ニューカッスル城は浮遊大陸から突き出た岬の突端にある高い城だった。
ルイズたちを乗せた軍艦『イーグル』号は捕獲した商船と共に、城の上空に待機する貴族派の巨大戦艦の監視の目を避け、大陸の下の方から巧妙に隠された王城の秘密の港に入った。
ルイズたちを乗せた軍艦『イーグル』号は捕獲した商船と共に、城の上空に待機する貴族派の巨大戦艦の監視の目を避け、大陸の下の方から巧妙に隠された王城の秘密の港に入った。
ウェールズと一緒に艦を降りると、港で働いていた兵士たちが出迎え、その中の年老いたメイジに皇太子は叫ぶ。
「喜べ、バリー。硫黄だ、硫黄!」
「おお! 硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! これで我々の名誉も、守られるというものですな!」
「王国の誇りと名誉を、叛徒どもに示しつつ、敗北することができるだろう」
「これぞ、栄光ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ! 彼奴らの前で見事、最後の徒花を咲かせてみせましょうぞ!」
「おお! 硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! これで我々の名誉も、守られるというものですな!」
「王国の誇りと名誉を、叛徒どもに示しつつ、敗北することができるだろう」
「これぞ、栄光ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ! 彼奴らの前で見事、最後の徒花を咲かせてみせましょうぞ!」
ウェールズ達は心底楽しそうに笑いあっている。ルイズは敗北という言葉に顔色を変えて、ウェールズを見ていた。
「して、その方たちは?」
老メイジの問いに、ウェールズはトリステインからの大使だと告げ、そのまま私たちを天守の一角にある居室に案内した。
皇太子の居室は王子の部屋とは思えない質素な部屋であった。ウェールズは窓辺にある古びた机の引き出しに入った小箱の中から一通の手紙を取り出した。
そして、何度も読み返したらしくボロボロになった手紙に一度目を通した後、丁寧に折りたたんで封筒に入れ、ルイズに手渡す。
皇太子の居室は王子の部屋とは思えない質素な部屋であった。ウェールズは窓辺にある古びた机の引き出しに入った小箱の中から一通の手紙を取り出した。
そして、何度も読み返したらしくボロボロになった手紙に一度目を通した後、丁寧に折りたたんで封筒に入れ、ルイズに手渡す。
「ありがとうございます」
ルイズは深々と頭を下げ、その手紙を受け取る。
「明日の朝、非戦闘員を乗せ『イーグル』号が出航する。それに乗って帰りなさい」
ウェールズの言葉にルイズは手紙じっと見つめた後、決心したように口を開いた。
「あの殿下……さきほど、栄光ある敗北とおっしゃっていましたが、王軍に勝ち目はないのですか?」
「ないよ。我が軍は三百、敵軍は五万。万に一つの可能性もありえない。我々にできる事は、せいぜい華々しく散って、勇敢な死に様を連中に見せつけることだけだ」
「ないよ。我が軍は三百、敵軍は五万。万に一つの可能性もありえない。我々にできる事は、せいぜい華々しく散って、勇敢な死に様を連中に見せつけることだけだ」
ルイズは俯いた。
「殿下の討ち死になさるさまも、その中に含まれるのですか?」
「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」
「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」
明日にも死ぬというのにウェールズは落ち着き払った態度で、その瞳には一遍の迷いも浮かんでいなかった。
そんなウェールズにルイズは一礼すると、躊躇いがちに口を開く。
そんなウェールズにルイズは一礼すると、躊躇いがちに口を開く。
「殿下、失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたいことがございます」
「なんなりと申してみよ」
「この、ただいまお預かりいたしました手紙の内容、もしやこれは……」
「ルイズ様」
「なんなりと申してみよ」
