ふたば系ゆっくりいじめ 557 捕まりゆっくり

捕まりゆっくり 63KB

親子喧嘩 越冬 群れ 捕食種 自然界 独自設定 『尋ね人ゆっくり』の外伝です

※独自解釈が満載です。
※虐待してないですね、これ……
※過去最長。……これでも削ったんですよ?
※『ふたば系ゆっくりいじめ 410 お尋ねゆっくり』の外伝みたいなお話です。

書いた奴:一言あき






山の裾野に広がる森とは広い平野を挟んで反対方向にある寂れた農村。
その一角にある大きな家の土蔵の中は、今日もゆっくりさせて貰えないゆっくり達の悲鳴で騒がしかった。

「さくやぁぁぁぁっ!ざぐや゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!!」
「はなすんだどぉおおおお!!れみぃはこーまかんのおぜうさまなんだどぉおおおおお!!」
「ぼぅやじゃああああ!!おうぢがえるぅううううう!!」
「う゛ー!!う゛ー!!」

そこそこ広い土蔵の中を埋め尽くすかのように置かれていたのは、無数の金属で出来た檻。
猛犬等を入れておく為に設計されたそれは、今は本来の主の代わりにある生物(なまもの)を体内に収めている。
俗にZUN帽と呼ばれる不思議な形状の帽子を被り、背中に一対の蝙蝠の羽根を持つそれはゆっくりれみりゃと呼ばれていた。

「あがぢゃぁああああん!!うまれちゃだめなんだどぉおおおおお!!」

抵抗もむなしく、十字に組まれた拘束台の上でもがく胴付きれみりゃから一匹の赤れみりゃが生まれ落ちる。
胎生にんっしんっで生まれた為か、生まれたての割には充分子ゆっくりと呼べるサイズの赤れみりゃは、母親にご挨拶をするべく口を開き、

「う゛~っ☆まんまぁ~☆ゆっく「おっ、ちゃんと生まれたな?じゃあ早速回収だ」ゆ゛っ゛!?」

母の姿を一目見る事無く、無造作に伸びて来た手に掴まれてどこかに消え去った。

「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!れ゛み゛ぃ゛の゛お゛ぢびぢゃ゛ん゛があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

嘆く間もなく、れみりゃの体に注射針が刺さる。
音を立てて注入されていく液体から動かない体を必死に揺らして逃れようとするれみりゃ。

「ぼう゛や゛じゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!あ゛がじゃ゛ん゛う゛み゛だぐな゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛!!!」

泣き叫ぶれみりゃに構わず、最後の一滴まで注ぎ込まれると同時にれみりゃに劇的な変化が起こる。
ゆっくり特有の下膨れ気味な顎の下辺りがみるみる内に膨らみ、それが胴の方へ移動していく。

「あがぢゃぁああああん!!うまれちゃだめなんだどぉおおおおお!!」

そして同じ光景が繰り返される。
よく見れば拘束されているのは所謂胴付きばかりではない。
胴無しと呼ばれる、通常のゆっくりに羽根を付けただけの種も同じく拘束され、同じように子供を生産している。

そう、『生産』だ。

先程の注射器の中身はにんっしんっ促成剤と精子餡の混合液である。
そうして生まれたれみりゃ達は生まれ落ちた瞬間に親から隔離され、人間について徹底的に仕込まれる。
人間はれみりゃよりも強い、人間に逆らってはいけない、人間に生意気な事を言ってはいけない等々。
教育の過程で駄目出しされたれみりゃは、他のれみりゃ達の目の前で容赦なく叩き潰され見せしめにされる。
最初は反抗的な態度を取るれみりゃも、同族の無惨な死を見せつけられる内、次第に人間に従順になってくる。
そうして特に見込みのあったれみりゃを先程の蔵に拘束し、赤ちゃんを『生産』させるのだ。
これを繰り返す事で、ゆっくり達の中枢餡に『人間への絶対服従』を刷り込み、労働奴隷に仕立て上げる。
それがこの研究の目的だった。



『捕まりゆっくり ~あるいは彼女達を取り巻く状況について~』



『検体二十七号(三世代目)』と書かれた檻の中で拘束されている胴無しれみりゃも、例に漏れず出産を間近に控えていた。
ゆっくりのにんっしんっ期間は植物性で約三日、胎生でも約七日程度。
それを促進剤で無理矢理半日に短縮した上、休み無しでにんっしんっを繰り返しているのだから母体に掛かる負荷は尋常ではない。

「う゛ーっ!!う゛う゛ーっ!!!」

ここに繋がれてからもう十日、同族の姿は見えない。壁の向こうから聞こえてくる阿鼻叫喚だけが一人ではないことを実感させてくれる。
自慢の羽根をいくら羽撃かせても、拘束された体は動かすことも出来ない。れみりゃの世界は鋼鉄と悲鳴と慟哭で塗り潰されていた。

ここはいやだ、おそとにでたい、あかちゃんはもう、うみたくない。

必死に訴えるれみりゃの言葉は悲鳴に掻き消され、誰にも届かない。

もういやだ、どうしてこんなことに、れみぃはなにもわるくないのに。

それでも尚、れみりゃは叫び続ける。我が身に降り掛かった不運を嘆くように、恨むように。

たすけて、だれか、たすけて。

声にならない助けを祈る。ゆっくりには祈るべき神など居ないと言うのに。



だがその日、どこに居るかも解らない神はれみりゃに微笑んだ。







「おい、二十七号の様子が変だぞ?」
「……ストレスみたいですね。にんっしんっはしてるようですし、一度ここから隔離して見ますか」
「おいおい、今更ストレス程度で特別扱いかよ?ここじゃ衰弱死だって珍しくなかろうに」
「今孕んでる分だけですよ。こいつはもう限界でしょうし、生まれたら母体は処分の方向で」
「……おっかないねぇ。虐待派の俺でさえ引くわ」
「いちいち実験動物に感情移入してどうします?結果が出なければ生ゴミも同然でしょう、こんなの」
「……解った解った、んじゃこいつは隔離ってことで良いな?拘束外すぞ」
「ああ、今移送用のケージ持って来ます……ってもう外してるし」
「ん?このまま持ってけば良いんじゃないのか?どうせ逃げられないだろ」
「……まあ良いです。それじゃ、本棟の方に移送しましょう」
「本棟ったって、俺ん家の母屋じゃねーか」
「れみりゃ使うのだって貴方が言い出しっぺなんですから、それ位我慢してくださいよ」
「しょうがねぇな。んじゃ持ってくぞ……痛ぇ!!」
「ああっ!?何やってるんですか!!急いで捕まえないと!!」
「くっ、この!ちょろちょろとしやがって!!」
「窓!窓閉めてください!!急いで!!!」
「馬鹿!何やってんだ!!そこじゃない、天窓だ!天窓!!」
「あっ!?……くそ、逃がしたか!!」
「……悪い。まさか噛み付いてくるとは思ってなかった」
「事前教育の成績は悪くなかったんですがね。環境の激変で我を忘れたんですかね?」
「……教育どうこう言うより、ここに居るのが耐えられなかったんじゃないか?結構必死だったぞ」
「まあ仕方ありません。それより怪我は大丈夫ですか?」
「これ位なら大したことは無ぇよ」
「それはよかった。じゃあ欠けた分を補充して来てくださいね」
「……また第一世代から仕込むのか?非効率だろそれ」
「たまに餡統をリフレッシュしないと出生率が落ちるんです。丁度良い機会ですし、あの森で二、三匹ぐらい………」







