「ちょっと違った未来25」 ※原作IF 京介×桐乃 黒髪桐乃の過去編
~学生街近く、地下バー地上入り口付近
「いい夜だな…星一つないけれど満月がとても綺麗だ」
「はい、そうですね。とても綺麗です…」
香織さんはしたたかにお酒を一通り飲んだ後満足したのか、ようやく帰る気になったみたいだ。地下にあるバーから出てきたら大きな満月があたし達を迎えた。
京介君は眠気を覚ましたい、ということで顔を洗ってくるといっていた。今日の一件でわかったのだけど、京介君とアルコールは非常に相性が悪いらしい。
「今日は色々あったけど…楽しかったね」
「は、はい」
「ふふ…桐乃ちゃんは本当に可愛いなあ~」
香織さんはいつものともすれば獰猛な犬歯を剥いた笑顔ではない、穏やかな笑顔を向けてきた。…大多数の皆が普段知ることのないであろう、彼女の色んな側面が知れて本当によかった。今日の出来事であたしと香織さんの距離は大きく近づいたと思う。
「…本音を言うとね。な~んか桐乃ちゃんって放っておけないんだよね…」
「え?」
そ、それってやっぱり。
「あ、あたしってやっぱり、そんなに見てて危なっかしいのでしょうか…。だったら、」
「あ~!違う違う、そうじゃない!そうじゃないんだよ桐乃ちゃん」
「え」
香織さんはぽりぽりとこめかみを人差し指で掻いた後、
「なんかね、桐乃ちゃんって…あたしと同じ匂いがするんだよね…」
「え?」
え?え?え~?!嘘でしょう?!この容姿端麗で何でも出来て、いつも人が集まってくるカリスマ性の塊のような人とあたしが?!
「そ、それはさすがに、あたしが香織さんに失礼かと…」
「いや、これはあたしの勘なんだけどね。桐乃ちゃんはあたしと同種の人間だよ。間違いないね」
きっぱりと断言する香織さん。彼女の自信溢れる歯切りのいい言葉に危うくその気になりそうになるが…。
「いえいえ、そ、そんなこと!いくら香織さんの言うことでもさすがに信じられませんよ」
「そうかな~」
にやにやとまたあの人懐っこい笑顔をする。
「ま、いずれわかることじゃないかな~?あたしの勘ってそれはもう凄く良く当たるんだぜ?」
「そ、そうですか…」
自信満々に言い切る香織さんには悪いけど、そんな日は来ないんじゃないかな…。
「しっかしあの馬鹿遅いな。また寝てやしないだろうな?」
「…どうなんでしょうか」
京介君がバーのマスターに洗面所を借りて10分以上経つ。
「今日は初めあの馬鹿がいきなりトチ狂いやがったもんだからよ、あたしの華麗なる計画が失敗した~って思ったけど…結果オーライで何よりだ」
「きょ、今日は色々とご迷惑をかけてありがとうございます」
「おいおい!別に構いやしないよ!あたしと桐乃ちゃんの仲だろ?他の奴ならいざ知らず、桐乃ちゃんの事なら最優先だよ最優先!」
「あはは…」
「いづれあたしの「妹」になるんだからよ!いまから仲良くしとかないとな!」
「ううう…」
京介君のお嫁さん…。真っ白なウエディングドレス…。いつも雑誌で花嫁衣装を見るたびに憧れたものだった。やっぱりあたしだって女の子だもん。きらきら目映いものが大好きなのだ。その上その隣に一緒に歩いているのが京介君だと考えただけで、あたしは…。
「でへへへへ…」
「お、お~い?桐乃ちゃん?どこにトリップしてるの~?」
香織さんは頬をひくひくとさせていた。いけない!「ちょっと」あちら側へ意識が飛んでいたみたいだ。
「…まあ桐乃ちゃんのことはいつも聞いていたしな。本当なら今日みたいにこんなに強引にじゃなくもっと自然な形で再会させてあげたかった」
「え」
「でもこんな状況見てたらいてもたってもいられなくってさ…。いくら大学が違うといってもなんで半年もすれ違い続けるんだ!ってな。あの馬鹿がサークルの部室に来てる時に限って桐乃ちゃんはいなくて、桐乃ちゃんが来ている時にあの馬鹿がいない…。何のギャグかと思ったよ」
「…」
