いつものようで違う景色(仮) 02


――ジャリ

乾いたアスファルトを力強く踏みしめながら歩く。
ここは秋葉原駅電気街口。外に出るとすぐ目の前には大型電機店があり、数十メートル先に進むと
今や秋葉原では漫画やアニメなどを取り扱っていることで有名な某店舗が姿を現す。
さらにこの先の中央通りやそこからそれた裏路地へ進むと、これまたアニメや漫画、さらには
フィギュアやコスプレ衣装などを売る店やパソコン本体やその部品、アクセサリを取り扱う店がが所狭しと並んでいる。
そう、ここは電気街であると同時に「オタク」の街でもあるのだ。そこに、一人の美少女が現れた。

「……ようやくこの地に辿り着くことができましたわ」

いつかの西部劇ものの映画のように砂混じりの風が吹き荒れた……ようにみえたのはさておき
そう呟いた彼女はその場にそぐわない恰好をしていた。
地味なワイシャツにどこにでも売っているジーンズパンツ、そして頭にバンダナを身につけた時代外れの彼女の名は槇島沙織。
身長が百八十センチメートル以上もある彼女が道を歩くと道行く誰もが立ち止り茫然自失した。
おかしな格好をしてもその美貌は健在のようである。

「長かった……お家の行事で数ヶ月も空けてしまわれましたが、今やっと抜けることができました」

長く出かけることができなかった辛さからか、彼女は目を潤ませていた。

「ぐすっ……懐かしんでいる場合ではありませんでしたわね。もう戦争は始まったばかりですわ」

沙織はターゲットとなる店に目を向けた。
そこはラジオやフィギュアなどが売られている某会館とアニメのDVDや漫画、グッズなどが売られ
特定の日にはイベントも開催される某店舗が構えていた。

「まずはそこのラ○オ会館! コト○キヤへ赴き限定フィギュアをゲットしますわ!
次はそこのゲー○ーズ! イベント配布整理券を早めに受け取ること!
あとは中央通りに出て……もう時間が勿体ないですわ! 待っててね、わたくしのグッズたち~!!」

彼女はにやけ顔で猛ダッシュで目標へと駆け抜けていった。
道行く人々は目を点にしながら未だ呆然としていた。

某メイド喫茶。
ポスターを掲げたリュックサックを椅子の上に置き、箱に入った戦利品のフィギュアを
よだれを垂らしながら息遣いを荒くしながら見つめていた。

「ハァ…ハァ…やっぱりこのキャラクターはミニミニな衣装が最高ですわ。
はみ出してしまわれてもおかしくない格好で必殺技をぶっ放つ……なんて萌えるのでしょう」

セクハラおやじがここにいた。
店員のメイドや周囲の客は最初こそ格好が変であれど、彼女の美貌に釘付けになっていたが
まるで他人を気にしない彼女の夢中っぷりにドン引きしていた。

「ハァ…ハァ…そしてこの足……ハッ!? い、いけない、つい夢中になってしまいましたわ!」

ま、気にしない♪今日のところは満足ですわ♪と頭の上にも音符があるように今日は気分上々のようである。
とりあえず頼んでおいたコーヒーを一口飲み、軽い食事をしようとメニューに手を伸ばそうとしたら、レジの方から騒がしくなっていた。
沙織は気になって近づいて覗いてみると、男の店員と客とで揉めている様だ。

「どういうことかしら? 折角こんなところまで足を運んできたというのに、サービスがなっていないんじゃないの?」

「ですからお客さん、そのサービス券はつい先日有効期限を切らしてしまいまして、もう使えないのですよ。
申し訳ありませんがお引き取り願いませんかね?」

「はぁ~……たった先日切らしただけで使えない、おまけにわざわざ足を運んだ客を追い払おうとする。来るメイド喫茶間違ったかしら?」

「はぁ~~~………シクシク…」

男の店員はレジの向こう側にいる他の店員の方を見る。しかし誰も彼に助け船を出す者はいなかった。
それだけその客に対応する自信がなかったのだろう。
沙織は店員と揉めていた客に注目していた。
長髪かつ黒髪で身長は一般女子中学生より低め、服は黒一色のパーカーに白の線が入った有名スポーツ会社のジャージを着た上から下まで黒一色の「少女」だった。
沙織は口をω(こんなふう)にしてニヤけていた。なにかを企んだようである。