胴無しれみりゃは身重の体を抱え、必死になって羽撃く。
赤ちゃんが生まれていないのにれみりゃを閉じ込めていた檻が開き、体を縛り付けていた拘束が外され、人間の手に抱えられて運び出される。
何がなんだか解らなかったが、今が逃走の好機であることは理解できた。
自分を抱える人間に噛み付き、両手の拘束を振り払って換気のために開けてあった小窓から飛び出す。
日が沈みきって夜闇が広がり始めた時間帯であったことも幸運であった。
尤も、日光溢れる時間に窓を開けたりすれば蔵の中のれみりゃが全滅するので、換気はいつもこの時間に行われているのだが。
折角、千載一遇の大チャンスを捉えたのだ。ここで無にする訳にはいかない。
背後で騒ぐ人間を振り切るように、れみりゃは一目散に逃げ出した。
人間に捕まる訳にはいかない。捕まったら最後、再びあのゆっくり出来ない所に押し込められてしまうだろう。
人間の居ない所に、人間が来ない所に!!
れみりゃは無意識のうちに、夜の闇に浮かぶ木々の影を目指して飛んでいた。



山の裾野に広がる森の奥地、木々が密集して昼なお暗い陰鬱な場所に生える一本の老木。
長い年月風雨に晒され、腐れ落ちた痕に出来た大きなうろの中で、れみりゃは出産の時を迎えていた。
ここにたどり着けたのはまたしても幸運だった。何やら自生していたキノコが邪魔ではあったが、今はそれがマット代わりになってくれる。
夜露を凌ぐ程度には過ごし易く、何より周囲を囲む木々のお陰で朝日が遮られ、れみりゃに届かない。
昨晩から続く幸運の連続を、れみりゃはただ当たり前の如く享受するのみだった。
ゆっくりには神は居ない。
それは『ゆっくりにご利益を授ける神が居ない』事を意味するのではなく、『ゆっくりには感謝や懺悔を捧げる対象が居ない』事を表しているのだ。
神への感謝は謙虚な心を育て、神への懺悔は反省の心を促す。信仰とは即ち、道徳心を育むための土台なのだ。
しかし、ゆっくりにはそれがない。
ただ怠惰にゆっくりすることを望む彼女達には、反省も、謙遜も、善悪の区別さえも不要だからだ。
れみりゃもまたそのあり方のままに、幸運への感謝も自然への畏敬も無く、只腹の中の子を産み落とすことだけしか頭に無かった。
余りにも傲慢なその姿に、流石に幸運を授けていた神も憤慨したのだろうか?
普段よりも数倍に増した陣痛に耐え、生まれた胴無しれみりゃの子供は、

「う~☆まんま~☆ゆっくりするんだどぅ~☆」
「う゛う゛ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!?!?!?」

下膨れの顔の下に人間を思わせる胴体を付けた、胴付きれみりゃであった。

胴無しから胴付きが生まれる、あるいは胴付きから胴無しが生まれる可能性は低くない、らしい。
『らしい』と付くのは、野生においてそんな親子関係が成立しているゆっくりが居ないからだ。
人工繁殖の際に確認された事例から、親と違う種が生まれる『取り替え子現象』よりは多い程度だと思われる。
このれみりゃはその決して多くはない確率に含まれてしまったのだ。
それはこの親子の悲劇の幕開けであった。

「うーっ!うーっ!」
「まんまがなんていってるかわからないんだど~!」

何故自然界でそんな親子関係が見られないのか、その答えがこれだ。
胴無しと胴付きの会話は成立しないのだ。

元々捕食種は薄皮饅頭をベースとする被捕食種と違い、皮が厚めの中華まんをベースとすることが多い。
その分、餡子に値する具材の量が同じ大きさの被捕食種に比べ少なくなる傾向にある。
そして必死に逃げるゆっくりを捕まえる運動能力にその大部分を割かれてしまう為、人語を理解する能力を持たないのだ。
その為、胴無しは『うー』という唸り声で会話をする。他の種には理解できなくても、同種同士の会話には不自由しない。

一方、胴付きは運動機能を胴体の具材に割り振っている。
そのため餡子に余裕があるので人語を理解できるが、代わりに胴無しの会話が理解できなくなった。
日本で育った外国人が、母国語を忘れるようなものだろうか。
親子間での会話が成立しないという、最悪にゆっくり出来ない事態に直面した親の選択は一つしかない。
生まれた子供を間引くこと。ゆっくり出来ないものを拒絶するゆっくりなら簡単に選ぶであろうそれを、

このれみりゃは選べなかった。

あの蔵で生まれた子供達、ご挨拶も出来ずに奪われた子供達の分まで、この子を育てよう。
少し変わっているけれど、大切な自分の赤ちゃんなのだ。必ず立派な『おぜうさま』にして見せる。
れみりゃの決意を言葉にするならこうなるだろうか。この日から、たった一人での子育てが始まった。



季節は巡る。
日々秋の気配が深まっていくある日の夜更け。
虫さえも寝静まる真夜中、胴無しれみりゃと胴付きれみりゃの親子は獲物を探して森を徘徊していた。

獲物とは勿論ゆっくりである。
日光に弱いれみりゃ種の狩りは大抵日が落ちると同時に行われるが、この親子はうっかり寝過ごした所為でこの時間に狩りを始めたのだ。
当然、出歩くゆっくりなぞ何処にも居ない。
そうこうしている内に東の空が薄らと明るくなっていく。夜明けの前兆だ。
日光に弱いれみりゃ達にはこれ以上は危険だ。時間切れである。
大慌てで引き返し、ねぐらである老木のうろに到着した頃にはすっかり明るくなっていた。

「う~☆おなかすいたんだどぉ~☆」
「う~!」

結局獲物が見つからないまま一晩中飛び回ったため、子れみりゃが空腹を訴える。
それを宥めながら、親れみりゃはうろの奥から大きな塊を引っ張り出す。

「…………!………………!!」

それは舌を引き抜かれ、大きな石で口を塞がれたれいむであった。
片方しか無い目を限界まで見開き、子供のようにしーしーを漏らしながら、体を左右に振ってれみりゃの拘束から逃れようとしている。

「ごはんはおとなしくしてるんだど~☆えいっ☆」
「………っ!!!」

もがくれいむを両手で押さえつけて、子れみりゃは満面の笑みを浮かべながられいむに噛み付いた。

「いっただきますなんだど~☆がぶっ☆」
「!!!!!!!!!」

れいむの一つしか無い瞳が絶望に染まる。音を立てて吸い上げられて行く餡子。
徐々に力を失っていく体が突然痙攣し出した辺りでれみりゃは口を離した。

「う~☆こいつはもうおしまいなんだどぉ~☆」
「う゛ーっ!?」

親れみりゃが慌てて近寄るが、既にれいむは事切れていた。
こうなってしまっては仕方が無い。渋い顔で残った餡子を啜る親れみりゃに、子れみりゃがふてぶてしい笑顔でお代わりを要求した。

「う~☆なんだかまたおなかがすいてきたんだど~☆まんまの『おりょうり』、おかわりするんだどぉ~☆」
「う~!!」

再び巣の奥に飛ぶ親れみりゃが引っ張り出して来たのは、両目のあるまりさだった。
だがその舌は引っこ抜かれておらず、石の代わりに毒々しい色のキノコが大量に詰められていた。

