今は何時だろう? ジャニアリーはふと疑問に思い、時間を確かめた。
〇二〇〇。調達の開始から十一時間? 随分長々と戦っているものだ。
弾倉は後幾つ残っているかしら。P90は独特な箱型弾倉だ。嵩張るので沢山は持ち運べない。
太腿のP90のホルスターに無理矢理差し込んだりしても、数は高が知れている。
彼女の戦線は膠着状態に陥っていた。時折思い出したように敵の銃撃が激しくなり、それにマーチと幾人かの部下が撃ち返す。
──ジャニアリー、聞こえる?
エイプリルからの通信が来て、彼女は体に力を入れ直した。戦闘中だ。
「聞こえますわ」
──メイ隊が五分後に撤退を開始しますわ。タイミングを合わせて撤退し隊員食堂で合流、バリケードを築いて戦闘を続行しなさい。
ジャニアリーは苦々しく感じた。艦に踏み込まれるのか。自分たちの領域に、土足でずかずかと踏み込まれるのか。
それでも命令は命令だ。今のリーダーはエイプリルだ。従わなければならない。
彼女は了解したことを伝えて、銃を構え直した。弾倉の数は残り二本と、既に装着済み二本。
二百と六十三発だ。少なすぎる。対年末型に温存しておかなければなるまい。
脇に落ちていた敵の突撃銃を手に取る。弾倉の重さから判断して、弾薬は二十六発入っているだろう。
幸い、この銃に使う弾薬なら困ることは当分無い。物資集積室に行けば置いてあるし、集積室は食堂から近く、戦線の後方だ。
「ところで、話していた増援は何処ですの? もう到着してもいい頃ですわよ」
──現在位置をこちらに伝えるよう要請しますわ。それでいいかしら?
こちらには兵力が足りない。敵を追い出すか撃滅するにはもっと人員が必要だ。
それなのに兵が、人員がいないのだ。お話になりませんわ、とジャニアリーは小声で漏らした。
マーチと通信して、撤退は半分ずつ行うことに決める。撤退する兵の援護を残る兵が、残った兵の撤退は最初に撤退した兵が。
教本通りのやり方だ。余りにも型に嵌り過ぎていてジャニアリーはそれを気に入らなかったが、
これ以上に適切なやり方を思いつくことが出来る訳ではなかった。
姉妹の誰かが聞いたら眉を顰め、幾人かは直接注意するであろう汚い言葉を口走る。
彼女にとって、何もかもが気に入らない状況だった。包囲され、妹と同じ顔、同じ体の敵と戦わねばならなかったのも、
各方面で戦っている仲間たちが打破されつつあるのも、自分さえもが押し切られようとしているのも。
そうしてジャニアリーが何よりも気に入らなかったのが、誇りと命を賭けたこの戦いに、自分たちが負けつつある、その事実だった。
焦燥を感じ、それを無視して、彼女は西部防衛線のジューンに通信回線を開く。
「話は聞いてますの?」
──撤退の準備は済んでいる。ジャニアリーは?
「こちらも用意はしていますわ。あなたも隊員食堂へ?」
──いや、私は臨時司令室に向かう手筈だ。
エイプリルのやりたいことが、ようやくジャニアリーにも分かってきた。
彼女は増援の到着まで耐え切ることだけを考えているようだ。
例えば臨時司令室は艦橋なので、出入り口が少ない。よって防衛する方向も少なくなり、少ない兵力を集中出来る。
食堂は厨房の入り口を含めて四方に出入り口があるが、兵力はこちらの方が多い。バリケードも築き易いだろう。
が、ジャニアリーが心配なことが一つあった。エイプリルが忘れている訳は無いだろうし、
もしもそんなことがあったなら彼女を一発殴り飛ばして駆けつける気だったが、
オーガストたちはどうする気なのだろうか。

*  *  *

「気をつけて進むんだぞ。曲がり角には注意しろ。ハンス、お前が前衛だ。行くぞ」
「了解、位置に着く」
トラックから下りたばかりだと言うのに、銃撃戦の音はもう間近だった。艦での戦闘はどうなっているんだろう。
前衛の俺も、全体の状況までは見通せない。だからこそ気をつけておかねばならないのだ。
とはいえ気が気でない。我らが姉妹たちは無事か? 仲間たちは無事か? 俺たちは間に合ったのか?
宇宙港の貨物搬入路を進むと、広めのT字路に出た。後ろに三メートル離れて付いて来る戦友たちに声を掛ける。
「誰か鏡を持ってる奴はいないか?」
「都合良くある訳ないだろ。顔を出すんだ」
今度から鏡は体から一メートル以上離さないようにしよう。一人呼んで、右手を持って貰う。
この状態で距離を適切に取って体を傾ければ、必要最低限しか露出せずに済む。滑稽な姿だが体に弾を受けるよりはいい。
体を徐々に傾けていく。二人でもんどりうって通路に出て行くつもりは更々無い。死んだらどうする。
髪の毛が出る。と、ちょっと待て。反対側を忘れてるんじゃないか?
そう思って振り返ると、他の仲間が確認しようとしていた。ほっとして、再開する。
額が少し。まだ目は出ない。視界が広くなっていく。転がっているコンテナなどのカバーになりそうなものが見える。
敵がいるのでは? 用心しなければならない。そうっと体を倒……『おっと』。
「接敵ーッ!」
体を引き戻し、くるりと回転して反対側を見ていた奴の体も引く。彼のいたところに銃弾が飛んで来て、壁に穴を穿った。
突撃銃を突き出して応戦する。遮蔽物、つまりカバーは幾つある? 敵はギルド兵か? 確認事項を整理しよう。
良し、まずはカバーの数だ。カバーとはこの場合、我々の入ることが出来るものを意味する。敵の遮蔽物の数はどうでもいい。
カバー無し。何それ。徹底しやがって。弾除け無しに戦えるか。一つ有るにはあるが、細い通路一本だ。
しかもそこに辿り着くまでに撃たれる可能性大である。走って飛び込む気にもならない。
「トラックを持って来るんだ。カバー代わりに後部を突っ込ませよう。
 後部荷台に一人入れて行け。止まったら、食料コンテナを下ろして遮蔽物にするんだ」
ヘンドリクスがそう言った。二人ほど走って戻って行き、直にトラックがのろのろと進んで来た。
搬入路を進んで良かった。単に、宇宙港の正しい入り口から入ろうとすると遠回りになるからだったのだが。
いや、戦闘になったことを考えると、敢えて迂回した方が良かったのだろうか。
どうせ遅かれ早かれそうなるんだから早めになってもいいような気もするが。
「突っ込め。隙間は開けておくんだぞ」
慎重に後退するトラックの車体に銃弾が突き刺さろうと飛び掛るが、どうしてどうして、この車体とは頑丈なものだ。
流石はギルド正式採用の兵員物資輸送用トラック。敵の銃が何だか情報が届いていないが、弾いているのだから別にいいさ。
我々は艦に向かう途中、フェブ様のAWACSヘリと交信。アンドロイド兵の情報を一部得ていた。
それによればアンドロイド兵はオクト、ノヴェ、ディッセ様のボディを流用し作られたそうだが、
実際に見るまでは信じられなかった。本当のところを言うと、まだ信じられていない。奴らめ、とんでもない侮辱をしやがった。
コンテナが鈍いような甲高いような変な音を立てて床に落ちた。一つ、二つ、三つ、四つと落ちていく。
計八個落ちた。コンテナは全部で十二個なので、後四つ残っている。
トラックが微速前進しつつ落とすので、壁が構成された。これで安全に行動出来るぞ。
「行け、行け!」
命令と共に我々は匍匐前進で遮蔽物の後ろに移動した。立って移動して撃たれたら馬鹿みたいじゃないか。
背中を床とコンテナの側面にくっつけ、ボルトを引く。装填完了。戦闘準備完了。やってやる。
向きを変え、しゃがんで銃と目をカバーから出し、コンマ三秒で狙いをつけて引金を引き、反撃の前に銃と体を引っ込める。
まずは奴らの頭を下げさせなければならない。俺たちの一斉射撃がそうさせられればいいが、
上手く行かなければ手榴弾を投擲してばらばらにしてやったっていい。頭を下げる云々の問題を全く別の解き方で解決出来る。
こいつは数学の問題じゃない。正しい解き方は無いんだ。解ければそれでいい。
そしていい具合に損害が出なければ、子供好きのするやたら甘いカラフルな飴が一つ貰えるといった感じだ。
ヘンドリクスがトラックの無線を引っ張って来て、隣に腰を落ち着けた。左手には拳銃を持ち、右手には無線機。指揮官スタイルだ。
「こちら増援隊、現在宇宙港貨物搬入路にてアンドロイド兵と戦闘中。畜生、本当にオクト様たちみたいに見える。どうぞ」
返事はすぐに来た。
『こちらエイプリル。防衛線が崩壊しつつありますわ。一刻も早い到着を要求します、どうぞ』
「了解、出来るだけ──」
さっと腰を上げて拳銃を撃った。びし、とここまで聞こえる音を立てて、一人のアンドロイド兵に命中する。
彼女は糸の切れた操り人形の如き倒れ方で地に伏した。ナイスショット。彼は引っ込んだ。
「──急ぎます。通信終わり」

