ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1731 人間の世界でゆっくりが見た夢(下)
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『人間の世界でゆっくりが見た夢(下)』
五、
ゆっくりたちが夜の路地裏を這いずり回る。それは希望に満ちた行進であるはずだった。状況を飲み込めていない多くのゆっ
くりたちはともかく、ぱちゅりーたちの表情は暗い。曲がり角の向こう側。電柱の陰。自分たちの視界に映らない場所のそこか
しこに脅威が潜んでいるような気がしてならなかった。堤防への道筋は何度かちぇんが群れのゆっくりたちに教えていたので、
向かう方向だけは統一されている。しかし、足並みは揃わない。
だが、考えようによっては不幸中の幸いとも言える。有事の際、固まって行動していたら一網打尽にされるかも知れない。暗
がりの中を進むぱちゅりーたちは街灯の明かりだけを頼りにあんよを進めていた。
「ゆぅ……くらくてよくみえないよ……」
「わかるよー……。 なんだかいつもとちがうばしょにむかってるようなきがするんだねー……」
もちろんそれは夜の闇が見せる錯覚だ。ゆっくりたちは確実に堤防へとあんよを向けている。しかし、昼と夜の風景の違いが
まりさやちぇんの感覚を狂わせているのだ。不安な気持ちがあんよを鈍らせてしまう。何度も何度も後ろを振り返りながらずり
ずりと移動することになった。その分、ぱちゅりーとありすは周囲の様子に気を配る事ができる。
刹那。
「ゆ゛っぎゃあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
「?!」
湿った空気を切り裂く叫び声。ゆっくりたちが思わずあんよを止めた。
「れみりゃだぁぁぁぁ!!!!」
「……ッ!?」
夜はれみりゃの時間だ。それは以前ぱちゅりーも語っていたことである。人間の動きにばかり気を取られていたせいか、捕食
種の存在にまで頭が回らなかった。
れみりゃは笑顔で固定されたような表情を浮かべ空を飛び回り、地を這うゆっくりを貪り食らう夜の帝王である。辺りが暗い
せいでれみりゃが何匹いるのか、どこにいるのか、それさえも把握できない。
「い゛だい゛ぃぃ!! やべでぇ!! ありずはお゛い゛じぐないわ゛ぁ゛!!!」
れみりゃがありすに牙を突き立てたようだ。泣き叫ぶ声がぱちゅりーたちの元にまで届く。暗闇の中、散り散りになって逃げ
惑うゆっくりたち。出発してから一時間と経過しないうちに群れは離散してしまった。れみりゃは三匹ほどで路地裏の上空を旋
回している。動きの遅いゆっくりを狙って急降下し一撃で柔らかい皮を食い破っていく。
「ゆああ!! こっちこないでね!! ぷくー……んっぎゃあああああ!!!!」
「れいむのがわいいちびちゃんがあぁぁぁ!!!!」
ゆっくりの叫び声に気づいた付近の住民が家から飛び出してきた。事態は最悪の展開へと変化していく。しかし。れみりゃも
人間もゆっくりたちを深追いする事はなかった。
雨が降り始めてきたのである。日中は薄曇りで冷たく湿った風が吹いていた。不幸は終わらない。路地裏にゆっくりが雨を凌
ぐような場所はなかった。何匹かのゆっくりは意を決して人間の家の庭に入り込んだり、植え込みの中に顔をねじ込むような形
で雨を遮っている。突然降り出した雨に対応できなかったゆっくりたちは体の小さな赤ゆを中心に次々と溶けていった。ふやけ
た皮から中身の餡子が漏れていく。
「ゆあああ! まりさのなかみさん!! ゆっくりしないでもどってね!!!!」
「もっちょ……ゆっくちしちゃかっちゃ……」
「ちびちゃん! おかあさんのぼうしのしたにはいってね!!!」
「あんよがうごきゃにゃいよぉぉぉぉぉ!!!!」
「だずげでぇぇぇぇ!!!!」
四方八方からゆっくりたちの泣き叫ぶ声が上がる。絶叫と悲鳴による荘厳なオーケストラをバックミュージックにぱちゅりー
たちはガタガタ震えていた。
ぐずぐずに溶けて動けなくなったゆっくりが雨に打たれ続けその命を散らしていく。あまりにも儚い命だ。人間に追われ、捕
食種に狙われ、雨に打たれても消えてゆく。これ以上に脆弱な存在が果たしてこの世に存在したであろうか。それでも、ゆっく
りたちは生きる事を願う。世界は自分たちに対して決して優しくはなかった。
「まりさ……」
ちぇんが見ている方向に顔を向けるとそこには街灯に照らされたゴミ捨て場があった。堤防付近に設置されていたものである。
それに気づいたのかまりさとちぇんが顔を見合わせて「ゆっくり~!」と歓喜の声を上げた。ぱちゅりーたち四匹のゆっくりが
休んでいるのは路上に駐車していた車の下だ。水は近くの側溝に流れていくためにあんよが水に濡れることもない。落ち着いて
避難場所を探すことのできたゆっくりたちの大半は降り続く雨を見つめながら互いに身を寄せ合っていた。
「もう、おくちのなかからでてきてもいいよ」
一部のゆっくり親子は赤ゆを口の中に避難させることで難を逃れたようだ。
口の中に入ったまま親ゆが溶けて死んでしまい、そのまま一緒に溶けて命を落とした赤ゆも決して少なくはない。側溝の下に
潜り込んで雨を凌いだつもりが流れ込んできた水によって命を奪われたゆっくりもいた。
「ぱちゅの……せいだわ……」
「とかいはじゃないわ! ぱちゅりーのせいじゃないわよ!」
「そうだよ! すぐにでもしゅっぱつしないとにんげんさんたちにゆっくりできなくさせられちゃうところだったよ!」
「そうだねー……。 あかるくなってからかわさんをめざしてもにんげんさんにみつかってしまったとおもうよー……」
本心でかけられた言葉がぱちゅりーの心を熱くさせる。
「ゆっくり……ありがとう」
その一方で、黒服と所長は大きめのモニターに映し出された街の地図とその中で点滅するマークを見つめていた。点滅してい
るのはぱちゅりーに付けられた発信器の位置を示している。ぱちゅりーが夜のうちに移動を始めたことは保健所サイドに筒抜け
であった。
「――――おそらく、野良ぱちゅりーと一緒に廃材置き場に住み着いていたゆっくりの殆どが……あるいは全部が行動を共にし
ているでしょう」
「危険を察知でもしたのか……?」
「そこまではわかりません。 しかし、あの野良ぱちゅりーたちはどうやら川を遡って森に帰ろうとしているらしいですね。
どうしてなかなか知恵が回る」
「じゃあ明日の駆除は……」
「街の中心部と河川敷を中心に行えば問題ありません。 詳しい作業場所の説明は当日行うとしましょう。 私は野良ぱちゅり
ーの動きを見ておきます。 あなたは先に休んでいてください」
「……わかった」
所長が部屋を出て行く。金バッジぱちゅりーは既に眠りについていた。
「どこか一箇所に追い詰める必要があるな……」
黒服、いや公餡のやり方は徹底されているようだ。ゆっくりを対等な存在と見て対策を練っている。事実そこまでしなければ
野良ゆを全滅させることはできないだろう。この街の実情を見ていればそれが理解できる。黒服が注目したのは川に架かる三本
の橋。
「……討ち漏らしたゆっくりは、ここで死んでもらうとするか……」
早朝。
小鳥の囀りに目を覚ましたぱちゅりーが寄り添う三匹をそっと起こす。雨は上がっていた。通り雨だったようである。気がつ
けばずりずりとあんよを這わせる別のゆっくりたちがちらちらと視界に入ってきた。ぱちゅりーたちも無言のまま、車の下から
這い出す。そして堤防へ向かってぴょんぴょんと飛び跳ね移動を開始した。アスファルトの階段を登って河川敷を見下ろす。大
きな川が下流に向かって流れていた。ぱちゅりーたちが堤防を上流へと向かって動き始める。気がつけば数匹のゆっくりが同じ
方向へあんよを這わせていた。川の流れる方向とは反対へ進むという事は記憶していたのだろう。再三ぱちゅりーが語って聞か
せていたおかげと言える。
「みかけないゆっくりもいるね」
廃材置き場に住むゆっくり以外のゆっくりも同じような行動を起こしていた。おおかた、何匹かのゆっくりが街で見かけたゆ
っくりを脱出に誘ったのだろう。川沿いに百匹に僅か足りないほどのゆっくりたちが集まってきている。一様に上流へと向かっ
てジャンプをしていた。
時計が午前七時を示している。
街の中心部に集められた保健所職員とボランティアの一般参加者に拡声器を使って一日の方針を伝えるのは所長だ。傍らには
黒服が控えている。
「――――であるからして、我々は一刻も早く野良ゆっくりを一匹残らず駆除しなければならいのであります!!! それでは、
街の中心部と河川敷に別れて作業を開始してください!!」
説明が終わると同時に一斉に人間が散開し始めた。手にはゴミ袋と火挟みが握られている。街の要所要所にゆっくり回収専用
のトラックが停車していた。普通の野良ゆであればまだ活動を開始していない時間である。
「おい……」
一人の参加者が木の下に不自然に積み上げられた枝やビニール袋を発見した。忍び寄りそれをひと思いに取り払う。突然おう
ちの天井部分を破壊されたまりさ親子は飛び起きて叫び声を上げた。