「で、どうなの? このサービス券が使えるまで私は帰らないわよ?」

「ですから~」

「申し訳ございませ~ん♪ この子はわたくしの妹でして、探していたのでしたがこんなところにいたなんて。
連れていくので今までのことはなかったことにしてくださいな♪」

「えっ……そういうことでしたら」

「なっなんのつもりでムグッ」

沙織は少女の口を塞ぎ抱きながら自分の席へと戻った。
少女は口を抑えている手をほどこうとするが思った以上に力が強くそのまま為すがままになっていた。
ポンッと隣の椅子に座られて少女はいかにも不機嫌さを表していた。

「で、これはどういうことかしら? 見ず知らずの赤の他人を強引に連れてきた、この状況を詳細に説明してもらいましょうか?」

「まあまあ、いいではないですか。そのお詫びと言ってはなんですが、ご一緒にお食事というのはどうでしょうか?」

「食事……ま、まあ詫びならば付き合わないことはないわね」

「ふふふ、ではメニューをどうぞご覧あれ」

「むぅ……じゃあオレンジジュースを」

「ふむ、幼い女の子の○蜜、ですか。ではわたくしは」

「えっと……私の耳が腐ったのかしら? 今幻聴が聞こえたような気がしたのだけれど」

「まあ、幻聴だなんて。軽いジョークのつもりでしたのに」

「そのようなジョークを振られる私の身にもなってほしいわ。全く、やっぱり変えるわ。ロイヤルミルクティーを」

「はぁ、男性の○○ミルクですか。ではわたくしは」

「……ごめんなさい、選択ミスだわ。コーヒーを」

この後も色々と沙織の暴走発言が飛び交う中、しばらくして
ホットコーヒーとホットティー、さらにはクッキーやケーキなどの洋菓子が六品も持ち込まれた。

「えっ……わ、私こんなの注文してないわよ? あの店員、さっきの件へのあてつけかしら?」

「いえいえ、これはわたくしが注文したものですの。さあ、遠慮せず召し上がれ」

「こ、こんなに? あなたが? い、いくらなんでもここまでしてなんて誰も……」

「いいですのよ。これはわたくしがしたくて行ったことなのですから。
さあ、飲み物が冷めちゃいますのでそろそろ召し上がりましょう」

「ちょ、ちょっと……はぁ、いただきます」

さっさと飲み物に口をつける沙織を見て、少女は呆れながらも
目の前にある煮詰めたりんごがのっているタルトに手を伸ばした。
フォークでザクザクと分け、口に放り込む。

――美味しい……

思わず顔が緩みそうだった。自然と一口、また一口とフォークが進んでいく。
気がつけば二つ目のケーキに口をつけていた。

「どうでしょうか、美味しいでしょう? ここのメイド喫茶のお菓子は美味しいと評判なのですよ」

無我夢中でケーキを頬張っていた黒猫は沙織の声で我に返り、慌てて口元をナプキンで拭いて平然を装った。


「ま、まあまあ美味しかったわ。やっぱりこの喫茶店を選んだのも間違いじゃなかったようね」

「ふふふ、まあそういうことにしましょう。……ところで、先ほどから気になることがあるのですが」

「なにかしら?」

「ケーキも美味しいですが、よくみるとあなたのほっぺたも
弾力がマシュマロみたいにありかつ柔らかそうでとても美味しそうですわ」

「ブッ!……いきなり何を言い出すの…!?」

「それにこんなに可愛らしい容姿をしているのだからそんな地味な格好ではなくもっと女の子らしい服を着なさいな。
例えば少し風が吹いただけでチラリとめくられるひらひらのミニスカートとか」

「そんな恰好をしている貴女に地味とは言われたくないわ。……というか、貴女、こういう風に言われたことはない?」


「エロ親父のような性格ねって」
「エロ親父のような性格だなってさ」


「んもうっどうしてわかったのですか?」

ところ変わってメイド喫茶とはガラッと変わりモダンな空間が漂う喫茶店で沙織と彼女はお茶をしていた。
今、沙織はメイド喫茶(オタクであることをばれないようにメイドがいることを伏せて)で
とある少女と出会った時のことを彼女に話している最中であった。