*  *  *

『──急ぎます。通信終わり』
周波数を合わせて傍聴していたが、大して頭に入らなかった。僕は手を伸ばし、無線機のボリュームを下げた。
戦闘は始まりそうで始まっていない。敵兵は物陰に隠れて前進してくるが、我々は発砲していない。
ヘリは最初の掃射の後、要請で一時的に東部戦線に向かった。戻って来るまで耐えなければならない。
「ヴィンス」
囁くように無線機に対して言葉を発する。ピープ音が返って来た。彼は近くのビルの窓に設置した重機関銃の傍でしゃがんでいる。
「シグリッド」
ピープ音一つ。シグリッドは屋上で無反動砲を持って待機中。衛生兵が一人付いて装弾手を勤めている。
皆、準備は出来ているようだ。僕も用意は終わっている。残った衛生兵も、僕の隣で息を潜めて伏せている。
近づけ。近づくんだ。いいぞ。近づけ。装甲車は来ない。引っ込んでいるのか、道を選んでいるのか。
壁に出来た割れ目から外を覗き続ける。敵は心を緩ませない。精鋭はこれだから困る。
安全装置を外し、いつでも発射出来るようにする。引金には指を掛けない。
衛生兵が自動小銃の銃口を彼が監視に使っている割れ目から出した。スコープは無いが、アイアンサイトで狙撃を試みるつもりらしい。
ふと僕は、彼が以前特級射手のバッジを見せてくれたことを思い出した。才能に恵まれるものだ、羨ましい。
無線機を口に近づける。タイミングを計るのは僕の仕事だった。後少し。後少し。よし、今だ!
「撃て、ヴィンス」
銃撃が始まった。立っていた七、八名の兵が銃弾の線に舐められて、ばったりと倒れる。
僕も体を起こし、目の前にある窓から銃を出して発射する。ダットサイトの向こうで、三人の敵が倒れた。
装甲車の音が聞こえて来る。待機して、僕たちが攻撃してくるのを待っていたのだろうか。
賢明だが、好きじゃないな。兵を駒としか見ていない、後ろでぬくぬくとしている奴が考えた案に違いない。
無反動砲班が視認されていないといいが。彼らは我々にとって唯一の対抗手段だ。殺害されたら困る。
弾が切れた。三十発が少なく感じられる。五十発は欲しい。ドラム弾倉とか無いかな。体を引っ込めて、弾倉を換える。
外の状態を伺い、銃撃が緩まった隙を突いて体を見せ、発射開始。
装甲車を一輌発見した。が、まだ遠い。無反動砲の射程距離内だが、外すのは即、死を意味する。撃てない。
「シグリッド、撃つのは君の判断でいいが、今だけは駄目だ。一メートルでも近づいた場合は発射する許可を与える、どうぞ」
『了解だ、ヴィクトール。外したら済まないね』
なあに、その場合は僕も君も早々とこの素晴らしい出来の世界という椅子から、立ち上がらなくてはならなくなるだけだ。
『再装填と銃身交換する。二十秒待ってくれ』
ヴィンス、君は急ぎ過ぎだ。二十秒とは実現出来れば驚きのタイムである。隊の最新記録更新じゃないか? どうだったかな。
ヘリのローター音が聞こえて来た。やあ、勝利の女神さん。眼鏡を取って髪を解けば絶対に人気は上がると思う。
僕はジャニアリー様一筋だから目もくれないが、君に転ぶ半端者が隊から出ればライバルが減るしさ。
『こちらヘリ、今から援護しますわ。装甲車を二輌確認。残り一輌の索敵を急ぎます』
ミニガンの威力は何度見ても凄いと思う。連射連発出来る銃を始めて見た人間くらい衝撃を受ける。
遮蔽物は遮蔽物とならず貫通され、その量も恐るべきものだ。対人射撃に最高の銃です。一挺何宇宙ドルだろう。
見とれてばかりいられない。僕も僕の仕事をやり遂げよう。装甲車付近の敵兵を狙い撃つ。
『ヴィクトール、再装填と銃身交換が終わった。二十四秒だ。帰ったらシグリッドと一緒に証人になってくれ』
ヴィンスの通信が終わると、機関銃の射撃が息を吹き返した。
無反動砲班からも、撃つという連絡が入る。やっちまえ、と許可すると、白い線が延びて装甲車に突き刺さった。
爆発して、装甲車がただの鉄屑になる。シグリッドの腕は確かなもので嬉しい。腕っこきはいるだけで非常に頼りになる。
無線機の周波数をヘリに合わせ、傍聴してみた。彼女たちの声を聞いていると安心出来る。
『もう一輌の装甲車は?』
『南東にいる一輌のことですの?』
フェブ様が聞き返す。彼はそれは確認済みだと答えた。彼女が周囲を検索し、装甲車を探す。
『見つけましたわ。南西の広場に一輌』
『オーケイ、こちらも車輌を捕捉し……何か撃ったぞ、回避!』
僕の視界の中で、信じたくない光景が広がった。無反動砲のそれのような白い線がヘリの横腹に向かって進む様だ。
だがヘリのパイロットは腕が良かった。回避は出来なかったが、横腹ではなくテイルローターに当てさせた。
くるくると回りだす。回りながらも無線機で通信する。
『メイデイ、メイデイ、ヘリ被弾。繰り返す、ヘリ被弾。テイルローターが作動停止』
『ヘリが被弾した。繰り返す、ヘリが被弾した。我々は墜落しつつある。ヘリ墜落する』
『墜落する。我々は墜落する。墜落地点繁華街北部“アンディの銃器店”前!』
テイルローター付近を近くのビルに突っ込ませながらも、ヘリはほぼ平落としで墜落した。
彼女たちを助け出さなくてはならないな。

*  *  *

:東部防衛線:
「煙幕手榴弾」
メイが囁いた。左にいた兵士が腰に引っ掛けていた円柱型の煙幕手榴弾を、ピンを引き抜いて渡す。
彼女は受け取って、敵の方に投げつけた。それから、スパスの薬室に弾を送り込む。
数秒後には通路を二つの区画に分けるように、煙が充満している。
煙によって構成された壁は厚く、十二姉妹の目を持ってしても見通すことは出来ない。
尤も、それで良かったのだ。見通されては敵わない。
「銃剣用意ーッ!」
大きく応、と声を上げて、全員が銃剣を突撃銃の先に着けた。
煙の向こう側で敵が白兵戦の用意をする音が聞こえる。メイはにやりと笑って、後退を指示した。
仲間たちも口の端を吊り上げつつ、足を後方へと向かわせる。
「よし、敵さんが勘違いしている間に逃げよう。あくまでも静かにね」
十数メートル離れたところで、エイプリルの通信が入った。
──メイ、撤退の首尾はどうですの?
「万事、上手く行ってるよ。数十秒としない内に食堂さ」
通信回線の向こうで、彼女は安堵の吐息を漏らす。心配性な親友だな、とメイは思った。
──分かりましたわ。援軍は敵防衛隊と戦闘しつつ、こちらに向かっています。……幸運を!
次は幸運と来たもんだ。こりゃ、アタシの常日頃から抱いてる一家言を伝えておかなくちゃ。
メイは芝居が掛かった口調で、エイプリルの弱気になりそうな心を励ました。
「頼りにするのは部下と家族と銃だけだよ、エイプリル」

