帰り行く処(ver.2)
作者 快傑まふっと
・・・今日も、彼は無人の荒野を歩き続けていた。
その行き先は誰も知らない。彼自身でさえも。
気の向くまま、風に吹かれるまま・・・しかし、そんなさすらいの旅に秘められた目的は重かった。
その重さに一瞬、疲れたかのように歩みを止め、親友の形見である白いギターを肩から降ろして岩に立て掛ける。
だが、すぐにいつもの笑みを浮かべて、一人つぶやいた。
「今日も夕日がきれいだぜ・・・」
彼の名は早川健。またの名を快傑ズバットと言う。
親友の飛鳥五郎を殺した犯人を捜すために、全国各地を旅して回っていた孤独な男である。
そんないつ終わるとも分からぬさすらいの旅を続けていた彼だったが、ある時に快傑まふっとという人物からの要請を受け、彼の率いる快傑まふっと軍の一員となった。
何をやっても日本一の技を持つ早川健=快傑ズバットの実力は、そこでも遺憾なく発揮され、あっという間に彼は快傑まふっと軍不動のエースとなり、ついには第三回WBRで優勝。一時は頂点を極める活躍を見せた。
だが、続く第四回WBRでは一転して惨敗。誰もがその結果に首をかしげる中、彼はレギュラーの座を返上し、軍を抜けて再びさすらいの旅に出て行った。
しばらくして、彼は強大な力を持つボスキャラ達が君臨する地にたどり着く。
「まさか・・・奴が飛鳥を殺した犯人なのか?」
その答えを確かめるべく、彼は新たなる戦いの渦中へと身を投じたが、結局彼らも飛鳥殺しの犯人ではなかった。
「飛鳥・・・お前を殺した犯人は、一体どこにいるんだ・・・?」
なおも続くさすらいの旅。一向に掴めない犯人の手掛かり。
だが、彼は決してあきらめることなく歩き続ける。
そして、いつしか一年以上の月日が流れていた・・・。
また、日が暮れようとしている。吹きすさぶ風が少し冷たい。
今日も野宿になるな・・・そう思った時だった。
「ん?」
夕日の沈む方向から、一台の車がこちらに向かって走って来るのが見えた。
その車は砂煙を上げつつ見る見る内に姿を大きくし、早川の前で静かに止まった。
そして後部座席のドアが開くと、中から見覚えのある人物が姿を現した。
「こんな所にいたのか・・・探したぜ、早川健」
「承太郎・・・」
それは、『スタープラチナ』のスタンド使い、空条承太郎。
その実力は快傑まふっと軍の中でも指折りの存在で、早川も充分にその腕前を認めていた。
そう、彼がいたからこそ、その後を気にすることなく早川は軍を抜けることができたのだ・・・。
「いったい何の用があって、こんな所まで来たんだ?」
「聞くまでもねえだろう。皆、あんたの帰りを待っている・・・」
承太郎の眼光が増し、射抜くように早川を見る。
確かに、何も言わずとも、その決意と覚悟が早川には見て取れた。
「・・・嫌だと言ったら、どうする?」
「たとえ腕ずくでも連れて帰るまでだ・・・」
そう言うと、承太郎の背後からユラリと『スタープラチナ』が姿を現す。
それに応えるかのように、早川も独特の構えを取った。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
まるでそびえ立つ岩山のごとく、微動だにしない二人。
だが、その間には熱い火花が散っていた。
しばしの沈黙の後、吹きすさぶ風が不意に勢いを弱め、止まる。
その刹那、互いの拳が閃光と共に交錯した。
空気が震え、ビリビリと音を立てるほどの威力を持ったクロスカウンター。
この場に立ち会う者がいれば、誰もがダブルKOを予想しただろう。
しかし、『スタープラチナ』の拳と早川の拳は、お互いの眼前わずか数ミリの所で止まっていた。
「・・・さらに鋭いパンチを打てるようになったな、承太郎。ちょいとばかし驚いたぜ」
「そういうあんただって、まるで衰えちゃいねえ。この『スタープラチナ』の目でも、残像が見えるほどだったぜ・・・」
お互いの拳を間近に見つつ、二人はニヤリと笑った。
「早川健。改めてあんたと話がしたい」
そう言う承太郎に対し、早川健は無言で近くの岩場を指差した。
再び吹き始めた風はさらに強くなっており、その風を避けられる場所へ行こう、という意味らしい。
「・・・やれやれだぜ」
そして肩を並べて歩く二人。
冷たさを増した風に対して襟を立てながら、承太郎が言う。
「それにしても、未だに信じられねえぜ。これほどの腕前を持っていながら、なぜ快傑ズバットが第四回WBRで惨敗したのか・・・」
「俺だって人間だ。調子の悪い時もあれば、油断する時だってある」
「まあ、そういうことにしておくか・・・」
まだ何か承太郎は言いたそうだったが、帽子を深く被り直して押し黙った。
やがて二人は大きな岩を見つけ、その影に座り込む。
先に口を開いたのは早川健の方だった。
「・・・あれから軍の方は、どうなったんだ?」
