ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ジョルノ+ポルナレフ 第二章-06

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
最後の宴から一夜明け、アルビオン王党派の滅びの時は刻一刻と近づこうとしていた。
昨夜の内に老王が亡くなったことは誰にも知らされず、最早起き上がることすらままならないと貴族たちには伝えられていた。
貴族達はそれに涙しながら戦の準備を進めている。
亡命した者達を助ける為に落ち延びよと命じられた少数の者達は、ジョルノ達を運んできた船と乗り切らぬものは亀に乗り込み、ここを発とうとしていた。

慌しく王党派の貴族達が行きかう中ジョルノは足を止めていた。
壁に持たれかかって眠る貴族の横で、壁に掛けられた巨大な絵画を見上げている。

壁にもたれかかったまま眠っているのは、昨晩案内を買って出た貴族だった。
城内を粗方散策できたのはいいものの、日は昇りきりもう直ぐに貴族派が攻め込む時間までかかってしまったジョルノの顔色は少し悪い。
波紋呼吸により食事等は必要ない為朝食も辞退していたが、疲労の色は隠せなかった。

勿体無いなと、これから始まる戦の中で略奪や破壊を受けるであろう歴史ある建物や美術品を見て零したジョルノは、礼拝堂へ向けて歩き出した。
礼拝堂では既に、ルイズとワルドの婚儀が始まっているはずだった。


始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で、ウェールズ皇太子は新郎と新婦の登場を待っていた。
参列したのは亀とペットショップ。それにサイトだった。
亀の中では、テファ達が興味津々と言った表情で礼拝堂を飽きることなく眺めていたり、浮かれたポルナレフが既に酒宴を始めている。
周りに、他の人間はいない。
皆、戦の準備と脱出の準備でで忙しいのであった。
ウェールズも、すぐに式を終わらせ、アルビオンを脱出するつもりであった。
国王の死はまだ伏せられている。
もう起き上がることも困難になったと偽りを告げ、今はまだ王党派の旗印としての役目を果たしている。

ウェールズは皇太子の礼装に身を包んでいた。
王族の象徴である明るい紫のマントとアルビオン王家の象徴である七色の羽がついた帽子を被っている。
これから死地に赴く貴族達の傍らで行われる婚儀に、ステンドグラスを通り抜け青や赤に染まった光で浮かんだ表情には憂いが見えた。

扉が開き、ルイズとワルドが現れた。足取りの軽いワルドと異なりルイズは、呆然と突っ立っている。
ワルドに促され、ウェールズの前に歩み寄っても、それは変わらなかった。

ルイズは戸惑っていた。今朝方早く、いきなりワルドに起こされ、ここまで連れてこられたのだった。
死を覚悟した貴族達がこれから婚儀を行うという二人に暖かい眼差しを送り、去っていくのが、ルイズを激しく落ち込ませていた。
フーケとの戦いの折、勝てないとわかっていても、ポルナレフ達の静止も振り切り巨大なゴーレムに立ち向かった事などルイズはまるきり覚えていなかった。

深く考えず、まだ半分眠ったような状態のルイズの様子に気付いたポルナレフは眉を潜めた。
そこに少し疲れた様子のジョルノが音も立てずに入室し、亀を持ったサイトの隣に腰掛ける。
「おい、遅かったじゃねぇか。何やってたんだ?」
「昨日言ったじゃないですか。逃走経路の確保です…しかし、妙ですね」
「何がだ?」

「…あ、それ俺も思った」とサイトが小声で言う。

「また食堂で正座する気なのかあの人?」

小声で囁かれたものだったが、聞こえていたらしく浮かない顔をしたルイズに「今から結婚式をするんだ」と言って、アルビオン王家から借り受けた新婦の冠をルイズの頭に載せていたワルドの動きが一瞬固まった。
新婦の冠は、魔法の力で永久に枯れぬ花があしらわれ、なんとも美しく、清楚なつくりであった。

「ああ、なるほど」

ポルナレフが頷き、まだ少し要領を得ないらしいテファにマチルダが意地悪く口の端を持ち上げて説明をはじめた。

「テファ。ある所に長女がいき遅れて、次女は最近まで嫁の貰い手なんて望めない体だった貴族のおっさんがいた。だけどそのおっさんにはまだ、溺愛してる適齢期間近の三女がいたんだとするよ?」
「う、うん」
「溺愛してなくても普通貴族なら家の酒蔵にはその時に振舞う娘が生まれた年のワインがズラリ。その時に着る服も準備済み。ウェディングドレスとかだってどうするか考えてあるってのは珍しくない話なのさ」
「ええ…」

