虚無と獣王-31

31  サンドリオンと獣王

宴が終わり、ルイズはメイドの案内で客室へと向かった。
明日は敵の侵攻前にウェールズから秘宝を預かった後、マリー・ガラント号で脱出する手筈になっている。
普段ならまだ起きている時間ではあったが、まさか寝坊する訳にもいかない。早めに横になるべく服を脱ぐと、ルイズはベッドへ潜り込んだ。
ほんの1週間前まで、自分がこんな事態に巻き込まれるなんて思ってもみなかった。
以前アルビオンに来た時は家族と一緒だった訳だが、彼らに6000年続いた国の終焉に立ち会う羽目になった事が知れたらどうなるだろうと、ルイズの脳裏にそんな考えが浮かぶ。
カトレアはきっと心配するだろう。動物たちに囲まれながら、無理をしてはいけませんよと優しく嗜める姿が目に浮かんだ。
エレオノールはなんで無謀な事に首を突っ込むのちびルイズなどと言いながら、ほっぺたを引っ張ってくる気がする。たぶん心配はしてくれているのだろうが。
両親については、正直想像がつかない。父も母も2人の姉も、例外なく強い力を持つメイジなのに、自分だけが魔法を正しく発動できない落ちこぼれである。
そんな娘が戦場に赴いたのを一体どう捉えるのだろうか。
詳しい事情はマザリーニかオスマン学院長から説明されるのだろうが、貴族として正しい行動だと、そんな風に思ってくれるだろうか。
心配をかけたくないという気持ちと、心配してくれるだろうかとという気持ちと、そんな矛盾する思いを抱えながら、いつしかルイズは眠りに落ちていった。

