面持ちになる。
ぱちゅりーは笑って母れいむに“心配はいらない”と呟いた。
れいむ親子の巣穴に入ってきたのは群れを束ねるリーダーまりさだった。体格は並みの成体ゆっくりと変わらないが、群れの
ゆっくりを想う行動や姿勢が仲間の信頼を集め、数代に渡って受けつがれてきたゆっくりぷれいすの若きリーダーとなっている。
特に喧嘩が強いわけでもなく、“けっかいっ!”を見破るほどの洞察力もないが、みんなリーダーまりさの事が大好きだった。
「れいむ……ゆっくりごめんなさいなのぜ……」
母れいむの前に現れたリーダーまりさが俯きながら口を開く。母れいむには目の前のリーダーまりさが何を謝っているか皆目
見当がつかなかった。ぱちゅりーがリーダーまりさの横で説明を始める。
ありす同様、リーダーまりさもぱちゅりーもれいむ親子の不幸を知っていたこと。それにより、れいむ親子が群れから迫害を
受けていること。ここまでは先刻のありすの言葉とほぼ同じである。
「むきゅぅ……まりさとぱちゅのふたりで、なんとかしてむれのみんなにやめさせようとしたのだけれど……」
その場では頷いていても、れいむ親子への迫害がなくなることはなかったのだと言う。群れのリーダーと参謀は、その事を謝
罪するためにれいむ親子のおうちへとやってきたのだった。
「それで……れいむはどうなるの……?」
悪い予感を感じる。母れいむは自分が群れから出て行くように言われるのだと思っていた。自然に涙が溢れてくる。泣きじゃ
くる母れいむの元にリーダーまりさが跳ね寄る。
「れいむ! かんちがいするんじゃないのぜっ! れいむもそこのちびちゃんも、ぜったいにむれからおいだしたりしないのぜ!」
母れいむが涙を流しながらリーダーまりさに目を向ける。力強い視線が母れいむを捉えて離さない。
群れのリーダーとは言え思考が並みのゆっくりであれば、母れいむはすぐにでも群れを追放されていただろう。しかし、この
リーダーまりさは違った。群れの中にいる全員のゆっくりがゆっくりできるようなゆっくりぷれいすを目指しているのだ。当然、
その中には障害を負わされてしまった赤れいむも、それを一生懸命育てようとしている母れいむも含まれている。
「ゆっくち……できりゅ?」
不意に赤れいむが尋ねる。その質問に対してはぱちゅりーが答えた。
「むきゅん! かならず、ゆっくりさせてあげるわ!!」
その一言に表情を輝かせてその場でたむたむと小さく跳ね始める赤れいむ。
「ゆっくち! ゆっくち!!!」
嬉しそうにはしゃぐ赤れいむの頬を母れいむが泣きながらぺーろぺーろしてあげている。
リーダーまりさとぱちゅりーは、当面やがて訪れる冬に向けてれいむ親子の分の食料もなんとか集めてみると約束して巣穴を
出て行った。
「ありがとう……! ありがとう……っ!!!」
感謝の言葉はいくら口に出しても途絶えることはない。母れいむはあの日以来初めて“悔しい”とか“悲しい”以外の感情で
涙を流していた。
二、
ゆっくりぷれいすで最も広い場所。そこに群れ中のゆっくりたちが集められた。円を描くように待機しているゆっくりの数は
百には満たないものの、その数の多さを感じさせるには十分である。
「ゆ……ゆゆゆ……」
その中央でがたがた震えているのは母れいむ。どのゆっくりとも目を合わせないように視線を泳がせている。傍らにはリーダ
ーまりさが控えている。
「いったいなんなの……?」
「れいむをいじめているのがばれたのかしら……?」
「むのうなおやこを“せいっさいっ!”するのかもしれないわ……むきゃきゃ!」
ぼそぼそと小声で話をしているのが母れいむにまで届く。何を言っているのかはわからないが、自分たちのことを何か言われ
ているのは間違いないようだ。あんよが震える。
「みんなっ!! ゆっくりきくのぜっ!!!」
リーダーまりさが母れいむの一歩前に出て叫ぶように口を開いた。鶴の一声でそれまで口々に騒いでいたゆっくりたちが一斉
に静まり返る。
「ここにいるれいむは、いっしょにくらしていたまりさと……もうすぐうまれるはずだったちびちゃんを“にんげんさん”にこ
ろされたかわいそうなゆっくりなのぜ!!!!」
その事を知っているゆっくりもいたが、知らないゆっくりもいた。群れがざわつき始める。
「そんなれいむを……よってたかっていじめて……それでみんなはゆっくりできているのぜッ??!!!」
リーダーまりさが怒鳴りつけるように問いかけた後、反応を示さないゆっくりたちに向かってそのまま言葉をつなぐ。
「まりさには……みんなのほうがよっぽどゆっくりできていないようにみえるのぜ!!!!」
睨みつけるリーダーまりさの目は真剣そのものだ。どのゆっくりも下を向いたまま動かない。リーダーまりさの言葉は群れの
ゆっくりたちにとって重くのしかかる。リーダーまりさに全幅の信頼を寄せていればこそだ。一匹一匹がリーダーまりさの問い
かけに思考を巡らす。
リーダーまりさが深く呼吸をした。
「れいむのことをほかのゆっくりよりもだいじにあつかえとはいわないのぜ……」
その言葉に母れいむを含めた全てのゆっくりがリーダーまりさに視線を向ける。
「ただ……。 せめて、むれのなかまのゆっくりの、あんよをひっぱるようなまねだけは――――するななのぜ!!!!」
群れ中のゆっくりたちが目を閉じてリーダーまりさの叱責に怯える。母れいむはリーダーまりさに対しても、群れのゆっくり
たちに対しても申し訳ない気持ちでいっぱいだった。自分のせいでリーダーまりさを怒鳴らせてしまい、群れのゆっくりたちが
怒られてしまう。そう思いながらもどうすることもできない母れいむは唇を噛み締めて俯いているしかない。
「……まりさのはなしはおわりなのぜ。 みんな! もうすぐふゆさんがくるから、たべものをしっかりあつめて“えっとう”
にそなえるんだぜ!! ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりしていってね!!! ゆっくりりかいしたよ!!!」×87
ぴょんぴょんと散っていくゆっくりたち。
リーダーまりさの心配そうな表情は変わらない。その場の返事だけはいいのがゆっくりだ。自分も含めて群れの仲間もそうい
うものだということをリーダーまりさは理解している。
「まりさ……」
不安そうに母れいむが寄ってくる。リーダーまりさも軽率な返事は返さない。今回の一件がある程度の抑止力にはなるだろう。
しかし冬が終わり、やがて春が訪れた時にれいむ親子への迫害が完全に無くなっているかどうか、と問われれば答えはノーだ。
喉元過ぎれば何とやら。それが特に顕著なゆっくりであればなおさらの話である。
「れいむ……。 もしよければ、ちびちゃんをぱちゅりーにあずけるのぜ……?」
これからごく僅かな時間で越冬に備えた食料を蓄えねばならない。盲目の赤れいむの世話をしながらではその作業がままなら
ないのではないか。それを懸念しての意見である。当然、母れいむは顔を横に振った。
「そこまでめいわくはかけられないよ……」
「……じゃあ、どうするのぜ? いまのままじゃ――――」
その時。
どこからともなく聞こえてくる優しいメロディが風に運ばれて二匹の元へと届いた。温かく、でもどこか寂しげな……お歌。
「……ちびちゃん……」
母れいむが呟く。その言葉にリーダーまりさは驚きを隠せない。思わず質問する。
「この、おうたは……れいむのちびちゃんがうたっているのぜ……?」
無言で頷く母れいむの姿を見て、リーダーまりさは自分の巣穴を凝視する。確かにお歌はその中から聞こえてきているようだ。
生後一週間とはとても思えない声量と歌唱力。才能の片鱗を見せつけるかのような透き通った歌声に、先ほど散っていったはず
のゆっくりが数匹きょろきょろと辺りを見回しながら戻ってくる。
しかし、そのお歌はすぐに終わってしまった。がっかりしたような表情で広場から去っていくゆっくりたち。
「ちびちゃんは……あんまりながくはうたえないんだよ……」
「どうしてなのぜ?」
「うたのつづきが……おもいうかばない、っていってたよ……」
リーダーまりさは驚きを隠せないでいた。あれほどのお歌を即興で歌っていたというのだろうか。思わず身震いしてしまう。
光を奪われたことによって瞼は常に閉ざされたままだが、赤れいむは容姿端麗なゆっくりであった。成長すれば群れの花とし
て他のゆっくりたちが放ってはおかなかっただろう。群れ一番の歌姫となれる資質を秘めていたかも知れない。
母れいむとリーダーまりさはずりずりとあんよを這わせながら赤れいむとぱちゅりーの待つ巣穴の奥へと向かった。巣穴の中
で楽しそうにぱちゅりーと遊んでいる赤れいむを見て、母れいむが思わず安堵の溜め息を漏らす。
「むきゅ! とってもきれいで、ゆっくりしているのよ」
「ゆゆーん! れーみゅも、さくらしゃん……みちゃきゃったよ!!」
リーダーまりさが備蓄してあった食料の中からキノコと芋虫を取り出して、れいむ親子に振舞う。その準備をしながら二匹の
会話に混ざる。
「なんのおはなしをしているのぜ?」
「むきゅきゅ……。 れいむとおちびちゃんがすんでいるおうちのちかくに、きれいなさくらがさくのをおしえてあげたのよ」
「さくら……?」
初めて聞く単語に母れいむが顔をかしげる。
ぱちゅりーは飼いゆっくりとして二年間も人間と同じ時を過ごしていた。銀バッジを取得していたぱちゅりーは頭も性格もよ
く、厳しく躾けられてもいたため飼い主と仲良く暮らしていたそうだ。ぱちゅりーとその飼い主は群れのある森の近くで暮らし
ていたため、一人と一匹でよくこの辺りまで散歩にきていたらしい。
そのとき、満開になった桜を初めて見たのだ。あまりの綺麗さに言葉を失っていたぱちゅりーに飼い主が桜の話をしてくれた。
春になると咲くこと。それを見ながら気の合う仲間と一緒に美味しい物を食べたりするのを“お花見”ということ。
飼い主がぱちゅりーに教えてくれた事はたくさんあったが、桜に心を奪われていたぱちゅりーにとってはこの話が一番記憶に
残っている。
話をするぱちゅりーの表情も、話の内容も楽しそうで母れいむは思わず笑顔になった。久しぶりにゆっくりした時間を過ごし
ているように思える。リーダーまりさはそんな母れいむの横顔を見て少しだけ安心した。
まだ“れいむはちゃんと笑えるんだ”と分かっただけでも嬉しくなった。同時に、リーダーとしてこの笑顔を自分が守ってみ
せなければならないことを強く決意する。
「それにしてもおちびちゃんは、おうたがじょうずね。 ぱちゅ、びっくりしちゃったわ」
「おきゃあしゃんが、いつもれーみゅにうちゃってきかせちぇくれりゅおうたしゃんのほうがじょうずだよっ」
母れいむが恥ずかしそうに頬を染める。ゆっくりのお歌は一子相伝であり親ゆっくりの歌ったメロディを子ゆっくりが覚えて、
それを自分なりにアレンジしていくことで新しいお歌となる。ゆっくり界において、一つとして同じ歌はないのだ。れいむ親子
のお歌のメロディも、母れいむの母親の。そのまた母親の代からずっと続いてきたものである。余談ではあるが、母れいむをつ
がいに選んだ母まりさも、母れいむの歌に聞き惚れて恋に落ちたのであった。
「ゆ! それじゃあ、はるさんがきたらみんなで“おはなみ”をするのぜっ!!」
リーダーまりさの提案に表情を輝かせるのは赤れいむである。ぱちゅりーから聞かされた、とても楽しそうでとてもゆっくり
できそうな“お花見”を自分たちもできるかも知れない。それを想像するだけで心が躍り出す。そんな嬉しそうな表情を見せら
れては、母れいむもぱちゅりーも承認せざるを得なかった。元より、反対するつもりなどなかったのだが。
三、
ありすから貰ったかごを口に咥えた母れいむがその中に食料を入れていく。ここ数日はぱちゅりーが食料を分けてくれていた
ので、狩りに向かう前にしっかりと朝食を食べることができるようになっていた。おかげで狩りの効率も上がり、巣穴の中に貯
められた食料は少しずつではあるが増えてきている。
(さむいけど……ゆっくりがんばるよ!)
冷たい風が容赦なく母れいむの頬を刺す。群れのゆっくりたちは食料集めが終わったのかほとんど外に出ていない。
朝夕は特に冷え込みが激しくなってきた。ゆっくりは皮や中身の餡子が寒さで固まってしまうと動けなくなる。動きが鈍くな
ってしまう前に巣穴に戻らねばならないのだ。そのため狩りの時間は限られてしまう。
陽が高いうちに少しでも多くの食料を集めねばならない。母れいむはぴょんぴょんと飛び跳ねて巣穴まで戻ってきた。かごに
食料が入りきらなくなったのだ。
「ゆあ……」
母れいむが立ち止まる。巣穴の“けっかいっ!”が壊されていた。咥えていたかごを草の上に落とす。
「やめちぇよぉぉ!!! れーみゅたちのごはんしゃんがあぁぁぁぁ!!!」
巣穴の中から赤れいむの悲痛な声が聞こえてきた。母れいむが巣穴の中に飛び込む。そこには数匹のゆっくりがいた。事もあ
ろうに母れいむが死ぬ思いで集めた食料を食い散らかしている。
「どぼじでごんな゛ごどずる゛の゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ!!!!!!」
母れいむが巣穴の中で叫ぶ。赤れいむは無事のようだった。母れいむの声のした方向に向かって跳ねてくる。
「れいむたちばっかりずるいのぜ!」
「りーだーからたすけてもらってばかりなんて、とかいはじゃないわ」
「やめてえぇえぇえぇえ!!!! ごはんさんをむーしゃむーしゃされたら、ふゆさんをこせなくなっちゃうよぉぉぉ!!!」
「だまるのぜ! ゆっくりできないちびちゃんも、むのうなれいむも、ゆっくりできなくなればいいのぜ!!!」
「わかるよー! れいむたちがいなくなっても、ちぇんはこまらないんだねー!!!」
言葉の暴力によって心が打ちひしがれる。母れいむは悔しさのあまり涙を滝のように流していた。赤れいむも声を上げずに泣
いている。
「ぱちゅりーのあとをついていって、せいかいだったんだねー」
「うっめ! これめっちゃうっめ! ぱねぇ!!」
「あんまりたべてばっかりじゃだめよ。 すこしはもってかえらないと」
必死になって集めた食料がどんどん消えて無くなっていく。狭い巣穴の中で喧嘩をするわけにはいかない。巻き込まれた赤れ
いむがケガをしてしまう可能性がある。それ以前に、三匹の成体ゆっくりを相手に喧嘩を挑んでは自分の身すら危うい。目の前
で繰り広げられる略奪行為をただ眺めることしかできなかった。
「ゆ~! いっぱいたべたからうんうんしたくなってきたのぜ! ……すっきりー!!」
「もう! まりさったらとかいはじゃないわ!!」
巣穴の中央でうんうんを捻り出すまりさの顔はあまりにも醜悪なものであった。悪臭が漂い始める。赤れいむは母れいむの髪
の中に隠れた。母れいむは涙を流すのみである。
「こんなくさいおうち、はやくでていくんだねー……」
ちぇんの言葉を皮きりに三匹はぞろぞろと巣穴の入り口へと這って行った。
「ゆふん!」
「……っ!」
すれ違い様、母れいむの顔に唾を吐きかけるまりさ。それを見て三匹はゲラゲラと笑っていた。
巣穴の中を静寂が包む。食い荒らされ、奪われた食料の残りに目を向ける。
「……ゆぐっ……」
思わず唇を噛み締め嗚咽を漏らす。母れいむは悟った。もう絶対に冬を越すことはできない。二匹に春は訪れない。
普段なら赤れいむに心配をかけまいと気丈に振舞うことのできる母れいむだったが、今日に限っては涙が止めどなく溢れてく
る。悔しさのあまりに全身の震えが止まらない。それは赤れいむにも伝わっていることだろう。抑えようにも嗚咽を止めること
はできない。本来なら赤れいむの前で母親である自分が泣きだすなどあってはならないことだ。赤れいむの不安を取り除いてあ
げるのが自分のやるべきことではないのか。自問自答しながら、母れいむはただひたすらに泣いた。自分の無力さを嘆いて。あ
まりにも理不尽な仕打ちを呪って。誰にぶつけることもできない冷たく暗い感情を涙に変えて流すことしかできなかった。
「どうして……ッ?! れいむたちなんにもわるいことしてないのにっ!!!! みんなひどいよっ!! どうしてれいむたち
ばっかりこんなめにあわないといけないのっ?! ……もうやだぁっ!!! おうちかえる!!!!!」
そんなことを喚き散らしながら泣き狂う母れいむ。赤れいむはそんな母親の悲痛な声を聞いているのが辛くて堪らなかった。
「おきゃーしゃ……。 おきゃーしゃん!! ゆあああん!!! ゆっくち! ゆっくちぃぃぃ!!!!!」
赤れいむは何とかして母れいむに落ち着いてもらいたかった。しかし母れいむの位置を知る手掛かりは泣き声しかない。下手
に近寄れば踏み潰されてしまう危険すらある。ただひたすらにおろおろするばかりだった。そんな赤れいむの姿が母れいむの視
界に入る。小さな体。閉ざされた目尻からは涙が細く伝っている。自分を心配してくれている事が痛いほど理解できた。
(ちびちゃん……っ! ごめんねっ!! ごめんねっ!!! ゆっくりさせてあげられなくてごめんねっ!! ごめんねっ!!!)