「もがぁああああ!!むがぁあああ!!」

まりさの目は焦点を結んでおらず、盛んに何かを叫んでいる。
その姿はまるで何かと戦ってるようにも見えた。

「……この『おりょうり』はまだできあがってないんだどぉ~☆」
「……うー、うー」

暴れるまりさを見た子れみりゃが母に抗議するも、親れみりゃも首を横に振るばかり。

「……ひょっとして、『おりょうり』はこれでおわりなんだど!?」
「うー……」

この親れみりゃ特製の『おりょうり』とはゆっくりを生かしたまま捕らえ、動けないように痛めつけてから巣へ運び、
うろに自生するキノコを詰め込んでから石で口を塞いで放置すると言うもの。
たったこれだけなのだが、この処置を施したゆっくりの餡子は非常に美味になるのだ。
決め手はうろに自生するキノコにある。
このキノコ、実は幻覚作用を持つ毒キノコなのだ。
以前、産後の肥立ちが悪くて狩りに出られず、空腹に耐え切れず食べてしまった親れみりゃが昏倒し、幻覚に襲われたことがある。
親れみりゃが見た幻覚、それはあの蔵に閉じ込められた日々を延々と繰り返すものであった。
このキノコは食したもののトラウマを幻覚として見せる作用があるらしい。それに気付いた親れみりゃが思い付いたのがこの使い方だ。
ゆっくりの餡子は苦痛を与えれば与える程に甘くなり、味わい深くなる。
身体への直接的な苦痛でもいいのだが、甘くなりきる前に死んでしまうことも多い。
その点、このキノコなら精神的な苦痛を断続的に与え続けるため、余程のことが無ければ死ぬことは無い。
キノコを食わせる事で飢え死にする事も無い。じっくり甘くなりきるまで生かしておけばそれでいいのだから、まさにお手軽な料理法だと言えるだろう。

キノコを食べさせるゆっくりは何でもいいのだが、たまに見掛ける片目の無いゆっくりを使うとより味に深みが増す。
どうやら普通のゆっくりよりも深いトラウマがあるらしく、キノコの幻覚が与える苦痛が並ではないのだ。
しかし、片目の無いゆっくりは『おりょうり』するまでもなく美味なため、この森の捕食種達は我先にと競って捕まえようとする。
その上普通のゆっくり達と違って中々に手強いのだ。現にこのれみりゃも先日片目の無いまりさを取り逃がしている。
そういう入手しづらい材料を使うので、今回のように切らしてしまうことも珍しくない。
その為、一回で喰い尽くすのではなく何度も小分けにして餡子を啜り、生かさず殺さず長期に渡り保存していたのだが………

「なんでなんだどぉ!!まんまはれみぃがかわいくないんだどぉ!?」
「う゛ー!!う゛ー!!」

短い手足をばたつかせ、子供のそれを数倍醜悪にしたような駄々をこねる子れみりゃを必死で宥めようとする親れみりゃ。
尤も、泣きたいのは親れみりゃの方であったが。
親れみりゃはこの『おりょうり』を冬の蓄えにするつもりであった。
それでなくても簡単に手に入らない貴重なゆっくりを使っているのだから、可能な限り長持ちさせたいというのが本音である。
しかし子れみりゃはそれを理解しない。今回のようにまだ使える『おりょうり』すら一食で喰い尽くすのだ。
それを諌めようとしてもまた別の問題が立ち上がる。
子れみりゃの言葉は親れみりゃに問題なく通じている。問題はその逆だ。
自分の意思を子れみりゃに伝えようとしても、『なにいってるのかわからないんだどぉ~☆』で終わってしまう。
言葉が通じないと言うハンデは、親れみりゃが思ったよりもずっと重い現実となってのしかかって来ていた。

「おなかすいたんだどぉ~!!このままじゃうえじにしちゃうんだどぉ~!!」

ジタバタと駄々をこね続ける子れみりゃ。先程ほぼ一匹分の餡子を啜った事などすっかり頭から抜け落ちている。
最初こそどうにか宥めようとしていた親れみりゃだが、余りの我侭っぷりに堪忍袋の緒が切れたようだ。

「うわぁああ!!さくやー!!ざぐやぁああ「う゛ー!!」ぶぴっ!?」

泣き叫ぶ子れみりゃの顔面に、親れみりゃの体当たりが決まる。
体当たりとは言っても極々軽いそれを受け、子れみりゃが目を白黒させて泣き止む。

「う~、まんまぁ……、もしかして、おこってるんだどぅ……?」

怖ず怖ずと問いかけてくる我が子に、『う゛ー!!』と肯定を示す親れみりゃ。
普段は柔和に微笑んでいるその顔に怒りを浮かべ、自分を睨みつけてくる母の姿に子れみりゃが折れる。

「……ごめんなさいだど、まんま。れみぃ、もうおやすみするんだど……」
「……う~、う~」

神妙な表情を浮かべて大人しく寝床に向かう我が子の姿に、親れみりゃは溜め息を吐く。
会話が通じないこの親子にとって、先程のような遣り取りは日常茶飯事だ。
足りない部分はボディランゲージで補っているのだが、この通り非常に荒っぽいため親子の会話がDV気味になってしまう。
こうなる事は分かっていた。それでも子れみりゃを育てる事を選んだのは自分である。
立派な『おぜうさま』にする為には甘やかすだけでは駄目なのだ。
それが分かっていても、立ち塞がる障害の困難さに親れみりゃの決心は挫けそうであった。



一方、子れみりゃもまた現状に不満を持っていた。

(……きっと、まんまはれみぃがきらいなんだど!だからでなーもすくないんだど!!)

胴無しはその素早さや小回りの良さを活かし、群れから逸れた獲物を追いつめる方法で狩りを行う。
一回の狩りで得られる獲物は多くて三匹。親子が暮らすには充分だ……普通の胴無し親子なら。

胴付きの食事量は胴無しより多い。胴体を維持するため、かなりの栄養が必要になるからだ。
その分、力や器用さの点に置いて胴無しに勝る胴付きの狩りは、群れの襲撃などの大規模な方法になる。
今日のように獲物が見つからない事も考えると、子れみりゃが必要とする栄養には全く足りていない。
決して親れみりゃの狩りが下手と言う訳ではないが、そこら辺の事情を知らない子れみりゃには愛情の欠如に見えてしまうのだ。

その上、親子のディスコミュニケーションが更なる拍車を掛けた。
親れみりゃの言葉は子れみりゃには理解できない。
精々『うー』という鳴き声のイントネーションの違いで喜怒哀楽を聞き分けるのが精一杯だ。
それでは到底ゆっくり出来ない。
生まれた直後からゆっくり出来ない環境に取り囲まれていた子れみりゃのストレスも、親に負けない勢いで溜まっていた。

互いにゆっくり出来ない思いを抱えながら、凸凹親子は眠りに着いた。

「もがぁああああ!!むがぁあああ!!」

未だ幻影と戦い続けるまりさの叫び声を子守唄にして。



季節は巡る。
森の奥に密集する木々の合間から白いものが漏れてくる冬の朝。
あちこち朽ちた老木にさえ霜が降りる程冷え込んだ空気も、れみりゃ親子が暮らすうろの中には届かなかった。

