訪れて、我武者羅に気付かないふりをした。

注意、やや過激な表現が含まれます。























鈍い痛みが私の頭をしきりに叩く。

記憶が曖昧で、何をしていたのか覚えていない。

ぐらつく視界が定まるまで待ってから、ゆっくりと見渡す。

辺り一面が草木にまみれ、伸びた枝が陽の光を遮っている、つまりここは森の中らしい。

それと、傍らに眩しい金髪の女。

私の親友は、どうやら一緒のようだ。

今の自分にとっては、この上ない安心だ。

何故なら、私は何一つと言っていいほどに、身を守る手段を持たない。

しかし、彼女は違う。親が世界でも名のある、伝統的な剣術の道場を営む血筋なのだ。

ご多分に漏れず、彼女も剣術の腕前が非常に良く、しかも帯刀している。

曰く『真剣ではないので問題ない』とのことだが、正直信じられない。

一度見せてもらったが、あれは多分よく切れる真剣だ、模造刀とは似ても似つかない。

今はその疑問が、何よりも頼もしく感じられ、そして彼女の語る言葉が偽りであることを祈るばかりだった。











◇◆◇◆◇










しかし、此処は一体何処なのだろうか。

少しずつ記憶を辿っていっても、自分の周囲は高くそびえ立つコンクリートの森だった記憶しか無い。

私とイーリアの二人で、色々と持ち物を整えてから家出をして、どこかの町中にいたはずだ。

それなのに、何の脈略も無くして、今私は大自然の森の中にいる。

自分の記憶の中に、ぽっかりと『その間』が抜け落ちてしまっているのが、不可解極まりない。

まるで突然、別の世界にでも移動してしまったかのようだ。

小鳥のさえずりと、風が吹き抜けて擦れる草木の音が非常に心地よい。

良いものは良いのだが、それ以上にただ不気味だった。

分析をするにも情報が微塵もない上に、人気なんてものはあるはずもない。

冗談にしたって、あまりにも意地が悪い。リソースの無い現在、手詰まりとは正にこういう事だ。

こんな手付かずの大自然の中では、現代の力の象徴たるスマートフォンもただの鋼鉄の板切れ。

どうしようか、いや本当にどうしよう。

なんて悩んでいると



「う、むぐ、おぉぉぉぉぉ」



と、苦痛に満ちた声をあげながら、私の親友が目を覚ました。

声だけ聞いていれば、まるで野獣のようだが。





実際野獣みたいな性格だから、私には上手く否定できない、どうか許して欲しい。





何はともあれ、私の親友にして、現状最も頼れる最大戦力が目を覚ました。

「おはようございます、よく眠れましたか。」

と、声をかければ。

「最悪だよ、何も覚えてない、しかも頭痛い。」

と、返ってくる。

どうやら、記憶の欠落は彼女も一緒らしい。

とあらば、情報は全く期待できない、正にどうしようもない状態だ。

「リア、状況把握はどこまでできていますか。私は全然です。」

取り敢えずは、互いの状態を共有しなければ。

「みーちゃんがダメなら、アタシは考える前から答えが出るよ、それは"全然"だね。」

この親友はどうしてこんなに頭脳関係で微塵も頼りにならないんでしょうか。

思わず頭を抱えて、絶望に打ちひしがれる。

「そこまで即答されると、いっそ潔いですね、気分的には最悪ですが。」

「褒められると照れる。」

「褒めてませんから、微塵も。」

「手厳しいなーみーちゃん、少しぐらい優しくしてほしいんだけど、頭痛いし。」

「私はいつもあなたに優しくしてるつもりなんですがね。」

こんな気の抜ける問答でも、ちょっとだけ気が楽になる。

一人じゃない事の心強さは、今の状況だと計り知れない。

「少しは気が楽になったかい?みーちゃん。」



まさか、意図してやったというのだろうか。

「ええ、おかげさまで、ちょっとは。」

「そう、ならいいんだ、みーちゃんは苦しそうな顔するより何か企んでそうなジト目のほうが似合ってる。」

何だソレは、それじゃあまるで私がいつも何か悪い事を考えてるみたいじゃないですか。

「あーごめんごめん怒らないで怒らないで、ジョークよジョーク。」

はぁ、この親友は全く。

「とりあえず、じっとしていても餓死にするのが目に見えてますし、どう転ぶにしても少し動いたほうが良さそうですね。」

据えていた腰を起こして、二人して立ち上がる。

「了解、みーちゃんの護衛はアタシに任せな、アタシが守るから。」

「頼りにしてますよ、ホントに。」











◇◆◇◆◇










暫く二人で未知の森を歩き、わかった事が幾つかあった。

まず、相当な広さである事だ。

ひたすらに真っ直ぐ進み続けてはや数十分といったところだが、これっぽっちも外に出られそうにない。

次に、およそ日本では聞くことができなさそうな、未知の鳴き声が聞こえてくる。

知性の感じられない鳴き声ではあるが、少なくともこんな鳴き声はどこの動物園へ行っても聞けそうなものではなかった。

『ギッギッギッ』と、耳障りなものだ。

最後に、驚くほど美味な果物が点在している。

そのどれもこれもが、これまた日本ではお目にかかれないような未知のものだった。

