もしも、京介が桐乃とぶつからなかったら 中編



思えば部屋に上げたのが間違いだった。
仕事の疲れとアルコールのせいで判断力が鈍っていたとしか思えない。
我ながらとんだ迂闊さである。

「ねぇ、次の号のジャ●プとってー」

「へぃへぃ…」

リノと名乗る少女は俺からジャ●プを掻っ攫うように奪うと手に持っていたジャ●プを手元に積み上げた。
下半身をコタツに埋没させ、うつぶせの姿勢でコーラをすすりながら我が家に放置されたジャンプを読んでゆく女子高生。
まるで自分の部屋がごとくの落ち着きようである。
ちなみに署からパトカーが駆けつけてこのモンスターを回収しに来ることは無い。


…断っておくが俺は家出女子高生を自らの家に囲った訳ではない。
リノを部屋に入れてコタツであったまってろと指示をし、そのまま電話に手を伸ばそうとした途端真横からその電話を奪われ、署に連絡できなかったのだ。

「質問に答えれば逮捕しないって言ったじゃん!」

電話を抱きしめるようにしてリノが言う。
一々イラついてるわけにも行かず、俺は冷静になれと自分に言い聞かせて切り返した。

「…あのな、夜に警察手帳を出さずに質問したのは俺だしお前は未成年だから器物破損は多めにみてやってもいいが、
誰も補導しねぇとは言ってねぇんだよ。家出少女は少年課行って説教食らうのがお似合いだ。」

ニヤリ、と笑う。

「…キモイどや顔…」

「うるせぇ…電話返せ!」

むー、と数秒俺を睨んで、何か閃いたかのようにこんどはリノが笑った。

「あんた、この状況分かってる?」

「はぁ?」

「今私が大声出して助けを呼べば、あんた人生終わりよ?」

「ほぅ…器物破損の次は脅迫か…おまけに公務執行妨害だな…」

互いに不適に笑いあうが、どう考えてもリノの方に分があった。
さきほどの公園と打って変わって、ここは紛れも無い俺の部屋である。
本気で暴れだされた上に自分で服を破かれては俺の立場が危うい。

「だがそうなれば結局は警察署行きだな?」

「…うん、それは嫌だ。だから協力してよ」

「……てめぇ…」

という経緯なのだが、まぁ、つまるところ俺という人間の迂闊さが招いた結果だった。
いや、疲れてたんだよ。酒も入ってたしさ。

リノが読みかけのジャンプを放り出した。

「ねー、あきたー。なんかファッション雑誌とかないー?」

「男性向けのFU●GEなら…」

「バっカじゃん?何で男物読まなきゃなんないわけ?てか私FU●GEみたいなストイックなガーリー系より
Zi●perとかCa●Canみたな甘いのも混じってる系が好みなんだけど?」

