似てないふたり


俺・高坂京介は今、総武線に揺られている。都内、正確にはアキバ帰りだ。
また妹のパシリ乙、と思ったそこのあんた。残念だが間違っている。
なぜなら、俺の目の前では我が妹・桐乃も一緒に電車に揺られているからだ。
そう。断じて俺はパシリではない。荷物持ち要員なだけだ。悪いか?

今日の俺は桐乃様の命を請け、渋谷での限定発売アクセサリー、
秋葉原での同じく限定発売フィギュアの買い物に駆り出されたってわけだ。
アクセサリーもフィギュアも嵩張るものではないことに気付いたのは
千葉駅から電車に乗った直後だったということが俺の迂闊さを物語っている。
まったく、桐乃のヤツ、一人で行けっての。

だが‥‥‥アキバ帰りの今、桐乃はスゲー機嫌が悪い。
限定アクセサリーも限定フィギュアも入手できなかったからである。
おまけに電車はメチャ混み。桐乃の不機嫌は頂点に達していた。

「んああああー、ムカつく!」
「オイ、うるせーぞ。大人しくしてろ」
「うっさい! マジムカツク! アクセもフィギュアも買えなかったし、
 電車は混んでるし、アンタのせいだかんね!」
「お、俺のせいかよ!?」

限定アイテムを買い損ねたのは、桐乃が出かけるのに手間取って店に着くのが
遅くなったせいだ。女というのはセットアップに時間がかかるからな。
そして電車が混んでいるのは、混んでいる時間帯だからだ。俺のせいじゃない。
まあ、桐乃の理不尽さは今に始まったことではないから、腹も立たないけどな。
とは言うものの、今日の電車はとても混んでいる。俺にとってもキツイ。
華奢な桐乃は躯を他の乗客に押し潰されそうだ。桐乃が文句を言うのも解る。
仕方ねえ‥‥‥な。


「ちょっ! ナニすんのよ!?」
「うっせ! 黙ってろ!!」

俺は桐乃を車両の隅に押しやり、そして桐乃の前に立ちはだかった。
こうして俺が壁になってやれば、桐乃も少しは楽になるだろう。
‥‥‥のはずだったのだが、他の乗客に押されて、俺と桐乃は完全な密着状態に。

「(な! ナニしてんのよ!? アンタ!)」
「(仕方ねえだろ! 混んでいるんだからな!)」
「(ドサクサに紛れて触る気!? このシスコン!)」
「(いいから黙っとけ! こんな時くらい兄貴の言うことを聞け!)」
「(超かわゆいアタシと地味なアンタが兄妹だなんてね! 全っ然似てないし)」

他の乗客を気にしつつ小声で会話をする俺と桐乃。桐乃の香水の匂いが香しい。
そして、気がつくと俺の左手は何やら温かく柔らかいモノに触れていた。

「(こ、このスケベ!)」

桐乃が物凄い顔で俺を睨む。どうやら俺の左手は桐乃の腰に侵攻していたらしい。
そして右手は‥‥‥? ハ、ハハハハ。桐乃の背中に回っていたよ、オイ。
ん? 指先に感じるこの感触は? ハハハハ。ブラジャーの留め具ですね!
指を動かせば外せるんじゃね?

ぷちっ

そう、こんな具合にな‥‥‥


‥‥‥外しちまったよ!! 必死に言い訳するが、これは事故だからな!
ああ、この辺で桐乃が怖い。きっと悪鬼の形相の筈だと思いつつ桐乃の顔を
見ると真っ赤な顔で震えている。痴漢に遭うとこんな顔になるのだろうか。
電車が揺れる度に俺と桐乃は密着を繰り返し、段々と桐乃の躯が熱くなる。
シスコンの俺が熱くなると言うのなら解るが、何で桐乃が熱くなるんだよ。

そんな桐乃と躯を密着させていると、不埒なことを想像してしまう。
これじゃ俺が痴漢そのものじゃねえか! 畜生、千葉駅まであとどんだけだよ?
体を火照らせて震える桐乃を抱きしめた格好で、千葉駅に辿り着くまでの時間を
ただ黙って過ごすしかなかった。