「何でってわかりやす過ぎだからだろ。あんたは可愛い女の子を見るとデレデレするしな」

「失礼な! そんなことは」

「あ、後ろに小学生の女の子が二人」

「え!? どこ! どこですの!?」

「釣られてんじゃん……ほらよだれ吹きなってば」

「うぅ……騙しましたわね…」

自業自得じゃん、と彼女は呆れながら笑っていた。沙織は口をε(こんなふう)にしてすねてしまったようだ。

「それはいいとして、それでその後その子はどうしたんだ?」

「はぁ、それから……」

「んもうっ、さっきはエロ親父なんて言ってひどいですわ、プンプンッ」

「既にその話し方からして雰囲気を醸し出しているじゃない。
まあツッコみどころが多くて私は面白いからいいけど」

「毒舌が炸裂してますわね。……それで、楽しんでもらいましたか?」

「……そうね、予想以上に楽しめた、とだけ言わせてもらうわ」

「それは良かったですわ」

沙織はいつものように満面の笑みで少女に言った。
少女は気恥ずかしさからか沙織から顔を背けていてどんな顔をしているかよくわからない。
今はメイド喫茶を退出して、帰りの電車に乗るために駅に向かって歩いているところだった。

「で、でも、やはり貴女には悪いことをしたと思ってるわ。
メイド喫茶ではあんなに振る舞われたし……待って。
見ず知らずの人間に対するあの振る舞い、その話し方。貴女、もしかして……」

続きを言おうとしたが、沙織に口元を人差し指一本で抑えられてしまって
しゃべることができない。そして沙織は自身の口にも人差し指を添えて「シーッ」と合図をしているようだった。

「そこまでです。これ以上の言及はやめましょう。お互い触れない方がいいでしょうし」

少女は沙織の表情を見る。先ほどの満面の笑みとは違う、何か得体の知れないものに取りつかれている様な暗い影が潜んでいる笑顔だった。
はたから見るとあまり変わらない惹かれるような笑顔に見えるのだが。
少女はフッと口を歪ませ、暴君の王女のようにニヤリと笑った。

「……そうね。お互い、知られてはいけない領域、他人が知らない方が幸せな『事』もあるでしょうしね」

「そういうことです」

沙織は先ほどの表情と変わらずに頷いた。
この後、二人は無言のまま歩き続けていた。お互いの顔を見ずに。
その時の彼女ら顔は他の通行人が見ると怖がられるぐらい影の残った無表情だった。


「……貴女」

「……なんでしょうか」

「貴女には心から信頼できる『友達』は、いるのかしら」

「……ええ、いますよ。一人だけですが」

「……そう、それならその友達は大切にしなくてはね」

少女は薄く微笑みながら沙織に向かって言った。少女が見せたこの日初めての笑顔かもしれない。
しかし沙織は無表情のままで、少女を一瞥もせずに前だけを見て歩いていた。
メイド喫茶の時とは逆の関係になったかのように。
この後、彼女らはほとんど会話もないまま駅まで歩き続けた。


「………」

「沙織」

「………」

「沙織ってば!」

「……え? なんですの?」

「なんですの、じゃないよ! さっきから呼んでるのに全然返事しないんだから。
だからその後その子とはどうしたんだよ?」

「……ええ、帰りに趣味の話とかして帰りましたわ」

「なんだぁ~それだけかよ、つまんないの。ちなみにその子はどんな趣味持ってたんだ?」

「え~と、マスケラを」

「マスケラ?」

「あ! 違います! 『マスカラ』をそろえることらしいですわ!」

「ふ~ん、けっこう変わってるんだなその子。つーかそんなに慌てるなよ。
あんたが間違えることなんて日常茶判事なんだしさ」

「そ、そうですわね! な、何をしているんでしょう、わたくしは!」

「お、おい、大丈夫かよ……そういえば、あんた稽古あるとか言ってたけど大丈夫なの?」

「あ! 申し訳ございません! お先に失礼いたします!」

いつもの恒例の「もっと無礼講でいこうぜ…」と言いたくなるぐらいの
丁寧な挨拶とお辞儀もせず、沙織は荷物を持つと急いで店から退出した。

「はいよっと~。珍しいな、あいつがあんなに焦るなんて。なにかあったのかな?」

彼女はコーヒーを一口すする。熱はだいぶ冷めてぬるま湯程度の温かさだった。
苦みを楽しむのも半減してしまったようだ。





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最終更新:2010年12月27日 00:47
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