「ゆわぁぁぁ!!!」
「や、やめてねっ! れいむたちのおうちをこわさないでねっ!!!」
「おきゃーしゃん、きょわいよぉぉぉ!!!!」
「ぷきゅー!!」
無言で火挟みを二匹の親ゆっくりに突き立てる。引き裂けんばかりに口を開いて絶叫する親ゆを執拗に殴打する人間たち。二
匹の親ゆはすぐに死んでしまった。三匹の赤ゆはわけもわからずガタガタ震えている。小さな瞳からぽろぽろと涙をこぼす赤ゆ
たちを人間たちは容赦なく踏み潰してゴミ袋の中に放り込んだ。
「ゆんやぁぁぁ!!! こっちにこないでねっ!! どうしてついてくるのぉぉぉ?!」
逃げ惑う数匹のゆっくりを追いかけて殴りつける。
「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ、……」
全身を駆け巡る激痛に息を漏らすれいむ種が動きを止めた瞬間、揉み上げを掴まれアスファルトに叩きつけられた。顔の半分
が潰れたれいむ種は即死である。壊れた饅頭をゆっくり回収車の中に投げ込んだ。
「ごわいよ゛ぉぉぉ!!」
成体ゆっくりも子ゆっくりも、目の前で繰り広げられる虐殺劇に怯え震えている。ゆっくりが必死に作ったおうちはいともた
やすく破壊され、その中で泣きながら命乞いをするゆっくり親子を一匹残らず叩き潰す。物陰の奥に隠れて叫び声を上げるゆっ
くりも引きずり出して息の根を止めた。公園の敷地内を逃げ回る赤ゆも一匹ずつ追い詰めて正確に潰して回る。草の根をかき分
けてまで生き残りのゆっくりを探す人間たちの行動が、いかに本気で一斉駆除を行っているかを窺わせていた。いつもならばや
り過ごせていたはずのゆっくりも隠れ場所を暴かれて絶望しながら死んでいく。
「どぼじでごんな゛ごどずるのぉぉぉ??!!!」
悲痛な問いかけに答える人間は誰一人としていない。
「だずげでぐだざい!! おでがいじばずぅぅぅ!!!!」
赤ゆたちを庇うように前に出て額を地面にこすりつけるゆっくりの頭をそのまま踏み潰す。目の前で絶命した母親ゆっくりを
見て泣き声を上げる前に二匹の赤ゆは潰されてしまった。街中のゆっくりたちが悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らしたように逃
げ惑う。人間たちはどこまでも追いかけてきた。どこに逃げても人間たちが待ちかまえている。ボランティアの参加者の中には
バールや鎌などといった個人の“道具”を持参している者もいた。それぞれの凶器が振り下ろされゆっくりが次々と弾け飛ぶ。
何を言っても聞き入れる様子のない人間たちに、野良ゆたちは恐れ慄いていた。恐怖でしーしーを漏らす成体ゆっくりも淡々と
潰されていく。駆除から逃れようと交差点に飛び出したゆっくりが四トントラックにはねられて爆散した。草むらに顔だけ突っ
込んで尻をぶるぶると震わせているゆっくりのあにゃるに鎌を突き刺して引きずり出すと、痛みに泣き喚いてのたうち回るその
ゆっくりを動かなくなるまで徹底的に殴打し続けた。バラバラに砕かれる歯。千切れる皮、揉み上げ、髪の毛、伸ばした舌。そ
こにゆっくりという生き物が存在した痕跡そのものを完全に消し去ろうとせんばかりの勢いで叩き伏せる。
「もう、やめてくださいぃぃぃ!!! まりさたち、ゆっくりしてただけなのに……どうしてこんなことするのぉぉぉぉ?!!」
街のあらゆる場所からゆっくりたちの声が上がった。もう、全てが手遅れだった。ゆっくりたちは人間を完全に敵に回してし
まっていたのである。
叫び声は風に乗って河川敷にまで微かに届いていた。河川敷、堤防の上、堤防脇の道路。それぞれのルートでゆっくりたちが
逃げ続けている。ゆっくりたちの全力疾走は、人間が早歩きをする程度のスピードしかない。逃げ切れる道理はなかった。事実、
ろくに隠れるスペースもない河川敷ではあらゆる場所でゆっくりが激痛に身を捩らせ叫び声を上げている。地獄絵図だった。河
川敷に散らばるゆっくりの残骸。飛び散った餡子。転がる目玉。千切れた体を必死に動かそうともがき続ける赤ゆ。パニックに
陥り川の中に飛び込んで逃げようとしたゆっくりたちの飾りが下流に向けて流されている。それでもなお、駆除活動は続いてい
た。顔面がボコボコに凹んでいながらもかろうじて生きている野良ゆが人間の目を盗んでその場を逃れようとしている。人間た
ちはそれさえも見逃さなかった。まともに動くことすらできないゆっくりの顔に何度も何度もハンマーで叩きつける。殴られる
たびに揉み上げをびくんと動かし、「ゆ゛っ」と短く呻き声を上げた。
「もうやだぁぁぁ!!! おうちかえるぅぅぅぅ!!!!!」
在りもしない居場所に帰ると叫ぶ野良ゆを二人がかりで押さえつけて殴り続けた。
「ゆ゛ぶっ!! ゆぼぉっ?! ゆ゛げぇッ!!! ゆ゛ぐぅっ!!! ゆ゛んぎい゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!! ……い、い゛
だい゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!!!!」
一斉駆除の説明を受ける際に、ゆっくりは完全に死ぬまで殴り続けるように言われた。体の小さな赤ゆを一匹ずつ踏み潰すの
は面倒になってきたのか、摘み上げられた赤ゆが次々と川の中に投げ込まれていく。
「おしょらをとんでりゅみちゃ……ゆぴゅぇッ?! ゆんやぁぁぁ!!! おみじゅしゃんはゆっくちできにゃいぃぃぃぃ!!!! ……ゆ゛ぶぶぶぶぶぶ……」
「ゆっくりにげるよ!!! そろーり! そろーり!! どぼじでにんげんざんがいる゛の゛ぉぉぉぉ?!!」
河川敷を逃げ回るゆっくりたちはほぼ完全に包囲されていた。それでも駆除は追いつかない。街の中心部から逃げてきた野良
ゆたちが次々に合流していくからだ。駆除に参加していた人間たちにも疲労の色が見え始める。
(信じられん……。 こんなにたくさん……いやがったのか……)
ゆっくりの数は人間たちの想像していた絶対数を遙かに上回っていた。一体これほどの数のゆっくりがどうやって街の中に潜
んでいたのだろうか。人間たちは苦情の件数やニュースで見かける野良ゆの集団などでしかゆっくりの総数を把握してなかった。
表舞台に現れて世間を騒がせていた野良ゆは全体のほんの一部に過ぎなかったのである。
駆除に参加した人数は約七十人。それだけの人数で野良ゆを全滅させるのは物理的に不可能だった。保健所所長ががっくりと
肩を落とす。
「全滅させるのは無理だ……数が多すぎる……」
「今日一日で全滅させる必要はありません。 大切なのは一般市民にゆっくりが駆除すべき対象である事を知らしめることです
よ」
「……どういうことだ?」
「今、この街の市民にとってゆっくりを駆除することは“常識”になりつつあります。 その風潮はやがて“見かけたゆっくり
はまず潰す”という意識に変わっていくでしょう。 街のあちこちにゆっくり用のゴミ箱を設置するといい。 ゆっくりは動き
回るゴミでしかないという考え方を植え込んでいけばいいんです。 ……ゆっくり、とね」
黒服が冷たい笑みを浮かべた。
なおも続くゆっくりたちの絶叫。ボランティアの一般参加者も粘り強く駆除に当たっていた。思惑は成功していると言えるの
かも知れない。これまでのように泣きすがるゆっくりに慈悲をかける者はいなくなった。
「どこににげればいいのぉぉ?! ゆっくりしないでおしえてねっ!!! しんじゃうよぉぉぉ!!!!」
「おきゃーしゃあああん!!! どきょぉぉぉ?!! ひちょりにしにゃいでぇぇぇ!!!」
「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ……」
駆除開始から既に二時間が経とうとしている。休日とはいえそろそろ街が動き始める時間帯だ。街の中心で一日中駆除を行う
事はできない。駆除の舞台は街の中心部から河川敷へと移っていった。あれだけ潰したにも関わらず河川敷では今もなお百をゆ
うに越えるゆっくりたちがぴょんぴょん飛び跳ねて逃げ続けていた。ゆっくり回収車も堤防脇の道路に縦列駐車で停まっている。
川の下流に流れていくゆっくりの飾りの数もどんどん増えていく。
「ゆんやぁぁぁ!!! おきゃーしゃんもいっしょじゃにゃいちょ、いやぁぁぁぁ!!!」
「ちびちゃん。 ゆっくりりかいしてね。 ちびちゃんだけでもゆっくりにげてね!!!」
一匹のまりさ種が自分の帽子の中に二匹の赤ゆを入れてそれを川に浮かべていた。このまりさ種は命の次に大切とされる帽子
を犠牲にしてまで我が子を守ろうとしていたのだ。そこへ人間が迫ってくる。
「……ゆっくりしていってね!!!」
まりさが口でついと、帽子を川に向けて押しやる。岸から離れていく帽子。その中から赤ゆたちが飛び跳ねてまりさに助けを
求めていた。だがまりさは一瞬で人間によって叩き潰されてしまう。まりさの死骸はそのまま川に蹴り込まれた。
「ゆんやああぁぁぁ!!!!」
長い棒きれを帽子に引っかけて止める。
「や、やめちぇにぇっ!! やめちぇにぇっ!!!」
何をされるかの予想はつかないが嫌な予感だけはするのだろう。必死になって懇願する赤ゆたちの入った帽子を棒きれで傾け