赤れいむの姿が滲む。顔全体を左右に振ってきょろきょろと母れいむを探し続ける様子が痛々しい。母れいむの呼吸が少しず
つ荒くなっていく。
――――そんなゆっくりできないちびちゃんはさっさとすてて、まりさたちといっしょにゆっくりくらすのぜ!!
いつか聞いた言葉。その言葉がまるで囁かれるかのように母れいむの記憶に蘇る。
「おきゃーしゃあん!! どきょぉ? どきょお?!」
母れいむが泣きじゃくるのをやめたせいか赤れいむには母親がどこにいるかわからないらしい。母れいむは虚ろな視線を赤れ
いむにぶつけたまま切れ切れに呼吸をしていた。冷や汗がだらだらと頬を伝う。赤れいむに向けられた慈悲の瞳はまるで無力な
自分自身の姿を覗きこんでいるかのようだ。その瞳が狂気の色に染まってゆく。
泣きじゃくる赤れいむ。自分自身。
何も見えずにその場で右往左往するしかない赤れいむ。自分自身。
それでもなお必死に生きようとする赤れいむ。
……生きようとした、自分自身。
そこに鏡があるから、映し出された自分の心を見て辛い思いをするのだ。ならば、その鏡を壊してしまえばいい。涙が一粒、
二粒頬を伝い落ちる。
(――――ちびちゃん……。 えいえんに……ゆっくりしていってね……っ!!!!!)
あんよに力をかける。
「おきゃああああしゃああああああああん!!!!!!!!!!」
その小さな体のどこから今の声を出したのだろうか。歌姫の資質を持っていた赤れいむは、幼いとはいえ成体ゆっくり顔負け、
あるいはそれ以上の声量を誇る。凄まじい音の衝撃が巣穴の壁に反響して母れいむの体を……いや、心を震わせた。
「れーみゅ……っ!! ごはんしゃん、むーしゃむーしゃできなくちぇもいいきゃらっ!!! おにゃかがすいちぇもがまんで
きりゅよっ!!!! もっちょがまんしなきゃいけにゃいなら、もっちょがまんしゅりゅよっ!!!」
母れいむが言葉を失う。今、この赤れいむは何と言ったのだろうか。聞き違いでなければ“もっと我慢しなきゃいけないなら、
もっと我慢する”……そう言ったように聞こえる。文字通り目を丸くした母れいむが赤れいむに尋ねた。
「ちびちゃん……? どういうことなの……?」
赤れいむがその母れいむの声のする方に顔を向ける。
「もっと、むーしゃむーしゃ……したかったの?」
「ゆぐっ……ひっく……、ゆ……ゆんっ……!」
頷く赤れいむ。母れいむは瞼を閉じたまま泣き続ける赤れいむに釘づけである。二の句を継げないでいる母れいむに赤れいむ
が恐る恐るといった様子で言葉を続ける。
「おきゃーしゃん……ごはんしゃん……たくしゃんとっちぇくりゅのは……たいへんだちょ……おもっちぇ……しょれで……。
しょれで……っ!! ごめんなしゃい!! れーみゅ……れーみゅ……ほんちょは……もっちょ、むーちゃむーちゃしちゃくて
……っ!!!」
恐らく、赤れいむはこんなことを言うつもりではなかったのだろう。表情の端々から後悔の念が汲み取れる。
少食などではなかったのだ。それは母れいむの“思い込み”だった。しかしそれは仕方のない事でもある。生まれて一カ月も
経たない赤ちゃんゆっくりが母親ゆっくりに対してそんな気遣いをできるわけがないはずだ。母れいむの目から涙が更に溢れて
くる。本当に申し訳なさそうに泣いている赤れいむを見ると心がギシギシと音を立てて軋む。気付かなかったのだ。赤れいむの
優しさに。赤れいむを何とかして育てることしか頭になかった……、あるいは考える余裕がなかった母れいむにその健気な姿を
見ることはできなかった。
日々の辛い生活。群れの仲間からの過酷な仕打ち。最愛のまりさの忘れ形見であるたった一匹の我が子。
それらすべてが、母れいむを盲目にさせていた。こんなに近い場所にいる赤れいむの親を想う強い気持ちにさえ、気づいてあ
げることができなかった。
「おきゃーしゃ……」
赤れいむの元に駆け寄り頬をすり寄せる。赤れいむがどんな表情をしているかはわからない。わからないが、そうせずにはい
られなかった。心の奥から流れ出す数多の想い。感謝と、懺悔と、後悔と……その全てが入り混じったような複雑な気持ち。
「ゆゆーん……しゅーり……しゅーり……」
母れいむのすーりすーりに応えるように頬を動かし始める赤れいむ。母れいむの愛情が赤れいむに浸透していく。その想いが
旋律となって赤れいむの口から流れ出した。
泣きながらその“お歌”を聴いている。親子ともども泣き疲れて眠るまで……赤れいむの優しく儚い……“お歌”は続いた。
四、
「おきゃーしゃあああん!!! おきゃーしゃあああん!!! やじゃ……っ!! れーみゅは……おきゃーしゃんといっちょ
にゆっくちしちゃいよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
リーダーまりさの巣穴の奥から赤れいむの叫び声が聞こえる。母れいむは決して良くはない頭で一生懸命考えた。赤れいむを
どうするか。もはや自分一人ではどうすることもできなかった。それでも、母れいむは赤れいむと一緒にゆっくりと生きていた
かった。どれだけ辛い目に逢おうとも、赤れいむと一緒であれば絶対にゆっくりすることができる。そう信じて、赤れいむをリ
ーダーまりさとぱちゅりーに預けたのだ。
「れいむ……はるさんがきたら、ちびちゃんといっしょにむかえにいくのぜ……」
「ゆっくりりかいしたよ……」
振り返らずに答える母れいむの後姿を見てリーダーまりさは何か声をかけようとしたが、言葉にならなかった。ずりずりとあ
んよを這わせてその場を去っていく母れいむを見ていることしかできないリーダーまりさは、自分の無力さを呪っていた。
「おきゃーしゃん!! おきゃーしゃん!!! ゆんやあああああ!!!!!」
赤れいむの声が聞こえなくなるまでは絶対に振り返らない。母れいむはそう決めていた。そうしなければ、すぐにでもリーダ
ーまりさの巣穴の中に飛び込んで、赤れいむを咥えて自分たちの巣穴に逃げ込んでしまうような気がしていたから。そんな事を
思いながら、泣くのを堪えながらあんよを動かしているのに。赤れいむの悲痛な声はいつまで経っても聞こえなくなることはな
かった。
ようやく。赤れいむの声が聞こえなくなったときはもう自分の巣穴の傍まで来ていた。振り返る。ぼろぼろと涙が溢れだす。
(あいたい……っ!! ちびちゃんにあいたい……っ!!!!)
「じぶんでそだてられないからって、りーだーにちびちゃんをあずけるなんて……さいていのげすゆっくりなのぜ」
「?!」
気がつくと数匹のゆっくりに囲まれていた。
「りーだーはみんなをゆっくりさせるためにがんばっているのに、ふたんをふやすなんてとかいはじゃないわ!」
「れいむ! あんなゆっくりできないちびちゃんなんかいらないのぜっ!!! おめめがみえないんじゃなんにもできないのぜ!
ごはんさんだってじぶんであつめられないし……そんなやくにたたないゆっくりと、ずっといっしょにゆっくりしたいなんてい
うゆっくりもいないのぜ!!」
「むきゅ! もりのけんじゃのぱちゅがおしえてあげるわ! あのちびちゃんには、ゆっくりさせてあげるひつようなんてない
のよ! だって、だれもゆっくりさせてあげることができないんだもの!!」
辛辣な言葉が雨のように降り注ぐ。その“雨”に打たれながら体を震わせ涙をこぼす。言いたいことはたくさんあった。たく
さんあるのにそれを言葉に出すことはできない。余計な体力を使うのは惜しまれる。そんな言い訳を頭の中で巡らせながら、何
事もなかったかのようにその場を立ち去ろうとする母れいむ。ゆっくりたちはそれを許さなかった。
「むしするななのぜぇぇぇぇぇ!!!!」
一匹のまりさが体当たりで母れいむを弾き飛ばす。ごろごろと転がった母れいむが木にぶつかって止まった時には、ゆっくり
たちによるリンチが始まっていた。
「りーだーをゆっくりさせないゆっくりはしねっ!!!!」
ちゃちな大義名分である。本音は抵抗するだけの力もなく、仕返しを企てる仲間もいないゆっくりに対して一方的な暴力を振
るっていたいだけのくせに。それで自分は強いと……正しいと思い込みたいだけのくせに。繰り返される体当たり。それでも致
命傷を与えないようにだけは気をつけているのが理解できる。同族殺しはゆっくりできないのだ。それが“せいっさいっ!”で
ないことを窺わせている。弱者を虐げることで、一時の“ゆっくり”に酔っているだけのことなのだ。
母れいむが解放されたときは山の向こうに夕日が沈みかけていた。気温がぐんぐん下がっていく。それに比例するかのように
母れいむの体温も下がっていった。自分の体の内側が……外側が思うように動かなくなっていくのが理解できる。それは恐ろし
いことだった。だが同時に安心している自分もいた。このまま目を閉じていれば、永遠にゆっくりすることができるだろうか。
誰にも迫害されずに、日々を生き抜くためにゆっくりできなくなることもなく、幸せな時を過ごすことができるようになるのだ
ろうか。それはあまりにも甘美な誘惑。全てに疲れ果てていた。母れいむのゆん生をまるっきり変えてしまったあの日から時間
は決して経ってはいない。しかし、この過酷な日々はゆっくりにとっては地獄そのものであり、延々と続く迫害は母れいむの居
場所さえも奪っていった。
「れいむ……。 もう、えいえんに……ゆっくりしたいよ……」
願いを呟く。それは誰に対しての願いだったのだろう。殺されたつがいのまりさか、育ててあげられなかった赤れいむか。寒
さは体力を奪い母れいむの意識を徐々に掻き消していく。
「もっと……ゆっくりした、か……――――」
「れいむ!!! れいむ!!! ゆっくりしていってね!!! ゆっくりしていってね!!!!!」
薄れゆく意識の片隅。懐かしい友の声が聞こえる。夢か現か。今の母れいむにとってそれはどうでもいいことだった。閉ざさ
れてしまった瞳には何も映らない。
「れいむ!! とかいはじゃないわっ!!! はやくおめめをあけなさい!!!!」
叫びながら母れいむを揺するありす。返事をしない母れいむの揉み上げを咥えて引っ張る。ありすは独身ゆっくりだ。巣穴の
中に母れいむをかくまっても文句を言うような輩はいない。
「……れいむっ!! れいむっ!!!」
「ゆ……く、り……」
「とかいはだわっ! はやくありすのおうちにきなさいっ! ごはんさんくらいなら、むーしゃむーしゃさせてあげてもいいの
よっ?! なにかってにえいえんにゆっくりしようとしてるの?! ばかなの? しぬのっ?! し、しなせたりなんかしない
んだからっ!!!!」
矢継ぎ早に激励しているのか罵倒しているのかよく分からない口調でまくし立てる。ありすはべそべそ泣いていた。母れいむ
の目から涙がこぼれる。自分のために泣いてくれる相手がいるということがどれほど嬉しくて幸せなことか。視界の中にありす
を入れたことで安心したのか、母れいむはそのまま深い眠りに落ちてしまった。ありすは気を失ったかのように眠り続ける母れ
いむを自分の巣穴まで運ぶと、頬をすり寄せたりぺーろぺーろと舐めたりしながら看病をした。母れいむが目覚めた後、すぐに
食事を与えることができるように葉っぱの上に芋虫やキノコを並べていく。ありすにとって母れいむは幼馴染だ。他者と付き合
うことが苦手なありすが心を許せる数少ない存在。
「ゆ……ゆ……ゆ……」
苦しそうにうめき声をあげる母れいむ。うなされているのだろう。ありすは何とかしてその苦しみから母れいむを救ってあげ
たいと願ったが、夢の中にまで手を差し伸べてあげることはできない。巣穴の中。母れいむの隣。冷や汗をかきながら辛そうに
眠る母れいむを見ていることしかできなかった。
母れいむが目覚めたとき、すぐ傍にありすがいた。泣き疲れて眠ってしまったのか寝息を立てている。ありすの巣穴は入り口
からの距離が比較的短い。月明かりが母れいむの周囲を照らしていた。葉っぱの上に置かれた芋虫やキノコ。ありすが用意して
くれたのだろう。母れいむはそれに口をつける気にはなれなかった。不意にこれまで少ない食事を我慢して自分を気遣っていた
赤れいむのことを思い出したからだ。
「ちびちゃん……きづいてあげられなくて、ごめんね……」
「れいむ……?」
母れいむのつぶやきにありすが目を覚ました。ぐいっと顔を近づける。虚ろな眼差しでありすを見つめる母れいむ。ありすが
安堵の表情を浮かべた。疲れ切ってはいるが、母れいむの瞳はまだ生きている。それが嬉しくてまた泣きそうになってしまうが、
それよりも先に言っておきたいことがある。
「れいむ。 ちびちゃんをりーだーにあずけた、っていうのはほんとうなのかしら……?」
「ほんとうだよ……」
「そう……」
「……ありも、れいむのことをゆっくりできないゆっくりだっていいたいんでしょ……?」
「ち、ちが……」
「れいむだって! ちびちゃんといっしょにゆっくりしたいよ!! でももうごはんさんをちびちゃんのぶんまであつめられな
いんだよっ!! せっかくあつめたごはんさんもほかのゆっくりにむーしゃむーしゃされてなくなっちゃったよ!!! それな
のに、ぜんぶれいむがわるいの?! どうして? どうしてれいむばっかりがこんなめにあわないといけないのっ?!!」
「れいむ! おねがいだからおちついて!!!」
「ゆあああああん!! もうやだ!!! れいむも、ちびちゃんも、えいえんにゆっくりしちゃえばいいんだあああ!!!!」
鋭い音が巣穴の中に響いた。母れいむが自分の身に何が起こったのかを理解するのに一瞬のタイムラグが生じる。頬と後頭部
に鈍い痛みが感じられた。ゆっくりと視線をありすに向ける。ありすは震えながら、泣きながら、母れいむのことを睨みつけて
いた。母れいむの顔が青ざめていく。違うのだ。ありすにこんな事を言うつもりはなかった。
「どおしてそんなこというのっ?!」
言葉を失う。ありすの問いかけに対して何も答えることができない。巣穴の中を静寂が包んだ。
「れいむ。 あなたにはきこえないのかしら?」
「……ゆ?」
母れいむが意識を巣穴の外に向ける。静まりかえった森の向こう側。乾いた空気に乗って微かに何かが聞こえてくる。母れい
むが巣穴の外に這い出た。夜の風が頬を撫でる。
……ゆー、ゆー……ゆぅ……♪
歌声だった。忘れるわけもない透き通った声と聞き慣れたメロディ。この歌を歌っているのは赤れいむだ。リーダーまりさの