「う~☆さむくないんだどぉ~☆」
「う~♪」

正確には届いては居るのだが、親子の周りに置かれたそれが寒波を防いでいたのだ。
巣のあちこちで蠢く影の正体、それは口を塞がれた大小様々なゆっくり達であった。

今年の秋は例年に無く寒くなるのが早かった。賢いゆっくり達はそれを察知して冬籠りの準備を早めた。
しかしれみりゃ親子にとってこれが初めての冬籠りになる。当然、そんな事に気付く筈も無かった。
そして周囲の捕食種達が冬の準備を終わらせたのを見たれみりゃ親子が慌てて準備を始めた頃には、殆どの群れが冬籠りに入ってしまっていたのだが……。
幸運にも冬籠りの準備もせず遊び呆けていたゆっくりの群れを見つけ、ちょくちょく襲っては片っ端から『おりょうり』したのだ。
そして全くの偶然ではあったが、多めに作った『おりょうり』達は防寒具としての役目も果たしてくれた。
幻覚と争い、無駄に体力を消耗してくれるおかげで巣の中は過ごし易い環境になっている。
出口辺りに配置したゆっくりは凍り付いていたが、うろの中にはまだまだ沢山のゆっくりが居るので問題ない。

「う~☆はやくはるになるんだど~☆」
「う~♪う~♪」

春の訪れを心待ちにする親子。しかしその心中は大きく食い違っていた。

(……はるになったら、れみぃもりっぱな『おぜうさま』なんだど~☆そうしたら、れみぃの『こーまかん』をみつけるんだど~☆)

子れみりゃは既に巣立ちの覚悟を決めていた。
ゆっくりの成長は早い。生後一月もすれば赤ゆ言葉も抜け、半年もすれば一人で狩りも出来るようになり、一年経てば成人したと見なされる。
人間に例えるなら、生後一月は赤子から小児、生後半年までは小学生から中学生、一年経つ頃が大学卒業に値するようなものだろうか。
春になる頃、子れみりゃは生後半年を迎える。
先程の例で言えば高校に入学したばかり、まだ巣立ちには早すぎる年頃だ。子れみりゃとて無謀な事である事位は察しがつく。
それでも言葉の通じない母の元で暮らすよりマシであろうと、一人で気ままにゆっくりする事を決めたのである。

(れみぃのけいかくは、まんまにはないしょなんだど~☆おしえないんだど~☆)

こんな事を母に打ち明ければ、また体当たりを喰らって止められるだろう。
だから子れみりゃは、母に内緒で巣立ちを行うつもりであった。所謂、家出である。
自分をゆっくりさせない母から解放される日を夢見ながら、子れみりゃは春の訪れを待ち望んでいた。



親れみりゃは悩んでいた。
我が子の様子が明らかにおかしい。冬に入る前まであんなに我侭一杯に振る舞っていたのに、今は嬉々として自分の言う事に従っている。
ひょっとして、今までの教育の成果が現れたのだろうか?だとしても急すぎる。こんな短期間で豹変する程ゆっくりしていたようには見えないのだから。
真意を問いただそうにも言葉の通じない自分達では不可能だ。
だが何にせよ、我が子が素直な『おぜうさま』になってくれるのなら喜ばしい事だ。親れみりゃはそう思って心にわだかまる不安を振り払った。
今はただ春を待とう。春になったら子れみりゃを連れてもう一度あのゆっくり達で狩りをしよう。
あれだけの規模の群れだし、きっと大勢生き残っている筈だ。子れみりゃも満足できるだけの獲物を狩れるし、一緒に狩りをすれば母の苦労も分かってくれる。
我が子との楽しい日々に思いを巡らせながら、親れみりゃも春の訪れを待ち望んでいた。



名残り雪を融かす春の木漏れ日に誘われて、越冬を終えた蟲や獣達が森のあちこちで目を覚ます頃。
老木のうろを利用した『こーまかん』に住むれみりゃ親子もまた越冬を終え、後片付けを開始していた。

「う~☆まんま~、こいつもいいんだどぉ?」
「う~!」

母の許可を受けて、子れみりゃは生き残った『おりょうり』に牙を突き立てる。
冬の間は貴重な食糧だったので生かしておいたが、残った『おりょうり』は皆一様に活きが悪いものばかり。
だが冬の間生かさず殺さずを続け、フラストレーションの溜まっていた子れみりゃにとっては啜り放題である事自体が最高のスパイスだ。
嬉しそうに餡子を啜る子れみりゃの脇で、親れみりゃは冬の間に凍り付き、春になり解凍されてぐちゃぐちゃに崩れた『おりょうり』達を捨てる作業に没頭していた。

「………ゅ゛っ゛!!」

溶け出した時に出た水分で帽子と髪が癒着してしまったまりさを突き落とし、親れみりゃは一息入れた。
この老木は結構背が高い。他の木々も同じ位あるからこの老木が特別と言う訳ではないだろうが、それでもゆっくりにとっては致命的になる高さだ。
先程のまりさのようにまだ息のある『おりょうり』もいるが、こんなになってしまっては如何に味が良くても食べる気にはならない。
老木の根元は潰されたゆっくりで大惨事になっているが、巡り巡って老木の滋養にもなるのだからエコロジーな処分方法には違いない。
幽かに響いてくる『おりょうり』の断末魔を聞きながら、親れみりゃはこれからの予定を立て始める。

今『こーまかん』にある『おりょうり』を食べ尽くしたら、早速狩りに行かねばならない。
冬になっても遊び呆けていたあの丘の群れを狙おう。結構大きな群れだったし、簡単に捕まえる事が出来るから労力も少ない。
親れみりゃはそこまで考えると、夜に備え自分も腹を満たすべく子れみりゃの元へ向かった。



夜。通常種達が夢の中へ旅立つこの時間こそが、捕食種にとっての狩りの時間だ。
獲物に気付かれないよう、れみりゃ親子は無言のまま木々の合間を縫いながら飛んで行く。
やがて森が開け、闇夜に丘のシルエットが薄らと浮かぶのが見えた。
れみりゃ親子はじっくりと獲物を探して廻り、バレバレの偽装が施された大きめの巣に狙いを定めた。
親れみりゃが勢子となって巣に侵入し、巣の出口で待ち構える子れみりゃに捕らえさせる。
素早さに優れた胴無しと、力で勝る胴付きのコンビであるこの親子にだけ可能な方法であった。

(……う~っ!)
(わかってるんだど~!ここでまってるんだど~!)

互いの役割を確認し、親れみりゃが巣の中に侵入する。
星明かりすら届かない地中に掘られた巣穴は中々広いが、ゆっくりの姿は見えない。
もしや、奥の方にいるのか?そう考えた親れみりゃは音を立てないよう慎重に巣の奥へ向かう。
今気付かれたら巣の奥に立てこもられて、親れみりゃはともかく子れみりゃでは手が出せなくなってしまうだろうから。
しかし、何処まで行っても巣の奥に辿り着けない。やがて巣の奥から星明かりが差し込むのを見た親れみりゃは思わず舌打ちした。
この巣には出入り口が二つあったのだ。そしてれみりゃの侵入に気付いたこの巣の主はまんまと裏口から脱出したのだろう。
獲物に出し抜かれた事に腹を立てつつ、親れみりゃは入口で待つ子れみりゃの元へ飛んで行く。
そして巣穴の外に出た親れみりゃの目に飛び込んで来たのは、

「ま゛ん゛ま゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!だずげでぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!」
「ゆっ!れみりゃがでてきたよ!みんなでせいさいするよ!」
「「「「「ゆっゆっお~!!!!!」」」」」

ボロボロになった我が子と、それを取り囲む十匹程のゆっくり達だった。
突然の光景に理解が及ぶよりも早く、リーダーらしいまりさの命令と共に飛び掛かるゆっくり達。
怖れる様子も見せず高く跳ね上がるゆっくり達の体当たりをまともに喰らい、親れみりゃは地面に叩き付けられた。