‥‥‥‥‥‥


「どうしました? 大丈夫ですか?」

俺はその声で、半分意識が飛んでいた状態から正気に戻った。
声の主である凛とした感じの女性が俺の目を見据えてこう言った。

「お手数ですが、ご足労願います」

ご足労って、こんな混んでいる電車で‥‥‥って、いつの間にか空いてるし!
俺の意識が飛んでいる間に電車は千葉駅に滑り込んでいたようだ。
そして俺の目の前には、俺の左手を腰に、俺の右手を背中に回されて
惚けた表情の桐乃が居た。

―――さて、客観的に説明しよう。
混雑もしていない総武線の車内の隅に、茶髪の美少女が地味な男に追い詰められ、
両の手で抱きつかれている―――
こんな感じになる。文字にすれば痴漢の現場そのものにしか見えない。

「オイ? どうした? しっかりしろ!」
「ふえ?」

桐乃は惚けた表情から復帰せず、俺の呼び掛けにも要領を得ない。
ダメだコイツ、早く何とかしないと。さもないと、とんでも無いことになる!

‥‥‥‥‥‥


とんでも無いことになる―――そんな俺の予感は的中した。
凛とした女性に俺と桐乃は千葉駅の鉄道警察隊まで連れて来られた。
桐乃は電車を降りてからここに着くまで、ずっと惚けた表情で俺のシャツの
裾を掴んだまま。おーい、正気に戻れー!
そして警察隊に着くと、俺は男性の隊員に、桐乃は凛とした女性の隊員に
それぞれ話を聞かれる。勿論、痴漢の加害者と被害者という立場でな。
まったく、冗談じゃねえよ!

「君はあの女の子に一体何をしていた?」

俺の親父を彷彿させる屈強そうな男性隊員が俺を問い詰める。
いや、元々は超満員電車でしたよ? 妹を守った結果がこうなのであって。

「大丈夫よ。何があったのか話してちょうだい」

相変わらず惚けた表情の桐乃は、凛とした女性隊員に問いかけられる。
何か嫌な予感がする。あの表情はエロゲでヘブン状態の時と似ているからだ。
もし桐乃が訳も解らず俺のことを痴漢だと証言したら一体どうなるのか?
桐乃! 嘘は言うなよ! ありもしないことを言うなよ!

「えっと‥‥‥電車の隅に押し込まれて‥‥‥腰と背中に手を回されて‥‥‥
 ブラのホックを外されて‥‥‥」

本当のことも言うな! 二人の隊員が俺を睨み付ける。最悪だ!
もしここで桐乃が「こんな人知らない」とか「逮捕して下さい」なんて
言いやがったら、俺の人生は終了するだろう。
どうせ終了するなら、いっそあやせの手で‥‥‥なんて発想が出てしまうのは、
俺の頭が混乱している証左に違いない。落ち着け俺。冷静になれ俺。

‥‥‥‥‥‥


そうか‥‥‥冷静に考えれば俺たちって兄妹じゃないか。似てないけどな。
疚しいことなんて何も無い。正直に兄妹だと言えば大丈夫だろう。
うん、冷静になっているな、俺!

「じ、実は俺たちは―――」

本当のことを言えば大丈夫。
そんな高を括っていた俺が発した言葉に、さっきまで惚けた表情だった桐乃が
突拍子もない言葉を続けた。

「恋人同士なんです!」

うぇっ!? 今、何と!? 恋人同士? 俺と桐乃が? またその展開?
困惑した俺は桐乃の真意を問おうと、桐乃の目を見た‥‥‥が、
惚けた表情から完全復帰した桐乃が俺を睨む。そして、
『アンタ、黙ってなさいよ! 殺すよ?』という声が視覚を通して聞こえてきた。
まるで蛇に睨まれた蛙のように俺の動きは完全に封じられてしまった。

「本当? 脅かされているんじゃないの? 大丈夫よ。本当のことを話して」

この凛とした女性隊員は、俺をとんでも無い鬼畜野郎だと見ているらしい。
いや、脅されているのは俺ですから!

「本当に恋人同士です! 証拠だってあります!!」
「証拠って、オマエ?」
「京介ぇ~? もしかしてぇ、まだ三回目のデートだからって照れてんのぉ?」

桐乃が悪戯っぽい表情で俺を見つめながら、甘ったるい声で話す。
うへええええぇ、キモチわりー!
それにしても三回目のデート‥‥‥だと? 偽デートの他にもあったか?


