補給が来たと叫んだのは誰だったか。小隊長だったと思う。何であいつがあそこにいたんだろうか。
そんなことを思ったが、それも補給が来たという確かな事実に比べれば些細なことだった。
銃がある。弾薬がある。食料がある。水がある。装甲服は小隊長たちの分しか無い。あれは嵩張るからな、持って来れなくても仕方ない。
それに無反動砲などの武装もある。誰かがこの東部戦線における火力不足を解消しようとでも思ったのか、
外に出て行って敵の無反動砲を奪って来たが、完全に無駄になってしまった。
だが彼はそのことを気にしていないようで、無邪気に喜んでいる。凄い神経だ。いいなあ。
補給物資で僕が最初に飛びついたのは、銃や弾薬などではなく食料だった。とても空腹だったのだ。
つい数分前までは食料調達班や彼らと合流したらしい弾薬調達班が羨ましかったが、今ではそうでもなくなった。
僕と戦友たちはヘリのミニガンで一時的に沈静化した戦場を前に、レトルトの食事を貪り食らった。
歯磨き粉の味がするケーキの美味しいこと! 空腹なら何でも美味いと感じられるというのは事実らしい。
医薬品が届いたのも嬉しかった。これで撃たれても治療が可能だ。今までのように衣服を切り裂いて包帯を作り、
それを巻いて何とかするなんて治療とは名ばかりの行為ともお別れ出来る。
更には上空支援! 情報も攻撃も一手に引き受けてくれるのだ。燃料が心配だが、ま、当面は大丈夫だろうよ。
僕たちは笑って、叫んで、歌って、泣いた。これは助かるかもしれないぞ。
食事から十数分した頃、銃撃戦が再発した。僕は銃を持って駆けつけたが、今までのような恐怖は微塵と無かった。
ヘリが掃射し、逃げ延びた運のいい豚共を僕たちが狙い撃つ。仕事は完璧だ。
そりゃヘリだって戻らなくちゃいけないだろう。弾薬は無限ではなく、燃料もまたそうだ。
けれどいずれはこちらに来てくれる。助けてくれる。敵を殺す手助けをしてくれる。
銃撃戦が終了し、敵は銃と体を引っ込めた。機会を窺ってまた来るだろう。ヘリが戻ったら、すぐにでも。
しかし、それまでは安泰だ。僕は部屋の隅にしゃがんで、休息を取ることにした。
食事を取ったせいか体が暖かく、どっと眠気が押し寄せてきたのだ。緊張が解けたのも理由だと思う。
目を閉じ、時間の感覚が無くなりそうになったその時、ノヴェ隊の小隊長が駆け込んで来た。
何だか知らないが起こされて、僕は不機嫌になる。眠れそうだったのに叩き起こされれば、誰だってそうなるだろう?
「屋上の観測員が西から近づいて来るコヨーテの一団を発見したんだ。すぐに銃を取って交戦に備えろ!
 奴らが俺たちの素性を感付くのも時間の問題だぞ!」
「じゃあ装甲服を脱いだ方が良いぜ、小隊長さん」
彼は言葉に詰まった。折角手に入れた鋼鉄にも勝る皮膚を手放すのは惜しかったのだろう。
が、彼もギルド精鋭部隊とかつて名を轟かせた十二姉妹隊の小隊長だ。瞬間の躊躇の後、装甲服を脱ぎ捨てに掛かった。
それを見せられては、僕たちだって真面目にやらざるを得ない。彼はリスクを負った。僕たちもそうする。それが我々の流儀だ。
にしても、コヨーテか。面倒な相手だ。言うまでも無く、彼らはギルドにとって最大の敵だ。
ついこの間まで僕たちだってギルドだったんだから分かる。ただの人間の癖にやたら打たれ強いのだ、あいつらは。
時々ミスターみたいな奴とかいるし。何であいつ弾ばら撒いても当たらないんだろう。有り得ないよなあ。
「撃つなよ──まだコヨーテ共が俺たちを敵と認識した訳じゃないんだ。平和的に行こうぜ」
共闘するプランは残念ながらご破算になるだろうな。そうそう都合良く行く話があるか。僕はネガティブな人間なのだ。
ポジティブな奴でもこれは無理だと言うだろう。だって相手はコヨーテで、こっちは元ギルド。
敵が現ギルドという点だけが救いだが、それで救い切れると考えるのは楽天的思考の極みだ。
銃を見せないようにしながら、窓から動向を探る。現ギルド側も考えあぐねているのか、発砲はしていない。
ヘリはコヨーテたちを守るように、敵に対してミニガンを向け威嚇している。
いきなり黄色い火線が敵に向かって伸び始めた。コヨーテたちが撃ち始めたのだ。
おいおい、これはあれか? 僕の夢か? こうなったらいいのに、なんて夢想妄想夢幻の現実化か?
「全員、彼らは味方だ。銃撃を敵ギルド兵のみに向けて開始し、援護しろ! ああ、それと誰か、彼らの為にドアを開けてやれ」
ようし。僕の生存確率がまたもや上がった。お礼代わりの銃火銃撃をプレゼントしてやろう。
身を乗り出して敵を探し、見つけ次第撃つ。フェブ様の支援も的確だ。でも、そろそろ戻らないといけないのでは?
考えると同時に、無線連絡員が走って来た。そういえば何処にトラックを隠したのか、知らないな。地下か?
ホテルならそれくらいあるだろうから、その可能性は高い。
「ヘリは一時帰艦するとのことです。補給後、こちらの支援に戻ると」
「フェブ様に伝えてくれ。帰ったらあなたの言うことを二つ三つまでなら何でも聞く、とね」
「了解。けど、後悔しますよ、それ」
同感だ。

