蟻地獄三者三様(by ゆとりのぽこぺん)


「肉皮リーディングと利根アリアだってさ」
『最初の対戦相手かい?』
「うん、でもやりにくい相手だな」
『知り合い?』
「ううん、でも名前はパパの業界で有名だったって話。
『愛人肉皮』『墓泥棒利根』どちらも僕とは違う場所で活躍している人だって」
『強いのかな』
「そういう話もちらほらあったみたい。能力も分からないし、
上手く立ち回らないと厳しい戦いになるかも」
『相手の力が分からないで勝負なんていつもの事じゃないか。
ホラ君のモットーは』
「より強い恐怖と狂気があれば決して負けない」
『そうそう』


「…チッ、赤鹿うるふと利根アリアが相手かよ」
「『雲類鷲の忌み子』と『盗掘キラー』。直接会った事はないけどその悪名は
愛人契約を結んできた人達を通して私の耳にも入ってきてた」
「この二人と当たって何が悪いって、私がぶりっ子しても100%通用しない事」
「それから能力も上手く決まるか怪しいわね。愛する者だろうと殺したり
愛してるからこそ殺したりする奴な気がプンプンする」
「はあ~、つまり純粋な技量勝負?あーやだやだ」


「赤鹿うるふと肉皮リーディングだぁ~?オレの依頼主達キタネエお金持ちサンの
間で、たまーに話題の種になってた名前じゃねーかおい」
「『ラブドールアサシン』と『嘘つきウルフ』、通り名道理の性格なら
この勝負は盛大な騙し合いになるな」
「あるいは一周して普通の殺し合いになるか?」
「いずれにしろ、オレは負ける気は無いけどな。隠れてズルして同情さそって
何でもやって勝つだけさ。この死ににくくなった身体も流砂の地獄もうまく利用してやるよ」

三者三様の悪、彼女達は牙を研ぎ続け最善を尽くし最悪を実行する。



雨竜院雨雫、死の前日(by サンライトイエローシャワー)



駅前にごった返していた人々は急に泣きだした空に慌てふためいていた。
降水確率0%と言われていたこの日傘を持っていた者はほぼ皆無で、
皆かばんを傘替わりにしたり、雨宿りのために店に入ったりしている。

「この雨…畢か…」

警視庁公安部所属の魔人警官・雨竜院雨弓は身の丈ほどもある巨大な傘を開きながら苦笑交じりに呟いた。
2mはあるだろう筋肉を纏った巨躯に似合わず涼やかな顔立ちの美男子で、傘を差して歩く姿はなかなか絵になる。

「お兄ちゃんっ!お帰りなさいっ!」

横断歩道を渡った先、噴水広場に足を踏み入れた途端小さな少女が傘を片手に飛びついてきた。
雨竜院畢は2日ぶりに見る兄の姿に嬉しさを全く隠そうとしない。
抱きつかれた雨弓は中学3年生にもなってそんな様子の妹にやや呆れながらも、
自分の顔を見上げてくるくりくりとした大きな瞳が愛らしくて、ショートヘアの覆う頭を大きな手でくしゃくしゃと撫でてやる。

「新潟で怪我とかしなかった?」

「ああ、平気だったさ。心配してくれてたんだな。ありがとう」

そこで死んでも保険が下りないと言われる人外魔境・新潟への出張とくれば、
たとえ雨弓のような猛者でも周囲は心配になるものである。兄にべったりな畢であればなおさら。
しかし、いちゃつく兄妹にやや嫉妬のこもった目線を送る者がいた。

「雨弓君、畢ちゃん、そろそろ離れたらどうだい?」

「はははっそうだな。ただいま、雨雫」

「じとー」という擬音が似合いそうな目で2人を見ていた雨雫だが、すぐに普段のような涼し気な微笑を浮かべて「おかえり」と答えた。雨竜院雨雫は2人から見ると従姉妹に当たり、雨弓にとっては恋人でもある。女性にしては長身でスレンダー、レインコートから脚線美を覗かせ、尻尾のように長い三つ編みを揺らして歩く様は爽やかな色気を纏っている。

「さあ、帰ろうか2人共。金雨ちゃん達も待ってるしね。」

畢の魔人能力「あまんちゅ!」で降る雨にはゆとり粒子が混じっており、そのためか雨に打たれているにもかかわらず道行く人々はやけに楽しそうだったが、その中でも一際楽しげな3人がいた。
大男の差す傘に入った残り2人のうち、女性は男と手をつなぎ、にこやかに談笑している。やや後ろを歩く少女は2人の様子にやや嫉妬した風の表情を浮かべながら、男と手を繋ぎたいのか手を伸ばしては躊躇して引っ込め、また伸ばしては引っ込めていたが、男が傘の柄をバッグの肩紐と体の間に挟んで支え、「ほら」とでも言うように空いた手を差し出すとぱっと明るくなり、ぎゅっと手を握る。

夕食後、雨弓の部屋で恋人2人は過ごしていた。
雨雫は隣の区の分家で暮らしているのだが、今日は泊まりに来ていたのである。

「新潟では本当に危ないことは無かったのかい?」

「う…ん、実はな…」

そう言って始めた話では新潟駅前で大型触手の群れに襲われ、
新潟県警の魔人警官と共に撃退したが2人がアナルを開発されて廃人となり、
1人が触手なしでは生きられない体になったという。
そんな話を聞いて、雨雫は心配そうに眉間に皺を寄せる。

