「ちょっと違った未来27」 ※原作IF 京介×桐乃 黒髪桐乃の過去編
【PW編主要登場人物まとめ】
- 高坂桐乃 過去編主役。都内の私立大学文学部英米英文学科1回生。黒髪。京介は幼馴染み。原作での桐乃とは違い性格はおとなしく控えめで自己評価が極端に低い。当然、陸上競技もモデル活動もしていない。料理と家事が得意。唯一の趣味が本を読むこと(主に恋愛小説)。最近文才が発覚した。
- 新垣あやせ 過去編のもう一人の主役。政治経済学部政治学科1回生。現役モデルでもある。中学の時一時期交流を持っていた桐乃と再会、以後同じサークルに入り行動を共にする。京介に助けられ一目惚れし、彼の隠された人柄を知るうちに…。京介の事を常に気遣い、深く愛している。
- 槇島京介 都内の国立工業大学理学部応用物理学科4回生。原作における「高坂京介」に相当する人物。中学生の時に唯一の肉親である父親が殺され以後二十歳まで身寄りがなかった。その為、原作と違い非常にシビアな思考を持つ。頭の回転が極めて速く常に隙を見せないタイプ。
- 槇島香織 私立大学非常勤講師。京介の義姉。既婚者。プロゲーマーを名乗る娘の放蕩に呆れた父親が自分の知り合いの大学の学長とのコネで無理矢理講師の職にねじ込む。海外にいた事もありそこで大学の学位を取っている。陽気であけすけな性格を持ち、カリスマ性が高い。自分と同じ匂いを感じる桐乃のことを度々気遣っている。
- 赤城瀬菜 私立大学工学部情報学科2回生。サークル勧誘で桐乃と出会う。コンピュータに対する造詣が深いのだが、筋肉に対する興味も尽きないのでどの道に進むべきか葛藤している。シスコンの兄に悩まされており、真壁との距離が中々縮まらない。だが兄に女が出来ると酷くむくれるブラコン娘。
- 田村麻奈実 国立千葉大学法学部法律学科4回生。あやせ曰く「この人には敵わない」ほど人徳に溢れる人柄。現在はニュージーランドで交換留学生として滞在。英語教師を目指しているが肝心の英会話能力はお粗末なものでかなり残念。桐乃と京介のもう一人の幼馴染だが今現在全く交流がない。過去に桐乃に対して二人の交際を厳しく叱責した。
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2ヵ月後、12月――
「うん…うん…それじゃ、加奈子も元気で。またね」
ピ
「ふう…」
携帯電話の通話ボタンを指で押して切る。今の電話は加奈子からの電話だった。
来栖加奈子。私の中学での同級生であり、今現在も交友が続いている地元千葉県の友人だ。そして私と同じ美咲さんの事務所に所属するモデルでもある。
とはいえ彼女は今そのモデル活動を縮小させている。去年大学受験に失敗し、浪人中だからだ。とはいってもこれには彼女なりの事情がある。
実は彼女、高校3年生の冬、つまり11月まで全く勉強していなかった。彼女自身高校を卒業したらモデル一本か何らかの仕事でもするつもりだったのだろう。
ところが、以前から好きだった猫カフェに通い始め…突然獣医になりたいといったのが高校3年生11月末。
それから彼女は彼女生来の生得物である抜群の集中力と記憶力を駆使してお姉さん…田村麻奈実さんのレクチャーを受けつつ全国の獣医学部のある大学を片っ端から受け続けたのだが…結果はすべて不合格。現実はそこまで甘くはなかった。
しかし一度火の点いた彼女を止めることは誰にも出来なく…仲の悪い親に頭を下げて今予備校通いをしている。
決められたスケジュールを淡々とこなしてきた私と違い、笑いたい時に笑い怒りたい時に誰が相手でも怒る自由奔放な彼女を見て時折うらやましくもなる。
社会や親や周りの目を気にすることなく自分のやりたい道を選び取る強さ…規則でがんじがらめの社会においてもちろん賛否があるものかもしれないが、それも一つの人生なのだろう。
「さてと…」
今日はサークルに顔を出してみようと思う。お兄さんとの交際が始まってあれから2ヶ月…。今はもう12月だ。
あの飲み会での次の日のあの日、私達は恋人になる約束をした。そしてその次の日にさっそくサークルの皆にお兄さんとの交際が始まったことを堂々と告げた。
結果、皆は祝福してくれた。瀬菜先輩と真壁先輩と三浦先輩はいつ私達が付き合い始めるのか、と裏でいつも話していたという。その中で赤城先輩だけは号泣しながら、「槇島~!!おまえの事は7代先まで呪ってやる~!!」とお坊様のようなことを言っていた。が、この4人は皆総じて祝福してくれた。
