アタシの夫はこんな男(ひと)


“みやびちゃん降臨の日”

そんな予定を書き込んだ卓上カレンダーを眺めながらアタシはニヤついていた。
ついに来週! 来週になったらアタシの目の前にみやびちゃんが現れる!
そして、あーんなコトやこーんなコトで攻略しちゃうんだから。
フヒヒヒ。

「どうしたの桐乃? なんかニヤついているわね」

話しかけてきたお母さんが卓上カレンダーに目をやった。

「“みやびちゃん降臨の日”って‥‥‥? もう名前を決めたの?
 この日は予定日でしょ?」


予定日―――
そう。アタシは今妊娠している。出産予定日は来週だ。
ちょっと早かったけど、お父さんの勧めもあって早めに入院した。
そして来週にはリアルみやびちゃんがやって来るんだ。
フヒヒヒ。



「そう。もう決めたの。みやびちゃん」
「それって女の子の名前でしょ? 女の子ってわかってるの?」
「アタシがそう感じているの。だからこの子は女の子! 二人で決めたの!」
「そう言えば、あなたを産むときも何となく女の子って感じていたわ」
「ホント?」
「やっぱり親子なのかしらね。ところで今日も来てくれるの?」
「うん。仕事が終わったら来てくれるって」
「でも仕事、忙しいんでしょ? 無理させちゃダメよ」
「大丈夫。ちゃんと上手く遣り繰りしているみたいだから」

忙しいのにそこまでしてくれるなんて、アタシはとても幸せだ。

ピロロロロ
メールだ。え‥‥‥?

「どうしたの、桐乃?」
「なんかちょっと遅れるみたい。ほら」
「『‥‥会議が長引いたので遅れます』。御鏡さんってホント、マメねえ」

それが良いところなんだよね。

「そう言えば、“エタナー”って、最近、売れているらしいじゃないの」
「そうなの! 今すっごい人気で、EBSのアクセはなかなか手に入らないんだよ」
「そんなに忙しいのに来てくれるなんて、桐乃、ありがたく思いなさい」
「うん、わかってる」

そう。仕事とアタシの両方に全力を入れるなんて、すごく欲張りな姿。
かつてのアタシを見ているようだ。

‥‥‥‥‥‥


そんなことを考えていると、部屋のドアが開いた。

「遅くなってゴメン! 桐乃‥‥さん」
「あ、やっと来てくれた。お疲れ様!」
「ちょっと。もう結婚したんだから『桐乃さん』はないでしょ」
「あ、いや、何となく照れ臭くて」

お母さんの突っ込みに照れ臭そうに答えた。

「ねえ、今日も忙しかったんだって?」
「美咲さんが全社的にハッパをかけているから、会議も長引いちゃって」
「そんなに忙しいのに、来てくれてありがと」
「だって、桐乃‥‥さんと一緒に居たい‥‥‥から」

結婚しているんだから、照れることなんかないっての。
コレが唯一の欠点かな。

「ふふ。お邪魔虫は退散するわ」

お母さんが気を利かせて部屋を出て行ってくれた。

「アタシたちって、あの日、アタシが吐いたウソから始まったようなものだね」
「『付き合ってるから』ってあのウソ?」
「今から考えると子供っぽいウソだったけどね。でもそれが全ての始まり」
「忘れられないウソ‥‥‥かな」

そう。
あのウソからアタシたちは急速に惹かれ合い、急速に求め合った。
絶対に忘れられないウソ。
それがアタシたちを結びつけてくれた。



「あのさ、今、仕事忙しいの?」
「ボスが新作を創りまくっているから、それを商品化するのに大忙しだよ」
「来てくれるのは嬉しいケド、あまり無理しないでね。この子のためにもサ」
「わかってる。そうだ、コレ、ボスからオマエにって」
「え? 御鏡サンから?」

包みを開けると、メルルを象ったアクセ。

「すっごい! コレ、御鏡サンが作ったの?」
「ああ、権利が取れてないから、オマエのために一つだけ作ってくれたんだ」
「コレってセンスだよねぇ。アンタもこういうセンスをつけなきゃね」
「う。ボスは特別だよ。俺とはスタートラインからして違うし」
「でもアンタ、会社に入ってからは確実にセンスアップしているよ」

エターナルブルーに入社し、アタシと結婚してから向上心が芽生えたみたい。

「でも、まだまだボスには敵わないよ。細やかなところにも気が利くしさ」
「そうよね。さっきだって、アンタが会議で遅れるってメールくれたし」
「あー、やっぱりそういうマメなところが俺には欠けてるんだな」

でも‥‥‥アタシには今で十分だよ。
でも、ひとつだけ訊いておきたかった。



「ねえ、さっきお母さんも言っていたけど、なんで『桐乃さん』なの?」
「いや、だから何となく照れ臭くて」
「でも昔は、普通に『桐乃』って呼び捨てだったじゃん?」
「あれは、オマエが実の妹だと思っていたから、それが普通だっただけだし」

そう―――
アタシと京介は実の兄妹じゃなかった。

「じゃ何で今は『桐乃さん』なの?」
「それは‥‥‥俺とオマエが本当は他人だったわけで、
 呼び捨てにするのが‥‥‥何というか照れ臭い。上手く説明できないけどな」
「そうなんだ‥‥‥ふふん」
「可笑しいか?」
「いや、可笑しくない。可笑しくなんかないよ!」

可笑しくない―――
だって、コレがアタシが望んでいたこと。
京介とアタシと、そしてこの子と生きていくことがアタシの望み。

「可笑しくないよねえ? みやびちゃん」

アタシはお腹を撫でながらまだ見ぬ我が子に囁いた。

「その名前だけど‥‥‥、やっぱりエロゲキャラが名前の由来って
 将来、この子に説明しづらくないか?」
「だって『しすしす』がアタシたちの縁を取り持ったようなものだし。
 小説が取り持ったのと大差ないから、別にいいじゃん?」
「そうかあ?」
「ナニ? 何か文句あんの?」
「ふ、ねえよ」

おっと。またケンカになりそうだった。胎教に良くないよね。

「そっかあ。来週か。楽しみだな」
「アタシもすっごい楽しみ」
「よろしくな、みやびちゃん」

アタシの夫―――京介はアタシのお腹を撫でながら優しく囁いた。


『アタシの夫はこんな男(ひと)』 【了】




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最終更新:2011年03月12日 08:47
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