妹たちの宴


「フヒ、フヒヒ、フヒヒヒヒヒヒ」

我が妹・桐乃が絶賛トリップ中である。
いつもの通り、虚ろな目と半開きの口というだらしない顔で、
いつもの通り、キモい笑い方をしている。
他人には見せられないというの俺の印象もいつもの通りだ。
そして、いつもの通り、桐乃はエロゲー絶賛プレイ中‥‥‥ではない。

「ホント、かわいいいいいいい」

桐乃の目の前には、黒猫の妹の日向ちゃんと珠希ちゃんがちょこんと座っている。
以前に黒猫の家にお泊まりさせてもらったお礼に、今度は我が家に招いて
お泊まり会ということになった。
そのお陰で、桐乃はテンション上がりまくりの全開状態だ。
しかも悪いことに、一緒に来るはずだった黒猫はバイトで遅くなるという。
そして親父とお袋は不在だ。
つまり今、この家には俺と桐乃、そして黒猫の妹たちしかいない。

一体どうなってしまうんだ?

俺の脳裏に、黒猫の妹たちと初めて会ったときの桐乃の猛獣っぷりが蘇る。
ハフンハフン、ハァハァ、くんかくんか、なんて音を出していたとだけは
言っておこう。それ以上は桐乃の名誉のために言いたくないから勘弁な。

そんな桐乃と黒猫の妹達が一つ屋根の下。不安だ。限りなく不安だ。


「えへっ! 早く一緒にお風呂に入ろうよ」

待てい! 桐乃のヤツ、いきなり風呂かよ? 我が妹ながらトバしてんな。
こりゃ目を離すわけにはいかんな。黒猫の妹達を悪の手から護ってやらないと。
などと心を決め込んでいると、桐乃と目が合った。

「ちょっとアンタ? 何こっち見てんの?」
「何って‥‥‥別に」
「ま、まさかアンタも一緒にお風呂に‥‥‥」
「んなワケあるか! オマエが変なことをしないように見張ってんだよ!」
「べ、別に、ヘ、ヘンなこと考えているワケじゃないし!」

言い淀むんじゃねえよ。バレバレじゃねえか。

「アンタ、アタシが信用できないってワケ?」
「できん」
「なッ!! この子達にアタシが変なことをすると思ってんの?」
「思ってる」
「ぐぬぬ‥‥‥」
「信用できるわけねえだろ。オマエは二次元と三次元の区別付かないからな」

俺の言葉に反論できずに忸怩たる様子の桐乃に、日向ちゃんの援護が入った。

「ルリ姉だって、二次元と三次元の区別、あまり付いてないけどねえ!」
「やっぱそうなんだ~。あいつもアタシと同類ってじゃん!」
「オマエら、大概酷いな」
「あたし、ビッチさんのこと、だあいすきぃ」
「うっひょ~~~~~~~~~~い!!」

コイツ、『ビッチ』呼ばわりされてるのに喜んでやがる。

「本当に大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫だって。アタシにまっかせなさいよ!」
「わかった‥‥‥」

不安だが、コイツがこれだけ言うのだから、信じてやるとするか。
だけど、信用はしてないからな。


「んで、アンタ、何ボサッとしてんの?」

桐乃の冷たく鋭い言葉が俺に突き刺さる。一体何なんだよ?

「この子達にお菓子とかジュースとか用意しなさいよ」
「ああ、そうだな。それじゃ‥‥‥」

買い出しに出かけようとする俺を理性が阻む。
いかん。桐乃とこの子達を一緒にするなんて危険過ぎる。

「‥‥‥」
「ナニ? アタシを信用しなさいって!」
「大丈夫だって、高坂くん!」
「だいじょうぶでしゅ、おにぃちゃん」

多勢に無勢というわけじゃないが、日向ちゃんはしっかりしていそうだし、
ここは引き下がるとするか。やっぱり不安だけどな。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥

「だったいま~」

買い出しから買ってきたが‥‥‥あれ? 桐乃もあの子達も居ない。
みんなどこに行ったんだ?
おかしいと思いつつ家の中を見回していると、珠希ちゃんが居た。

「おかえりなさい、おにぃちゃん」

こんな声を掛けてくれるのが実の妹ではなく、他所の家の妹だというのが悲しい。

「桐乃、どこに行ったか知らない?」
「いま、いっしょにおふろにはいってます」

なん‥‥‥だと‥‥‥?
一緒に!? それは‥‥‥ダメだろ! NGだろ!
日向ちゃんと桐乃を一緒に風呂なんか入れたら!
そりゃもう犯罪の臭いしかしないっての!
桐乃は、あーんなことや、こーんなことを日向ちゃんにするに決まってる。
何しろ、二次元と三次元の区別が付いてないんだからな!


「おにぃちゃん、どうしたの?」

邪気のない笑顔で俺の顔を覗き込む珠希ちゃん。
なんでこっちの妹はこんなに可愛いんだよ?
そんな理不尽さを感じつつ、俺は風呂場に急いだ。
脱衣所の前まで行くと、風呂場の中から桐乃と日向ちゃんの声が聞こえる。

『―――ウッソ!? マジでえ? ホント、声似てんじゃん!!』
『当たり前じゃないの。私達は姉妹なのだから』
『すっげー! なんでそんなにそっくりなワケ!? もっと喋ってくんない?』
『そんなに似てるかなぁ~? ビッチさん、大げさだしぃ』
『もっと、真似してみてよ~!』
『いい加減にして頂戴。見苦しい限りね。貴女の兄さんが不憫でならないわ』

桐乃のバカ、日向ちゃんに黒猫の声真似をさせてやがる。
確かに日向ちゃんと黒猫の声は区別が付かないほど似ているのは確かだ。
だけど、ダメだコイツ。直ぐに止めてやらないと。
俺は二人が入っている風呂場に突入するという、普通ならば絶対にしない
暴挙に打って出ることにした。
これは、日向ちゃんを猛獣から救うという緊急措置だからな!

バンッ

「オマエ! 日向ちゃんに一体何‥‥‥を!?」
「「‥‥‥!!」」

浴槽に浸かっている二人が闖入者である俺を見つめる。そして、

「「イヤアアアアアァァァァァ!!」」


ただでさえ声の響く風呂場で、女二人の悲鳴がこだまする。

「ア、アンタ、まさかそこまで! 死ねッ! この変態バカ兄貴!!」

俺の予想通りの桐乃の反応である。
ただ、予想通りでなかったのは‥‥‥

「な、な、何という‥‥‥は、は、破廉恥な雄なの!?」

えっと、艶やかな黒髪を湛え、透き通るような白肌を纏ったあなたは
もしかして‥‥‥五更瑠璃さんですか?

「うっわ!! 高坂くんって、そこまでしてルリ姉のハダカ見たかったわけ?」
「みたかったのでしゅか?」

俺の背後から日向ちゃんと珠希ちゃんが話し掛ける。
そう―――。
桐乃と一緒に風呂に入っていたのは黒猫だった。
どういうわけか桐乃と二人で風呂に入っていた現場に俺が突撃してしまったのだ。
さて、どう言い訳をしたものか。あははは。

「ご、誤解だ! 俺はてっきり、桐乃と日向ちゃんが‥‥‥!」
「あら、そうなの? すると貴男は日向の裸を見る覚悟で‥‥‥ククク」
「信じらんない! 妹が風呂に入っているところに入ってくるなんて!」
「見られた‥‥‥見られた‥‥‥フッ、ク、クク‥‥‥クククク」

あの、黒猫さん? どうかされましたか?