「この、ただいまお預かりいたしました手紙の内容、もしやこれは……」
「ルイズ様」
静留がルイズをたしなめるが、皇太子はほんの少し悩んだ後、はっきりと言い放つ。
「君が察しの通りの代物――それも始祖ブリミルの名において、愛を誓いあった恋文だよ。ゲルマニアの皇帝と婚約するとなれば、邪魔になる類のものさ」
「では、姫様は、殿下と恋仲であらせられたのですね?」
「今となっては、もう昔の話だ」
「では、姫様は、殿下と恋仲であらせられたのですね?」
「今となっては、もう昔の話だ」
それを聞いたルイズは熱っぽい口調で、ウェールズに言った。
「殿下、亡命なされませ! トリステインに亡命なされませ!」
「それはできんよ」
「それはできんよ」
ウェールズはその誘いを言下に否定した。
「そんなことは受け取った手紙には一言も書かれてはいない。なにより、王女であるアンリエッタが、そんな私情と国益を天秤にかける様な愚かなことをするはずがない」
「ですが、殿下!」
「ですが、殿下!」
激昂してウェールズに詰め寄るルイズを、静留が背後から羽交い絞めにして押しとどめる。
「ルイズ様、いい加減にしなはれ! これ以上はこのお方だけやのうて姫さんも侮辱することになりますえ!」
「――! すいません、とんだご無礼を……」
「――! すいません、とんだご無礼を……」
静留に叱りつけられ、我に返ったルイズは、顔を青ざめさせてウェールズに謝罪する。
「いや、別に構わんよ。むしろ君のように心から案じてくれる臣下がアンリエッタにいると分かってうれしく思う。さて、今宵は戦いを前にしてささやかなパーティーが行われる。我が王国最後の客として、君達には是非出席して欲しい」
それだけ言うと、ウェールズはルイズたちに促し、ルイズ達は部屋の外に出た。だが、ワルドだけが、居残ってウェールズに一礼する。
「まだ、何か御用がおありかな?子爵どの」
「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます」
「なんなりとうかがおう」
「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます」
「なんなりとうかがおう」
ワルドはウェールズに、自分の願いを言って聞かせた。
「なんともめでたい話ではないか。喜んでそのお役目を引き受けよう」
パーティーは、城のホールで行われた。簡易の玉座が置かれ、玉座にはアルビオンの王、年老いたジェームズ一世が腰掛け、集まった臣下たちを目を細めて見守っていた。
明日で自分達は滅びるというのに、ずいぶんと華やかなパーティーであった。
王党派の貴族たちはまるで園遊会のように着飾り、テーブルの上には様々なご馳走が並んでいる。
静留はホールの外にあるテラスで、デルフと共に夜風に吹かれながらぼんやりと死を前にして明るく振舞う人々を眺めていた。
確かに敗北が決まっている戦いに赴く彼らの行為は、端から見れば愚直で滑稽なものだろう。だが、静留はそれを否定しようとは思わなかった。
静留自身が愛するなつきの未来を守ろうと、その手を血に染め、最後は自ら死を選んだように、彼らにも死を賭して守りたいものがあるのだろう。ならば、それを否定する権利は何人にもありはしない。
明日で自分達は滅びるというのに、ずいぶんと華やかなパーティーであった。
王党派の貴族たちはまるで園遊会のように着飾り、テーブルの上には様々なご馳走が並んでいる。
静留はホールの外にあるテラスで、デルフと共に夜風に吹かれながらぼんやりと死を前にして明るく振舞う人々を眺めていた。
確かに敗北が決まっている戦いに赴く彼らの行為は、端から見れば愚直で滑稽なものだろう。だが、静留はそれを否定しようとは思わなかった。
静留自身が愛するなつきの未来を守ろうと、その手を血に染め、最後は自ら死を選んだように、彼らにも死を賭して守りたいものがあるのだろう。ならば、それを否定する権利は何人にもありはしない。
「シズル……」
呼びかける声に静留が振り向く。そこには今にも泣き出しそうな顔をしたルイズが立っていた。
「どないしました、ルイズ様?」
優く問いかける静留にルイズは無言で抱きつくと、その胸に顔を埋めた。
「いやだわ……あの人たち……どうして、どうして死を選ぶの? わけわかんない。姫様の手紙には絶対生きていて欲しいって書いてあったはずよ……なのに、どうしてウェールズ皇太子は死を選ぶの?」
「……やっぱり、ルイズ様には理解できまへんか?」
「当然よ! 大事なものを守るためとか言ってたけど……何よそれ、愛する人より、大事なものだっていうの? 残される人たちの気持ちはどうなるの!」
「……やっぱり、ルイズ様には理解できまへんか?」
「当然よ! 大事なものを守るためとか言ってたけど……何よそれ、愛する人より、大事なものだっていうの? 残される人たちの気持ちはどうなるの!」
そのルイズの言葉に静留は寂しげな表情を浮かべて答える。
「あはは、なつき残して自殺したうちには、きっつい言葉ですなあ」
「あ……ごめん、そういうつもりじゃ……」
「あ……ごめん、そういうつもりじゃ……」
静留は慌てて謝るルイズを手で制し、言葉を続ける。
「確かに死ぬために戦うのは残される人たちの気持ちを考えない身勝手な事かもしれませんな。でも、ウェールズはんは残される姫さんを愛してるからこそ、負け戦と分かってても戦うんやと思いますえ」
「そんなのただの自己満足じゃない……悪いけど、私、ウェールズ皇太子や貴女のこと理解できない……」
「そんなのただの自己満足じゃない……悪いけど、私、ウェールズ皇太子や貴女のこと理解できない……」
同意と慰めの言葉を静留に期待していたのか、ルイズは酷く失望した顔でテラスから立ち去った。
「……やれやれ、こういう役目は婚約者の僕の領分のはずなんだが」
「ずっと見てはったんどすか、悪趣味なことで」
「ずっと見てはったんどすか、悪趣味なことで」
ルイズとのやり取りを見ていたのか、軽口を言いながらテラスにやってきたワルドに、静留は鼻白んだ表情で答える。
「別にそんなつもりはない。宴の最中に見失ったルイズを探していて、たまたま出くわしただけさ……それより君に言っておくことがある」
「なんどすか?」
「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」
「なんどすか?」
「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」
そのワルドの言葉に静留はわずかに眉をピクリと動かすと、無言のままワルドに話の続きをうながす。
「ルイズにはもう話したんだが、是非とも、僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。皇太子も、快く引き受けてくれた。決戦の前に、僕たちは式を挙げる」
「そうどすか。別にうちに言わんでも、ルイズ様が結婚に異存がないならそれでええんと違いますん?」
「いやいや、僕がルイズと結婚したら君とは共に彼女を支えていくことになる訳だし、お互い妙なわだかまりはない方がいいだろう? それに君にはルイズの使い魔として、式に立ち合って欲しいからね。まあ、どうしても嫌というなら明日の朝、『イーグル』号に乗るといい」
「そんな、ご主人様の結婚式に欠席やなんて滅相もありまへん。ぜひ立ち合わせてもらいますわ」
「そうどすか。別にうちに言わんでも、ルイズ様が結婚に異存がないならそれでええんと違いますん?」
「いやいや、僕がルイズと結婚したら君とは共に彼女を支えていくことになる訳だし、お互い妙なわだかまりはない方がいいだろう? それに君にはルイズの使い魔として、式に立ち合って欲しいからね。まあ、どうしても嫌というなら明日の朝、『イーグル』号に乗るといい」
「そんな、ご主人様の結婚式に欠席やなんて滅相もありまへん。ぜひ立ち合わせてもらいますわ」
静留がにっこりと笑って答えると、ワルドは満足そうにテラスから立ち去った。それを見計らったように今まで沈黙していたデルフが口を開く。
「姐さん、あの色男、何か企んでやがると見たぜ……どうするよ?」
「どうするもなにも、明日は決着つけんといかんやろね」
「どうするもなにも、明日は決着つけんといかんやろね」
静留はそう言って表情を引き締めると、月を見上げた。白い月の後ろから顔を除かせた紅い月が、何故か自分が手にかけた人たちの血の色のように見えた。