ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-3

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匿名ユーザー

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 異世界より召喚されて二日目。
 彼は深刻な問題に直面する。
 あらゆる生物が決して避けられぬであろう試練。
 今後、この世界で生活にするに当たって解決せねばならない重大事。

……食事である。

 空になった皿を眺める。
 もちろん見つめていても増える訳がない。
 魔法の世界であろうと現実は厳しい。

 味には不満が無かった。
 むしろ、新たに出来た仲間達とお日様の下で食べた食事は格段の味だった。
 いや、逆にその事が問題をさらに悪化させたといってもいいだろう。
 あまりの美味しさに、はぐはぐとペースを考えずに食べた結果、彼の腹が満たされる事はなかった。
 そもそも、朝の訓練もしている彼の腹が通常量で満たされる筈も無い。
 それに加え、何故だが今日はお腹が空いて堪らないのだ。

 ならば! 横になって体力の消費を最小限にしつつ空腹防御!
 しかし鳴り続ける腹の虫は彼に眠りを許さない。
 倒れた彼の身体を誰かがつつく。
 振り返るとそこにはキュルケの使い魔、フレイムがいた。
 その足元には未だ食事の残された器。
 それを前脚でこちらへと寄せてくる。
 その意図を理解し、フレイムの優しさに涙が零れ落ちそうになる。
 たったの二日、それも会ったばかりだというのに貴重な食事を分けてくれる。
 それに感謝しつつも器を前足で押し返す。
 フレイムの体格に反比例するように器が小さすぎたのだ。
 恐らくは必要最低限の分しか与えられていないのだろう。
 空腹の辛さを知る者として、それを貰うのは憚られた。

……本当はキュルケからおやつを貰ったりしていて食事に事欠かないのだが、
 その事を彼が知るのは、まだ先の話であった。

 武士は食わねど高楊枝。
 でも武士でもない自分が空腹を堪えて何になるのだろうか?
 よくよく考えてみればルイズから貰えば良いという事に気付く。
 使い魔の管理は主の仕事。
 なんら躊躇する事無く彼女が入っていった建物へと潜り込む。
 生徒達がざわついている合間を縫ってトテトテ歩く。
 仲の良い者同士の歓談に夢中で、足元をうろつく不審な獣には気付く様子は無い。
 その人の輪から少し離れた所に一人ぽつんと佇む主を見つけて走り寄る。

「え?」
 くいくいとローブを引っ張られる感触にルイズが下を向く。
 そこには尻尾をパタパタと振る自分の使い魔。
 突然の出来事に唖然として声を失う。
 何でここにいるのか?
 頭の中に浮かんだ疑問は即座に解消された。
 くぅぅと小さく鳴り響くお腹の音。
「はぁ、しょうがないわね」
 呆れたように溜息をして、ちぎったパンを差し出そうとした瞬間。

「おい! ここは『アルヴィーズの食堂』だぞ!
 使い魔を連れて来るなんて何を考えているんだッ!!」
 席を立ち上がり、男が吼える。
 使い魔は主人に絶対服従。
『入るな』と命令すれば決して食堂には入って来ない。
 だから男はルイズが規則を破って連れて来たと思ったのだ。
 食堂中に響いた声に皆の視線がルイズに集まる。
 全員、男と同じ事を想像したのか。
 その目は冷たく彼女の品位を疑うかのように見下している。

「っ……」
 重圧に耐え切れなくなったルイズがパンをテーブルに戻す。
 貰えると思っていた物が戻され、首をかしげる使い魔。
 主人の顔も窺えず、ただ戸惑うばかり。
「……帰りなさい」
 屈辱に声が震えていた。
 涙を堪えるかのように告げられた命令。
 表情は分からなかった。
 それでも主人の気持ちは伝わってきた。
 どうにかしてあげたいのに何も出来ない。
 それどころか自分はここにいるだけで迷惑なのだと理解した。
 ルイズに一度振り向くと、そのまま振り返らずに駆け出す。

 腹は膨れなかった。その代わりに胸には何かが詰まるような感じが残された。
 悲しい気持ちになってもお腹は減る。
 それどころか気分がどんどん滅入っていく。
 半ば不貞寝のように草むらに横たわるが、やはり眠れない。

