イントロダクション―武装神姫・異説― ◆ACT//GA03c







   全高15cmのミクロウォーズ、始まる。






 西暦20XX年。

 第三次世界大戦も、宇宙人の襲来も、悪の秘密結社の暗躍も、
 巨大怪獣の出現も、異能力者の台頭もなかった、ごく当たり前の世界。
 その時代では、日常的に人を支えるロボットが存在し、様々な場面で活躍していた。

『神姫』。
 それは全高15cmのフィギュアロボである。
「心と感情」を持ち、最も人の近くにいる存在。
 多様な道具・機構を換装し、オーナーを補佐するパートナー。

 その神姫に人々は、思い思いの武器・装甲を装備させ、戦わせた。
 名誉のために、強さの証明のために、あるいはただ勝利のために。

 オーナーに従い、武装し戦いに赴く彼女らを、人は『武装神姫』と呼ぶ。



   ▼  ▼  ▼



 ――何もないところで、「私」は目を覚ましました。


 正確には、単純なパターンが無限にペーストされたような床と、空間に格子状のワイヤーフレームだけが浮かぶだけの世界。
 無機質というよりほとんど現実味がなくて、すぐに私はここが電脳空間のようなものなのだと思い当たりました。

 それにしても、私はどうしてこんなところで目覚めたのでしょうか。
 直前の記憶を検索してみましたが、どういう訳か該当するものがありませんでした。
 該当するメモリーがないのではなく、過去のメモリー自体がうまく検索出来ないことに、私は首を傾げました。
 もしかしたら、私はたった今はじめて「目覚めた」のかもしれない。
 そうだとしたら、何も知らないままの状態でいるのもおかしくないですから。

 目を落とすと自分の、人間の少女を模した……でも、人間ではあり得ない姿が視界に入りました。
 だって本物の人間の手は、手首のところでパーツが分割されていたりしないでしょう。
 手足にネジ穴もないでしょうし、ボディはペイントではなく、ちゃんとした服を着ているはずです。

 そう、私は人間ではありません。

 私は神姫。
 人間のパートナーとして生み出された、身長15センチのフィギュアロボット。
 形式番号はFL016、天使型MMS「アーンヴァルMk.2」。
 そして名前は……。


「……あれ?」


 やっぱりメモリー障害なのでしょうか。自分の名前が、思い出せない。
 神姫は起動時に、マスターによって個体名を登録されるはずなのに。
 なんだか、嫌な感じがします。
 まるで何か大変なことが私の身に起こっているのに、私自身がそれに気付いてないような――


『お目覚めですね、アーンヴァルMk.2』
「ひゃあっ!?」


 突然の呼びかけに声が裏返ってしまい、とっさに私は両手で口を塞ぎました。
 そして、自分の目の前に当たり前のように立っているもう一人の存在に気がつきました。
 さっきまではいなかったはずなのに。ここは電脳空間だからなんでもありなんでしょうか。
 だけど、最初の驚きの波が退いた後で私の目を惹いたのは、彼女の外見でした。


「あなたは……ネイキッド素体? ううん、パーツの分割が神姫と違う……あなたはいったい……」


 彼女は……体つきからして女性型なのは間違いないと思うのですが、目も口もなく、最低限の凹凸だけしか持たない姿をしていました。
 加えて全身は半透明で成形されていて、内部のメカニックがうっすらと見えています。
 ただ、ボディの構造とか、関節の繋がり方とか、明らかに神姫の素体じゃない。ネジ穴もありません。
 神姫じゃない、別のフィギュア。私が知らない、別のなにか。あなたは、だれ?

