「ちょっと違った未来6」 ※原作IF 京介×桐乃
チチチチチ…。
「う、うう~ん。」
ぼやっとした視界がだんだんとクリアになっていく…。ここは…。
「京介さんの、部屋。」
窓の外の明かりが目に飛び込んでくる。あの明るさだと…まだ皆起きてない…よね?
「京介さんは、あ…。」
京介さんはベッドの隣でタオルケットに包まって頭だけベッドにもたれさせて眠っていた。すやすやと静かな寝息をたてている。---ずっと一晩中あたしのことを見ててくれたんだ。
「…むにゃむにゃ…桐乃ぉ…。」
寝言であたしの名前をつぶやいてる。夢の中であたしと会っているのかな?それにしても…。
「…綺麗。」
長い睫毛が明度の低い光をあびながらその存在を示している。寝息もとても静かだ。…男の人ってもっとこう、あ~んな感じでこ~んな感じなんじゃないの?
…ついちょっとした悪戯心が芽生えた。ほっぺをぷにぷにしてやろ。
「…むにゃむにゃ…。」
「つんつん。つんつん。ぷにぷに。ぷにゅぷにゅ。」
指先で京介さんのほっぺの軽くつつく。さわっていて解ったけど…ホントにすべすべだ…。男の人ってもっとこう、脂っこいんじゃないの?なんでこんなにさらさらなの?
「…う、うう~ん…。」
いけない!睡眠を楽しんでる京介さんをこれ以上邪魔できない。
すこしばかりの名残惜しさを指先に残し、あたしはそっとベッドを降りた。起こさないように…起こさないように…。
そろりそろりと足音を立てないように注意しながら洗面台へ向かう。
「お借りしま~す。」
出る水の量に注意しながら静かに顔を洗う。うん、気持ちいい。
顔にタオルを当てながらあたしは目の前の、鏡に映ったあたしをみた。
「…。」
小顔で丸っこい、いつもどおり(?)の顔。柔和そうな顔の輪郭とそこから来る印象は全身まで及んでいて、その為か比較的背は高いけれど威圧的な印象は全くない。
どこにでもいる、没個性。平凡、平穏。
ーーー昔、誰かにそんなことを言われた。誰だっけ?よく思い出せない…。
チチチ…。
向こう側の窓の外から漏れ出る朝日は少し明るさを増してきたようだ。
思い出せないことは無理に考えないほうがいいのかもしれない。今は頭痛の兆しは全くないけれど、また迷惑かけちゃうから…。そういえば昨日はいっぱい迷惑をかけた。食事をせっかく作ってもらったのに食べ残して、その上介抱までしてもらって…。今度はあたしが何かしてあげたい…。
「…よし!」
小声で気合を入れる。昨日たくさん京介さんにお世話になったんだもん。なにか一つくらい恩返ししなきゃ。そうだ…!
「朝ごはんつくっちゃお。京介さん、びっくりするかも~。」
あたしは京介さんのうれしそうな顔をわくわく想像しながら、奥の台所へと向かった。
☆★☆
「う、うん?う~ん。」
眩い光が目蓋を照らす。いつもの朝だ。
「今…何時だ?」
そのままのベッドにもたれた姿勢で視線だけ時計に目をやる。6時30分前。いつもどおりの時間に起きちまった。…親父は時間にきっちりしてたからなあ。しつけられた習慣ってもんはそう簡単に変わらないらしい。いいことだ。
そんなことをぼんやり考えながら違和感に二点ほど気づいた。
桐乃がいない…。ベッドはもぬけの殻だ。あいつどこ行って…。
けれどその答えは2つ目の違和感ですぐにわかる。
「あれ?」
何だ?なんかおいしそうなにおいが奥から漂ってくるんですけど…。一体なんだってこんな。まさか…。
「あ、京介さん。おはようございます。」
俺の妹の桐乃が、艶やかな黒い髪を揺らしながらトレイにのせた食事を持ってきた。白いごはんにきんぴらごぼう、きゅうりとわかめを絡めた酢漬け、いわしの丸焼き…。
ごくり。その美味そうな姿に思わず唾を飲み込んだ。ってそうじゃなくって!
「あ、あのさ桐乃?」
「はい。どうしました~?」
ルンルン♪といった擬音がまさに今の桐乃にふさわしいだろう。笑顔で食器にのせた朝食を机に並べていく。
「いや…その…。」
「あ、食べる前に顔、洗ってきてくださいね~!」
「あ、ああ…。」
そのままの勢い(?)で両肩を洗面台のほうへ押される。…一体何なんだ?何が起こってるんだ?