:北部防衛線:
──東部防衛隊が撤退を開始。そちらの撤退を許可します。
通告にジャニアリーは安心した。この場所でじわじわと削られるのはうんざりだ。
通信を返す。言葉の端々に疲れが出ているのが、自分で分かった。
「了解し、実行しますわ。意外にも良く持ち堪えたものだと思いません?」
エイプリルはくつくつと笑った。自分も笑う。何がおかしかったのか分からなかったが、
何だか笑いがこみ上げてきて、笑わずにいられなかったのだ。
止まらない笑いに辟易しつつも二人は交信を復活させる。
──その質問にはまだ答えられないわね。また後で会いましょう、その時に話すのはどうかしら? ゆっくり二人でね。
ゆっくり二人で、か! ジャニアリーはこの戦いまで自信家だったが、今日と昨日という二日間は、
その彼女を自分の未来さえも冷笑的態度で眺める人物に変えるに十分な期間だった。
変化を始めた自分を意識し、その変化を厭い、ジャニアリーは自信家の自分を呼び起こす。
「いい提案ですわ。それまで死なないように精々頑張って下さるかしら、エイプリル」
エイプリルの口調は最後まで変わらず、先日までのジャニアリーと同じ自信家の口調だった。
通信相手がそれを欽羨していることも一切知らないで、彼女はライバルの憎まれ口に対して言い返す。
──そちらこそ、ジャニアリー。
通信を切り、彼女は銃を用意した。マーチもミニミを構える。今度は撤退戦の始まりだ。

:西部防衛線:
──東部防衛隊と北部防衛隊が撤退を開始。そのままだと取り残されますわよ。
潮時だな。今が退く時だ。ジューンの考えは、エイプリルの判断とぴったり合致していた。
しかしながら全員の同時撤退は難しそうだという考えに関しては、エイプリルは認めていない。
ジューンはこの非常に優秀ながら現場を完全に理解出来ていないリーダーに、
部分的に従わないことを決断した。この点においてエイプリルには非は無い。そもそも、艦橋から何もかもを見通せる訳がないのだ。
すこぶる良くて八割九割、悪い時は一割二割で指揮しなければならない彼女が、
戦闘の現場と現状を完璧に理解出来ないことを責めることは出来ない。
されどそうだからと従う訳には行かない。間違っている情報の影響下で下される命令は壊滅的にまで間違っているのが当然だ。
「了解、こちらも撤退を開始する。全員で射撃し、その後は走って撤退。私は後尾で援護」
前線指揮官は戦う時はいつも最前に立ち、撤退時はいつも最後に立っているべきという考えから出た案だったが、
司令官としてエイプリルはそれを止めざるを得なかった。指揮官の戦死ほど嫌われる事態は無い。特に、十二姉妹隊では。
──英雄気取りは止しなさい、ジューン。死ぬ気ですの? 取るならもっと安全な策を……。
説得しようとしたが、意味は無かった。部下思いの指揮官は、彼女の忠告よりも彼らの命と名誉を選んだ。
気休め程度の言葉を伝える。これで納得してくれるとは毛頭思っていない。
「大丈夫だ。銃を拾ったからそれで何とかする。使ったことは余り無いけど」
──ジューン!
彼女は司令官であり姉妹であるエイプリルの言葉にも、ジューンは耳を貸さなかった。
「……大丈夫。でも、もし駄目だったら、後を宜しく」
部下思いの指揮官は撤退を開始させた。追い縋りあわよくば撃滅しようとする敵に銃撃を開始しながら、
ジューンは彼らが無事に全員臨時司令室へと辿り着くように心から祈った。

*  *  *

コンマ数秒の指揮伝達速度の向上は、私に指揮官たちの地表到達を悟らせた。
嬉しくなる。これでもう、勝利は決まったも同然だ。あの人たちに勝てる者があるものか。
我らが指揮官たち。愛する指揮官たち。尊敬信頼敬愛景仰畏敬崇敬心服心酔傾倒敬慕尊崇する偉大有徳なる指揮官たち。
数にすれば極小に過ぎない。数字上の兵力としては、期待出来ない量だ。
しかし、その極小は私たちを持ってしても打倒出来ない。その力は、敵ギルド兵の何倍にも値するだろう。
最早表す言葉が思いつかないほど偉大な指揮官たち。所有する恐るべき力の庇護下にあって、何故負けることが?
敵は撤退を開始し、兵力を纏め、防御地点を絞り、増援と挟み撃ちにするつもりだったらしいが、
それは私たちの同型機から五名が選出され、途轍もない物量差を凌いでいる。
その時点でどちらが性能という点において勝っていることか分かるだろう。我々こそが勝利者だ。
我々は突入を開始し、艦内で破壊の限りを尽くし、十二姉妹たちをスクラップに変えるのだ。
但し頭と下半身は残しておけとの御命令だった。頭は兎も角、下半身を何の用途に使うのかは考えたくもない。
感じる、感じるぞ。私とあの二人の距離が詰まりつつある。士気が高まり、今ならどんなことでも出来そうだ。
彼女たちがやって来る。やって来て、天使のようにこの戦場を明るく照らし、強力な武装で敵兵を灰燼に帰す。
接近経路が提示された。彼女たちは無駄な時間を使わぬよう敵増援隊のいる搬入口を避け、正面入り口から突入するようだ。
突入後は迅速に艦内戦闘の指揮を執り、きっと胸糞の悪い敵共を粉微塵にしてくれるのだろう。
シグナルが近づいて来る。急速に、急速に、息を呑む間も無く、彼女は私の目の前に姿を現していた。
神聖な姿だ。頭部の大型インカムで指令を下す姿は、思わず見惚れる美しさ。強い者が無条件に得るある種の美という奴だ。
もう一人の姿が見えなかったが、彼女はどうやら別方面の指揮に向かったらしい、残念だ。
まあ、二人とも作戦終了後はたっぷり一緒にいられる。
腰のCz75拳銃を揺らしながら、私の傍に来た。今までの指揮官はこの私だ。より優れた者に明け渡す時が来た。
敬礼し、これより指揮下に入ることを告げる。彼女は頷いて、敵のいない通路を見つめ、一時の撤退を指示した。
信じられない、というのが本音だった。戦わないのか? 目の前の敵を放置し、撤退? 傷つき血を流している敵を?
敵に無傷の者はいないだろう。誰もが一撃は何処かに着弾している筈だ。
それをみすみす見逃し、勢力を整えさせ、反撃準備をさせ、防衛線を構築させ、武器弾薬を再配布させ、指揮系統を整斉させる?
これが別の指揮官だったら、例えばあのボルツマンとか言う大尉だったら、私はセミオートで銃を撃って終わらせていただろう。
けれど目の前にいるのは彼ではなく、信頼出来る味方だ。私は、彼女に従う以外の選択肢を選ぶ気はない。
迷わず、撤退を始める。他の仲間たちも同様だ。次の戦闘に備え、我々は撤退しよう。この指揮官の言に間違いは有り得ない。
北部戦線はこれより撤退する。もう一人の指揮官は西部戦線にいるようで、通達があったのだろう、東部戦線も同時に撤退を開始した。
悔しさは無い。次の時には屠ってやるという思いのみだ。どうせ、次の時はすぐに訪れる。我らは爪を研いで待つ。
そして前進の時が来たれば、我々は悪魔の如く全てを踏み躙りつつ進撃するのだ。
防衛隊に通信し、撤退許可を出す。合流地点は正面入り口。そこからは指揮官たちの指示に従う。
彼女たちの数は三人に減っていた。二人やられたらしい。仲間が減るのは悲しいことで、私の敵に対する殺意を膨れ上がらせる。
最後に残っていた私は、指揮官に撤退しないのかと尋ねた。しんがりは私が務めたい。
彼女はこちらを見て首を横に振った。察して、私はその場を離れる。彼女も我々と同じように敵と戦いたがっているのだ。
運良く敵がここで追撃に出て来る類の状況把握が絶望的なまでに出来ない奴らであれば、
この最強の指揮官たちの片割れは、喜んで彼らを撃滅し、残りも平らげてすっかり満足するまで、目前の敵を屠り続けるだろう。
私たちと彼女の考えが根本のところで一致していることを感じて、私はまたも嬉しくなった。
離脱しながら、後ろに離れず付いて来る彼女に尋ねる。何処に向かうのか、と。
具体的な撤退予定地は何処だろうか? 私たちへの指示は取り敢えず宇宙港の外に撤退しろ、だった。
即座に帰って来た返答に、私は微笑みを浮かべた。推測するに、これまでの短い生涯の中で一番微笑みらしい微笑みだ。
我々の行き先は繁華街戦線らしい。撤退とは名ばかりの、これは進撃だ。私は先に出発しただろう仲間に追いつく為、足を速めた。
思うに、彼女たちは随分先を進んでいることだろう。もしかしたら、繁華街に入ってしまったかもしれない。