なんとなくわかってきたのか、苦笑いを浮かべながらテファが頷いた。

「そんなおっさんが愛娘の結婚式を勝手に挙げられたら……」

あぁ怖い怖いとマチルダは自分を抱きしめて体を震わせた。
それにジョルノが補足する。
トリスティンの貴族同士の結婚には家同士の結びつきを強める等の役割があった。

ワルドの出世に、その高い実力だけでなくヴァリエール家の三女と婚約しているという事実が大いに貢献している。
戦う能力だけを見ればトリスティンはおろかハルケギニア中のメイジの中でもワルドは有数の力を持っているだろう。
だが六千年と言う歴史あるこの国には、実力だけでは正しく評価されないこともままあるのだった。
結婚を大々的に公表し、その結びつきが強固なものであることを宣言できれば、ワルドの下にはまた少なからず配慮があるだろう。
ウェールズ殿下にという名誉は得られるかもしれないが、今というタイミングで行うメリットは少ないのだとワルドに聞こえないようにジョルノは耳打ちした。
サイトがステンドグラスで着色された赤や緑の光に照らされるルイズに見惚れながらほーっと何度も頷いた。

会場の片隅で交わされるそうした会話を耳にしながら、ルイズの黒いマントを外しやはりアルビオン王家から借り受けた純白のマントを…新婦しか身につけることを許されぬ、乙女のマントをまとわせるワルドの指先は震えていた。
しかもそのようにワルドの手によって着飾られても、ルイズは無反応だった………ワルドはそんなルイズの様子を、肯定の意思表示と受け取ることにして式を進めた。

始祖ブリミルの像の前に立ったウェールズの前で、ルイズの隣に並んだワルドは一礼した。ワルドはいつもの魔法衛士隊の制服を着ていた。
ウェールズの視線がいつの間にか本当にしていいのかね?と問いかけるものに変わっているのに気付いたワルドは、大きく喉を鳴らした。

「か、構いません」
「では、式を始める」

王子の声が、ルイズの耳に届く。でも、どこか遠くで鳴り響く鐘のように、心もとない響きであった。
ルイズの心には、深い霧のような雲がかかったままだった。

「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」

ワルドは重々しく頷いて、杖を握った左手を胸の前に置いた。
その視線は近い未来、自分に降りかかる苦難を見据えているのか悲壮な覚悟が見え隠れしていた。

「誓います…!」

おお、とこの後のワルドの運命を確信しているサイト達から余りの紳士らしさに感嘆の声が上がった。
「無茶しやがって…」とサイトが零す中、にこりと笑って領き、トリスティン貴族の立派な姿に感銘を覚えたウェールズは、今度はルイズに視線を移した。

「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール……」

朗々と、ウェールズが誓いのための詔を読みあげる。
今が、結婚式の最中だということに、ルイズは気づいた。
相手は、憧れていた頼もしいワルド。二人の父が交わした結婚の約束。幼い心の中、ぼんやりと想像していた未来。それが今、現実のものになろうとしている。
ワルドのことは嫌いじゃない。おそらく、好いてもいるのだろう。でも、それならばどうして、こんなに気持ちは沈むのだろう。

滅び行く王国を、目にしたから?
ルイズも望んでいた立派な貴族としての姿であるはずの王党派貴族達を…死地に向かう彼らを目にしたから?
杖を捧げた者に従い、今生の宴を楽しみ勝つ見込みのない戦いへ向かう誇り高いアルビオン貴族達の姿がルイズの心を揺さぶっていた。

「新婦?」

ウェールズがこっちを見ている。ルイズは慌てて顔を上げた。
式は、自分の与り知らぬところで続いている。ルイズは戸惑った。どうすればいいんだろう? 
こんな時はどうすればいいんだろう…誰も教えてくれない。

「緊張しているのかい? 仕方がない。初めての時は、ことがなんであれ緊張するものだからね」

にっこりと笑って、ウェールズは続けた。

「まあ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫と……」

ルイズは気づいた。誰もこの迷いの答えを、教えてはくれない。
自分で決めねばならぬのだ。
ルイズは深く深呼吸して、決心した。
ウェールズの言葉の途中、ルイズは首を振った。