「しかしそういうじれったい関係も今日で終止符が打てたというわけだ!そういう意味じゃあたしは二人の恋のキューピッドってことになるな!」
ししし、と楽しそうに笑う香織さん。それから、
「あの時すぐにわかったよ。京介がいつも言っていた…あの女の子のことだ、って」
そう、至極まじめな顔で、香織さんはあたしに言った。
「香織さん…」
「あとは桐乃ちゃんとあいつ、京介との二人の問題だ。あたしに出来るのはここまでだ。頑張れよ」
「…はい」
ありがとう…香織さん。
~~~
「あたしの住んでるアパート、あそこなの…」
「…」
あの後バーから出てきた京介君に対して香織さんはあたしを家まで送っていくようにと言った。香織さんの言葉に抵抗しようとする京介君を「男の義務だろが!」と笑って一喝。
最後に「送り狼になるなよ~」とだけ言い残して自分はどこかへ去っていった。京介君の話だとこの後どこかへ遊びに行くのが香織さんのいつものパターンらしい。だいたいがビリヤードかダーツだという。
付き合ってられるか、遊び人め、とぶっきらぼうな口調で言いつつも、危険な場所には行かないで下さいよ、と気遣う京介君。
それを背中で受けてひらひらと手を振ってそのまま上機嫌に夜の街に消えてしまった。
そして今あたし達はあたしのアパートの前にいる。大学生協からの斡旋の学生のみが借りられる部屋である。
「そうか。…じゃあ、俺はここで…」
「あ、あの!」
ぎゅ と服の裾を握り締める。…神様、香織さん、どうかあたしにほんのちょっとの勇気を…。
「よ、よかったら、あたしの部屋に上がらない?」
「…」
京介君はあくまで無表情だ。
「あ、あの、その!今日久しぶりに再会出来たんだし!色々話したいなぁ~って思って…」
「…」
「そ、それに…美味しいお茶もあるの!あ、あたしこう見えても料理とかお菓子作りとか人並みレベルだけどしていて…きょ、京介君と一緒に飲みたいなぁって」
「…」
沈黙が痛い…。やっぱり…。やっぱりあたしなんて…。
「ご、ごめんね?また、また困らせちゃったね…。もう、もうあたし、こんなこと言わないから、だから」
「…」
「だから…」
もう、嫌いにならないで…。あたしを拒絶しないで…。
そう言いかけたその時、
「はははっ」
京介君は顔を少しだけ綻ばせ、笑顔で笑っていた。
「え?え?」
「いや、すまん。何だか懐かしくなってな…」
「え?」
京介君はおかしそうに口元に手を当てる。…驚いた。今日再会してから彼のこんな表情は初めてみたから…。
いつも笑顔だった、ありし日の京介君。思い出の彼と今の彼の笑顔が完全に一致した。その姿を見てあたしは思った。やっぱり…。
「ふふ…」
「?なんだよ?」
「だって…」
あたしは嬉しくって。でもその言葉を口に出さないでおいた。
やっぱりおにいちゃんはいつまで経ってもおにいちゃんなんだね、って。
~~~
「どうぞ、ゆっくりくつろいでて」
「…お邪魔します」
京介君をあたしのアパートの部屋に入れる。最低限度の家具以外テレビも何もない部屋だけど…部屋はいつも綺麗に掃除だけはしてたから…。
「ちょ、ちょっと待っててね。今お茶入れるから」
あたしは台所でお湯を沸かす。先日瀬菜先輩と街に出た時に手に入れたダージリン。少しだけ値を張ったが、物欲に負けてしまった。あの時瀬菜先輩と一緒に食べたクレープ、プリンとアイスがたっぷり入ってて美味しかったなあ。
こぽこぽとお湯を沸かしつつダージリンの葉を確認する。うん…いい香り。
満足のいく紅茶を入れたあたしはお湯ごと持っていくと、
「…」
京介君があたしの机の上の原稿用紙をじっと読んでいた。って…。
「だ、駄目!」
熱心に読んでいた彼の手から慌てて原稿用紙をひったくる。うう~。酷いよ。勝手に人のものを読むなんて…。
「す、すまん…机の上に置いてあったものだから、ついな…」
「うう~」
「わ、悪かったよ。俺はどうしてもこういうものに目がなくてな…」
え?
