ちょっと違った未来24

「ちょっと違った未来24」 ※原作IF 京介×桐乃 黒髪桐乃の過去編



~大学近く、地下バーにて~


「う~ん♪よく飲んだなあ~」
「あはは…」

 香織さんはその後も色々とお酒を頼み続けた。
 この人、さっきの飲み会の飲み屋でも思っていたが、あまり食事はしないタイプの人らしい。それなのにアルコールはザル。…肝臓は大丈夫なのだろうか。

「あ、あの…そろそろお酒は控えたほうが…」
「ん?なに、あたしの身体のこと心配してくれんの?くぅ~うれしいね~!お姉さん桐乃ちゃんに抱きついちゃうよぉ~!」

 右隣に座る香織さんがあたしをぎゅうっと抱き寄せる。

「え…?え・あ、あの…」
「う~ん、槇島奥義必殺すりすり!槇島秘儀必殺ぷにぷに!ああ~!この抱き心地!完全にツボだわ!お姉さんはまりそう!まさにきりりん!きりりん萌え~!きりりん萌え~!」
「はう…」

 あの…。香織さん?そのきりりんってあだ名は一体…?

 酔った彼女の即席の命名、きりりん。きりりんきりりんと連呼するその姿は知らない人が見たらぎょっとするだろう。生憎ここにはマスターと寝ている京介君しかいないが。

 普段姿勢よく凛として自信満々に笑っている彼女の意外にも(?)甘ったるい体臭と甘いアルコールの匂いにあたしは包まれた。

「でも…」
「うん?なぁに桐乃ちゃん?」

 あたしは香織さんにぎゅうっと抱きしめられたまま、

「京介君も、香織さんも…皆凄いですね…。あたしなんか全然…」
「…」

「全然、かなわないや。皆、苦しいことや辛いことがあっても逃げずに立ち向かってるのに、あたしなんていつまでたっても…。何をしても人並み以下で…何をしてもどんくさくって…」
「…」

「京介君や香織さんを見ていたら、一体自分って何なんだろう?って思えるんです…。この歳になっても特技一つもやりたいこと一つも何も見つからない。今までどこにいても何をしてもあたしなんて誰の役にも立たなかったし…」
「…」


「…京介君が一番辛い時にも自分のことばっかりで…。そんな、そんなあたしの存在価値なんて、」


「それは違うよ、桐乃ちゃん」


 香織さんの今までの酔っていた雰囲気はどこへやら、厳しくもしかし優しい眼差しであたしの目を見つめていた。

「いいかい、桐乃ちゃん。この世は一人じゃ生きていけないんだよ。どんなに「凄い」といわれてる奴だって誰かに何かで助けてもらって、支えてもらってるからその今があるんだ」
「…」


「この世は絶対に一人じゃ生きられないんだよ…。これは決して綺麗事じゃない、真実さ。それに、ほら。あたしを見ろよ。あたしなんてまさにそうじゃないか。さっきあたしは成人まで本来なら生きられないといっただろ?本当にそうなんだ。あたしは本当なら「居ないはずの人間」だったんだよ」
「…」

「けれど皆の力で、父や母や妹の沙織や…あたしを治してくれたお医者様やあたしの幼馴染みの旦那のおかげで何とか「槇島香織」という今がある。そのおかげで今こういう風に自由な放蕩が出来ている。サークルの奴らとも、そして桐乃ちゃんともこうして…出会えたんだ」

「香織さん…」


「誰一人、要らない奴なんてこの世にいやしないよ。皆が誰かの為に、誰かが皆の為に…目には見えないけど世の中はそうやって循環してるんだ。それなのに自分一人の力だ、とか、俺は一人で生きてきてここまでのし上ったんだ、なんていう奴がいたらあたしはどうしようもなく腹がたって仕方がないんだよ。てめえ誰のおかげでそこまで出来ると思ってるんだ、ってな。どんなに弱いっていわれてる奴でもな、誰かが全くの無力だなんて…そんなことあってたまるかよ」

「…」

「それに…桐乃ちゃんはそう自分で自分のことを言うけどさ…。現に確実に助けられてる奴がそこに一人いるじゃないか」
「え?」

 香織さんが指差す方向には、寝息をくうくうたてて眠っている京介君の姿があった。

「こいつはね、桐乃ちゃんの存在だけが心の支えだったといっても間違いのない半生を送ってきたんだ。普通の人間だったら間違いなくどこかで心が折れてる。それでも折れなかったのは…桐乃ちゃんのおかげだよ」

「京介君…」

 胸が熱い…。彼はそこまでしてあたしの事を…。
 寝ている京介君の顔をよく見れば頬がこけて目元に隈が出来ていた。香織さんの言うとおりこんなになってまで彼はあたしのことを想っていてくれたのだとしたら…。