*  *  *

必要なことは聞きだしたし、これ以上新しいことは知れそうになかったので、ジュライは男の喉を掻き切って楽にしてやった。
十数分前から殆ど何も喋らずに口を開けばそればかりを望んでいたので、彼としても喜べただろう。
ジュライは彼の死体を数歩離れたところからじっくり眺めてみた。体中に痣や切り傷など、見苦しいものが散見出来る。
それらは全て彼女の手によるものだったが、にも拘らずジュライは眉を顰めた。
右手に持った刀を二度振って、刀身に付着した血液を飛ばし、鞘に収める。
この変わりない落ち着いた動作の中で、彼女は目まぐるしく思考していた。次の行動について、である。
彼女が得られた情報は、とても満足出来ない、充足など出来る訳の無いもので、
そんなものを基盤にして動くことは危険ではないかとの考えが強かった。特に今は、頼ることの出来る相手がいない。
自分一人で動く利点を得た代わりに、彼女は自分一人で動く欠点を抱え込むことになったのだ。
艦を離れ、独自に動くと宣言した時には分かっていたことだったが、やはり実際に体感すると予想とは違う。
色々な細々としたことに、自分だけの欠点を見出すことが出来た。危険ではあったが、ジュライはそれを楽しむことにした。
真実自分だけなのだ。何らかの手段で縛るものは無く、誰かの失敗を代わりに償うことも無い。
自分だけのことを気に掛けておけば良くて、それは何て楽なことだろうか。
失敗の責任を取るのも自分だから、誰かにすまなく思うこともない。
唯一胸を痛めることがあるとすれば彼女に忠実な部下に対しての思いだった。
彼らは打ち負かされること無く敵に反撃し続け、いずれ自分がやって来て敵を蹴散らし、
にこりと微笑みかけてくれると信じているに違いない。傷つきながら、何人かは死に掛けながらも、そう思っているだろう。
彼女はそれを敢えて忘れることにし、そうしようとしたが、どうにも上手く行かなかった。
思い出す度に痛みを走らせる記憶と考えに僅かながら苛立ち、ジュライは自分のいた廃ビルを出る。
情報が必要だ。今の貧弱な情報だけで動くのは余りに危険過ぎる。戦場が安全性に欠けるのは常だが、これは欠け過ぎというものだ。
が、改めて落伍者たちを見つけ、彼らに吐かせる気は起きなかった。狙うなら小隊長か分隊長で無ければならない。
一兵卒の知りうる情報など、塵芥ほどにも価値の無い屑情報だ。一人の男を尋問するだけで、ジュライには察することが出来た。
彼らは情報管理がなっている、ということだ。重要な情報は重要な人物にしか知らされていないのであろう。
ジュライは指揮センターの位置を知っていたので、そこを襲撃することを考慮したが、敵兵力の多さは想像するに余りある。
蛮勇は勇気の内に入れず、無謀は最悪の失策として自分に跳ね返って来る。現在の状態で襲撃するのは危険だろうと結論した。
が、かといって何もしなければここにいる意味が無い。何の為に今までの行為が重ねられて来たのか。
夜が明けつつあるのを見て、ジュライは更に苛立ちを募らせた。隠密行動に太陽は大敵だ。
平静を取り戻す為に刀を掴む。これこそ我が武器、我が力。そのずしりと重い鋼鉄の感触は、彼女を冷静な状態に戻した。
確かに夜は明けつつあるが、太陽が昇るまでにはまだ時間がある。現に、今は月がはっきり見える。
空の一方が明るくなり始めただけで、もう一方は暗いままだ。深夜と変わらない。
と、彼女の耳に異音が届いた。誰かが走る音だ。しかし量が多い。百人近い。
数から、ジュライは男の話していたアンドロイド兵だろうと見当をつけた。オクトたち年末三人組のボディを流用した量産型。
百人のオクト、ノヴェ、ディッセが並んで走る様を想像して、ジュライは気分を害した。
彼女たちは三人が一番いい。百人とは悪趣味の限りとしか言いようが無い。
ここは一人減らして差し上げるべきだろう。情報も手に入るに違いない。
彼女たちは裏切ることが無いのだから安心して作戦情報も持っていられるというものだ。
アンドロイドたちの接近経路を考えながら、ジュライは刀を抜いた。
敵のボディが切り裂ける強度であればいいのだが、と脳裏に懸念が走ったが、彼女はそれを笑って走った。