巣穴からここまでどれほどの距離があったであろうか。巣穴の外で歌い続けているのかも知れない。まるで、自分の傍から離れ
てしまった母れいむに歌で呼びかけているかのように感じた。人間には決して理解することのできないゆっくりのお歌。しかし、
ゆっくりはその歌詞を理解することができる。冷たい草むらに突っ伏し母れいむは声も出さずに泣き続けた。
「れいむ。 おねがいだからもうあんなこといわないで。 あなたがいなくなったら、ありすもちびちゃんも……りーだーだっ
てかなしむわ……。 あなたをわるくいうゆっくりもたくさんいるけれど、あなたのことをだいすきなゆっくりもいるっていう
ことを……ゆっくりりかいしてね?」
「ゆぐ……ぅ、ゆぇぇ……ゆ……く、り……りかい……したよ……」
ありすは少しだけ口元を緩めると母れいむの頬にすーりすーりをした。
(れいむのちびちゃん……あなたのきもちは、きっとおかあさんにとどいているわ)
次の日も。そのまた次の日も。赤れいむのお歌が聞こえてきた。
ありすづてに聞いた話によると、赤れいむがお歌の練習をしたいと言い出してぱちゅりー監督のもと巣穴のすぐ近くで歌い続
けているらしい。最近では赤れいむの歌声を聴くために姿は見せないものの群れのゆっくりがやって来ているそうだ。そのお歌
は、赤れいむから母れいむへ送るこの世に一曲しかないお歌だった。群れのゆっくりたちもまた、ゆっくりの子である。今はも
う永遠にゆっくりしてしまった母親ゆっくりへの思いを馳せてしまうのか、涙するゆっくりが多いと聞く。
真冬になっても赤れいむは歌い続けた。今頃は成長して子ゆっくりぐらいの大きさになっているかも知れない。そんな久しく
会わない愛しの我が子の姿を瞼の裏に浮かべては小さくすすり泣く日々。この地域は冬と言っても昼の間はそれなりに気温が高
くなる。おかげでこのわずかな時間を狙って狩りに出れば、効率は悪いものの一日を何とか生きていくぐらいの食料を集めるこ
とはできた。
赤れいむはお歌を歌い続けることで群れのゆっくりたちにその存在を認められつつあった。
毎日、毎日、歌い続けた結果であろう。少しずつ認識が変わっていったのだ。いや、赤れいむ自らが変えていったと言うほう
が正しいのかも知れない。自分の力で道を切り開いていこうとする赤れいむに応えるかのように、母れいむもまた一匹だけで冬
を越すことを望んだ。ありすに冬の間だけでも一緒に暮らしてはどうかと誘われたが断った。事情を聞いたありすは少しだけ悲
しそうな顔をして嬉しそうに「れいむはとかいはなゆっくりだわ!」と言ってくれた。
母れいむ。赤れいむ。ありす。リーダーまりさ。ぱちゅりー。
それぞれの思いを乗せて季節は少しずつ巡っていく。春の足音が聞こえてくるようになっても、赤れいむはお歌を歌い続けて
いた。暖かくなってきたある日。母れいむの巣穴の前に芋虫や木の実、草やキノコが置いてあった。ころころと笑いながらあり
すが説明をする。この食べ物は群れのゆっくりたちが置いていったらしい。母れいむは本当にうっすらと笑みを浮かべた。
(……ちびちゃんの、おかげだね……)
助けなければならない。自分の命に替えてでも。そんなことを思いながら赤れいむと過ごしてきたつもりだったが、助けられ
たのは自分のほうだった。群れのゆっくりの心にも届いたのだろう。赤れいむが母れいむを想う気持ちの深さや、強い絆を。母
れいむが一匹だけで冬を越そうとしてる話もまた、リーダーまりさたちの周りにまで届いていた。
(ちびちゃん……)
(おかあさん……)
((ゆっくり……あいたいよ))
やがて……森に春が訪れた。
五、
ある日、母れいむの巣穴にぱちゅりーがやってきた。相変わらず母れいむの結界は見破られているようだ。
「れいむ……はるさんがきたら、おはなみをするっていうはなしをおぼえているかしら?」
「ゆっくりおぼえてるよ」
「もう、さくらがさいているわ……ちかいうちにおはなみをしようとおもうのだけれど、そのときあずかっていたちびちゃんを
れいむにかえすわね」
「ゆっくり……りかいしたよ」
「むきゅ……もしかして、こわいのかしら?」
「…………」
「だいじょうぶよ。 ちびちゃんはれいむのことをおこったりなんてしてないわ。 はやくおかあさんにあいたい、ってそれば
っかりよ」
「ゆぁ……」
「むきゅきゅ……ぱちゅもちびちゃんがいたら、れいむのきもちがわかるようになるかもしれないけれど……」
ぱちゅりーは元飼いゆっくりだ。ペットショップで避妊と去勢を行われているため、赤ちゃんを作ることはできない。ぱちゅ
りーは母れいむに向かって「あなたはしあわせなゆっくりだわ」と言っていた。赤れいむにあんなにも愛されて。赤れいむをこ
んなにも愛することができて、幸せだと。どんなに離れていてもお互いに親子として生きていけることが羨ましくて仕方がない
と。
ゆっくりに暦の概念はないが四月に入った。桜の花が咲き乱れている。母れいむはそれをぼんやりと眺めて「あれがぱちゅり
ーのいっていたさくらかな」などと想いを巡らせていた。風が吹くと桜の花びらが宙を舞う。
「ゆっくり……きれいだよ」
リーダーまりさが母れいむの巣穴にやってきた。今日は兼ねてから計画のあった花見の日だ。花見をする予定の場所は比較的
母れいむの巣穴の近くにあったため、先にやってきたリーダーまりさが迎えにきたのだ。母れいむは、まるでマリッジブルーの
花嫁のような面持ちで巣穴の外に出た。春の陽気が母れいむを包む。
「れいむ……ほんとうによくがんばったのぜ」
「……ちびちゃんのほうが、もっとがんばっていたよ」
「それじゃあ、ふたりともがんばっていたのぜ!」
嬉しそうに笑うリーダーまりさにつられて笑ってしまう。一呼吸置いてから、言葉を返す。
「ゆっくり……ありがとう」
連なってぴょんぴょんと飛び跳ねる二匹。花見の会場にはまだ一匹のゆっくりもたどり着いてはいなかった。原っぱの真ん中
で立ち止まった母れいむとリーダーまりさは、澄み切った青空を見上げていた。リーダーまりさが呟く。
「れいむ……いままでつらいおもいをさせてごめんなさいなのぜ……」
「……りーだーはわるくないよ」
「むれのみんなをゆっくりさせてあげるために、りーだーになったのに……まりさひとりじゃなにもできなかったよ……。だか
ら……ゆっくりごめんなさいするのぜ」
少し背の高い草が風に揺られて二匹の頬をくすぐる。春が二匹に「もっと笑って」と言っているように聞こえた。しばらくし
て、ぽつりぽつりと群れのゆっくりが森の中から出てきた。どのゆっくりも幸せそうな顔をしている。長く辛い冬を乗り越えた
喜びをわかち合っているかのようだ。母れいむは思わず目を背けてしまう。リーダーまりさが力強い声で、
「れいむ。 どうどうとしているのぜ」
「で……でも……」
微かに震える。リーダーまりさが頬を押しつけてそれを阻む。
「ゆわぁ……とってもきれいだね……!」
数匹のゆっくりがはしゃぎながら二匹の元へとやってくる。去年の春も桜を見ていたゆっくりはいたが、今年の桜は格別美し
く見えた。きっとぱちゅりーから色々な話を聞かされていたからだろう。少し離れた位置からありすもぴょんぴょんと跳ねてく
る。リーダーまりさの指導の賜か群れのゆっくりは全員越冬に成功していた。群れの規模が大きすぎないことも要因の一つとし
て挙げられるかも知れない。何ヶ月ぶりかに再会した群れの仲間たちは思い思いにゆっくりしていた。久しぶりに動かした体を
伸ばしてみたり、日差しで暖められた草の上をころころと転がったり。幸せなゆっくりぷれいす、ここにありと言わんばかりの
光景が目の前に広がっている。花見のために群れのゆっくりたちが持ってきたのは越冬時の残りや、ここ数日で集めてきたたく
さんの食料。花見の席でミミズを見つけたゆっくりはそれを食べるのに夢中になっていた。
「むきゅ……」
「…………!!」
母れいむの視界の中央。運動は得意でないぱちゅりーがゆっくりとこちらに向かって這ってくる。そのすぐ横。バレーボール
ぐらいの大きさに成長した子ゆっくり。まだ成体と呼べるサイズにまでは達していない。
ぼろぼろと涙が溢れてくる。群れのゆっくりたちも無意識のうちに母れいむとぱちゅりーの間に道を空けていく。まるでヴァ
ージンロードだ。その道の真ん中。自分の元へと向かってくる子れいむ。体が大きくなっても、あの頃のままだ。ずりずり、ず
りずり。あんよを這わせて少しずつ進む。母れいむとの距離が縮まっていく。やがて、子れいむがぴたりとあんよを止めた。
「おかあ……さん?」
舌足らずな口調が抜けた子れいむが口を開く。泣きたくなるのを必死に堪えていた。ぱちゅりーがれいむ親子ににっこりと微
笑んだ。
「ちびちゃん。 おかあさんは、あなたのめのまえにいるわ」
「おかあさん……! おかあさん……っ!! ゆぁ……ゆぅ……っ!!!」
「ち……ちびちゃ……」
言い終えるか終えないかのうちに母れいむが飛び出す。群れのゆっくりたちはその様子を固唾を飲んで見守っていた。ありす
は目にうっすらと涙を浮かべていた。リーダーまりさは穏やかな笑みを浮かべていた。ぱちゅりーは三カ月近く一緒にいたちび
ちゃんが母れいむの元に帰って少し寂しそうだが、嬉しそうだった。
「おかあさん!!! おかあさん!!! れいむはれいむだよっ!!! ゆっくりしていってねっ!!!!」
「ちびちゃん!! ちびちゃんっ!!!!」
「おかあさん……っ!! れいむ……さびしかったよぅ……っ!!! ゆーん……ゆーん……っ!!!」
子れいむの涙がぼろぼろと頬を伝う。それをぺーろぺーろと舐め取りながら頬をすり寄せる母れいむ。子れいむの涙は懐かし
い味がした。本当は群れのゆっくりたちも二匹の再会を祝福してあげたいところだったが、これまで自分たちが行ってきた仕打
ちを思うと素直に駆け寄ることができない。しかし、れいむ親子にとってそんなことはどうでもよかった。長い長いすーりすー
り。冬の間中行うことができなかったすーりすーりをただひたすらに繰り返す。二匹の表情はとてもゆっくりしていた。
だが。
「ゆゆっ?! にんげんさんっ!! ここはまりさたちのゆっくりぷれぶりゅびゅあっ!!!!!!」
突然の悲鳴に全てのゆっくりが一斉に振り返る。
「……ゆ? ……ゆゆ?」
一匹のまりさが潰されて死んでいた。そこから視線を少し上にずらすと十数人の人間たちが見える。
「事前調査の報告書よりも多くないか?」
「野生ゆっくりの一斉駆除なら業者に任せて欲しいもんだぜ……」
「業者は手が回らないんだろ。 町の中心部の野良ゆっくり狩りで忙しいだろうからな」
ぱちゅりーが青ざめた表情を浮かべる。リーダーまりさも危険を感じ取っていた。人間たちは市役所の職員である。手にはバ
インダーが握られていた。それに挟まれた紙には“桜祭り計画案”との文字が見える。人間たちはこの場所で夜桜を見ながらの
祭りを計画していたのだ。冬の間に計画が固まり、何度か現地に足を運んでいた。まだ群れが本格的に越冬を始める前の話であ
る。ゆっくりの群れが付近に棲息していることは調べられていた。
「みんなっ! ゆっくりしないでにげるのぜっ!!!!」
リーダーまりさが声をかけたときにはもう遅かった。数人の男たちが一斉に動きだして巨大なグリーンネットの中にゆっくり
たちを閉じ込めたのだ。網のそこかしこから、自由を奪われたゆっくりたちの泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
「ゆあああっ!!! やめてねっ!! やめんぎゅびゅぇっ!!!!!!」
そこから一匹一匹丁寧に潰されていく。パニックに陥ったゆっくりたちにこの網から逃れる術はなかった。そんな阿鼻叫喚の
地獄絵図の片隅でれいむ親子はがたがた震えていた。目の見えない子れいむはぴったりと母れいむに寄り添って離れない。次々
と潰されていく群れのゆっくりたちを見て、リーダーまりさとぱちゅりーはおぼろげながらに理解した。もう、この群れは終わ
りだ、助からない……と。
「おかあさん……? どうしたの……? ゆっくりできない……?」
「だいじょうぶだよっ!! ちびちゃんっ!!! おかあさんがそばにいるからねっ!!!」
震える子れいむに力強く頬を押し当てて誰へ向けるともなく頬に空気を溜める。既に群れの三分の一ほどのゆっくりが潰され
ていた。リーダーまりさが叫ぶ。
「にんげんさあああんっ!!! まりさが、このゆっくりたちのりーだーなのぜぇぇぇぇぇ!!! まりさたちはここでおはな
みをしようとしていただけなんだぜぇぇぇぇぇぇッ!!!!」
「こりゃ驚いた。 もともとこの辺にお菓子かなんかをばらまいて集まったところを一網打尽にする計画だったが、お前らの方
から集まってきてくれるとはな。 それはともかくゆっくり如きが花見だとは笑わせる。 お前らなんかに見せる桜なんてねー
よ。 一生穴ん中で暮らしてろ」
「どぼじでぞんなごどい゛う゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛っ??!!!」
複数のゆっくりたちが人間のもの言いに叫び声を上げるが片っぱしから潰されていく。ゆっくりたちの話を聞くつもりはなさ
そうだ。当然だろう。桜祭りの最中に屋台の匂いにつられてふらふらと入り込んでもらっては困る。さすがに会場の中で駆除を
行うわけにはいかない。あくまで、桜祭り当日までに群れを殲滅させる必要があるのだ。また、それが市長からの指示であった。
「あぁ……まりさの……むれが……。 ゆっくりぷれいすが…………っ!!!」
泣き続けるリーダーまりさの前に人間が立ちはだかる。がたがたと震えているリーダーまりさの後ろから優しいメロディが聞
こえてきた。
「ゆ?」
「何だ……?」
ゆー……ゆぅゆーーーゆぅ……ゆうゆゆゆうぅ~~♪
「ちびちゃん……?」
母れいむの隣で、子れいむがお歌を歌い始めた。目が見えていないので群れがどういう状況にあるかを分かっていないのだろ
うか。そんなことはないはずだ。潰されて泣き叫ぶゆっくりたちの悲鳴は聞こえているはずである。
「むきゅっ……ちびちゃん……もしかして……」
ぱちゅりーが呟く。子れいむは自分のお歌を聴いてもらって人間たちにゆっくりしてもらおうと考えていたのかも知れない。
あるいは、既に死を悟り、お歌に込めたメッセージを母れいむに伝えようとしているのだろうか。