 それは凄く女冥利に尽きる話ではないだろうか。

 あたしのことを考えてくれながら額に汗するそんな彼のことを思うと…。不謹慎なのはよくわかっているけど、それでもあたしは幸せで胸が一杯になってたまらなかった。

「なあ…桐乃ちゃん」
「はい」

 香織さんはどこか真剣な顔で右ひじをカウンターに置きこちらに身体を向けて、

「本格的に…小説を書いてみないか?」
「え?え~?!」

 な、なんでいきなりそんなこと…。

「おっと、いきなりじゃないよ。前に一回保留にしてる話じゃないか…」
「うう~」

 にやにやと笑う香織さん。確かにこの前書いた小説の原稿を瀬菜先輩が読んだ後そんなことがあったけど…。

「な?!そもそも桐乃ちゃんは自己評価が低すぎなんだよ!桐乃ちゃんは自分で考えてるよりもずっといい子だし、誰よりも可愛いよ!それにあの小説を皆に見せたら…たくさんの人が幸せな気持ちになれるんじゃないかな」

「そ、そんなこと…」


「それにいい機会じゃないか。桐乃ちゃんには本当に凄い文才があるんだって。今まで色んな本を読んできたんだろ?だからじゃないかな…そういう「下地」のようないい意味での粘りっこさを読んでて感じた」

「…」


「あれは一回こっきりの一発屋のような作品とは違った、息の長い作風になるよ。な?!一回やってみようよ!小説家・PN☆きりりんの誕生を見たいと思ってるお姉さんを助けると思ってさ?!」

 ペンネームはそれで決まりですか…。
そうしていると左隣の京介君が…。

「う、うう~ん…。こ、ここは?」

 どうやら、目が覚めたようだった。

「おはよう。目覚めは如何かな?寝ぼすけ君?」
「…香織さんか。はあ…」
「おい?!目覚めの一発目のその態度はなんだ?!こんな美女の顔を気付け代わりに出来るなんて男なら泣いて喜ぶ話だろうが?!」


「…義理とはいえ姉に欲情する奴はいませんよ…」
「何言ってるんだ!世の中には義理はおろか実の姉や妹にも欲情する奴だってなあ…」
「ケダモノじゃないですか、そいつ…」

 いつも通りの(?)香織さんと京介君の「槇島姉弟」の漫才のような姉弟喧嘩。本当によかったね、京介君…。こんなに素敵なお義姉さんに巡り会えて…。

「ふふふ」

「お、どうしたの桐乃ちゃん?」
「いえ、楽しくって…」
「そっかそっか!楽しいってのはいいことだ!人生なんざ楽しんだ勝ち、遊んだもの勝ちだからな!」

 うれしそうにあたしの顔を抱きしめる香織さん。はう…いい匂い。それに体温もあったかい…。

「もう離してあげてくださいよ…桐乃、困ってるじゃないですか…」
「あん?…。はは~ん?さては妬いてるな?この義姉に向かって!嫌だねぇ~?男のジャラシー程見苦しいものはないぞ~?」
「何をまたわけのわからないことを…」


「いつの間にか呼び方も高坂から「桐乃」になってるしな~?どうしたんだ?とうとう観念したのか?おにいちゃん?」
「…別にそういうわけじゃありませんよ」

「桐乃ちゃん」
「は、はい」

 香織さんはあたしに向きながら、

「こいつと結婚しなよ!そしたらあたしはきりりんを手に入れることが出来るのか~!もう京介要らないからさ、うちの妹になっちゃえよ!沙織と並べるところを想像するだけで…!」
「何をまた馬鹿なことを言ってるんですか、香織義姉さん…」