て転覆させた。それからしばらく何か喚いていたが、赤ゆたちが水面から顔を出すことは二度となかった。
「ゆはぁっ、ゆはぁっ……!!」
ぱちゅりー以下三匹のゆっくりたちはあえて路地裏の中を通って川に並行するような形であんよを動かしていた。数多の仲間
が次々と目の前で潰されていくところが瞼に焼き付いている。涙目のまま、無心でひたすらアスファルトの上を跳ね続けた。
「ゆっくりがいたぞ!!!」
自分たちの遙か後方から人間たちの声が上がる。四匹とも死を覚悟しながらもあんよを止めることだけはしなかった。足音が
どんどん近づいてくる。後方を移動していたまりさとありすはお互いの顔を見合わせて頷くと、あんよを止めて迫る人間へと向
き直った。ぱちゅりーとちぇんが二匹に向かって何か叫んでいる。それをかき消すかのようにまりさとありすが大声で叫んだ。
「ぱちゅりー!!! まりさたちにごはんさんをむーしゃむーしゃさせてくれてありがとう!!!」
「ありすたちはとかいはなぱちゅりーたちのことを、ずっとずっとわすれないわ!!!だから……」
「「ゆっくりにげてね!!!!」」
「むきゅぅぅ!!! だめよ!! みんなでいっしょにもりにかえるっていったでしょぉぉ?!」
「わからないよー!!! まりさもありすも、いっしょににげるんだねー!!!!」
「ぱちゅりー……。 にんげんさんにみつかったら、なかまをおいてでもにげなきゃいけない、ってぱちゅりーがおしえてくれ
たんだよ」
「そうだわ。 ありすたちは……ごはんさんのおれい、これぐらいしかできないから……」
ぱちゅりーが泣きながら叫ぶ。
「いっしょにゆっくりできることのほうがだいじだわっ!!!!」
ちぇんがぱちゅりーの髪の毛を咥えて引っ張った。ぱちゅりーがずりずりと引きずられる。ちぇんはまりさとありすの決意に
応えようとしていたのだ。
「むきゅ!! ちぇん!!! はなして……っ!! おねがいよっ!!!!」
「ちぇん……ぱちゅりー……!!! まりさたちのぶんまで、たくさんたくさんゆっくりしていってね!!!!」
ぱちゅりーはそれ以上何も言わなかった。二匹があんよを蹴る。振り返ることもしなかった。後方から、まりさとありすの絶
叫が上がる。涙が溢れて止まらない。ちぇんも、ぱちゅりーも必死になってあんよを動かし続けた。まりさとありすの分まで絶
対に生きてみせる、という強い意志の下。
長い長い路地裏を抜けた。目の前に再び堤防が現れる。その更に前方。大きな橋が見えた。その橋の向こう岸に街の中では見
たことがないような緑色の世界が広がっている。
「……もりだわ……っ!!」
確証はなかったが確信があった。野生で暮らしていた母親ゆっくりから受け継いだ知識がそう答えを告げている。逃げ切った
ゆっくりたちも同じ場所を目指しているようだった。その数はもはや三十匹にも満たない。人間たちもここまでは追ってこない
ようだ。逃げ切った。どのゆっくりもがそう思っていた。
「ぱちゅりー……っ!!」
「ちぇん……っ!!!」
二匹が顔を見合わせる。目指した場所はもうすぐそこだ。自然とあんよを蹴る力が強くなった。
「なんだと?! 橋を封鎖するとはどういうことだ!! 聞いてないぞ!!! 私たちの判断だけでそんなことができるわけが
ないだろう!!!」
保健所所長が語気を荒げて黒服に怒鳴りつけていた。黒服は鬱陶しいと言わんばかりの表情を浮かべ、一瞥する。
「三本ある橋の一本だけです。 それに既にこちらから話は通してあります。 あなたたちはそのまま駆除を続けてください」
「馬鹿かお前は!! ゆっくりがどの橋を渡るかなんてわからんだろうが!!! 自然に帰すのはマズイと言っていたのはお前
だろう!!!」
「わかりますよ」
「……何?」
「ゆっくりが渡る橋は……いや、“渡ることのできる橋”は一本しかありません」
「くっ……」
「私たちもそろそろ行きましょう。 駆除はもうすぐ終わりです。 あの野良ぱちゅりーにつけた発信器も回収できるなら回収
しておきたい」
どこまでも冷静な黒服に苛立ちを隠しきれない保健所所長は顔を真っ赤にしながら、車に乗り込んだ。
三本の橋。それは街の境目を流れる一級河川に架かる巨大な橋だ。当然、交通上重要な役割を果たしている。それを三本とも
封鎖などしたら様々な方面から苦情が来るだろう。公餡に依頼を出しているとは言え、作業の責任は保健所側が担うことになっ
ていた。それなのに公餡からやってきた黒服の若造は平気で橋を封鎖するなどと進言してくる。大々的に報道されていたおかげ
で街の住人たちは今回の駆除に注目をしていた。下手に失態などを見せてしまえば批難の矢面に立たされるのは間違いない。
(ゆっくりが……っ!!! ゆっくり如きが……ッ!!!!)
拳を握りしめる保健所所長の横顔を横目で見ながら黒服が小さく笑う。
「以前、テレビ局の人間にも言ったんですがね……」
「なんだ?!」
「――――あなたたちはゆっくりの事を知らなさすぎる」
黒服たちの乗ったライトバンが一本の橋の前で止まった。既に橋は封鎖されているようだ。しかしこの付近に人員は配置され
ていないようである。
「人間をあえて配置しないことでゆっくりたちにこの橋を渡るように仕向けるという事か……子供騙しな」
「いえ……。 無駄な人件費を削減しただけですよ」
飄々と答え続ける黒服の態度に保健所所長が突っかかろうとした時だった。
「来ましたよ」
「なに?」
ぱちゅりーとちぇんを先頭にゆっくりたちが逃げてくる。真っ直ぐに黒服たちの方向へと向かっていた。あれから生き残りが
また合流したのか数は五十前後にまで増えているようだ。橋はもう目の前に迫っている。
「ぱちゅりー!! もうすこしだよ!!!」
「むきゅ……ッ!! むきゅ……ッ!!!」
体力的にも精神的にもぱちゅりーは限界が近づいていた。そんな中でもぱちゅりーの思考が止まることはない。橋を見かけて
人間が追って来なくなったときには嬉しくてはしゃいでいたが、それに対して違和感を覚えていたのだ。
(どういうことかしら……? あんなにたくさん、にんげんさんがいたのに……おいかけてこないなんて……)
目の前の橋にも疑問符が打たれる。一台も車が通っていない。
(にんげんさんのすぃーが……ひとりもいないのだってなんだかおかしいわ……)
ぱちゅりーが目を見開いた。それからあんよで地面を蹴りながら叫ぶ。
「みんなっ!! “このはしはわたってはいけないわ!!!”」
「どぼじでぞんなごどい゛う゛の゛ぉ゛ぉ゛?!!」×約50
「ぱちゅりー! ちぇんにもわからないんだねー。 せつめいしてほしいよー」
「にんげんさんも、すぃーもいないなんてへんだわ!! まるでぱちゅたちにこのはしをわたらせようとしているみたいだもの!」
「……ッ!!」
「それに……すぃーのなかのにんげんさんはぱちゅたちをおいかけてきたりはしないわっ! いままでだってそうだったはずよ!」
道理だ。わざわざ車から降りてまでゆっくりを駆除しようとする人間はいないだろう。それどころかそんな事をすれば大事故
に繋がる危険性だってある。逃げ続けるゆっくりたちがぱちゅりーの事を口々に賞賛した。あの橋は間違いなく罠だ。人間が自
分たちを捕まえるためにわざと渡らせようとしているに違いない。
「あのはしをわたるひつようはないわっ! つぎのはしをわたりましょう!!!」
「ゆっくりりかいしたよ!!!」×約50
ぱちゅりーたちが無人の道路を横切ろうとする。その様子をライトバンの中から見ていた保健所所長がついに咆哮を上げた。
「この役立たずが!!! 見ろ!!! ゆっくりどもが通り過ぎて行くぞ!!!! お前の頭はゆっくり以下か!!!!!」
保健所所長に耳元で怒鳴りつけられた黒服はたた一点を見つめて動かない。静まり返る車内の空気に耐えられなくなったのか、
保健所所長が黒服の見る先へと視線を向けた。開いた口が塞がらなくなる。
「馬鹿……な」
ぱちゅりーたち総勢五十匹ほどのゆっくりたちが道路の中央で立ち止まっている。まるで見えない壁でも立っているかのよう
だった。全てのゆっくりが道路を横切ることができないでいる。遅れて追いついてきたゆっくりたちの反応も同じようで、それ
以上進もうとしない。
「どういう……事、だ……」
黒服が静かに答える。
「“死臭”ですよ」
「死臭……?」
「保健所のガス室に初めて入るゆっくりが、なぜ“ここはゆっくりできない場所”だと分かるのか……考えた事はありませんか?」
「まさか……」
「ゆっくりは、死ぬとゆっくりにしか分からない臭いを放ちます。 人間に感知することができない臭いなので、一種のフェロ
モンのようなものと私たちは考えていますが……それを死臭と呼んでいるんです」
「じ……じゃあ……」
「あの一帯にはゆっくりの死臭をかなりの濃度で散布してあります。 どれだけ知恵の回るゆっくりであっても、本能から逃れ
ることはできません。 反射的に挨拶を返すのと同じ理屈で、あの向こう側へは絶対に進むことはできないんです」
「信じられん……」
しかし、道路の中央で右往左往して困ったような顔を浮かべるゆっくりたちを見る限りでは信じざるを得なかった。