*  *  *

エイプリルは限界を感じていた。もう駄目だ。突破される。白兵戦になるだろう。
特に西が危険だった。敵アンドロイド──便宜上エイプリルたちはそれを年末型と呼ぶことにした──が、手薄と見て押し寄せている。
敵も苦しいのがその行動で理解出来た。ちょっと前なら、年末型に先陣を切らせ、押し切ろうとしただろう。
それを手薄なところに戦力を集中している。無駄な行動を取れなくなってきた印だ。
だが、それはこちらとて同じ。もし一つだけでも失敗すれば、全員が屍を曝すことになる。
と、通信回線が開いた。誰かと思って、確認する。彼女にとって意外な人物だった。ジューン。
──状況を報告する。私とオクト、ノヴェ、ディッセは三名のアンドロイドと交戦、これらを撃破。潜入工作員だったと思われる。
「損害は?」
──無し。ニルソン様はオーガストが守っている。彼女らは通気パイプを通って来た。気をつけるといい。
「了解。ジューン、体は大丈夫なんですの?」
──無問題だ、戦線に復帰する。指示をくれないか、エイプリル。
彼女は迷った。今からでも西に向かわせるか。それとも、ジューンはこの臨時司令室の防御人員とするか。
が、結局は西に向かわせることに決めた。勢いを取り戻して防ぎ切ることを願って。
「西部防衛線に復帰を命じます。復帰前に防衛線が崩壊した場合」
言葉を止めたが、これ以上の迷いは全ての終わりに通じる。遅延は許されない。
「臨時司令室へ防衛隊を撤退させ、我々と合流するように。篭城戦を行います。それでは」
──分かった。これから急いで向かう。
通信を終え、エイプリルは銃を確認した。いよいよ自分までもが戦うことになる。
それまでに確かめておくこと、やっておくべきことは無いか? 自問し、彼女は答えを出した。
「機関室の火災はどうなっていますの?」
「スプリンクラー等各種設備により現在は鎮火。ただ、非常に不安定な状態になっていますので、航行は危険です」
「補助の機関を作動させての航行は?」
部下は考え込んだが、頭を振って無理であることを告げた。それほどまでに状態は危険らしい。
移動も出来ず、攻撃も出来ず、突破され破滅させられるだけか。
エイプリルは一縷の希望に託してみることにした。一時間後の完璧な案より、今の良いかどうかも分からない案だ。
「繁華街北方面の部隊に通信をお願いしますわ。一、状況を報告せよ。二、死傷者の数を報告せよ」
「了解……こちら母艦、弾薬調達班、状況と死傷者の数を報告せよ、どうぞ」
伝わってくる音声に耳を澄ませる。エイプリルの思っていたほど銃声は聞こえなかったので、彼女は安心した。
北部では趨勢を決しつつある。それも、良い方向に。
無線を取ったのはゴッドボルトという低い声を持つジャニアリー隊の男で、彼は非常に冷静だった。
『こちら弾薬調達班、我々は敵を撃滅の寸前にまで追い込んでいる。死傷者の数は未確認だが、指揮要員が三人撃たれた』
部下がエイプリルを見る。彼女は彼から通信機を借り、直接話すことにした。
「指揮要員とは誰か報告なさい、どうぞ」
彼は通信の相手を察して言葉を変えた。
『一人はフェブ隊小隊長フレデリックで、腹部に手榴弾の破片を受け、左肩を撃たれてます。
 もう一人はジューン隊小隊長のアレンで、こちらは両足を撃たれました。二人とも重傷ではないそうです。
 最後の一人は分かりません。そういう報告があっただけで、こちらも死傷者数同様に未確認です。どうぞ』
「後で確認しなさい。敵の撃破には何分掛かりそうですの?」
『待って下さい。ジューン隊小隊長に代わって指揮しているセプ隊のヘンドリクス小隊長に代わります』
無線機の受け渡しをする音が入り、ゴッドボルトとは対照的に高めの声を出す男が声を出した。
『我々は残り十分もあれば周囲の敵を壊滅させ、自由に行動が取れるようになりますよ。
 その後の指示を今の内に窺っておきたいのですが、どうぞ』
「衛生兵を二人と兵を三人残し、負傷者以外は全員母艦へと帰艦。現在交戦中の敵部隊を撃破する手伝いをして頂きますわ、どうぞ」
『分かりました。すぐに捻り潰して馳せ参じます。通信終わり』

*  *  *

「おい、マックはどうした?」
「やられました。ヘルメットを脱いでる時に撃たれて」
「あの馬鹿。だから被っておけと言ったのにな」
俺は死んだ部下たちの顔を思い浮かべた。彼らの顔は、段々と歪み、最後には思い出せなくなった。
いつも通りだ。激しい戦闘の毎に部下を失う。それは仕方ないことだが、顔も思い出せなくなるのは困り物だった。
特に部下の顔や特徴を死んだ者含め全員覚えているような一部の分隊長と話すと、非常に肩身が狭い。
「スタインベックは? さっきは俺の横にいたが」
「ヴィート分隊長、目は大丈夫ですか? そこで寝てますよ。上から瓦礫が落ちて来て頭にガン! と行ったんです。目下気絶中ですよ」
間抜けめ。死んでいないのはいいことだが、見ていた敵兵はさぞかし笑ったことだろう。
今のこのご時世に瓦礫が頭に激突して気絶だと。ヘルメットの上からなのに? ヤワな奴だ。
周りを見渡しても、味方の姿は見えない。近くの銃声のみが、まだ誰かがいるのだと知らせてくれる。
クソったれ、指揮センターを見つけたところまでは上出来だったのに。
このままじゃ本隊が突撃艇で上陸出来ない。危険過ぎる。この北部戦線の敵兵が南部に押し寄せてきたら? 一巻の終わりだ。
その上、指揮もまずかった。指揮センターの奴は新任か?
俺たち前線部隊が散々、早く装甲車を降下させてこの戦闘を終わらせようとしたのに、駄目だ駄目だの一点張り。
そればかりか余りにも一々煩く口を挟んできたので、俺たちは奴との回線を切った。
確かにここで装甲車を使えば、被害が出ることは免れられない。対戦車兵器が確認されていたからな。
が、被害が何だ。装甲車での敵重機関銃の排除が行えたなら、俺たちは今頃勝利を手にしていただろう。
側面からの掃射さえ無ければ、俺たちは建物の中に突入出来ていたのだ。
それを軍隊で言う士官学校出の新任少尉並みに使えない野郎が邪魔しやがった。帰ったら銃殺してやりたい。
彼のお陰で俺は今酷い目に遭っている。一つずつ挙げるならこうなるだろう。
酷い状況一、味方がほぼ壊滅。二、分隊員が残り僅か。三、なのにこのティリンギャーストは何故か死んでいないどころか無傷。
「他に生きてる奴はいないのか。ここから逃げて東部に行くにしても、指揮センターに行くにしても、三人じゃ無理だ」
「探すならあちらへどうぞ。ついでに敵の銃弾を一発拾って来てくれませんかね、紐を通して首飾りにするんで」
彼の指差す先には死のシャワーが広がっている。冗談じゃない、あんな場所にのこのこ入っていくのは自殺志願者だ。
俺はスタインベックを起こすことにした。眠っていられては困る。三人にすらならないじゃないか。
ヘルメットを外し、頬を叩く。呼吸はしているようだったので、実は死んでいたなんてことはない。
五か六度叩くと、やっと目を開いた。現況を把握出来ていないのは無理も無い。俺だって彼の立場だったらそうだろうさ。
「立てるか?」
「まだ戦えます」
彼はそういうが、当分は気をつけておこう。いざ戦闘となった時に戦力にならないと、困るのは俺たちだ。
仲間を集めるのは危険だろう。纏まれば動きがバレ易くなる。かといって三人でも危険は危険だ。
結局のところ、何らかのリスクを背負わねばならない。それなら、後者の方が良い。
隠れながら撤退し、指揮センターの馬鹿を殴り倒して本部に連絡するのだ。装甲車と兵員を寄越せと。
それで降下してくれば良し。上から下へ落とすことは出来るが、下から上へ打ち上げるのは無理だから、センターも文句は言えまい。
東部戦線の仲間たちは無事だろうか。ヘリが向かったのを見た。それ以来、銃撃が減ったような気もする。
ちょっと前に思い出したかのように銃声が生き返り、それから今まで続いているが、向こうの仲間も危ういところにいるのだろう。
どれもこれも指揮の悪さが問題なのだ。絶対に、絶対に帰ったら報告書でそう書いてやる。
方向を確かめようと地図とコンパスを取り出したが、後者は壊れていた。相変わらず壊れ易くて困るような安心するような。
「ティリンギャースト、コンパスは?」
「あります。多分使えますよ」
彼から受け取って指揮所の方角と接近ルートを確かめる。突っ切って行くのも手だが、途中で接敵しないとも限らない。
東部ではコヨーテ共が十二姉妹隊と合流したとも聞いた。
そこまでの余力があったとしてだが、第二波が通過中のところに出くわしてみろ。三人揃ってあっという間に天国行きだ。
俺は死ぬ時はソファーかベッドの上で、グラス一杯の酒をぐっと飲み干してからだと決めている。死ぬ気にはならない。
全速力で西側を迂回して、指揮所に逃げ込むしかないだろう。俺たちの人数と装備ではそれがいい。
「ティリンギャースト、お前は学校と呼ばれる場所に通ったことが?」
銃を肩に下げ、肩の関節を鳴らす。
「凡そ学校と名の付く場所には一切縁がないですね。楽しいらしいですけど」
「期待した俺が馬鹿だったよ。スタインベック、お前は?」
「中学校までなら」
装甲服についた埃や、石の欠片を払いながら彼は答えた。
ふーん、中学校までか。俺と同じだな。
「体育の評価は?」
「小賢しいもやし野郎だと教師に嫌われましてね。最高で十段階の四です。最低は斜めの線を一本頂きました」
「十まで一気に引き上げるぞ。手始めにマラソンをしようか。きっと彼も考えを変える」
ティリンギャーストが手を上げたが、それは『勘弁してくれ』の意味だった。

