ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第二話 魔法の学舎

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――繰り返してはならない、『あの事件』の過ちを! 
  ゆえに、見極めねばならない。このハルキゲニアがなんなのか。

――アメリカ,イギリスと同じく、排除すべき外敵なのか。
――イタリア,日本と同じく、組むべき盟友なのか。
――ロシアの大地と同じく、ゲルマン民族が拡大すべき『生存圏』の一部なのか。
――『あの生命体たち』と同じく、『人類全体』にとっての脅威なのか。

「――見極めねば……むにゃ…………」
「さっさと起きんか、このゴーレム!!!」

ガギィィーン!

「…………痛ッッッー!!!」

シュトロハイムを殴りつけたルイズの悲鳴が、使い魔居住スペースに響き渡った。


     ハルキゲニアのドイツ軍人

    第二話    魔法の学舎

「むにゃ……ん?」

頭部に軽い衝撃を受けて、シュトロハイムは目を覚ました。
かけられた声の源を探すと、ルイズが何故か右手を抱えてうずくまっている。

「あー、痛い! あんたほんと、どんな頭してんのよ」

吸血鬼の打撃を受けても機能不全を起こさないよう設計された頭である。
生身の人間が素手で殴ったところで、痛むのは頭ではなく拳のほうだ。

「うん? ……ああ、うむ、ルイズ・ヴァリエールか。で、なんのようだ?」
「なんのようだ、じゃないわよ。さっさと起きなさい、もう朝よ」
「なにぃ!」

慌てて身を起こし、照りつける太陽(こちらは月と異なり一つしかない)に
目をすぼめる。凍える心配をせずにすむハルキゲニアの春の空気は、
溜まっていた疲労とあいまって彼を深い眠りに落としてしまったのだ。

「まったくもう。私はこれから食堂に行ってくるから、
あんたもさっさと朝ごはんを食べちゃいなさい。
その後の授業には、あんたにもついてきてもらうわよ」
「授業にだと?」
「そう。使い魔と主人は一心同体、就学時間内は行動を共にするのがルールよ」

とはいえ、それが厳格に正確に守られるのは『サモン・サーヴァント』の儀式から
長くても約一ヶ月程度。主人の性格や使い魔の種類にもよるが、その後はおざなりに
されるのがだいたいのパターンだ。

「ふむ……授業か」

まあ、魔法『学院』というくらいなのだからそういうものもあるのだろう。
この世界のことを把握するには、参加させてもらえるのは好都合だ。だが、

「ところでいったい、その皿の上のものはいったいなんだ?」
「なにって、あんたの食事」
「ほほう、この世界の人間は、鉄を食する習慣があるのか?」
「なに馬鹿なこと言ってるのよ、そんなわけないじゃない」
「なら……皿の上に載っているこの鉄の棒はいったいなんだぁ!」
「だから、あんた用の食事よ。
ゴーレムの糧といったら、体の構成素材と同様の物質って相場が決まっているでしょ」

わざわざミス・シュヴルーズに頼んで錬金してもらったのよと、恩着せがましく言うルイズ。
確かにそれは、そのまま戦車の増加装甲にも使えそうな立派な『鋼鉄』だ。
ドイツ本国の工廠に持っていけば、きっと職人たちが喜ぶだろう。
だが間違っても、『朝御飯』として皿の上に載せて差し出す類のものではない。

「こんなものが、喰えるか!」
「あら、だってあなたが『なに』なのかは今日ミスタ・コルベールに診て結論を
下してもらうって話でしょ。少なくともそれまでは、ゴーレムとして扱わせて
もらうわよ」
「……グゥィ!」
歯噛みして、言葉を詰まらせるシュトロハイム。
約30分にわたる言い争いの後、何もかも面倒臭くなってその条件を呑んだのは
確かに自分だ。彼の沈黙を肯定と受け取ったのか、ルイズは皿をそこに置くと早々に
食堂へときびすを返す。
舌にかみそりでも突きつけてやろうかという思いをかろうじて抑え、
シュトロハイムは渡された『食事』へと手を伸ばす。