「う゛う゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛っ゛!?!?!?」
「ま゛、ま゛ん゛ま゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?」

子れみりゃが挙げる驚愕混じりの悲鳴を聞きながら、親れみりゃは必死に状況を把握しようとしていた。



親れみりゃが巣穴に忍び込んで少し経った頃、入口で獲物を待ち構えていた子れみりゃに何かが投げ付けられた。

「う゛っ!?いたいんだど!?」

涙目の子れみりゃが拾い上げたのは小石。
角張っていて痛そうなそれを手に、子れみりゃは投げ付けられたであろう方向へ目を向ける。

「ここはまりさたちのゆっくりプレイスだよ!れみりゃはいますぐここからでていってね!!」

そこにはバレーボール程の大きさのまりさが居た。ゆっくり独特の体を膨らませる威嚇のポーズで子れみりゃを睨みつけている。

「……おまえがれみぃにいしをぶつけたんだど~!?ゆるさないんだど~!!」

生意気な獲物に腹を立て、子れみりゃはまりさに躍りかかった。
だがまりさは身を翻してそれを避ける。勢いが付きすぎていた子れみりゃがたたらを踏んだ瞬間、まりさが叫んだ。

「いまだよ、みんな!」
「「「「「ゆぅうううううう!!!!」」」」」

それに応えるようにあちこちの暗がりから何匹ものゆっくりが現れる。
まりさ、ちぇん、みょん、少ないながらありすも居る。それらが一斉に体勢を崩した子れみりゃ目掛け突進して来たのだ。

「うわぁああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?」

母の庇護のもとで育って来た子れみりゃにとって、このような逆境は初めてである。
パニックに陥り手足をばたつかせて抵抗するが、ゆっくり達は怯まず体当たりを繰り返してくる。

「……まりさおねーさんのいったとおりだね、こうやってみんなでたいあたりしていれば、れみりゃはおそらをとべない。
おそらをとべないれみりゃはぜんぜんこわくないよ。それにほんとうにまりさたちよりおばかみたいだしね」

その様子を見ていたリーダーを務めるまりさが安心したように独り言を漏らす。
この巣は、まりさがとあるアドバイザーの助言を受けて作った罠なのだ。
去年の秋に大人達が全滅して子供しか居ないこの群れにとって、れみりゃ等の捕食種から身を守る術の確立は急務だった。
身体能力に勝る捕食種と正面切って戦うのは無謀だし、素早く逃げ出そうにも子供だけでは不安がある。
そこで考え出されたのが、偽の巣穴を作って捕食種を騙す作戦であった。
トンネル状に掘った巣穴に不自然な偽装を施して見張り役のゆっくりを置き、襲って来た捕食種を誘い込む。
トンネルは広く長く掘られており、忍び込んだ捕食種に気付いた見張りが脱出して群れに伝える程度の時間は稼げる。
見張り役のまりさから連絡を受けて現場に急行したまりさ達が、罠の前で立ち尽くしている子れみりゃを見て即座に考え出したのがこの作戦だった。

作戦の内容はこうだ。
まず、まりさが小石を吹き付けてれみりゃの注意を引き、挑発する。
そして突っ込んで来たれみりゃをギリギリで躱し、体勢を崩した所で待ち伏せていたゆっくり達の体当たりで地面に叩き落とし、皆で取り囲んで攻撃する。
反撃の機会を与えないよう休みなく繰り返してぶつかり、飛び立てないうちに仕留めるのだ。
れみりゃが本当に馬鹿であるなら、見え見えの挑発であってもあっさり引っ掛かるだろうし、きっと待ち伏せにも気付くまい。
そう考えての作戦だったが、思った以上の効果があったようだ。
捕食種への恐怖で怯えていた仲間達も、実際にはれみりゃがそれ程強くない事を知ると、

「まりさがれみりゃをやっつけるんだぜ!!」
「れみりゃはよわいんだねー!わかるよー!」
「『はくろーけん』のさびにしてやるみょん!」
「れみりゃってばいなかものね!とかいはのありすがやっつけてあげるわ!」

と調子に乗って攻撃を続ける。
その間、子れみりゃも黙って攻撃を喰らい続けた訳ではないが、

「やっ、やべるんだど!!れみぃはこーまかんのおぜうさまなんだどぉ!!」

何度も反撃を試みるも、地に落ちたまま体勢も正せない状態ではどうしようもない。
獲物に過ぎないゆっくり達に手も足も出せない自分、それは子れみりゃのプライドを砕くには充分に過ぎた。

「ま゛ん゛ま゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!だずげでぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!」

とうとう心が折れた子れみりゃが母に助けを求めた丁度その時、親れみりゃが外に出て来たのだった。



親れみりゃがゆっくりの一撃を喰らって地に堕ちたのを目にしたとき、子れみりゃは只唖然とするしか出来なかった。
言葉が通じなくても親である。きっと自分の苦境を救ってくれる筈だと子れみりゃは信じていた。
だがその信頼はあっさりと崩れ去った。
抵抗らしい事もしないままに地面に叩き落とされ、再び空に舞い上がる事も出来ずに袋叩きになる母。
その情けない姿を見ているうちに、子れみりゃの心に沸々と怒りがわき上がる。
あれが誇り高き捕食種の姿だというのか?『こーまかん』の主の姿だというのか?

(……あんななさけないやつ、まんまじゃないど!!)

母と同じく餌に反撃を受けて抵抗できない自分の姿を棚に上げ、心中で子れみりゃは母を激しく罵る。
怒りに任せて手足を振り回し、しつこく集ってくるゆっくり達を強引に振り払うと、即座に子れみりゃは空へと逃げ出した。

「ゆっ!?みんな、おおきいれみりゃがにげるよ!!」
「なかまをみごろしにするんだねー!!わかるよー!!!」
「れみりゃってばよわむしね!!とんだいなかものだわ!!」

「う゛う゛ぅううううううう!?」

口々に挑発してくるゆっくり達と、自分を見捨てる我が子に驚愕する親れみりゃを尻目に、子れみりゃはそのまま森の奥へ飛び去っていく。
何故、見捨てる?立派な『おぜうさま』にする為に頑張っていたのに、我が子はそれを分かってくれなかったのか?
一度も振り返らないまま遠ざかる子れみりゃの姿に、親れみりゃが絶叫する。

「う゛わ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!!!!!」

それが子れみりゃを呼び戻す為なのか、今までの苦労や決意を完全否定された事に対する絶望から来たのか……
おそらく親れみりゃ自身にも分からなかったに違いない。
長い長い絶叫が終わると、親れみりゃは一切の抵抗を止めた。
突然の絶叫に驚いたゆっくり達が攻撃を中断しても、親れみりゃは地に伏せたまま動かなかった。
その虚ろな目に、とどめを刺すべく駆け寄って来たまりさの姿を映しても尚、親れみりゃは逃げ出す素振りすら見せる事は無かった。

「……まりさ、にげたれみりゃはどうする?」
「……いいよ、ほっとこう。それより、みんなにけがはない?」
「みんなけがしちゃったけど、しんだりじゅうしょうになったりしたこはいないよ!!」
「……よかった……もういちど、わなをしかけておこう。きょうはもうおそってこないだろうけど、けいかいはひつようだからね。
……あと、そのれみりゃはうめておくよ。ほっといたら、もりのどうぶつさんをひきよせちゃうからね」
「「「「「わかったよ、まりさ!!」」」」」

