家族ゲーム


トラブルってやつは前触れも無くやってくるものだ。
ここ一年で、主に妹から唐突に持ち込まれるトラブルにも大分慣れてきたつもりだったが、正直今回のような事態はまったく想定外だった…。

その日は期末考査最終日で、昼過ぎに帰宅していた。いつものようにただいまと声を掛けたが、家には誰もいなかった。
「ああ今日からだったな…」
今日から三日間、両親は親戚の十三回忌に出るため家を空ける事になっていたったっけ。
空腹を抱え冷蔵庫を漁るが、昼飯になりそうなものはなかった。お袋…俺今日は昼に帰るっていったよね?息子の昼飯準備する気ナッシングですか!?
俺は昼飯を求め台所中を探索し、戸棚から日清ラ王と袋入りのチキンラーメンを発見する事に成功した。
ポッドの電源も抜かれていたのでケトルで湯を沸かす事にした。少々迷ったが俺はラ王を食べる事にした。
封を切り中身を取り出しながら、もうすぐラ王が終売になる事を思い出した。かつては生麺タイプのカップラーメンという事で、既存のカップラーメンより高級感を感じさせる事が売りだったラ王。
しかし今やコンビニやスーパーでも生タイプのラーメンやそばが売られているご時勢で、普通のカップ麺より高く、乾燥かやくや粉末スープという半端な構成のラ王は過去の存在になりつつある。
手軽に食べられる生麺というジャンルが広く浸透し市場を定着させた時に、ラ王は既に役割を終えていたのかもしれない。
そしてふと桐乃の事を考えた。あいつの「人生相談」から始まったこの一年、様々なトラブルに巻き込まれた。
場合によっては自分から首を突っ込みにいったりもした。新しくできた友人達の手も借りながら、なんとか解決してきた。
でも…もういいのかも知れない。沙織も黒猫もそしてあやせも、本来「桐乃の」友人だ。なし崩し的に俺個人との付き合いも続いているが、普通に考えたら友人の「兄貴」がグループに混ざっているのはイレギュラーな事だ。
もちろんあいつらの事が嫌いなわけじゃない。けど桐乃が持ち込むトラブルとあいつらの優しさに甘えていたんじゃないだろうか?
沙織と黒猫という同じ趣味を持つ友人を作り、あやせとの崩れかかった友情を修復した時に俺の役割は終わっていたんじゃないのか?
ピーッ
そんな事をぼんやりと考えていた俺の意識をケトルの笛が呼び戻した。

出来上がったラ王に箸をつけようとした時に携帯が鳴った。あやせからだった。
渋々箸を置き、電話に出た俺の耳に信じられない言葉が飛び込んできた。
「桐乃が怪我……!?」

指定された病院に駆け込むと、待合室であやせが待っていた。
「お兄さん、こっちです!」
「あ、あやせ!桐乃は!?」息せき切って俺は尋ねた。電話でのあやせは動揺していて、桐乃が怪我をした。とにかく病院に来てくれと繰り返すばかりで、俺も詳しい情況を把握していない。
「こっちです」
あやせは俺の手を握ると廊下の奥へと歩き出した。そして歩きながらぽつりぽつりと事故の様子を話してくれた。
下校中の歩道橋で足を滑らせ頭から落ちた事。意識を失い目を開けなかったので慌てて救急車を呼んだ事。
「怪我は頭に軽いこぶができた位で、意識もすぐに戻ったんですけど…」
あやせは一つの病室の前で立ち止まるとこちらを向いた。
「あの…驚かないで下さいね?」
「桐乃!」
あやせのいまいち要領を得ない説明に不安を煽られ、俺は病室に飛び込んだ。
病室は個室だった。ベッドの上には上半身を起こした桐乃がおり、脇には医者と看護婦(いや今は看護士って言うんだっけ?)が控えていた。
桐乃は、扉の開く音に反応したのかこっちを見ていた。事故にあったのがショックだったのか不安気な表情を浮かべたまま俺を見つめていた。
と、その表情がみるみるうちに満面の笑みに変わると桐乃は
「おにいちゃんだ~!!」
ベッドを飛び降りるないなや、俺の胸に飛びついてきた!え?何?これ新手のドッキリ?
予想外の展開に呆気に取られていると、医師が声をかけてきた。
「ご家族の方ですか?」
「は、はい。兄です」
「桐乃さんの容態についてご説明したいのですが、診察室の方までよろしいですか」
「はい、わかりまひたぁぁ!?」
別にアヘ声を出したわけではない。桐乃が突然俺の頬をつまんで引っ張ったのだ。
「何すんだよ!」
慌てて桐乃の手を引きはがし、軽く睨むと
「えへへ~」
と無邪気に笑い返してきやがった!おかしいよ!この娘なんかおかしいよ!
「き、桐乃?俺、先生からお前の具合聞いてくるからちょっと待ってろよ」
「や~、おにいちゃんといっしょにいる~」
そう言いながら、俺のYシャツをキュッと掴んで離さない。困惑している俺を見兼ねたのか、あやせが助け舟を出した。
「桐乃、お兄さんね、お医者さんと大事なお話があるの。すぐに戻ってくるから、それまでお姉ちゃんと遊んで待ってようか」
「え~でもぉ…」
俺とあやせを交互に見ながら逡巡する桐乃。すかさずあやせが畳み掛ける。
「桐乃はいい子だから、お兄さんを困らせたりしないよね?ちょっとの間我慢できるでしょう?」
「……うん、わかった…」
そう言うと桐乃は俺から離れると、あやせに手を引かれチョコンとベッドに腰を下ろした。
俺は医者に促され「おにいちゃん!はやくもどってきてね~」という声を背に病室を後にした。
まったく、どうなってんだろうね一体。