「………………ガギィッ!」

ためしに咬んでみた『鉄の棒』は、やはり鉄の味しかしなかった。

考えてみれば、最後にまともな食事を取ったのはいつだったろうか。
『この世界』に来る前にいたスターリン・グラードでも、物資不足でここのところ
碌なものが出ない。あのデブの空軍元帥が、約束した補給量の十分の一も果たせなかったせいだ。
おかげで、一食や二食抜くことにはもう慣れ切ってしまっている。
感じる空腹を意志の力でねじ伏せて、シュトロハイムはルイズに連れられて
講義棟へと向った。
彼女の言葉通り、他の多くの生徒たち(彼等も皆、メイジと呼ばれる貴族の子弟
なのだそうだ)も、使い魔を連れてやってきている。ヘビにフクロウ、トカゲに
蛸人魚、ガスの塊や目玉のお化けなど、生物だとは認識しにくい類のものまで色々だ。
そのうちの数匹は、シュトロハイムの姿を目にすると
「きゅいきゅい」「ガウガウ」「モゴモゴ」と、不機嫌そうな声を上げてくる。
昨日の晩、彼のいびきがうるさかったことへの抗議であるが、
もちろんシュトロハイムはその意味までは読み取れない。
首をかしげるシュトロハイムを、ルイズは自分の席の隣に引っ張っていった。

「私の席はここ、あんたは隣よ」
「うむ」

他のものたちも席につき、思い思いの姿をとった彼等の使い魔も
(教室に入れない巨大なものは他にして)その横に並ぶ。

「ほんとに喋るのね、そのゴーレム!『ゼロのルイズ』のくせに、凄いじゃない」

隣の席の、スタイルのいい赤褐髪の女が話しかけてきた。

「俺はゴーレムではないぞ!」

『動く鉄像』扱いを定着されられては溜まらぬと、否定するシュトロハイム。

「キュルケ! 誰が『ゼロ』ですって!?」

ルイズも、不機嫌そうに眉をしかめる。

「言われてみれば、『ワルキューレ』なんかとは全然違うわね、顔の一部は鉄じゃないみたいだし。
でも、あんたが『ゼロ』なのは事実でしょ?」

キュルケと呼ばれた女は、シュトロハイムを一瞥すると再び視線をルイズに戻した。

「サモン・サーヴァントは成功させたわよ!」
「さあ、どうかしら。確かに『召喚』は出来たけど、いつも通りの『爆発』は
起こしていたじゃない。それに『召喚』ができても他の魔法が駄目じゃねー」
「なんですって?」
「そこの二人、もう授業を始めますよ!!」

教壇に上がった恰幅の良い女性が、いい争いを始めた二人に叱責の声を飛ばした。

「皆さんの『土』系統の魔法を講義するシュヴルーズです。
二つ名は『赤土』、これから一年間よろしくお願いします」
「二つ名?」
「ああ、個人の魔法特性や使用時の癖を表す呼び名……
簡単に言えばあだ名のようなものね」

シュトロハイムの問いに、キュルケが答える。

「ちなみに私は『微熱』であそこにいるタバサは『雪風』。で、このルイズのが『ゼロ』」
「なるほど」

『ゼロ』と言われたルイズが何か言いたげな様子を見せるが、
私語を咎めるミス・シュヴルーズのにらみ顔を前に引き下がる。
静かになった教室にシュヴルーズは満足して授業を継続、
昨年度までのおさらいを簡単に進めていく。
『土』『火』『水』『風』の四種類ある魔法系統、並行使用可能な系統数に応じて
『ドット』『ライン』『トライアングル』『スクウェア』に階級付けされるメイジ。
学生たちにとっては基礎中の基礎だが、シュトロハイムにとっては目新しい知識
ばかりだ。中でも特に目を見張ったのが、シュヴルーズによる『錬金』の実践。

「対象物質の構造を理解し、錬金後の物質状態を心に強く思い浮かべます。
そして両者の差を把握、その差を一気に飛び越えるようなイメージで……」

説明しながら振るわれる杖、それにあわせて机に置かれていた小石がにわかに
光を帯び始める。

「今のが堆積岩の真鍮への錬金です。『トライアングル』の私には不可能ですが、
『スクウェア』クラスになれば金の錬金も可能になるのは皆さんもご存知の通りですね」
「い……今の話は、本当か!!??」
「本当よ、っていうか、常識じゃない、そんなこと。
この校舎や寮や学院の塀も『土』系統の魔法で作られたものだし、
厨房の鍋,釜,包丁とかの調理器具にも錬金の力が使われているわ」

キュルケの説明を理解して、シュトロハイムは沸き起こった興奮を抑えようと、
とっさに俯く。もしこの『錬金』の技術を本国に持ち帰ることができたなら、
石油,鉄鉱石,アルミニウム,ゴム、その他ドイツの抱える資源問題はあっという間
に解決だ。加えて金を自由に作れるなら、それを敵国にばら撒いて経済崩壊に
追いやることすら容易い。