「新婦?」
「ルイズ?」

二人が怪訝な顔で、ルイズの顔を覗き込む。ルイズは、ワルドに向き直った。
悲しい表情を浮かべ、再び首を振る。

「どうしたね、ルイズ。気分でも悪いのかい?」
「違うの。ごめんなさい……」

ワルドは安堵のため息をついた。
ため息と共に、いつの間にか浮かんでいた汗に気付いたワルドは額をポケットから取り出したハンカチで拭う。

「日が悪いなら、改めて……」
「ごめんなさい、ワルド。私やっぱりできないわ」

苦笑していたウェールズは首を傾げた。

「新婦は、この結婚を望まぬのか?」
「そのとおりでございます。お二方には、大変失礼をいたすことになりますが、わたくしはこの結婚を望みません」

ワルドはそこで、ハッとした。
今ココで何故彼女に結婚を申し込んだのか…これからの方が、もっと、更に結婚なぞ望めない状況にトリスティンが置かれると考えたのではなかったかと自分に問いかけ、居住いを正す。
ウェールズは困ったように、首をかしげ、残念そうにワルドに告げた。

「子爵、誠にお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけにはいかぬ」

しかし、ワルドはウェールズに見向きもせずに、ルイズの手を取った。

「……緊張してるんだ。そうだろルイズ。きみが、僕との結婚を拒むわけがない」
「ごめんなさい。ワルド。憧れだったのよ。もしかしたら、恋だったかもしれない。でも、今はわからないわ。こんな気持ちのまま私は…」

するとワルドは、今度はルイズの肩をつかんだ。その目がつりあがる。
表情が、いつもの優しいものでなく、冷たいトカゲか何かを思わせるものに変わった。
熱っぽい口調で、ワルドは叫んだ。

「世界だルイズ。僕は世界を手に入れる! その為に君が必要なんだ!」

豹変したワルドに怯えながら、ルイズは首を振った。

「な、何を言っているの? ……わたし、世界なんかいらないわ」

ワルドは両手を広げて、ルイズに詰め寄る。
ポルナレフはそんな友の姿を悲しげに見つめた。
何かを焦っているように、ルイズらより人生を積み重ねたポルナレフの目には映っていた。

「僕には君が必要なんだ! 君の能力が! 君の力が!」

その剣幕に、ルイズは恐れをなした。
優しかったワルドがこんな顔をして、叫ぶように話すなんて、夢にも思わなかったルイズは後退る。

「ルイズ、いつか言ったことを忘れたか! 君は始祖ブリミルに劣らぬ、優秀なメイジに成長するだろう! 君は自分で気づいていないだけだ! その才能に!」
「ワルド、あなた……」

ルイズの声が、恐怖で震えた。ルイズの知っているワルドではない。何が彼を、こんな物言いをする人物に変えたのだろう?
まだ憧れていた婚約者を信じる気持ちがルイズの頭に疑問を浮かべさせたが、豹変したワルドの表情からはその理由はうかがい知ることはできなかった。
余りにも必死すぎるとワルドの剣幕を見かねたウェールズが、間に入ってとりなそうとした。

「子爵………、君の覚悟は真に立派だった。だが…残念だが君はフラれたのだ。ここは潔く……」がワルドはその手を撥ね除ける。
「黙っておれ!」

ウェールズは、ワルドの言葉に驚き、立ち尽くした。
再びワルドはルイズの手を握った。ルイズはまるでヘビに絡みつかれたように感じた。

「ルイズ! きみの才能が僕には必要なんだ!」
「わたしは、そんな、才能のあるメイジじゃないわ」
「だから何度も言っている! 自分で気づいていないだけなんだよルイズ!」

混乱したルイズはワルドの手を振りほどこうとした。
しかし、物凄い力で握られているために、振りほどくことができない。苦痛に顔をゆがめて、ルイズは言った。

「そんな結婚、死んでもいやよ。あなた、私をちっとも愛してないじゃない。わかったわ、あなたが愛しているのは、あなたがわたしにあるという、在りもしない魔法の才能だけ。
ひどいわ。そんな理由で結婚しようだなんて。こんな侮辱はないわ!」

ルイズは暴れた。ウェールズが、ワルドの肩に手を置いて、引き離そうとした。しかし、今度はワルドに突き飛ばされた。
突き飛ばされたウェールズの顔に、赤みが走る。立ち上がると、杖を抜いた。

「うぬ、なんたる無礼! なんたる侮辱! 子爵、今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ! さもなくば、我が魔法の刃がきみを切り裂くぞ!」

