モデル・京介


『今すぐ来て。困ったことになっちゃった! 場所は―――』

こんな切羽詰まった様子の電話が桐乃からかかってきた。
どうしたんだ一体?
とにかく、電話で言われた場所に俺は急いだ。
アイツがこの俺に電話を、それもあんな様子でかけてくるなんてタダ事じゃない。


言われた場所に着いた俺は桐乃を探した。
どこだ? 桐乃のあの様子、きっと何かあったに違いない。
―――いたッ!! 桐乃―――と言おうとした瞬間、

「お兄ちゃん、来てくれてありがとう!」

お、お兄ちゃん? 誰だオマエ? ニセ者だろ! 本物の桐乃を返せ!!
怪訝な顔をしていると桐乃は俺の右腕に腕を絡ませて引っ張っていく。

「すみません。来てくれました!」

そう言って桐乃は大人達に頭を下げて回った。
なんだこの人たちは?
撮影機材があるから、カメラマンと‥‥‥メイクのスタッフか?
ということは此処は撮影現場ってことか。桐乃の仕事場だな。
で‥‥‥、なんだって俺が呼び出されたんだ?

「キミが桐乃ちゃんのお兄さんか。噂は聞いているよ。
 背は低くもなく、かといって高すぎるわけでもなく、スリムだし悪くないね」

はぁ―――。
スタッフの人が言った言葉に力無く頷く俺がいた。

「撮影に来てくれるはずのモデルさんが来られなくなっちゃったのよね。
 偶然ロケが地元だったから、アンタに代わりをやってもらおうってワケ。
 せっかくスタッフさんも集まっているのに時間が勿体ないじゃん?」

なんだそれ。それで俺を呼び出したのかよ。しかもあんな電話で。
文句を言おうと桐乃の顔を睨むと、

「ごめんなさい。あんな不安な感じの電話で‥‥‥
 こうでもしなきゃすぐには来てくれないと思ったから」

桐乃は俯きながら謝った。
チクショウ、こんな素直に謝られたら、コイツの頼みを聞くしか無いだろ!

「それで? 俺は何をすればいいんだ?」
「飲み込み悪いわね。つまり来られなくなったモデルさんの代わりに
 アンタがアタシと一緒に撮影してもらうってことなのよ」

げっ! 俺、モデルデビューっすか?
経験なんてねえし、どうすりゃいいんだよ?

「アタシがリードするから平気。アンタはただ突っ立っていればいいの!」
「でも顔が雑誌に出るんだろ?」
「アンタのしょぼくれた顔なんて雑誌に載せられないじゃん?
 あくまでも顔出しNGってことでアンタを撮ってもらうことになっているから」

いや、自分を美形なんて思ってはないけど、しょぼくれた顔って‥‥‥

「それと言っておくケド、アタシ現場じゃ妹キャラとして通っているから。
 そういうキャラとして今日はアンタと一緒に撮影するかんね。
 こんな超かわゆいアタシが妹だってことに感謝しなさいよね」

あの、スタッフさんが居る前との落差が激しいんですけど。
本当にコイツ、猫を被ってやがんのな。

「あ、それと‥‥‥今日の撮影は、恋人同士って設定だかんね」

‥‥‥‥マジすか?

俺は、来られなくなったという恋人役のモデルが着るはずだった衣装を纏った。
スタイリストさんによると、偶然にも体型がピッタリだという。
実際着心地も悪くない。

「へー、まさに馬子にも衣装じゃん」

ワゴン車のドアを開けて乗り込んできた桐乃の第一声を拝聴する俺。

「なんか緊張してきたな」
「ニワカなんだから、緊張する必要ないじゃん」
「でもプロの仕事の現場なんだろ。素人とはいえ全力出すのが礼儀ってもんだろ」
「ふーん。意外とわかってんじゃん。じゃあ早口言葉でもする?」
「なんで?」
「緊張を解すには、早口言葉が効くのよ。あやせだってやってるし」

本当かよ?
まあ、藁にも縋りたい今は、コイツの言葉を疑っている暇はない。

「そんじゃいくね」
「おう」
「ばすがすばくはつ ぶすばすがいど」
「なんだよそれ?」
「いいから、さっさと言う」

なんつー早口言葉だよ。

「ぼうずがだいぶじょうぶなびょうぶにじょうずにぼうずのえをかいた」
「これは普通だな」
「いちいち口を挟まない!」

クソ、意外と言いにくいな。これで緊張解けるのか?