「あっははははは!!!! なんだそりゃっ!! これがゆっくりのお歌ってやつかっ! 想像以上に酷いな!!! こんな雑
音聴きながら食べ物食い散らかすのがお前らの花見かっ!!! これだから、ゆっくりってやつは!」
人間たちの言葉は難しくてゆっくりたちにはよく分からない。だけれども、子れいむのお歌を馬鹿にされていることだけは理
解できた。それが悔しくて仕方がない。ゲラゲラと笑い続ける人間たちの雑音で子れいむのお歌がよく聴こえないのも癇に障る。
「ちびちゃんのおうたをばかにするななのぜええええええ!!!!!!!」
リーダーまりさの叫びを号令に群れのゆっくりたちが一斉に反撃を試みた。それでも形勢が逆転するようなことはない。次々
と餡子を飛び散らしていくゆっくりたち。叩き潰され、踏み潰され、ただの一匹たりとも人間に一矢報いることはできなかった。
一番槍を買ってでたリーダーまりさも潰されていた。幼馴染のありすはどこにいるか分からないが既に潰されていることだろう。
半数が壊滅してしまった群れのゆっくりたち。絶叫が響く地獄の中で、子れいむはお歌を歌い続けていた。その傍らでぱちゅ
りーが泣き崩れている。嗚咽混じりの涙声で、
「ぱちゅが……ぱちゅが、おはなみのはなしなんてしたから……っ!!!」
人間がれいむ親子の前に現れた。母れいむは泣きながら威嚇をしている。姿形は違えど、目の前にいるのはかつて最愛のまり
さと子れいむの姉妹を永遠にゆっくりさせて、子れいむから永遠に光を奪った憎き人間。
「ちびちゃんにはゆびいっぼ――――ッ??!!!!!!」
飛びかかろうとした母れいむの脳天に先の尖ったスコップが振り下ろされ、真っ二つに顔がちぎれ飛ぶ。あまりにも一瞬ので
きごとであった。いつのまにか生き残ったゆっくりたちは人間に包囲され、徐々にその数が減っていく。母れいむはぶるぶると
震えながら子れいむの元に這い寄ろうとする。
「ち……びちゃ…………」
切れ切れに呼吸をしてた母れいむも、剣スコで何度も顔を突き刺されてようやく物言わぬ饅頭となった。既にぱちゅりーも殺
されていた。お歌を歌い続ける子れいむに男たちが近寄る。それでも臆することなくお歌を歌い続ける子れいむを見て人間たち
が気付いた。このゆっくりは目が見えないのだと。だから、どうだというわけでもなく、ひと思いにスコップを振り下ろす。
子れいむは顔の形を崩されて中身を爆散させる最後の一瞬まで、お歌を歌い続けていた。
――お母さん、いつもれいむの傍にいてくれてありがとう。
――ごめんね。 れいむはお母さんのお顔を思い出せないよ。 ゆっくりできないゆっくりて言われるのも仕方がないね。
――でも、お母さんのお顔を想像することはできるよ!
――れいむが苛められて泣いてるときに柔らかいほっぺたで、すーりすーりしてくれたよね?
――れいむの流した涙を温かい舌でぺーろぺーろしてくれたよね?
――れいむが寒いってわがまま言ったときは髪の毛の中に入れてくれたよね?
――おうちの中でもお外でも、お母さんはずっとれいむに笑いかけてくれてたんだよね?
――お友達は一人もいなかったけど、お母さんがいてくれたから……ちっとも寂しくなんてなかったよ!
――ねぇ、どうして?
――どうしてお母さんはれいむを捨てようとしなかったの?
――お母さん一人だったら群れのみんなだって仲良くしてくれたと思うよ。
――それでもれいむはお母さんと一緒にいたかったら、“捨てないで”なんて言っちゃったよ。
――わがままなれいむを許してね?
――お母さん。
――れいむのことを好きでいてくれてありがとう。
――れいむはおめめが見えないから、お母さんが永遠にゆっくりしちゃったら生きていけないね。
――だからそのときは、れいむもお母さんと一緒に永遠にゆっくりするよ。
――こんなことを言ったら怒られるかな?
――お母さん。
――れいむの優しいお母さん。
――れいむを一人で育ててくれた強いお母さん。
――ゆっくりしていってね……!!!
――お母さん……大好きだよ。
第一回の桜祭りは地元住民の協力もあって大いに盛り上がり、大成功を収めた。その日は夜遅くまで音響設備を使ったカラオ
ケ大会や催し物が行われた。発電機の凄まじい音を掻き消すかのように楽しそうにはしゃぐ来場者。飲み、食い、歌い、踊り。
思い思いに花見を楽しんでいた。
その翌朝。
桜祭りの会場に投げ散らかされた数多のゴミを回収する地元住民たちはそれぞれ悪態をついていた。
「まったく……。 昨日はカラオケがうるさくて夜も眠れんかったわい……食べ散らかすだけ食べ散らかしておいて、ろくに片
付けもしやせん……。 これだから最近の連中は……」
おわり
日常おこりうるゆっくりたちの悲劇をこよなく愛する余白あきでした。
序、
「ゆゆっ!! ゆっくりできないゆっくりがいるのぜっ!!」
まりさの声を皮きりに数匹のゆっくりが集まってくる。その数は五匹程度のものだったが中央ですすり泣くゆっくりの体の大
きさとは比較にならず、その威圧感たるやまるで襲いかかってくる壁のようにも感じる。
「やめちぇにぇっ!! やめちぇにぇっ!!! こっちこにゃいでにぇっ!!!」
コロシアムの中央で怯える死刑囚のようにキョロキョロと辺りを見回しながら涙声を上げるのは、ピンポン玉サイズよりも少
し大きくなったくらいの赤ちゃんゆっくり。ボロボロの赤いリボンに泥で汚れた顔。赤れいむは警戒しながら同じ場所をくるく
ると回転していた。
「おめめがみえないなんて、ぜんぜんゆっくりできてないのぜ!!」
「おお、あわれあわれ」
赤れいむは盲目だった。人間社会であればそれを理由に迫害するなど言語道断であるが、ゆっくりの社会ではありふれた日常
のワンシーンだ。
「やめちぇよぉぉぉ!! いちゃいことしにゃいでぇぇぇ!!!」
草の中に身をうずめてぷるぷると震える赤れいむのリボンをまりさが咥えて持ち上げる。
「ゆんやああああああ!!!!!」
あんよを右に左にくねらせ抵抗するも、まりさの捕縛から逃れることはできない。まりさは赤れいむのリボンを咥えたまま、
「ゆっくりできないゆっくりは……っ!」
「やめちぇえぇぇぇぇぇ!!!!」
「ゆっくりしねっ!!!」
唐突に叫んで赤れいむを草むらに叩きつける。これが都会だったら赤れいむはコンクリートに叩きつけられて致命傷を負うか、
最悪の場合即死していたとしても不思議ではない。
「いちゃいよぉぉぉぉぉ!!!」
柔らかい草むらの上で赤れいむが転がりながら泣き叫ぶ。見た目よりも赤れいむのダメージは大きなものではない。痛いのは
体ではなく心のほうだ。
まだまだ小さな赤れいむに理不尽な暴力を振るうのは事もあろうに群れの成体ゆっくりたちである。飾りを失ったゆっくり。
体になんらかの障害を負ったゆっくり。そういう状況下に置かれてしまったゆっくりは例外なく他のゆっくりから迫害を受ける。
「やめてねっ!! やめてねっ!!! れいむのかわいいちびちゃんをいじめないでねっ!!!」
盲目の子れいむが自身を唯一守ってくれる存在である、母れいむの声を聞きつけて大声で泣き出す。
「おきゃああああしゃああああああん!!!」
「ゆっくりやめてねっ!! ちびちゃんがいやがってるよっ!!! ぷっくうぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
我が子の痛々しいまでの声に怒りを露わにする母れいむ。一対五であるにも関わらず、母れいむに飛びかかろうとするゆっく
りは一匹もいない。母れいむを恐れているわけではなく、“同じゆっくり”に対して攻撃を仕掛けようとするのを躊躇している
だけだ。
「れいむ! そんなゆっくりできないちびちゃんはさっさとすてて、まりさたちといっしょにゆっくりくらすのぜ!!」
捨て台詞を吐き、連れだって森の奥へと跳ねていく五匹のゆっくり。母れいむはその後ろ姿が視界から消えるのを確認したの
ち、すぐさま赤れいむの元へと駆け寄って頬を舐めてやる。
「ちびちゃん! ぺーろぺーろ……」
「ゆーん……ゆーん……」
「ちびちゃん、もうだいじょうぶだよ! ちびちゃんをいじめるわるいゆっくりは、おかあさんがおいはらったよ」
安心させようと母れいむが声をかけるが赤れいむはなかなか泣き止まない。おろおろとし始める母れいむのいる方向に向かっ
て赤れいむが口を開いた。
「おきゃ……しゃん……っ!!!」
「なぁに? ちびちゃん。 こわかったんだね? でも、もうあんしんしていいよっ!!」
「れーみゅを……しゅてにゃいで……」
「…………っ!!」
捨てるわけがない。こんなに可愛くて優しい愛する我が子を捨てたりするものか。母れいむはそれを言葉でなく心で伝えよう
と赤れいむに対して力強く頬をすり寄せた。
その少し荒っぽくも温かい母れいむのすーりすーりに赤れいむがようやく涙を止める。まだ、ぐずってはいるものの落ち着い
てきたようだ。
「ゆぐっ……ひっく……ゆぇ……」
「ごめんねっ! ごめんねっ! ずっとちびちゃんのそばにいてあげなかった、おかあさんがわるいよ!」
「ゆぅ……れーみゅ……ゆっくち……、ゆっくちしちゃいだけにゃのにぃ……」
先刻の叫び声よりも、その言葉は母れいむの心の奥を深く抉った。
母れいむは赤れいむを器用に頭の上に乗せると、ずりずりとあんよを這わせて森の入り口付近にある巣穴へと向かって行った。
その道中においても森のあちらこちらから他のゆっくりの視線を感じる。赤れいむもそういったものには敏感なのか、身をすく
ませている。
(おめめのみえないちびちゃんは、ゆっくりできないよ)
(あんなのがむれにいるなんて、ぜんぜんゆっくりしてないのぜ)
(とかいはなありすに、いなかものがうつってしまうわ)
(むきゅきゅ……はやくむれからでていけばいいのに……)
ゆっくり界の差別は激しい。蔑まれる対象に対して感情を露骨にぶつけるため、人間のそれよりもタチが悪い。
このゆっくりの行動理由には諸説ある。“単に弱いものいじめが好き”とされる説などがそれに当たるが詳しいことは分かっ
ていない。一説には“群れの秩序と安寧を守るための本能による行動”とするものもあるが、お世辞にもゆっくりがそれほど高
尚な思考を持って動いているとは到底思えない。
そう。到底、思えない。
一、
早朝。
まだ群れのゆっくりがどれ一匹たりとも起きていない森の中、白い息をぽつぽつと吐きながら土の上を這う母れいむの姿があ
った。母れいむは余程のことがない限り跳ね回ったりしない。
ゆっくりにとって跳ねるという行為は体内の餡子を多く消費してしまう。そうなれば集める食料を増やさなければならない。
母れいむは効率よく狩りを行うことができなかった。まりさ種は帽子の中に食料を入れることができるし、ありす種は器用な舌
先で草を編んだ籠を作ったりする。ぱちゅりー種は他のゆっくりが知らないような食べ物を選定することができた。
しかし、れいむ種にそう言った類のスキルは皆無である。弁護するならば、れいむ種は“けっかいっ!”と呼ばれる巣穴のカ
ムフラージュを得意とするがその力が発揮されるのはパートナーがいてこそである。
母れいむには、まりさ種のつがいがいた。そのまりさは人間によって面白半分で痛めつけられ最後には殺されてしまった。そ
れはつい一週間前の出来事である。その時、まだ赤れいむは母れいむの頭から伸びる茎にぶら下がってゆらゆらと揺れていた。
母れいむ、母まりさの両者ともがこれから産まれてくる数匹の赤ちゃんゆっくりと一緒に幸せに暮らす日々を夢見ていた。
そんな儚い夢は本当に一瞬で消えてなくなってしまったのだ。
つがいであるまりさを殺され、茎に実った赤ゆは次々に潰されていった。人間たちは笑っていた。目の前で赤ちゃんを潰され
泣き叫ぶ母れいむを見て。転げ回るぐらいに笑っていたのだ。最後に残った赤れいむはシャーペンの先端を両目に刺されて放置
された。
小学生たちのストレス発散がゆっくりに向けられるような時代である。わざわざ森の中に入ってきてまで野生のゆっくりを潰
して遊ぼうとするのだ。恐ろしい世の中である。
赤れいむの目は生まれながらに見えなかったわけではない。それならば不謹慎ではあるが諦めがついた。何一つとして落ち度
がないにも関わらず奪われた我が子の光を思うと、怒りや悔しさを通り越してただ涙だけが溢れてくる。
「ゆっくり……ごはんさんをあつめるよ……!」
不器用な母れいむが見よう見まねで編んだ草の籠はボロボロである。何度やっても失敗ばかりでようやくそれらしく編むこと
ができた籠も、籠と呼ぶにはおこがましいような酷い出来栄えのものばかりであった。
季節は晩秋。
来るべき冬に向けて越冬のための食料を少しでも多く集めなければならないこの状況下で、母れいむの抱えたビハインドはあ
まりにも大きく心のどこかでは既に諦めかけてさえいる自分もいた。僅か一週間足らずで激変してしまった生活に慣れるには、
母れいむにとってあまりにも大きな難題だったのである。加えてゆっくりにそれほどの順応性などない。
「れいむ……」
不意に後ろから話しかけられた母れいむがびくん、と体全体を震わせながら恐る恐る振り返る。そこには金髪に赤いカチュー
シャをつけた成体のゆっくり―――ありすがいた。母れいむとありすは幼馴染である。あの忌まわしい事件以来、こうして会う
のは初めてだ。
「ありす……」
「れいむ! これをつかっても……いいのよ?」
ありすの上から目線はいつものことだ。幼いころからありすがそういう性格だったことを知っている母れいむは、そんなあり
すのもの言いに対して腹を立てたりしない。それどころか幼馴染の自分に対する気遣いに心の奥がじんと熱くなるのを感じた。
目の前に置かれた草で編まれた籠は、隙間なく編み込まれている。口で咥えるための取っ手までついていた。
「ふ……ふんっ! そんないなかものな“かごさん”じゃ、あつめられるごはんさんもあつめられないわ!」
普段ならここでそっぽを向いて走り去っていくありすだが、母れいむを見つめたままだ。母れいむがぽろぽろと涙をこぼす。
ありすは泣いていた。母れいむのまりさを失った悲しみを汲んで泣いているのだ。
「ありす……っ!! ありすぅぅぅ!!!!」
「このいなかものっ! れいむがないてばかりいたら、ちびちゃんがかわいそうよ!」
頬をすり寄せながら涙を流す二匹。聞けば、ありすは母れいむのことをずっと心配していたらしい。群れのゆっくりから迫害