*  *  *

俺は銃を片手に入ってきた男たちを、両手を挙げて歓迎した。やあ、宿敵よ。今だけは頼りにするぞ。
「ようこそ、コヨーテの皆さん」
「挨拶は後でしようぜ。あんたが指揮官か?」
頷いた。燃料調達班の指揮官はディッセ隊小隊長であるこの俺だ。ユーリー・ダニロフだ。俺は名前だけを教えた。
ニット帽を深く被った男はこれよりあんたの支援を開始する、と言い、近くの大きな瓦礫に腰を下ろす。
「だがその前に聞かせて貰おうか。これは俺の興味と確認事項だからってのが半々なんだが、皆も興味津々だしな。
 なんだってあんたらはここまでやられてるんだ? で、もう一つは、なんでそれなのにまだ持ち堪えてんだ?」
言い訳は無かった。これに答えなければ支援を撤回されるだろう。
嘘を言えば見抜かれるか、隠し通しても誰かの言動と行動でバレる。そうなれば、敵が二つに増えるかもしれない。
もしも敵になるのなら、今の内にしておけばいい。伝えた上で味方であり続けようとするなら、それはお互いにとって良いことだ。
敵にも味方にもならないのが一番有りそうではある。
「答えろよ。俺たち全員期待してんだからさ」
コヨーテの数を把握するべく、彼らの方を見る。このビルのこの部屋の中にいるのはニット帽含め六人。仲間は俺と部下四名。外に沢山。
敵の多いホテル側にコヨーテたちは集中しているようだ。現場の指揮官はこの男らしいが、ここで殺せばコヨーテ共は瓦解するだろうか?
……無理だな。コヨーテ共はそんな簡単な奴らではない。頭が複数あるくせにちゃんと動ける奴らだ。
背中を近くの壁に預け、右手と左手を腰の後ろに回して組む振りをした。右手は拳銃に、左手はナイフに掛かっている。
「全部の理由を答えるのは簡単じゃないな。長くなる。一番短い伝え方でいいか?」
あくまで友好的を装って。あくまで味方のように。もしかしたら本当にそうなるかもしれないんだから。
ニット帽は笑って、俺たちだって長々と話されるのは好きじゃない、と言う。
「あいつらは全員ギルドの粛清部隊だ」
場が凍りついた。そりゃそうだ。俺たちが元ギルドであると暴露したんだから。
ニット帽以外の六人が銃を構えた。それ以上に速く、部下も構える。部下の能力が高いのを見せ付けられて嬉しいね。
「全部の質問には答えて貰えてないな。どうしてこんなに持ち堪えてる?」
俺の手は背後に回ったままだ。最終的な判断は未だに下せない。完全に敵対したのではないからだ。
「何せ、俺たちはマルチアーノ十二姉妹配下だからな」
帽子野郎が動いた。俺は拳銃を向ける。彼はじろり、とこちらを眺めた。尻の位置を直しただけだ。
いけないな。神経が過敏になってる。危険に長時間曝されてるからか。
「銃を下ろせよ。ここで殺し合いしてどうなる? メリットなんて無いんだ。俺たちにもあんたらにも」
「そちらが先に構えようとした。我々はそれに応じたまでだ。下ろすのはそちらからの方が道理に適ってる」
帽子がそれもそうだが、あんたら元ギルドに言われるとはね、などと言いながら、銃を下ろさせた。
そうなれば、こちらもそのようにする。俺たちは可能な限り紳士であるようにと常日頃から言われているのだ。
緊張が解けた。取り敢えず、大丈夫みたいだ。これからどう変化するかは不明だが、今は。
「つまり、あれか。俺たちはあんたら仲間の仇を支援しなくちゃならないんだな」
「嫌なら帰って結構だ。我々は君たちの助力無しに包囲網を破ってみせる。その為の訓練だ。
 それと付け加えておくが、君たちは我々の仲間の仇だということを覚えておけ」
コヨーテたちとの戦いで死んだ戦友を思い出す。一歩間違えば自分がそうなっていたこともついでに。
そうとも、俺たちの仇なのだ、彼らは。ミスターに殺された分も、彼の仲間にやられた分も、コヨーテで一括りに出来るのだから。
「オーライ、それでもイーブンとは行かないが、今だけでも手を組もう。お互い、困るからな」
俺は頷いた。別に、殺し合いを始める気は無い。もしも味方になる気を失ったというなら、本当に帰って貰うだけで済ませる気だった。
仲間の内幾人かは嫌がるだろう。何故仲間を殺した相手を見逃さねばならないのだと反論するだろう。
それでも、ただでさえ残り少ない余力を減らすことは出来ない。
「君たちはどうする気だ。我々はこのビルと隣のホテルに立て篭もり抵抗を続けているが、
 防御に人員を割かれ過ぎて攻撃を敢行出来ない。君たちがここの防御をしてくれるなら我々が攻撃する」
「俺のクソでも食らえ。あんた方がこのビルでディフェンスだ。俺たちがオフェンスになる。バスケットボールは得意かい?」
「そうしたいなら好きにすればいいが、汚い言葉と不要な言葉は最後に纏めてくっつけてくれると助かる」
彼は宙に目をやってから言った。
「分かった。好きにさせて貰うぜ。俺は今からホテルに言って必要な人員を集めてくる。じゃあな。
 この忌々しいいけ好かない鼻持ちならないオカマのクソったれ少女趣味の変態野郎。俺はバスケットボールが得意かどうか聞いたんだ」