「大丈夫なのかい?やはり、死の危険と隣り合わせの仕事なんだろう?」

「平気さ、殉職の危険も含めてな。わかってて、望んで魔人警官になったんだから。俺が食っていくとしたらこの職が一番じゃないかって」

「でも…父さんは今でも君に道場を継がせたいって…!」

雨を司る一族・雨竜院家の家督は降雨系能力者で無くては継げないことになっている。
長男でありながら幻覚系能力者である雨弓に相続権は無く、また誰もが期待した傘術・「雨竜一傘流」の次期当主という道は、
現当主である叔父を凌ぐ業前でありながら自ら辞退した。
そして2年前-高校卒業を控える時期に彼は魔人警官という職を選んだ。
雨雫が彼に告白する少し前のことである。

「俺は師匠なんて務まりそうに無いし、『奥義』も会得できなかった。
お前は会得してるんだ。お前が継ぐのもいいだろうさ。」

「『奥義』は別に-」

「そもそも、退屈だしなあ。せっかく腕を磨いたのに、生き死にから遠いところにいるなんて」

ぼやくように言うその口ぶりに、雨弓が抱える狂気が垣間見えて雨雫は思わずぞくりとする。
雨雫自身、希望崎の生徒であったころはハルマゲドンで自身の手を汚している。
しかし、そうせざるを得なかっただけの自分とは違い、彼は望んでそんな環境に身を置いている。
幼い頃から稽古の際に時折見え隠れしていた、外見の厳つさに似合わず温和で優しい彼の持つ側面を雨雫は今更ながら実感させられる。

「だから、お前はいつ死ぬかわからない俺なんかよりもっと平穏な人生を送れそうな男を…いてっ」

女性ではあるが、常人の腕なら握れば砕ける指の力で太い腕を抓られ思わず雨弓は声をあげる。
自身を見上げる、いつもは余裕綽々と言った様子の美貌には目に見えて怒りが浮かんでいて、綺麗な双眸が鋭く睨みつけてくる。
畢や金雨ならちびっているかもと思うような恋人の眼光に雨弓もちょっとビビる。

「無責任じゃ無いか…」

「む、無責任?」

「私は君のそういうところを知って、それでも君にあの日告白したんだ。
君が魔人警官になったのと違って君の厄介さを望んでるわけじゃないが、
覚悟を以って今も君の恋人をしているんだ。
なのに、『不満なら別れるか?』みたいな調子で、君は…私をどう思って…」

終盤に近づくにつれ泣きそうになる彼女を新鮮で可愛いと感じながらも、
こんな顔をさせてしまったことは申し訳なくて、大きな両手で肩をがっしりと掴み、頭を下げた。

「ごめんなあ雨雫。俺もお前が好きだよ。別れたくない。だから、俺のことを赦してくれるなら、なるべく死なないから。
だから、彼女でいてくれ」

先ほどとは逆に雨弓の方から真剣な眼差しで訴えかけられて、雨雫は胸がドキリとし、いつもの微笑より数段柔らかい笑顔になって頷いた。
そして2人は互いに見つめ合うと、口付けを交わした。

「やっぱ、小さいんだなお前の」

「い、言うな!これでも気にしてるんだ」

パジャマの上から薄い胸にぺたりと手を当てて率直な感想を述べる雨弓に雨雫はムッとする。
今日は最初から雨弓に初めてを捧げるつもりで泊りに来ていた。

「なあ…雨弓君は初めてか…?」

「いや、高校の頃に…100より先は覚えてないわ…悪い」

希望崎で童貞・処女は超売り手市場であり、童貞でなくとも性欲の発散には事欠かないほどのビッチが集っている。
高校時代雨弓への思いを胸に触手やレイパーから処女を守りぬいた雨雫は予想はしていたが些かショックであった。

「ま、まあいいさ。じゃあ経験豊富な君にお願いしよう…その、『初めてだから優しくしてね』」

似合わない台詞に噴き出しそうなのをこらえて、雨弓が雨雫のパジャマのボタンを外そうとしたそのときのことである。
ゴンッゴンッとドアを叩く音が鳴り響いた。2人はさっと体を離す。

「…」

「…なんだい…?」

ゆっくりとドアが開く。畢がそこにいた。
ただ立っているだけなのだが彼女には珍しく、なんだかもじもじした様子に見える。

「あ、あのね…今日はせっかくお姉ちゃんが泊りに来てるから、一緒に寝たいなあって…ダメ?」

そう言う畢に、やや間があって「わかった。少し待っててね」と雨雫が返すと畢は嬉しそうにして自分たちの寝室へと戻っていった。

「アイツ…聴いてたな多分…」

「だろうね…」

傘術の達人が揃ってドアの外の気配に気づけなかったというのも情けないが、
それだけ行為に集中していたと言うことかも知れない。

「おやすみ、雨弓君…明日明後日が休暇なんだろう?だから…」

「おお、おやすみ…」

残念な思いと安堵感が入り混じった表情で雨雫は従姉妹の待つ寝室へ向かう。
そんな彼女を見送る雨弓もどこか助かったというような気持ちを自覚していて、そんな自分が気に入らなかった。

「お姉ちゃん…ごめんなさい…」

「えっ?」

布団に入ったはいいが寝付けず天井を見上げている雨雫に、
既に隣で眠りに落ちている金雨を起こさないように小声で畢が話しかけてきた。

「ボクね…お兄ちゃんとお姉ちゃんが…その、エッチなことするのが嫌で、一緒に寝ようって言ったんだ。
恋人同士なんだからいいのに…お兄ちゃんを取られる気がして…ごめんなさい」