 私の疑問を察したのでしょうか。彼女は、自分から口を開いて(実際に口が動いたわけではないですけど)、自己紹介を始めました。


『自己紹介が遅れましたね。私は、figma(フィグマ)シリーズの女性型素体です。
 個体名はございませんので、呼称が必要な際は便宜上"Archetype:she(アーキタイプ・シー)"とお呼びください』
「figma……?」


 私のメモリーには存在しない単語です。武装神姫とは別のフィギュアロボットのシリーズなのでしょうか。
 ううん、そんなことよりも、今は彼女が私のことを知ってるってことの方が大事です。
 意を決して、私は質問を投げかけました。


「それで、えーと……Archetype:sheさんでしたっけ。私、どうしてこんなところにいるんでしょう? なんだか記憶がぼんやりしてて……」
「良い質問です。率直に申し上げましょう」

 良かった、彼女は事情を知っているようです。
 私は安心の吐息を漏らしました。そして、彼女の次の言葉を聞いて――そのままの姿勢で、固まりました。


『おめでとうございます。あなたは、この特殊状況自律総合戦闘実験、プロジェクト名"BATTLE ROYALE"の被検体に選出されました』


 ……彼女は何を言っているのでしょうか。
 戦闘実験? バトルロワイアル? 神姫バトルとは、違う? いったい何を、何のために……。
 私が思考を纏められないでいるうちに、彼女は淡々と言葉を繋いでいきました。


『この世界に存在するアクションフィギュアは、武装神姫だけではありません』


 彼女の言葉と共に、単調なワイヤーフレームだけの空間に次々と立体映像が浮かび上がっていきます。
 神姫もいる……だけどそれだけじゃない。
 男性タイプもいます。それどころか、変身ヒーローも、ロボットも、怪獣も。
 私自身も含めて、全部で60体。
 どれも姿がぼんやりとしか分からないけれど、私と同じくらいの大きさの、きっと同じ境遇のフィギュア。
 そして一人だけ別の場所に立っている彼女――Archetype:sheの言葉が、冷徹なほど静かに続きます。


『関節部に特殊機構リボルバージョイントを採用し、堅牢な構造と安定性を獲得した"リボルテック"。

 癖のない構造と広い可動範囲、そして豊富な拡張性による高水準の性能を備えた"figma"。

 変身ヒーローの立体化シリーズをルーツに持ち、互換性に欠ける反面戦闘向けのモデルが揃う"S.H.シリーズ"。

 リアルタイプの巨大ロボットを中心に多彩なバリエーションを有する"ROBOT魂"。

 その名の通り構成材に超合金を採用し、他のフィギュアとは一線を画す強固なボディを持つ"スーパーロボット超合金"。

 武装神姫とは別の角度から、少女型素体の外部装甲メカニックによる拡張を試みた"アーマーガールズプロジェクト"。

 それから――』

「ちょ、ちょっと待ってください! それが今の私が置かれてる状況と、何の関係があるんですか!?」


 叫ばざるを得ませんでした。
 全く話が見えなくて、それなのに嫌な予感だけが膨らんで、今にも押し潰されてしまいそうで。
 すると彼女の目が――正確には目があるはずの部分にあるくぼみが、真っ直ぐに私の方へ向いて、私は思わずたじろぎました。
 そしてその後に続く言葉を聞いて、私は彼女に本質を尋ねたことを後悔したのです。

『単刀直入に言いましょう。私のマスター、正確にはマスターを含む人間たちは、貴女達60体のフィギュアによる殺し合いを望んでいます。

 多種多様なアクションフィギュアによる総合的な戦闘実験データ。貴方達はそれを得るために用意された被験体です。

 ああ、命を持たない貴女方に殺し合いという表現は不適当ですね。とにかく、貴女がすべきことはただひとつ。

 貴女自身の自我を保存したいのであれば、持てる武装の限りをもって、速やかに自分以外の59体の自我を消去するだけです』


 その意味を理解するのに掛かった時間はほんの僅かでしたが、それを受け入れるのには数倍の時間を要しました。
 自分以外を皆殺しにして生き残る。それが、この実験の、意味。
 彼女、いえ、その背後にいる人間達の実験材料として、私や他のフィギュア達は、互いに殺し合わなければならない……?