「きょ、京介君も、小説書いてるの?」
「いや…すまないが俺は小説の類は一切読まないな」
「そ、そう…」
そっか…。もしかしたら京介君も恋愛小説とか好きなのかな、ってちょっぴり期待しちゃったんだけど。あ、あたしは男の人が恋愛小説を読んでても全然気にしないし!
「おまえ…そういう小説が好きだったんだな」
「え?う、うん。昔からそうなの」
あたしにとって料理や家事以外の唯一といってもいい趣味だった。とはいえ何も夢に向かって積極的にというわけではない。何もやることがなかったからだ。
「その小説…」
「え?!こ、これはね?!ええっと…」
どう言い繕おうか…。
「えっとね。か、香織さんや瀬菜先輩が見たいって言ってくれたから書いただけであって…。別に他に他意は…」
「…そうか」
そう言って京介君はあたしの顔をじっと見て。
「…そのヘアピン…」
「え?」
「まだ…使っていてくれたんだな…」
「…うん」
そう。このヘアピンはあたしにとってとても大切なものだからだ。もらってからずっと付けてきた。外せる訳がない。
これはこの世界において目の前の彼とあたしを繋ぐ、唯一といってもいい宝物だったからだ。
「懐かしいね」
「…ああ」
ふふ、とあたしは笑みをこぼす。
「ねえ、覚えてる?これをくれたあの時、京介君ったら…」
「…やめろ」
はずかしそうにそっぽを向く京介君。可愛い…。ぽりぽりと指で恥ずかしそうに頭をかく、そんな彼が可愛くって愛おしくって。
「ふふ…。やめてあ~げない。あの時の京介君ったら…うふふ…」
「…やめろよな。昔の話だろ、くすぐったい」
「ふふふ…」
あの時、このヘアピンをプレゼントしてくれた京介君はあたしにプロポーズしてくれたんだっけ。幼い子供の愛の告白。けれど、当時の彼なりの真剣なプロポーズだった。
――俺は将来桐乃をお嫁さんにする!
子供に買える程度の、安物のヘアピン。けれども当時のあたしはその彼の告白とともにつけてもらったそのヘアピンが何よりも目映い宝石に見えたのだ。
そしてその思いは今でも変わらない。
「懐かしいね…」
「…ああ」
「ねえ?京介君は今でも…」
「うん?」
今でもあたしのこと、お嫁さんにもらってくれる?
その一言をいうのは躊躇われた。それは…。
(あの後、まなちゃんに猛反対されたんだっけ…)
田村麻奈実。あたしと京介君のもう一人の幼馴染み。今はどうしているかわからないし知りもしない。
当時、この麻奈実お姉さん…まなちゃんはあたし達とよく遊んでいた。高坂家にもよく家で作った和菓子を持って来てくれた。
いつもにこにこしてて、争いごとが嫌いで。明るく天真爛漫な京介君とは何もかも正反対のような、子供の当時にしても落ち着いた性格のお姉さんだった。
そんな彼女があたし達の婚約を(子供ながら非常に幼いものだったけれど…)あたしから聞いたとたん、目を剥いて猛反対されたのだった。幼心ながら信じられなかった。あの誰よりも優しいまなちゃんがどうして…って。一番祝福してくれると思っていたからだ。
理由を教えて、と言っても言いにくそうに唇を噛み締めるだけ。それでもあたしと京介君のことは断固反対だった。
それからだ。それから8年前のあの事件を境に…ますます疎遠になっていき…。あたしが中学に上がるころには完全に連絡が途絶えていた。
「…」
「…桐乃」
「は、はい」
「…美味い紅茶、飲ませてくれるんだろ?」
京介君はあたしの考えてることを察したのか、
「今日は色々あって疲れたよ。甘いものでも飲んで糖分を補わないとな」