を受けていたことも知っていた。なんとか助けてあげたかったが、他のゆっくりにいじめられるのが怖くてあんよが動かなかっ
たそうだ。“――――ありすは、とかいはじゃないわね……”と言葉を結び、少しだけ苦笑してみせた。それから一言だけ謝る。
母れいむもありすも、群れがどういう組織でゆっくりがどういう生き物かは十分に理解している。二匹とも、自分と深い間柄
にないゆっくりが群れから迫害されていたら、傍観者に徹していたか一緒になって差別をしていたかも知れない。それを分かっ
ているからこそ、母れいむは群れのゆっくりたちに何も言うことができないのだ。
「ありす……ゆっくりありがとう。 でも、はやくおうちにかえったほうがいいよっ」
言葉の意味するところはありすにも理解できた。二匹のやり取りを見ているゆっくりがいれば、ありすまで差別の対象とみな
されてしまう危険がある。
「れいむ……! こまったことがあればいつでもいいなさいっ!」
そう言ってぴょんぴょんと跳ねて去っていくありすの後姿を見て、母れいむはまた一筋涙をこぼした。
巣穴に戻ってきた母れいむの視界にまだ眠っている赤れいむの愛らしい寝顔が映る。“ゆぴぃ……ゆぴぃ……”と寝息を立て
るその様子は障害なんてどこにもないかのように思えてしまう。母れいむは赤れいむを起こさないようにゆっくりゆっくり巣穴
の中を這って、集めてきた食料を奥に敷いてあった葉っぱの上に並べていった。
芋虫や花、木の実などが備蓄されていく。しかし、冬を越すには到底足りるような量ではない。母れいむと赤れいむの二匹だ
けとは言え突き付けられた現実はあまりにも厳しいものであった。
(ゆっくり……どうしよう……)
ありすの編んでくれた籠は少し大きめに作ってあった。これで食料集めの効率も少しは上がるだろう。それでも冷たい北風は
冬の足音がもうすぐそこまで来つつあることを告げている。時間的に間に合わない可能性が高いのだ。母れいむが溜め息をつく。
「ゆ……くち……」
赤れいむがもぞもぞと動きだす。瞼を開くと灰白色の瞳が現れた。その目に光は届いていないのだろう。赤れいむは体を一瞬
だけぶるっ、と震わせると、
「ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!」
元気よく朝の挨拶をした。
「ゆっくりしていってね!!!」
それに応える母れいむ。
「にょーびにょーびしゅりゅよっ!」
そう言ってゆんゆんと体を伸ばし始める。同じ姿勢のままでいると体内の餡子と皮が固まってしまい、動きづらくなってしま
う。のーびのーびはそうならないように体を伸縮させて中身を流動させるための、朝の体操のようなものだ。
「ちびちゃん、あさごはんさんをいっしょにむーしゃむーしゃしようね!」
「ゆっくち~~~~♪」
母れいむが赤れいむの頬に自分の揉み上げを当てる。“こっちだよ”という合図だ。ずりずりと懸命に這いながら母れいむの
元へとやってくる。赤れいむの顔に小さな芋虫が触れた。舌を出して器用に芋虫を口に運ぶ。
「むーちゃ、むーちゃ……しあわちぇぇぇ!!!」
屈託のない笑顔。母れいむはこの笑顔を見るためだけに必死で生きていた。せめてもの救いは赤れいむが少食であったことだ
ろう。暴飲暴食をしない赤れいむは育てやすいちびちゃんであった。
食事を終えた赤れいむに、母れいむがお歌を歌ってやる。赤れいむはその歌声に頬を緩ませ幸せな気分で満たされていった。
昨日は日向ぼっこをしに外に出たのがまずかったのだろう。母れいむもつい食料集めをしてしまった。反省の意を込めて、今日
は赤れいむとずっと一緒にいてあげるつもりだった。
「ゆゆ~ん♪ おきゃあしゃんのおうたしゃんは、ゆっくちできりゅにぇ」
「ゆゆっ……♪ ゆっくりうれしいよ……っ!!」
互いの頬を寄せ合い仲良く過ごす二匹の巣穴に来客者が訪れる。
「れいむ……はいってもいいかしら?」
突然の声に震えだす赤れいむ。母れいむも赤れいむの前に立ちはだかり警戒心を露わにする。入り口には“けっかいっ!”を
張っているはずである。並みのゆっくりであればそれを見破ることなどできないはずだ。母れいむの頬を冷や汗が伝った。
「むきゅぅ……なかなか、いいおうちね」
巣穴の中に入ってきたのはぱちゅりーだった。最近、群れにやってきたばかりの元・飼いゆっくりである。事情はよくわから
ないが飼い主に捨てられ森を彷徨っていたところ、この群れにたどり着いたらしい。人間と関わった時間が長かったのか、ぱち
ゅりーの知識は豊富で群れ中のゆっくりに歓迎された。虚勢を施されているため赤ちゃんを産むことはできないが、群れの参謀
としてリーダーまりさと共に暮らしている。
そんな本物の“森の賢者”であるぱちゅりーの前に母れいむの“けっかいっ!”は何の意味も成さなかったのだろう。
「むきゅっ。 ゆっくりしていってね」
「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!!」
穏やかな口調で挨拶をするぱちゅりーに親子ともどもお決まりの挨拶で応える。
「こんなところにおうちがあるなんて、ぜんぜんきづかなかったのぜ……」
そんな事を言いながら巣穴の奥に入ってくる別のゆっくりの這う音が聞こえてくる。母れいむが再び緊張した面持ちになる。
ぱちゅりーは笑って母れいむに“心配はいらない”と呟いた。
れいむ親子の巣穴に入ってきたのは群れを束ねるリーダーまりさだった。体格は並みの成体ゆっくりと変わらないが、群れの
ゆっくりを想う行動や姿勢が仲間の信頼を集め、数代に渡って受けつがれてきたゆっくりぷれいすの若きリーダーとなっている。
特に喧嘩が強いわけでもなく、“けっかいっ!”を見破るほどの洞察力もないが、みんなリーダーまりさの事が大好きだった。
「れいむ……ゆっくりごめんなさいなのぜ……」
母れいむの前に現れたリーダーまりさが俯きながら口を開く。母れいむには目の前のリーダーまりさが何を謝っているか皆目
見当がつかなかった。ぱちゅりーがリーダーまりさの横で説明を始める。
ありす同様、リーダーまりさもぱちゅりーもれいむ親子の不幸を知っていたこと。それにより、れいむ親子が群れから迫害を
受けていること。ここまでは先刻のありすの言葉とほぼ同じである。
「むきゅぅ……まりさとぱちゅのふたりで、なんとかしてむれのみんなにやめさせようとしたのだけれど……」
その場では頷いていても、れいむ親子への迫害がなくなることはなかったのだと言う。群れのリーダーと参謀は、その事を謝
罪するためにれいむ親子のおうちへとやってきたのだった。
「それで……れいむはどうなるの……?」
悪い予感を感じる。母れいむは自分が群れから出て行くように言われるのだと思っていた。自然に涙が溢れてくる。泣きじゃ
くる母れいむの元にリーダーまりさが跳ね寄る。
「れいむ! かんちがいするんじゃないのぜっ! れいむもそこのちびちゃんも、ぜったいにむれからおいだしたりしないのぜ!」
母れいむが涙を流しながらリーダーまりさに目を向ける。力強い視線が母れいむを捉えて離さない。
群れのリーダーとは言え思考が並みのゆっくりであれば、母れいむはすぐにでも群れを追放されていただろう。しかし、この
リーダーまりさは違った。群れの中にいる全員のゆっくりがゆっくりできるようなゆっくりぷれいすを目指しているのだ。当然、
その中には障害を負わされてしまった赤れいむも、それを一生懸命育てようとしている母れいむも含まれている。
「ゆっくち……できりゅ?」
不意に赤れいむが尋ねる。その質問に対してはぱちゅりーが答えた。
「むきゅん! かならず、ゆっくりさせてあげるわ!!」
その一言に表情を輝かせてその場でたむたむと小さく跳ね始める赤れいむ。
「ゆっくち! ゆっくち!!!」
嬉しそうにはしゃぐ赤れいむの頬を母れいむが泣きながらぺーろぺーろしてあげている。
リーダーまりさとぱちゅりーは、当面やがて訪れる冬に向けてれいむ親子の分の食料もなんとか集めてみると約束して巣穴を
出て行った。
「ありがとう……! ありがとう……っ!!!」
感謝の言葉はいくら口に出しても途絶えることはない。母れいむはあの日以来初めて“悔しい”とか“悲しい”以外の感情で
涙を流していた。
二、
ゆっくりぷれいすで最も広い場所。そこに群れ中のゆっくりたちが集められた。円を描くように待機しているゆっくりの数は
百には満たないものの、その数の多さを感じさせるには十分である。
「ゆ……ゆゆゆ……」
その中央でがたがた震えているのは母れいむ。どのゆっくりとも目を合わせないように視線を泳がせている。傍らにはリーダ
ーまりさが控えている。
「いったいなんなの……?」
「れいむをいじめているのがばれたのかしら……?」
「むのうなおやこを“せいっさいっ!”するのかもしれないわ……むきゃきゃ!」
ぼそぼそと小声で話をしているのが母れいむにまで届く。何を言っているのかはわからないが、自分たちのことを何か言われ
ているのは間違いないようだ。あんよが震える。
「みんなっ!! ゆっくりきくのぜっ!!!」
リーダーまりさが母れいむの一歩前に出て叫ぶように口を開いた。鶴の一声でそれまで口々に騒いでいたゆっくりたちが一斉
に静まり返る。
「ここにいるれいむは、いっしょにくらしていたまりさと……もうすぐうまれるはずだったちびちゃんを“にんげんさん”にこ
ろされたかわいそうなゆっくりなのぜ!!!!」
その事を知っているゆっくりもいたが、知らないゆっくりもいた。群れがざわつき始める。
「そんなれいむを……よってたかっていじめて……それでみんなはゆっくりできているのぜッ??!!!」
リーダーまりさが怒鳴りつけるように問いかけた後、反応を示さないゆっくりたちに向かってそのまま言葉をつなぐ。
「まりさには……みんなのほうがよっぽどゆっくりできていないようにみえるのぜ!!!!」
睨みつけるリーダーまりさの目は真剣そのものだ。どのゆっくりも下を向いたまま動かない。リーダーまりさの言葉は群れの
ゆっくりたちにとって重くのしかかる。リーダーまりさに全幅の信頼を寄せていればこそだ。一匹一匹がリーダーまりさの問い
かけに思考を巡らす。
リーダーまりさが深く呼吸をした。
「れいむのことをほかのゆっくりよりもだいじにあつかえとはいわないのぜ……」
その言葉に母れいむを含めた全てのゆっくりがリーダーまりさに視線を向ける。
「ただ……。 せめて、むれのなかまのゆっくりの、あんよをひっぱるようなまねだけは――――するななのぜ!!!!」
群れ中のゆっくりたちが目を閉じてリーダーまりさの叱責に怯える。母れいむはリーダーまりさに対しても、群れのゆっくり
たちに対しても申し訳ない気持ちでいっぱいだった。自分のせいでリーダーまりさを怒鳴らせてしまい、群れのゆっくりたちが
怒られてしまう。そう思いながらもどうすることもできない母れいむは唇を噛み締めて俯いているしかない。
「……まりさのはなしはおわりなのぜ。 みんな! もうすぐふゆさんがくるから、たべものをしっかりあつめて“えっとう”
にそなえるんだぜ!! ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりしていってね!!! ゆっくりりかいしたよ!!!」×87
ぴょんぴょんと散っていくゆっくりたち。
リーダーまりさの心配そうな表情は変わらない。その場の返事だけはいいのがゆっくりだ。自分も含めて群れの仲間もそうい
うものだということをリーダーまりさは理解している。
「まりさ……」
不安そうに母れいむが寄ってくる。リーダーまりさも軽率な返事は返さない。今回の一件がある程度の抑止力にはなるだろう。
しかし冬が終わり、やがて春が訪れた時にれいむ親子への迫害が完全に無くなっているかどうか、と問われれば答えはノーだ。
喉元過ぎれば何とやら。それが特に顕著なゆっくりであればなおさらの話である。
「れいむ……。 もしよければ、ちびちゃんをぱちゅりーにあずけるのぜ……?」
これからごく僅かな時間で越冬に備えた食料を蓄えねばならない。盲目の赤れいむの世話をしながらではその作業がままなら
ないのではないか。それを懸念しての意見である。当然、母れいむは顔を横に振った。
「そこまでめいわくはかけられないよ……」
「……じゃあ、どうするのぜ? いまのままじゃ――――」
その時。
どこからともなく聞こえてくる優しいメロディが風に運ばれて二匹の元へと届いた。温かく、でもどこか寂しげな……お歌。
「……ちびちゃん……」
母れいむが呟く。その言葉にリーダーまりさは驚きを隠せない。思わず質問する。
「この、おうたは……れいむのちびちゃんがうたっているのぜ……?」
無言で頷く母れいむの姿を見て、リーダーまりさは自分の巣穴を凝視する。確かにお歌はその中から聞こえてきているようだ。
生後一週間とはとても思えない声量と歌唱力。才能の片鱗を見せつけるかのような透き通った歌声に、先ほど散っていったはず
のゆっくりが数匹きょろきょろと辺りを見回しながら戻ってくる。
しかし、そのお歌はすぐに終わってしまった。がっかりしたような表情で広場から去っていくゆっくりたち。
「ちびちゃんは……あんまりながくはうたえないんだよ……」
「どうしてなのぜ?」
「うたのつづきが……おもいうかばない、っていってたよ……」
リーダーまりさは驚きを隠せないでいた。あれほどのお歌を即興で歌っていたというのだろうか。思わず身震いしてしまう。
光を奪われたことによって瞼は常に閉ざされたままだが、赤れいむは容姿端麗なゆっくりであった。成長すれば群れの花とし
て他のゆっくりたちが放ってはおかなかっただろう。群れ一番の歌姫となれる資質を秘めていたかも知れない。
母れいむとリーダーまりさはずりずりとあんよを這わせながら赤れいむとぱちゅりーの待つ巣穴の奥へと向かった。巣穴の中
で楽しそうにぱちゅりーと遊んでいる赤れいむを見て、母れいむが思わず安堵の溜め息を漏らす。
「むきゅ! とってもきれいで、ゆっくりしているのよ」
「ゆゆーん! れーみゅも、さくらしゃん……みちゃきゃったよ!!」
リーダーまりさが備蓄してあった食料の中からキノコと芋虫を取り出して、れいむ親子に振舞う。その準備をしながら二匹の
会話に混ざる。
「なんのおはなしをしているのぜ?」