「仕方ないなあ君は…いいよ、気にしなくて。ちゃんと謝ってくれたんだし」

やや危険なレベルのブラコンぶりに呆れながらもそんな従姉妹が愛おしいのは、
自分もあのシスコンな恋人の従姉妹だからかも知れない。

「(ケケケッ…もっと恨み言聞かせてやれよ。お前のおかげで雨弓君とSEX出来なかった!あんなに初めてを想像してオナニーしてたのにってよお!)」

肩に貼った護符の下にいる「兄」が声なき声で意識に語りかけてくる。彼女を誰よりも理解しているのは親でも恋人でも無く、この兄であった。裸体はおろか排泄も自慰も、秘すべきあらゆる事柄が、肉体を共有する兄には筒抜けなのである。

「(黙れ兄者…)でも、お仕置きをしないとね。怖い話をしてあげよう」

「ひっ…!」

翌朝布団には畢の大きな世界地図が描かれた。もしも金雨も怖い話を聞いていればおねしょをして能力が発動し、尿の雨が降っていたかも知れない。
多分そうすれば、雨雫は死なずに済んだだろう。
彼女の肉体を乗っ取って少女を犯そうとした末に殺し、暴れまわる「兄」を雨弓は魔人能力「睫毛の虹」をフルに使って殺さず制圧出来たはずである。
が今となっては後の祭り。覆水バケツに返らずである。

そんなことを復活を賭けた戦いを前に、雨竜院雨雫は思い出し、そして今度こそ彼と結ばれると決意を固めていた。



機械仕掛けの恋人(by ルフトライテル)


「ご主人様、ご主人様、聞こえてますか」
どこからともなく誰かの声が聞こえてくる。参加者の一人?いや違う。
彼らは三一をご主人様などと呼ばないだろう。
「君は…誰…?」
声の主に問いかける。
「私はあなたのゴーグルです。ご主人様」
声の主が返答する。
そう言われてみれば自分の頭の方から声は聞こえてきている気がする。
だが、
「そんな機能…僕はつけた覚えがないよ」
三一がつけているゴーグルは普通のゴーグルではない。彼の手で改造が加えられている。
しかし、本来しゃべる機能などは存在していなはずだ。
「そうですね。私にそのような機能はありません。事実私の声はあなたにしか届いていないでしょう」
「じゃあ」
これは一体どういうことなのか。
「これはあなたの魔人能力です」
「僕の…?」
自分は人間であったはずだ。魔人能力?自分に?
「そうです。ご主人様に死後に目覚めた魔人能力。その一環として私の声があなたに届いているのでしょう。
言ってみればご主人様の能力は私たちのような機械に愛される能力と言えばよいでしょうか。
あなたの力があれば私たちは常に全力を発揮できるのです」
ゴーグルがさらに言葉を続ける。
「そう、私たちは歯車や螺子を組み合わせたあなたの機械仕掛けの恋人。私たちを信頼してください。私たちも愛で答えましょう。
私たちは愛すべきご主人様に作られた被造物なのですから」
「うん、そうだね。ありがとう」
素直に感謝の言葉を返す三一。
「ありがたいお言葉です。ご主人さま。私は何と幸せなのでしょう」
感謝の言葉がよほどうれしかったのか、喜んでみせるゴーグル。
人間であるならば小躍りでもしそうな様子だ。
「ただそれだけにあなたが見ているものが私たちではないところが口惜しいですね。あの娘がいなくなればよいのでしょうか」
「えっ」
ゴーグルの物騒な言葉に思わず聞き返す。
「冗談です、ご主人様」
フフフッと笑い声とともにゴーグルが言う。
「いやいや、冗談には聞こえなかったけどっ!」
というか、今の言葉明らかに本気では?
「いえいえ、私たちは、ご主人様が悲しむことなど行いませんよ。信頼してください。私はあなたを愛していますから」
「・・・うん」
少し不安になったが、彼を愛しているというのは本心なのだろう。
とりあえず二のためにも生き返らなくてはならないのだ。そのあとのことはその時に考えよう。
それは問題の先送りとも言うのだが。



そういやなんで…?(by しお)


トーナメントの参加登録を済ませ、選手控え室に向かうケイゴを見送りながら、葛八は隣の千種に尋ねた。

「なァ、別にアイツわざわざこんなトーナメントに参加しなくても十萌ちゃんの能力で戻せるんじゃないの?」
「えっ!?あ、えーっと~…そ、そう。これは罰よ~」
「罰…ねぇ…。ま、いいけど」
「…」

(…あの子一回変な生き返り方してるから普通の蘇生方法じゃ蘇生できないのよねぇ~…)
(…優勝しても蘇生できなかったりして…)
(…ま、まあ…閻魔ちゃんなら何とかしてくれる…わよねぇ~…)

「ホラ、ケイゴ君は戦うの好きだからしばらくこっちにいたほうが楽しいかなぁ~って…」
「…何も考えてなかったろ」
「ば、馬鹿なこと言わないの~!別に中の人も書いたあとに気づいたとかそういうのじゃないからねぇ~」
「(中の人…?)はぁ。まあ、なるようになるか…」



何故地獄の鬼は亡者に情けをかけないでいられるのか?(by ゆとりのぽこぺん)