……暫くしてゆっくり達が引き上げた後、そこには何も残っていなかった。



再び季節は巡り、夏。
子れみりゃは未だ老木のうろで暮らしていた。
元々母から逃げ出す為に独り立ちしようとしていたのだ。母が居なければここから出て行く必要は無い。

「れみ☆りゃ☆う~☆」

出鱈目に手足をばたつかせるだけの『かり☆しゅま☆だんす』を踊りながら、子れみりゃは『おりょうり』を喰い散らかす。

「……………っ!!」

舌を引き抜かれ、口一杯に例のキノコを詰め込まれたありすの無言の断末魔をBGMにしながら、子れみりゃは一人暮らしを満喫していた。
だが、子れみりゃは決して今の生活に満足している訳ではない。

「あのなまいきなやつらをやっつけるんだどぉ~☆おぜうさまをばかにしたばつなんだど~☆
……でもあいつらはてごわいんだどぉ。れみぃだけじゃかてないんだどぉ……」

子れみりゃは母の仇を取りたい訳ではない。自分達を侮辱した生意気な獲物を制裁したいだけだ。
その為には奴らを圧倒する力を整えなければならない。そう、数で勝る奴らを蹂躙する力が。
だが子れみりゃは一人だった。親れみりゃもその特殊な育ち故、仲間と共に過ごす事は無かった。
子れみりゃは自分が弱いとは思っていなかったが、一人だけであの群れに勝てるとも思っていない。
姉妹も家族も居ない自分だけではどうしようも無い。

「どうすればいいんだどぉ……」

八方塞がりの手詰まり状態に、子れみりゃは餡子脳をフル回転させて対策を練る。

「う~……おもいつかないんだどぉ…………こんなときはあまあまをつかまえてでなーにするんだど!」

が、五分もしないうちに考える事を止め、狩りに向かう子れみりゃ。
あの襲撃の夜からずっとこのパターンを繰り返しているのだ。
因みにこの他には寝る、食べる、踊るの選択肢しか存在しない。これでは名案が浮かぶ訳も無い。
詰まる所、子れみりゃはいたずらに時間を浪費していたに過ぎないのだ。
今日もまた、子れみりゃはいつもと同じ日常を繰り返す。

「う~☆はじめまして、なんだどぉ~☆」
「うぅ~っ!?」

だが、今日はそこに少しだけ変拍子が加わったようだった。



森の奥地に広がる鬱蒼とした密林は、同時にこの森の捕食種達の楽園でもあった。
子れみりゃも狩りなどの際に他の捕食種と面識はあったものの、実際に会話をする程親密な関係にはなっていない。
それは胴無しである親れみりゃの存在の所為でもあったが、子れみりゃ自身が母以外会話する事さえ無い箱入りであった事も大きかった。
その母とでさえ碌に会話が成り立たなかったため、子れみりゃは生まれてから今に至るまでまともな会話をしなかった事になる。
それ故、一人暮らしとなってからも積極的に仲間や友達を得ようとはしなかったのだ。

「れみぃはれみりゃたちのことをよ~くしってるどぉ☆いつかおともだちになりたかったんだどぉ~☆」
「……わかったんだどぉ~☆きょうかられみぃたちはおともだちなんだどぉ~☆」

狩りに向かう途中、突然自分と同い年位のれみりゃに話し掛けられ、なし崩し的に友誼が結ばれた後、子れみりゃはある集会に案内された。
捕食種は群れを持たずに家族単位で暮らすものだが、それでは自分達を取り巻く状況に取り残されてしまう。
それを防ぐ為にそれぞれの種毎に集まって、情報交換を行うサロンの役目を果たすのが集会である。
件のれみりゃの紹介で、子れみりゃは森の奥に住まう胴付きれみりゃ達のコミュニティの一員になった。
とはいえ、所詮れみりゃの集まりである。
ふらふらと集まったれみりゃ達が思い思いに踊り狂って、それを見たれみりゃがやっぱり思い思いに評価を下す。
実にグダグダな集まりであったが、子れみりゃにとって有益な収穫も幾つかあった。

自分を追い詰め、母を殺したあの群れは結構有名だったらしい。
かつて森中にその名を知られた『おかのおいしゃさん』と呼ばれたぱちゅりーが率いる群れ。
襲撃するも事前に察知され、即座に隠れてしまう為に殆ど獲物にならず、いつしか誰も襲わなくなったのだと言う。
代を重ねるに連れて昔の鋭さを無くしていたらしいが、去年の秋頃に群れが激減したのを切っ掛けに再び以前の手強さを取り戻したそうだ。
……それも、随分凶暴な方面に。

「れみりゃだけじゃないど……れみぃのすてでぃーも、あいつらにかえりうちになったんだど……」

どうやらあの群れの被害を被ったのは、れみりゃ親子だけではないらしい。
話を振ってみれば出てくる出てくる、あちこちから噴出する怒りの声と賛同する声。
何時しか武勇伝を語る場となっていた集会の皆の話を聞いているうちに、子れみりゃは恐るべき事に気付いて青くなった。

(あいつら、だんだんつよくなってるんだどぉ~!?)

れみりゃ達の話を時系列毎にまとめると、どうも一番最初の被害者はれみりゃ親子であったようだが、時を経るにつれ手強くなって来ているらしい。
子れみりゃ達はだまし討ちの上で数十匹がかりのリンチだったが、徐々にその数が減っている。
やがて三匹掛りで抵抗して来るようになり、ごく最近に至ってはなんと一対一で負けたものが出たそうだ。
やり方も非常に巧妙で、子れみりゃのように罠に掛かったものも居れば、狩りの最中に待ち伏せされて袋叩きになったものも居る。
一対一で負けたものなどは、挑発されて必死に追いかけ回した挙げ句、空も飛べない不利な地形におびき出されて返り討ちになる始末。
このままでは何れ手に終えなくなると直感した子れみりゃの脳裏に、ある名案が浮かぶ。

「……あいつらはなまいきなんだどぉ!!このままじゃ、れみぃたちのごはんがたりなくなるんだどぉ!!!
だからそのまえに、みんなであいつらをねこそぎやっつけてやるんだどぉ!!」

子れみりゃの提案とは、この森のれみりゃ達全員であの丘のゆっくりを狩り尽くすと言うものだった。
これ以上手強くなる前に潰す、単純ではあるが最も有効な手段である。

問題は、コミュニティのれみりゃ達にそれを理解できる頭が無かった事だった。

「なんで、れみぃがおまえのいうことなんかきかなきゃいけないんだど~!」
「やりたかったらじぶんだけでやるんだど!れみぃはかんけいないんだど!」

このコミュニティは群れと言う程の強制力を持たない、情報交換という噂話や互いのダンスを披露する場のようなものである。
長などの役職も存在せず、従うべき掟も無い。
新入りの子れみりゃがいくら声を張り上げても、それを聞き入れる義理は無いのだ。
子れみりゃの主張に耳を傾けるゆっくりは居なかった。

それでも子れみりゃは諦めなかった。
森のれみりゃ達を片っ端から訪問して廻り、丘を襲撃する必要性を説得して廻る。
自分一人だけでは勝てないなら、襲撃する頭数を増やせば良い。
それが多ければ多い程有効なのは違いないのだから。