「ルイズ、あんたの使い魔ってそんなことも知らないの?」

キュルケが不審げな視線をよこすが、それを気にする余裕もない。

「この錬金の、錬金の技術を手に入れたならば、
それを我がナチスの、世界一の科学力で分析、解明できたならば、
ドイツは科学力のみならず、資源力でも世界一ィィィィ!! 
今大戦における我が国の早期勝利は、もはや疑いの余地はナァァァァァシ!!!」

さすがのシュトロハイムも、授業中に叫ばないくらいの分別は心得ている。
思わず漏らしたその言葉も、下を俯いたまま低い声でのものだ。
だがまあ、それはそれで不気味であることに変わりはない。

「うっとおしいわよ、シュトロハイム!!」

たまりかねたルイズが、ふでばこでシュトロハイムの頭を殴りつける
(素手だと殴った手のほうが痛いことは、今朝実践して体感済みだ)。

「……なにを騒いでいるのですか、ミス・ヴァリエール」

彼女の行為は不運にも、シュヴルーズの目に留まったようだ。眉をしかめたシュヴルーズが、溜息混じりに言う。

「そういえば、昨日が皆さんの使い魔召喚の日だったのですね。
パートナーができて嬉しいのはわかりますが、だからといって授業中に騒ぐのは
感心できません。そうですね、では次はあなたにやってみてもらいましょうか」
「私、ですか?」

ルイズが、目を丸くした。

「ええ。使い魔がゴーレムのあなたには、これから絶対に必要となる技術ですから。
食料用の『鋼鉄』を、いつでも購入したり今朝のように他人に錬金してもらうことが
できるとは限りませんよ」

「……はい」

ほんの一瞬だけ伏せた目を上げ、ルイズは立ち上がる。

「だから、俺はゴーレムではないと何度言ったら……」

いいかげん繰り返すのが面倒になりつつも、否定の言葉を呟くシュトロハイム。

「あなた、そこにいると危ないわよ!」

彼の腕を、隣の席のキュルケが引く。

「危ない?」
「いいから、伏せときなさいよ。欠けたりしたら大変でしょ」

何のことだと思いつつ、素直に従うシュトロハイム。
机に、伏せる。教壇に出たルイズが杖を振るう。
間髪いれずに起こる爆発、粉々になった小石の破片が、散弾のように飛来する。

「なるほど、爆発させる錬金方法もあるのか」
「違うわよ、今のはただの失敗」
「失敗すると、爆発が起きるのか?」
「ルイズの場合はね。どんな呪文でも大抵失敗、成功確立はほとんどゼロ。
おまけに失敗したときには何故か決まって大爆発」
「なるほど、だから『ゼロ』の二つ名か」

破片をやり過ごし、顔を上げる。
煙が薄れた教壇では、埃まみれになったルイズが慣れているのか平然と立っている。
隣でむせ返るシュヴルーズ、立ち上った煙でも吸ったのだろうか。顔前の煙を右手ではらうと、
ルイズに席に戻るよう指示する。

「ちょっとキュルケ、人の使い魔になに話してんのよ!?」

教壇から戻りつつ、声を荒げるルイズ。

「あら、全部本当のことよ」

すまし顔のキュルケに、悔しそうに歯を軋ませる。教壇では、シュヴルーズが授業を再開させていた。

授業を終えたシュヴルーズは、教室を去ろうとするルイズとシュトロハイムを呼び止めた。
「ミスタ・コルベールからの伝言です、
この授業が終わったら自分のところに来るように、だそうですよ」

つまり、シュトロハイムが『なに』なのかについて、何らかの結論が出たということだろう。
了解の意を示したルイズを、シュヴルーズはさらに引き止める。

「それとミス・ヴァリエール、ここの片付けをよろしくお願いしますね」

そう言って指すのは、ルイズの『錬金』(の、失敗)で破片が飛び散った教室の床。

「私は次の授業の準備がありますので」
「なるほど。ならば、先に行っているぞ、ヴァリエール」
「はい……って、あんたは待ちなさいよ、シュトロハイム!」

今度はルイズが、シュトロハイムの腕を掴んで呼び止める。

「なにか用か?」
「用か、じゃないでしょ。使い魔が主人の手伝いをしなくてどうすんのよ!」

首を横に向けてみれば、シュヴルーズも『当然!』といった様子で頷く。

「メイジと使い魔は一心同体ですから」

シュトロハイムが、ヌゥと小さくうめき声を立てた。

教室の片付けには、予想以上の時間がかかった。
ルイズが『錬金』しようとした小石は砂粒大にまで分解され教室の隅々まで
飛び散っており、シュトロハイムはドイツ人らしい几帳面さでそれを一粒残らず
回収しようとした。はたきをかけ、箒で掃き、雑巾で机を一つ一つ磨き上げる。
最後のほうになると、手伝いを命じたルイズのほうが掃除の仕方を指示されている
始末だった。