これについては前から疑問に思っていたので、シンナはこの機会に
仲のいい獄卒に聞いてみることにした。

「あーあれだ、人間には蟻の美醜や善悪は分からねえだろ。
言い方は悪いが俺らにとっての蟻が人間って事よ。
だから色仕掛けとか食べ物で吊るとかカリスマで惹きつけるとか
人間のそういうのにほぼ無条件でガード出来る」
「へー」
「まあ、魔人能力で俺達へのメタを持った奴がいたらちょっとヤバイがな。
後は俺達と同族かつ魅了能力が高いとか」

つまり、鬼達にも抗いがたいほどの欲望はちゃんと存在するということになる。
シンナはダメ元で獄卒にそのへん聞いてみる。

「こんな事聞いていいのかわからないけど」
「何だ、言ってみろよ」
「獄卒さん達にも娯楽は存在するって事?」
「俺明日シフト空いてるから、なんなら今度一緒に見るか?俺達の娯楽」
「あるんだ!」

次の日、シンナは地獄の鬼がオフの日に利用する娯楽施設に来ていた。

「みんな、抱きしめて~涅槃の果てまで~キラッ☆彡」
「私の乳を吸えぇ!」

ステージの上で踊る地獄のアイドル、ダツエ&エヴァ。
ダツエのダミ声とエヴァの乳ヌンチャクに鬼達は歓声を上げる。

そしてシンナはのたうち回っていた。
獄卒がシンナをここに連れてきたくれた理由。それは、この施設も亡者にとっては
地獄の責め苦と変わらないからである。

「あ、ばばばばばばばばー。にゃるほどごれがおにどびとのがぢがんのぢがいがー」

納得と同時に発狂するシンナ。
シンナの耳からは膿が垂れ流しになり、口からは際限なく嘔吐物が。
光景の理解を拒否した脳からは停止信号が送られそのせいで手足の感覚が失われ
心臓がギリギリ痛む。

〔シンナよ、だから嫌な予感がするといったのだああああー!〕

パラサイトフォース―罪―も大号泣だった。



極秘・期間限定ラーメン開発レポート!ラーメン界の風雲児が語る! スタンプ10個で豪華景品が特盛! 極旨ラーメンでサイパン旅行を当てよう!(by 有村大樹)


 ――魔人墓場。
 その片隅にひっそりとたたずむ、小さな厨房であった。
 寒風が荒廃した店内を吹きすさぶ。
 剥がれたチラシと割れたガラスの惨状を、月光のみが静かに照らす。


「ミル彦?」
 ふと、呼ばれた気がした。
 有村大樹はカウンターでその意識を覚醒させる。夢を見ていたのかもしれない。

 霊魂になっても夢を見ることがあるというのは、奇妙な話だ。
 あるいは、生前の記憶の反芻、そのものかもしれない。

「――いや」
 有村大樹は首を振った。 ラーメン屋、有村大樹は知っている。
 人間の精神と霊魂は、分かち難く結合している。
 体内厨房はまさに、精神を伝導体にして霊魂のスープを汲み上げる、単純回路だ。

 そして、いま、有村大樹の体内厨房は、ほぼ壊滅しているに等しい。

(やはり、店長に見せるにはまだ早すぎる)
 彼が死の直前、強制展開したラーメンは、自らの体内厨房を切断・増殖させる、
 いわば精神と霊魂の『切り張り』のような行為であった。

 その当然の結果として、自らのラーメンによって断裂された体内厨房は、
 霊魂となっても完治することはなく――、

(ミル彦、お前の言ってたことは正しい。俺はまだまだだ)
 マニュアルに載っていない、研修でも教えていないオリジナルラーメンに、
 一介のアルバイトが手を出した。その代償であっただろう。

 有村大樹は、震える手を握り締めた。 霊体が安定しない。
 その擬似肉体の輪郭がぶれる。
(ここから、どのくらいラーメンが作れる? あと何杯?)

 だが、なんとしても現世に帰らなければならない。
 それは、独立を果たすため。

 ――いや、それだけではない。この地獄においても、目的はある。

「法帖」
 有村は、静かにつぶやいた。
 その唇は、いままさにこれからラーメンを食さんとするラーメン評論家のように、
 喜悦に歪んでいた。

「陰陽寮呪禁庁から奪った、魚介塩ラーメン製法の秘術」

 ラーメン道に、西派と東派あり。
 西派はプラハのAZOTH賢者院を中心とする、『パラケルスス』の系譜。
 東派は中国大陸を漂泊する崑崙洞を中心とする、『元始天尊』の系譜。

 有村の勤める「ラーメン魂」に限らず、日本のラーメンはほとんどが東派に属する。
 日本のラーメンは、中国大陸から取り入れたラーメン道を、
 土着の神道や陰陽道と融合させ、特異に進化したものだ――

「系列店に返してもらうぞ……いま、ここで……」
 有村大樹は、カウンターのスツールからぎこちなく立ち上がる。
 霊魂がいまだ円滑に動作しない。治療が必要だ。一刻も早く。

「ラーメンを、まじないの業に遣って遊んだ報いを、受けてもらう」
 彼の周囲に、ホタルイカのような燐光が灯った――



雨竜院雨雫・死の2日前の話(by サンライトイエローシャワー)