ワルドは、そこでやっとルイズから手を離した。どこまでも優しい笑顔を浮かべる。しかしその笑みは嘘に塗り固められていた。

「こうまで僕が言ってもダメかい? ルイズ。僕のルイズ」

ルイズは怒りで震えながら言った。

「いやよ、誰があなたと結婚なんかするもんですか」

ワルドは天を仰いだ。
戦の直前というには奇妙な程周囲は静まり返っていた。

「この旅で、きみの気持ちをつかむために、随分努力したんだが……」

両手を広げて、ワルドは残念そうに首を振った。

「こうなってはしかたない。ならば目的の一つは諦めよう」
「目的?」
ルイズは首をかしげた。どういうつもりだと思った。
ワルドは唇の端をつりあげ、禍々しい笑みを浮かべた。

「そうだ。最早、隠す必要もないかな…この旅における僕の目的は三つあった。その二つが達成できただけでも、よしとしなければな」
「達成? 二つ? どういうこと?」

ルイズは不安に慄きながら、尋ねた。心の中で、考えたくない想像が急激に膨れ上がる。
ワルドは、皮手袋に包まれた右手を掲げると、人差し指を立ててみせた。

「まず一つはきみだ。ルイズ。君を手に入れることだ。トリスティンは混迷を極めていくだろう。そんな中での結婚など、とても難しいだろうからね。しかし、これは果たせないようだ」
「当たり前じゃないの!」

次にワルドは、中指を立てた。


「二つ目の目的は、ルイズ、君のポケットに入っている、アンリエッタの手紙だ」

ルイズははっとした。

「ワルド、あなた……」
「そして三つ目……」

ワルドの『アンリエッタの手紙』という言葉で、すべてを察したウェールズが、杖を構えて呪文を詠唱していた。
怒りに燃えるポルナレフが亀の中からマジシャンズ・レッドを出していた。

しかし、ワルドは二つ名の閃光のように素早く杖を引き抜き、呪文の詠唱を完成させた。
ワルドは、風のように身を翻らせ、ウェールズの胸を青白く光るその杖で貫いた…………はずだった。

青白く光る杖が突き刺さった大きな虎ほどもある巨大な火トカゲがウェールズを弾き飛ばしていた。
尻尾の炎から火竜山脈のサラマンダー(火トカゲ)だということにルイズは気付いた。
キュルケが使い魔とするサラマンダーと実に良く似ていた。

「な、なんだと…?」

理解し難い出来事にワルドが呟き、「き、貴様……、『レコン・キスタ』……」
突然出現したサラマンダーに弾き飛ばされて死に損なったウェールズの放ったエアニードルが、呆然としたワルドの頭を貫く。
額を貫かれたワルドの姿が消滅した。

「ゴ、ゴールドエクスペリエンス…!」

ジョルノの代わりに亀の中でポルナレフが呟く。
「ワルド子爵。ポルナレフさんに免じて…今ならまだ性質の悪いジョークとしてあげますよ?」

柱に隠れているワルド本体に流し目を向けて、席から立ち上がったジョルノが言う。
その視線はゾッとするほど冷たく、どこか見下しているように見えた。

「あなたの人生の為に言っておきますが、無駄はやめた方がいい」

ジョルノの視線が向かう先にある柱に、皆の視線が集まっていく。
柱の影から杖を構えた三人のワルドが姿を見せる。
どれが遍在か見分けが付かぬポルナレフはマジシャンズ・レッドの目を世話しなく動かしどれか本体かを見極めようとしていた。

「無駄ではない! 僕には果たさねばならないことがある。これはその為に必要なことだ」
「馬鹿言わないで!姫様を、祖国を裏切ってこんな卑劣な真似をすることのどこが…」
「祖国の為だ!」

ワルドはルイズの非難に目を血走らせ、威圧するような鋭い声で反論した。
打たれたように体を震わせてルイズは困惑した表情を作った。

「祖国の為ですって?」
「そうだ!トリスティンは今…征服されようとしている」

苦虫を噛み潰したように言うワルド。
その表情を見かね、ワルドの行動に怒りとショックを受けたポルナレフが尋ねる。

「ど、どういうことだよ?」
「兄弟、君は『パッショーネ』という名を聞いたことはないか?」
尋ねたポルナレフは、返された質問に絶句した。
知っているも何も、そのパッショーネのボスは他ならぬジョルノであった。

「パッショーネ?」

ルイズの呟きに、ワルドは眉間にしわを寄せたまま頷いた。


「このアルビオン発祥の新興の犯罪組織だ。奴らは、一年にも満たない内に急速に勢力を伸ばしている。
マザリーニ枢機卿はレコンキスタの撃退こそ急務だとお考えだが、僕はそうと思えない。奴らの浸透する速さは、桁が違う。組織を形作るシステムがまず我々より一段も二段も上なんだと僕は感じている」