 そんなのおかしいと、そう言おうとしました。

 何で殺し合う必要があるのかと、そう言おうとしました。

 いくら作り物だからって私達には心があるんだと、そう言おうとしたんです。


 だけど思考が絡まって、うまく言葉にならなくて、どう伝えたらいいのかも分からなくて。
 ようやく私の口から出てきたのは、ひどく自分本位な、自己嫌悪さえ覚えるような一言でした。



「……私のマスターも、それを望んでいるんですか?」


 もしかしたら、そうだと言ってほしかったのかもしれません。
 マスターが望んでいるのだとしたら、どんなに辛くても、どんなに理不尽でも、戦えるはずだと、そう思ったから。
 だけどArchetype:sheは、何を馬鹿なことを言っているんだと言わんばかりの口調で、こう告げました。


『貴女にマスターなんていませんよ。この実験のためだけに起動された、名無しの神姫さん』


 その一言を最後に私の意識は遠のいて、彼女も、ワイヤーフレームの世界も、59体のフィギュア達の映像も、見えなくなりました。



   ▼  ▼  ▼


「う、ううん……」


 今度こそ、私は現実の空間で目覚めました。
 時刻は深夜零時。室内に照明は灯っていないので、視界を暗視モードに切り替えて見渡します。
 ここは民家の一室……子供部屋でしょうか。勉強机の上に横たわっていた体を起こすと、徐々に自分自身の状態が認識出来てきました。

 私は、アーンヴァルMk.2。個体名、無し。マスター登録――無し。
 武装チェック。戦闘用パーツは問題なく使用可能。ただ……武装のリミッターが解除されてるみたい。
 この状態なら、壊せる。他の神姫も、あるいはそれ以外のフィギュアも。何の問題もなく、コアやチップごと壊してしまえる。
 それから……記録領域に複数のデータファイルを確認。実験の詳細ルールと補助アプリケーションがインストールされてる。
 もう、疑いようはありません。


「夢じゃなかったんだ……本当に、私、これから殺し合いを……」


 私は、交差させた腕で自分自身の両肩を抱いて、震えました。
 これから、恐ろしいことが始まる。私ひとりでは逃れられないような、恐ろしいことが。
 その予感が実感に変わるのが、ただ怖くて。
 その時、あのサイバースペースで聞いた「彼女」の声が、直接電脳内に響いたのです。


《おはようございます、皆様。現時刻を持って戦闘実験『BATTLE ROYALE』を開始します。
 申し遅れましたが、今後のオペレーションは私、Archetype:sheが行います。
 改めて確認するまでもありませんが、皆様は人間によって管理された機械人形に過ぎません。
 くれぐれも反抗などという身の程を知らない行動は謹んでくださいますようにお願い致します。
 願わくばこの実験で、各々が自分の存在をつまらないオモチャでないと証明してくれますよう。
 それでは、健闘を祈ります。六時間後にまたお会いいたしましょう》


 声はそれっきり途絶えて、再び夜の静寂が帰ってきました。
 電子頭脳へと直接情報を送り込んできたのは、やろうと思えばそれ以上のことも出来るという警告なのかもしれません。
 私はおぼつかない足取りで勉強机の端まで歩みを進め、それから身投げするように宙へと体を投げ出しました。
 直後、全身を光が包み――転送された武装を纏い、開いていた窓の隙間から、私は真っ暗な夜空へと飛び立ちました。

 まだ頭の中はごちゃごちゃです。誰かを壊してしまうなんて嫌です。
 だけど……何も分からないまま壊されるのも、嫌だったから。

 こんな時、私にマスターがいてくれたら……ありもしない仮定を首を振って打ち払うと、私は風を切って加速しました。
 闇の中へ……あるいはもしかしたら、絶望の運命の中へと。





【総合自律戦闘実験"BATTLE ROYALE"――開始】



      【残り60体】


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最終更新:2014年05月10日 20:45