ぱちゅりーたちはどうしても道路を横切ることができない。
「ゆあああ!!! ゆっくりできないにおいがするよぉぉぉ!!!」
「ゆゆっ! こっちのみちはとおれないよ!!!」
死臭は十字路の二カ所を塞ぐような形で散布されていた。ぱちゅりーたちが選択可能な道は二つしかない。一つは元来た道を
引き返す道。そしてもう一つは罠の危険性が高いこの橋を渡る道。そのとき。数台のゆっくり回収車がぱちゅりーたちに迫って
きた。これまでの出来事であの車がどういう役割を果たしているかは十分に理解できている。
「れいむははしさんをわたるよ!!! ゆっくりもりにかえるよっ!!!!」
一匹のれいむがぴょんぴょんと橋の上を飛び跳ねて行くのを皮切りに、全てのゆっくりたちがその後に続いた。取り残された
のはぱちゅりーとちぇんの二匹だけである。ぱちゅりーは唇を噛み締めていた。橋を見れば理解できる。あの上に自分たちの逃
げる場所はない。しかし、もはや引き返すことも叶わなかった。選択肢は全て潰されてしまっている。ゆっくり回収車から下り
てきた人間がゆっくりと歩み寄ってきた。ライトバンからも保健所所長と黒服が下りてくる。
「……む、むきゅぅぅ!!!」
ぱちゅりーと黒服は初対面ではない。大人しいぱちゅりーが黒服を相手に威嚇を始めた。ちぇんも黒服の事を覚えているのか、
睨みつけたまま動かない。しかし、優先すべきは命だ。あらゆる選択肢が失われたとは言え、逃げ続ければ別な選択肢が生まれ
るかも知れない。それに賭けて、二匹は橋へとあんよを蹴った。その後ろを悠然と歩いてついてくる人間たち。
橋の中央。必死に逃げ続けるぱちゅりーたちの前で一歩も動けないでいるゆっくりたちの姿があった。
「そんな……ゆっくり、できない……」
ゆっくりたちの更に向こう側に“白衣の悪魔”が待ち構えていた。後ろを振り返ると、先ほどの人間たちが少しずつ詰め寄っ
てくる。橋の上のゆっくりたちはガタガタ震え始めた。挟み撃ち。橋の上でゆっくりたちはとうとう王手をかけられたのである。
橋の上を風が吹き抜けた。あまりにも静かだ。表情を見ればわかる。ここにいる全てのゆっくりたちは、間違いなく死を覚悟し
ていた。
「もう理解できただろう? お前たちは街から出ることはできない。 森に帰ることもできない」
黒服が冷たく言い放った。視線が向けられた先にはぱちゅりーがいる。黒服はぱちゅりーに向かって先の言葉を紡いだようだ。
「どうして……?」
「…………」
「ぱちゅたちは、にんげんさんにつれてこられて……っ! すてられて……っ! まちでひっしにいきようとしても、じゃまも
のあつかいされて……っ!! だから、みんなでもといたばしょにかえろうとしていただけなのに……っ!!! どうしてこん
なことするのっ?!!」
感情をむき出しにしたぱちゅりーが叫ぶ。ぱちゅりーの言葉にゆっくりたちはぼろぼろと涙を流していた。黒服が淡々と答え
る。
「簡単だ、ぱちゅりー。 それはな。 私たちが“人間”でお前らが“ゆっくり”だからだよ」
「ひどい……ひどいわ……っ! ぱちゅたちは……ぱちゅたちは……っ!!!!」
「お前たちはな。 “生きている”という夢を見ているだけの存在でしかないんだ。 夢はいつか醒めるものだろう?」
ゆっくりたちに黒服の話を理解することはできなかった。人間たちが一斉に詰め寄る。ゆっくりたちから絶叫が上がった。ぱ
ちゅりーは泣きながら黒服に威嚇を続けている。ぱちゅりーに歩み寄った黒服は、取りつけた発信器を外すとそれ以上何も言わ
ずに後ろを向いてしまった。その背中に思いつく限りの呪詛を浴びせる。ぱちゅりーの言葉もゆっくりたちの気が狂ったような
悲鳴で掻き消されてしまった。
次々と叩き潰されてゴミ袋の中に投げ入れられる野良ゆたち。中には逃げようとした橋の下に転落し、水面に叩きつけられて
即死してしまうゆっくりもいた。逃げる場所はどこにもなかった。身を隠す場所もない。八方塞がりで泣き叫ぶことぐらいしか
抵抗のできないゆっくりたちの命が一瞬で消えていく。ここまで必死に生きていたのは何故だったのだろうか。自分たちには夢
を見ることすら許されていないのか。
森に帰りたかった。草の上を跳ね回り、家族と一緒に頬を寄せ合い安心して眠ってみたかった。人間と仲直りをして一緒にゆ
くりしたかった。ゆっくり。ゆっくりしたかった。ただ、それだけなのに。
「ちぇん……」
虐殺劇の中央。絶叫と悲鳴。水しぶきのように飛び散る餡子だけが視界に映し出される世界の中で、ぱちゅりーは想いを寄せ
るゆっくりの名を呟いた。ちぇんは既に潰された後だ。ぱちゅりーの呟きには答えない。視界に人間の足が映った。見上げる。
そのまま、長い長い夢は終わりを告げた。
六、
「ゆゆっ? にんげんさん! ゆっくりしていってね!!!」
歩道を歩いていた青年と路地裏から出てきた野良のまりさが鉢合わせた。まりさは嬉しそうな笑顔でゆらゆらと揺れている。
挨拶を返してもらうのを楽しみに待っているようだ。青年は無言でまりさを抱き上げるとそのままコンクリートに勢いよく叩き
つけた。笑顔のまま顔がぐちゃぐちゃになって潰れたまりさをゴミ箱の中に投げ入れる。そのゴミ箱には“ゆっくり”との文字
が書いてあった。
あの一斉駆除以来、街を這い回る野良ゆはほとんど見かけなくなった。相変わらず路地裏の奥にまで出向いて野良ゆを駆除す
るようなモノ好きはいなかったが、表通りに現れた野良ゆはほぼ例外なく叩き潰されている。野良ゆ関連のニュースもめっきり
減っていた。一頃に比べて野良ゆの絶対数が少なくなっているのだろう。 泣きながら物乞いを続けていた野良ゆたちは今とな
っては都市伝説のような扱いを受けていた。
突然現れた謎の生物・ゆっくり。人間と同じ言葉を喋り、見ようによっては愛嬌もあるゆっくりたちはペットとして人間たち
に乱獲された。ある時期、人間とゆっくりは仲良く過ごしていたのだ。やがて人間はゆっくりを自分たちと同じような存在のよ
うに勘違いをしていく。そこから生まれた悲劇は数知れない。価値観の違い。生態の違い。初めから自分たちと異なる存在だと
割り切っていれば起きなかったであろうすれ違いが、両者の間に大きな溝を作った。飽きられたゆっくりたちは街に放り出され
る。
空前の飼いゆっくりブーム。そこから一斉に生まれた捨てゆ。それらが繁殖の末に生みだした野良ゆ。なぜ、野良ゆたちはす
ぐに街を離れようとしなかったのか。ゆっくりもまた勘違いをしていた。自分たちゆっくりと、人間は同じ価値観を持った仲間
なのだと。今は嫌われていても、いつか必ず自分たちの事を分かってくれる。仲直りをしてくれる。そんな淡い夢を抱き、街か
ら……いや、人間から離れることができなかったのだろう。人間を恐れながらも、人間を頼ろうとするのはそんな気持ちが根本
にあったからなのかも知れない。
一連の事件の発端は、人間とゆっくりによる互いの理想の押し付け合いから始まったのだという考えは、一連の事件が終わっ
た後だからこそ浮かんだのだろうか。
程なくして、二度目の飼いゆっくりブームが起きる。一度目ほどの勢いはなかったが、それでもペットショップでゆっくりを
買って行く客は少なくないそうだ。いつしか、ペットショップに並ぶゆっくりたちには虚勢と避妊が義務付けられるようになっ
た。飼いゆが野良ゆに無理矢理子供を作らされるのを防ぐため。そして、飼いゆが野良ゆと子供を作り、人間の知識を受け継ぐ
野良ゆが生まれるのを防ぐため。ゆっくりを本当に好きな飼い主たちはこの義務に心を痛めた。だが、過去の事件を振り返れば
異論を唱えることなどできなかったのである。
ゆっくりは、生物としてではなく、物として扱われることで、初めて幸せになれるのだ。飼いゆは、生きていると言えるのだ
ろうか。飼いゆっくりは何不自由なく飼い主と過ごし、そのゆん生を終える。生きるということがどういうことかを知らないま
まに。それは、夢を見続けているのと同じ事である。決して醒めることのない夢。
今日も、飼いゆっくりたちは夢を見る。……人間の世界で。
おわり
日常起こりうるゆっくりたちの悲劇をこよなく愛する余白あきでした。
あとがき
今回のお話は飼いゆっくり保護法成立過程その2ということで“去勢”を施されるに至った理由を語るものでした(駆除がメイン
になってしまった感が全開ですけど……)。
人間と同じような知恵を持った野良ゆが増えるのを防ぐというのが最大の目的です。
実はまだこの段階では“飼いゆっくり保護法”自体は成立しておらず……その3でお話しする予定のバッジ制度が採用されて初め
て完成となります。
御察しの方はいらっしゃるかも知れませんが、公餡に所属するゆっくりの証明である金バッジが余白世界のバッジ制度の走りです。
もっと言ってしまえば、“飼いゆっくり保護法”を作ったのは公餡です。
『俺が、ゆっくりだ! 2』で俺れいむが自分を“金バッジゆっくりで野良ゆを捕まえるための~”とか言ってたのはこういう事
なわけでした。
それでは最後まで読んでくださった方ありがとうございます。いろんなご意見・ご感想・ツッコミなど書いていただけるとありが