「1回戦の相手の1人は君か、神奈ちゃん」

「アタシも死後の世界でまで雨雫さんとやることになるとは思わなかったですね」

「そうだな…、悪いがたとえ君でも容赦はしないぞ」

「ふふっ…その台詞そっくりお返ししますよ。『今度は』つるっつるにしてあげますからね…」

雨竜院雨雫と舘椅子神奈の2人は地獄行きか復活かを賭けた試合を前にバチバチと火花を散らしていた。いや、敵意の目で見ているのは雨雫のみで、神奈の方はねっとりとした視線を送っている。
2人は希望崎学園の先輩後輩関係であり、死んだのもほぼ同時期であった。
元はそこそこ仲の良い先輩後輩であった2人の間に因縁が生まれたのは、互いが死ぬ少し前のこと。

◆◆◆◆◆

「あれっ…はぐれちゃった…?」

平成24年度希望崎学園文化祭。部活塔の2階あたりで雨竜院畢はいつの間にか1人になってしまったことに気づいた。
中学3年生である彼女は今年受験予定で兄や従姉の母校である希望崎の文化祭に来ていたのだが、一緒に来ていたはずの従姉や妹が気づくと見当たらないのだ。
周囲にはたくさんの生徒や来校者がいるが、皆知らない人ばかり。「都会の人ごみ肩がぶつかってひとりぼっち」という状況に畢は不安になってしまう。

「雨雫さんに電話すればいいよ。雨雫さんはここの卒業生なんだから、どこに行けばいいか教えてくれるさ」

「そっか!流石ウパちゃん頭いい!」

生きた傘「ウパナンダ」のアドバイスに倣い、雨雫の携帯に電話してみるが何度か掛けても出ない。なにかあったんだろうかと畢はますます不安になってしまった。

◆◆◆◆◆

「お姉ちゃーん助けてー」

巨大な食獣植物の蔓に絡めとられた小さな少女・雨竜院金雨が悲鳴をあげる。園芸部が管理する学園菜園へ従姉と共に入場した彼女は、早々に命の危機に陥っていた。脱ゆとりの反動で以前より凶暴化したそれは生物の気配を探知すると即座に襲いかかる。備え付けの火炎放射器で園芸部員が止めようとしているのだが、この怪物の動きを止めるにはその程度の火力では不足だった。

空中高いところで手足を大きく広げられた形になり、着ていたワンピースの裾がめくれ上がってクマさんパンツが露わになっている。
自分の数m下で巨大な食獣花が大きく開き、自分が飲み込まんとしている。消化液の底に沈んだ犬と思しき白骨死体が見えたとき、彼女の恐怖は限界を超えた。
ガクガクと痙攣し、白いパンツの股間に黄色い染みが広がる。やがて布の許容量の限界を超え、金の雨がちょろちょろと真下の花へ降り注ぐ。

「ああっ…!金雨ちゃんのおしっこ!じゃなかった!金雨ちゃんを放せ化物!」

襲い来る蔓を武傘で切り払っていた雨竜院雨雫は、畢とはぐれたことは頭の隅に追いやられ、ポケット内で携帯が振動していることになど気づくはずも無かった。

◆◆◆◆◆

「お姉ちゃん、出ないなあ」

「どうしたの?迷子」

鳴らない電話を見つめて呟いていたら頭上から声がして顔をあげると、希望崎の制服を着たやや長身のお姉さんが身を屈めてこちらの顔を覗き込んでいる。なかなか美人だ。そして胸が大きい。優しそうに微笑む彼女に母性を感じてこの人を頼ろうと思ったのだが、その笑に混じる邪悪なモノに畢は気づかなかった。

「私は舘椅子神奈、お嬢ちゃんお名前は?」

◆◆◆◆◆

「金雨ちゃんを放せ化物ッ!」

魔人の脚力で跳躍し、花と金雨の体の間に入る。金雨が漏らした金の雨が頭上から降り注ぐと、それが彼女に力を与え、彼女の下着に尿では無い染みが広がる。

「待ってて、金雨ちゃん」

「雨竜一傘流・雷閃」

体を反転させ、天から降る雷の矢の如くに食虫花へ迫る。
「雷閃」は本来天井などを蹴って加速を付けて落下する技だが雨雫は魔人能力「遅速降る」で自身の体の落下速度を空気抵抗に耐えられるギリギリまで引き上げた。

飛んで花に入る夏の虫と言った具合に、魔獣の口のような花の内部へと飲み込まれるが、そのまま落下の運動エネルギーを乗せた「雨竜」を撃つ。
消化液を派手に撒き散らし、花弁が吹き飛ぶ。花を貫いた「青蓮華」の鋒は根にまで達し、この巨大な魔花を絶命させた。

「お姉ちゃん凄い!」

ほっと安堵した顔で言う金雨だが、その直後、自身を締め付けていた蔓が弛緩し、宙に放り出される。
地上へ真っ逆様という形になるが、その落下は飛行石でも身に着けているのかと思うほど緩慢だった。「遅速降る」は落下速度を緩急自在に操れるのだ。

「ういでよあっあえああめひゃん(無事で良かったね金雨ちゃん)」

「あの…お姉ちゃん、助けてくれてありがとうだけど、早く下ろしてくれると嬉しいかな…」

雨雫は対面肩車とでもいった体勢で落ちてきた金雨を受け止め、ワンピースの中に頭を突っ込んでジュルジュルと尿に濡れた股間に吸い付いていた。

◆◆◆◆◆

「畢ちゃん、放送部の友達に呼び出してもらうように言ったからここで待ってようか」

「ありがとうございます。神奈さん優しいんですね」

屈託のない笑顔で礼を言う畢に神奈は「フヒッ」と笑みを零す。畢が連れてこられた「休憩室」は広い教室を病院にあるような仕切りでいくつかに分けており、それぞれ床には布団が敷いてあった。