しかし…。
「…香織さんと…あの子…」
そう。あのサークルの責任者である香織さんと桐乃だけは終始無言だった。香織さんは天真爛漫でいつも笑いの絶えない彼女にしては珍しく無表情でじっとお兄さんの顔を見つめ続けていた。そして…。
「桐乃…今日もサークルに来ないのかな…」
あの後桐乃は終始俯いたままだった。何かに耐えるようにぎゅっと口唇を噛み締めていた。その日はお兄さんとも私とも誰とも話すことなくじっと持ってきていた文庫本に目を落とし続けていた。が…。
「…」
彼女はあの日から2ヶ月間サークルに来ていない。文学部と私の所属する政経学部は同じ棟だからよく遠くから見かけるが、いつも俯き加減で歩いていた。
今にも散る間際の花のような儚さを見たのか、何を勘違いしたのか知らないが同じ大学の数少ない男子が桐乃に声を掛け続ける…。が、彼女の心はまさに今ここにあらず。当然全て玉砕である。
「まあ無理もない、か…」
桐乃のあの姿を見れば心が痛い。自分がとんでもないことをしてしまったようないたたまれない気持ちになる。
だけど、恋愛とはエゴのぶつかり合いでありその実体は戦争のようなものだ。つまり先手の布石を打てば打つほど相手を追い詰めるものであり、後手に回れば回るほど状況は刻々と悪くなっていく。そうだとすれば、桐乃が悪い。
そもそも私にとって桐乃という存在はある種の宇宙人、つまり全くの未知の存在として昔から映っていた。
それは私とあの子の今というものへの認識の差異でもある。なぜなら私は今を未来として捉えているのに対し、彼女は今を過去として捉えているのだから。
「…」
私にはその感覚がわからなかった。女というのはすべからく現在を生きる生き物だ。その目を今に、そしてこれからやってくるであろう未来に向けている。
そして男の人は過去に目を向けて生きている…まあこれは本や周りの人達を見ていたらそうなんだろうなとなんとなく思っていたし、そのようなものだと私なりに理解していた。その事はお兄さんを見ていてもはっきりとわかる。
けれどあの子は違う。
あの子は過去を生きている。未来に向かって歩くべき現在ではなく、もう過ぎ去った過去にいつまでも囚われている。その延長線上に「今」がある。それが私には理解しがたく、今日まで桐乃との関係を後一歩深められなかった最大の要因だといっても過言ではなかった。
どこにいても目に留まらないという事などない、飛び抜けて恵まれた美貌。それも桐乃のそれは数多の女性がともすれば血の滲む努力をして得たものではなく天然物だ。
そして彼女自身極端に過ぎるほど自己評価が低いが、様々な才能を兼ね揃えているといっても間違いないだろう。その資質の有無も私との対極的な壁だと言ってもいい。
なのにあの子は自ら進んで過去に囚われて大衆に没している。それが許せないなどと思ったことなどはないが、その事が私の理解に及ばない不可解な存在として目に映り、それが故にどうしても彼女は親友足りえなかった。
「さて…今日はあの幽霊部員さんも来ているのですかね~?」
幽霊部員であるお兄さんこと槇島京介。現在の私の交際相手。私の初めての彼。いつも来ないのだが今日は私が呼んだので来る事になっている。
もう付き合って2ヶ月になる。
彼とはこの2ヶ月何でもない、しかし幸せな毎日を過ごした。朝起きて彼の朝食を作り、休日は私の仕事の時間の空きを見ては彼の家に通い続ける日々。化粧の乗りもよく、スタイリストさんやカメラマンさんといったスタッフの皆さんからも私が恋をしていることを一発で見抜かれた。
美咲さん曰く私は恋で変わる典型例だそうで、超恋愛体質なのだそうだ。
「ふふ…」
笑みが零れる。彼のことを考えるだけで心が満たされる。何だって出来るような気持ちになる。
あまりに元気になるものだから、睡眠時間が減り食事をついつい食べ過ぎてしまうのが悩みの種だった。ああん、幸せ太りになんてモデルがなったら洒落にならないよ~。
彼との、お兄さんとの交際は順調といっても良かった。いろんな所に二人でいった。代官山や浅草にもいったし、東京スカイツリーにも登った。プリクラも一緒に取ったし美味しいものを路上で一緒に食べたりもした。そして…いつもキスもした。
「…えへ」
朝起きた彼とのおはようのキス。道で分かれる時のちょっとだけお別れのキス。そしていつも夜帰る時のお別れのキス。