*  *  *

ライバルとしてそれを心から認めたくないという気持ちを持ったが、
敵が撤退したと分かってからのエイプリルの行動が非常に素早かったことは、ジャニアリーとしても渋々ながら認めざるを得なかった。
十二姉妹を率いる指揮官は素早く立ち直り、状況を把握し、負傷者の後送と防衛線の構築、弾薬と食料と水の配布を行わせた。
命じた本人も舌を巻くスピードで全てが動き出し、膠着していたマルチアーノ艦内での戦闘は一先ず引き分けという形で決着がついた。
増援隊も食料や弾薬を運び込んで来たし、戦闘可能な人数も増えている。彼らは疲れていたが、戦えないほどではなかった。
エイプリルは艦内の仕事を手伝う傍ら、マーチに七名の部下を連れて宇宙港内部に潜伏している敵兵がいないか捜索するように命じ、
加えてジャニアリー、メイ、ジューンにそれぞれ西、北、南に偵察して来るように命令した。
彼女たち三人は兵を一人連れて行く許可を得たが、ジャニアリーはそれを辞退し、一人で行くと告げる。
リーダーはメリットとデメリットを比べた。しかし、彼女の力ならば多少の敵勢力に遭遇しても応戦しつつ後退出来るだろうと思い、
彼女が単独行動をすることを許可する。ジャニアリーはP90を引っ掴むと、物資集積室に走って行った。
その後姿を横目で見ながら、メイは部下を物色する。彼は駄目だ。隊の纏め役を務めている。こいつはどうだ? 駄目だな、負傷してる。
お、こいつならいいじゃないか。無傷だし、こう言っては何だが一兵卒だ。メイは作業中だったその男の肩を叩き、彼女の方を向かせる。
振り向いた顔を見て、メイはその男が撤退の直前に隣にいた分隊狙撃兵だと気付いた。
何とも奇遇なことだと考えながら、付いて来るように命じる。彼は二つ返事で了解し、何処かに置いてきたらしい銃を取りに走った。
彼が戻って来てから、弾薬を取りにジャニアリーの後を追う。今頃集積室の辺りは人だかりが凄いことになっているだろう。
急がなくては、任務の遂行が遅くなってしまう。当面の危機が去ったとはいえ、現状は未だ予断を許さない、厳しいものだ。
判断基準の情報は、幾ら有ったとしても足りるということは無い。誰もがそれを認めていたので、
メイとその随伴兵は予想したように兵たちの作った列に並ぶ必要は無く、最優先で弾薬と水を調達出来た。
艦を出たところで、敵兵の掃討任務を実行中のマーチに出会う。ジューンがついさっき兵と出て行ったそうだ。
メイの気分としては、遅れるのは非常に気に喰わないことだ。駆け足で宇宙港を出て、北に向かって走る。
惑星クーロンは時としてその活気溢れる繁華街のみを捉えがちで、その他の地のことを忘れがちであるが、何も星全てが繁華街ではない。
かつてその名を全宇宙に轟かせた死に様すらも彼の生き方に相応しい壮絶なものだったと名高い、
ギルドにとっての最大の敵であった海賊王ブルース・ドックリーの右腕と呼ばれた男、スワンプ・ゴードンのいた教会付近は、
赤土の狭く入り組んだ渓谷と広い草原、それなりの数の人間が居住する村で構成されていた。
それと同じことだ。繁華街から急速に離れれば、大抵は自然と呼ぶに相応しい光景が広がる。
ただメイと彼女の兵が思うには、少々この光景は世間一般に自然と呼称される風景とは似ても似つかないものだった。
昔日に作られた道路らしき黒い線は数え切れないひびが入り、辺りは平地だったが、草木は少ない。
ここで交戦したくないな、とメイは思った。遮蔽物など見つけられない。
細い木に隠れても、年末型が持っているMP7の銃弾は豆腐や蒟蒻か何かでも貫くように貫通する。
二人だけでの偵察は差し控えるべきか、考えを巡らせる。この偵察で得られる情報があるかもしれない。その情報は重要かもしれない。
メイは、敵と戦闘になるまでは偵察を続けることにした。戦闘に突入すれば、兵の首根っこを掴んで全速力で撤退するのだ。
一発か二発は命中弾もあるだろうが、数多の戦場を駆け抜けて来たこの女丈夫がそんなことを気にする訳が無い。
敵兵の姿を探しながら、兵士の付いて来れる速度で走る。走り、途中で違和感とその理由に気付いた。空が不自然に黒い。
そこは昇りつつある太陽のあるべき場所だというのに。
彼女は目前に丘を見ていた。小高い丘の頂上には、古城があった。それが太陽を遮っているのだ。
メイは直感的に、城に何者かがいることは間違いないと悟った。ここは前進基地とするにはいい場所だ。
敵が近づいてきても、上から撃つことだって出来る。
狙撃兵がこちらを見つけていないのはどういった理由か知らないが、幸運以外の何でもない。
丘の斜面に伏せて、土を服と体に付けながらも這って行く。良くない。この方向から近づくのは良くないな。太陽の反対側だ。
察した兵士が隣に伏せる。メイは体を固定して、視覚を望遠モードに変更した。
古城を舐めるように探って行く。情報は無いだろうか。何でもいいから情報支援が欲しい。フェブはどうなっている?
実はこの時、エイプリルと臨時司令部にいた少数の兵以外にフェブのAWACSヘリ墜落を知る者はおらず、
士気の低下を防ぐ為にエイプリルたちはそれを黙っていた。黙秘命令を除いて唯一彼女に関して下した命令は、
現地の五名に向けた、彼女たちの救出を可能なら実行せよとの極めて短いものだった。
姉妹の一人が窮地に陥っていることは露知らず、メイは彼女の不在を嘆くのだった。
視界に人影が映る。メイは身を硬くして、フェブに対する言葉を全て忘れた。任務優先だ。
その人間はどうやらこちらには気付いていないようだった。ありがたい。つぶさに観察してみるが、特におかしいところは見当たらない。
ただ、その人間は女だった。女がここに? こんなところに? ギルド側なら装甲服をつけている筈だが、生身だ。
が、メイは次の情報で彼女が人間ではないことを知った。銃を右手に持っている。大きさは人一人くらいか、正確なところは分からない。
そんなものを片手で扱える女がいるとは思えなかった。大方姉妹の誰かのボディを流用しての同型機だろう。年末型のようなものだ。
身長は自分と同じくらいだとメイは推量した。自分と戦うことになるかもしれないな。
大型のライフルらしきシルエットだったが、暗くて良く見えず、その上逆光まで加わっている。顔も見られない。
彼女はエイプリルへの通信回線を開き、報告した。敵に新たなタイプのアンドロイド兵を発見、北の古城にいる、と。