ぶっきらぼうな彼には珍しく、穏やかにそう言う彼はあの日の彼と変わらない優しさを秘めていた。
~~~
「…そうか」
「うん、でね、香織さんがね」
あたしは香織さんのことを我が事のように話し出す。
彼女が大学の非常勤講師をしていてびっくりしたこと。一緒に色んな場所にバイクに乗せて連れていってもらったこと。そこで色んな美味しいものを食べ歩いたこと。それから…。
「この小説、か…」
「う、うん」
そう。目下あたしの悩みの種(?)である小説作り。香織さんと瀬菜先輩達に見せた後、今日もバーで香織さんに猛プッシュされたが…。
「い、一応、前からいくつか書くには書いてあるんだけど…」
「…」
「や、やっぱり、あたしなんかの話なんて」
「いや、そんなことはないと思うぞ」
「え?」
京介君がおもむろにさっきの原稿を取り上げ、
「さっきあらましを斜め読みしてみたが…小説のことをよくわからない俺でも素直に面白いと感じたな。実際あの時桐乃が俺の手から原稿用紙をひったくらなかったらそのまま読み続けていたはずだ」
「そ、そんなこと…」
今まで褒められる経験の余りないあたしは思わず赤面する。って…あ!
「きょ、京介君!原稿!」
「ん?」
「み、見ちゃ駄目ぇ~!!」
あたしは胡坐座りをしている京介君の手から原稿を再び回収に図った。しかし…。
「なにも恥ずかしがることはないだろ?いづれ誰かに見せるんだ」
「だ、駄目なものは駄目~!」
「はは、ほらほら!そんなんじゃ取れないぞ~」
京介君は必死に取りにかかるあたしがよほど面白いのか、からかうように原稿を上に掲げてひらひらとさせる。
「か、返してよぉ~」
「はは」
あたしが必死になって空中に高く掲げられている原稿に手を伸ばそうとすると、
ずるっ
「あっ!」
足が滑ってしまった。いたた…。…あれ?思ったよりも痛くない。何故なら…。
「…」
京介君が、あたしの代わりに床に倒れてくれたから。あたしはその上に覆いかぶさっている。ってこの体勢…。
「ぁ…」
「…」
見つめあう彼の視線とあたしの視線。彼の吐く息があたしのもとに届く。そしてそれは彼にとっても同様なのだろう。
「…」
「…」
身体が熱い。彼の熱い視線に見つめられる度にどうしようもないほど胸が一杯になる。
とくんとくんとくんとくん…。
子宮が胎動する。いないはずの彼との新しい生命を埋める為に子宮がどうしようもないほど熱を帯びている。
彼のあたしを見つめる視線をうける度にどうしようもないほど彼を求めようとしている。
「…お、にいちゃん」
「ッ」
「…おにいちゃん」
「…」
「好、き…」
「…」
「好きなの…」
「きり、の…」
重ねあう唇と唇。あたしはあたしの中の子宮の鼓動の求めるがまま、彼と口づけを交わした。
「んっ、んぅっ、あふ…ふあっ…お、にいちゃ…」
「き、りの…」
おにいちゃんとの初めての想い出が蘇る…。
それは約8年前にした小鳥がついばむ様な初々しいファーストキスだった。
そしてこれはあの時以来の…二人にとっての再会のセカンドキスだった。
「んぅ…は…」
「ん…ふ…きり…の…。きり…のぉ…」
「お、にい…ちゃ…。ほ、にい…ちゃぁん…」
熱情。
二人の間に確かに存在した埋めがたい8年という遠い距離。その距離も時間も何もかも一瞬で埋め尽くす。
おにいちゃんとあたしの、存在したはずの想いを埋めるようにお互いの体を貪り合う。「たが」が外れたあたし達を止めることはもう、出来なかった。
その夜、あたしは触れ合いたくてたまらなかった大好きな人と初めて結ばれた。
最終更新:2013年03月16日 20:48