「それにしても、雨雫さんの従姉かあ。私は今年卒業だから一緒に通えないけど、受かるといいね」

「お姉ちゃんと仲良しだったんですよね?どんな人でした」

雨雫の高校時代の話に花を咲かせる2人だったが、神奈は表面上和やかに談笑しながら、布団の上に体育座りしたことでチラチラと見えるショーツを凝視していた。白地で、よく見えないがバックプリントがあるようだ。が、彼女の興味の対象はその下に隠された女の子の場所。

「あ…あの神奈さん…その…ここって」

畢もようやく、そこがただの休憩室では無いことに気がついた。空間を仕切るカーテンの向こう側では、股間を擦りつけ合う女性同士と思しき影と水音に喘ぎ声、さらに別なところからは男同士と思われる唸り声が聴こえてくる。
そして自分たちがいるスペースでも敷かれた布団には枕が2つ。傍らにコンドーム。「休憩室」とは「休憩3,000円」とかそういう意味であった。

「ハアハア…大丈夫…優しくするから…先っちょだけでいいから…ねっ?」

馬脚を現し、発情した様子で迫ってくる神奈に畢は尻をついたままずるずると後ずさるが、背が仕切りのカーテンに当たり、逃げ場がない。

「心配しないで。すっごく気持ちいいんだから。」

「ウパちゃん助けてえっ!お姉ちゃん!」

相棒「ウパナンダ」は入り口の傘立てに置いてきてしまった。悲しいかな、そこは所詮傘である。

「大丈夫。雨雫さんはちゃんと呼び出してもらうことになってるから。30分後くらいだけど」

レインコートの裾を掴み、強引に引っ張るとパチンパチンとボタンが外れて前がはだける。
レインコートの下はショーツ一枚で、くびれの無い胴、膨らみの無い胸に可憐な乳首が露わになる。
カエルさんがプリントされたショーツの股間にはうっすらと割れ目が浮いている。

「さー脱ぎ脱ぎしましょーねー」

自身のスカートに手を突っ込むと謎の粘液に塗れた鉋を取り出す。
「なんで鉋?」と思った畢だが、わけのわからなさは恐怖を加速させた。
股間に黄色い染みが生じ、それが下の布団にもおねしょしたように広がっていく。

「やああ…」

「わあっお漏らしだ可愛いっ♪さあさ、そのままじゃ風邪引いちゃうからね?脱ご」

濡れたショーツへ手を伸ばし、その端を摘むと魔人の力を持って強引に引き裂いた。
その下に現れたものに神奈は歓喜する。

尿に濡れたぷっくりとした恥丘は白く、陶器のように滑らかだが触るとぷにぷにと柔らかそうだ。
そのふっくらした丘には一筋のクレパスが走っていて指や舌を埋めたい衝動に駆られる。
そしてその周囲には一切の発毛が無い。神奈の理想の性器である。

「パイパンキターッ!」

「…っ」

必要なくなった鉋を布団に放り、濡れた無毛の股間に吸い付かんとする。そのとき

「何をしているッ!」

「げうっ!」

怒声と共に後頭部に衝撃を受け、布団の世界地図に頭からべちゃりと突っ込む。

「おしっこおいし…じゃなかった…誰!?何するのいきな…あっ」

起き上がり、情事を邪魔された怒りと共に振り向くとそこにいたのは雨雫であった。
2本の傘を手に冷ややかな目で見下ろしている。何故かこちらも今の神奈のように小便臭い。

「お姉ちゃんっ!」

畢は素早く起き上がると神奈の脇を抜けて雨雫に飛びついた。

「どうしてボクがここにいるってわかったの?」

「君を探してこのあたりまで来たら、ウパナンダと出会ってね」

武傘ウパナンダは「唐傘お化け」をモチーフにした都市伝説魔人である。
主人のピンチに彼は一本足の妖怪態に変化し、助けを求めて雨雫達を探しに行ったのだった。
お手柄のウパナンダを雨雫が手渡すと畢は愛おしげに抱きしめて礼を言った。

「それにしても君は相変わらずだな…私がいた頃からまるで成長していない」

「変わるわけ無いじゃないですか。パイパンを愛さないくらいなら死んだ方がマシです。
だから邪魔したお詫びに雨雫さんのおけけを剃らせてください!」

「何のお詫びだ…そんなこと出来るわけがない」

この厚かましさもあの頃のままだな、と雨雫はため息を吐く。

「『出来る毛が無い』!?まさか雨雫さんもパイパンなんですか?
だから在学中も頑なに剃毛を拒んで!?」

「お姉ちゃんボーボーだよ。すっごく濃いの」

「あっ畢ちゃん…そんなことを…」

恥ずかしい秘密をバラされて顔を赤らめる雨雫だったが、神奈は露骨に反応した。

「フッフッフッ…剛毛だったんですか雨雫先輩…だったらなおさら剃りましょうよ。
先輩みたいな美人におけけなんて一番要らないものです。」

「なりましょう…つるつるに…『QWERTY-U』」

めくれ上がったスカートの中から鉋が4つ飛び出し、彼女の周囲で高速で旋回を始める。
鉋を呼び出し、自在に操る魔人能力。この力で、あらゆる女性から陰毛を奪い、理想の姿(パイパン)へと変える-彼女はそれを信条としていた。