「あんたが抜けた穴は大きかったが、それでも何とか戦力としては維持されている。第九回WBRでは岸辺露伴が優勝し、今は連覇を懸けて第十回WBRに出場中だ」
「WBRも、もう十回目か・・・時代の流れを感じるな」
そう言いつつ、早川の目は承太郎を見ているようで、またどこか遠くを見ているようにも感じられた。
「新顔はどれくらい入った?」
「一年前と比べたら、かなり増えたぜ。一軍だけでも総勢80名を超えている」
「そうか・・・随分と大所帯になったな」
「波紋使いやスタンド使いの増員はもとより、最近ではどこかの国の上院議員や魔法少女まで加入して来て、かなり顔ぶれが多彩になった」
「魔法少女?それはまた良い趣味をお持ちのようで・・・司令がまた、他の世界へ出向いてスカウトしてきたのかい?」
快傑まふっと軍の司令・快傑まふっとは、ありとあらゆる世界を行き来して、そこから人や物を持って来れる能力を持つ。
「いや、スカウトしたというよりは、危険な目に遭っていた所を見るに見かねて助けたらしいが・・・俺もそれ以上のことは知らん」
「なるほど、色々と訳ありらしいな・・・それにしても、WBRで再び優勝して人も増えたっていうのに、今さら俺一人が帰っても大して役に立たないと思うぜ」
そう言った途端、承太郎の表情がにわかに険しくなった。
「滅多なことを言うもんじゃねえぜ。あんたほど役に立って信頼できる人間が、他にいるものかよ・・・」
承太郎にしては珍しく、感情を表に出した声だ。
「結局の所、あんたは軍の中でも『核』と言える存在だ。そんな『核』が不在の状態がこれ以上続いたら皆、腑抜けになっちまうぜ!」
「腑抜けとは、随分と大げさに言うじゃないか」
「いや、俺だってそうなってしまいそうだ。やっぱりあんたに稽古付けてもらわないと、どうも締まらねえぜ・・・」
普段は見せない承太郎の弱気な態度に、早川は少なからず驚いた。
一瞬、心が揺れる。
とはいえ、早川にとっても飛鳥殺しの犯人を探し出し、その仇を討つために続けている旅は、何としても貫徹せねばならないもの。
それを途中で放り出して、今さら軍に戻ることなどできなかった。
「だが、俺には大きな目的がある・・・」
「もちろんそれは分かっている。司令も、軍として協力は惜しまないと言ってたぜ」
「そいつはありがたいお言葉だが、これは俺一人の問題だ。この俺の手でカタを付ける」
「やれやれ。相変わらず頑固な男だぜ・・・」
ため息をつきながら首を振る承太郎。
しかし、不意に表情を引き締めると、おもむろに帽子を脱いだ。
「・・・・・・・?」
今まで、誰の前であろうと自ら帽子を脱ぐことなどなかった承太郎。
困惑する早川をよそに、承太郎はそのまま頭を下げた。
「たまに顔を出すだけでも良いんだ。頼む・・・!」
吹き荒れていた風が、嘘のように止まる。
まるで深海のような静寂さに辺りは包まれた。
少しうつむいて視線を帽子の陰に隠す早川。
「まさか、承太郎が俺に頼み事をするとはな・・・これは、明日は槍でも降るかな?」
おどけた態度を取ってみせる早川だったが、承太郎の表情は変わらないままだった。
早川は苦笑いしつつ軽くギターを鳴らして、言う。
「そうだな。たまには・・・かつて共に戦った仲間の顔を見に行くのもいいかもな」
承太郎にここまでされて首を横に振るなど、もはや早川にはできなかった。
「恩に着るぜ・・・これで皆も喜ぶ」
「いいってことよ、承太郎。何だかんだ言っても、長い付き合いだしな」
それ以上は何も言わず、黙って沈み行く夕日を見つめる二人。
止まった風の代わりに、早川の弾くギターの音色が静かに流れ始めた・・・。
基地へ帰るため車に乗り込もうとしていた承太郎が振り返り、早川に聞く。
「乗って行くか?」
「いや、歩いて行くさ。この足でな・・・あの夕日を追って行けば、五日くらいで基地に着くはずだ」
「そうか・・・分かった。皆にはそう伝えておくぜ。じゃあ、待ってるからな!」
力強い口調でそう言い残すと、承太郎を乗せた車は夕日に向かって走り去って行き、やがて地平線の彼方へ姿を消した。
その後に残るは、無人の荒野にたたずむ早川が一人。
夕日を見つめながら、早川はつぶやく。
「いつの間にか、こんな俺にも帰る所ができていたみたいだな・・・」
さらに日が沈み、一段と冷たくなった風に吹かれながら、早川は岩に立て掛けてあったギターを手に取った。
そして、他に誰も聞く者がいない中、いつものBGMを演奏しつつ歩き出す。
あの夕日を追って、懐かしい場所へ帰るために。
(悪いな飛鳥。少しだけ寄り道させてもらうぜ・・・)
無敵に見える彼にも、休息の時は必要だった。それは渡り鳥が旅の途中で羽を休めるかのように。
ただ、それも束の間のこと。時期が来れば、彼は再びさすらいの旅へと出ていくだろう。
親友・飛鳥五郎の仇を討つという目的を果たすまでは。
さすらいの私立探偵、早川健。その旅路は、果てしなく長い・・・。
終
最終更新:2011年07月01日 21:06