「全ての虚飾を廃し、現世に降臨せしめた時の我が姿をその蒙昧な頭脳に
 焼き付けなさい。そして己の身に降りかかった果て無き幸運を噛み締めなさい」

どうやら怒っているという以外は、何を言っているのか解らないでござる。

「ク、クク‥‥‥クククク‥‥‥この‥‥‥ド変態があぁぁッ!!」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥


「グスッ グスッ」
「ア、アンタ、何も泣くこと無いじゃん」
「怖かったんだ‥‥‥怖かったんだよ」
「な、何を言っているの、貴男は!?」
「まあ、確かに怖かったケドさぁ」
「ルリ姉って、キレるとすっげー怖いから!」
「こわいでしゅ」

桐乃も日向ちゃんも珠希ちゃんも俺に同意してくれている。
マジに怖かったんだからな。

「それにしても黒猫。何でこんなタイミングでウチに居るんだよ?」
「バイトが早めに終わったから駆けつけたまでよ。この子達が心配だから」
「大丈夫だって。ちゃんとお行儀良くしていたよね~?」
「「ね~」」

桐乃のヤツ、日向ちゃんと珠希ちゃんを完全に籠絡しやがった。

「貴女達のお行儀じゃなくて、このビッチの行動が心配だったのよ」
「あんた、アタシを『ビッチ』って呼ぶの、止めてくんない?」
「え~? あたしたちも『ビッチ』って呼んでいるけど?」
「ひなちゃんとたまちゃんは、いいの!」
「オイ桐乃、それにしても『ビッチ』だぞ? いいのかよ?」
「アタシは別に構わないから。だってこんなに懐いてくれてるしぃ」
「妹達がいくら懐いていても、貴女の正体を知っている身としては不安よ」
「別にいいじゃん。日向ちゃんも珠希ちゃんも喜んでいるし。ねっ?」
「ビッチさん、だああああい好きい~!」
「だあああいしゅきい~!」
「フヒヒヒヒヒヒ」

日向ちゃんと珠希ちゃんの破壊力抜群の言葉の前に、桐乃はヘブン状態だ。
いや、言葉だけじゃない。さっきから二人は桐乃の太股を触りまくっている。

「こら! 何をしているの!」

さすがに、妹二人の振る舞いを目の当たりにした黒猫が二人を諫めに入る。

「だってさぁ! そこにいい太股があったんだもの!」
「ふとももがあったんだもの」

日向ちゃんの口を吐いて出たエロい感じの言葉を珠希ちゃんが後追いする。
桐乃の顔を見ると、

「フヘヘヘヘヘ」

ああ、ダメだコイツ。もうやだ、こんな妹。


「なっ! 何て事なの!? 私の妹達がこの邪悪な雌の手に堕ちただなんて!」
「諦めろ、黒猫。もう手遅れだ」
「諦めるわけにはいかないわ。何としても妹達には真っ当な道を歩ませないと」

いや、お前の妹である限り、それは難しいんじゃないか?

「まあ、今夜は目を離さないようにすれば何とかなるだろ」
「ええ‥‥‥絶対に目を離さないようにしなくてはね」
「でも、意外と桐乃のヤツは、そんな変なことはしてなかったぞ」
「あら? でも貴男は妹のことを信用してなかった様子だけど?」
「あれは‥‥‥単なる勘違いで!」
「もしかして、単純に私の裸を見たかった‥‥‥の?」
「そ、そんなことは!」
「あら、そう‥‥‥なの」
「黒猫?」
「な、何でも無いわ! 勘違いしないで頂戴!」

黒猫は一体何を言っているんだ? 相変わらず理解不能だな。

「まあ、貴男がそういうのだから、貴男の妹は変なことをしないでしょうね」
「信用してやれよ。俺の妹をさ」
「ええ‥‥‥」

黒猫は軽く頷いてから俺を見つめる。
そして二人揃って、桐乃と黒猫の妹達の方に目をやる。

「ねえねえ、今夜だけ、ひなちゃんを『りんこちゃん』って呼んでいい?」
「『りんこちゃん』? うん、いいよ!」
「じゃあ、たまちゃんは『みやびちゃん』って呼ぶね」
「は~~~い。あたし、みやびちゃん!」

「「‥‥‥‥‥‥」」

俺と黒猫は互いに目を合わせた。

「黒猫」
「何かしら?」
「今夜は徹夜になるかもな」
「ククク。望むところよ」


『妹たちの宴』 【了】






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最終更新:2011年08月11日 12:29
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