*  *  *

ジャニアリーは一息ついて、近くに転がっていた手頃な廃材に腰掛けた。
月が出ているのを見上げる。片方の方角には太陽があり、その反対に月があるというのは奇妙な気分だった。
二挺のP90をスカートの内側に収納し、腰に着けていた水筒の蓋を開ける。
本来彼女たち十二姉妹には必要の無い水だったが、運動の後に冷たい水を飲むのはいい気持ちだった。
勿体無いので、全て飲み干してしまわないように注意する。こういうものは、少しずつ飲んで行くのがいいのだ。
敵の捜索をしている訳ではなかったが、ジャニアリーは辺りをぐるりと見渡した。
いい眺めではない。半ばゴミ捨て場にされている。電化製品、車、バスタブ、探せば何でも出てきそうだ。
おや。ジャニアリーはそれらの中から突き出された手を見つけた。体に冷たいものが走る。まさか。敵だとは到底思えない。
腰を上げ、右手に短機関銃を持ち、左手でその手を掴む。ひやりとした感触。一気に引き抜き銃口を突き当て指先に力を──込めない。
やっぱりだ。彼女は笑いそうになって、手を放り投げた。手だけじゃないか。大方、等身大の精巧な人形の手だろう。
そういうものを集める人間は多い。彼女自身も、何度もその類の人間に会ったことがある。
ジャニアリーにはさっぱり理解出来なかったけれど、彼女は趣味にも色々あるとの考え方を支持していた。
等身大人形の腕がここに捨てられていたって、何の疑いが? 口を笑いの形にしたまま、腰を元の位置に戻す。
それから、思い切り大きく、息を吐いた。左手にP90を握る。横からジャニアリーを撫でていた月光が、遮断されていた。
座ったばかりだったが立ち上がり、敵を向いた。がらくたの山の頂上、月を背負って立つ敵の顔を見る為に、彼女は目を細める。
視認した途端、胸が痛んだ。あれは。馬鹿な。いや、確かに。焦りが生まれる。知らず歯を噛み締める。
セプと、同型?
一陣の風が左から吹きつけて、二人の頬を撫でた。セプの同型機が纏った黒い軍服が、彼女の髪の毛が、それにはためく。
後ろ髪を纏めているのが確認出来た。右手に着剣したM14。腰のホルスターに拳銃。ジャニアリーは彼女の武装を品定めした。
セプと大して変わらない。M14の全長が短いような気がするが、気のせいだろう。拳銃は何であれ、大きな問題にはならない。
彼女の目で、ジャニアリーは戦闘になることを理解した。あれはやる気だ。彼女の親友に比べると、許容出来ないほど無感情な目だった。
その中に戦闘への狂気じみた欲求が見て取れる。死んだ親友の姿と瓜二つの敵を見て、ジャニアリーの心は動揺した。
考えるな……鈍る。
言い聞かせるが、戦意は急速に萎縮しつつあった。あれは敵だ、と何度も唱えて、消えてしまいそうなそれを保持する。
これ以上我慢出来なかった。睨み合いには耐え切れなかった。ジャニアリーは銃を構え、引金を引いた。
同時に同型機もがらくたの山から滑り降りながら、発砲を開始した。当たらないように移動しながら、ジャニアリーも応戦する。
敵は一切の感情を持たぬかのように、腕で急所をカバーしながら近づいて来た。
気付いたジャニアリーが身を引こうとした時には、既に回避不可能な距離まで接近を許していた。
ジャニアリーにとって、肉弾戦とは最も避けなければならない戦いである。
何故なら、彼女は近距離から中距離の銃撃戦において真価を発揮するからだ。近接戦闘も出来ない訳ではないが、
セプのように銃剣を持っているのでもなく、ジューンやジュライのように格闘戦特化では勿論無い。
持っているのが普通のライフルであれば殴りつけることも出来るが、P90の形状で殴りつけるのはとても無理だ。
フラッシュハイダーを掴めば一発殴ることも可能だが、破損の可能性が高い。素手の方がいいくらいだろう。
彼女は人間ではないアンドロイド相手に、接近戦だけは避けねばならなかった。
同型機はライフルを前に突き出した。左胸を狙ったそれを、届く寸前左拳で叩き落す。ジャニアリーはそれで銃を手放すことを願ったが、
敵の手はしっかりとM14を握り締めている。つんのめった彼女に肉薄し、顔に肘を叩き込んだ。
そして出来た隙を利用して発砲しようとしたが、引金を引けなかった。代わりに跳躍し、距離を取る。背中を見せることはしない。
たったあれだけのやり取りで、彼女はこのセプの同型機にオリジナルとは違う点が幾つかあることを見て取っていた。
まずM14。セプのライフルはレールが無かったが、敵のものにはある。拳にくっきり痕が残っていた。
全長が短かったのも見間違いではない。確かに短いのだ。バレルが切り詰めてある。軽量化も為されているようで、
危うく叩き落すのが遅れるところだった。それに体自体のスペックも多少、あちらが勝っているかもしれない。
セプが負けたような気がして気に入らないが、あちらの方が速かった。これも違う点の一つに数えられる。
頭の大型インカムは誰かに命令を下す為のものだろう。ということは部下を率いている筈だ。
大型インカムが無いといけないような敵と、その数。年末型か?
腰の拳銃も見落としてはならない。確信には至らなかったが、撃鉄などの形からCzシリーズのどれかだと想定出来た。
P90を構え直す。銃撃戦に持ち込んで来るだろう。接近するには距離が遠い。銃剣の届く距離内での戦闘ならこちらが負けるだろうが、
この距離を取っておけば心配は要らない。常にこれくらいの間を持って戦うことにしよう。
敵はこちらを睨みつけるだけで動かない。銃口はジャニアリーに向いていたが、発砲はされていない。
疑念が鎌首をもたげた瞬間、同型機は走り出した。不意を突かれて射撃が上手く行かない。
接近戦は駄目だ。接近戦は駄目だ! 間を取ろうとしたが、同型機の速度は予想以上だった。足を動かす前に、銃剣の間合いだ。
右上からの斬撃。受けた右手のP90が手からもぎ取られ、地面に激突し破損した。だがそんなことを気にしてはいられない。
ジャニアリーには、自分の顔目掛け斜め下から銃床が向かって来るのが見えた。
流石に避けられない攻撃ではない。左に上体を傾けて避け、膝で蹴る。
同型機は咄嗟に右手を銃から離し、膝と体の間に挟みこんでダメージを軽減した。
強い。今のところは反撃出来ているが、この調子ではこちらの疲弊でそれも出来なくなる。
自分が、敵に対して決定的な攻撃が出来ないのも問題だった。
あれはセプじゃない、敵なのだと分かっていても、引金を引こうとすると力が入れられない。彼女の親友だったセプの顔がちらつく。
策を弄して逃げ切るか、と考えていると、同型機の顔に初めて動きがあった。
笑っている。笑っている。セプのように笑っている。丸っきりセプと同じ微笑だ。オクトたちや自分に向けられる微笑みだ。形だけは。
その時は不思議なことにと思ったけれど、と後になってジャニアリーは回想したが、不思議なことにその微笑が彼女に一線を越えさせた。
躊躇無くその顔に向かって射撃する。同型機が身をかわしながらM14を撃つ。肩に当たったが、それがどうした。彼女は射撃を続けた。
ジャニアリーの中に、形容出来ない感情が生まれていた。怒りにも似ているが、それではない。悲しみにも似ているが、それではない。
射撃を続けながら考え抜いて、彼女は自分の答えを見つけた。安直だが、怒りと悲しみの混合物だろう。
そう考えてみるとしっくり来る。答えに納得しながら、発砲した。
次に浮かんできた疑問は、自分は何に怒っているのか。何が悲しいのか。その二つ。ジャニアリーは容易く答えを出した。
親友セプを汚されたからだ。目の前の敵がセプを汚しているからだ。私がそれを止められていないからだ。
三つの理由により、彼女は怒り、悲しみ、もって目前の憎むべき敵を排除せんと銃を持つ。
銃撃が止んだ。弾切れだ。感情によって弾丸を生み出すことは出来ない。隙が出来たと同型機が駆け寄ってくる。
ジャニアリーは敢えてP90に再装填を試みなかった。そうすると決めて掛かっていた敵は止まろうとしたが、彼女の方から前に出る。
そうして右手を大きく振りかぶり、勢いをつけて殴り飛ばした。殴られる寸前に繰り出した銃剣はジャニアリーの脇腹を刺したが、
彼女は一向にそんなことをダメージと感じていない様子だ。
ガードも無しにジャニアリーのパンチを食らって、同型機は後ろへと倒れる。しかし彼女はすぐに立ち上がって、腹を抱えて笑い出した。
慄然とした。愕然とした。そうか。それがやはり本性なのか。そうとも、あんなものがセプなものか。
ジャニアリーはこのまま戦って勝てる訳が無いと感じていた。だとしても戦わない訳には行かないのだ。
親友への侮辱には血でもって贖って貰う。退きはしない。立ちはだかる全てを打倒する。全ては想い出に残る親友と己の為に。
銃剣の間合いよりも近い、徒手格闘の間合いへと突き進む。応じて、敵も銃を左手に持ち替えた。
拳が届くまで残り五歩。狙うは同型機の顔だけだ。銃剣も持たず、銃撃戦では遠距離戦にされてしまえば勝ち目の無い自分が、
どうすれば勝てるか苦心した末に出した戦い方である。何とかして成功させねばならない。親友と同じ顔を殴ることに罪悪感は無かった。
拳が届くまで残り三歩。腕を引く。敵もこちらを迎え撃つ準備は万端だろう。その防御の上から全力で殴りつける。打ち砕く。
まるでボクシング漫画か何かのようだと、下らない考えが頭を過ぎった。口の端を吊り上げる。
拳が届く距離に入る。お互いが、相手より一ナノ秒でも速く拳を叩きつけようと腕を振った。
ジャニアリーの握った手は顔を狙い、同型機の握った手は腹部を狙う。
両者の努力にも関わらず、着弾は同時だった。両者の努力の為に、でもある。
体をくの字に折って、ジャニアリーは耐えた。敵は倒れこんだが動いている。仕留めていないが、一撃で仕留める気も無い。
長い間彼女は体を曲げていたが、やっと平常に戻った。その時には自分の愚かさを認めるほど冷静になっていた。
全く、自分は何を考えていたのだろうか? 身体スペックの優位はあちらにあるというのに、力比べと耐久力比べか?
一発を腹に叩き込まれただけで、ダメージは大きかった。戦闘での勝利の可能性はまた減ったのだ。
敵を見据える。倒れたままで、こちらを見ていた。顔に張り付いた笑みは消えていない。
ふざけるな。覚束ない右手で拳銃を握り、向ける。小指が根元から千切れていた。
銃声。着弾したのは地面。同型機は横に転がって、その勢いで立ち、撤退を開始した。
小さくなっていく背中を、崩折れながら見つめる。涙が流れた。
殺すべきだったのだ。殺さねばならなかったのだ。セプの親友として、あれを許すことは出来ない。
一片の欠片さえ残さず破壊してしまわねばならなかった。なのに自分にはそれが出来なかった。
悔しくて、申し訳なくて、不甲斐なくて、ジャニアリーは泣き、叫んだ。
気が済むまでそうした後にエイプリルたちに報告し、彼女は決意した。
あの敵は私が殺す。