「(ん…?なんか、スースーする…)」

周囲を飛び回る鉋が起こす風が股間にも当たっている。ノーパンの彼女はスースー感には慣れているつもりだったが、普段よりいっそうそれを感じた。そして、風に舞い散る黒く縮れた糸状の物が見える。

「えっ?」

ぱっと頭を下げ、自身のスカートをめくると、そこは全くの不毛地帯。剃り跡も残さぬ綺麗なパイパンは天然ものか脱毛処理しているのではと疑ってしまいそうだ。
毛が生え揃って以来初めて見る自分の割れ目からは少し襞がはみ出していた。

「私が…パイパンに…なんで…?」

顔を再びあげると雨雫が武傘の剣先に絡みついた縮毛をフッと吹いて飛ばしていた。鉋がスカートから飛び出す瞬間、スカートから覗いた恥丘を覆う茂みを雨雫は「篠突く雨」で剃り落としたのである。剃られている当人に気づかせることなく。下の恥丘を一切傷つけることなく。恐るべき絶技であった。

「それだけパイパン好きなのに自分は陰毛を生やしているのはいかがなものかと思ってね。」

「私が剃られた…この私が…おけけを…?…フッ…」

負けを認めたように目を閉じると、つるつるになった割れ目からプシュっと潮を噴き、その場に崩れ落ちた。

◆◆◆◆◆

「ボーボー…か…」

その夜、雨雫は風呂場で自分の股間を確認してみる。椅子に座ってM字に開脚すると、恥丘から大陰唇の周囲、そして肛門に至るまで、濃い目の毛が覆っていた。濃いことは自覚していた。中学高校と水泳の授業がある季節には水着からはみ出さないよう手入れしていたが、卒業後はそのままである。

「(ボーボーだぜボーボー!神奈ちゃんみてえに自分のマ○コもつるつるにしちまえよ!)」

「つ…つるつるは無いが…」

いつもは黙れと返している兄の言葉も、今は多少聞き入れる気持ちになっていた。明日の夕方には恋人の雨弓が新潟から帰ってくる。そしてその夜、自分は処女を捧げるのだ。

「多少は…整えるくらいした方が雨弓君にもいいよな…」

風呂場にはしばらくジョリジョリという音が小さく響いていた。
しかし、こうした影の努力は成果を発揮することさえ無く、翌々日雨雫は命を落とすことになる。
そして彼女の葬式で「どうして剃らせてくれないまま死んじゃったのお!」と泣いていた神奈もまたすぐに命を落とすことになるのだが、このときの彼女らには知る由も無い。

◆◆◆◆◆

「存分に愛しあいましょっ…そして地獄に行ってください雨雫さん。あの2人も、畢ちゃんのつるつるオマ○コも私がもらいますから♪」

与えられた肉体の、無毛のままの割れ目の奥が熱く疼いた。



怨みの源、あるいは地獄の永い責苦の合間にみた短い夢――(by ロリバス)


これは、いつのできごとだろうか――

暗い、道場の玄関。
私は、一人師範代を待っている。
傍らには湯のみと急須、中のお茶はまだ冷めそうにない。

「……となり、いいかな?」

ふいにかけられた声に、うなだれていた首を上げる。
声の主は、美形の方の師範代だった。

「どうぞ」
「空のこと、心配かい?」

美形の師範代の言葉に、私はこくんと首を縦に振る。
……依頼を受けて師範代が人を切りに行くことはよくあることだ。
だが、今回は相手が大きい。
……むろん、あの悪相で筋肉の塊のようなあの師範代がそう簡単に負けるとは思えない。
思えないが。
なぜか、胸が騒ぐのだ。

「大丈夫、あいつの強さは、君も良く知っているだろ?」
「はい、ですが……」

外から、ばたばた、と幾つかの足音が聞こえてくる。

「ほら、もう帰ってきた。迎えてあげな、一番可愛がってる弟子が迎えたら、空の奴も喜ぶよ」
「……」

私は、不安を心に抱えながら、扉に手をかけ――


―――これは、いつの出来事だろうか

夜半、人気の無くなった道場。
道場の真ん中に、一つの影がある。
小さく、まあるい、円筒形の体。
割りばしのように細い、刀を持つことなど望むべくもない手足。
……空兄だ。
彼は、まるですがるように巻きわらに向かう。
鬼無瀬の剣士なら、それこそ十本二十本まとめて切れてもおかしくないような軟い巻きわら。
それが、今の空兄には一本すら切ることが出来なくて……