「幼児退行!?」
医者の口から語られた内容に、俺は間の抜けた声を出した。
いわく、頭を打ったショックが原因で一時的な記憶の混乱が起きてる。自分を六歳児だと認識している。ただし断片的に現在の記憶も持っている。
「そんなマンガみたいな…」
「エロパロ板で有り得ないという事は有り得ない!」
「え?」
「失礼。桐乃さんはあなたを瞬時に見分けましたね。意識が完全に六歳児ならあなたを判別できないはずです。記憶が混在していると言ったのはそういう事です」
ともかく、外傷も軽く脳波の検査でも異常は見られないという事で帰宅しても構わないという事だった。
病室に戻ると、桐乃とあやせはしりとりをしていた。
「ん~とね……ぴあす!」
「じゃあ、西瓜」
「か、か…かりびあんこむ!」
「桐乃、何それ…」
「んとね~…わかんない!」
OK。確かに記憶が混在してるようだ。つーかよりにもよってそれかよ!
放っておくと、あやせの前で俺のシークレットファイルが次々と開示されそうなので、しりとりを止めさせる事にした。
「待たせたな桐乃。さぁ家に帰ろうか」

病院を出た所で俺はあやせに礼の一つも言っていない事に気付いた。
「あやせ、今日は本当にありがとな。俺一人だったらどうしていたらいいか分かんなかったよ」
「いえ私こそ…要領得ない電話でお兄さんを驚かしたみたいですみませんでした。でも桐乃の怪我が軽くて本当によかった。記憶の方も家に帰ってお父さんやお母さんの顔を見たら落ち着くんじゃないでしょうか」
その言葉に俺は両親がいない事を思い出した。その事をあやせに説明すると
「今日から桐乃とお兄さんが二人っきり………!?」
人を性犯罪者を見るような目で見るのは止めてくれませんかあやせさん…。結構傷つきます。
「まぁそれはそれとして…ご飯の支度とか大丈夫ですか?」
あぁ飯か…。ファミレスか出前で済まそうかと思っていたが、そんな感じでもなくなったし
「まぁなんとかするよ。チキンラーメンの買い置きもあったし…」
「チキンラーメン!?夕食がチキンラーメン!?」
そう答える俺を、あやせは今度は狂人を見るような目を向けてきた。まぁさすがに、夕食がチキンラーメンだけじゃ侘し過ぎる。栄養バランスも悪いし。あやせもその辺が気になったのだろう。
「大丈夫だ、ちゃんと卵も落とすし…」
「そういう問題じゃありません!!」
カミナリが落ちた。そ、そんなに肩で息をするほど興奮する事か?呆気に取られている俺にあやせは宣言した。
「こうなったら桐乃とお兄さんのお夕飯は私が作ります!」
……………え?
「今の桐乃は六歳なんですよ。ご飯の支度だけじゃありません。お風呂や着替えなんかお兄さんが一緒にするわけにいかないでしょう。まぁやるといっても私がさせませんが」
ああ確かに。さら続けて
「わ、私だってお兄さんと一つ屋根の下で寝起きするなんて危険な事したくないですけど、これも桐乃の為ですから仕方ありません!いいですね!?」
頬を染めながらあやせは言い切った。こいつ…どんだけ桐乃の事大好きなんだよ。
ちょっと引いてしまったが、両親が留守である高坂家に、援軍としてあやせが来てくれるのはありがたい。だから当然俺はこう答えた。
「よろしくな、あやせ」





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最終更新:2010年11月22日 16:15
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