*  *  *

僕は空になった弾倉を投げ捨てた。あんなに掻き集めた弾薬が半分を切っている。銃撃戦の激しさを物語るというものだ。
今のところ組織立った突入は無いが、それでも数分に一人か二人はこの砦に侵入してくる。
表口から、裏口から、窓から。僕はその男たちを見るや否や、銃を向けて引金を引く。
時には近くの瓦礫を投げつけて、怯んだ隙に押し倒し、ナイフや銃剣、別の瓦礫で殺す。
ヘルメットと装甲服の隙間を狙うのはかなり手間だと初めて知った。コツが飲み込めてからはそうでもなくなったが、
打撃で殺した方が安全な気がするくらいだ。時間が少々多めに掛かるのがネックになるだろう。
一度危うく別のところから侵入してきた敵に後ろから銃剣で突き刺されそうになったけれど、
運良く近くの窓から銃を撃っていた衛生兵の一人が拳銃で彼を撃ち抜いてくれた。
以来、拳銃をすぐに手の届く場所に置いている。格闘戦でいつも勝てるとは限らないが、銃ならそうでもない。
先に向けて先に指を動かせば勝てる。ジャムったりしない限りは、だが。
僕の守る表口横の窓からは、ヘリが見えた。表口から出れば十五か六歩で到着する距離だ。
遠過ぎる。五歩か六歩でも危険だ。着く前に銃弾が僕に当たるだろう。
よしんば無傷で着いたとして、救出作業で時間を要する。とてもじゃないが出られない。
ここまで銃撃戦が激しくなる前は無線機で呼び掛けていたが、応答が無かったのでそれも止めた。
この北部戦線に現れた装甲車たちが引っ込んでいてくれていることだけが唯一の救いだ。
彼らはシグリッドの無反動砲に怖気づいたのか、一向に姿を見せない。東部戦線に向かったのかもしれない。
まあ、東部戦線に行けばここより盛大に砲火を開かれることだろう。熾烈な無反動砲弾やロケットの飛び交う戦場。
たった二人の操る無反動砲の方が、絶対にマシだ。僕が装甲車長なら二輌で十字砲火を浴びせる。
それなら、一輌がやられてももう一輌が無反動砲班を仕留められる。
窓から銃を出さずに撃つ。銃を突き出して撃つのは素人だ。自分がここにいると横から見た時に教える行為は頂けない。
敵がそれを見ていて、こっそり近づいて来て突然襲い掛かるということもある。銃口炎の分は勘で距離を取らなければならないが、
せめて銃身を突き出すような馬鹿は止めておくべきだ。これは訓練されていないゲリラやレジスタンスに有りがちなことで、
僕も彼らの鎮圧任務の時に何人もこれを利用して殺した。
窓に横から近づき、銃身を左手でぐっと押さえて横にずらし、射線を回避する。その後、右手の拳銃で銃の持ち主を撃つのだ。
地面に長い影が映っていることに気付く。また来やがった。彼は僕が気付いていないものと思っている。
それで、僕の右にある表口から入ってくるのだ。影を見て、タイミングを計る。三、二、一、今だ。
右手を銃から離して、敵の足首の移動線上に配置する。足を腕で引っ掛ける訳だ。彼は簡単に蹴躓いて、転んだ。
腰の銃剣を取り、敵の喉に突き刺す。この数十分で上手くなったと思うがどうだろうか。これで十五人目である。
引き抜いて元の位置に。この男が死ぬまで見ている必要は無い。
彼は喉の傷を何とかして引っ付けようとしていたが、十数秒もすると動かなくなった。お休み坊や、良い夢を。
通常の軍隊の兵士は銃剣で突き刺すことや、白兵戦肉弾戦で敵を殺すと罪悪感を持ったりすることがあると昔から聞くが、
僕には彼らの思考が理解出来ない。敵は敵だ。殺してしまえ。彼らが目の前から消えるといい気分だろうが。
銃剣で刺しても銃で撃ってもスコップで殴っても結果は同じなら、何故特定の方法を忌避するんだろうか?
隊の友人にそう言うと彼は言ったものだ。正規軍とギルド兵を一緒にする奴があるか、と。尤もかもしれない。
手榴弾のピンを引っこ抜いて、壊れた車に身を隠す兵に向かって投げつける。爆発。いい気味だ。
この仕事は僕に凄く向いてると思う。銃を撃ち、友とお互いの為に戦い、互いのリーダーについて語り合う。
時々それが原因で殴り合いの喧嘩にもなるが、それはそれでいいものだ。姉妹の素晴らしさは結局、二人の認めるところである。
喧嘩したって、絶対的な一番など無いということは、大人であるから理解しているのだ。殴り合いなど、じゃれているようなものだ。
ヴィンスの機関銃が射撃を中止した。撃たれたのかと思って連絡する。彼は唸り声を返してきた。撃たれたらしい。
部位を尋ねる。彼は頭だ、と答えて、畜生と叫んだ。それっきりだった。ヴィンスは僕がどんなに呼んでも、答えなかった。
確か彼のいるビルでは、シグリッドの弾薬手を勤めていた衛生兵が別の階層で戦っている筈だ。彼に連絡を取り、診て貰うことにした。
クソったれ、これで五人が四人に減った。頼むから誰か僕たちを助けてくれ。
戦闘の冒頭にエイプリル様に連絡したが、彼女は増援を寄越すと言っただけで、まだ影すら見えない有様だ。
向こうは向こうで艦内戦闘中で忙しいのは分かるが、だからと言ってこちらを蔑ろにするのは良くないぞ。
部下の心が離れるどころか、魂が離れて行っちまう。とっとと艦内から敵を一掃してこっちに来てくれ。
ああ、弾切れだ。体を引っ込めて、弾倉を換える。何時間戦っているのかいい加減知りたい。
この銃器店に時計は無いのか。視線を巡らせる。あった。壁掛け時計だ。銃弾が当たって壊れている。
壊された時刻だけでもと思ったけれど、長短針が飛んで行ってしまったみたいだ。秒針だけが残っている。
迂回してあの窓から侵入するんだ、と敵が命令しているのが聞こえる。そういうのは聞こえないように言うもんだ。
あの窓がどの窓か知らないが、僕に背中を見せるのなら撃たれる覚悟を決めてくれ。
敵が五人ほど、班を作って移動している。狙い撃ちにする必要も無い。フルオートで撃っても当たる。
十秒もしない間に、彼らは全員地面に倒れた。横で足音。敵の突入だ。拳銃を取ってそちらを向き、引金を引く。
丁度入って来たところに銃弾が飛び込んで来る形になった。彼は倒れて、十六人目の死体になった。
僕は彼の死体を引き摺って見えないようにして、銃と銃弾と手榴弾を分けて置いておく。こうしておけば後で役立つ。
ヘリに視線をやった。僕から見える側には動きは見えない。フェブ様が死んだのかもしれないと思うと、暗い気分になった。
と、見えない側で銃の発射が行われたことが、銃口炎のお陰で確認出来た。暗い気分が吹っ飛ぶ。彼女たちは生きてるぞ。反撃してる。

*  *  *

目を覚ますと、静かな上に真っ暗だった。何故自分がそんな状態になっているのか訝しんだが、合点が行くのに時間は掛からなかった。
撃墜されたのだ。部下と一緒に。銃器店の前に落ちたのだった。私は部下が最後に言った無線連絡を覚えている。
エイプリルは知っているだろう。救出チームを組織しているだろうか? 一体全体、何で真っ暗なんだろう?
首を横に倒す。光が見えた。ということは、失明したのではない。では、音が聞こえないのはどうしてだ?
これも案外簡単に解決した。墜落時の大音量の為にフィルターが作動していたようだ。
解除すると、銃声が辺りを包んでいるのが分かった。
狭い。身を動かせない。残骸が足を挟んでいる。自力で抜け出せないほどではない。部下はどうなった?
「生きてますの?」
銃声の為か、大声を出さないと聞こえなかったようだ。彼は私の怒鳴り声を二度無視して、三度目にようやく気付いた。
運良く彼も助かっていたのである。私は自分たちの運の良さに感謝した。姉妹で二人目の死亡者になってもおかしくなかったのだ。
それを無傷である。足を挟まれているが、それだけで、外傷も何も無い。後はここから退き、弾薬調達班と合流すればいい。
何とか足を挟む残骸から抜け出して、ずりずりと僅かずつ移動し、制御コンソールに近づく。
部下は後部に投げ出されたのかそこまで移動出来たのか、そちらで戦っている。多分後者だろう。投げ出されれば死んでいると思う。
コンソールは若干電力不足ではあったが生きていた。ギルドヘリの性能の高さを証明出来ることだ。墜落して尚コンソールが生きている。
ミニガンを動かして部下の撤退を援護しよう。私は多少の銃火で死ぬ体ではない。それよりも装甲服を着込んでいるだけの部下が優先だ。
敵陣に対して斜めに墜落していたので、彼らはミニガンの可動範囲内に収まっていた。地上に落ちただけでヘリがくたばったと思うな。
電力は五分、持って六分だろう。そこから先は何秒持つか分からない。三十秒、良くて五十秒くらいだ。
弾薬調達班の所持していた無線機の周波数に回線を合わせ、通信する。最初はピープ音三回。
返答は早かった。私の状況の説明と、部下の状況の説明。それに脱出の援護をするからタイミングを教えろ、とのことだった。
部下の状況は彼自身が答え、私の状況は私が答える。脱出の援護については、弾幕射撃をしてくれとだけ頼んでおいた。
私が残ってミニガンで援護するなどと答えようものなら、無線機の持ち主が飛んで来るかもしれない。戦力は温存せよ、だ。
周囲をレーダーで索敵し、銃撃が収まり次第脱出させることにする。向こうにもそう伝えた。
ミニガンを気取られないように動かし、向きを調整する。これが、部下の命を握っているのだ。失敗は許されない。
意外にも、一分かそこらで脱出の時が来た。行くように命令し、銃撃を開始する。ミニガンが死の回転を始め、肉塊を生産する。
外に飛んで行った筈の薬莢が、瓦礫か残骸に当たって中に戻って来るのには参った。何もかも忘れて取り出そうとしてしまうくらい熱い。
敵の銃撃が完全に沈黙した。今はこの恐るべき破壊者の鉄槌を受けまいと、各々の場所に縮こまって隠れている。
轟音の中、後ろで銃声以外の音がした。敵かと思うも、そうではない。味方が、外から何かしている。
二度目の音と一緒に、装甲板が外れた。墜落で脆くなっていたに違いない。外に兵士が立っていた。手には銃を持っている。
彼はしゃがみこみ、寝転がった態勢の私に呆れ返った大声で言った。
「正気ですか、フェブ様」
正気も正気だ。頷いて返す。彼は言葉を失って、私を引きずり出しに掛かった。抵抗しようにも出来ないので、
仕方なくミニガンを自律行動モードにして出る。この自律モードという奴は、取り敢えず動く奴は全員撃つというものだ。
今まで一度も使ったことが無かったが、使えるかどうか確かめておこう。いい機会なのだから。
足が痛むので立てず、引き摺られながら道中に落ちていた敵の銃を拾い、見えている敵兵を撃つ。
援護射撃は的確の極みで、こちらに撃ってくる兵や撃とうとする兵を一発二発で射抜いてくれる。
十二姉妹兵万歳だ。表口から中に入る。運ばれた先は衛生兵の救護所だが、衛生兵は二名とも戦闘中である。
そこで懐かしい顔と出会った。ヘリの部下ではない。彼は戦闘に参加している。元気で嬉しい。
「フェブ様?」
「フレデリック?」
彼は物凄く驚いたようだった。