トリスタニアのヴァリエール別宅では、ここしばらく満足に寝ていない男たちが集まりつつあった。
その内の1人であるグラモン伯爵は、玄関で待っていた侍従から自分の到着が最後だと聞き、内心参ったなと思う。
ただでさえ約束の時間に遅れているというのに自分が最後という事は、嫌味の3つや4つは覚悟しておかねばなるまい。
もっともそんな思いは全く表に出さず、伯爵は優雅な笑みを浮かべつつ応接室に入ると「で、どうなってる?」と尋ねた。
ははは貴様の到着待ちだったというのに何様だ貴様、と獰猛な笑顔を浮かべる邸の主、ヴァリエール公爵の目の下には隈が浮かんでいる。
ただでさえ煩雑な公務に加え、今回の件で秘密裡に色々と動き回らなければならず、更にわずかな睡眠時間も目に入れても痛くない末娘の事が心配で心配で碌に休めてなどいなかったのだ。
「ワルド子爵がアルビオン貴族派と繋がっているという事実は、残念ながら浮かんではきていません」
そう報告するのはこの国の事実上の宰相であるマザリーニである。
こちらも調べ物+日頃の激務のお陰で、お世辞にも顔色が良いとは言えない状態だった。
「まあこんな短時間ではな。向こうも馬鹿じゃない限り足跡を残すような真似はすまい」
「私もそう思っていたのですがね、実は別方面で面白い事が分かってきました」
公爵の言葉に答えるマザリーニの顔には、うっすらと笑みが浮かんでいる。
「どうやら彼は、役職を利用して不正を働いている輩について独自に調べを進めていたようなのですよ」
「おいちょっと待て、そりゃあ一体どういうこった。それじゃあまるで……」
「我々がしようとしている『大掃除』を、ジャン・ジャックも考えていたと?」
アンリエッタ姫がゲルマニアに嫁ぐ際の混乱に乗じ、他国と接触するであろう獅子身中の虫を一網打尽にする計画を彼らは立てていたのだが、ワルドも似たような行動を取ろうとしていたのだろうか。
「そこまでは分かりません。単に彼らの弱みを握ろうとしていたのかもしれませんしね」
もっとも日頃から不正に対して憤りを感じていた様ですから、その可能性は薄いでしょうがとマザリーニは肩をすくめた。
「では、こちらからも分かった事を報告しておくかの」
言葉を続けたのは、今まで無言でワインを口に運んでいたオールド・オスマンである。
「まず例のアルビオン王党派の裏切りに関する件じゃが、該当しそうなマジック・アイテムがひとつあった」
ほう、と相づちをうつ元教え子たちに、オスマンは最近はめっきり教壇にも立っていないのう、と思う。
「ラグドリアン湖の主、水の精霊が所有する秘宝『アンドバリの指輪』、おそらくはそれが此度の叛乱劇の影に存在しておる」
「よりにもよって我が国から流出したマジック・アイテムですか……」
「それが本当なら確かに問題ですが、間違いないのですか? 水系統のアイテムなら他にもありそうなものですが」
頭を抱えそうになるマザリーニの横で、公爵が眉をひそめながら尋ねた。
「わしもそう思って色々と伝手を当たってみたんじゃがの、どうやら最近ラグドリアンの水かさが急激に増してきておるらしい」
齢100とも300とも言われるオスマンである。長い間魔法学院に勤めているのもあって、そのコネクションは多岐に渡っている。
「そのような報告は私のところには上がってきておりませんが……」
「あそこの領主は前に不祥事起こしたとかで交代してなかったか?」
「代々モンモランシ家だったんだがな。新しい領主が報告を怠っているのか、あるいは事態を把握していないのかもしれん」
その件に関しては、結局原因は不明なのだがともかく水位の変化があるのは確かなので、早急に確認が必要であろうという結論になった。
「さて、その『アンドバリの指輪』が使われているとして、こちらに対抗手段などはあるのですかな」
操られている者たちを正気に戻せるのなら、レコン・キスタの優位性を消す事ができる。
しかし、そんなマザリーニの問いにオスマンは首を横に振った。
「そうじゃなあ、相手はエルフの様に超強力な先住魔法を使っている、と言えばいいかの。ぶっちゃけ死者すら偽りの生を与えて思いのままに動かすなんて話じゃ、対抗手段はないに等しい」
「できるだけ指輪持ってる奴には会うなって事だな。打つ手がねえってレベルじゃねえぞオイ」
伯爵が呆れた口調でぼやく。
「実はもう1つ興味深い話があるんじゃがの」
「厄介な話では無い事を祈りますが、一体なんです」
「王立図書館の司書から聞いたんじゃが、どうもワルドはあそこの常連らしい」
グラモン伯爵は首を傾げた。
ワルドはグリフォン隊に入ってから、任務の他に暇さえあれば腕を磨くと称してオーク鬼を狩りに行ったり複数のメイジに単独で挑む訓練をしたりしていた筈である。
とても図書館に通う時間があったとは思えなかった。
そんな伯爵に公爵はあっさりと言い放つ。
「遍在だろう」
妻が風のスクエアであるせいか、そのからくりに思い至るのも早かったのだ。
一方マザリーニは思い当たる節があった様で、頷きながら尋ねる。
「老師、ひょっとして彼は聖地についての文献を読んでいたのではありませんかな。私が彼と接触した後、幾度か質問された事があるのですが……」
「正解じゃ、褒美はないがの。聖地がらみの本は偽書扱いのものまで読み耽っていたそうじゃよ。最近では始祖やその使い魔関連のものにまで手を伸ばしていたらしいが」
しかしよくそんな事まで調べましたな、と感心しきりのマザリーニに、オスマンは当然じゃよと鼻を高くした。
実を言えば司書のリーヴルへのナンパついでにふとワルドの事を思いつき聞いてみただけで、しかも利用者のプライベートについて語りたがらない彼女の代わりに答えたのは使い魔のペンギンだったりしたのだが。
もっとも、その無駄に渋い声の使い魔が報酬に鶏のフライを要求してきたのには流石のオスマンも驚いたものである。つか共食いと違うのかそれと思わず突っ込んだものだ。
美味ければそれでいいだろう? と返されたのでそれ以上はなんかもうどうでもよくなってしまったが。
「じゃあ次はこっちの番だな。一応グリフォン隊の連中は飲み潰しておいたぜ。監視はつけてあるが、あの調子だとすぐには起きられないだろうよ」
『魅惑の妖精』亭へ繰り出してどんちゃん騒ぎをさせたという伯爵を、オールド・オスマンは親の敵の様に睨み付けた。
想定の範囲内だったので他の3人はあっさりスルーしたが。
「飲みの最中それとなく探りを入れてみたんだがな、どうもアルビオンの貴族派と繋がってるようには思えなかったぜ」
本当かよ、お前率先して若いねーちゃんに粉かけててそんな探りなんて入れてたとは思えんのだが。
そんな言葉が喉まで出掛かる公爵たちであったが、ここでそんな事を言っても仕方がないとなんとか飲み込んだ。
「まあ2・3日は監視付きで軟禁させてもらいましょう。件の指輪で操られていないとも限りません」
場合によってはグリフォン隊を解散させる必要もあるとマザリーニは考える。その後の対応については敢えて考えない事にした。例えどんな流れになっても苦労するのは自分だと身に沁みて分かっていたからである。