見た目は一見、日本にもあるような果物に似ているものが多いが、味や食感などは全く別物だった。

毒の心配は勿論あるし、そもそも食えるかどうかが一番恐怖だが、食べられるとわかればこれ幸いと、そこかしこに在る同じ果物を取っては食べていく。

正直、二人して空腹だったのだ。その上に私の親友はよく食べる。

彼女のおかげで、道中にはペンペン草も生えないほどと表現できるほど、食べられる果物は狩りつくされていた。

一応、今後のことも考えて、バッグにも詰め込めるだけ詰め込んでいるので、そのせいもある。



「しっかし、随分と歩いたのに少しも出られそうにないね、どうなってるんだか。」

「こっちが聞きたいぐらいですね、一体どうしてこんな事に。」

これは本心からの呟きだった、目を覚ました時にはいきなり大森林だなんて普通は有り得ない。

沸々と、頭の何処かに、有り得ないはずの馬鹿馬鹿しい空想が浮かび上がってくる。

そんなはずはない、あってたまるものか。

有り得ないだろう、そんなのは絵空事だ。

「みーちゃん、大丈夫なのかい、すごい怖い顔してるけど。」



言われて、ハッとなる。

「え、ええ、大丈夫ですよ。」

「そう、ならいいんだけど、折角二人なんだから気楽に相談してよね、親友だしさ。」

「そう、ですね、ありがとうございます。」

やっぱり、この親友は馬鹿なのかそうじゃないのか、よくわからない。

「あだっ!!」

と、考えていると、イーリアが木の根っこに足を引っ掛けて転んでしまった。

前言撤回、やっぱり馬鹿だ。



「大丈夫ですかリア、ちゃんと足元にも気をつけてください、未知の森なんですから何が起こるかわかりませんよ。」

「っ痛ぅッ、あぁもう絶対みーちゃん頭の中で馬鹿だと思ってるでしょ、アタシはわかるからね。」

なぜバレたし。

「気の所為じゃないですか、やだなぁもうリアったら。」

なんて、こんな馬鹿な掛け合いをしているだけならば、良かったのに。



平穏は去って、その時が訪れた。

「ォォオオオオオオオーーーーーン――――」

狼の遠吠えのような声が、響き渡る。

恐れていた事態だ、想定内だがいざ発生すると心がざわつく。

「リア、聞こえましたか。」

「あぁ、聞こえたね、狼の号令だ。すぐ集まってくるよ、多分見つかったんだろうね。」

「逃げますよ、リア、全速力で。」

「いざとなったら、アタシの後ろに隠れるんだよ。」

「頼りにしますからね、心の底から。」

紛れもなく本心だ。

私に戦えるだけの武器も力もない、いや、平和な日本で過ごしてきた普通の人間だから、ある訳がないのだ。



そして、私達は全力で走った。











◇◆◇◆◇










「はぁっ、はぁっ、はぁっ。」

走り出して、一体どれぐらい経っただろうか。

もうよくわからないが、後ろから感じていた気配の多くは散り散りになった。

恐らく、どうにか撒くことができたのだろう。

道中でかき集めた果物を、逃げながら適当に放っていたのが功を奏したのだろう。

追跡者達の興味をかなり惹き付けてくれたようだ。

「リア、大丈夫ですか。」

「それよりみーちゃんの方が大丈夫なのかい、アタシと違って体なんて鍛えてないでしょ。」

「大丈夫ですよこれぐらい、これでも体育の成績はいいんですから。」

体育に限らず、殆どの教科で最上位成績者なのだが、これは今はどうでもいい。

あのクソ親のクソみたいな教育が、珍しく役に立ったと思えた。

「しかしまぁ、なんとかなった、かな。」

「多分、としか。」

荒い呼吸を整えて、大きく深呼吸する。

空気がとても綺麗だ。

「しかし、これだけ走ってもまだ外に出られないなんて、一体どこまで広がってるんでしょうねこの森は。」

「わからない、けど進むしか無いでしょ、頑張るしかない。」

「前向きですね、リアは。」

「前しか向けない馬鹿イノシシだからね。」

「私はそうでもないと思いますがね、リアはちゃんと方向転換ができます。」

「褒められると照れるわよみーちゃん。」

「褒めてますから。」







「いやあの、急に黙られるとちょっと困るんですが。」

「あぁ、ごめん。急に直球で褒められたから嬉しくてさ。」

何だそれは、まるで私が普段からけなしているみたいじゃないですか。

「はいはい、もう行きますよ。」

「あー照れてる、みーちゃん照れてるー。」

「うるさいですよリア。」

全くこの親友は。

なんて思いながら、進もうとした時だった。



非日常が、私達に牙を剥く。

急に、草を掻き分けて、猛進する狼が私の右腕に向かって爪を振るう。

私はあまりの事態に、硬直してしまった。

爪が、食い込んで、私の血肉を引き裂く。



「う゛ぁ゛ッ、ぁ、あ、ああああっ」

一寸遅れて、痛みと恐怖が私の頭を塗りつぶす。

痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、焼ける、熱い、痛い、熱い、熱い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。