*  *  *

ボルツマンが見るに、ペトルッツィの機嫌は最悪だった。
装甲車が撃破されたからではない。艦での戦闘で撤退したからではない。繁華街での戦闘が未だに終わらないからではない。
モニターの向こうで彼の行為に一々文句をつけるギルド幹部の面々が、鬱陶しかったからだ。
ギルドは君たちに対して懸念を抱きつつある、と一人が言った。確かその男は、プティと呼ばれていた小男だ。
何を偉そうに。ボルツマンは部隊の活動をロクに見もせずに評価するこの男たちが我慢ならなかった。
もしも三十分だけでも見たならば、懸念など微塵も持てない筈だ。我々は過去無いほどに十二姉妹たちを苦しめている。
戦場を引っ掻き回し、少ない兵力を疲弊させ、包囲し、士気を低下させ、潰そうとしている。
彼らには分からないのだ。静かな会議室では戦争や戦闘など理解出来ないのだ。銃を持ち、敵を殺すということが分からないのだ。
艦長の反論にも、彼らは耳を貸さない。形になり、格好のつく実績が欲しいらしい。馬鹿め、そんなのは一番最後に手に入るもんだ。
「成果を出したまえ、成果を。十二姉妹の一人を殺害したとか、その隊を全滅させたとか」
豚と見間違うほどの男が腹を擦りながら唾を飛ばして言う。豚よりも見苦しい姿だ。
成果なら出ているではないか。こちらの部隊は勝利に近づきつつある。十二姉妹は決死の抵抗を試みるだろう、だが無駄だ。
北部の戦闘は既に趨勢が見えた。ヘリは墜落し、残りは負傷者多数と敵兵五名だ。乗員が無傷で助かっても、大したプラスにはならない。
東部も同様である。包囲網突破の為の手段は完全に失われた。コヨーテの参入は予想外だったが、
こちらの出血が増えたところで痛手にはならない。彼らは悪足掻きをしているに過ぎないのだ。
艦方面の部隊が撤退したことは当然だ。あのまま進めば彼女たちは莫大な被害を被っていただろう。
相討ちになっていたかもしれない。我々は相討ちを好まない。勝利のみを好む。敗北も相討ちも勝利の前には等しく無価値である。
そこから先、アンドロイド兵がどのように動くかは分からないが、彼女たちが戦闘に負ける気で動くとは思えない。
だからこちらは繁華街に集中していればいいのだ。そして繁華街では勝利しつつあるのだ。これ以上の実績、これ以上の成果は無い。
「それに時間が掛かり過ぎだ。一体何日間戦闘を続ける気だ? ギルドの金は沸いて出て来る訳ではないぞ」
やれやれ、彼らの守銭奴ぶりには嫌気が差すというものだ。本音はこれだろう。マスコミ対策、銀河連邦警察対策である。
まだ三日と経っていない。それで長いと言うのなら宜しい、今すぐ切り上げて撤退してもいい。
どいつもこいつも金、金、金だ。本当にマダム・マルチアーノの理想に染められそうになる。
彼女が生きていたらと思った。彼女が生きていたら、ギルドを裏切ってでも彼女の陣営になりたかった。
ペトルッツィの言葉に意識を向ける。彼は相手が納得する返答をすることを諦め、何を言っても無視に近いことを繰り返していた。
向こうとこちらの距離は、通信に十五秒から二十秒程度のラグを発生させるほど離れている。
だが彼らが十五秒待って得る返答は、どうにもよく聞こえませんねであるとか、一向に聞こえませんねだとか、
挑発と受け取られても仕方ないものなのだ。あちらのモニターに自分が映っていなければ、笑いを漏らしていただろう。
終いには彼らは業を煮やして、一方的に通信を打ち切ってしまったのである。滑稽極まりない。
ボルツマンはモニターが暗くなった瞬間、身を軽く折って笑った。じろりと睨みつけるペトルッツィ。
彼は幹部たちに何だかんだと言われている自分の様を笑われたのだと思ったらしかった。
誤解を解く為に二言三言費やした後、艦長室は溜め息で満たされる。二人の視線は壁に掛けられた戦術地図だ。
敵勢力、味方勢力、安全区域、危険区域などが記入されている。今のところ、安全区域は繁華街南の平地だけだった。
「ボルツマン、こんなことを言うのは初めてなんだが」
艦長が口を開いたので、彼はそちらに耳を傾けた。艦長の初めてはボルツマンの初めてでもある。
言い難そうな、申し訳無さそうな声で、艦長は言った。
「艦の図書室に辞表の書き方の本が無いか探してみてくれないか。俺もう嫌になってきた」
「面白くない冗談です。対策を考えましょう、艦長」
一刀両断されて彼は膨れっ面になったが、何分大の大人がやっているので見苦しいだけだ。
残っている兵力をリストアップしてみる。
「ギルド兵八百人、装甲車六輌、アンドロイド兵皆無、車一台、突撃艇は必要分きっちりといったところだそうです。車一台?」
「俺の私物だ。気にするな、どうせ使うことは無いだろう。それにしても問題だな、南部平地付近は空の突撃艇で埋まりそうか?」
報告書の束の中から一枚抜き出し、ボルツマンが答える。
「そうですね。これ以上降ろすのは危険でしょう。象に針の穴を通れと言うようなものです」
「じゃ、強襲しか無いか。地図をくれ」
やっとやる気になったのかとボルツマンは喜色を言葉に込め、はい、と返事をする。
間も無く地図が持って来られ、艦長室の作戦立案用テーブルの上に置かれる。
地図の上には駒が幾つか置かれていて、その一つずつに指揮官の名前と部隊の規模が書かれていた。
「我々は北部戦線で勝利を収めつつある。これは紛れも無い事実だ。だが」
艦長は東部戦線の駒を指差した。
「こちらは君の予想とは違い拮抗状態だ。ここにこそ増援が欲しいな」
「しかし、ここに降ろすには更に東の平地に降ろすしかありませんよ」
そこは平らで、木も無く建造物も無く、ゴミ捨て場のようにもなっていない、一つの欠点を除けば最高の降下地点だった。
狭いのである。装甲車を全てと兵員を二百名も降ろせば、降下が危険になってしまう。
彼の心配を余所に、ペトルッツィは計算を始めた。疑念への返答を望む旨を伝えると、彼は面倒臭そうに答えた。
「基本装備に落下傘があるだろう? 艦を大気圏内に突入させて、兵員は落下傘降下させるんだ。……落下傘、あるよな?」

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最終更新:2008年02月25日 23:16