 ふと漂ってきた良い匂いに目を開ける。
 食堂から運び出される食事、生徒達の食い残しである。
 要は食堂に入らなければいい。
 トテトテと残り物を運ぶメイドの後を付いて行く。
 彼が辿り着いたのは厨房だった。
 既に昼食を作り終えてるとはいえ後片付けはこれからという時間。
 慌しく駆け回るコックに蹴飛ばされそうになるのを必死に避ける。
 お目当ての物をクンクン嗅ぎ回って探していると不意に影が落ちた。
 振り返るとそこには憤怒の形相をした一人のコック。
「バカ野郎ッ!! 犬っころが厨房に足を踏み入れるんじゃねえ!!」
 突然の大目玉に竦み上がり、彼がその場に伏せる。
 調理は衛生管理が第一の仕事だ。
 そこに動物が入るなどコックからしてみれば大問題だ。
 怯える彼を見かねて一人のメイドが割って入る。

「マルトーさん。そんなに怒らなくても…、
 お腹空かせて迷い込んだだけじゃないですか」
「ふん。大方誰か貴族の使い魔なんだろう?
 言われた分の餌は与えてるし、それ以上与える義務はねえな」
 聞く耳持たないといわんばかりに腕を組んだまま顔を背ける。
 マルトーは貴族階級というのが大嫌いだった。
 そして、それに媚びへつらう使い魔もだ。
 貴族連中が口にしている物を分け与えるだけで、どれほど平民が救われるのか。
 使い魔に与える食事とて平民が口にする物に比べれば貧しいものではないのだ。
 それを足りないからといって、ねだりに来るというのが気に食わなかった。

 しっしと手で追い払われながら、とぼとぼと厨房を後にする。
 ついに大合唱を始めた腹の虫を抱え、食べられそうな野草を嗅ぎ分ける。
 あの時、意地もプライドも捨てフレイムの食事を貰っておけばと、
 後悔したところで時既に遅し。
 これからは草食動物として生活しないといけないんだろうか。
 そんな暗い未来予想図を浮かべていると不意に後ろから声を掛けられた。
「はい、どうぞ」
 目の前に置かれたパンと器に盛られたスープ。
 それに何の警戒も無く食らいつく。
 頭上からクスクスと聞こえる忍び笑い。
 見上げれば彼女は先程止めに入ったメイドだった。
 時間を置いたからかパンは少し固く、スープは冷めていたが問題はない。
 腹が減った彼は何を出されても御馳走だ。
 皿を舐め取るようにスープを飲み尽くす。

「……シエスタ」
 背後から聞こえる野太い声にメイドの体が固まる。
 聞き慣れたその声に彼女は見ずとも誰か分かったのだ。
 恐る恐る振り返る、そこには当然のように料理長のマルトーがいた。
「まだ皿の片づけ終わってないだろう。とっとと取りに行ってきな」
「……は、はい。ただいま」
 その場を駆け足で去っていくシエスタ。
 残されたのは彼とマルトー、それと空になった器だけだ。
「随分と腹空かせてたみたいだな」
 一滴の飲み残しもない器を見てマルトーが呟く。
 警戒し唸り声を上げる彼の前に、何を言わずに皿を置く。
 その上には彼の大好物である肉。
 一瞬前の態度は何だったのか尻尾を振り振り、肉に齧り付く。
 それは時間を置いて固くなった物ではない。
 もう一度煮込まれ元の柔らかさを取り戻している。

「悪かったな。辛く当たっちまって」
 懺悔のような言葉に、彼の食事が止まる。
「貴族だろうが平民だろうが使い魔だろうが、
 腹減ってる奴にメシを食わせるのがコックの仕事だ。
 貴族の使い魔だからって差別してちゃアイツ等と同じになっちまう」
 マルトーの無骨な手が彼の背を撫でる。
 それを嫌がる事なく身を任せ、彼はマルトーの顔を見上げた。
 視線が合ったマルトーが恥ずかしそうに笑う。
「いい食いっぷりだぜ、ワン公。報酬なんざそれで十分だ。
 腹減ったらいつでも来い、待ってるぜ」

 切迫した食糧事情の円満な解決に気を良くし部屋へと戻る。
 だが彼を待っていたのは予想外の結末だった。
「遅い! 何してたのよ!」
 怒鳴り声を上げるご主人様。
 それはいつもの事なのだが……問題は。
 部屋に並べられた大量の食事。
 腹を減らしていると思い彼女が厨房から貰ってきた物らしい。
 既に腹は一杯だった。
 これ以上はスープの一滴たりとも入らないだろう。
「どうしたの? まさかご主人様の好意が受け取れないとでも?」
 威圧するかのような言動に思わず首を振る。
 そしてルイズの監視の下、目の前に並べられた食事との長い長い格闘が始まったのだった…。

注)余った料理はルイズが寝入った隙を突いて、使い魔一同が美味しく頂きました。



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