語りながらもゆっくりと足を動かし、狩をする獣のように機会を狙うワルドの視線がウェールズから逸れる。

「奴らの影響力はもう侮れないものになりつつある…(我々が草の真似事をすること自体異例のことだが)調査を行った僕の部下は運がよければ川で発見された。残りは、今も消息がわからない」
「ふざけてんじゃねぇ!」

そこに、蚊帳の外に置かれようとしていた列席で叫ぶサイトの言葉が響いた。

「ルイズはてめえを信じていたんだぞ! 婚約者のてめえを……、幼い頃の憧れだったてめえを……」
「……何もわからぬ平民如きが口を挟むな! 便所のゴミ虫以下の下郎がトリスティンの置かれた状況を理解しているとでも言うのかッ!?」

憤ったサイトに侮蔑の視線と言葉の刃を突き刺したワルドは息を荒げ、血を吐くような表情でジョルノを睨みつけた。
一方のジョルノは常と涼しげな表情だった。
『そういえばそんなこともありましたね』とでも思ってんじゃねぇだろうなと事情を知るポルナレフ達は疑念の篭った視線を向けていたが、何の動揺もジョルノの態度からは読みとることはできなかった。

「奴らは先日、麻薬を合法的に商う為の法案を通した。伯爵、貴方も他の許可と一緒に申請されたものだ」
「そうなのですか? 服飾や科学等の僕の好奇心を満足させてくれるもの以外は執事達に任せきりですから…ああ、そういえば、薬を商う許可を取ったとか聞きましたが」

しれっと言うジョルノをどう思ったのかは知る由もないが、ワルドの顔は更に険しさを増した。

「既に、! それほどの影響力を持つのだ。奴らは! レコンキスタは…まだ貴族の枠に入る者達だ。その熱狂はわが国の膿を出すのに有効だ」
「その為に忠誠を捨てたの?」
「僕が杖を捧げたのは国家と今は亡き国王陛下だ。決してこの段になってラブレターの回収を命じるような小娘じゃあない!」
「ワルド! その陛下に……申し訳が立たねーと思わないのか!?」
「娘をゲルマニア皇帝の嫁にされトリスティンを盗賊共に蹂躙されるよりはましだ!! これが成れば、姫はあんな下郎に嫁ぐこともなくなるだろう…ルイズ! 君もそれを望んでいるはずではないのか!?」

信じられないと言う顔をするルイズに、苦しげに言うポルナレフに痛いところを突かれたワルドは怒鳴り返す。
痛みを堪えているような、自分を嘲笑うかのような…険しい表情に浮かぶ感情が何か、周囲からは最早伺いしれぬものとなっていた。

「アルビオン貴族共の好きにさせぬ為には、トリスティン貴族たる僕に力と功績が必要なのだ…ウェールズ殿下、我が祖国の為に覚悟を決めてもらおう」
ゲルマニアと同盟を結ぶ為に姫を差し出すことに協力していたルイズの傍らにいるウェールズに、ワルド達は一斉に杖を向ける。
ジョルノに生み出されたサラマンダーがルイズを庇うように前に移動する。

ワルドの言うとおり決裂を望む気持ちと、自分と姫がどれ程の思いでそれを決めたのかと滾る怒りに杖を持った手を震わせて、ルイズは俯いていた。

生き残ったウェールズが凛々しく杖を構えワルドと対決しようとする。
右手を光らせたサイトとポルナレフの意思で、マジシャンズ・レッドがその間へと立ち入ろうとしていた。

本体の杖を大蛇に変えて毒牙で噛み付かせようかようかヤドクカエルを破裂させ毒液塗れにしようか迷いながら、ジョルノも波紋呼吸で徹夜での疲れも癒えつつある体からスタンドを出す。
だがその時、今正に戦いが始まろうとした瞬間に、ポルナレフがルイズの様子が変わったことに気付いた。

「ルイズ?」

俯いていたはずのルイズの体が、いつのまにか力なく揺れていた。
視線も定まっておらず…呼びかけたポルナレフの声も届いていないのか、何の反応も示さずに何事か呟いていた。

戦いが始まろうとしているのか、外から響く大砲の音に紛れて、ルイズの声が礼拝堂に響いた。

「エオルー…スーヌ・フィル……ヤルンサクサ、オス・スーヌ・ウリュ・ル……………ラド」

ハッとして、今正に対決しようとしていたワルドとウェールズも手を止める。
呟くルイズから感じ取れる何か、メイジだからこそ感じ取れるものなのかルイズの姿に畏怖を感じた二人に一瞬遅れてジョルノ達もそれに気付き、ルイズを見る。
ワルドの裏切りによるショックだとか、そんなチャチなもんじゃない。
彼女以外の意思が、彼女を操り杖を振り上げさせた。
城の壁の向こう…敵へと。