バシャバシャと顔を洗いタオルで拭う。
戻ると桐乃がきれいな姿勢を座っていた。にこにこしている。
「顔、洗いました?」
「あ、ああ。」
「それじゃあ、一緒に食べましょう!」
俺はすわってあぐらをかいた。改めて目の前の料理を眺める。
…決して豪勢じゃないけれど、基本に忠実なありふれた朝食。食材の捌き方や放つ色でわかる。これは…。
「じゃあ、いただきます♪」
「い、いただきます。」
二人で手を合わせて箸を取った。
きんぴらごぼうを一口、口に入れた。ごぼうとにんじん、唐辛子達がお互いの味を損ねることなく豊かな調和を形作っている。
…はっきりいってうまい。食材の捌き方や放つ色でわかる。達人の技とかプロの味っていうのとはまた違う、つくり手の心がそのまま反映されたような味わいだった。
「どう、ですか?」
おずおずとした調子で下から覗き込むように聞いてくる。
「すげえ美味い。」
「ほ、ほんとですか!?」
パアッと輝くような顔を見せる桐乃。そんな顔されたらこっちまで嬉しくなっちまうだろ。
「ああ、これだといくらでも入るよ。本当に美味いよ、桐乃。」
「おかわりもありますんで、どんどん食べちゃってくださいね~。」
にこにこした顔で俺の食べる姿を見ている桐乃。そんな桐乃に俺は…さっきから感じている違和感を伝えるべきか迷ったが…。
「…。」ニコニコ
嬉しそうにしている。もはや桐乃は自分の分の料理を食べていない。
…この幸せそうな顔を見てたら、いくら鈍感な俺でも下手なこと言えねーよな。
『おまえ料理つくれねー筈なのにどうして』、なんてさ。
~~~
「ふ~、ごちそうさん。」
「ふふ、おそまつさまでした。」
桐乃は相変わらず笑顔で食器を片付け始める。
「いいよ、桐乃。俺が片付けるから。せっかくメシつくってもらったんだし。」
「いいんです。こういうのは女の子にやらせて下さい。それに、そんな細い体であれだけの量を食べてくれたんだから。すこし休憩してください。」
「そ、そっか…。助かる…。」
すこし食いすぎたもんな…。胃がさすがに重い。こんなことつくった本人に言えるわけねーと思っていたら向こうから言ってくれた。本当に気が利くよな。
「~♪」
鼻歌を歌いながら食器をスポンジで次々と洗っていく桐乃。…未だかつてなかったこの光景。以前なら…
『あ~美味しかった♪あんたの料理ってほんとおいしいよね~。あ、後片付けよろしく♪あたしやることあるから。』『はい(くすん)。』
こんな感じではなかったか。(そしてそのあたしのやることとはファッション雑誌を眺めることが9割9分9厘ではなかったか!)
そのことを思えば…感動すら覚える。
食器を洗い終えた桐乃が手を拭いてからこちらに来る。
「おまたせしました、ってどうしたんですか?」
「…感動してんだよ…。おまえってほんといい妹だよなぁってさぁ…。」
「も、もう///からかわないで下さい///。」
桐乃は照れた顔をふいっと背けた。
「…。」
背けた顔を直さない。じっと本棚を見ている。
「どうした?」
「いやその…難しそうな本だな~って。」
本棚には警察官採用試験の過去問や法律の専門書、とりわけ刑法や刑事訴訟法の詳解書、捜査実務や令状実務、公判に向けた擬律判断の本などがぎっしりと入っていた。就職してから現場で困らないように今から勉強している為だ。あとは雑学書や巷のハウツー本、それにお気に入りのマンガ達だ。あと…。
「あ、あの、こういうのって、京介さん…好きなんですか?」
桐乃はおずおずと本を手に取る…。タイトルは「いもうと☆めいかぁ~ふぁいなる!~」だった。
「いや、それはさ…俺のじゃねえよ。」
「え?じゃあ誰の…。」
「おまえ。」
「え?」
驚いた顔をする桐乃。
「だから、おまえの持ちモンなのそれ。それだけじゃねーよ。ほら、そこらにあるモンよーく見てみ?所々に似たようなもんあんだろーが。」
「え?そんな…。」
桐乃はとまどいを隠せない顔であたりを見渡した。ところどころに出没するメルルetc…。それらを見てますます戸惑いを隠せない。
「おまえ、こういうの大好きでさ。オタクっていってな。初めてその趣味が発覚したのはおまえが中学2年の頃。懐かしいな~、あん時親父に見つかって灰皿で親父を強襲したんだぜ?すぐに取り押さえられたけどよ。」
「あ、あたしが、ですか?」