*  *  *

苛立ちを覚えて、僕は壁を蹴り飛ばした。足が痛くて、それが怒りを誘発する。
仲間が一人こちらを見た。バツが悪くて顔を背け、床に腰を下ろす。
彼は僕の隣に腰を下ろすと、ポケットから煙草を取り出した。拾ったらしく、汚れがついている。
「煙草吸うか?」
「いらない。禁煙してるんだ。我らが十二姉妹の為にね」
傍にいる部下が煙草臭くヤニの付着した歯を持っていては格好がつかないというか、色んな意味で汚れる。
十二姉妹のイメージの為には好奇心とか興味は肥溜めにぶち込んでおけばいいのだ。
第一、煙とかが彼女たちの繊細なボディに良くなさそうじゃないか。副流煙で服にも臭いとか付きそうだし。
「俺もだ」
彼は煙草を後ろに投げ捨てた。ぱさり、と背後で着地の音がする。じゃあなんで君は拾ったんだよ。
北部戦線は完全にこちらの勝利で終わっていた。敵は殆ど全滅し、一部の敵兵が撤退を成功させただけだ。
後は全員死んで、倒れている。僕たちはその真っ只中に少人数で残された。
ヴィクトール、お前は残るんだ。ハンス、お前はこっちだ。ゴッドボルトも。シグリッドとヴィンスは残れ。
ジャニアリー隊の奴に悪い奴はいないというのが僕の持論だったが、隊長だけは例外処理をしておこうかと思う。
ハンスと別れることになったのが一番嫌だった。近くにいて協力し合った仲間だ。僕は彼を頼りにした。彼も僕を頼りにした。
後で会おうぜ、と言って僕たちは別れたが、会えるかどうか分からない。ハンスはこれからもう一つの激戦に身を投じるのだ。
ここにいるのは衛生兵二人と僕、ヴィンスとシグリッドの五人だ。一班作れるくらいだな。
因みに今横でぼーっとしてる奴はシグリッド。これで中々、戦闘中は機敏な男だ。
「向こう、どうなってるんだろうな」
彼が呟いた。視線の先には東部戦線がある。そこではオクト隊ノヴェ隊ディッセ隊の奴らがコヨーテと合流して頑張っている。
よりによってコヨーテと共同戦線を張れるのかどうか皆が気に掛けていたが、最新情報では問題ないらしい。
彼らはRPGなども持って来たそうで、人数を増した十二姉妹隊は耐え抜いているようだ。
といっても所詮は訓練を受けても無い兵員である。どこまで有用なものか分からない。
「艦も心配だ。ジャニアリー様やエイプリル様は無事かな。残った隊の奴らも、撃たれていないといいんだが」
それは流石に無理な話だ。戦闘となれば十二姉妹であろうがなかろうが、撃たれる者は撃たれる。死ぬ奴は死ぬし、生きる奴は生きる。
幸運なのは残った奴らは装甲服を着用していることだ。あれがあると無いとでは、かなり違う。
僕の計算では、あれを着用して戦闘することによって生存率は着用しなかった場合に比べ六十六ポイント上がった。
しなかった場合というのが今日の戦闘のみなので正確なものではないが、それでも六十六ポイントは凄いもんだ。
この装甲服を考えたのが誰なのか知らないし、生きているかも不明だけれど、もしも見つけたら彼の肩を叩き、一杯奢ってやりたい。
死んでいたら彼の墓に供えてやる。仏教徒かキリスト教徒かイスラム教徒か無神論者か、
その他の色んな宗教の信者なのかもしれないから供えるものには気をつけなければいけない。
イスラム教徒の墓に酒を供えたらマズいような気もする。僕は宗教に縁が無いので分からないけれど。
僕たちの傍で衛生兵が必死で負傷者の手当てをしていた。
走れて銃を撃てて危険でない状態の負傷者は隊長たちと艦に戻ったが、そんなのは少数だ。大半は動けず戦えない。
頼まれたので僕たちは通信用に一台残して貰ったトラックの無線で、ヘリに医薬品を積んで持って来てくれと通信した。
フェブ様が向かってくれるそうだ。一度飛んだ後、補給を終えて今度はこちらへ飛んでいるらしい。すぐに到着するとのことだった。
してみると、艦の戦闘は突入を許してはいないのだ。突入されていたら、格納庫で暢気に補給など出来まい。
しかしやることが少ない。衛生兵の手伝いをしてもいいが、医療知識皆無の人間が役に立つとは思えない。彼らにもそう言われた。
外に出て敵の死体を漁るか。古来戦場では良くあったことだ。銃と弾を奪い、蓄えておくのも賢明な一つの暇潰しである。
僕のM4の弾は当然と言うべきだろうが沢山あったが、数限りないのではない。敵の銃を持っていれば、弾に困ることはないだろう。
それに、ギルド正式採用の銃の方が使い慣れている。死人の物を奪って文句を言う奴もいないだろう。
僕は腰を上げた。何かいいものを持っているかもしれない。無反動砲と弾を手に入れられたらそれも頂いておこう。
残っていたパンツァーファウストは全部隊長が持って行ってしまった。艦内で使えるからとのことだ。
シグリッドも付いて来た。うん、二人の方が安全だし重いものを運ぶのも楽だし、ありがたい。
余り遠くに行って敵の残党と顔を合わせる気にはならなかったので、近場だけにした。
捜索開始五分で無反動砲発見。弾薬もたっぷり。繁華街の明かり万歳。見え易くて嬉しいぞ。
場所を忘れないように目印を覚えておいて、他の物品を探す。
他に面白そうなものや装備は無かった。生真面目な奴らばかりなのか? あるのは煙草ばっかりだ。早死にするがいい……死んだか。
帰ろうとした時、シグリッドが僕を呼び止めた。
「こんなものを見つけたよ」
彼はそう言って、ポケットに収まるサイズの小瓶を投げて寄越した。落としそうになりながら、手中に収める。
読むには暗くて瓶に張られたラベルは判読出来なかったが、それが何かは分かる。酒だ。アルコール飲料。
「お前は禁酒してるか?」
していない。いつも酒に酔っ払っているのは見苦しいが、時々くらいならいいものだ。仲間とも打ち解けられる。
酒を飲み、肩を組んで、歌を歌い、笑い、大声を出し、喧嘩し、共に眠り、次の日は頭痛を共有する。これが最高の黄金パターンだ。
「飲めよ。もう一本あるから、俺はそっちを飲むさ」
礼を言って蓋を開けた。未開封だった。口に含むと、心地良い痺れが口に広がる。飲み下すと、喉が熱くなった。
ウィスキーだ。美味しいな。僕は夢中になって、その場で一気に一瓶を飲み干してしまった。
シグリッドが笑って、彼の分までくれた。僕は少し回転の悪くなった舌で、彼の為にもう一度お礼を言わなければならなかった。
それにしても本当に美味しいな。