「むきゅきゅ……。 れいむとおちびちゃんがすんでいるおうちのちかくに、きれいなさくらがさくのをおしえてあげたのよ」
「さくら……?」
初めて聞く単語に母れいむが顔をかしげる。
ぱちゅりーは飼いゆっくりとして二年間も人間と同じ時を過ごしていた。銀バッジを取得していたぱちゅりーは頭も性格もよ
く、厳しく躾けられてもいたため飼い主と仲良く暮らしていたそうだ。ぱちゅりーとその飼い主は群れのある森の近くで暮らし
ていたため、一人と一匹でよくこの辺りまで散歩にきていたらしい。
そのとき、満開になった桜を初めて見たのだ。あまりの綺麗さに言葉を失っていたぱちゅりーに飼い主が桜の話をしてくれた。
春になると咲くこと。それを見ながら気の合う仲間と一緒に美味しい物を食べたりするのを“お花見”ということ。
飼い主がぱちゅりーに教えてくれた事はたくさんあったが、桜に心を奪われていたぱちゅりーにとってはこの話が一番記憶に
残っている。
話をするぱちゅりーの表情も、話の内容も楽しそうで母れいむは思わず笑顔になった。久しぶりにゆっくりした時間を過ごし
ているように思える。リーダーまりさはそんな母れいむの横顔を見て少しだけ安心した。
まだ“れいむはちゃんと笑えるんだ”と分かっただけでも嬉しくなった。同時に、リーダーとしてこの笑顔を自分が守ってみ
せなければならないことを強く決意する。
「それにしてもおちびちゃんは、おうたがじょうずね。 ぱちゅ、びっくりしちゃったわ」
「おきゃあしゃんが、いつもれーみゅにうちゃってきかせちぇくれりゅおうたしゃんのほうがじょうずだよっ」
母れいむが恥ずかしそうに頬を染める。ゆっくりのお歌は一子相伝であり親ゆっくりの歌ったメロディを子ゆっくりが覚えて、
それを自分なりにアレンジしていくことで新しいお歌となる。ゆっくり界において、一つとして同じ歌はないのだ。れいむ親子
のお歌のメロディも、母れいむの母親の。そのまた母親の代からずっと続いてきたものである。余談ではあるが、母れいむをつ
がいに選んだ母まりさも、母れいむの歌に聞き惚れて恋に落ちたのであった。
「ゆ! それじゃあ、はるさんがきたらみんなで“おはなみ”をするのぜっ!!」
リーダーまりさの提案に表情を輝かせるのは赤れいむである。ぱちゅりーから聞かされた、とても楽しそうでとてもゆっくり
できそうな“お花見”を自分たちもできるかも知れない。それを想像するだけで心が躍り出す。そんな嬉しそうな表情を見せら
れては、母れいむもぱちゅりーも承認せざるを得なかった。元より、反対するつもりなどなかったのだが。
三、
ありすから貰ったかごを口に咥えた母れいむがその中に食料を入れていく。ここ数日はぱちゅりーが食料を分けてくれていた
ので、狩りに向かう前にしっかりと朝食を食べることができるようになっていた。おかげで狩りの効率も上がり、巣穴の中に貯
められた食料は少しずつではあるが増えてきている。
(さむいけど……ゆっくりがんばるよ!)
冷たい風が容赦なく母れいむの頬を刺す。群れのゆっくりたちは食料集めが終わったのかほとんど外に出ていない。
朝夕は特に冷え込みが激しくなってきた。ゆっくりは皮や中身の餡子が寒さで固まってしまうと動けなくなる。動きが鈍くな
ってしまう前に巣穴に戻らねばならないのだ。そのため狩りの時間は限られてしまう。
陽が高いうちに少しでも多くの食料を集めねばならない。母れいむはぴょんぴょんと飛び跳ねて巣穴まで戻ってきた。かごに
食料が入りきらなくなったのだ。
「ゆあ……」
母れいむが立ち止まる。巣穴の“けっかいっ!”が壊されていた。咥えていたかごを草の上に落とす。
「やめちぇよぉぉ!!! れーみゅたちのごはんしゃんがあぁぁぁぁ!!!」
巣穴の中から赤れいむの悲痛な声が聞こえてきた。母れいむが巣穴の中に飛び込む。そこには数匹のゆっくりがいた。事もあ
ろうに母れいむが死ぬ思いで集めた食料を食い散らかしている。
「どぼじでごんな゛ごどずる゛の゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ッ!!!!!!」
母れいむが巣穴の中で叫ぶ。赤れいむは無事のようだった。母れいむの声のした方向に向かって跳ねてくる。
「れいむたちばっかりずるいのぜ!」
「りーだーからたすけてもらってばかりなんて、とかいはじゃないわ」
「やめてえぇえぇえぇえ!!!! ごはんさんをむーしゃむーしゃされたら、ふゆさんをこせなくなっちゃうよぉぉぉ!!!」
「だまるのぜ! ゆっくりできないちびちゃんも、むのうなれいむも、ゆっくりできなくなればいいのぜ!!!」
「わかるよー! れいむたちがいなくなっても、ちぇんはこまらないんだねー!!!」
言葉の暴力によって心が打ちひしがれる。母れいむは悔しさのあまり涙を滝のように流していた。赤れいむも声を上げずに泣
いている。
「ぱちゅりーのあとをついていって、せいかいだったんだねー」
「うっめ! これめっちゃうっめ! ぱねぇ!!」
「あんまりたべてばっかりじゃだめよ。 すこしはもってかえらないと」
必死になって集めた食料がどんどん消えて無くなっていく。狭い巣穴の中で喧嘩をするわけにはいかない。巻き込まれた赤れ
いむがケガをしてしまう可能性がある。それ以前に、三匹の成体ゆっくりを相手に喧嘩を挑んでは自分の身すら危うい。目の前
で繰り広げられる略奪行為をただ眺めることしかできなかった。
「ゆ~! いっぱいたべたからうんうんしたくなってきたのぜ! ……すっきりー!!」
「もう! まりさったらとかいはじゃないわ!!」
巣穴の中央でうんうんを捻り出すまりさの顔はあまりにも醜悪なものであった。悪臭が漂い始める。赤れいむは母れいむの髪
の中に隠れた。母れいむは涙を流すのみである。
「こんなくさいおうち、はやくでていくんだねー……」
ちぇんの言葉を皮きりに三匹はぞろぞろと巣穴の入り口へと這って行った。
「ゆふん!」
「……っ!」
すれ違い様、母れいむの顔に唾を吐きかけるまりさ。それを見て三匹はゲラゲラと笑っていた。
巣穴の中を静寂が包む。食い荒らされ、奪われた食料の残りに目を向ける。
「……ゆぐっ……」
思わず唇を噛み締め嗚咽を漏らす。母れいむは悟った。もう絶対に冬を越すことはできない。二匹に春は訪れない。
普段なら赤れいむに心配をかけまいと気丈に振舞うことのできる母れいむだったが、今日に限っては涙が止めどなく溢れてく
る。悔しさのあまりに全身の震えが止まらない。それは赤れいむにも伝わっていることだろう。抑えようにも嗚咽を止めること
はできない。本来なら赤れいむの前で母親である自分が泣きだすなどあってはならないことだ。赤れいむの不安を取り除いてあ
げるのが自分のやるべきことではないのか。自問自答しながら、母れいむはただひたすらに泣いた。自分の無力さを嘆いて。あ
まりにも理不尽な仕打ちを呪って。誰にぶつけることもできない冷たく暗い感情を涙に変えて流すことしかできなかった。
「どうして……ッ?! れいむたちなんにもわるいことしてないのにっ!!!! みんなひどいよっ!! どうしてれいむたち
ばっかりこんなめにあわないといけないのっ?! ……もうやだぁっ!!! おうちかえる!!!!!」
そんなことを喚き散らしながら泣き狂う母れいむ。赤れいむはそんな母親の悲痛な声を聞いているのが辛くて堪らなかった。
「おきゃーしゃ……。 おきゃーしゃん!! ゆあああん!!! ゆっくち! ゆっくちぃぃぃ!!!!!」
赤れいむは何とかして母れいむに落ち着いてもらいたかった。しかし母れいむの位置を知る手掛かりは泣き声しかない。下手
に近寄れば踏み潰されてしまう危険すらある。ただひたすらにおろおろするばかりだった。そんな赤れいむの姿が母れいむの視
界に入る。小さな体。閉ざされた目尻からは涙が細く伝っている。自分を心配してくれている事が痛いほど理解できた。
(ちびちゃん……っ! ごめんねっ!! ごめんねっ!!! ゆっくりさせてあげられなくてごめんねっ!! ごめんねっ!!!)
赤れいむの姿が滲む。顔全体を左右に振ってきょろきょろと母れいむを探し続ける様子が痛々しい。母れいむの呼吸が少しず
つ荒くなっていく。
――――そんなゆっくりできないちびちゃんはさっさとすてて、まりさたちといっしょにゆっくりくらすのぜ!!
いつか聞いた言葉。その言葉がまるで囁かれるかのように母れいむの記憶に蘇る。
「おきゃーしゃあん!! どきょぉ? どきょお?!」
母れいむが泣きじゃくるのをやめたせいか赤れいむには母親がどこにいるかわからないらしい。母れいむは虚ろな視線を赤れ
いむにぶつけたまま切れ切れに呼吸をしていた。冷や汗がだらだらと頬を伝う。赤れいむに向けられた慈悲の瞳はまるで無力な
自分自身の姿を覗きこんでいるかのようだ。その瞳が狂気の色に染まってゆく。
泣きじゃくる赤れいむ。自分自身。
何も見えずにその場で右往左往するしかない赤れいむ。自分自身。
それでもなお必死に生きようとする赤れいむ。
……生きようとした、自分自身。
そこに鏡があるから、映し出された自分の心を見て辛い思いをするのだ。ならば、その鏡を壊してしまえばいい。涙が一粒、
二粒頬を伝い落ちる。
(――――ちびちゃん……。 えいえんに……ゆっくりしていってね……っ!!!!!)
あんよに力をかける。
「おきゃああああしゃああああああああん!!!!!!!!!!」
その小さな体のどこから今の声を出したのだろうか。歌姫の資質を持っていた赤れいむは、幼いとはいえ成体ゆっくり顔負け、
あるいはそれ以上の声量を誇る。凄まじい音の衝撃が巣穴の壁に反響して母れいむの体を……いや、心を震わせた。
「れーみゅ……っ!! ごはんしゃん、むーしゃむーしゃできなくちぇもいいきゃらっ!!! おにゃかがすいちぇもがまんで
きりゅよっ!!!! もっちょがまんしなきゃいけにゃいなら、もっちょがまんしゅりゅよっ!!!」
母れいむが言葉を失う。今、この赤れいむは何と言ったのだろうか。聞き違いでなければ“もっと我慢しなきゃいけないなら、
もっと我慢する”……そう言ったように聞こえる。文字通り目を丸くした母れいむが赤れいむに尋ねた。
「ちびちゃん……? どういうことなの……?」
赤れいむがその母れいむの声のする方に顔を向ける。
「もっと、むーしゃむーしゃ……したかったの?」
「ゆぐっ……ひっく……、ゆ……ゆんっ……!」
頷く赤れいむ。母れいむは瞼を閉じたまま泣き続ける赤れいむに釘づけである。二の句を継げないでいる母れいむに赤れいむ
が恐る恐るといった様子で言葉を続ける。
「おきゃーしゃん……ごはんしゃん……たくしゃんとっちぇくりゅのは……たいへんだちょ……おもっちぇ……しょれで……。
しょれで……っ!! ごめんなしゃい!! れーみゅ……れーみゅ……ほんちょは……もっちょ、むーちゃむーちゃしちゃくて
……っ!!!」
恐らく、赤れいむはこんなことを言うつもりではなかったのだろう。表情の端々から後悔の念が汲み取れる。
少食などではなかったのだ。それは母れいむの“思い込み”だった。しかしそれは仕方のない事でもある。生まれて一カ月も
経たない赤ちゃんゆっくりが母親ゆっくりに対してそんな気遣いをできるわけがないはずだ。母れいむの目から涙が更に溢れて
くる。本当に申し訳なさそうに泣いている赤れいむを見ると心がギシギシと音を立てて軋む。気付かなかったのだ。赤れいむの
優しさに。赤れいむを何とかして育てることしか頭になかった……、あるいは考える余裕がなかった母れいむにその健気な姿を
見ることはできなかった。
日々の辛い生活。群れの仲間からの過酷な仕打ち。最愛のまりさの忘れ形見であるたった一匹の我が子。
それらすべてが、母れいむを盲目にさせていた。こんなに近い場所にいる赤れいむの親を想う強い気持ちにさえ、気づいてあ
げることができなかった。
「おきゃーしゃ……」
赤れいむの元に駆け寄り頬をすり寄せる。赤れいむがどんな表情をしているかはわからない。わからないが、そうせずにはい
られなかった。心の奥から流れ出す数多の想い。感謝と、懺悔と、後悔と……その全てが入り混じったような複雑な気持ち。
「ゆゆーん……しゅーり……しゅーり……」
母れいむのすーりすーりに応えるように頬を動かし始める赤れいむ。母れいむの愛情が赤れいむに浸透していく。その想いが
旋律となって赤れいむの口から流れ出した。
泣きながらその“お歌”を聴いている。親子ともども泣き疲れて眠るまで……赤れいむの優しく儚い……“お歌”は続いた。
四、
「おきゃーしゃあああん!!! おきゃーしゃあああん!!! やじゃ……っ!! れーみゅは……おきゃーしゃんといっちょ
にゆっくちしちゃいよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
リーダーまりさの巣穴の奥から赤れいむの叫び声が聞こえる。母れいむは決して良くはない頭で一生懸命考えた。赤れいむを
どうするか。もはや自分一人ではどうすることもできなかった。それでも、母れいむは赤れいむと一緒にゆっくりと生きていた
かった。どれだけ辛い目に逢おうとも、赤れいむと一緒であれば絶対にゆっくりすることができる。そう信じて、赤れいむをリ
ーダーまりさとぱちゅりーに預けたのだ。
「れいむ……はるさんがきたら、ちびちゃんといっしょにむかえにいくのぜ……」
「ゆっくりりかいしたよ……」
振り返らずに答える母れいむの後姿を見てリーダーまりさは何か声をかけようとしたが、言葉にならなかった。ずりずりとあ
んよを這わせてその場を去っていく母れいむを見ていることしかできないリーダーまりさは、自分の無力さを呪っていた。
「おきゃーしゃん!! おきゃーしゃん!!! ゆんやあああああ!!!!!」
赤れいむの声が聞こえなくなるまでは絶対に振り返らない。母れいむはそう決めていた。そうしなければ、すぐにでもリーダ
ーまりさの巣穴の中に飛び込んで、赤れいむを咥えて自分たちの巣穴に逃げ込んでしまうような気がしていたから。そんな事を
思いながら、泣くのを堪えながらあんよを動かしているのに。赤れいむの悲痛な声はいつまで経っても聞こえなくなることはな
かった。
ようやく。赤れいむの声が聞こえなくなったときはもう自分の巣穴の傍まで来ていた。振り返る。ぼろぼろと涙が溢れだす。
(あいたい……っ!! ちびちゃんにあいたい……っ!!!!)