 そう言って京介君はあきれた顔で香織さんを見つつ、


「そんなこと、許されるはずがないでしょう…」


そう、小さくつぶやいた。



~~~


 その日の飲み会は桐乃達が喧嘩をして出て行った後、すぐに終わった。香織さんもあの後出て行ったし、飲み会そのものの推進力が失われたからだ。
 赤城さんたち男の人達はあの後も飲みに行ったみたいだけど…。(その時赤城先輩に誘われたが、瀬菜先輩がブロックしてくれた)

ブブブブブ…

ブブブブブ…

ん?あれ?

 鞄の中に入れてある携帯電話のバイブレーションが鳴っている。こんな時間に誰だろう…?
画面を見てみると…。

「お姉さん?」

 画面には「田村麻奈実」との表示が出ている。彼女は今年の夏にニュージーランドに公刊留学生として行って以来だから日本には今いないはずだ。一体どうしたんだろうか。


「はい、もしもし」
「はろー。あやせちゃん元気ー?」
「お姉さん!お久しぶりです!」
「えへへ。久しぶりだねあやせちゃん」

 電話越しの麻奈実さん…お姉さんは日本を出立する前と変わらぬ元気さと穏やかさだった。

「すみません、最近電話出来なくて。いつも写真がたくさんついたお手紙を読ませてもらってます」
「いつもありがとねー。それと手紙みたいなあなろぐでごめんね。皆やってるでじたるなふぇいすぶっくとかいんたーねっととか上手にできたらいいんだけどねー」
「お姉さん…」

 およよ…。留学してるのに英語の発音が私から見ても絶望的だった。ニュージーランドの温暖な気候でもお姉さんの英会話能力の壁を溶かすことは難しいのか…。

 受験の時は普通に答えを教えてもらっていたのに、どういうことなんだろう…。あれはやはり受験英語ということなのだろうか。

その上未だにネット回線やSNSサイトの扱いが出来ないようだ。まあ私もSNSサイトは登録だけで全く開いていないので人の事を言えないが。

 この人、田村麻奈実さんは私が今まで見てきた中で誰よりも人として頭がいい人なのだけど、人も誰よりもいい人だった。

「どうですか?そちらの生活は?」
「うん!とってもいいところだよー!皆いい人なのー!ただ…」
「?」
「ホームステイ先の家の人が菜食主義者でねー。べじたりあんっていうのかな?こういうの。お肉が足りないの。だから夜中にこっそり一緒に来た仲間の留学生の子達とお肉と野菜を交換してるんだ。えへへ」
「そうなんですか」

 どうやら食生活が少々大変なようだ。私も肉類はあまり好きではないけれど、やはりなければそれはそれで困る。

 国外に出た時の外国での食事事情は思ったよりも重要で、私も短期で仕事で出た時に水の問題を甘くみており大変苦労した。その時はスタッフの人の機転でなんとかなったけれど…。
そういえば美咲さんに海外でのモデル撮影を頼まれている。この件も近々考えなければならない。あ、そういえば…。

「お姉さん、一つお聞きしていいですか?」
「いいよー?なんでも聞いてー?」

 お姉さんは朗らかに、いつものような間延びした独特の甘ったるい口調で答える。

「お姉さんって、高坂桐乃ちゃん達と幼馴染みだったんですね」

 ピク

 電話越しの姿が見えないお姉さんの空気が変わった気がした。

「…そうだよー?」
「そうですか。じ、実は桐乃と私、中学の時の同級生でして、こっちの大学で一緒になったんです」
「そうなんだー。元気かなぁ桐乃ちゃん」
「ええ。今は一緒のサークルに入って楽しくしています。桐乃、元気ですよ」
「そっかぁ。昔から綺麗な子だったもんね。今はどんな風に成長してるのかなぁ」
「あまり会ってないんですか?」
「うん…。子供の頃たくさん遊んだんだけどね。ちょっとある事で喧嘩しちゃって…」
「そう…ですか…」

 お姉さんの感情を害するあまり良くないことを聞いてしまったのかもしれない。しかし、そんな私の気持ちを察してくれたのかお姉さんは、

「でも今は何とも思ってないよ?会ったら仲良くしたいなと思ってる」

「お姉さん…」

 すごく朗らかに私の気持ちを柔らかく押し隠した。

 私も社会に半ば出て常々思っていたのだけれど…社会でも家庭でもどこにでも認められる本当の力というのはこういう包み込むような優しさだと思う。
 このお母さんのような日向ぼっこの暖かさに比べたら、車やお金の多さを自慢したり学歴の高さを鼻にかけて群がってくる周りの男達がとても幼稚なものに思えてくるのだ。

 お姉さんを見ていると、人間最後はやっぱり徳だな、と素直に思えてしまうから凄い。
…同時に自分の至らなさをも猛省する羽目になるけれど…くすん。

「そ、それでですね。桐乃ともう一人お兄さん…今は槇島京介っていう人なんですけど…。二人とも私と同じサークルに入ってるんですよ。この京介さんとお姉さんと桐乃って三人で幼馴染みだったと今日お兄さん…京介さんから聞きまして」

「…」

 今度こそ、電話越しの空気が確実に変わった。あれ?一体どうして…。

「きょう…ちゃん?」
「え、ええ…。京介さんです。桐乃とお姉さんと幼馴染みだと言ってましたし…」
「…あの今から8年前の、中学生の時に居なくなった?」
「え、ええ。だと思いますけど…」
「…」

 …どうしたんだろう。こんなお姉さん初めてだ…。

「ねえ、あやせちゃん…」
「ひゃ、ひゃい!」

 び、びっくりした!お姉さんの声なのに地下からの声に似た身体に響く声音だったから。

「…お願いがあるんだけど」
「は、はい。ど、どうぞ」
「…」

 …え?え?どうしてまた黙るの?なんか怖い…。

「…その二人。きょうちゃんと桐乃ちゃん、なるべく一緒にさせないで欲しいの」
「え?」

 それってどういう…。

「あの…お姉さん、それって一体どういう意味…」

「その二人…絶対に二人っきりにしちゃだめ。ましてや…絶対に恋人なんかにさせちゃ駄目だよ!!」

 出会ってから今までで未だかつて聞いた事のない切羽詰った厳しい口調で、お姉さんは私にそう告げた。


続く

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最終更新:2013年03月15日 22:28
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