「……………ハァ、ハァ……メカ」

息を切らせながらなおも巻きわらに向かう空兄。

「あの、師範代……あまり根を詰めると、体に毒ですよ」
「……『ザザッ、ザ―』か。メカ」

師範代は私の方を振り向きすらしない。
あの悪相が、あの肉体が、見る影もない、今の姿。
そして
そんな姿になってなお、剣士であろうとする振るまい

「……放っておけ。メカ」
「放っておけませんよ。師範代は私の師匠ですから」
「…………」

師範代は何も言わず再び巻きわらに飛びかかる。
ぺしん、と柔らかい音を立てて地面に倒れ伏す空兄。
私は助け起こそうと手を伸ばし

「やめろ!メカ」

師範代は私の手を払う。

「何が師匠だ、メカ!何が師範代だ、メカ!こんな姿になって……俺が、お前に何を教えてやれるというのだ……メカ」

見たことも無いような、師範代のよわよわしい姿。

「なあ、もうやめろ『ザザザ――』、メカ。お前には未来がある、メカ。こんなポンコツに、付き合う必要はない。メカ」

俺はもう、お前の師範代では有れないのだ、と
言おうとする師範代を私は制止する。
……他に、外道アキカンにおちてまで、剣士であろうと言う人がいるだろうか。
他に、過去の栄光にとらわれず。落ち込みを見せることも無く、こんな姿になってまで剣の道を走れる人がいるだろうか。
居ない、居るものか。
だからこそ

「……師範代が剣士で有る限り、私は師範代の弟子です」
「…………」

小さなアキカンは何も言わず立ち上がり、再び巻きわらへと向かった。

――その日、明け方近く。
一本の巻きわらが、二つに切れた。

これは、いつのできごとだろうか―――

鬼無瀬時限流道場。
この日、稽古場に入れるのは4人だけだ。
鬼無瀬時限流内政の代表者『代表』
鬼無瀬時限流、正統継承者『正統』
そして、鬼無瀬時限流最強『秦観』の座を競う、2人の――

私は道場の外、中のいい門弟の一人と共に結果が出るのを待っている。

「ねえ、『ザッ――』ちゃん。どっちが、秦観になると思う」
「……分からない」

競う2人の実力は互角だ。
どちらが勝っても、おかしくはない。

「……じゃあ、どっちに秦観になってほしい」
「…………全兄は、秦観になれなくても、正統になる目がある」

そう、美形の方の師範代はまだ、ただの魔人だ。
鬼無瀬最強の座につけなくても、正統継承者になれる可能性は十分にある。
だが

「空兄は……あの体だから、秦観になれなかったら、きっと、名を残すことが出来ない」

そう、だから

「だから……」
「ふざけるなよッ!」

突然、道場から、美形の師範代の叫び声が聞える。

「空ッ!何故手を抜いた、施してもらわねば最強の座を得られぬほど、僕が弱いと思ったかッ!」
「抑えなされませい、『秦観』殿。我々の目には、手を抜いたようには」
「ならばッ!あなたたちの目が節穴なのだッ!ともかく、やりなおしだ空ッ!僕はこんなこと、認めんぞ!」
「……全、そう熱くなるな。メカ」
「空ッ!貴様―――」
「やり直しを受けない、とは言っておらん。メカ。ただ、秦観不在というのは座りが悪い。メカ。俺が秦観に再挑戦する、という形でやり直すのはどうだ?メカ」
「ああ、やりなおせるならどんな形でも構わない!次こそ、本気のお前を倒してやる。いいか――」

間違っても、自分はアキカンだから秦観にふさわしくないなどと考えるなよッ!

激昂した美形の師範代の声、その声に私たちは、不穏なものを感じ――

――そして、再戦が行われるはずだった翌日。空兄は、鬼無瀬の道場から姿を消した。


――――――今でも、今でも時々私は思う。
――――――はたして、本当の最強はどちらだったのだろうか。
――――――空兄がアキカンにさえなっていれば、こんな別れをすることはなかったのだろうか。と



能力全員不明のまま戦いたい人用、幕間SS(by あっちん)



「「「はい!!それでは皆さんの紹介をしたいと思いまーす!」」」
「「「名前くらいは知っておかないとですからね!!」」」
「「「まずは、赤鹿うるふさん!希望崎学園の出身で、能力は────!?」」」

比良坂 葬の口に槍が刺さっていた。
背はそれほど高くはないが、がっちりした体型の男が目の前にいる・・。
あれ、いつの間に・・・?

「「「な、何をしてるんですかー!!?」」」

もちろん、霊体なので葬にダメージはない
半透明の槍が貫通しているだけだ。
──が、比良坂兄弟は動揺していた。
全く気付かなかったのだ。
戸次統常は参加者の中で後ろの方にいた。
10~15メートルくらいの間合いはあったはず・・通常なら充分すぎる距離だ
それが一瞬にしてつまった。
油断していたとはいえ、何の反応も出来なかったのだ。


「「「む、む、無駄ですよ。そんなことした・・・」」」

「のう、聞いておろう?」

比良坂兄弟の言葉を遮り、静かに話し出す

「貴殿と某の約定、忘れたとは言わさぬぞ。」

(・・・・・。)

「これが貴殿の言われた戦場(いくさば)か?」

(・・・・・。)

「この生ぬるさが某の求めていた死地かと聞いておる!!」

(──────愚かな。)
(──────良かろう、お前達もう喋るでない。)

「「「で、ですが・・・。」」」

(──────戦いたいのか?お前達も、あそこで・・・)

「「「わ、分かりましたよー。もう何も説明しません。」」」

参加者の実力は先ほど体感した。
負けるとは思わないが、戦ったら3人のうち誰かは欠けるだろう
そう実感するには充分な出来事だった


こうして対戦相手の名前だけ簡単に紹介し
地獄や、各々の能力など一切説明がないまま試合が始まることとなった
敵の能力など知らなくて当たり前、何が起きるか分からない状況で、自分を信じ死力を尽くす
これが普通の殺し合いである
能力を知り、対策をたてる・・・・そんな戦いに価値はない


最終更新:2012年06月19日 10:02