とある二人の休日模様 02


ふと時計を見ると3時を少し過ぎたところだった。
さっきから俺達は、とある店の前で順番待ちをしている。
落ち着いた佇まいの外観と、お嬢様然とした内装。そして外にいても微かに匂ってくる甘い香り―――。
忘れるはずもない。前回の偽装デートの時にも行った、あのスイーツショップだ。
別に来る予定は無かったんだが、少しばかり小腹が空いちゃってさ。そん時にたまたま近くにあったから寄ったって訳だぜ。
なにも桐乃が行きたそうにしてたからだとか、そんな理由では断じてない。
まあそんな事はさて置いて、まだ呼ばれるまで時間がかかりそうなので、俺は改めて周囲へと意識を向けてみる。
この前とは少し違い、今日は大勢のカップル達で賑わっている。確かあの時はカップルなんかほとんど居なかったんだが、
何かのイベントでもやってるのだろうか?
ともあれ、そんなカップル達は仲睦まじく言葉を交わし、またはお互いにじゃれあったりして、あまーい空気が場に充満している。
もっとも、俺達も傍目には同じように見えているんだろうけどな。へへ。
そんなくすぐったい思いで桐乃を見ると、向こうも俺を見ていて、がっつりと目があった。
「な、なに?」
桐乃の顔が見る間に赤く染まっていく。と、
「もっとこっち来いよ」
「は?」
「いいから」
ぐいっと強引に桐乃の体を引き寄せる。
「あ、あんた…?」
「嫌か?」
「別にそういうんじゃないケド…」
少し俯きながら桐乃が身を寄せてくる。
甘い空気にあてられたのか、それとも何か別の事なのか…。ともかく桐乃の顔を見た瞬間、こうすること以外の選択肢は消えていた。
どうしてだかは自分でも良く分からねーんだ。まるでバカップルみたいだが、それでもいいさ。
むしろ、そう見ろってなもんだぜ。ただし、誰でもって言うわけにはいかないが。
「…ところで今回は大丈夫だろうな?」
「なにが?」
「この前の加奈子みたいに、俺達の事知ってる奴に会っちまわないかって事だよ。あいつはアホだったから良かったけどよ」
これだよ。こんな状況を知り合いに見られるのは非常にまずい。
一応は、この関係ってのは極一握りを除いては秘密のままなのである。
だけど
「あーそれなら平気」
俺の心配をよそに、ひらひらと手を振って桐乃が即答する。
「加奈子以外であんたの事知ってるのなんてあやせとランちんくらいだから。あやせは仕事だし、ランちんは予定があるって
言ってたし、だから大丈夫」
と言う事だった。

なるほど。確かにそれなら「そこら辺」はそんなに警戒する必要もないのかもしれない。
俺の方にしても、桐乃の事を知っているのなんて麻奈実やゲー研の連中以外にゃいないし、こっちも特に問題は無いはずだ。
麻奈実が一人でこんな店にくるとも思えないし、野郎どもならなおさらだしな。
まあ、部長ならラブタッチの「彼女」と一緒に来たりする可能性も無きにしも非ずだが、いくらなんでもさすがに無いだろう。…と信じたい。
「だけどさあ」
だが俺は、それでも一抹の不安を言葉にする。
そこまでの知り合いじゃなくても、学校の奴らや近所の誰かに見られたりしたらどうする?
前回だってそういうのでかなりビビってたよな、お前。
もし誰かに見られて、そっから話が広がって、それでバレたりでもしたら―――。
「別にいいよ」
俺の心をあたかも見抜いたかように制して、桐乃が言った。
「そりゃ見つからないに越した事はないけど、もしバレたらそれはそん時だから。そんなの最初から覚悟してる事だし」
「お前…」
その言葉に胸が熱くなった。
まったく、お前って奴は本当に凄いよ。それに引き換え、いつまでたっても俺は情けねえ。
後悔はしないとか言っておきながら、実のところは俺が一番ビビってたんだ。
くそったれ。本当に馬鹿だよ。いいぜ、今改めて言ってやる。例えこの先どんな―――
「それに、どうせ誰も信じないだろうしね。あんたみたいな地味面があたしの彼氏だなんてさ~。最悪、イザとなったら
あんたに無理やり連れてこられたって事にすれば良いしぃ」
おいコラ!俺の感動を返せ!
てかそれ言う?普通言わないよね!?今までやったどのエロゲーにだって、こんな場面でそんな落とし方するシーンなかったけど!
あーいかん。やる気が一気に無くなってきた。どっかのとある主人公並みに臭い台詞吐こうと思ってた矢先だし、余計にダメージがでかいわ。
「ねえねえ、それよりもさ」
「あん?」
なに?お前まだ俺になんか言ってくんの?いっとくけど今の俺のライフはゼロよ。
「あれ、もう一回見せてよ?」
期待に満ちた桐乃の瞳だった。
はあ…仕方ねえな。
「ほらよ」
渋々手を差し出す俺。何の変哲もない手である。ただ一点、その指先を除いては。
「へへっ。おそろおそろ」
嬉しそうに桐乃が自らの手を重ねてくる。
その指先には、俺のと同じ指輪が光っていた。