「知るか!…なんだその目は」

「…買ってきて?」

「ぶっ飛ばすぞテメェいい加減にしろよこのアマ」

「てかパソコン無いのこの部屋?つぅか狭いー」

ゲシゲシとコタツの中で俺の脚を蹴る女子高生。
ここは警察官としてではなくいち大人として拳骨を振るうべきではなかろうか。

「ねぇよ!悪かったな!」

「てかパソコン無くてどうやって仕事すんの?」

「俺宛に届いたメールは携帯に転送されるんだよ…お前が壊しちまったけどな」

ぎろり、と恨めしくリノを睨む。

「ねぇ、あたしおなかすいちゃった。ピザ頼んでよ」

「お、おだ、dだkjbヴぁだs」

き、聞いてねぇー!
どうすればいいのこの子?
てか異様に馴れ慣れしいのは気のせいか?
人様をなめ腐りやがって…。

「っくそ、お前見てると妹見てるみたいだ」

「……はぁ?」

「ッチ、なんでもねーよ」

忌々しげに電話の受話器をとる俺。

「!っ…あんた警察署には」

「ピザ取るんだよ!」

時刻は11:45分
「ピザ法度」のラストオーダーに間に合った俺はふらふらと立ち上がり目をこすりながら脱衣所に向かった

「風呂入るから部屋のもの弄るなよ」

「コタツとベッドとジャンプしかない部屋の何処を弄ればいいの?」

「…洗濯物の山とか?」

「あ、っていうか私もお風呂入りたい。あんた洗濯物畳んでれば?」

「……」

何度も繰り返すようだが、俺は連日の仕事の疲れとアルコールで体力が芋虫程度もないのでこんな風になっているのであって、
決して普段からヘタレているわけではない。
8時間寝て全快になればこんな小娘、問答無用でビンタ2、3発食らわせて黙らせてやるのに。
そんな俺をよそにおもいたったが直ぐ行動でリノは俺を退かせて脱衣所に入っていった。
しばらくして、はっと気付く俺。

「お、おい、お前着替えは…」

「!ーッ!!」

2、3発女子高生のビンタを食らった後、ノロノロと洗濯物を畳み終えてしばらくするとピザの配達がやってきた。
金を支払ってちょうど箱を開けたところでタイミングよくリノが風呂から上がる。

「ふー、すっきりしたー。」

「ッチ」

上がる前に半分以上食ってやろうと思ったのに…。

「ね、なんであんたの家って家電もぼろいのばっかなのに洗濯機だけ乾燥機つきの新しいのなの?」

「まず自分の家のように勝手に冷蔵庫を開けてコーラを飲むのは止めてくれな…って、おまえそんな格好で出てくるな!」

何考えてんだこの餓鬼、バスタオル一枚体に巻きつけた格好で出てきやがった!

「しょうがないじゃん服は今洗ってんだし、つかいい年した大人がこんなんで恥ずかしがるとか…あんたまさか…ぷぷぷ」

「お前が何を考えたかは想像は付くがそれ以上口走ったら今すぐピザを窓から捨てるぞ」

俺が風呂から上がったころピザは一枚たりとも残されていなかった。
それほど食べる体形には思えないが、よほど腹が減っていたのだろう。

「…ん?」

ベッドを見ると我が物顔で布団を占領して寝息を立てるリノの姿に、突然、既視感が沸いて視界が揺さぶられた。
酒のせいもあるが、多分、この幼い寝顔が妹の姿と重なったのだろう。
断定できるほど妹の寝顔なるものを憶えてないのだが…最後に声を聞いたのが4年以上前か。まともな会話は10年もしていない。
ましてや寝顔なんざ…それこそ小学校低学年のころまで記憶を遡る必要があるだろう。

「っくそ」

俺は悪態と共にはみ出した肩に布団をかけ戻してやり、コタツのなかに体を滑り込ませた。
携帯を折られるわピザをおごらされるはベッドを占領されるわ、おまけに大っ嫌いな妹のことを思い出すわ、つくづくな日である。
ああ、もう、考えたくない。
コタツでは寝づらいが、疲れによって程なく睡魔が襲ってくれることを願って俺は瞼を閉じた。



妹――――――高坂桐乃は、生きていれば二十歳。多分生きてる…と思う。
俺の三つ下で現在行方不明――――おそらく親父は居場所を知っている…はず。
兄妹仲は悪い方と迷わず断定できるほど悪く…いや、それ以前に会話すら成立しない冷戦状態にあったと思う。
俺が知る限り、文武両道眉目秀麗の言葉が完璧にあてはまる唯一の人間で、それと同時に俺の目の上のたんこぶでもあった。
桐乃は俺のことを軽蔑し、俺は妹を疎んじ…自然と冷戦に突入していったわけだ。
そんな兄から僻まれるほど優秀で両親の寵愛も一身に受けていた妹が、中学二年の夏至ごろ、家を出た。
直前に親父となにやら大喧嘩をしたらしい。その日のうちに便利屋のような業者がやってきて、親父と一緒に桐乃の部屋でなにやら掃除をはじめ、
リアカー二台分の「何か」を回収して去っていった。
桐乃が家を出たのはその次の日だった。





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最終更新:2011年04月27日 23:13
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