*  *  *

彼は途切れ途切れに叫びながら走っていた。黒い装甲服からは赤い液体が垂れ落ちている。
それは隣にいた筈の戦友のものだった。彼はそれが何故友人の体内から外へと出て来たのか分からなかった。
彼もその戦友も装甲服を着ていたのに、どうして銃撃もされずに?
疑問が逃亡者の脳裏を掠める。答えは見つからない。逃げるしかない。もっと沢山の戦友たちのいる場所に。
あんなものに勝てる訳があるか。気付きすらしなかった。精鋭としての自信は打ち砕かれた。
息切れが始まっても、足は止めない。奴がついて来ているかもしれないんだ。死にたくない。
走るのに邪魔になる突撃銃を投げ捨てる。残っているのは銃剣と拳銃だけ。少し楽になった。
後ろを振り返らずに走る。一時の静寂に包まれた周囲に、彼の足音が反射する。
ビルの陰に隠れてはいないか? 瓦礫の後ろに隠れてはいないか? 乗り捨てられた車の中で待ち伏せてはいないか?
どれもこれもが彼には怪しく見えた。自分を狙う者がそこにいるような気がした。
心臓が限界だと悲鳴を上げる。もう少し、もう少しだけ持ってくれと、彼は言い聞かせた。
頭だって殴りつけられたかのような痛みだ。それでも生き残る為に走る。足を動かし、腕を振り、生存本能のままに行動する。
大分走ったな、と彼は思った。足を止めても大丈夫だろうか? それともそうではない?
痛み霞む思考の中で、逃亡者は絶対に足を休めないことを決断した。死ぬ危険は冒しても意味が無い。
休むことは後でも出来る。今休めば、それが永遠の休みになりかねない。
精鋭の持つ状況を見渡す目は既に失われていたが、彼の闘争本能と生存本能の両方が絶叫していた。
あれには敵わない。真っ向から敵に回すんじゃない。逃げろ。今すぐ逃げろ。追って来なくなるまで逃げろ。
発狂しそうになる恐怖に耐えられたのは、発狂することすら許さない重圧を、彼が感じたからだ。
同じものに突き動かされて、彼は足を前へと進める。痛みはまるで銃で撃たれ続けているようで、
酸素は足りず、ヘルメットの下で犬のように口を開け舌を突き出し、今にも倒れそうになってでも、
絶えず目を辺りに巡らし、索敵の手は休めない。
それでも彼には分かっていた。本能とは別の場所、九割方稼動を停止した部分が、それに何の意味があると問い続けていた。
駄目だ。駄目なんだ。もう駄目なんだ。助からない。見られてしまった。きっと追いつかれて殺される。
彼はそれを否定したかった。そんなことは有り得ない、妄想もいい加減にしろと笑い飛ばしたかった。
けれど笑いは口を引き攣らせるに留まり、笑い声はとても出せなかった。
だから、彼は後ろを見たいという誘惑を抑え付けて走る。躓きそうになって、倒れそうになって、吐きそうになって、走る。
無様だった。屈辱だった。それでもいいと思った。助かるならそれでいい。
呼び起こすのに苦労しながら、頭の中に記憶された地図と見える風景を比べて現在位置を確認する。
確認出来た途端、希望が沸いた。後少しで指揮センターに辿り着ける。指揮センターには仲間がいる。銃を持った大勢の仲間が。
見ていないし、こんなに慌てて走ったから気付いていないかもしれないが、装甲車だって降りているかもしれない。
衛生兵だっている。水を持ってる。傷も手当してくれる。ベッドに寝かせてくれる。きっと後方にいさせて貰える。
耳にも届いてきた。仲間たちの声。上官の命令。疲れ切った脳と体では意味が理解出来なかったが、命令の声だ。
絶対に死んだりなんてするもんか。敵に殺されてたまるか。仲間たちの傍に早く行きたい。
もう二ブロック走り、右に曲がれば味方が見える。彼らにもこちらが見える。撃たれたりはしないだろう。
装甲服をつけているし、誰だって敵味方の識別くらい出来る。新兵はこのところ配属されてないから、
隊の奴らは顔を合わせたこともない奴ら含めて全員信用することが出来る男たちだ。
残り一ブロック。見やがれ、助かったぞ。彼は今なら、笑い出せそうだった。胸がずきずき痛んだが、全く気にならなかった。
後ろを気にすること無く、疲れているが確かな足取りで走る。仲間たちの声に向かって。いつの間にか、吐き気も失せていた。
半ブロック。平べったいビル二つの横を通り、右に曲がれば彼の勝利が見える。
喜び勇んで彼は走る足を更に速めた。限界は見えなくなっていた。痛みより、生還の喜びの方が余程強かった。
ビルを一つ通過し、次いで二つ目を通過する。が、彼はそこで足を止めた。正確に言えば、足を動かせなくなっていた。
彼は装甲服の肩に置かれた冷たく細い五本の指を認識し、抗おうとしたが、叫び声を上げることも出来ずに、その手の主に引き倒される。
そして追跡者は彼の片足を掴むと、必死の抵抗を存在しないかのようにあしらい、指揮センターと反対方向に向かって歩いていった。

*  *  *

ボルツマン大尉には一つ、奇妙な癖がある。焦った時や苛立った時、頭の中で歌を歌うのだ。
彼の経験では大いに役立つ癖だった。気を逸らして、感情の波を統制し抑制する。
今、ボルツマンの頭の中では大音量で音楽が鳴り響いていた。
マルチアーノ艦から兵を撤退させ、軌道上からの艦砲射撃を行うべきだ。
ずっと彼は疑問に思っていた。ペトルッツィ艦長は粛清する気があるのかどうか。
本当に粛清する気だったのなら、それだけなら、マルチアーノ艦の位置を掴んだ時点で艦砲射撃を行い破壊してしまえば良かった。
報告によれば十二姉妹は殆ど全員が艦に残っていたらしい。吹き飛ばせば、敵は完全に士気を失っただろう。
彼は何度も進言した。ミサイルでもいい、主砲でもいい。こちらからの攻撃で奴らを破壊すれば、勝利は自然と我々の手に収まるのだ。
が、艦長は決して首を縦に振らなかった。答えはノーだった。軽薄な口調と言葉で、はぐらかそうとしたこともあった。
そろそろ説明が欲しい。毎回引き下がって来たが、今度こそ彼の口から聞き出してやる。
ボルツマンは艦長の私室に、ノックを数回しただけで乱暴に入った。彼らしくない行為だった。
「十分毎に来る几帳面さは認めてやるが、しつこさは頂けないな。何度目だ?」
「二十三度目です。私は諦めが悪い性格なもので」
ペトルッツィは肩を竦めた。何度来たって無駄だ、と言いたいようだ。
口で言わないと納得しないと思ったのか、彼は軽めの口調で喋り出す。
「言ったろ、ボルツマン? 俺は艦砲射撃なんてやらせるつもりはないぞ。マルチアーノ艦は丸ごと手に入れる。
 十二姉妹は全員始末する。ニルソンとか言う天才はギルドに欲しいが、もう死んでるだろうな。始末するように言ったし」
そんなことはどうでもいい。重要なのは、何故そこまでマルチアーノ艦を破壊しようとしないかだ。
艦砲射撃はしないのに機関部を破壊しようとするし、彼の行動には不明な点が多すぎる。
艦の機関部が爆発すれば、マルチアーノ艦一つを轟沈させるには十分なエネルギーの氾濫が発生する。
火災に抑えさせたじゃないかとペトルッツィは言うが、何も考えずにやっているのではないかと思わせた。
「だから、それが理解出来ません。火砲での支援がそんなに難しいことですか?」
「大気圏突入に耐える実弾の発射をしろと? エネルギー砲は大気圏内での減衰が激しいことを? 照準はどうする?
 ミサイルの燃料がいつまでも持つと思っているのか? まさか艦を突入させろと? 勿論出来るが、無茶を言うなよ」
言葉に詰まった。間違ってはいない。実弾を使う砲は大気圏で燃え尽きるだろう。
エネルギー体を射出するのも手だが、この遠距離では届く前に無効化されるほどの威力まで下がる。
それに途中で出た照準の問題。これもそうだ。人間の手で合わせる以上、それなりの距離まで近づかなければならない。
しかしそうすれば敵にこちらの位置を教えることにもなるし、それは敵艦からの反撃を受ける確率を上げる。
マルチアーノ艦は機関部に損傷を与えられたとはいえ、その強力な兵装は今もオンラインなのだ。
一撃でやられるとは言わないが、こちらが撃沈されてしまう危険性だってある。特に、十二姉妹が照準を行った場合はだ。
そこでふと、ボルツマンは疑問を抱いた。何故ここまで嫌がるのだ?
「艦長、それにしてもその嫌がりようには何か有ると勘繰らざるを得ないのですが」
「だってな、副官? 十二姉妹の記憶媒体とか戦闘経験とか欲しいじゃないか。手に入れれば俺の部隊は最強の部隊になるぞ」
そんなものは積み重ねで何とかなるではないか、と彼は思った。
反論し、どうにかやり込めて、火砲での支援をさせるべきかと迷う。
その末に、彼はこの男に対する要求を二択に絞ることにした。どれか一つを選ばせる。どちらかが、必要だ。
「なあボルツマン、君は休暇が必要じゃないか? これが終わったら三日間くらいなら休ませてやるよ。
 書類仕事で疲れが溜まってるんだろう、君は俺の分までやってくれたんだしな」
むっとしながら、二択を突きつけた。
「大丈夫です。それより、砲撃支援が無理なら、緊急に増援を送るべきでしょう。装甲車、人員、何でもです」
彼は聞こえていない振りをしたので、ボルツマンは何度か繰り返して同じことを言った。
そうして同一の言葉が繰り返されること数回に及び、ペトルッツィはようやく降参する。
これ以上彼に食いつかれたままでいるのが我慢ならなくなったのだ。
「分かった、分かったよ。予備隊を降下させる。装甲車も三輌下ろす。それでいいんだろう? 早く俺を一人にしてくれ」
「はい。ですが艦長、下ろした後どうするかについて今から考える必要があります。地図や道具は持って来ました。さあ、始めましょう」
ペトルッツィは呻き声を上げて目を閉じると、動かなくなった。