「そ。結局親父も事実上はおまえの趣味を容認してくれてな。その騒動はひとまず決着がついた。まあその後も色々あったんだけどよ…どれも懐かしいな~。」
あの頃に想いを馳せる。あの頃の俺達は本当に青臭くて、がむしゃらで、純粋で、まっすぐで…。全力で走り抜けた掛けがえのない青春だった。
「…。痛ぅ…。」
桐乃は顔を少ししかめた。
「桐乃、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です…平気…。昨日ほどじゃないです…。」
「ほんとかよ?やっぱ病院に…?」
「今日診察の予約がお昼前に入ってるので大丈夫です…。それに…本当に昨日ほどじゃないです…へへ…慣れちゃったのかな。」
そう言って笑顔を見せた。
「無理だけはすんなよ。あんなことの後なんだ。身体の検査に異常はないとは言え、何かあったらすぐ…。」
「大丈夫です。でも、何かあったらその時は…頼ってもいいですか?」
「当たり前じゃねえか!俺はおまえの兄貴だぜ!いつでもどんな小さなことでも頼ってくれよ。」
桐乃はこぼれるような笑顔を見せた。
「あ、ありがとうござ」
ピンポーン!
が、桐乃が言い切る前に、その言葉に被せるようにチャイムの音が鳴った。
「誰だ朝から…。は~い!」
「俺だよ、俺!高坂!」
「赤城?今開けるわ。」
ガチャ
ドアを開けるとそこには、
「よう、高坂。どうだ、身体の具合は。」
「きょうちゃんおはよ~。どお?その後の調子は?」
赤城と麻奈実がいた。
「大丈夫。もうほとんどなんともねえよ。まだすこしだけ胸骨が痛むけどよ…。」
「だ、だいじょうぶ~?きょうちゃん?」
「胸骨ってギブスしにくい場所だよなぁ…はは。でももうほとんど完治してっからよ。…心配かけちまったな…。」
「そんなことないよぅ~。」
「あんがとな、麻奈実。」
くしゃりと麻奈実の髪を撫でる。麻奈実は「へへへ…。」と気持ちよさそうに撫でられているしている。そこへ…。
「ちょ、ちょっと高坂!やめろよな俺の目の前で!」
「お、おう赤城、すまんすまん。」
「全く…俺の田村さんへの気持ちを知ってて…。」
赤城が小さい声でなにやらぶつぶつ言っている。大体の内容は察しがつくのでこれ以上麻奈実を撫でるのはやめにしよう。
「で、どうしたんだこんな朝っぱらから?」
「何言ってんだ、もう一限始まる頃じゃねーか。」
「俺はおまえと違ってもう朝から受ける講義がねーの。」
最終学年で再履修だらけのおまえと違ってな!
「まあまあ堅いこと言うなよ。あのよ、御鏡が近々帰国するらしーからよ、よけりゃあいつん家で宅飲みしねえ?いい焼酎見つけたんだ。んで御鏡の兄貴入れて朝まで打とうぜ。」
パチンッと麻雀牌を打つ仕草をする赤城。…こいつもすっかり大学生だ。だが自堕落・大学生にはギリギリなっていない。なぜなら…。
「もう~。きょうちゃんも赤城くんもだめだよ~。身体に悪いよ~。それに赤城くんは麻雀してる場合じゃないでしょ~?」
「た、田村さん。そ、そりゃそうだけどよ…ガス抜きが必要っていうかさ…。」
「量をわきまえれるならいいけど赤城くんは熱中しちゃうでしょう?それなら最初からめっ、だよ?」
「そ、そんな!田村さん!?」
まあこういう風にストッパーが存在するからだ。相変わらず我が道を突っ走る外見イケメン・中身残念シスコンな赤城と髪を伸ばしてグッと大人っぽくなった麻奈実の二人。
…実を言えば赤城の野郎、高校の頃からずっと麻奈実のことがいいなと思っていたらしい。が、俺と言う存在に阻まれ、麻奈実本人に全くその気もそぶりもないのでほとんどあきらめていたとか。
が、俺が桐乃とくっついたことからかつての想いが急浮上!(赤城談。いちいち仰々しいんだよ。)
麻奈実がイメチェンを図って成功したこともあって大学であれよあれよという間に彼女にしたいランキングandお嫁さんにしたいランキングに堂々上位に入ったことから、一気に攻勢にかけた。
今では見事彼女に逆らえない系男子とかつてのイケメンは姿を変えてしまった。
そんなこんなあるにもかかわらず、二人はまだ付き合ってはいない。が、それも時間の問題だろう。(瀬菜が一時期むくれて俺と桐乃に相談に来たのはこいつらには内緒だ。)
「…。」
ふと、視線に気づいた。
「…。」
桐乃が何の色もない目でじっとこちらを見ている。
ぞくり。
どこかその視線に含むものがあると思ったのは気のせいだろうか?