「おねがいなんだど!!れみぃといっしょにあいつらやっつけるんだど!!
……だれか、れみぃのはなしをきくんだどぉ~!!!」

そんな子れみりゃを、コミュニティは次第に敬遠するようになった。
集会でダンスを披露して盛り上がっていても、子れみりゃが空気を読まずに騒ぎ立てて場の雰囲気をぶち壊す。
あまつさえ『こーまかん』に押し掛けては同じ事を繰り返すのだ。ゆっくり出来る筈が無い。
そもそも新参者が自分達に指図するなど、生意気にも程がある。
子れみりゃは再び孤立してしまった。



子れみりゃの村八分が始まって二週間程が過ぎた。
その日、最早完全にシカトされていた子れみりゃの『こーまかん』である老木に、珍しく来客があった。

「れみりゃ、げんきにしてるかだどぉ~?」

村八分にされて『こーまかん』に引き篭ってしまった子れみりゃを、集会に誘ったれみりゃが様子を伺いに来たのだ。
しかし誰にも話を聞いてもらえなかったために、重度のゆっくり不信に陥っていた子れみりゃは顔も見せない。

「れみりゃ、げんきだすんだどぉ~☆れみりゃがげんきないと、れみぃもさみしいんだど~☆」

それでもれみりゃは諦めなかった。老木のうろを利用した『こーまかん』の外から励ましの声を張り上げる。
東の空が明るくなるまで、れみりゃは声援を送り続けた。

次の晩、れみりゃは再び子れみりゃの元を訪れた。
昨晩と同じく『こーまかん』の外から声援を送り、夜明け前に帰っていく。
引き蘢る子れみりゃにとって、ただウザいだけの無意味な行動。
狩りに向かう以外、外界へ一切の興味を持てなくなった子れみりゃには迷惑千万な話でしかなかった。

翌日もれみりゃは来た。昨日と同じように声援を送り、昨日と同じく夜明け前に帰る。
翌日も、そのまた翌日も、れみりゃは毎晩子れみりゃの元へ通い続けた。
子れみりゃは相変わらず一切無視していた。

森がすっかり紅く染まり、木々の合間を吹き抜ける風が段々冷たさを増してくる頃、れみりゃはぱったりと現れなくなった。
とうとう諦めたのか、と子れみりゃは安堵し、冬籠りの準備に専念する。
冬の合間の食糧兼防寒具となる『おりょうり』を作るため、沢山の獲物を集めなければならない。
子れみりゃは他のれみりゃ達と顔を合わせないよう、薄暗い森の奥と言う地の利を生かして日中に狩りを行っていた。
今日の獲物である元の姿が解らない程ズタボロだった禿饅頭を抱えて『こーまかん』に向かう道すがら、子れみりゃは疑問に思う。

(なんで、ほかのれみりゃがいないんだど~?)

子れみりゃが日中に活動しているのを差し引いても、全然見掛けないのは異常だ。
密集した森の木々に日の光が遮られ、昼尚暗い森の奥地で日中に活動するれみりゃは少ないながらも存在する。
流石に子れみりゃのように狩りを行うものは居ないが、ダンスの特訓や子供に太陽の危険性を教えるには絶好の立地条件だからだ。
なのに、子れみりゃが冬籠りの準備を始めてから全く姿形も、狩りの痕跡さえ見られないのだ。
競争相手が居ないのは喜ばしいが、何とはなしに不安が沸き上がってくる。

(……きっと、れみぃよりもはやくふゆごもりしてるんだど~☆そうにきまってるんだど~☆)

漠然とした不安感を押し殺し、子れみりゃは冬の準備を続行した。



子れみりゃは気付かなかった。いや、気付けなかった。
初めて出来た仲間との接し方が解らなかった為に、一方的に自分の主張を通そうとして村八分にされていたから。
初めて出来た友達への接し方を知らなかった為に、心配してくれた友達から向けられた好意を無視し続けたから。
既に森の奥に住まうれみりゃ種は、子れみりゃを残してほぼ壊滅状態であったと言う事実を、引き蘢っていた子れみりゃには知る術が無かったのだ。



切っ掛けは、子れみりゃの元に日参していたれみりゃであった。
集会に集まるれみりゃ達の中でも一番の社交性を持っていたこのれみりゃは、多くの友達を得る事を生き甲斐にしていた。
そんな折、胴無しと一緒に暮らす胴付きれみりゃを見掛けたれみりゃは早速友達になろうとした。
胴付きと胴無しでは会話が通じないにも拘らず、胴無しと胴付きでコンビを成り立たせているこの親子にその秘訣を教えてもらおうとした訳だが……
よくよく観察してみると、この親子はコミュニケーションが完全には成立していなかった。
体当たりと罵声で一方的に言うことを聞かせている親れみりゃを、れみりゃは次第に嫌うようになり、子れみりゃを助け出したいと考え始めた。
実際には親れみりゃは子れみりゃを虐げてるつもりは全く無く、体当たりも只のボディランゲージだったのだが。

そしてあの夏の夜、子れみりゃが一人で狩りに出ているのを目撃したれみりゃは早速声をかけ、友達になった。
聞けばあの胴無しれみりゃは狩りの最中に丘の群れに手を出して死に、今は一人で暮らしているという。
これは良い機会だと集会に子れみりゃを紹介して、あの丘のゆっくり達の情報を教えた途端に子れみりゃの様子が一変。
『こーまかん』に押し掛けてまであの丘のゆっくりの殲滅を訴える子れみりゃに、流石にれみりゃも呆れて村八分に加担する事にしたのだ。

だが時間が経つにつれ、れみりゃにも子れみりゃが何故執拗にあの群れを滅ぼそうとしたのか、だんだん解って来た。
最早誰も奴らには手を出せなくなっている。
罠、囮、待ち伏せ。捕食種との能力差を埋める高度な戦術を用い、丘に侵入する捕食者は次々と撃退される。
こうなる前に潰すべきだったのに、それを主張した子れみりゃが新入りだったからと言う理由で黙殺してしまった。
あまつさえ今の状態を予期して助言してくれた子れみりゃを、よりにもよって厄介者扱いして除け者にしていたではないか!
なまじ高い社交性を持っていた為に、己の行動が重大な背信行為である事に気付いたれみりゃは、謝罪しようと子れみりゃの元へ赴き、拒絶された。
それも追い返されたり、罵声を浴びせられるでもない、全くの無反応という形で。

れみりゃは諦めなかった。
次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、れみりゃは子れみりゃの元を訪れ続けた。

れみりゃ種の持つ悪癖に『かりすま』がある。
自分は特別な『おぜうさま』だから、自分がゆっくり出来るよう他の全てが傅くのは当然、と思い込むものだ。
他の種にも存在する悪癖だが、れみりゃ種のそれは群を抜く。
何かと言うと出てくる『さくや』も、従者が居て当然という思い込みの賜物。
手足を振り回すだけの『だんす』すら、見てもらうのでは無く『見せてやる』つもりでいる。
『かりすま』が全ての免罪符だと信じて疑わないのだ。
れみりゃ達が群れを持たないのもこれが原因である。
何処までも自分しかない我侭尽くしの集団が、群れなどという高度な社会を維持できる訳が無い。
精々集会で情報を出し合うのが関の山。それすら少しでもそりが合わなければ容易く崩壊する程度のものだ。
そんなれみりゃ種の中にあって、このれみりゃは自分をある程度わきまえている珍しい個体だった。
友達が多かったのも、我侭を言い合って衝突することが無かった為である。
それを見込まれ、集会の進行役や諍いの仲裁等を頼まれる事の多かった彼女を持ってしても、子れみりゃの拒絶という壁はなお高かった。
しかし、悪いのはこちらであるという負い目が彼女を突き動かしていた。