*  *  *

遂に来やがった、とメイは呟く。これこそが、崩壊の始まりという奴だ。
メイと彼女の部隊が防備する東部防衛線は良く頑張っていた。対物狙撃銃を持った分隊狙撃手の存在も大きかった。
一度や二度ではない波状攻撃を粘り強く撃退し続け、年末型を累計四名射殺していた。
彼らと彼女は正にゴムだった。柔軟で、戦況に応じて後退と前進を繰り返し、見事に東部を守っていた。
それでも、結局はゴムでしかなかった。幾度か強い力に耐えたとしても、同じことを同じようにやっていれば、
いずれは音を立てて断裂して役立たずとなってしまう。それが、今起ころうとしていた。
「後退!」
敵勢力の強まることを確認し、メイは一声叫んだ。遮蔽物に体を隠しながら、兵たちは下がっていく。
彼女自身も射撃を繰り返しながら、後ろへと下がる。好機と見て何人かの敵兵が前に出ようとしたが、途端に撃ち抜かれて床に倒れた。
この数十分で、メイ隊は十メートル下がっている。押されている。このままでは駄目だ。
メイは遮蔽物に隠れ、器用に片手でショットガンの弾を装填しながら、左手を突き出して拳銃を撃った。敵から奪ったものだ。
右で兵士が発砲していた。体を出し過ぎだ、と思って、彼女は彼の体を引き戻した。直後に、頭のあった場所を銃弾が掠めた。
「あ、ありがとうございます」
「部下を守るのもアタシの仕事だからな。それよりあんた、聞かない声だね」
見ない顔だね、とは言わなかった。ヘルメットを被っているからだ。
彼は敬愛し慕う隊長、メイに話し掛けられて、感服しているようだった。若いというか何と言うか、と心の中で彼女は苦笑する。
「実はまだ新兵なんですよ。マダムの離反の直前に配属されて」
なるほど、それなら聞いたことの無い声であるのも分かる。どたばたしていて、新兵のファイルを見たりする暇も無かった。
兵種は、と銃を見る。五十口径。分隊狙撃手だ。じゃあ、戦闘経験はどうだろうか?
「クーロンでの戦闘には参加しましたが、グレイスランドではずっと警備でした。ミスターの姿を見もしませんでしたよ」
ということは、本物の新品だ。メイはこの青年に心から同情した。
折角栄えある精鋭部隊に配属されたのに、部隊は離反。ギルドから追われる身になり、その上本格的な戦闘の経験は無いのに、
この古参兵でも生き残れるか危うい激戦にいきなり放り込まれているのだ。可愛そうに。
アタシが生き残る手伝いをしてやったら、誰か文句を言うだろうか? 言わせない。それにこいつは自分を慕う部下なのだ。
「じゃ、アタシについて来るんだな。ここから生きて帰らせてやるよ」
彼は感極まった声で、はい、と力強く返事をして、精鋭らしい目つきで反撃を再開した。ヘルメットを被れば誰もがそうなるが。
メイも主な年末型への対抗策である狙撃手を援護すべく、腕だけを出してショットガンを撃つ。その間に、拳銃の弾倉を入れ替える。
弾は残り少ないので、気をつけて撃たなければならない。
カバーから顔を覗かせて、敵の配置を確認する。数もついでに確認する。その多さにうんざりした。
持っていた手榴弾を掴もうとした手が空振りする。使い果たしてしまったか。メイは舌打ちして、隣の狙撃手に聞いた。
「手榴弾持ってないか?」
「ありますよ」
メイとしては一つ貰えれば十分だったのだが、彼は四つもくれた。沢山持っているようで、装甲服の上から手榴弾用バッグを提げている。
まるでオーガストみたいな奴だな、と隊長は思った。ピンを引き抜き、二まで数えて敵に投げつける。
卵型のそれは正確に敵の遮蔽物の横まで転がり、爆発して三人の敵兵を殺傷した。
自分で自分を褒めていると、誰かが叫んだ。
「手榴弾ーッ!」
見ると、自分目掛けて今正に飛んでくる手榴弾が目に入った。種類はポテトマッシャー。五秒信管が一般的だ。大丈夫、防ぐ方法はある。
メイはその位置を認識するとすぐに、右手のショットガンをぶん、と振った。
バレルに当たって、手榴弾が敵の方に向かって返って行く。生憎と敵に届く前に爆発したが、身を守れたのは幸いだった。
「今のはエイプリル様に見せられない」
狙撃手はそう言って笑う。メイもにやりと笑った。全くだ。
彼の言う通り、もし今の光景をエイプリルが見れば、恐らくメイの気が狂ったのだと判断するだろう。
一頻り笑った後、メイは話題に上がっていた人物に対し、通信回線を開いた。
「アタシだ。東部防衛線はこれ以上の戦闘に耐えられない」