「じぶんでそだてられないからって、りーだーにちびちゃんをあずけるなんて……さいていのげすゆっくりなのぜ」
「?!」
気がつくと数匹のゆっくりに囲まれていた。
「りーだーはみんなをゆっくりさせるためにがんばっているのに、ふたんをふやすなんてとかいはじゃないわ!」
「れいむ! あんなゆっくりできないちびちゃんなんかいらないのぜっ!!! おめめがみえないんじゃなんにもできないのぜ!
ごはんさんだってじぶんであつめられないし……そんなやくにたたないゆっくりと、ずっといっしょにゆっくりしたいなんてい
うゆっくりもいないのぜ!!」
「むきゅ! もりのけんじゃのぱちゅがおしえてあげるわ! あのちびちゃんには、ゆっくりさせてあげるひつようなんてない
のよ! だって、だれもゆっくりさせてあげることができないんだもの!!」
辛辣な言葉が雨のように降り注ぐ。その“雨”に打たれながら体を震わせ涙をこぼす。言いたいことはたくさんあった。たく
さんあるのにそれを言葉に出すことはできない。余計な体力を使うのは惜しまれる。そんな言い訳を頭の中で巡らせながら、何
事もなかったかのようにその場を立ち去ろうとする母れいむ。ゆっくりたちはそれを許さなかった。
「むしするななのぜぇぇぇぇぇ!!!!」
一匹のまりさが体当たりで母れいむを弾き飛ばす。ごろごろと転がった母れいむが木にぶつかって止まった時には、ゆっくり
たちによるリンチが始まっていた。
「りーだーをゆっくりさせないゆっくりはしねっ!!!!」
ちゃちな大義名分である。本音は抵抗するだけの力もなく、仕返しを企てる仲間もいないゆっくりに対して一方的な暴力を振
るっていたいだけのくせに。それで自分は強いと……正しいと思い込みたいだけのくせに。繰り返される体当たり。それでも致
命傷を与えないようにだけは気をつけているのが理解できる。同族殺しはゆっくりできないのだ。それが“せいっさいっ!”で
ないことを窺わせている。弱者を虐げることで、一時の“ゆっくり”に酔っているだけのことなのだ。
母れいむが解放されたときは山の向こうに夕日が沈みかけていた。気温がぐんぐん下がっていく。それに比例するかのように
母れいむの体温も下がっていった。自分の体の内側が……外側が思うように動かなくなっていくのが理解できる。それは恐ろし
いことだった。だが同時に安心している自分もいた。このまま目を閉じていれば、永遠にゆっくりすることができるだろうか。
誰にも迫害されずに、日々を生き抜くためにゆっくりできなくなることもなく、幸せな時を過ごすことができるようになるのだ
ろうか。それはあまりにも甘美な誘惑。全てに疲れ果てていた。母れいむのゆん生をまるっきり変えてしまったあの日から時間
は決して経ってはいない。しかし、この過酷な日々はゆっくりにとっては地獄そのものであり、延々と続く迫害は母れいむの居
場所さえも奪っていった。
「れいむ……。 もう、えいえんに……ゆっくりしたいよ……」
願いを呟く。それは誰に対しての願いだったのだろう。殺されたつがいのまりさか、育ててあげられなかった赤れいむか。寒
さは体力を奪い母れいむの意識を徐々に掻き消していく。
「もっと……ゆっくりした、か……――――」
「れいむ!!! れいむ!!! ゆっくりしていってね!!! ゆっくりしていってね!!!!!」
薄れゆく意識の片隅。懐かしい友の声が聞こえる。夢か現か。今の母れいむにとってそれはどうでもいいことだった。閉ざさ
れてしまった瞳には何も映らない。
「れいむ!! とかいはじゃないわっ!!! はやくおめめをあけなさい!!!!」
叫びながら母れいむを揺するありす。返事をしない母れいむの揉み上げを咥えて引っ張る。ありすは独身ゆっくりだ。巣穴の
中に母れいむをかくまっても文句を言うような輩はいない。
「……れいむっ!! れいむっ!!!」
「ゆ……く、り……」
「とかいはだわっ! はやくありすのおうちにきなさいっ! ごはんさんくらいなら、むーしゃむーしゃさせてあげてもいいの
よっ?! なにかってにえいえんにゆっくりしようとしてるの?! ばかなの? しぬのっ?! し、しなせたりなんかしない
んだからっ!!!!」
矢継ぎ早に激励しているのか罵倒しているのかよく分からない口調でまくし立てる。ありすはべそべそ泣いていた。母れいむ
の目から涙がこぼれる。自分のために泣いてくれる相手がいるということがどれほど嬉しくて幸せなことか。視界の中にありす
を入れたことで安心したのか、母れいむはそのまま深い眠りに落ちてしまった。ありすは気を失ったかのように眠り続ける母れ
いむを自分の巣穴まで運ぶと、頬をすり寄せたりぺーろぺーろと舐めたりしながら看病をした。母れいむが目覚めた後、すぐに
食事を与えることができるように葉っぱの上に芋虫やキノコを並べていく。ありすにとって母れいむは幼馴染だ。他者と付き合
うことが苦手なありすが心を許せる数少ない存在。
「ゆ……ゆ……ゆ……」
苦しそうにうめき声をあげる母れいむ。うなされているのだろう。ありすは何とかしてその苦しみから母れいむを救ってあげ
たいと願ったが、夢の中にまで手を差し伸べてあげることはできない。巣穴の中。母れいむの隣。冷や汗をかきながら辛そうに
眠る母れいむを見ていることしかできなかった。
母れいむが目覚めたとき、すぐ傍にありすがいた。泣き疲れて眠ってしまったのか寝息を立てている。ありすの巣穴は入り口
からの距離が比較的短い。月明かりが母れいむの周囲を照らしていた。葉っぱの上に置かれた芋虫やキノコ。ありすが用意して
くれたのだろう。母れいむはそれに口をつける気にはなれなかった。不意にこれまで少ない食事を我慢して自分を気遣っていた
赤れいむのことを思い出したからだ。
「ちびちゃん……きづいてあげられなくて、ごめんね……」
「れいむ……?」
母れいむのつぶやきにありすが目を覚ました。ぐいっと顔を近づける。虚ろな眼差しでありすを見つめる母れいむ。ありすが
安堵の表情を浮かべた。疲れ切ってはいるが、母れいむの瞳はまだ生きている。それが嬉しくてまた泣きそうになってしまうが、
それよりも先に言っておきたいことがある。
「れいむ。 ちびちゃんをりーだーにあずけた、っていうのはほんとうなのかしら……?」
「ほんとうだよ……」
「そう……」
「……ありも、れいむのことをゆっくりできないゆっくりだっていいたいんでしょ……?」
「ち、ちが……」
「れいむだって! ちびちゃんといっしょにゆっくりしたいよ!! でももうごはんさんをちびちゃんのぶんまであつめられな
いんだよっ!! せっかくあつめたごはんさんもほかのゆっくりにむーしゃむーしゃされてなくなっちゃったよ!!! それな
のに、ぜんぶれいむがわるいの?! どうして? どうしてれいむばっかりがこんなめにあわないといけないのっ?!!」
「れいむ! おねがいだからおちついて!!!」
「ゆあああああん!! もうやだ!!! れいむも、ちびちゃんも、えいえんにゆっくりしちゃえばいいんだあああ!!!!」
鋭い音が巣穴の中に響いた。母れいむが自分の身に何が起こったのかを理解するのに一瞬のタイムラグが生じる。頬と後頭部
に鈍い痛みが感じられた。ゆっくりと視線をありすに向ける。ありすは震えながら、泣きながら、母れいむのことを睨みつけて
いた。母れいむの顔が青ざめていく。違うのだ。ありすにこんな事を言うつもりはなかった。
「どおしてそんなこというのっ?!」
言葉を失う。ありすの問いかけに対して何も答えることができない。巣穴の中を静寂が包んだ。
「れいむ。 あなたにはきこえないのかしら?」
「……ゆ?」
母れいむが意識を巣穴の外に向ける。静まりかえった森の向こう側。乾いた空気に乗って微かに何かが聞こえてくる。母れい
むが巣穴の外に這い出た。夜の風が頬を撫でる。
……ゆー、ゆー……ゆぅ……♪
歌声だった。忘れるわけもない透き通った声と聞き慣れたメロディ。この歌を歌っているのは赤れいむだ。リーダーまりさの
巣穴からここまでどれほどの距離があったであろうか。巣穴の外で歌い続けているのかも知れない。まるで、自分の傍から離れ
てしまった母れいむに歌で呼びかけているかのように感じた。人間には決して理解することのできないゆっくりのお歌。しかし、
ゆっくりはその歌詞を理解することができる。冷たい草むらに突っ伏し母れいむは声も出さずに泣き続けた。
「れいむ。 おねがいだからもうあんなこといわないで。 あなたがいなくなったら、ありすもちびちゃんも……りーだーだっ
てかなしむわ……。 あなたをわるくいうゆっくりもたくさんいるけれど、あなたのことをだいすきなゆっくりもいるっていう
ことを……ゆっくりりかいしてね?」
「ゆぐ……ぅ、ゆぇぇ……ゆ……く、り……りかい……したよ……」
ありすは少しだけ口元を緩めると母れいむの頬にすーりすーりをした。
(れいむのちびちゃん……あなたのきもちは、きっとおかあさんにとどいているわ)
次の日も。そのまた次の日も。赤れいむのお歌が聞こえてきた。
ありすづてに聞いた話によると、赤れいむがお歌の練習をしたいと言い出してぱちゅりー監督のもと巣穴のすぐ近くで歌い続
けているらしい。最近では赤れいむの歌声を聴くために姿は見せないものの群れのゆっくりがやって来ているそうだ。そのお歌
は、赤れいむから母れいむへ送るこの世に一曲しかないお歌だった。群れのゆっくりたちもまた、ゆっくりの子である。今はも
う永遠にゆっくりしてしまった母親ゆっくりへの思いを馳せてしまうのか、涙するゆっくりが多いと聞く。
真冬になっても赤れいむは歌い続けた。今頃は成長して子ゆっくりぐらいの大きさになっているかも知れない。そんな久しく
会わない愛しの我が子の姿を瞼の裏に浮かべては小さくすすり泣く日々。この地域は冬と言っても昼の間はそれなりに気温が高
くなる。おかげでこのわずかな時間を狙って狩りに出れば、効率は悪いものの一日を何とか生きていくぐらいの食料を集めるこ
とはできた。
赤れいむはお歌を歌い続けることで群れのゆっくりたちにその存在を認められつつあった。
毎日、毎日、歌い続けた結果であろう。少しずつ認識が変わっていったのだ。いや、赤れいむ自らが変えていったと言うほう
が正しいのかも知れない。自分の力で道を切り開いていこうとする赤れいむに応えるかのように、母れいむもまた一匹だけで冬
を越すことを望んだ。ありすに冬の間だけでも一緒に暮らしてはどうかと誘われたが断った。事情を聞いたありすは少しだけ悲
しそうな顔をして嬉しそうに「れいむはとかいはなゆっくりだわ!」と言ってくれた。
母れいむ。赤れいむ。ありす。リーダーまりさ。ぱちゅりー。
それぞれの思いを乗せて季節は少しずつ巡っていく。春の足音が聞こえてくるようになっても、赤れいむはお歌を歌い続けて
いた。暖かくなってきたある日。母れいむの巣穴の前に芋虫や木の実、草やキノコが置いてあった。ころころと笑いながらあり
すが説明をする。この食べ物は群れのゆっくりたちが置いていったらしい。母れいむは本当にうっすらと笑みを浮かべた。
(……ちびちゃんの、おかげだね……)
助けなければならない。自分の命に替えてでも。そんなことを思いながら赤れいむと過ごしてきたつもりだったが、助けられ
たのは自分のほうだった。群れのゆっくりの心にも届いたのだろう。赤れいむが母れいむを想う気持ちの深さや、強い絆を。母
れいむが一匹だけで冬を越そうとしてる話もまた、リーダーまりさたちの周りにまで届いていた。
(ちびちゃん……)
(おかあさん……)
((ゆっくり……あいたいよ))
やがて……森に春が訪れた。
五、
ある日、母れいむの巣穴にぱちゅりーがやってきた。相変わらず母れいむの結界は見破られているようだ。
「れいむ……はるさんがきたら、おはなみをするっていうはなしをおぼえているかしら?」
「ゆっくりおぼえてるよ」
「もう、さくらがさいているわ……ちかいうちにおはなみをしようとおもうのだけれど、そのときあずかっていたちびちゃんを
れいむにかえすわね」
「ゆっくり……りかいしたよ」
「むきゅ……もしかして、こわいのかしら?」
「…………」
「だいじょうぶよ。 ちびちゃんはれいむのことをおこったりなんてしてないわ。 はやくおかあさんにあいたい、ってそれば
っかりよ」
「ゆぁ……」
「むきゅきゅ……ぱちゅもちびちゃんがいたら、れいむのきもちがわかるようになるかもしれないけれど……」
ぱちゅりーは元飼いゆっくりだ。ペットショップで避妊と去勢を行われているため、赤ちゃんを作ることはできない。ぱちゅ
りーは母れいむに向かって「あなたはしあわせなゆっくりだわ」と言っていた。赤れいむにあんなにも愛されて。赤れいむをこ
んなにも愛することができて、幸せだと。どんなに離れていてもお互いに親子として生きていけることが羨ましくて仕方がない
と。
ゆっくりに暦の概念はないが四月に入った。桜の花が咲き乱れている。母れいむはそれをぼんやりと眺めて「あれがぱちゅり
ーのいっていたさくらかな」などと想いを巡らせていた。風が吹くと桜の花びらが宙を舞う。
「ゆっくり……きれいだよ」
リーダーまりさが母れいむの巣穴にやってきた。今日は兼ねてから計画のあった花見の日だ。花見をする予定の場所は比較的
母れいむの巣穴の近くにあったため、先にやってきたリーダーまりさが迎えにきたのだ。母れいむは、まるでマリッジブルーの
花嫁のような面持ちで巣穴の外に出た。春の陽気が母れいむを包む。
「れいむ……ほんとうによくがんばったのぜ」
「……ちびちゃんのほうが、もっとがんばっていたよ」