――ほんとに、なんて几帳面なゴーレムなのかしら。

彼女は知るよしもなかったが、彼は軍務で出向いたメキシコ砂漠の奥地まで召使の女をわざわざ
(それも自分の髭をそらせるためだけに!)連れていくほどの、几帳面な男なのである。

結局二人が掃除を終え教室を後にできた時には、既に太陽は空の頂点を通過していた。

シュヴルーズに言われたとおり、コルベールの研究室に向かう。
途中校舎から外に出たところで、講義の終わりと昼休みの始まりを示す鐘がなる。
途端に眠りから醒めたかのように、騒がしさを取り戻す学院。
春の陽射しで温められた中庭にも、生徒たちが姿を現す。
木陰でランチボックスを広げるもの、友人同士雑談に興じるもの。
カフェテリアらしきベンチに腰掛け、メニューを広げるものもいる。
そう、ここでは今は春なのだ。部下たちと凍えたあのスターリングラードではないのだ。
暖かくも冷たい現実が、改めてシュトロハイムを襲う。

「こっちよ、ほら! 何やってんの!」

自分の主人という立場にあるらしい少女の声で、シュトロハイムは物思いをやめる。
今は部下たちのことを考えるべきときではない
――では、なにをすべきなのかと問われれば明確には分からないが。

「あら、タバサ?」

研究所を有する建物の中に足を踏み入れたルイズが、見かけた同級生の名を呼ぶ。
蒼髪の少女が、振り返る。手には、分厚い本を抱えるようにして持っている。

「あなたも、コルベール先生のところ?」
「の、帰り」

小声で答え、塔の出口に向うタバサ。

「今のも……同級生なのか?」

先ほどの教室でも同じ顔を見かけたのを思い出し、シュトロハイムがルイズにきいた。

「そうよ、だけどそれが?」
「同い年にしては体格が違いすぎるぞ。それとも、これも魔法というやつか?」
「違うわよ、彼女は年下」

そんなことも知らないのかと、呆れ顔のルイズ。

「ここトリステイン魔法学院は、全国から優秀なメイジを集める名門校なの。
入学の年齢制限は上限しか設けてないから、タバサみたいに飛び級してくる学生も
多いのよ」
「ふーむ、なるほど。だが、なら何故『ゼロ』と呼ばれるようなお前が入れたのだ?」

はた、と、ルイズの歩く足が止まる。
「先ほどの『錬金』とやらは驚いたぞ。なにせ、いきなりの爆発だったからな。
とはいえ、失敗で爆発が起きるというのも興味深い。
あの爆発は、いったいどれくらいの威力なのだ?」
「知りたいの?」
「なに?」

そのまま歩いていたシュトロハイムが、ルイズの声に振り返る。
少し後ろで立ち止まったままのルイズが、右手に杖をしっかりと握る。

「なら、教えてあげるわ」

そのまま呟くように、二言三言呪文らしきものを詠唱……シュトロハイムの前方の空気が、奇妙に歪む。

――こ、これは……

ゆがみに気付いた瞬間に、耳を通過する『音』。続けて衝撃が、頭部を襲う。

「ぬう!! ………………なるほど、屍生人(ゾンビ)のキック並みといったところか」

よろめくシュトロハイム、だが、ひざはつかない。

「な、なかなかやるわね。
でも、今度からかうようなことを言ったら承知しないんだからね!」
「からかう? ああ、『ゼロ』という二つ名のことか」
「また! いいわ、あんたがそういうつもりならこっちにも考えがあるから。
もう今日は、ご飯抜きよ!」

――ご飯抜きと言われても、あの『鉄の棒』ではな……

自分にとっては同じことだ。
不覚にも思い出された空腹に耐えつつ、シュトロハイムはルイズと共にコルベールの研究室へと入っていった。

研究室内は、魔窟の様相を呈していた。
さながら、本の迷宮……大小さまざまな書物が所かまわず積み重ねられ、
人の背ほどの柱を、壁を成している。一つ倒せば、連鎖的に全てが崩れ去りそうだ。
本の量が多いのは分かる、だがこれでは取り出して読むことができないではないか
……そう考えたシュトロハイムの隣の『ブックタワー』が突然浮く。
そこから一冊が抜き出され、ふわふわと宙を漂う。