「では私の番か。流石にアンリエッタ姫の降嫁の影響は大きい様でな、ようやく大物が尻尾を出してくれたぞ」
そう切り出したのはヴァリエール公爵であった。
正確には件の大物の手下や取引相手が尻尾を出したので、芋ずる式に黒幕が判明したのである。
「では、やはり?」
「ああ、高等法院の長さ。国内からの賄賂も大概だったが、ロマリアとは相当結びつきが強いようでな。今回の件ではそれなりに動揺したのか、動きが掴みやすかったぞ」
「リッシュモン卿は今回の本命でしたからな。せっかく手に入れた鬼札です、有効に使わせて貰いましょう」
聖職者らしからぬ悪い笑顔を浮かべるマザリーニに一同は苦笑した。
「それで、他には誰かいなかったのか? リッシュモンでこうなら下っ端クラスはもっと大慌てだろうよ」
「ああ、面白いくらい大慌てだったな。ただそんな連中を残らず罰していてはこの国の実務が廻らん。リストアップと監視は必要だが、ここは大物を並べて切り倒しておけば暫くは大人しくしているだろう」
王の死去以降、トリステインの腐敗は公爵らの想像以上に進んでいた。本当なら不正を働いていた貴族などこの際に一掃しておきたいのが本音なのだが、そうも行かないのが現実である。
「ところで応援に行った『サンドリオン』殿から何か連絡はありましたか?」
マザリーニの問いに、公爵は首を横に振った。
「昨日の今日だからな、まだ何も連絡はない。余裕があるならこちらに『遍在』でも飛ばすのだろうが……」
その言葉を聞いた事実上のトリステイン宰相は難しい表情を浮かべる。
「ラ・ロシェール辺りの船乗りたちの話ですが、どうやらアルビオン貴族派のフネの動きが普段以上に活発化してきているようです。いよいよ総攻撃が近いのではないかと」
その噂が本当だとすると、これまでの予想では何日かの余裕があったルイズらのアルビオン行にかなりの問題が生じる事になるのだ。
大人たちの顔が厳しくなるのも当然と言える。
「……なんにせよ、もう時間も遅い。今後事態がどう転ぶか想像もつかないが、いざという時に動けなくては話にならないだろう。そろそろお開きにしないか」
ヴァリエール公爵の提案に、他の3人は顔を見合わせた。
「……そういやグリフォン隊の連中に聞いたんだがよ、なんでも今日の昼過ぎからアテナイスのヤツが姿を消したらしいぜ? 心当たりはありませんかとか言われちまったよ」
グラモン伯爵が言うアテナイスとは、魔法衛士隊に古くからいる老成したマンティコアの事である。人語を解し魔法すら扱える恐るべき幻獣だが、最近は老齢を理由に任に就く事は少なくなっていた。
「まさか筆頭公爵家の首都別邸の裏庭に件のマンティコアがいるなんて事はなかろうな? ここのメイドに旅支度とかさせとったら只じゃおかんぞマジで」
オールド・オスマンのこの台詞は元教え子を心配しているのか、それともうら若きメイドに頼み事ができる元教え子に嫉妬しているのか、いささか判断に迷うところではある。
「昔のようなやんちゃは本当に勘弁して下さい。前にも言いましたが、ここで貴方に何かあればこの国は立ち行かなくなりますし、何より私が倒れますので」
内容的には冗談のようにも見えるのだが、ここ数日の激務のせいで目に隈を作っているマザリーニに真顔で言われると、何をどう考えても本気だとしか思えなかった。
「……そう口々に言わなくても解っているさ。そもそもアテナイスは偶々王城で見かけて『たまには出歩きたい』と言われたから連れて来ただけで、アルビオンへ単騎駆けしようなどとは思ってもいないとも」
爽やかでありながらどこか棒読み口調の公爵に、マザリーニらは揃って杖を出し、異口同音に『眠りの雲』の呪文を唱えたのだった。