たいのですが、感想スレのリンクの貼り方がわかりません……。だ……誰か教えてくれても、いいのよ(チラチラッ
最後に“公餡”設定を使わせていただいた絵本さん、本当にありがとうございました。
2010.06.01 余白
五、
ゆっくりたちが夜の路地裏を這いずり回る。それは希望に満ちた行進であるはずだった。状況を飲み込めていない多くのゆっ
くりたちはともかく、ぱちゅりーたちの表情は暗い。曲がり角の向こう側。電柱の陰。自分たちの視界に映らない場所のそこか
しこに脅威が潜んでいるような気がしてならなかった。堤防への道筋は何度かちぇんが群れのゆっくりたちに教えていたので、
向かう方向だけは統一されている。しかし、足並みは揃わない。
だが、考えようによっては不幸中の幸いとも言える。有事の際、固まって行動していたら一網打尽にされるかも知れない。暗
がりの中を進むぱちゅりーたちは街灯の明かりだけを頼りにあんよを進めていた。
「ゆぅ……くらくてよくみえないよ……」
「わかるよー……。 なんだかいつもとちがうばしょにむかってるようなきがするんだねー……」
もちろんそれは夜の闇が見せる錯覚だ。ゆっくりたちは確実に堤防へとあんよを向けている。しかし、昼と夜の風景の違いが
まりさやちぇんの感覚を狂わせているのだ。不安な気持ちがあんよを鈍らせてしまう。何度も何度も後ろを振り返りながらずり
ずりと移動することになった。その分、ぱちゅりーとありすは周囲の様子に気を配る事ができる。
刹那。
「ゆ゛っぎゃあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
「?!」
湿った空気を切り裂く叫び声。ゆっくりたちが思わずあんよを止めた。
「れみりゃだぁぁぁぁ!!!!」
「……ッ!?」
夜はれみりゃの時間だ。それは以前ぱちゅりーも語っていたことである。人間の動きにばかり気を取られていたせいか、捕食
種の存在にまで頭が回らなかった。
れみりゃは笑顔で固定されたような表情を浮かべ空を飛び回り、地を這うゆっくりを貪り食らう夜の帝王である。辺りが暗い
せいでれみりゃが何匹いるのか、どこにいるのか、それさえも把握できない。
「い゛だい゛ぃぃ!! やべでぇ!! ありずはお゛い゛じぐないわ゛ぁ゛!!!」
れみりゃがありすに牙を突き立てたようだ。泣き叫ぶ声がぱちゅりーたちの元にまで届く。暗闇の中、散り散りになって逃げ
惑うゆっくりたち。出発してから一時間と経過しないうちに群れは離散してしまった。れみりゃは三匹ほどで路地裏の上空を旋
回している。動きの遅いゆっくりを狙って急降下し一撃で柔らかい皮を食い破っていく。
「ゆああ!! こっちこないでね!! ぷくー……んっぎゃあああああ!!!!」
「れいむのがわいいちびちゃんがあぁぁぁ!!!!」
ゆっくりの叫び声に気づいた付近の住民が家から飛び出してきた。事態は最悪の展開へと変化していく。しかし。れみりゃも
人間もゆっくりたちを深追いする事はなかった。
雨が降り始めてきたのである。日中は薄曇りで冷たく湿った風が吹いていた。不幸は終わらない。路地裏にゆっくりが雨を凌
ぐような場所はなかった。何匹かのゆっくりは意を決して人間の家の庭に入り込んだり、植え込みの中に顔をねじ込むような形
で雨を遮っている。突然降り出した雨に対応できなかったゆっくりたちは体の小さな赤ゆを中心に次々と溶けていった。ふやけ
た皮から中身の餡子が漏れていく。
「ゆあああ! まりさのなかみさん!! ゆっくりしないでもどってね!!!!」
「もっちょ……ゆっくちしちゃかっちゃ……」
「ちびちゃん! おかあさんのぼうしのしたにはいってね!!!」
「あんよがうごきゃにゃいよぉぉぉぉぉ!!!!」
「だずげでぇぇぇぇ!!!!」
四方八方からゆっくりたちの泣き叫ぶ声が上がる。絶叫と悲鳴による荘厳なオーケストラをバックミュージックにぱちゅりー
たちはガタガタ震えていた。
ぐずぐずに溶けて動けなくなったゆっくりが雨に打たれ続けその命を散らしていく。あまりにも儚い命だ。人間に追われ、捕
食種に狙われ、雨に打たれても消えてゆく。これ以上に脆弱な存在が果たしてこの世に存在したであろうか。それでも、ゆっく
りたちは生きる事を願う。世界は自分たちに対して決して優しくはなかった。
「まりさ……」
ちぇんが見ている方向に顔を向けるとそこには街灯に照らされたゴミ捨て場があった。堤防付近に設置されていたものである。
それに気づいたのかまりさとちぇんが顔を見合わせて「ゆっくり~!」と歓喜の声を上げた。ぱちゅりーたち四匹のゆっくりが
休んでいるのは路上に駐車していた車の下だ。水は近くの側溝に流れていくためにあんよが水に濡れることもない。落ち着いて
避難場所を探すことのできたゆっくりたちの大半は降り続く雨を見つめながら互いに身を寄せ合っていた。
「もう、おくちのなかからでてきてもいいよ」
一部のゆっくり親子は赤ゆを口の中に避難させることで難を逃れたようだ。
口の中に入ったまま親ゆが溶けて死んでしまい、そのまま一緒に溶けて命を落とした赤ゆも決して少なくはない。側溝の下に
潜り込んで雨を凌いだつもりが流れ込んできた水によって命を奪われたゆっくりもいた。
「ぱちゅの……せいだわ……」
「とかいはじゃないわ! ぱちゅりーのせいじゃないわよ!」
「そうだよ! すぐにでもしゅっぱつしないとにんげんさんたちにゆっくりできなくさせられちゃうところだったよ!」
「そうだねー……。 あかるくなってからかわさんをめざしてもにんげんさんにみつかってしまったとおもうよー……」
本心でかけられた言葉がぱちゅりーの心を熱くさせる。
「ゆっくり……ありがとう」
その一方で、黒服と所長は大きめのモニターに映し出された街の地図とその中で点滅するマークを見つめていた。点滅してい
るのはぱちゅりーに付けられた発信器の位置を示している。ぱちゅりーが夜のうちに移動を始めたことは保健所サイドに筒抜け
であった。
「――――おそらく、野良ぱちゅりーと一緒に廃材置き場に住み着いていたゆっくりの殆どが……あるいは全部が行動を共にし
ているでしょう」
「危険を察知でもしたのか……?」
「そこまではわかりません。 しかし、あの野良ぱちゅりーたちはどうやら川を遡って森に帰ろうとしているらしいですね。
どうしてなかなか知恵が回る」
「じゃあ明日の駆除は……」
「街の中心部と河川敷を中心に行えば問題ありません。 詳しい作業場所の説明は当日行うとしましょう。 私は野良ぱちゅり
ーの動きを見ておきます。 あなたは先に休んでいてください」
「……わかった」
所長が部屋を出て行く。金バッジぱちゅりーは既に眠りについていた。
「どこか一箇所に追い詰める必要があるな……」
黒服、いや公餡のやり方は徹底されているようだ。ゆっくりを対等な存在と見て対策を練っている。事実そこまでしなければ
野良ゆを全滅させることはできないだろう。この街の実情を見ていればそれが理解できる。黒服が注目したのは川に架かる三本
の橋。
「……討ち漏らしたゆっくりは、ここで死んでもらうとするか……」
早朝。
小鳥の囀りに目を覚ましたぱちゅりーが寄り添う三匹をそっと起こす。雨は上がっていた。通り雨だったようである。気がつ
けばずりずりとあんよを這わせる別のゆっくりたちがちらちらと視界に入ってきた。ぱちゅりーたちも無言のまま、車の下から
這い出す。そして堤防へ向かってぴょんぴょんと飛び跳ね移動を開始した。アスファルトの階段を登って河川敷を見下ろす。大
きな川が下流に向かって流れていた。ぱちゅりーたちが堤防を上流へと向かって動き始める。気がつけば数匹のゆっくりが同じ
方向へあんよを這わせていた。川の流れる方向とは反対へ進むという事は記憶していたのだろう。再三ぱちゅりーが語って聞か
せていたおかげと言える。
「みかけないゆっくりもいるね」
廃材置き場に住むゆっくり以外のゆっくりも同じような行動を起こしていた。おおかた、何匹かのゆっくりが街で見かけたゆ
っくりを脱出に誘ったのだろう。川沿いに百匹に僅か足りないほどのゆっくりたちが集まってきている。一様に上流へと向かっ
てジャンプをしていた。
時計が午前七時を示している。
街の中心部に集められた保健所職員とボランティアの一般参加者に拡声器を使って一日の方針を伝えるのは所長だ。傍らには
黒服が控えている。
「――――であるからして、我々は一刻も早く野良ゆっくりを一匹残らず駆除しなければならいのであります!!! それでは、
街の中心部と河川敷に別れて作業を開始してください!!」
説明が終わると同時に一斉に人間が散開し始めた。手にはゴミ袋と火挟みが握られている。街の要所要所にゆっくり回収専用
のトラックが停車していた。普通の野良ゆであればまだ活動を開始していない時間である。
「おい……」
一人の参加者が木の下に不自然に積み上げられた枝やビニール袋を発見した。忍び寄りそれをひと思いに取り払う。突然おう
ちの天井部分を破壊されたまりさ親子は飛び起きて叫び声を上げた。
「ゆわぁぁぁ!!!」
「や、やめてねっ! れいむたちのおうちをこわさないでねっ!!!」
「おきゃーしゃん、きょわいよぉぉぉ!!!!」