「ベオーズス・ユル・…スヴュエル・…カノ・オシェラ。ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル…………エクスプロージョン」

その日、その場にいた全てのメイジが怖れを感じると同時に、アルビオンに一瞬だけ太陽が生まれた。


今か今かとその一瞬の太陽を待ち望んでいたプッチは、遠くに見えるその輝きを見て賭けに勝ったことを理解して嬉しそうに目を細めた。

「君との約束どおり、既に私の援助はしておいたよ。ジョルノ・ジョバァーナ。ミス・ヴァリエールの限界ギリギリのエクスプロージョン、受け取ってくれたまえ」

一歩間違えれば死ぬほどの消耗、何万人にも及ぶ虐殺…自分で選ぶ事も出来ずにそれを行うルイズの今後などこれっぽっちも気にしない口調だった。
それもそのはず、プッチにすればこれは、魔法が使えるようになりたいという彼女の願いを叶えただけの…言わば善行であり、一石二鳥とついでにジョルノへの援助をやってもらったに過ぎなかった。

プッチ枢機卿は呟きながら、ガリア王ジョゼフの記憶ディスク、王家の秘宝である香炉とルビーを仕舞ったトランクへと確認するために使用していた望遠鏡を仕舞いこむ。

「アンタの言っていた通りになったな」

若干苦いものを含ませた声に、プッチ枢機卿は笑顔で返した。

「あぁ、賭けではあったがね。予定していた時間通りで何よりだ。ゲルマニアの艦隊はどうかね?」
「トリスティンとの関係もあるから手間取ったが…どうにか来るべきレコンキスタとの戦いに備えた訓練と称して集められた艦隊が既にアルビオン領空内を進んでいる」

スーツに身を包んだミノタウロス…ラルカスが答える。
プッチ枢機卿が他の枢機卿を使って行った裏交渉に応じたゲルマニア皇帝は少数の艦隊をアルビオンへと向かわせていた。
その交渉には留守を預かるラルカス…パッショーネも関わっている。

「ベネ! とでも言ったところかな。この後は『亡命してきた貴婦人達の涙を拭いさることこそ貴族たるものの務め』とでも言ってくれたまえ。彼女らが要請したと言う形が望ましかったが、あいにく未だに王家は生き残っているようだ」

白々しい口調で言うプッチ枢機卿に、ラルカスは頷いた。
この謀をジョルノには伝えることができていない…いや、伝えてはいなかった。
ジョルノが聞けば、激怒するかもしれないとラルカスは報告など考えることを止めていたのだった。
この賭けに勝つことはよりパッショーネの力を強めることになりジョルノの為になると、ラルカスは信じていた。
確認の意味を込めて、もう一度ラルカスは尋ねた。

「プッチ枢機卿、本当に、! 本当にあそこに聖女様がいるのか?」
「勿論だ。あれこそ正しく始祖の起こした奇跡! 我らは敬虔なブリミル教徒として泥沼の戦場を納めて聖女様をお救いしなければならない!」

芝居がかったしかし……信仰心溢れる、熱狂的なブリミル信者達の鏡にでもされそうな程の熱烈な言葉だった。
同じ調子の言葉を、今頃今回の件で表にでるつもりのないプッチ枢機卿の代わりに計画した者として動き回っている哀れな枢機卿も吐いていることだろう。
だがラルカスはそれだけでは納得しなかった。胡散臭そうな表情で再び尋ねる。

「…一つ疑問なんだが、何故聖女様とわかるんだ?」
「それは勿論私がお会いしたからだ。その時のことを他の枢機卿に言った所、間違いないとおっしゃってね。こんな大事になってしまったのだよ」

実際は困ったような顔をするプッチ枢機卿が他の枢機卿を動かしたと言うことを知るラルカスは不満そうに鼻を鳴らした。
この男以外の誰にガリアとロマリアの重い腰をあっさりと上げさせられるというのか。
いつかは敵となるのだろう枢機卿の手回しの早さにラルカスはジョルノに対するモノとはまた別の恐ろしさを感じていた。
内政干渉の誹りを受ける行為を二強国に足並みをそろえて行わせるなど今表舞台で奔走しているグロスター枢機卿には……ラルカスはそれ以上の考えを打ち切り、今は動く時だと判断した。