あれから毎日彼と何らかの形で繋がっている。毎日彼の家に通うことを欠かさなかったことはなかったし、朝昼夕晩にメールも電話も欠かさない。
お兄さんの性格上必要最小限の事務的な連絡のみにしてくれ、と言われそうだったが、意外や意外、彼はぶっきらぼうながらメールも電話も付き合ってくれた。とは言ってもメールでも「ああ」の一言だけだったり電話でも専ら私が話し役で彼が聞き役だが。
…彼との初めての夜はまだ迎えていない。だがそれも時間の問題だろう。私に出来ることは一つだけ。その来るべき日に備えて女を磨くことだけだ。
このように彼とは毎日欠かさず連絡を密にしているのだが事態は急速に悪化(?)し、とうとう運命(?)の日がやって来た。そう…。
「美咲さんの誘い…断りきれなかったなあ…」
以前から誘われていた、短期での海外モデルの仕事。行き先はユナイテッドステイツ・オブ・アメリカ。学生ながら事務所の半ば看板である私にはとうとうその話を断りきれなかった。
先方も私を使うことに乗り気らしく、美咲さんもここで仕事をして顔を売っておく事は貴女の後々のキャリアの為にもなるから、とも言ってくれた。その話自体はありがたいのだが…。
「一週間、か…」
長すぎる。私とお兄さんとの離れる距離は日本とアメリカとの間の距離の単純計算以上に遠い。一週間もの間彼と会えないなんて…。離れ離れになるなんて…。
1週間の間大学の単位のため取れるだけ出席を取っておいた。教授に説明してレポートで代替してもらえることも出来た。大学の単位取得対策は万全だと言える。でも…。
(嫌な予感がする…)
私に働く女の勘。お兄さん唯一人を思うことによって得られる、神通力ともいえる第六感。その働きによるとどうしても不安が払拭しきれず、胸騒ぎが収まらなかった。
「…」
不安に対する不確定要素の筆頭かつ最大の要素はあの子…桐乃だ。桐乃にはもちろんこの海外モデルの仕事の話はしていない。お兄さんもあの飲み会の次の日以降桐乃との接触を意図的に避けていた。大学も違うしサークルにも二人とも来る事がない。普通に考えれば二人が出会うことは必然的に皆無だ。しかし…。
「…やめよう!こんな考え!」
気合いだ気合い!
女にはやらなくてはならない時がある!こんなあるはずもない心配ばかりしていたら幸せがあっという間に逃げてしまう!
綺麗な女は内側から!いつも笑顔で余裕を持って!よ~し!
「今日も楽しくがんばろう!」
周りの人が何事かと私を見つめる中、私は小さなガッツポーズをした。
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「…」
あれから2ヶ月。京介君とあたしが再会したあの日から2ヶ月。あたしは彼と一向に会えずにいた。サークルにも顔を出していない。
今日だって香織さんや瀬菜先輩達から心配のメールが届いている。一度サークルの皆があたしの家に鍋料理の食材を持って押しかけてくれたこともある。その日は皆でコンビニで売っている安物のチューハイ片手に鍋パーティーを開いた。…未成年のあたしはオレンジジュースだったけど。
香織さんはあれから何も言わない。あたしに京介君との事について何も言わない。その代わりに休日の日はいつも黙ってどこかへバイクを飛ばしてくれた。昔、妹の沙織が塞ぎ込んでいる時もこうやってバイクを走らせた、と言っていた。
香織さんはああ見えて実に妹思いも人でもある。彼女曰く妹の沙織さんには避けられているらしく、香織さんの親友の彼方さんという漫画家の人の所ばかりに行く、と拗ねていたこともある。このスタイリッシュで誰が見てもカッコいい女性のその子供のような拗ねた仕草が可笑しくって…けれど香織さんらしいなと思ってしまった。
…あたしはあれから京介君とは連絡を取っていない。あやせがサークルの面々に京介君との交際宣言をしてからだ。
でもあの日の夜あたしは一度だけ、一度だけ彼にメールを送った。彼とあの日のあたしのアパートで交換した連絡先に向けてだ。
送ったメール本文は「どうして」という一文だけ。
それに対して少し時間を置いて京介君からメールが返ってきた。
内容は「すまない」の一言だけだった。
「…」
あれからあたしはサークルにも行けず仕舞いにある。…彼と会うのが怖い…。また、またあの日出会った直後のように彼にあの時のように拒絶されてしまうのが…。
とぼとぼとあたしはアパートへの道を歩く。近くにコンビニがあった。自動ドアが開く。そこから誰か男の人が…。…って、え?!