「それじゃあ、ふたりともがんばっていたのぜ!」
嬉しそうに笑うリーダーまりさにつられて笑ってしまう。一呼吸置いてから、言葉を返す。
「ゆっくり……ありがとう」
連なってぴょんぴょんと飛び跳ねる二匹。花見の会場にはまだ一匹のゆっくりもたどり着いてはいなかった。原っぱの真ん中
で立ち止まった母れいむとリーダーまりさは、澄み切った青空を見上げていた。リーダーまりさが呟く。
「れいむ……いままでつらいおもいをさせてごめんなさいなのぜ……」
「……りーだーはわるくないよ」
「むれのみんなをゆっくりさせてあげるために、りーだーになったのに……まりさひとりじゃなにもできなかったよ……。だか
ら……ゆっくりごめんなさいするのぜ」
少し背の高い草が風に揺られて二匹の頬をくすぐる。春が二匹に「もっと笑って」と言っているように聞こえた。しばらくし
て、ぽつりぽつりと群れのゆっくりが森の中から出てきた。どのゆっくりも幸せそうな顔をしている。長く辛い冬を乗り越えた
喜びをわかち合っているかのようだ。母れいむは思わず目を背けてしまう。リーダーまりさが力強い声で、
「れいむ。 どうどうとしているのぜ」
「で……でも……」
微かに震える。リーダーまりさが頬を押しつけてそれを阻む。
「ゆわぁ……とってもきれいだね……!」
数匹のゆっくりがはしゃぎながら二匹の元へとやってくる。去年の春も桜を見ていたゆっくりはいたが、今年の桜は格別美し
く見えた。きっとぱちゅりーから色々な話を聞かされていたからだろう。少し離れた位置からありすもぴょんぴょんと跳ねてく
る。リーダーまりさの指導の賜か群れのゆっくりは全員越冬に成功していた。群れの規模が大きすぎないことも要因の一つとし
て挙げられるかも知れない。何ヶ月ぶりかに再会した群れの仲間たちは思い思いにゆっくりしていた。久しぶりに動かした体を
伸ばしてみたり、日差しで暖められた草の上をころころと転がったり。幸せなゆっくりぷれいす、ここにありと言わんばかりの
光景が目の前に広がっている。花見のために群れのゆっくりたちが持ってきたのは越冬時の残りや、ここ数日で集めてきたたく
さんの食料。花見の席でミミズを見つけたゆっくりはそれを食べるのに夢中になっていた。
「むきゅ……」
「…………!!」
母れいむの視界の中央。運動は得意でないぱちゅりーがゆっくりとこちらに向かって這ってくる。そのすぐ横。バレーボール
ぐらいの大きさに成長した子ゆっくり。まだ成体と呼べるサイズにまでは達していない。
ぼろぼろと涙が溢れてくる。群れのゆっくりたちも無意識のうちに母れいむとぱちゅりーの間に道を空けていく。まるでヴァ
ージンロードだ。その道の真ん中。自分の元へと向かってくる子れいむ。体が大きくなっても、あの頃のままだ。ずりずり、ず
りずり。あんよを這わせて少しずつ進む。母れいむとの距離が縮まっていく。やがて、子れいむがぴたりとあんよを止めた。
「おかあ……さん?」
舌足らずな口調が抜けた子れいむが口を開く。泣きたくなるのを必死に堪えていた。ぱちゅりーがれいむ親子ににっこりと微
笑んだ。
「ちびちゃん。 おかあさんは、あなたのめのまえにいるわ」
「おかあさん……! おかあさん……っ!! ゆぁ……ゆぅ……っ!!!」
「ち……ちびちゃ……」
言い終えるか終えないかのうちに母れいむが飛び出す。群れのゆっくりたちはその様子を固唾を飲んで見守っていた。ありす
は目にうっすらと涙を浮かべていた。リーダーまりさは穏やかな笑みを浮かべていた。ぱちゅりーは三カ月近く一緒にいたちび
ちゃんが母れいむの元に帰って少し寂しそうだが、嬉しそうだった。
「おかあさん!!! おかあさん!!! れいむはれいむだよっ!!! ゆっくりしていってねっ!!!!」
「ちびちゃん!! ちびちゃんっ!!!!」
「おかあさん……っ!! れいむ……さびしかったよぅ……っ!!! ゆーん……ゆーん……っ!!!」
子れいむの涙がぼろぼろと頬を伝う。それをぺーろぺーろと舐め取りながら頬をすり寄せる母れいむ。子れいむの涙は懐かし
い味がした。本当は群れのゆっくりたちも二匹の再会を祝福してあげたいところだったが、これまで自分たちが行ってきた仕打
ちを思うと素直に駆け寄ることができない。しかし、れいむ親子にとってそんなことはどうでもよかった。長い長いすーりすー
り。冬の間中行うことができなかったすーりすーりをただひたすらに繰り返す。二匹の表情はとてもゆっくりしていた。
だが。
「ゆゆっ?! にんげんさんっ!! ここはまりさたちのゆっくりぷれぶりゅびゅあっ!!!!!!」
突然の悲鳴に全てのゆっくりが一斉に振り返る。
「……ゆ? ……ゆゆ?」
一匹のまりさが潰されて死んでいた。そこから視線を少し上にずらすと十数人の人間たちが見える。
「事前調査の報告書よりも多くないか?」
「野生ゆっくりの一斉駆除なら業者に任せて欲しいもんだぜ……」
「業者は手が回らないんだろ。 町の中心部の野良ゆっくり狩りで忙しいだろうからな」
ぱちゅりーが青ざめた表情を浮かべる。リーダーまりさも危険を感じ取っていた。人間たちは市役所の職員である。手にはバ
インダーが握られていた。それに挟まれた紙には“桜祭り計画案”との文字が見える。人間たちはこの場所で夜桜を見ながらの
祭りを計画していたのだ。冬の間に計画が固まり、何度か現地に足を運んでいた。まだ群れが本格的に越冬を始める前の話であ
る。ゆっくりの群れが付近に棲息していることは調べられていた。
「みんなっ! ゆっくりしないでにげるのぜっ!!!!」
リーダーまりさが声をかけたときにはもう遅かった。数人の男たちが一斉に動きだして巨大なグリーンネットの中にゆっくり
たちを閉じ込めたのだ。網のそこかしこから、自由を奪われたゆっくりたちの泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
「ゆあああっ!!! やめてねっ!! やめんぎゅびゅぇっ!!!!!!」
そこから一匹一匹丁寧に潰されていく。パニックに陥ったゆっくりたちにこの網から逃れる術はなかった。そんな阿鼻叫喚の
地獄絵図の片隅でれいむ親子はがたがた震えていた。目の見えない子れいむはぴったりと母れいむに寄り添って離れない。次々
と潰されていく群れのゆっくりたちを見て、リーダーまりさとぱちゅりーはおぼろげながらに理解した。もう、この群れは終わ
りだ、助からない……と。
「おかあさん……? どうしたの……? ゆっくりできない……?」
「だいじょうぶだよっ!! ちびちゃんっ!!! おかあさんがそばにいるからねっ!!!」
震える子れいむに力強く頬を押し当てて誰へ向けるともなく頬に空気を溜める。既に群れの三分の一ほどのゆっくりが潰され
ていた。リーダーまりさが叫ぶ。
「にんげんさあああんっ!!! まりさが、このゆっくりたちのりーだーなのぜぇぇぇぇぇ!!! まりさたちはここでおはな
みをしようとしていただけなんだぜぇぇぇぇぇぇッ!!!!」
「こりゃ驚いた。 もともとこの辺にお菓子かなんかをばらまいて集まったところを一網打尽にする計画だったが、お前らの方
から集まってきてくれるとはな。 それはともかくゆっくり如きが花見だとは笑わせる。 お前らなんかに見せる桜なんてねー
よ。 一生穴ん中で暮らしてろ」
「どぼじでぞんなごどい゛う゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛っ??!!!」
複数のゆっくりたちが人間のもの言いに叫び声を上げるが片っぱしから潰されていく。ゆっくりたちの話を聞くつもりはなさ
そうだ。当然だろう。桜祭りの最中に屋台の匂いにつられてふらふらと入り込んでもらっては困る。さすがに会場の中で駆除を
行うわけにはいかない。あくまで、桜祭り当日までに群れを殲滅させる必要があるのだ。また、それが市長からの指示であった。
「あぁ……まりさの……むれが……。 ゆっくりぷれいすが…………っ!!!」
泣き続けるリーダーまりさの前に人間が立ちはだかる。がたがたと震えているリーダーまりさの後ろから優しいメロディが聞
こえてきた。
「ゆ?」
「何だ……?」
ゆー……ゆぅゆーーーゆぅ……ゆうゆゆゆうぅ~~♪
「ちびちゃん……?」
母れいむの隣で、子れいむがお歌を歌い始めた。目が見えていないので群れがどういう状況にあるかを分かっていないのだろ
うか。そんなことはないはずだ。潰されて泣き叫ぶゆっくりたちの悲鳴は聞こえているはずである。
「むきゅっ……ちびちゃん……もしかして……」
ぱちゅりーが呟く。子れいむは自分のお歌を聴いてもらって人間たちにゆっくりしてもらおうと考えていたのかも知れない。
あるいは、既に死を悟り、お歌に込めたメッセージを母れいむに伝えようとしているのだろうか。
「あっははははは!!!! なんだそりゃっ!! これがゆっくりのお歌ってやつかっ! 想像以上に酷いな!!! こんな雑
音聴きながら食べ物食い散らかすのがお前らの花見かっ!!! これだから、ゆっくりってやつは!」
人間たちの言葉は難しくてゆっくりたちにはよく分からない。だけれども、子れいむのお歌を馬鹿にされていることだけは理
解できた。それが悔しくて仕方がない。ゲラゲラと笑い続ける人間たちの雑音で子れいむのお歌がよく聴こえないのも癇に障る。
「ちびちゃんのおうたをばかにするななのぜええええええ!!!!!!!」
リーダーまりさの叫びを号令に群れのゆっくりたちが一斉に反撃を試みた。それでも形勢が逆転するようなことはない。次々
と餡子を飛び散らしていくゆっくりたち。叩き潰され、踏み潰され、ただの一匹たりとも人間に一矢報いることはできなかった。
一番槍を買ってでたリーダーまりさも潰されていた。幼馴染のありすはどこにいるか分からないが既に潰されていることだろう。
半数が壊滅してしまった群れのゆっくりたち。絶叫が響く地獄の中で、子れいむはお歌を歌い続けていた。その傍らでぱちゅ
りーが泣き崩れている。嗚咽混じりの涙声で、
「ぱちゅが……ぱちゅが、おはなみのはなしなんてしたから……っ!!!」
人間がれいむ親子の前に現れた。母れいむは泣きながら威嚇をしている。姿形は違えど、目の前にいるのはかつて最愛のまり
さと子れいむの姉妹を永遠にゆっくりさせて、子れいむから永遠に光を奪った憎き人間。
「ちびちゃんにはゆびいっぼ――――ッ??!!!!!!」
飛びかかろうとした母れいむの脳天に先の尖ったスコップが振り下ろされ、真っ二つに顔がちぎれ飛ぶ。あまりにも一瞬ので
きごとであった。いつのまにか生き残ったゆっくりたちは人間に包囲され、徐々にその数が減っていく。母れいむはぶるぶると
震えながら子れいむの元に這い寄ろうとする。
「ち……びちゃ…………」
切れ切れに呼吸をしてた母れいむも、剣スコで何度も顔を突き刺されてようやく物言わぬ饅頭となった。既にぱちゅりーも殺
されていた。お歌を歌い続ける子れいむに男たちが近寄る。それでも臆することなくお歌を歌い続ける子れいむを見て人間たち
が気付いた。このゆっくりは目が見えないのだと。だから、どうだというわけでもなく、ひと思いにスコップを振り下ろす。
子れいむは顔の形を崩されて中身を爆散させる最後の一瞬まで、お歌を歌い続けていた。
――お母さん、いつもれいむの傍にいてくれてありがとう。
――ごめんね。 れいむはお母さんのお顔を思い出せないよ。 ゆっくりできないゆっくりて言われるのも仕方がないね。
――でも、お母さんのお顔を想像することはできるよ!
――れいむが苛められて泣いてるときに柔らかいほっぺたで、すーりすーりしてくれたよね?
――れいむの流した涙を温かい舌でぺーろぺーろしてくれたよね?
――れいむが寒いってわがまま言ったときは髪の毛の中に入れてくれたよね?
――おうちの中でもお外でも、お母さんはずっとれいむに笑いかけてくれてたんだよね?
――お友達は一人もいなかったけど、お母さんがいてくれたから……ちっとも寂しくなんてなかったよ!
――ねぇ、どうして?
――どうしてお母さんはれいむを捨てようとしなかったの?
――お母さん一人だったら群れのみんなだって仲良くしてくれたと思うよ。
――それでもれいむはお母さんと一緒にいたかったら、“捨てないで”なんて言っちゃったよ。
――わがままなれいむを許してね?
――お母さん。
――れいむのことを好きでいてくれてありがとう。
――れいむはおめめが見えないから、お母さんが永遠にゆっくりしちゃったら生きていけないね。
――だからそのときは、れいむもお母さんと一緒に永遠にゆっくりするよ。
――こんなことを言ったら怒られるかな?
――お母さん。
――れいむの優しいお母さん。
――れいむを一人で育ててくれた強いお母さん。
――ゆっくりしていってね……!!!
――お母さん……大好きだよ。
第一回の桜祭りは地元住民の協力もあって大いに盛り上がり、大成功を収めた。その日は夜遅くまで音響設備を使ったカラオ
ケ大会や催し物が行われた。発電機の凄まじい音を掻き消すかのように楽しそうにはしゃぐ来場者。飲み、食い、歌い、踊り。
思い思いに花見を楽しんでいた。
その翌朝。
桜祭りの会場に投げ散らかされた数多のゴミを回収する地元住民たちはそれぞれ悪態をついていた。
「まったく……。 昨日はカラオケがうるさくて夜も眠れんかったわい……食べ散らかすだけ食べ散らかしておいて、ろくに片
付けもしやせん……。 これだから最近の連中は……」
おわり
日常おこりうるゆっくりたちの悲劇をこよなく愛する余白あきでした。