「ぁ゛ぁ゛っ、う゛、ぁ、ぁぁぁ、ああああああああッ」

死にたくない。

「グルルルルル」

唸る声が聞こえる。

嫌だ、死にたくない。



「見観子ぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーッ」

声が聴こえる。

親友が、美しい金髪を靡かせながら、猛スピードで私に襲いかかろうとする狼へ突貫した。

事は一瞬だった。

イーリアが抜刀したと思えば、一瞬で狼の胴体を刀が滑る。

一本の線が狼の体に刻み込まれ、鮮血を撒き散らす。

だが、まだ終わらない。

矢継ぎ早に、何度も狼の体をイーリアは斬る。

狼が引くことも、進むことも、反撃することも許させない。

一瞬でズタズタになった狼は、「キャイン」と鳴き声をあげて、その隙を突かれ、イーリアの刀で貫かれた。



だが、終わらない。

「この、この、この、この、この、このッ」

イーリアは、絶命した狼に何度も刀を突き立て、足蹴にし、蹴り上げ、

「見観子を、よくも、よくも、よくもッ」

完膚なきまでに、先程まで狼だったものを、ミンチにした。



「り、リア、もうやめてください。」

「やめる訳あるかッ、こいつは、こいつはみーちゃんを、みーちゃんを」

怒りに染まったイーリアは、ミンチになってもそれを踏みつけている。

「やめてください、もうやめてくださいッ」

強引に止めるために、横っ面を平手で叩く。

「ッ、み、みーちゃん。」

「もう、死んでいますから、やめてください。」

「ご、、、ごめん。」

イーリアは、私から顔を背けた。

つい右腕で叩いてしまったが、引っ掻かれてしまったせいでとても痛い。

やんなきゃよかった、馬鹿だ私、左手で叩けばいいのに。











◇◆◇◆◇










「これで、良しと。」

イーリアが、私の右腕の傷に応急処置を施し終える。

もしもを考えて、私達は背負ったバッグの中に救急箱も入れてきている。

まさか使うことになるとは思っていなかったが、持ってきて良かったと心の底から思った。

「ありがとうございます、イーリア。」

「お礼を言われる資格なんて無いよアタシには、守るって言ったのに、守れなかったんだから。」

「そんなことはないです、イーリアがいなかったら今頃私は狼のおやつです。」

「でも、アタシはっ」

「それ以上はダメです、どっちにしたって助かったことは間違いないんですから。」



「わかったよ。」

「なら良いんです、物分りの良いリアは好きですよ。」

「それって告白?やだなーアタシ照れちゃう。」

「な訳ないでしょう、このあほ。」

「褒めないでよ、照れちゃうじゃん。」

「だから褒めてませんって。」

こんな馬鹿なやり取りも、今は心の支えになってくれた。

痛む右腕と、処置されても滲んでしまう血液の熱さを少しだけ忘れさせてくれる。

「行きましょうリア、もしかしたらまだ追ってくるかもしれませんし、とにかくこんな危ない森にはこれ以上いられません。」

「了解、今度こそ絶対守るから。」

「だから、もう気負わなくていいですって。」

私達は、立ち上がってまた歩み出す。



心の何処かに、さっき否定した馬鹿な空想が、また沸々とこみ上げてくる。

有り得るはずが、ない。

それはもう、さっき結論が出たはずだ。











◇◆◇◆◇










そして、進み続けて、私たちは漸く見つけることができた。

「外だ。」

イーリアのその呟きと共に、森の終わりがそこにはあった。

「やっと、ですか。」

「どんだけ長いのよこの森、ほんっと疲れたわ。」

「同感です、もう二度と来たくないですね。」

森から出て、私は大きくため息をついた。

私はまだ生きている。

一時はどうなるかと思ったが、生きている。

「みーちゃん、どうする。」

「どうする、って言われても。」

とりあえず、文明の利器であるスマートフォンを取り出してみる。

が、やはり圏外だ。

困った。

「圏外、ですね。」

「外に出てもこれかー、手詰まりね。」

「ですね、まあ森にいるよりは安全です。」

森に居たら、またいつ襲われるかわかったものではない。

少なくとも、奴らもテリトリーの外へは出てこないだろう。

「とりあえず、どこか人のいる場所を探してみましょう。」

「あいさー、アタシはどこまででも付いて行くよ。」

頼もしい親友です。



私達は、人のいる場所を探して、また歩き出した。

私は、心の何処かで煮え立つ、有り得ない空想をまたどこかで感じていた。

ただ、それを否定し続ける。

有り得ないだろう。

有り得てたまるものか。

私は。





ファンタジーの世界かもしれない、という自分の仮説に、我武者羅に気付かないふりをした。





But it still goes.

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最終更新:2016年11月04日 20:06