ちょっと違った未来20

「ちょっと違った未来20」 ※原作IF 京介×桐乃 黒髪桐乃の過去編



 4月より時は流れ10月~


ピンポーン

「…」

ピンポーン

「…」

「まだ寝てるのかな…」

ガチャ

スタスタスタ

「…ん」

「お兄さん、起きてください。朝ですよ」
「…ああ。今起きる」

シャッとカーテンを開け密閉された部屋の空間に朝の光を入れ、窓を開けて空気を入れ替える。

「…おい」
「何ですか?」
「…寒い」
「空気を入れ替えるためですから我慢してください」

 お兄さんの起き抜けのぼやきを口で応えつつ、部屋の散らかったものの掃除をする。缶コーヒーの空缶にまだ中身が残ってるコーヒー、机の上には本が大量に置かれていた。昨日もどうやら徹夜だったらしい。

 ここはお兄さんのアパートだ。彼はここで一人暮らしをしている。

私、新垣あやせはあの時の再会の日から暇を見つけてはここに通ってお兄さんのお世話を色々と焼いている。
初めてここに来たときの私の印象はこの部屋は彼の心の中をあらわすかのようだと思った。だって本当に本以外何もない部屋だったからだ。
そんな彼に料理を作ってあげたくて食材を持って来たときに一番驚いたのは食器器具が全くなく、台所にはカップ麺のゴミが大量に積まれており下にはゴミの日に出し忘れたゴミ袋がこれまた大量に置いてある始末…。
お兄さんに詰問すると(いささか厳しい口調だったかもしれない)料理なんてしたことないしゴミの日もいつかわからない、とのこと。
当然手料理を振舞うどころではなく、お兄さんをまずはこの部屋から追い出し大掃除となったのはいうまでもない。
その後お隣さんに調理器具一式をお借りしてお兄さんと一緒に鍋料理を囲んだんだけど、まともな食事にありつけたのは数年ぶり、とのこと。…一体どんな生活してきたんですかお兄さん。

「また夜遅くまで勉強してたんですか?」
「…ああ」
「いいかげん夜型から朝型に切り替えないと辛いですよ」

お兄さんは朝にとんでもなく弱い人だった。3時4時までぶっ続けで机に向かっていることも珍しくないらしい。この人はいつも見せる頼りがいのある彼の外での印象とは逆に、私生活での実際はとんでもないもので自分の興味のあること以外何も頓着しない人だった。…つまり完全に一人じゃなにもできないタイプの男の人だった。

 そんなお兄さんを支えるべく、今日も朝から通い妻(きゃっ♪)を続けているわけです。

「…」

 お兄さんは起き抜けでまだ眠いのか座ってボーっとしている。あ、そうだ!
私は洗面所に行き「ある物」を取ってくる。あった、これだ。

戻ってくるとお兄さんはカップにコーヒーを注いで飲もうとしていた。

「もう、お兄さん!」
「…なんだよ」
「いつも言ってるじゃないですか!何も食べてないお腹でブラックを飲まないで下さいって!胃に悪いんですから!」
「…飲まないと身体が動かないんだよ」

 朝ご飯は私が作らないと食べない、ブラックコーヒーを日に何杯も飲む、朝夜逆転の徹夜は当たり前、それなのに肉体労働のアルバイト。無茶苦茶にも程がある。
 まあ、こういう放っておけない人なわけだから私が面倒を見るしかないわけで。

「なあ…」
「はい?」
「新垣、おまえ…その手に何持っているんだよ」
「え?ああこれですか」

 私は手元の「ソレ」をかざし

「はい♪おひげを剃りましょうね~」
「…俺は子供か」
「似たようなものじゃないですか。はい♪クリームを顔につけて、」

 私はクリームを指に泡立てる。普段お兄さんの顎から無精ひげが生えているのを余り見たことがない。首筋にかけてうっすらと生えるその太いもの。女の子の私には当然一生縁がない代物だ。一回してみたかったんだ、ジョリジョリって♪

「自分でするから結構だ」
「あん。もう用意しちゃいましたよぉ。ほらほら」
「…はあ」

 お兄さんはあきらめたのか、朝から抵抗して無駄に体力を使いたくないと思ったのか、おとなしくなった。そんなお兄さんの顎に向けて、

「はい。ぬりぬり」
「…」
「ぬりぬり~」
「…」
「ぬりぬり~♪」
「…おい」
「はい?」
「もう少し、普通に出来ないか?」
「え?ああ、すみません、何ぶん初めての体験でしたので…。楽しくって」

 私は続けてT字剃刀を手に取る。

「…そうなのか?」
「え?」
「いや、こうして頻繁に男の部屋に来るし、家事も手馴れているからてっきり男と同棲経験でもあるのかと思っていたんだが。それに芸能人ってそういうのが多いと聞、」
「そ、そんなことあるわけないじゃないですか!?」

 私は「少し」大きな声で反論する。

「み、耳が痛てぇ…」
「わ、私この人生18年間一度だって同棲経験なんてないです!ましてや手を繋いだことだってないんですから!」

 今までの男の人とお兄さんを一緒にしないで!