「では私はこのままガリア、ロマリアの艦隊とアルビオンを攻略する為の手回しを済ませてこよう」
「よろしく頼む。ジョナサンは君のような有能な部下を持って幸せだな」
「世辞はいらん。私は組織の利益になると考えただけだ」

普段ジョルノといる時の本能など全く感じさせぬ乾燥しきった声で答え、ラルカスは部屋を後にする。
見送ったプッチ枢機卿は教徒を呼びつけ2,3アルビオン攻略の為の命令をしてから、熱いコーヒーを用意するように命じた。

教徒が教皇の信頼厚き枢機卿の命を受け、目を輝かせて退室した後、プッチ枢機卿はベッドの上に地図を広げた。
プッチ枢機卿の手回しにより他の枢機卿の名で聖女奪還の為アルビオンへと進行しているロマリア艦隊としてジョゼフの記憶ディスクを置く。
更に要請を受けたという形で動き出しているガリア艦隊とゲルマニア艦隊代わりに、たった今トランクに仕舞った土のルビーと教皇の記憶ディスクを並べて状況を確認する。

「先遣隊の到着までは急がせて一日と言ったところか、あの光を見て本気になったロマリアの艦隊と引きずり込まれたガリアとゲルマニアの総攻撃も遠からず始まる。
ゲルマニアに配慮して何も聞かされていなかったトリスティンが何か行う前に終わらせたい所だが…マザリーニなら軍を動かす準備を終えていても不思議はないか?」

少し考えてどうでも良くなったのか、プッチ枢機卿はそれらを適当にトランクに押し込み、鍵を閉めた。
思えば、プッチ枢機卿にとってはこんなことをしている場合ではなかったのだ。

「ジョナサンなら、憤りつつ退くしかあるまい」

(終生のパートナーである)使い魔まで預け私に相談したルイズの信頼を裏切る行為を行うなどと瞬時には思わぬだろう。
気付いた時には数手遅れている…憤りと共に機を失ったジョナサンは恐らく、ワルドを倒し退くのがいいところだろうな。
ジョナサンにとって貴族派は、ルイズの虚無で何割かを失い、混乱に陥って壊走しようとする腹を突くほど程赦せない相手ではない。
加えてジョナサン自身にも軍を攻撃する手など無い。行おうとしても準備をしている間に敵も逃げるだろう。

「DIOなら、笑って静観するだろう」

DIOにとって小娘一人、アルビオン一国がどうなろうが知ったことではない。
まぁ、そもそもあんなアホ共の所にDIOが行くわけが無いか。
支配するなら戦争なんぞ終ってからでいい。
DIOに傅くのが王族か貴族か、その程度の違いに過ぎないのだ。
二人の男に対する持論を一人呟き、プッチ枢機卿はトランクの中から一枚のディスクを取り出した。

「ジョルノ・ジョバァーナはどうする…? この私の贈り物に一手遅れるのか、元々無関係な話だからと敢えて逃すのか?」

プッチ枢機卿の頭にマリコルヌから奪い去ったディスクがずぶずぶとめり込んでいく。
半ばまで沈み込んだディスクの能力が発動し、プッチ枢機卿に遠く離れた場所を見せる。
マリコルヌの使い魔であるサイトの視界に広がる光景。
あり難いことに、そこにはジョルノ・ジョバァーナの姿がきっちりと映っていた。

「これは運がいい。神は私にこれから起る出来事を見守れと仰せだ」

遠く離れた戦場の光景を眺めるプッチ枢機卿の顔に笑顔が広がる。
彼がDIOの血統か、ジョースターの血統か。この件は一つの判断材料になるはずだとプッチ枢機卿は期待していた。
プッチ枢機卿と…いや、サイトとジョルノの目があった。

偶然ではない。

ポルナレフの亀がルイズの元へと走る中、ワルドらが今だ呆然とする中その視線は、サイトではなく明確にプッチ枢機卿へと注がれていた。
列席から少し歩きだしたところで足を止め、消滅した艦隊の向こうで穂先だけ消えてしまったレキシントン号を見つめていた。

その冷めた眼差しに胸をドキドキさせるプッチ枢機卿の目の前で…ほんのちょっぴり前まで教会の天井だった石材の成れの果てが重力に惹かれるままに落下していく。

サイトが悲鳴を上げて下がるのを鬱陶しく思いながら、プッチ枢機卿はそれを奇妙に思った。
素人考えと言われればそれまでだが、ルイズの魔法の余波で崩れたのなら敵軍に近い壁から崩れる方が自然な気がした。
落下したのはルイズの魔法の範囲の外にある無事な天井だった。
サイトはそんなことには注意を払わずにルイズを心配して駆け出していた。