「ぷきゅー!!」
無言で火挟みを二匹の親ゆっくりに突き立てる。引き裂けんばかりに口を開いて絶叫する親ゆを執拗に殴打する人間たち。二
匹の親ゆはすぐに死んでしまった。三匹の赤ゆはわけもわからずガタガタ震えている。小さな瞳からぽろぽろと涙をこぼす赤ゆ
たちを人間たちは容赦なく踏み潰してゴミ袋の中に放り込んだ。
「ゆんやぁぁぁ!!! こっちにこないでねっ!! どうしてついてくるのぉぉぉ?!」
逃げ惑う数匹のゆっくりを追いかけて殴りつける。
「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ、……」
全身を駆け巡る激痛に息を漏らすれいむ種が動きを止めた瞬間、揉み上げを掴まれアスファルトに叩きつけられた。顔の半分
が潰れたれいむ種は即死である。壊れた饅頭をゆっくり回収車の中に投げ込んだ。
「ごわいよ゛ぉぉぉ!!」
成体ゆっくりも子ゆっくりも、目の前で繰り広げられる虐殺劇に怯え震えている。ゆっくりが必死に作ったおうちはいともた
やすく破壊され、その中で泣きながら命乞いをするゆっくり親子を一匹残らず叩き潰す。物陰の奥に隠れて叫び声を上げるゆっ
くりも引きずり出して息の根を止めた。公園の敷地内を逃げ回る赤ゆも一匹ずつ追い詰めて正確に潰して回る。草の根をかき分
けてまで生き残りのゆっくりを探す人間たちの行動が、いかに本気で一斉駆除を行っているかを窺わせていた。いつもならばや
り過ごせていたはずのゆっくりも隠れ場所を暴かれて絶望しながら死んでいく。
「どぼじでごんな゛ごどずるのぉぉぉ??!!!」
悲痛な問いかけに答える人間は誰一人としていない。
「だずげでぐだざい!! おでがいじばずぅぅぅ!!!!」
赤ゆたちを庇うように前に出て額を地面にこすりつけるゆっくりの頭をそのまま踏み潰す。目の前で絶命した母親ゆっくりを
見て泣き声を上げる前に二匹の赤ゆは潰されてしまった。街中のゆっくりたちが悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らしたように逃
げ惑う。人間たちはどこまでも追いかけてきた。どこに逃げても人間たちが待ちかまえている。ボランティアの参加者の中には
バールや鎌などといった個人の“道具”を持参している者もいた。それぞれの凶器が振り下ろされゆっくりが次々と弾け飛ぶ。
何を言っても聞き入れる様子のない人間たちに、野良ゆたちは恐れ慄いていた。恐怖でしーしーを漏らす成体ゆっくりも淡々と
潰されていく。駆除から逃れようと交差点に飛び出したゆっくりが四トントラックにはねられて爆散した。草むらに顔だけ突っ
込んで尻をぶるぶると震わせているゆっくりのあにゃるに鎌を突き刺して引きずり出すと、痛みに泣き喚いてのたうち回るその
ゆっくりを動かなくなるまで徹底的に殴打し続けた。バラバラに砕かれる歯。千切れる皮、揉み上げ、髪の毛、伸ばした舌。そ
こにゆっくりという生き物が存在した痕跡そのものを完全に消し去ろうとせんばかりの勢いで叩き伏せる。
「もう、やめてくださいぃぃぃ!!! まりさたち、ゆっくりしてただけなのに……どうしてこんなことするのぉぉぉぉ?!!」
街のあらゆる場所からゆっくりたちの声が上がった。もう、全てが手遅れだった。ゆっくりたちは人間を完全に敵に回してし
まっていたのである。
叫び声は風に乗って河川敷にまで微かに届いていた。河川敷、堤防の上、堤防脇の道路。それぞれのルートでゆっくりたちが
逃げ続けている。ゆっくりたちの全力疾走は、人間が早歩きをする程度のスピードしかない。逃げ切れる道理はなかった。事実、
ろくに隠れるスペースもない河川敷ではあらゆる場所でゆっくりが激痛に身を捩らせ叫び声を上げている。地獄絵図だった。河
川敷に散らばるゆっくりの残骸。飛び散った餡子。転がる目玉。千切れた体を必死に動かそうともがき続ける赤ゆ。パニックに
陥り川の中に飛び込んで逃げようとしたゆっくりたちの飾りが下流に向けて流されている。それでもなお、駆除活動は続いてい
た。顔面がボコボコに凹んでいながらもかろうじて生きている野良ゆが人間の目を盗んでその場を逃れようとしている。人間た
ちはそれさえも見逃さなかった。まともに動くことすらできないゆっくりの顔に何度も何度もハンマーで叩きつける。殴られる
たびに揉み上げをびくんと動かし、「ゆ゛っ」と短く呻き声を上げた。
「もうやだぁぁぁ!!! おうちかえるぅぅぅぅ!!!!!」
在りもしない居場所に帰ると叫ぶ野良ゆを二人がかりで押さえつけて殴り続けた。
「ゆ゛ぶっ!! ゆぼぉっ?! ゆ゛げぇッ!!! ゆ゛ぐぅっ!!! ゆ゛んぎい゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!! ……い、い゛
だい゛よ゛ぉ゛ぉ゛!!!!!」
一斉駆除の説明を受ける際に、ゆっくりは完全に死ぬまで殴り続けるように言われた。体の小さな赤ゆを一匹ずつ踏み潰すの
は面倒になってきたのか、摘み上げられた赤ゆが次々と川の中に投げ込まれていく。
「おしょらをとんでりゅみちゃ……ゆぴゅぇッ?! ゆんやぁぁぁ!!! おみじゅしゃんはゆっくちできにゃいぃぃぃぃ!!!! ……ゆ゛ぶぶぶぶぶぶ……」
「ゆっくりにげるよ!!! そろーり! そろーり!! どぼじでにんげんざんがいる゛の゛ぉぉぉぉ?!!」
河川敷を逃げ回るゆっくりたちはほぼ完全に包囲されていた。それでも駆除は追いつかない。街の中心部から逃げてきた野良
ゆたちが次々に合流していくからだ。駆除に参加していた人間たちにも疲労の色が見え始める。
(信じられん……。 こんなにたくさん……いやがったのか……)
ゆっくりの数は人間たちの想像していた絶対数を遙かに上回っていた。一体これほどの数のゆっくりがどうやって街の中に潜
んでいたのだろうか。人間たちは苦情の件数やニュースで見かける野良ゆの集団などでしかゆっくりの総数を把握してなかった。
表舞台に現れて世間を騒がせていた野良ゆは全体のほんの一部に過ぎなかったのである。
駆除に参加した人数は約七十人。それだけの人数で野良ゆを全滅させるのは物理的に不可能だった。保健所所長ががっくりと
肩を落とす。
「全滅させるのは無理だ……数が多すぎる……」
「今日一日で全滅させる必要はありません。 大切なのは一般市民にゆっくりが駆除すべき対象である事を知らしめることです
よ」
「……どういうことだ?」
「今、この街の市民にとってゆっくりを駆除することは“常識”になりつつあります。 その風潮はやがて“見かけたゆっくり
はまず潰す”という意識に変わっていくでしょう。 街のあちこちにゆっくり用のゴミ箱を設置するといい。 ゆっくりは動き
回るゴミでしかないという考え方を植え込んでいけばいいんです。 ……ゆっくり、とね」
黒服が冷たい笑みを浮かべた。
なおも続くゆっくりたちの絶叫。ボランティアの一般参加者も粘り強く駆除に当たっていた。思惑は成功していると言えるの
かも知れない。これまでのように泣きすがるゆっくりに慈悲をかける者はいなくなった。
「どこににげればいいのぉぉ?! ゆっくりしないでおしえてねっ!!! しんじゃうよぉぉぉ!!!!」
「おきゃーしゃあああん!!! どきょぉぉぉ?!! ひちょりにしにゃいでぇぇぇ!!!」
「ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ、ゆ゛っ……」
駆除開始から既に二時間が経とうとしている。休日とはいえそろそろ街が動き始める時間帯だ。街の中心で一日中駆除を行う
事はできない。駆除の舞台は街の中心部から河川敷へと移っていった。あれだけ潰したにも関わらず河川敷では今もなお百をゆ
うに越えるゆっくりたちがぴょんぴょん飛び跳ねて逃げ続けていた。ゆっくり回収車も堤防脇の道路に縦列駐車で停まっている。
川の下流に流れていくゆっくりの飾りの数もどんどん増えていく。
「ゆんやぁぁぁ!!! おきゃーしゃんもいっしょじゃにゃいちょ、いやぁぁぁぁ!!!」
「ちびちゃん。 ゆっくりりかいしてね。 ちびちゃんだけでもゆっくりにげてね!!!」
一匹のまりさ種が自分の帽子の中に二匹の赤ゆを入れてそれを川に浮かべていた。このまりさ種は命の次に大切とされる帽子
を犠牲にしてまで我が子を守ろうとしていたのだ。そこへ人間が迫ってくる。
「……ゆっくりしていってね!!!」
まりさが口でついと、帽子を川に向けて押しやる。岸から離れていく帽子。その中から赤ゆたちが飛び跳ねてまりさに助けを
求めていた。だがまりさは一瞬で人間によって叩き潰されてしまう。まりさの死骸はそのまま川に蹴り込まれた。
「ゆんやああぁぁぁ!!!!」
長い棒きれを帽子に引っかけて止める。
「や、やめちぇにぇっ!! やめちぇにぇっ!!!」
何をされるかの予想はつかないが嫌な予感だけはするのだろう。必死になって懇願する赤ゆたちの入った帽子を棒きれで傾け
て転覆させた。それからしばらく何か喚いていたが、赤ゆたちが水面から顔を出すことは二度となかった。
「ゆはぁっ、ゆはぁっ……!!」