「そ、それは失礼した…」
「本当にもう!失礼ですよ、お兄さん!」

 ふんす、とした顔で再びショリショリ。余り多くない毛に刃を入れていく。

「でも…」
「ん?」
「そ、その、お、お兄さんが、い、一緒に居て欲しいって、わ、私のことが必要だって言ってくださるなら、私はいつだって…」
「…ば~か」

 こつん、と軽く握り締めた指先で頭をたたかれた。

「うう~」
「そういうことは俺なんかに使う言葉じゃないだろう。もっと本当に好きになった人に使うべきであって、」
「そんなことありません!」

 私のお兄さんへの想いを否定されたみたいで、つい、かっとなってしまった。…ああもうこのやり取り何度目だろう…。それでも譲るわけにはいかない!

「お、お兄さんから見れば私なんかまだまだ子供かもしれません!けれど私ならお兄さんのために何だってしてあげられるし何だってする覚悟もあります!」
「…」
「そ、それに、か、身体だってまだまだ成長してますし!お、男の人を、お兄さんを決して失望させたりは…」
「ば、ばか!」

 上着を捲くろうとする私をお兄さんは慌てて止める。下からピンク色のブラが見えていた。

「全く…とりあえず落ち着けよ」
「うう~」
「おまえの言いたい事だけはとりあえずわかったから…」
「は、はい…。私も少々取り乱しました…」

 しゅん、とうなだれる。それを見てお兄さんは

「ほら」
「え?」
「髭剃り…続きしてくれるんだろ?」

 笑み一つこぼさないぶっきらぼうさで。だけど彼なりの最大限の優しさでそう言ってくれた。私にはもう充分すぎるほどわかっていた。これがこの不器用な人の不器用ながらの優しさなんだ、って。