「あ、桐乃ちゃん~おはよう~。」
「おう、桐乃ちゃん。おはよう。」
「…どうも。」
ぺこりと頭を下げる桐乃。
「病院以来だね。どおかな?その後身体の調子はどお?」
「あ、いえ…特には…大丈夫です…。」
とてもよそよそしいその態度に麻奈実は困ったように眉を下げた。だが、すぐに笑顔で、
「そっか。何かあったら何でも言ってね。力になれるかはわからないけれど…頑張るからね。」
「はい…ありがとう、ございます…。」
「そ、それによ…瀬菜ちゃんも桐乃ちゃんの為なら~っていってるしよ。大丈夫だって!な!」
桐乃は相変わらず目線を合わせようとせず、じっとうつむき加減だ。その姿を見て麻奈実は気を利かせてくれたのか、
「じゃあ…あたし達もういくね。実はね今日大学の講義がある日なんだ。それできょうちゃんどおしてるかな~って思って二人で話してから寄ってみたの。」
「赤城のお守りも大変だな麻奈実…。がんばれよ…。」
「お守りってなんだよ!…まあ違いないけどよ。そんじゃまた連絡するわ。」
「おう、今日はありがとな二人とも。」
「いいってことよ。桐乃ちゃんもまたな。」
赤城のその言葉に、桐乃はぺこりと頭を下げて応じた。
「はは…じゃあな。」
「じゃあね、きょうちゃん、桐乃ちゃん。また連絡するからね。」
バタン
カツンカツン…。
そういって二人は出て行った。
「…。」
「…。」
…沈黙が流れる。
さっきまで、あの事故で桐乃が記憶を失くして以来失っていた距離をすこしは縮められていたんだが…。妙にぎくしゃくしちまったな。
「桐乃。」
「はい。」
桐乃は淡々と答える。そこにさっきまでのはじけるような笑顔は影を潜めていた。
「麻奈実は…病院で来てくれてたから知ってるよな。赤城は今日が初めてか。」
「あ、はい。」
「あいつは高校のころからのダチでよ。学部は違うんだけど大学は一緒になっちまった。まあ一種の腐れ縁ってやつだよ。」
「あ、はい…。」
「…ふう。まあ、すぐには全部全部ってわけにはいかねえよな。ゆっくりしていこうぜ。今の桐乃のペースでよ。」
「ありがとうございます…。あの、もう病院にそろそろ行かなきゃ…。ごめんなさい、もう行きますね。」
そういって桐乃はかばんに置いてあった鍵を入れ始めた。
「お、おう、もうそんな時間か。病院まで送ってくよ。」
「いえ、大丈夫です。リハビリもかねて歩いていきたいので…。」
「そっか。わかった気をつけてな。」
「はい。じゃあ…。」
バタン
カンカンカン…。
そのまま桐乃は出て行った。
「…。」
桐乃は麻奈実のことも覚えてなかった。いくら尋ねても一向に知らない、と言う。だが…。
…ふと桐乃の入院先に麻奈実が来たときのことを思い出す。
俺はお袋が病室から出て行っている間、桐乃のベッドの椅子に腰掛けていた。
相変わらず桐乃はよそよそしかったが、その時麻奈実が果物を持って入っていたんだ。
その時俺の聞き間違えじゃなければ、桐乃は最初麻奈実を見た瞬間確かにこう呟いたと思う。
ーーーまなちゃん、って。
最終更新:2012年10月18日 18:04