水平線の向こうの空が白みかけ、太陽がその姿を出し始める頃、クロコダインらはようやくアルビオンらしき小さな影を目視で確認していた。
正確には視力に優れたシルフィードとワイバーンが他の面子に浮遊大陸の発見を知らせていたのである。
「このままなら、昼までにはなんとかできるか」
クロコダインは到着予想時間をそう見積もったが、実のところこれはかなりの希望的観測であった。
なにせルイズたちが現在どこにいるかも定かではないのだ。貴族派の妨害は勿論の事、下手をすれば警戒しているだろう王党派からの攻撃すら考えられる。
自分ひとりならまだしもギーシュやタバサが同行している以上、できる限り安全策を取りたい。
二人の力を侮っている訳ではないが、自分のようなモンスターをまるで人間のように扱ってくれる気のいい者達である。無傷で済むならそれに越した話はない。
特に今『魔法の筒』の中で休んでいるタバサは、本来この任務とは無関係の立場なのだ。
ルイズやキュルケ共々、何事もなくトリステインまで帰すのが己の役目だとクロコダインは思っていた。
「きゅい!!」
突然、斜め後方に首を巡らせたシルフィードが警戒の声を上げた。
「ど、どうしたんだい? 敵襲!?」
ウトウトしていたギーシュが慌てて周囲を見渡す。
「何か小さいものが凄い速さで接近しているようだ。少し予定よりも早いが、タバサに出てきてもらって確認を頼もう」
デルパの掛け声と共に現れた蒼い髪の少女に短く現状を告げると、彼女はすぐに『遠見』の魔法を使った。
「……マンティコアに乗った騎士。2人いる様に見えるけど、多分片方は遍在」
全く同じ姿をしているから、というタバサの報告にクロコダインは警戒の度合いを高める。
現時点では敵か味方か判らないが、ラ・ロシェールの桟橋で戦った白仮面のメイジの事を考えると油断は禁物だった。
「ギーシュ、今のうちに『魔法の筒』の中に入っておいてくれ」
「ちょっと待ってくれ、僕は戦力に入らないのかい!?」
少年らしい抗議に、クロコダインは苦笑しながら答える。
「お前の得手は『土』だろう。地上なら頼りにするところだが、ここではいささか不利ではないかと思ってな」
確かに空中ではアース・ハンドやアース・ブレイドで敵の足止めは出来ないし、ワルキューレを創造するにしてもゴーレムは飛べないのだから意味がない。
「わかった、でもせめてこれくらいは手伝わせてもらうよ」
ギーシュが造花の薔薇を一振りすると、花びらの1枚が青銅製の手斧に変化した。
「ラ・ロシェールで斧を無くしてしまったと言ってただろう? これはその代わりさ。『固定化』と『硬化』もかけておくよ」
最初にギーシュが作った格闘練習用の斧は、先の戦いで仮面の男に投げつけてしまっている。周囲を探せば見つかったかもしれないが、時間がなくそのまま放置してしまっていた。
クロコダインが「恩に着る」と告げる間にも、マンティコアに乗った正体不明のメイジはこちらへの距離を驚異的なスピードで縮めてきている。
『フライ』でシルフィードの背へと移ったタバサは口の中でウィンディ・アイシクルの呪文を唱え始めた。
同時にグレイトアックスを構えたクロコダインはいつでも真空系呪文を唱えられる様に身構える。
ギーシュは安全な『魔法の筒』の中へ避難したが、フレイムやヴェルダンデには有効な攻撃手段も防御の術もない。
ワイバーンも風竜程には機動力が高い訳ではなく、敵の攻撃を避けるのは難しい上、無理に飛び回ればフレイム達が振り落とされてしまう。
そこでグレイトアックスの真空系呪文を応用した風の防壁が生命線となるのだった。
もっとも、彼らの迎撃準備は結果として不発に終わる。
近づいてきた謎のメイジは魔法を使わずとも見える距離まで来ると、スピードを落として『遍在』を解除、更に害意がないのを示す様に杖を収めた状態で両手を軽く上げてみせたからだった。