「は、はい!…それじゃ続きをしましょうね~♪」
「…その赤ん坊に言うような話し方はやめてくれ…」

 そうしてその日の朝は彼と私が学校に行く途中の道まで一緒に過ごした。




~~~~




 あたしこと高坂桐乃はこの香織さん主催のゲームサークルに入ってもう半年になる。今月からまた一気に寒くなりそうだった。

 このサークルは本当に自由な空間で、皆が各々好きなことを勝手にしているといった具合だ。だいたいがパソコンをいじっている。今日も幽霊部員という香織さんの弟さん以外全員そろっている。あやせも後からくるみたいだ。

 あたしはパソコンのことはこの半年間で一通りの基本的な使い方は覚えたが、真壁先輩達がしていることは全く持って未だ意味不明だ。つまりその程度の知識である。

「…」

瀬菜先輩は先ほどから一心不乱に原稿用紙に書かれた文字を目で追っている。その原稿用紙に書かれたものとはあたしの書いた小説だった。

香織さんの屈託のない明るい人柄と穏やかな雰囲気に惹かれて今年4月に入部したのはいいものの、パソコンに対するさしたる興味も持てないまま過ごしていた。が、皆各自好きなことをやっているのを見てあたしも勝手に小説を読み始めた。

それを見た瀬菜先輩と香織さんが、

――何か書いてみてくれよ

 …で現在に至る。感情に任せるがままに書いたものだった。

内容は遠い遠い場所に離れて行ってしまった愛する人と都会の街角で再会するというラブストーリーだ。彼と彼女は偶然の再会後お互いの失われた時間を埋めるように優しい時間が過ぎていく…。ラストは誰も傷つけることのないハッピーエンド。

 もちろんこれは思いっきり自分の願望に寄り添うものだとは自分でも理解している。
今どこにいるのかさえわからないあの少年との再会。それがこんな風だったらどんなにいいだろう…。一度ペンを握ったらもう止まらなかった。想いがあたしのペンを突き動かした。…とは言っても所詮素人の創作なんだけどね。えへ。

 そうしていると瀬菜先輩はあたしの原稿を読み終えたようだった。香織さんもさっき読んでくれたが、未だ感想を聞いていない。急いで瀬菜先輩に原稿を読めと渡したからだ。

「香織さん…これ…」
「…ああ」

 二人は緊張した面持ちで原稿を間に挟んで見つめ合う。え?なに?どきどきしてきた…。すると、

「桐乃ちゃん、すっごく面白かったですよ~!」
「え」
「応。読んだときこの話の内容に個人的に思うところは色々あったけど…凄く感動した!」
「え?え?え~?!」

 嘘?!あたしが?!あたしなんかの小説が?!

「これ!これ!これ皆も読まなきゃ!真壁先輩も!お兄ちゃんも!」
「ちょ、ちょっと赤城さん落ち着いて、」
「こら真壁てめえ瀬菜ちゃんにそんなにくっつくな!」
「おまえがくっつくな」

 香織さんの蹴りが赤城先輩の背中に入る。筋肉質で広い背中の赤城先輩でも靴のつま先を入れられると凄く痛いのか…。うごご…、と呻き声を上げている。

原稿を真壁先輩と涙目の赤城先輩が二人で読み始めると、瀬菜先輩はあたしに向かってまじめな顔でけれどどこか楽しげにこう言った。

「…もしかしたら桐乃ちゃん誰よりも凄い作家になれるかも」

 え?

「そ、そんな。買いかぶりですよ!あたしなんかの話がどうしてそこまで、」
「そんなことはないさ」

 香織さんが、

「あたしはな、今までインドア・アウトドアに限らず大抵のことはこなしてきたけど…これはすごく底光りする代物だ」
「そ、そんなこと」
「今は磨かれていない…。だけど、誰も見たことのないその奥から一度見た者のその心を捉えて離さないような「魔力」のような妖しさがあった…。一時期流行ったそこいらのケータイ小説なんていうワンシーズンものとはわけが違う」
「…」
「自信持てよ。桐乃ちゃんにはあたしの目から見てモノ書きの第一級の才能がある。間違いないさ」

 こんな全人類平均値を地で行くあたしが?いやいやいや!

「ふう…信じられないって顔してるけど、まあこの事は後々じっくり話そうか。どころでその小説ってさ…もしかして桐乃ちゃんの実体験とか入ってたりする?」
「え…。はい。恥ずかしいですけど、それに願望とかも…。たくさんもりつけました…」

 は、はずかしい~!

「…」

 すると香織さんは少し考え込み始め、

「なあ?」
「はい。どうしました香織さん」
「桐乃ちゃんさ…このサークルに余り来てないあたしの弟に会ったか?」
「?いえ?まだ会ってませんけど…。あ、今度お会いしたらご挨拶しておきますね」
「…。そっか…」

 そう言うや否や香織さんは何故か一人でうんうん唸り出した。

「あのボケェ…くそ、なるたけ自然な形で、って。半年待った結果がこれだよ。なんでこんなにも噛み合わない…。少しは気を利かせろよ男の癖に…」

 ぶつぶつ何事か独り言を言い出し始めた。どうやら少し怒っているみたいだった。何故だろう。

ガチャ

「すいません、遅れました」
「あ、あやせ!」

 あやせが入ってきた。今授業が終わったみたいだった。

「よう。久しぶりだな」
「すみません、たまにしか顔を出さなくて」
「気にするなよ。来ても好き勝手するだけだしな。それよりその言葉はあいつが言うべきなんだ」

 ぐぐぐ、と拳を握り締める香織さん。その様子が何故か堂に入っていてちょっと怖いんだけど。そういえば何かの武道の有段者なんだっけ?

「あいつって、お兄さんのことですか?」
「そうそう!あやせも会ったことあるだろ?あんの野郎、放って置いたらずるずると…。そろそろ引っ張り出さないと」
「お兄さんなら今日のこの時間はバイトだって言ってましたけど?」
「なに?!あやせおまえあいつと会ったのか?」
「ええ。今朝会いましたよ」

 あやせは香織さんの弟さんっていう人と度々よく会っているらしい。ちなみにあたしはこのサークルに入部した4月からこの10月までに未だ一度も会っていない。
 瀬菜先輩や真壁先輩が言うにはぶっきらぼうだけど根は優しくて、いざという時すごく頼りになる人。
赤城先輩(お兄さんの方ね)が言うには意外と女の趣味が合う人。(つまりシスコン?ということは香織さんの弟さんには妹さんがさらにいるのだろうか)
三浦先輩が言うには普段は何考えてるかわからないけど根は熱い人。
 あとはあやせと香織さんだけど…二人とも彼のことについて肝心の情報を何も話さない。
…だけどその話さない理由が二人が二人とも違うような気がするのはあたしの気のせい?


そうしていると香織さんがいきなり、

「よし!今日はお前ら全員のみに行くぞ!」

「え?!」

瀬菜先輩が少しびっくりした顔をする。

「当然全員参加な。全員だからあの馬鹿にも連絡する」
「ということは槇島先輩と久々に会えるんですね」
「あいつももう卒業だ。仕事も決まってるくせに勉強ばっかりにうつつを抜かすとはけしからん。若者なんざ遊んでなんぼだ!」

 そういうや否や、香織さんはどこかへ通話をし始めた。

「もしもし、あたしだよ、あたし。お前今日時間あるよな?…。よし!だったら今すぐ来い!皆で飲みに行くから!サークル棟の前な!…はあ?!拒否権なんてお前にあるかよ!…うん、うん。…。はあ?!あのね、あたしは沙織と違ってお前を甘やかしたりしないよ。…。うん、うん。んじゃ」


 そう一通りぶち上げて通話を切る。それからあたし達に向かって振り返り、

「よし、皆でぱーっと行くかぁー!」

 何かを期待した、楽しそうな笑顔をこちらに向けた。

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最終更新:2013年03月13日 21:48
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