*  *  *

ユーリーが無線機を投げつけようとして思い留まるのを見て、俺は彼に何があったのか尋ねた。
「弾薬調達班は来ない。食料調達班もだ」
「何だって?」
到底信じられなかった。この状況下で、見捨てるってのか? 仲間じゃなかったのか?
何かに怒りをぶつけようと手を振り上げたが、下ろす先が見当たらない。机なんてものはここにはない。俺は手を元の位置に下ろした。
ユーリーは焦っていた。俺も焦っていた。来ると思って戦っていた救援が来ないとは。
「艦の方が危険だそうだ。危ういところで持ち堪えているが、長くは持たないらしい。仕方ない」
反論しようとしたが、何処にも反論の余地は無い。十二姉妹と俺の命、どちらが重要か? 答えは出ている。十二姉妹だ。
一切の疑い迷いはそこに無く、故に俺は救われない訳だ。こういう事態に、諦め以外の解決方法は無い。
昔からそういうものだ。自分より優先すべきものの為に命を投げ打たねばならない時、諦めは全てを丸く解決してくれる。
言うまでも無く諦め以外の解決方法もあるし、時にはその方が有効だったりするが、大抵は諦めが一番だ。
「こちらも、コヨーテと協力して何とか凌ぎ続けるしかない。艦の戦闘が一段落着けば、我々の救助も始まるに違いないさ」
ディッセ隊小隊長であり、この燃料調達班の指揮官でもあるユーリーはそう言うしかなかったのだろう。
俺は彼の台詞に嘘を感じたが、それを指摘する気にはならなかった。大体、指摘してその先どうする。
誤魔化しも必要な時はある。常に真実を告げることがいいとは限らない。
防衛計画を立てなければならない。防御を考え直し、防衛線の穴を塞ぎ、水と弾薬を配布し、無反動砲を配備し、
衛生兵に命じて比較的安全な場所に負傷兵の治療所を作らせ、もっと激しい戦闘に備えなければならない。
ヘリの支援のお陰で大分楽になったが、ヘリの殺した敵兵が最後の敵でもあるまい。次の波が来る。
「けど、そこまで艦は危険なのか?」
水筒の水を飲みながら情報を求める。ユーリーが俺にもくれ、と身振りで示したので、蓋を閉めて投げた。
彼はそれを片手で受け止めて、蓋を開いて飲み始める。回答を貰うには、少し待たなければならなかった。
「これも信じたくないがね、あちらの戦線にアンドロイド兵が投入されたそうだ。我らが隊長たちのボディを流用してな」
衝撃が走った。ギルドがアンドロイドを投入して来ることにではなく、オクト、ノヴェ、ディッセ様のボディを流用、という辺りにだ。
我々は彼女たちの形をした敵と戦わなければならないのか。士気が下がりそうだ。事実俺の士気は落ちている。
この話は早めにしておくべきだろう。覚悟させておかなければ、士気崩壊が発生し戦闘にならなくなり我々は全滅する。
「さて、お喋りはここまでだ。俺はホテルに行って防衛線の再構築などを命じる。君はこのビルを頼む。
 コヨーテたちは放っておけ、奴らは奴らで勝手にやるさ。ただ、一応は味方だからな。支援出来るようにはしておくんだ、いいな?」
「了解。そろそろ水筒を返してくれよ」
彼が水筒の蓋を閉めずに投げたので俺は慌てたが、中身は空だった。野郎、全部飲みやがったな。後、蓋も返せ。
まあいい。水の入った水筒はまだある。無尽蔵じゃあないが、気にすることではない。補給は来るのだから。
ところでフェブ様のヘリはどうなっているのだろう。補給が遅れているのか? 北部戦線で物資投下中かもしれないな。
向こうは銃や弾薬があっても医薬品とか無さそうだし。幸運にも食料調達班がいたから食料は問題ないだろうけど。
俺はビルの要塞化を始めることにした。時間は幾らあっても足りるということがない。だから、有効に使わなくてはならない。
ここでこうして無駄な時間を過ごすことは、死の確率を態々増やしてやることになる。
ただでさえ今日は惑星クーロン担当の死神が労働基準法に違反して働く破目になってるんだ、
小指の先くらいの違いでも、彼に楽をさせてやりたい。これは個人的な望みだ。連れて行くのは粛清部隊の面々だけで結構。
俺たち十二姉妹隊の隊員は彼らをハンカチを振って見送ろう。涙なんて見せない。別れは笑顔で行うのが宜しい。
「機関銃の弾は十分か?」
三階に陣取る重機関銃班の男たちに近づいて訊くと、彼らは力強く十分だと返答した。
俺は心強く思った。こいつらとなら生き残れるさ。同志たちだ。決して負けやしない。
オクト隊とノヴェ隊小隊長の居場所を聞いておこう。彼らは何処にいるんだ?
「オクト隊の小隊長は二階ですよ。ノヴェ隊の小隊長はホテルにいます」
何だ、一つ下の階層か。近くで暇を持て余していた兵に水と食料を運んでくるように言って、俺は下に降りた。
二階には重機関銃班以外に、無反動砲班がいる。敵の無反動砲で破壊された部屋の壁を完全に崩して、一つの大きな部屋を作ったのだ。
お陰で我々は狭い範囲ではあるが、無反動砲を室内から発射し敵を迎撃出来るようになった。
敵もいいことをしてくれる。反撃の手段が増えて嬉しいよ。装甲目標の撃破も出来ない訳じゃなくなった。屋上から撃つことも必要ない。
階段を下りる途中、探している人物と出会った。彼は上に激励に行くつもりだったらしい。
アンドロイド兵の話をどう切り出すか考えていたが、こんな時に限ってあっさり見つかるんだから困る。
……単刀直入に言うのが一番いいだろう。それに、回りくどい言い方は好きじゃない。
伝え終えると、彼は死にたくなった、というような顔をした。そんな顔するなよ、俺だって嫌なんだ。

*  *  *

艦の情報指揮室で地上の戦闘を見守っていたボルツマンは、レーダー上にある点の移動に気付いた。
その光点は北部戦線から移動し、西へ西へと進んでいる。目指す先は宇宙港。
どうやら北では完全に負けたようだ。増援は間に合わなかったか。
だが北部の姉妹兵が艦への増援を送ったとしても、少数の人員と負傷者を残しているに違いない。補給物資もある筈だ。
繁華街における奴らの戻る場所を潰してやり、それから東部戦線に加わる。それでいい。
問題となるのはマルチアーノ艦での戦闘の勝敗だ。ここで完全敗北するとそれこそ取り返しがつかない。
一時的な撤退程度なら構わないが、完膚無きまでの敗北だけは駄目だ。彼は部下を呼んだ。
「艦方面の部隊に敵増援の接近を知らせろ。後は彼女たちが判断する」
彼の苛立ちを刺激することに、艦方面の部隊に関してボルツマン大尉には指揮権限が無かった。
命令出来るのは艦長だけで、後は一から十まで現地の部隊長が決める。十二姉妹隊にも少し似ていた。
部下の顔はヘルメットで見えなかったが、態度から命令を嫌がる気持ちを見て取る。
分かるよ、とボルツマンは心の中で言った。こっちにしても彼女たちと話をするのは、好みの仕事じゃない。
「さあ、早く行くんだ。私の時間を必要以上に使わせないでくれ」
彼は渋々連絡の為の通信機器を使いに行った。悪いな、嫌な仕事ばかりさせて。
そう思いつつも、自分がやらないで済んで良かったと安心する。
最初、ボルツマンは彼女らを人間として扱おうとし、対話する時間を持ち、部下と同じように対処しようとした。
指揮権限は無くとも、一緒に作戦を遂行することがある以上、信頼関係を結ばなければならないという考えがあったからだ。
ところが彼女らがそれに対して向けたのは適当で興味の無さそうな返答であり、
注意深く忍耐強くどんな些細なことでも見つけて話の種にしても、一度だって面白そうな顔をしなかった。
ボルツマンが見た彼女たちの面白そうな顔と言ったら、作戦前の説明会と降下時だけだ。あの時ばかりは、彼女たちも興奮していた。
故に彼は彼女たちを嫌う。あれは人間ではないと嫌う。部下ではないと嫌う。
苛立ちも確かに感じたが、彼は自分に指揮権限を与えなかった艦長に感謝もした。ああいう手合いには、艦長のような男がやるに限る。
彼女たちは非人間的過ぎるのだ。あれではただの機械ではないか、とボルツマンは何度も思っていた。
食事に誘えば付いて来るが、食べる動作は一定のリズムに乗っている。
可及的速やかに食事をする為に動作が最適化されているだけだと彼女たちは言ったが、彼としては気に入らない点であった。
誰か他人との食事は不規則なものである。喋り、笑い、リズムなど作ることは出来ない。
やがてボルツマンは彼女たちに触れなくなった。彼女たちがいることさえ忘れようとした。
彼がそうしてもアンドロイドたちは一向に変わらなかったことが癪に障ったので、絶対にこちらからは触れてやるものかとも思った。
十二姉妹の兵が羨ましい。彼らのリーダーたちは人間だ。違いと言えば体が多少違うのみで、人間だ。
食べ、笑い、泣き、悲しみ、怒り、喜び、どれもこれも人間と認めるに足るだけ確認出来る。
個性的で人間的で一部の者は感情的過ぎるきらいもある。素晴らしい。仲間にするならやはりこちらの方が良かった。
打ち倒さねばならないのが残念だ。残念至極だ。
もう五分もすれば、予備隊のアンドロイド兵三十一名とギルド兵六十名が降下する。装甲車三輌と乗組員十五人もだ。
無理を言って、一輌は対空装備を強化した型にして貰った。報告によればヘリの攻撃があったと聞く。
撃墜すれば敵方の士気は下がるに違いないし、やられていたこちらの士気は一気に上がる。
これで敵を打ち破れなければ、我々は敗北するしかない。南側の平地を抑えられた日には、味方が残っていてもゲームオーバーだ。
繁華街への砲撃は流石にマズいだろう。街が吹き飛んだら警察やマスコミが動くし、
それを黙らせる為に金を使わせればギルド幹部としての艦長の面子が潰れる。最悪、こちらが弾劾裁判に掛けられる。
守銭奴共が牛耳るギルドに所属したくなくなった十二姉妹とマダムの気持ちも、今となったら良く分かるってもんだ。
『ボルツマン大尉、射出の準備が整いました。降下許可を願います。現在ランプ未点灯』
降下管制室の隊員から降下可能になったことを知らされて、彼は現実に目を戻した。
通信機を取り、発信先を管制室に合わせて、了解、と返事をし、機器を三度操作した。
『現在レッドランプ。降下準備。射出時の衝撃に備え、隣同士で肩を組め』
回線を開きっ放しなので、管制室の声がそのまま聞こえてくる。
人差し指の掛かったボタンを、押さずに撫でた。これを押せば彼らは射出され、クーロンへと降り立ち、
敵を蹴散らして、我が手に勝利をもたらして、ギルドでの立場を数段上へと押し上げてくれるのだ。多分、ではあるが。
『大尉、準備完了です。射出しないのですか?』
「あ、ああ、悪い。今押す」
緑色に塗られたボタンを押し込んだ。通信機の向こう側でアラーム音が鳴った。
射出管のシャッターが開いて、宇宙へ飛び出す準備は完了だ。後は秒読み後、管制室の部下がランチする。
『射出五秒前。五、四、三、二、一、ランチ!』
射出の音は聞こえないが、敏感な者なら微妙な振動が感じ取れる。ボルツマン大尉には、微かに揺れたのが分かった。
これでどちらかがお終いになる。クーロンの繁華街は今、弱肉強食の世界だ。
我々が最後に立っている強者であることを祈ろうじゃないか。