正直なところ、サンドリオンの心中は穏やかなものではなかった。
マザリーニやオールド・オスマンからルイズの使い魔の容姿を詳しく聞いており、またフーケからは途中で合流したものと思われる風竜に乗った少女たちの情報を得ていた為、遠見の魔法でワイバーンと風竜を見つけた時は少なからず安堵していたのである。
しかし、肝心要のルイズ及び裏切り疑惑の濃いワルド子爵の姿が見えないのが近づくにつれ判ると、一度は安心してしまっていた反動もあってか、不安は加速度的に増加していった。
クロコダインもマントは黒く焦げ付き、その鎧も一部罅が入っていたりと明らかに戦闘を経ているのが一目でわかる。
相手がこちらを警戒するのは無理もない、というより当然の話であったのだが、ここで攻撃された場合喜ぶのは敵ばかりだ。
故に杖を納め攻撃の意志がない事を示した訳だが、相手がそれに乗ってくれたのは幸いであった。
味方同士で争うなど無益にも程がある。
「我が名はサンドリオン、オールド・オスマンからラ・ヴァリエール嬢の護衛を依頼され参上した。そちらは公爵令嬢の使い魔殿とお見受けするが?」
「如何にも。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが使い魔、クロコダインと申す」
一見すると人語を解するとは思えぬ鰐頭の獣人が流暢に主のフルネームを喋る様は、かなり堂に入ったものであった。
泰然とした態度と言い、ルイズが姉宛ての手紙に『その性質は武人の如し』と書いていたのも頷ける。
サンドリオンがそんな事を考えている間に、クロコダインは『魔法の筒』からギーシュを解放していた。
「こちらのメンバーは見ての通りだ。ルイズ、キュルケ、ワルド子爵の3名はフネで先行している。おそらくアルビオンへは既に上陸しているだろう」
その情報にサンドリオンは危機感を覚える。もしワルドが本当にレコン・キスタと通じているのなら、この状況を見逃す訳がない。
「ワルド隊長には現在トリステインからの離反の嫌疑が掛けられている。とにかく先を急ごう、詳しくは飛びながら話す」
この先はレコン・キスタの軍勢が包囲網を敷いている筈であり、本来なら慎重な行動が求められるのだが、そんな悠長な事をしている状況ではなさそうだった。

夜が明けるかどうかという時間にルイズは目を覚ました。
というより、脱出を前にしているせいか眠りが浅かったのである。
この後はワルドと共にウェールズから風のルビーと始祖のオルゴールを礼拝堂にて受け取る事になっている。
キュルケにはその間に他の荷物をもって『マリー・ガラント』号へ向かって貰う予定だった。今更な話ではあるが、そもそも彼女は部外者であり、トリステインの民でもないのだ。
本人もその辺りの事は充分認識しているらしく、昨晩打ち合わせた時にはあっさり承知したものだった。
普段なら「じゃあわたしも同行するわ」などと天邪鬼な発言でルイズ弄りをするのだが、流石に空気を読んだのだろうか。
着替えを済ませると同時に、控えめなノックの音がした。
キュルケはノックなどしない、というか『アンロック』で勝手に入ってくるタイプの人間なので、扉の向こうにいるのはおそらくワルドだろう。
急いでドアを開けると、そこにいたのはルイズの予想通りワルドの姿だった。魔法衛士隊制服に身を包んだ姿は、婚約者の贔屓目を差し引いても颯爽としている。
「やあ、おはようルイズ。準備はできたかい?」
「わたしはいいですけど、キュルケがまだ来てないの。荷物を預けないと……」
「あら、呼んだ?」
噂をすれば影というわけでもないのだろうがが、タイミングよくワルドの後ろから顔を出したのは件のキュルケだった。
こちらはルイズと同じく動きやすい平服を着ている。
「おはよう、ミス・ツェルプストー。『マリー・ガラント』号へはもう非戦闘員が向かっているから、そちらへ合流してくれたまえ。僕たちはすぐに礼拝堂へと向かう」
殿下をお待たせする訳にはいかないのでね、という言葉にルイズは慌て、キュルケは肩を竦めた。

キュルケを見送った後、2人は礼拝堂へと歩を進める。
ワルドは昨日よりも言葉少なで何か考え事をしている様にも見え、ルイズとしては話しかけるのも憚られる感じではあった。
(やっぱりワルド様も緊張されているのかしら)
少し違和感を感じはしたものの、彼女はそれを気のせいだと思う。
そもそも婚約者とはいえ10年も会っていなかった訳で、ここ数日の様子だけで相手の心情を正確に読み取るなど出来るはずもない。
だが、この時のこの判断を、ルイズは後悔する事になる。

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最終更新:2010年05月29日 06:26
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