「フヒヒ、しょうがないなあ。ほら、アレを見せてあげようよ!」
「アレ?」
「ほら、コレ♪」

そう言うと桐乃はバッグから携帯を取り出した。勿論、“あの”携帯だ。
ああ、そういうことか。仕方ねえ‥‥‥な。
俺は、これから展開されるであろう恥を忍んで“あの”携帯をポケットから出し、
桐乃の携帯と並べて机の上に置く。共に“裏返し”でな。
男性隊員と凛とした女性隊員は『俺と桐乃のらぶらぶツーショットプリクラ』が
貼られた二つの携帯を見比べると、俺たちを恋人同士だと認めてくれた。
二人の隊員がニヤニヤしているように見えたのは気のせいじゃあるまい。
チクショー! 恥ずかしいぜ! これだけでもひどい羞恥プレイ状態なのに、
桐乃のヤツは、

「見て下さい!」

と言って待ち受け画面まで披露しやがった。しかも―――

「さあ、アンタも見せなって!」

やめて! 死にたくなる!! お揃いプリクラの携帯という時点でアウトなのに、
妹の、いや『恋人の水着写真』を待ち受けにしているなんて見られたら、
千葉駅にはもう近づけなくなるぞ。警察24時モノで撮影されたら、
モザイクとボイスチェンジで処理されて放送されるに違いない。
バカップルなんて視聴者の興味を惹くには最高のネタだろうしな!

だが、そんな俺の心の抵抗も虚しく、俺の待ち受けが披露されてしまった。
ああ、俺の尊厳が‥‥‥

‥‥‥‥‥‥


「よかったね~♪ あのプリクラと待ち受けのお陰で助かったし」
「ああ、そうだな」

電車の中での破廉恥行為を窘められただけで“恋人同士”の俺たちは放免された。
あのプリクラが決定打になったのは否めない。感謝したいくらいだ。でも―――

「なんで、『恋人同士』なんだよ? 兄妹って言えば良かったじゃないか」
「だって、似てないアタシたちが兄妹と言ったって信じてもらえないし」
「ますます怪しまれる、か?」
「そう! 似てないんだから、恋人同士の方が通りが良いでしょ? ふふん」

妙に桐乃のテンションが高い。限定のアクセサリーとフィギュアを
買えなかったことでの不機嫌は、どこかに飛んでしまったようだ。

「オマエ、機嫌直ったのか?」
「ムカついてんに決まってるでしょ! 電車の中でアタシにあんなことして!」
「へ!?」
「『へ!?』じゃないっての! 超かわゆいアタシを抱きしめて、
 そして、アタシのブ、ブ‥‥‥ブラを外すなんて!!」
「あ、あれは事故だ!」
「ふーん、否定しないんだ。へへーん、この変態♪」

このクソアマ、俺の弱みにつけ込んで調子に乗りやがって。

「‥‥‥ナニ、ボサッとしてんの? さっさと腕を出して!」

何だよいきなり? と言いたかったが、警察隊の真ん前で揉め事はマズイし、
何よりも桐乃が不機嫌になることを恐れた俺が素直に出した右腕に
桐乃は自らの腕を絡ませる。

「オイ、何だよ!?」
「だって、アタシたち“恋人同士”じゃん? こうしないと変に思われるでしょ?」

俺は警察隊の中の人を横目に、抗うこともなく桐乃の行動を素直に受け入れた。
“あの”携帯を人前で披露し、恥ずかしいなんて感情は吹っ飛んでいたからな。
決してシスコンだから、ではないぞ!

「アンタに似てないアタシに感謝しなさいよね」
「はぁ?」
「似てないから、恋人同士って言い逃れが出来たんだから」
「へいへい。こんな地味な俺と似てなくて良かったなぁ」

俺はカドが立つ寸前ギリギリの悪感情を込めて言い放ってやった。

「ホント‥‥‥似てなくて‥‥‥良かった」

桐乃はそう言うと、俺の右腕を強く抱きしめた。


『似てないふたり』 【了】






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最終更新:2011年07月02日 10:18
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