ペアリング、というヤツらしい。
ここに来る前に寄ったアクセサリーショップで桐乃が選んだ物だ。
プレゼントしてやるつもりではいたにも関わらず、内心はどんな高い物買わされるかとドキドキだったんだが、
意外にも桐乃が選んだのはそう高くもないこれで随分とホッとしたもんだ。
その代わりにその場ではめる事を強制されたけどね。
はっきり言っておくが、恥ずかしいったらないんだぜ。
普段アクセサリーなんて着けない俺にしてみたら、まずこういうのを着けるって事自体になんか抵抗がある。
しかもいきなりお揃いで、さらにそれを見せっこだしな。恥ずかしいってレベルじゃねえぞ!

まあ、だからって別に嫌だって訳じゃねーけどな。
俺と桐乃の関係をこれ以上ないくらいに表してる物だし、恥ずかしいけど嬉しいよ。
それに、さっきから周りの野郎どもが俺達(主に俺)を、驚きと若干の嫉妬が混じった視線で見てくるので、それが少しばかり心地良いしね。
へっ、どうだ。俺の桐乃は可愛いだろ。はっきり言って世界一だぜ。
でも変な目で見たらブッ飛ばすかんね。ペッペッ。
と、なんだかんだで復活してきた俺であったが
「イブの時もピアス買ってもらったけどあれは半分取材だったし、だからこれって初プレゼントじゃん?
超嬉しいし、ずっと大切にするから。その……ありがとね、きょうすけ」
重ねた指を絡ませながら桐乃が呟いた。
一瞬、魂が抜けてしまったかと思った。
今のそれ、お前反則だろ。場所が場所じゃなけりゃ、今すぐに抱きしめてやりたかったよ。
「あ、ほら。あたし達の番じゃない?」
名前を呼ばれたのにも気付かなかった俺を、桐乃が店内へと引っ張って行く。
落とされたり持ち上げられたり、本当にいつもいつもこいつには振り回されてばっかりだ。
でもいいさ。いつまでだって振り回されてやんよ。


* *



「結局食べきれなかったかあ」
「てかありゃ無理だろ」
店を出てプラプラと歩きながら、俺達はさっきの感想を口にする。
頼んだのはカップルセットとかいう、やたら馬鹿でかいパフェとドリンクのセットメニューだった。
どうやらカップルしか頼めないらしく、お陰さまでストローやスプーンが二本刺さってたりして、量以外にも相当な代物だったよ。
実際いろいろとあったんだが……まあ今それを話すのは止めておこう。
「完食したら記念品もらえたのにさ。なんでもっと頑張んなかったの?」
「俺を殺す気かよ」
「今日は仕方ないけど、次、次は完食だかんね?」
「…へいへい」
口の中に残る甘ったるさにウンザリしながら、俺は相槌を打つ。
でもお前、残念がってる割には随分と笑顔じゃんかよ。
相変わらず意味わかんねえけど、それなりに頑張った甲斐もあったのかもな。
「さて」
一つ背伸びをして気持ちを切り替える。
「それじゃあ最終目的地にいくか」
と―――

「…桐乃?お兄さん?」

あ、俺死んだな。





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最終更新:2010年11月22日 16:01
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