*  *  *

『残り三分で到着しますわ』
「了解、安全飛行を心掛けて下さいね」
無線機を置いて、僕はシグリッドに彼女の到着が近いことを知らせた。
彼は食料調達班の置いていった食料を満載したトラックの中から勝手にリンゴを取って齧っていたが、
芯だけ残して全て素早く胃に送り込み、芯を投げ捨てて無線機に向かって来た。
フェブ様に話があるらしかったので無線機を渡す。
「こちら残留隊シグリッド、途中で増援隊を見ませんでしたか? どうぞ」
僕も気になっていたことだった。彼と同じく勝手に取ったオレンジを剥く手を止めて、フェブ様の返答に耳を傾ける。
彼らは一体今何処まで進んでいるんだろう。幾ら精兵と言っても、長い戦闘の間に体力は消耗しつくされている。
何時間戦ったか誰か知らないかな。衛生兵に聞いてみるか、彼らの手が休められるようになったら。
『それらしき味方の武装した集団を確認しています。艦への道を三分の二ほど進んでいました』
「つまり、残りの道は三分の一?」
『確認した時点では。予想では既に到着済みで、交戦を始めているかと』
ハンスは大丈夫だろうか。いけ好かない小隊長は? 姉妹たちは無事だろうか。
ジャニアリー様は勿論、エイプリル様、ジューン様、ジュライ様。交戦の中で負傷する者もいるだろうけれど、
姉妹に死者が出ていないことだけは強く祈っておきたい。
聞きたいことは全部聞けたので、僕は銃を持って外に行ってみることにした。
死体漁りはもう済ませた後だから別に刺激的なものは無いが、ずっと中に篭っているのは好きじゃない。
シグリッドはまだ聞きたいことがある様子で無線機を握っていたので、誘わないことにした。
ヴィンスは何処かな。あいつ機関銃からずっと離れてないんじゃないか。不健康な奴だ。外に連れ出してやるか。
彼の配置されたビルに行ってみると、彼は大の字になって寝ていた。
あーあ、これで僕は一人で外に出なくちゃならない訳だ。いいさ、一人の方が気楽だ。
ちゃんと銃は肩から提げたまま、僕は外に出た。今何時か分からないが、もう随分経っているに違いない。
でなければ、この夜明け独特の微妙な明るさの説明がつかない。僕らが調達に出かけたのが確か一五〇〇だ。
帰艦は九時間後の筈だったのに、いつのまにやらこんなことになっていやがる。
僕は空を見上げた。明るい。東部戦線には戦い易くなるだろう。暗視装置が無くても関係ないんだから。
と、点を見つけた。鳥かと思ったが、違う。僕は気付いて、絶望しそうになった。
次波だ。第一波などに比べれば数は少ないが、それでも僕らを殺すには十分だ。戦えるのは五人だけなのに。
「ヴィンス、シグリッド! 敵だ!」
大声で叫ぶ。そう遠くまで行かないで良かった。ヴィンスは目を覚まして重機関銃に跳び付き、シグリッドは銃の弾倉を交換した。
僕も戦う態勢を整えなければならない。急いで建物の中に走り込み、窓から銃を突き出して襲撃に備える。
ヘリのローター音がして来た。一瞬敵かと思ったが、違う、フェブ様だ。
僕は彼女のことをすっかり忘れていた。彼女と彼女のヘリがいれば、撃退出来るかもしれない。
『物資を投下します。回収を宜しくお願いしますわ』
敵が来る前に拾わないといけなかったので、衛生兵も手伝って五人で何とか運び切った。
汗を流しながら、無線連絡する。物資はすげえ重さだった。
「こちらヴィクトール、回収は完了。敵の降下を確認しましたか? どうぞ」
『はい、こちらでも確認しました。敵勢力をサーチ……判明。
 ギルド兵六十名、年末型アンドロイド兵三十一名。それに装甲車三輌ですわ』
「装甲車三輌?」
最低の状況だ。パンツァーファウストは無い。無反動砲はあるが、屋上でしか使えない上、そこでは狙われ易い。
手付かずのパンツァーシュレックも無反動砲と同じように、バックブラストの関係で屋上に限定される。
またもや小隊長のせいだ。彼が全部持っていったから。
しかし今そんなことを言ってもどうしようもない。僕は生き残らなくてはならないんだ。
「ヘリの装備にロケット弾を積んでいますか? どうぞ」
『いいえ。残念ながらロケット弾は積載されていません。今から戻ると間に合わなくなるかもしれませんが、どうしますか? どうぞ』
「では、ミニガンで敵歩兵への掃射をお願いします。我々は無反動砲で何とか対応してみます」
彼女は申し訳無さそうに、了解、と答えた。

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最終更新:2008年03月03日 06:07