「となりのたけやぶにたけたてかけたのは
 たけたつかわいかったから たけたてかけたのさ」
「‥‥‥なんかおかしくね?」
「ドコがよッ!! 答次第によっちゃブッ殺すよ!!!」

ひいっ!! ちょいと疑問を挟んだだけなのにコイツ、ブチ切れやがった。
今のどこに地雷があったんだよ?

そんなこんなもあって緊張も解けてきたようだ。早口言葉が効いたかな。

「いいねー。今日の桐乃ちゃん、いつも以上に可愛いね!」

カメラマンが桐乃を褒めちぎりながらシャッターボタンを押している。
俺の目から見ても、今日の桐乃は確かに可愛い、というかとても嬉しそうだ。
桐乃は変幻自在な表情で、俺の腕にしがみついたり、俺の肩越しにカメラのレンズを
覗き込むような仕草をしている。
コイツのプロフェッショナルな姿、悪くねえな。

「凄いお兄さん効果だね! これからもお兄さんと一緒に撮る?」

いやコイツ、猫を被っているだけっすから。あくまでも仕事重視なヤツなもんで。

「ちょっとお兄さん、顔が緊張しているかな?」

そりゃコイツとこんな格好で、しかも恋人同士役なんてマジ緊張するし。

「もうお兄ちゃん、もう少しリラックスしてよね♪」

うへえぇー、キモチわり―――。
ヤバい、感情が顔に出そうだ。
顔出し無しって約束だけど、ここは桐乃のためにも耐えなければ。


「今日はありがとうございました。お疲れさまです」

スタッフの挨拶で撮影は終わり、俺は解放された。

「ふふん。まあまあじゃん?
 今日はあくまでも緊急事態だったんだから、これは最初で最後だかんね」

へーへー。お疲れさまでした。
まあ俺も、コイツのプロ姿を間近で見ることができたし、
珍しい体験もできたから、今日の一日は決して悪くねえと思ったよ。

「お届けものです」

宅配便を受け取った俺は荷物パッケージのラベルを読んだ。
メディアスキー・ワークスから親父宛‥‥‥?


「お袋、さっき親父宛に何か来ていたよ」
「ああ、メディアスキー・ワークスの本ね」
「それって桐乃の小説を出版した会社だろ? 親父、小説でも買ったの?」
「小説じゃなくて、桐乃がモデルで載っているファッション雑誌よ。
 お父さん、通販で桐乃が載った雑誌を毎号買っているのよ」

へー。親バカとおもっていたが、やはりね。
‥‥‥それにしても、何か気になるな。何だろう?

「京介、話がある」

大地を揺るがすような声に振り向くと親父殿が居た。

「これは一体どういうことだ?」

親父がファッション雑誌の1ページを開いて俺に突き付けた。

「ファッション雑誌‥‥‥だよな?」
「そんなことではない。内容を見ろ」

うっ! 俺がモデルの代役をしたときの写真か‥‥‥!
でも約束通り俺の顔は写ってないし、親父は何を問題にしているんだ?

「ここを見ろ!」

親父が指差した先を見ると‥‥‥

「なになに、『プロフィール』!?
 『高坂桐乃 1997年生まれ。千葉県出身。中学三年生。陸上部所属』」

これが一体どうしたというのだ? と親父の顔を覗いた。

「最後まで読め!」

えーっと‥‥‥

「『今日は大好きなお兄ちゃんと一緒に写真を撮ってもらいました♪(笑)』」

ってオイ!!
せっかく顔出し無しだというのに、台無しじゃねえか! 桐乃のヤツ!!

「桐乃と一緒に写っているこの男はお前なのか?」
「いや、それは事情があって‥‥‥」
「どんな事情だ?」
「実は―――」

「なるほど。しかしお前は未成年だ。そんなことをするなら親に連絡すべきだ」

超正論を言う親父に反論できるはずもない。一発二発殴られることを覚悟した。

「だが、今度だけは大目に見よう」

本当かよ? と怪訝混じりな俺の表情を察したのか親父はこう言った。

「これだけ嬉しそうな娘の顔を見せられて、怒るわけにはいくまい」


『モデル・京介』 【了】




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最終更新:2011年01月31日 00:07
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