虚無と獣王-01

1 召喚者と獣王


突然だが、ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエールは、追い詰められている。
彼女は、周囲にある感情を侮蔑と嘲笑と無関心と極少量の同情で構成されていると考えており、それは概ね正しかった。
頭のどこかで、それも仕方のない事だという声がする。
まともに魔法を成功させた事など一度もなく、どんな簡単な呪文でも、引き起こされるのは望みもしない爆発なのよ。
皆が馬鹿にするのも無理のない事でしょう?素直に出来ないものは出来ないと言うのも美徳というものよ。
そんな分別くさい声を、ルイズは全身全霊をもって否定する。
ううううう煩いわね!ひひひ人が何を言おうがわたしは栄えある公爵家の一員なのよそれがららららくらく落第なんて許されるわけないじゃないの!!
そう、彼女はトリステイン王国の名門貴族、その血を遡れば王家に繋がるというヴァリエール公爵家の三女であった。
ほんの幼い頃から大貴族として、一国の中枢近くに存在する人間としての在り方を、ルイズは両親(特に母親)から叩き込まれてきたのだ。
そんな環境の中で培われたプライドが、そう簡単に負けを認める事を許すだろうか?
無論、否である。
まあ、自分に対する反論がどもり気味なのはこの際ご愛嬌というものだ。
「あー……ミス・ヴァリエール……非常に言いにくいのだが」
「ひゃいっ!?」
ずいぶん風通しの良くなった髪型の男に話しかけられて、ルイズは素っ頓狂な声を上げた。
「申し訳ないが時間もかなり押してきている。そろそろ儀式を再開してもらえないかな?あと考えている事が全部口からダダ漏れなのは公爵家の人間としてはどうかと」
「すすすすすみませんコルベール先生すぐに再開します!あとひとりごとに関しては優しい気持ちでほっといてください」

トリステイン魔法学院の、春の使い魔召喚の儀式。
この儀式は学生にとってただ単に使い魔を召喚する、というだけのものではない。
使い魔の召喚により己の魔法属性が決定され、より高度な理論や実技を学んでいく為の重要なステップ。つまりは進級試験なのである。
召喚できない場合?そりゃあ勿論落第だ。いくら生徒が貴族だからといっても、それに例外はない。
そしてルイズは、現時点において24回にわたる召喚失敗を成し遂げていた。記録に残る怪挙といえよう。
ここまで失敗して、なお儀式の再開が許されるのには理由がある。
ひとつはルイズの実技以外の成績が非常に優秀である事。こと座学においてはかつてこの学院に在籍し、後に王立魔法研究所入りした長姉以上の成績を残している。
もうひとつはこの場の責任者であるジャン・コルベールがルイズを高く評価している事だ。成績だけでなく、常に理想の貴族足らんとするその精神を。
短気な教師なら3回目くらいで儀式を打ち切っていただろう。
ただ、25回目以降の失敗が許されるとは限らない。コルベールがさっき言ったように、時間が押してきている。
先程まで飛んできていた野次も、だんだん飽きてきたのか自分の使い魔との交流の方が大事と踏んだのかめっきり減っている。
自分が追い詰められている事を思い出したルイズは意識を集中し、祈るような気持ちで呪文を唱えた。
「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン!我の運命に従いし、"使い魔"を召喚せよ!」
結果は、これまでの失敗以上の爆発であった。
「うそ……」
思わずへたり込むルイズ。脳裏には家名に泥を塗ったと怒り狂う母と長姉が浮かんでいた。仮面をつけた母親がマンティコアに乗ってるあたり、やけにリアルだ。
そんなルイズを見てここぞとばかりに囃し立てようとした同級生たちの声が、ふいに止まる。
爆風の中、何かが存在する事に気づいたのだ。

徐々に晴れつつある黒煙の中に、それはいた。

それは、3メイルほどもある巨体であった。
それは、赤銅の様な鱗をもっていた。
それは、マントと鈍く光る鎧を身に纏い、手には巨大な戦斧が握られていた。
それは、2足で立つ、鰐の頭をした獣人であった。

(召喚成功!?というかひょっとして大当たりやった落第回避OKわたしやればできる子流石だから怒らないで母様姉様ふえでかしたよくやったわね有難うございます父様ちい姉様)
人間の思考速度は弾丸より速いというが、ほんの一瞬でここまで思考した公爵家三女はある意味大物である。
ともあれ召喚が成功した以上、次は契約をしなければならない。
が、ここで、予想もつかない出来事が起きた。

それは、ぐるりと周りを見渡し、ただ一つ残された右目でへたり込んだルイズを見つめ、徐に口を開いたのだ。
「……ここはどこなのだ、少女よ」
「しゃしゃしゃしゃしゃ喋ったあああああああああ!?」
その場にいた人間の心がひとつになった瞬間であった。


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最終更新:2008年06月26日 08:07
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