「サイト、アズーロを呼べ」

有無を言わさぬ口調に、走り出そうとしていたサイトは足を止めた。
反射的にサイトは声の主へと視線を向けるのを避けた。
今命令した相手、ジョルノと視線を合わせれば、気圧されると感じたゆえだった。
だが振り向かずとも、冷水を浴びせかけられたかのようにサイトの頭から血が下がっていた。
「サイト」
一瞬後、もう一度名を呼ばれたサイトは右手の紋章を光らせて、アズーロを呼んだ。
ジョルノの動向を観察したいだけのプッチ枢機卿は、視線が逸れたことに若干不満を感じたが…

その代わりに、疑問への答えがサイトの、プッチ枢機卿の前に現れていた。
落下していく石材が、重力に逆らい舞い上がっていく。
空中で細かく分かれて崩れた壁から差す日の光、半分ほど消えてしまったステンドグラスから差す色取り取りの光が一瞬前まで石材であった生き物達を照らしていた。
このアルビオンに生息する毒を秘めた無数の虫達のようにも、地球の虫にも見える。

「プッチがルイズを利用して介入したと言うなら、それはそれで利用すべきだ」

サイトのいる場所が微かに揺れた。
何かが鳴動しはじめ、動揺するサイトが顔を左右に振る。
忌々しく思うプッチ枢機卿の耳に、ジョルノ・ジョバァーナの鋭い言葉が届いた。

「ジョルノ、どうするつもりだ!?」

声が聞こえたのだろう、マジシャンズ・レッドでルイズを抱え上げ、亀の中に仕舞いながらポルナレフが叫んだ。

「この動揺が収まる前に、クロムウェルを始末します」
「なっ…」

その言葉にワルドとウェールズが我に返り、杖を構えた…突如ワルドは悲鳴を上げた。そして、三体の偏在が姿を消す。
何が起きたのかわからぬウェールズは呆然と杖を向けたまま、ワルドが消えた場所を見つめている。
何が起こったのかいち早く理解したポルナレフはジョルノに目を向けた。

「お前、杖を何に変えたんだ?」
「大蛇です。体長は十メートルってところでしょうか」

自分の杖だった大蛇に襲われている裏切り者の姿を想像し、少し同情心が沸いてきたポルナレフが苦笑いを浮かべる。
杖だけを生き物にしたわけでもない、とは言わずに薄く笑みを浮かべたジョルノは近づいてくるアズーロの羽ばたきを耳にして、歩き出す。

「本当はこんなことに使うつもりじゃあなかったんですが…」

サイトの視界にある様々なものが蠢く。
教会のシンボル。無くなった天井を支えていた柱。並んでいた椅子。
全てが生命を持ち空を舞い、ジョルノの意思によって飛び去っていく。
恐らくは、敵軍へと殺到していくのだろうと考えながら、プッチは戦慄いた。

「既に。昨夜一晩かけて…既に、ニューカッスル城へ満遍なく生命エネルギーを叩き込んであります…」

アルビオン王家に最後に残されたニューカッスル城が、百年以上の歳月が生み出した様々な曰くを持つ部屋が。
古き時代に決闘で付けられた傷を残す柱。歴史に名を残す芸術家が生み出した彫刻。絵画。タペストリーが。
今は亡き人々が丁寧に扱ってきた家具が。幾人もの王侯貴族達が婚儀の際に歩いた赤い絨毯が…全て生物へと姿を変えていく。

拘束されたまま目を見開くワルドと、ルイズと同じく亀の中へと収容されながら何事か叫ぶウェールズ。
ウェールズにはこの城に数え切れぬ程の思い出があったかもしれない…だが!

それすらも飲み込んで、ジョルノが一晩かけて丹念に叩き込んだ生命エネルギーが、ジョルノのスタンド能力が生命を生み出していく。
ポルナレフもサイトも数え切れぬほどの虫達が蠢く様に恐怖し、足を止める中…ジョルノは言った。

「ほんのちょっぴりだ。この城一つ程度の世界を…僕のゴールド・エクスペリエンスが作り変え、全てが貴族派に襲い掛かる。その隙を突くぞ」

慈悲などの暖かな感情など一切感じられぬ凄みに息を呑みながらサイトはただ頷いて混乱に陥ろうとするアズーロを操り、ジョルノと亀を乗せ羽ばたかせる。
澄み切っていた空では虫の群れでできた帯状の黒雲が、貴族派の船にかかろうとしていた。

To Be Continued...

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー