お勉強なう/makiray
「こんにちわー」
相田マナがナッツハウスにやってきた。店番をしていた夢原のぞみと夏木りんの笑顔が迎える。
「六花、来てますかー?」
「うん、もう上でお勉強中」
「のぞみちゃんとりんちゃんは参加しないの?」
「冗談。
かれんさんと六花ちゃん、エリートコンビのお勉強会だよ」
「横で聞いててもさ、何言ってるか全然わかんないんだよ~」
ふたりのいかにも嫌そうな表情にマナが笑う。
「あたしちょっと参加するね」
「どうぞどうぞ」
マナが階段を上ると、のぞみが、あの会話が理解できるなんてうらやましい、とつぶやいた。
「おっじゃまっしまーす」
「いらっしゃい」
「早かったね」
「うん。お店の手伝いが思ったより早く片付いたんだ」
マナが席につく。かれんは、自分のノートに何か図を書いていた。眼鏡をかけた六花がそれを覗き込んで、ふんふん、と頷いている。
「あ、そこに補助線、引くんですね」
「ちょっと気づきにくいのよね」
「わかりました。ありがとうございます」
六花は早速、問題にとりかかった。かれんも自分の勉強に戻り、マナも教科書を開いた。
数分。
「かれんさん、すいません」
「なに?」
「この問題なんですけど」
また、六花とかれんが顔を寄せて話をする。マナも顔を上げた。
「え、公式、そう使うんですか?!」
「ちょっと引っかけっぽいわね、この問題」
「もう」
口を尖らす六花。
「ほかにも引っかけ問題があるみたい。えっと」
「あーっ。
自分でやります」
かれんにヒントを与えられそうになって、六花は慌てて問題集を隠した。
かれんとマナがくすっと笑った。
さらに十分。
「あの、かれんさん」
「なに?」
「これなんですけど…」
何度も質問していることに気が引けるのか、六花は上目遣いに言った。
「どこがわからないの?」
「どこって言うか、問題文の一行目から」
かれんは問題集を引き寄せて何度か読み返した。
「六花が最初からわからないということは、ひょっとして学校でまだやってないんじゃないの?」
「そうなんですけど」
「じゃぁ、後にした方がいいわ」
「でも、せっかくかれんさんに教わるんだし、少しくらい先まわりしてもいいかなって」
「私の中途半端な説明より、先生にちゃんと教わったほうがいいわ。焦ることないわよ」
「はぁい…」
やがて休憩の時間、話題は進路のことになった。
「マナ、かれんさんは何科が似合うと思う?」
かれんが照れくさそうな顔をした。
「そうですねぇ。
かれんさんが院長をやってる病院だったらあたしも入院したい」
「なんだか、ステップが色々と飛んでるわね」
かれんが笑った。
「その前の話をしてるのよ。
かれんさんくらい頭がよかったら、研究職っていうのもいいんじゃないですか?」
「そうね…私は患者さんのそばにいたいな」
「あ、そうですよね。
…何笑ってるのよ」
六花は、ニコニコしながら話を聞いているマナを不思議そうに見ていた。
「なんでもなーい」
「六花は、決めてる科はあるの?」
かれんが尋ねると、六花はその視線をかれんに戻した。
「決めてる、っていうわけじゃないんですけど…大きい病院の救急救命がいいな、って思ったことがあります」
「それは?」
「母のいる病院で見て思ったんですけど。
お医者さんを一番必要としてる患者さんは、救急車で運ばれて来る人かもしれないなって」
「それもそうね。
でも、大変な仕事よ。一刻一秒を争うし、必要な知識の量も違うし」
「そうなんですよね。
かれんさんクラスじゃないと無理かなぁ」
「私は、小児科だと思ってたこともある」
「本当ですか? 母も小児科なんです」
「じゃぁ、聞いたことはない?
今、色々な病院で小児科って減ってるんですってね」
「はい。母が言ってました」
「小さな子供相手で診察に時間がかかるから、たくさんの患者を診ることができなくて、採算が取れないっていうことらしいんだけど…だから逆に、小児科医を必要としてる子供は多いのかなって思う」
「かれんさん、学校の勉強だけじゃなくて、そういう本も読んだりしてるんですね」
「少しずつね。
六花も読んでみる? 今度、何冊か持ってこようか」
「え…あ、でも悪いので、私取りに行きます。
っていうか、遊びに行っていいですか?」
「歓迎するわ」
「ありがとうございます!
…。
何よ」
マナはまだニコニコと笑っていた
「何笑ってるのよ、さっきから」
「六花が可愛いなぁ、と思って」
「…。
え?」
「かれんさんに甘えてる六花、可愛い」
「あ…あま…!?」
六花が突然、立ち上がる。鉛筆がテーブルから落ちた。
「な…なに言ってるのよ!」
真っ赤になっている六花。
「それじゃあたしが かれんさんの勉強の邪魔してるみたいじゃない!!」
「そんなことは言ってないよ」
「私もそんな風には思ってないわ」
かれんが言うと、マナは「ですよね」とまた笑った。
「六花と私は、お医者様になるっていう同じ夢を持ってるんだし、こうやって一緒に勉強したり、将来の話をしたりするのは楽しいもの」
「ごめんなさい!」
六花が頭を下げる。
「勉強してても、六花の質問はわかりやすいし、鋭いこともあるから私も勉強になるわ。そのうち、追い越されちゃうかも」
「そんなことはありません!
かれんさんはすごい先輩だし、あたしの目標だし、追い越すなんてとても――
いつまで笑ってるのよ!」
「えー、いいじゃん、可愛いんだからぁ」
「もう、知らない!」
かれんも、マナもずっと笑っている。真っ赤になったまま収まらない六花は、すとんと座り込んだ。
その声にのぞみとりんが上がってくる。六花は机に突っ伏してしまっているが、かれんもマナも慌てている様子がないので、何が起こっているのかわからない。
「ねぇ、六花ちゃんの耳、真っ赤じゃない?」
「何があったんですか?」
かれんが、「ちょっとね」と笑う。
マナが六花の頭をなでると、六花は突っ伏したままその腕を振り払った。
「可愛い六花ちゃぁん、そんなに怒らないでよー」
「うるさい!」
最終更新:2016年02月28日 16:37