ぱちゅりー以下三匹のゆっくりたちはあえて路地裏の中を通って川に並行するような形であんよを動かしていた。数多の仲間
が次々と目の前で潰されていくところが瞼に焼き付いている。涙目のまま、無心でひたすらアスファルトの上を跳ね続けた。
「ゆっくりがいたぞ!!!」
自分たちの遙か後方から人間たちの声が上がる。四匹とも死を覚悟しながらもあんよを止めることだけはしなかった。足音が
どんどん近づいてくる。後方を移動していたまりさとありすはお互いの顔を見合わせて頷くと、あんよを止めて迫る人間へと向
き直った。ぱちゅりーとちぇんが二匹に向かって何か叫んでいる。それをかき消すかのようにまりさとありすが大声で叫んだ。
「ぱちゅりー!!! まりさたちにごはんさんをむーしゃむーしゃさせてくれてありがとう!!!」
「ありすたちはとかいはなぱちゅりーたちのことを、ずっとずっとわすれないわ!!!だから……」
「「ゆっくりにげてね!!!!」」
「むきゅぅぅ!!! だめよ!! みんなでいっしょにもりにかえるっていったでしょぉぉ?!」
「わからないよー!!! まりさもありすも、いっしょににげるんだねー!!!!」
「ぱちゅりー……。 にんげんさんにみつかったら、なかまをおいてでもにげなきゃいけない、ってぱちゅりーがおしえてくれ
たんだよ」
「そうだわ。 ありすたちは……ごはんさんのおれい、これぐらいしかできないから……」
ぱちゅりーが泣きながら叫ぶ。
「いっしょにゆっくりできることのほうがだいじだわっ!!!!」
ちぇんがぱちゅりーの髪の毛を咥えて引っ張った。ぱちゅりーがずりずりと引きずられる。ちぇんはまりさとありすの決意に
応えようとしていたのだ。
「むきゅ!! ちぇん!!! はなして……っ!! おねがいよっ!!!!」
「ちぇん……ぱちゅりー……!!! まりさたちのぶんまで、たくさんたくさんゆっくりしていってね!!!!」
ぱちゅりーはそれ以上何も言わなかった。二匹があんよを蹴る。振り返ることもしなかった。後方から、まりさとありすの絶
叫が上がる。涙が溢れて止まらない。ちぇんも、ぱちゅりーも必死になってあんよを動かし続けた。まりさとありすの分まで絶
対に生きてみせる、という強い意志の下。
長い長い路地裏を抜けた。目の前に再び堤防が現れる。その更に前方。大きな橋が見えた。その橋の向こう岸に街の中では見
たことがないような緑色の世界が広がっている。
「……もりだわ……っ!!」
確証はなかったが確信があった。野生で暮らしていた母親ゆっくりから受け継いだ知識がそう答えを告げている。逃げ切った
ゆっくりたちも同じ場所を目指しているようだった。その数はもはや三十匹にも満たない。人間たちもここまでは追ってこない
ようだ。逃げ切った。どのゆっくりもがそう思っていた。
「ぱちゅりー……っ!!」
「ちぇん……っ!!!」
二匹が顔を見合わせる。目指した場所はもうすぐそこだ。自然とあんよを蹴る力が強くなった。
「なんだと?! 橋を封鎖するとはどういうことだ!! 聞いてないぞ!!! 私たちの判断だけでそんなことができるわけが
ないだろう!!!」
保健所所長が語気を荒げて黒服に怒鳴りつけていた。黒服は鬱陶しいと言わんばかりの表情を浮かべ、一瞥する。
「三本ある橋の一本だけです。 それに既にこちらから話は通してあります。 あなたたちはそのまま駆除を続けてください」
「馬鹿かお前は!! ゆっくりがどの橋を渡るかなんてわからんだろうが!!! 自然に帰すのはマズイと言っていたのはお前
だろう!!!」
「わかりますよ」
「……何?」
「ゆっくりが渡る橋は……いや、“渡ることのできる橋”は一本しかありません」
「くっ……」
「私たちもそろそろ行きましょう。 駆除はもうすぐ終わりです。 あの野良ぱちゅりーにつけた発信器も回収できるなら回収
しておきたい」
どこまでも冷静な黒服に苛立ちを隠しきれない保健所所長は顔を真っ赤にしながら、車に乗り込んだ。
三本の橋。それは街の境目を流れる一級河川に架かる巨大な橋だ。当然、交通上重要な役割を果たしている。それを三本とも
封鎖などしたら様々な方面から苦情が来るだろう。公餡に依頼を出しているとは言え、作業の責任は保健所側が担うことになっ
ていた。それなのに公餡からやってきた黒服の若造は平気で橋を封鎖するなどと進言してくる。大々的に報道されていたおかげ
で街の住人たちは今回の駆除に注目をしていた。下手に失態などを見せてしまえば批難の矢面に立たされるのは間違いない。
(ゆっくりが……っ!!! ゆっくり如きが……ッ!!!!)
拳を握りしめる保健所所長の横顔を横目で見ながら黒服が小さく笑う。
「以前、テレビ局の人間にも言ったんですがね……」
「なんだ?!」
「――――あなたたちはゆっくりの事を知らなさすぎる」
黒服たちの乗ったライトバンが一本の橋の前で止まった。既に橋は封鎖されているようだ。しかしこの付近に人員は配置され
ていないようである。
「人間をあえて配置しないことでゆっくりたちにこの橋を渡るように仕向けるという事か……子供騙しな」
「いえ……。 無駄な人件費を削減しただけですよ」
飄々と答え続ける黒服の態度に保健所所長が突っかかろうとした時だった。
「来ましたよ」
「なに?」
ぱちゅりーとちぇんを先頭にゆっくりたちが逃げてくる。真っ直ぐに黒服たちの方向へと向かっていた。あれから生き残りが
また合流したのか数は五十前後にまで増えているようだ。橋はもう目の前に迫っている。
「ぱちゅりー!! もうすこしだよ!!!」
「むきゅ……ッ!! むきゅ……ッ!!!」
体力的にも精神的にもぱちゅりーは限界が近づいていた。そんな中でもぱちゅりーの思考が止まることはない。橋を見かけて
人間が追って来なくなったときには嬉しくてはしゃいでいたが、それに対して違和感を覚えていたのだ。
(どういうことかしら……? あんなにたくさん、にんげんさんがいたのに……おいかけてこないなんて……)
目の前の橋にも疑問符が打たれる。一台も車が通っていない。
(にんげんさんのすぃーが……ひとりもいないのだってなんだかおかしいわ……)
ぱちゅりーが目を見開いた。それからあんよで地面を蹴りながら叫ぶ。
「みんなっ!! “このはしはわたってはいけないわ!!!”」
「どぼじでぞんなごどい゛う゛の゛ぉ゛ぉ゛?!!」×約50
「ぱちゅりー! ちぇんにもわからないんだねー。 せつめいしてほしいよー」
「にんげんさんも、すぃーもいないなんてへんだわ!! まるでぱちゅたちにこのはしをわたらせようとしているみたいだもの!」
「……ッ!!」
「それに……すぃーのなかのにんげんさんはぱちゅたちをおいかけてきたりはしないわっ! いままでだってそうだったはずよ!」
道理だ。わざわざ車から降りてまでゆっくりを駆除しようとする人間はいないだろう。それどころかそんな事をすれば大事故
に繋がる危険性だってある。逃げ続けるゆっくりたちがぱちゅりーの事を口々に賞賛した。あの橋は間違いなく罠だ。人間が自
分たちを捕まえるためにわざと渡らせようとしているに違いない。
「あのはしをわたるひつようはないわっ! つぎのはしをわたりましょう!!!」
「ゆっくりりかいしたよ!!!」×約50
ぱちゅりーたちが無人の道路を横切ろうとする。その様子をライトバンの中から見ていた保健所所長がついに咆哮を上げた。
「この役立たずが!!! 見ろ!!! ゆっくりどもが通り過ぎて行くぞ!!!! お前の頭はゆっくり以下か!!!!!」
保健所所長に耳元で怒鳴りつけられた黒服はたた一点を見つめて動かない。静まり返る車内の空気に耐えられなくなったのか、
保健所所長が黒服の見る先へと視線を向けた。開いた口が塞がらなくなる。
「馬鹿……な」
ぱちゅりーたち総勢五十匹ほどのゆっくりたちが道路の中央で立ち止まっている。まるで見えない壁でも立っているかのよう
だった。全てのゆっくりが道路を横切ることができないでいる。遅れて追いついてきたゆっくりたちの反応も同じようで、それ
以上進もうとしない。
「どういう……事、だ……」
黒服が静かに答える。
「“死臭”ですよ」
「死臭……?」
「保健所のガス室に初めて入るゆっくりが、なぜ“ここはゆっくりできない場所”だと分かるのか……考えた事はありませんか?」
「まさか……」
「ゆっくりは、死ぬとゆっくりにしか分からない臭いを放ちます。 人間に感知することができない臭いなので、一種のフェロ
モンのようなものと私たちは考えていますが……それを死臭と呼んでいるんです」
「じ……じゃあ……」
「あの一帯にはゆっくりの死臭をかなりの濃度で散布してあります。 どれだけ知恵の回るゆっくりであっても、本能から逃れ
ることはできません。 反射的に挨拶を返すのと同じ理屈で、あの向こう側へは絶対に進むことはできないんです」
「信じられん……」
しかし、道路の中央で右往左往して困ったような顔を浮かべるゆっくりたちを見る限りでは信じざるを得なかった。
ぱちゅりーたちはどうしても道路を横切ることができない。
「ゆあああ!!! ゆっくりできないにおいがするよぉぉぉ!!!」
「ゆゆっ! こっちのみちはとおれないよ!!!」