「…」
きょ、京介君だった。何かのバイトの帰りだろうか。作業着を上に着て目蓋を膨らませて俯き加減でコンビニから出てきた。ビニール袋に大量のカップ麺がぎっしりと詰め込まれている。
「…」
「あ、あの…」
彼はあたしの事を見ない。見ようともしない。
「あ…ぅ…お、おにいちゃん…」
「…」
目から涙が溢れ出す。
もう彼の中ではあたしは既に過去の人間なのだろうか?あたしは既に過去の女なのだろうか?そうだよね…今の彼の隣にはあやせがいつも笑って寄り添うように並んでいて…え?!
ぐら…。
京介君の痩身ながらも大柄な体が横に流れる。あたしは慌てて彼の体を抱きかかえた。お、重い~!!
彼の顔を見ると、
「はあ…はあ…はあ…」
玉のような汗が彼の額に溢れ出していた。手をそっと当ててみる…すごい熱だった。
「はあ…はあ…はあ…」
「京介君、京介君!し、しっかりして!」
~~~
「はい…はい…わかりました…では…」
ピ
「…」
ついさっき京介君と2ヶ月ぶりの再会を果たした。ここは彼のアパートの一室だ。
今香織さんに一応の指示を仰いだところだ。熱が下がらないなら病院に、場合によっては救急車を呼んでくれても構わない、とのことだった。
体温は39℃を超えていた。どうしてこんなになるまで…。
香織さんは今授業の為の資料作りと学生のレポートの採点で手が離せないらしい。よければ桐乃ちゃんがあの馬鹿の面倒見てくれよ、と電話越しに言っていた。
…彼女のことだ。おそらくにやにやしながらあたしに言っていたのだろう。もう!香織さんったら…。
「…これからどうしようか…」
苦しそうにうなされ眠る京介君の顔を見る。
彼の部屋は酷く簡素な部屋だった。最低限の家具と大量の本や論文集しか置かれていない。本のタイトルを見たがあたしの頭では内容が意味不明であることが容易に推察出来るものだった。
見れば所所に女物がある。おそろいのコップに歯ブラシ、ピンク色の座布団。そして…。
(京介君とあやせとの…写真…)
写真立てに二人の姿が映った写真がはめ込まれている。京介君は相変わらず無愛想だがあやせはどんな見る者をも魅了する幸せ一杯の笑顔で京介君の左腕を抱きしめていた。
ぎゅ…。
あたしは思わず服の裾を握り締める。
…この2ヶ月あたしは何もしなかった。怖くて何も出来なかった。会いに行こうと思えばいくらでも会いに行けたのに…。
だけどあやせはこの2ヶ月、京介君との関係を一歩一歩着実に進めていた。あたしは8年間一切の連絡手段が途絶え、再会後少しの時間しか共に空間を共有しなかったのに…。
「…」
その結果が、これ。彼女は、あやせは…あたしが知らない京介君のことをたくさん知っているのだろう。そしてそれは京介君もあやせとお互いの色んな一面を発見し見つめなおし、時に笑い時に喧嘩をし…二人の愛をこの2ヶ月の間育んでいたのだろう。それに比べ…。
「所詮思い出の…幼馴染み、か…」
そう。所詮京介君にとってあたしなど過去の楽しかった無邪気な少年時代に共に過ごした一過性の女にすぎないのだ。あの日の夜のことは彼にとっては久しぶりに幼馴染みに再会したから、と文字通り舞い上がっていたか…もしかしたらこんなあたしを哀れんでくれたのかも知れない…。
「…」
それを考えると胸が苦しくなる。きゅうっと切ない気持ちで一杯になる。もう…もうあたし達は終わりなのかな?せめて、せめて以前の幼い頃の関係にだけでも戻れたら…。
すると、
「はあ…はあ…き…桐乃…」
「京介君?」
京介君は苦しそうに呻いていた。玉のような汗が次々と枕に流れていっている。
「い、今すぐ頭を氷嚢で冷やさないと…。持ってくるね、」
そう言って立ち上がろうとするあたしの腕を、
「え?」
「…はあ…はあ…はあ…」
京介君はうなされながらもあたしの腕を掴んでいた。彼の手のひらがじっとりと熱く、あたしにその熱が伝わってくる。
「き、きりの…」
「な、なぁに?京介君?」
あたしは彼の手をぎゅっと掴む。すると…。
「い、行くな…」
「…え?」
「もう、もう…。どこにも…どこにも行かないでくれ…」
「…」
京介君はあたしを下から薄く開いた目で苦しそうに見つめながら。
「もう…俺の前から消えないでくれ…」
「…」
「お願いだ…桐乃…」
そんな彼を見て、あたしは。
「うん。わかった」
ぎゅっ、と彼の手を包み込む。
「あたしは…どこにも行かないから…」
その日京介君は8年間の人生で初めて満ち足りたような顔で眠り続けた。
最終更新:2013年03月18日 23:48