「『レビテーション』。コモン・マジックの一種よ」

本で囲まれた狭い通路、その前方を進むルイズが言った。

「ミス・ヴァリーエールか。こちらだ、来たまえ」

声と本に導かれ、二人は部屋の置くに。
これまた本で覆われた机に、コルベールが向っている。
開いているのは、先ほどタバサが持っていたのと同じ本だろうか。

「いや、すまないね。少し散らかっていて」
「いいえ、とんでもありません」

とは言いつつも内心では、これが『少し』か!! と突っ込んでいる。

「それで、お話というのは……」
「ああ、君の使い魔のことだ。シュトロハイム君といったかね。
少し、触らせてもらっていいかな?」

眼鏡をツイと持ち上げながら言うその仕草に、シュトロハイムは少々うろたえつつも頷く。
いくらなんでも分解されるということはないだろう。
それに、いつまでもゴーレム扱いはさすがに困る。

「ありがとう。ふむ……むむ、ふむふむ、うん、これは……」

医者の触診のような手つきでシュトロハイムの体を扱い、コルベールは大きく息を吐く。

「うん、やはりそうか」
「どうなんですか、コルベール先生」
「そうだな、結論から言うとすれば、このシュトロハイム君はゴーレムでは、いや、幻獣ではない」

コルベールの言葉に、ルイズは顔をサッと青褪めさせた。

「今調べたところでは、中心部分は人に近い要素が存在している。
だが、……って、聞いているのかね、ミス・ヴァリエール?」
「はい……」

沈んだ声。シュトロハイムが幻獣でないということ、人であるかもしれないということ。
それはすなわち、彼女の『サモン・サーヴァント』が失敗だったかもしれないということだ。
逆にほっとしたのはシュトロハイム。何せもしここで『お前はゴーレム』宣言を
されていたら、今後は『鉄の棒』で口を糊せねばならなかったのだから。

「それはさておき、だ。外側に使われている技術……これには正直、驚いた。
今の我々の技術では、実現不可能なものばかりだからね。
昨日シュトロハイム君が言っていた『異世界』とやらも、
あながち冗談ではないのかもしれない」
「それじゃあやっぱり、私の『サモン・サーヴァント』は……」
「いや、それは立派な成功だよ。左手部分の義手に、ルーンは浮き上がっているわけだから」

――おまけにタバサ君に探し出してきてもらった資料によれば、そのルーンはあのガンダールヴのもの……

声には出さずに付け加え、続ける。

「それに実際シュトロハイム君、これは推測だが……君は並みの使い魔よりも強いんじゃあないかね?」

眼鏡の奥で、コルベールの目が光る。シュトロハイムは、フンと鼻を鳴らした。
「俺は『並みの使い魔』というものを知らん。
だがこのボディーは我がドイツの技術力の結晶そのもの、そうそう遅れをとることはない!」
「だ、そうだ」
「ということは……」
――つまり、人間かもしれない使い魔だけど使い魔は使い魔ってこと?

首を捻る、ルイズ。

「つまり俺は、このヴァリエール嬢に仕えればいいわけか?」
――馬鹿め、上っ面だけ仕えたふりをして
裏ではこの世界についての情報ともとの世界に戻るための情報を探ってやるぞ!

内心を押し隠し、とりあえず頷くシュトロハイム。
互いに相手のほうを向き、二人の視線が交錯する。

――使い魔は使い魔……とは思ったけどこいつ、なーんか『上っ面だけ仕えるふり
してりゃそれでいいんだ馬鹿め』ってオーラが出てるのよねー。
なめられないように注意しなくっちゃ!

――なんだ、こいつ! この目は『疑う』目だ。『仕える』と言った俺のことを
『疑っている』! チィッ! すんなりだまして利用できると思ったが、
さすが『貴族』を名乗っているだけのことはあるということか!
――あ、今こいつ『チィッ!』って言った、『チィッ!』って舌打ちをしたわ! 
信用できない、理屈ではなく本能が私に『こいつを信用するべきではない』と
告げている! 冗談じゃないわ、このルイズが、
このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、
たかが『喋る使い魔』ごときになめられてたまるもんですか!!
――警戒レベルが上昇した!? 馬鹿な! くそ、なめていた、
こいつをなめて判断を誤っていた! 慎重に行くぞ、シュトロハイム! 
なんとしてもこいつの目を欺いて『もとの世界』への道を見つけ出す。
そして『幻獣』や『魔法技術』をドイツへと持ち帰り、祖国に利益をもたらすのだ!

「あ、いや、二人ともいったい何事だね?」

熱く熱ーく、それはもう燃えるように視線を交わせるルイズとシュトロハイムに、
部屋主コルベールが声をかける。彼が間に入らない限り二人はそれこそ永遠にでも
見詰め続けて――というか、睨み合い続けていそうだった。


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