死臭は十字路の二カ所を塞ぐような形で散布されていた。ぱちゅりーたちが選択可能な道は二つしかない。一つは元来た道を
引き返す道。そしてもう一つは罠の危険性が高いこの橋を渡る道。そのとき。数台のゆっくり回収車がぱちゅりーたちに迫って
きた。これまでの出来事であの車がどういう役割を果たしているかは十分に理解できている。
「れいむははしさんをわたるよ!!! ゆっくりもりにかえるよっ!!!!」
一匹のれいむがぴょんぴょんと橋の上を飛び跳ねて行くのを皮切りに、全てのゆっくりたちがその後に続いた。取り残された
のはぱちゅりーとちぇんの二匹だけである。ぱちゅりーは唇を噛み締めていた。橋を見れば理解できる。あの上に自分たちの逃
げる場所はない。しかし、もはや引き返すことも叶わなかった。選択肢は全て潰されてしまっている。ゆっくり回収車から下り
てきた人間がゆっくりと歩み寄ってきた。ライトバンからも保健所所長と黒服が下りてくる。
「……む、むきゅぅぅ!!!」
ぱちゅりーと黒服は初対面ではない。大人しいぱちゅりーが黒服を相手に威嚇を始めた。ちぇんも黒服の事を覚えているのか、
睨みつけたまま動かない。しかし、優先すべきは命だ。あらゆる選択肢が失われたとは言え、逃げ続ければ別な選択肢が生まれ
るかも知れない。それに賭けて、二匹は橋へとあんよを蹴った。その後ろを悠然と歩いてついてくる人間たち。
橋の中央。必死に逃げ続けるぱちゅりーたちの前で一歩も動けないでいるゆっくりたちの姿があった。
「そんな……ゆっくり、できない……」
ゆっくりたちの更に向こう側に“白衣の悪魔”が待ち構えていた。後ろを振り返ると、先ほどの人間たちが少しずつ詰め寄っ
てくる。橋の上のゆっくりたちはガタガタ震え始めた。挟み撃ち。橋の上でゆっくりたちはとうとう王手をかけられたのである。
橋の上を風が吹き抜けた。あまりにも静かだ。表情を見ればわかる。ここにいる全てのゆっくりたちは、間違いなく死を覚悟し
ていた。
「もう理解できただろう? お前たちは街から出ることはできない。 森に帰ることもできない」
黒服が冷たく言い放った。視線が向けられた先にはぱちゅりーがいる。黒服はぱちゅりーに向かって先の言葉を紡いだようだ。
「どうして……?」
「…………」
「ぱちゅたちは、にんげんさんにつれてこられて……っ! すてられて……っ! まちでひっしにいきようとしても、じゃまも
のあつかいされて……っ!! だから、みんなでもといたばしょにかえろうとしていただけなのに……っ!!! どうしてこん
なことするのっ?!!」
感情をむき出しにしたぱちゅりーが叫ぶ。ぱちゅりーの言葉にゆっくりたちはぼろぼろと涙を流していた。黒服が淡々と答え
る。
「簡単だ、ぱちゅりー。 それはな。 私たちが“人間”でお前らが“ゆっくり”だからだよ」
「ひどい……ひどいわ……っ! ぱちゅたちは……ぱちゅたちは……っ!!!!」
「お前たちはな。 “生きている”という夢を見ているだけの存在でしかないんだ。 夢はいつか醒めるものだろう?」
ゆっくりたちに黒服の話を理解することはできなかった。人間たちが一斉に詰め寄る。ゆっくりたちから絶叫が上がった。ぱ
ちゅりーは泣きながら黒服に威嚇を続けている。ぱちゅりーに歩み寄った黒服は、取りつけた発信器を外すとそれ以上何も言わ
ずに後ろを向いてしまった。その背中に思いつく限りの呪詛を浴びせる。ぱちゅりーの言葉もゆっくりたちの気が狂ったような
悲鳴で掻き消されてしまった。
次々と叩き潰されてゴミ袋の中に投げ入れられる野良ゆたち。中には逃げようとした橋の下に転落し、水面に叩きつけられて
即死してしまうゆっくりもいた。逃げる場所はどこにもなかった。身を隠す場所もない。八方塞がりで泣き叫ぶことぐらいしか
抵抗のできないゆっくりたちの命が一瞬で消えていく。ここまで必死に生きていたのは何故だったのだろうか。自分たちには夢
を見ることすら許されていないのか。
森に帰りたかった。草の上を跳ね回り、家族と一緒に頬を寄せ合い安心して眠ってみたかった。人間と仲直りをして一緒にゆ
くりしたかった。ゆっくり。ゆっくりしたかった。ただ、それだけなのに。
「ちぇん……」
虐殺劇の中央。絶叫と悲鳴。水しぶきのように飛び散る餡子だけが視界に映し出される世界の中で、ぱちゅりーは想いを寄せ
るゆっくりの名を呟いた。ちぇんは既に潰された後だ。ぱちゅりーの呟きには答えない。視界に人間の足が映った。見上げる。
そのまま、長い長い夢は終わりを告げた。
六、
「ゆゆっ? にんげんさん! ゆっくりしていってね!!!」
歩道を歩いていた青年と路地裏から出てきた野良のまりさが鉢合わせた。まりさは嬉しそうな笑顔でゆらゆらと揺れている。
挨拶を返してもらうのを楽しみに待っているようだ。青年は無言でまりさを抱き上げるとそのままコンクリートに勢いよく叩き
つけた。笑顔のまま顔がぐちゃぐちゃになって潰れたまりさをゴミ箱の中に投げ入れる。そのゴミ箱には“ゆっくり”との文字
が書いてあった。
あの一斉駆除以来、街を這い回る野良ゆはほとんど見かけなくなった。相変わらず路地裏の奥にまで出向いて野良ゆを駆除す
るようなモノ好きはいなかったが、表通りに現れた野良ゆはほぼ例外なく叩き潰されている。野良ゆ関連のニュースもめっきり
減っていた。一頃に比べて野良ゆの絶対数が少なくなっているのだろう。 泣きながら物乞いを続けていた野良ゆたちは今とな
っては都市伝説のような扱いを受けていた。
突然現れた謎の生物・ゆっくり。人間と同じ言葉を喋り、見ようによっては愛嬌もあるゆっくりたちはペットとして人間たち
に乱獲された。ある時期、人間とゆっくりは仲良く過ごしていたのだ。やがて人間はゆっくりを自分たちと同じような存在のよ
うに勘違いをしていく。そこから生まれた悲劇は数知れない。価値観の違い。生態の違い。初めから自分たちと異なる存在だと
割り切っていれば起きなかったであろうすれ違いが、両者の間に大きな溝を作った。飽きられたゆっくりたちは街に放り出され
る。
空前の飼いゆっくりブーム。そこから一斉に生まれた捨てゆ。それらが繁殖の末に生みだした野良ゆ。なぜ、野良ゆたちはす
ぐに街を離れようとしなかったのか。ゆっくりもまた勘違いをしていた。自分たちゆっくりと、人間は同じ価値観を持った仲間
なのだと。今は嫌われていても、いつか必ず自分たちの事を分かってくれる。仲直りをしてくれる。そんな淡い夢を抱き、街か
ら……いや、人間から離れることができなかったのだろう。人間を恐れながらも、人間を頼ろうとするのはそんな気持ちが根本
にあったからなのかも知れない。
一連の事件の発端は、人間とゆっくりによる互いの理想の押し付け合いから始まったのだという考えは、一連の事件が終わっ
た後だからこそ浮かんだのだろうか。
程なくして、二度目の飼いゆっくりブームが起きる。一度目ほどの勢いはなかったが、それでもペットショップでゆっくりを
買って行く客は少なくないそうだ。いつしか、ペットショップに並ぶゆっくりたちには虚勢と避妊が義務付けられるようになっ
た。飼いゆが野良ゆに無理矢理子供を作らされるのを防ぐため。そして、飼いゆが野良ゆと子供を作り、人間の知識を受け継ぐ
野良ゆが生まれるのを防ぐため。ゆっくりを本当に好きな飼い主たちはこの義務に心を痛めた。だが、過去の事件を振り返れば
異論を唱えることなどできなかったのである。
ゆっくりは、生物としてではなく、物として扱われることで、初めて幸せになれるのだ。飼いゆは、生きていると言えるのだ
ろうか。飼いゆっくりは何不自由なく飼い主と過ごし、そのゆん生を終える。生きるということがどういうことかを知らないま
まに。それは、夢を見続けているのと同じ事である。決して醒めることのない夢。
今日も、飼いゆっくりたちは夢を見る。……人間の世界で。
おわり
日常起こりうるゆっくりたちの悲劇をこよなく愛する余白あきでした。
あとがき
今回のお話は飼いゆっくり保護法成立過程その2ということで“去勢”を施されるに至った理由を語るものでした(駆除がメイン
になってしまった感が全開ですけど……)。
人間と同じような知恵を持った野良ゆが増えるのを防ぐというのが最大の目的です。
実はまだこの段階では“飼いゆっくり保護法”自体は成立しておらず……その3でお話しする予定のバッジ制度が採用されて初め
て完成となります。
御察しの方はいらっしゃるかも知れませんが、公餡に所属するゆっくりの証明である金バッジが余白世界のバッジ制度の走りです。
もっと言ってしまえば、“飼いゆっくり保護法”を作ったのは公餡です。
『俺が、ゆっくりだ! 2』で俺れいむが自分を“金バッジゆっくりで野良ゆを捕まえるための~”とか言ってたのはこういう事
なわけでした。
それでは最後まで読んでくださった方ありがとうございます。いろんなご意見・ご感想・ツッコミなど書いていただけるとありが
たいのですが、感想スレのリンクの貼り方がわかりません……。だ……誰か教えてくれても、いいのよ(チラチラッ
最後に“公餡”設定を使わせていただいた絵本さん、本当にありがとうございました。
2010.06.01 余白