だが、毎晩子れみりゃの元へ向かっても顔すら見せてくれない現状はれみりゃの精神を鑢掛けしたかの如くに磨り減らして行く。
夏が過ぎ、秋の気配が深くなるにつれてそろそろ冬に備えなければいけない時期になる頃、彼女は限界に達した。

「わかったんだどぉ!あのおかのやつらをれみぃがやっつければ、きっとれみりゃもゆるしてくれるんだどぉ!!」

れみりゃは遂に正気を失った。
わきまえていた筈の自分への評価も、今やあの丘の群れはこの森一番の実力派になってしまった事実も、錯乱した彼女には通じない。
全てはあの丘の群れが原因に違いない、だから彼女達を滅ぼせばきっと子れみりゃは許してくれるに違いない筈だ。
そんな妄想に取り付かれたれみりゃは周囲の制止を振り切って、たった一人であの丘へと乗り込んだ。

れみりゃが丘に辿り着いたのは夜半を過ぎた頃であった。
夜の闇に乗じて辿り着いた丘はひっそりと静まり返り、いつかと同じくゆっくりの寝息が聞こえて来る。
早速れみりゃは獲物を探し始める。これもいつかの焼き直しのような風景。
あの親子と違うのは、それが捕食の為ではなく殺害を目的にしている事であろう。
そんなれみりゃの目に飛び込んで来たのはバレバレの偽装が施された大きめの巣。
まともな状態であったなら、これが罠である事位は気付ける程度の知能はあっただろう。
尤も正気を失った今のれみりゃに、そんな冷静な判断が下せる筈もなかった。

「みつけたんだどー!!いますぐみなごろしにしてやるんだどー!!」

あの夜とは対照的に、絶叫と共に巣穴へ突入するれみりゃ。
巣穴は大きめに掘ってあるが、それは通常のゆっくりに合わせての事。成体の胴付きれみりゃでは潜り込むのが精一杯だ。
それでもれみりゃは強引に突き進み、巣の最奥に開けられた脱出口に辿り着いた。

「にがさないんだどー!れみぃがおまえたちをぼっこぼこにしてやるんだどー!!」

れみりゃが通るには狭すぎるそれを強引に突破し、地表に現れた彼女を待っていたのは、

「ゆっ!れみりゃがでてきたよ!!」
「じゃあ、いつものじんけいでいくよー!!」
「ぺにーす!!」

待ち構えていた三匹のゆっくり達であった。
たった三匹とはいえ、この群れに属するゆっくりである以上は強敵に違いない。
侮る事は出来ない、筈だった。

「そこをうごくなだどぉおおおお!!いますぐころしてやるんだどぉおおおおお゛お゛お゛お゛お゛!!!!」

精神の均衡を失ったれみりゃには、そのような考えが一切浮かばなかった。
侮る、侮らない以前に、そのような理性的な行動が取れなくなっていたのである。
目の前にいる獲物を殺す。もっと殺す。もっともっと殺す。もっともっともっと殺す。
既に彼女の脳裏にはこの丘のゆっくりを殺し尽くす事しかなかったのだ。
三匹のゆっくりが縦一列に並んで相対した意味にさえ気付かないまま、れみりゃは馬鹿正直に真っ正面から躍りかかった。

「いっくよー!えーい!!」
「うあ゛っ゛!?」

だが渾身の一撃は、先頭に立っていたちぇんの体当たりで不意にされてしまった。そのまま無様に地面に転げ落ちる。
ちぇん種はゆっくりの中でも最高の瞬発力を持っている。
最高速度ではまりさに負けるにしても、スタートダッシュならどのゆっくりにも負けはしない。
その瞬発力が最大に活かされるのが、俗に『ぴょんぴょん』と呼ばれる跳躍なのだ。
通常のゆっくりが八十センチ程度跳ねるのが限界であるのに対し、ちぇんは一メートル以上飛び跳ねる事が出来る。
空中にいるれみりゃを地上に撃墜するのに、正にうってつけの種と言えよう。
しかし、その一撃は到底れみりゃを倒し切れるものではない。

「……よくもやってくれたんだど~!!れみぃのいかりがうちょう『ゆぷっ!』ぴぎぃいい゛い゛い゛い゛い゛!?!?!?」

悪態をつきながら起き上がろうとするれみりゃの目に激痛が走る。二番手に控えていたまりさが吹き付けた小石が命中したのだ。
石吹きはゆっくりにとって体当たりと並ぶ重要な攻撃手段である。
ゆっくりの皮は饅頭と同じ小麦粉を練った生地だが、人間で言えば肌に当たる外側はむしろ大福に使われる求肥に近い。
『ぷくーっ!』や『のーびのーび』等で表面積を二倍近く膨らませる事が出来るのはその恩恵だ。
そしてそれだけ膨らむと言う事は、同時に『風船のように大量の空気を溜めておける』と言う事でもある。
それを最大限活用したのが石吹きだった。
時にガラスすら突き破る程の威力を発揮出来るそれが、このまりさの必殺技だった。
れみりゃはそれを喰らったのである。

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!れ゛み゛ぃ゛の゛ぶり゛ぢー゛な゛お゛べべがぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!」
「……ちーんぽ−……」

そして最後尾に控えていたみょんが、激痛にのたうち回るれみりゃに向けて踏み出した。
みょん種には不思議な習性が幾つかある。
『ちんぽ』、『まら』、『ぺにす』等の男性器を表す隠語で会話するのもその一つだが、最大の特徴は『武器を使う』事にある。
鋭く尖った長い枝を『ろーかんけん』、短めの枝を『はくろーけん』と呼び、口に銜えて戦うのだ。
驚くべき事に原始的ながら体系付けられた剣術まで存在しており、ゆっくりの中で一番の武闘派な種と言われているのも頷ける。
大抵の群れで荒事担当になる実力は伊達ではない。

「……まらっ!!」
「う゛ぎゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!!!!!!!」

勢い良く振り抜かれた『はくろーけん』は、れみりゃの右頬を深く斬り裂いた。
厚めの皮を具材が覗く程深く抉った傷口から肉汁を撒き散らし、れみりゃは絶叫しながら苦しみ悶える。

「もういちどいくよー!!」
「こんどこそとどめだよ!!」
「ぺにーす!!」

霞む視界の端に再び陣形を整えるちぇん達を捉えた瞬間、れみりゃの心は折れた。
我を忘れる程の怒りも、子れみりゃへの罪悪感さえも跡形なく吹き飛ばされ、残ったのは『死にたくない』という思いだけ。
生存を望む本能に突き動かされ、れみりゃはためらいなく逃走を選んだ。

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!ざぐや゛ー゛!!じゃ゛ぐや゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

何処にそんな力が残っていたのか、一瞬でちぇんすらも届かない高度まで飛び上がり、れみりゃは一目散に逃げ出した。

「ゆっ!?れみりゃがにげるよ!?」
「きょこん!?……びっぐぺにす!!!」
「まって!まりさたちだけじゃあぶないよ!!みんなをよぼう!!」

慌てて追いかけようとするみょんとちぇんを、まりさが引き止める。
まりさ達はこれが初陣だ。群れで鍛えられた実力は疑うべくも無いが、用心に越した事はない。
まりさは自分達だけで追うよりも、経験豊富な群れの仲間と共に追撃を掛けた方が確実だと判断したのだ。

「ぜんいんでおいかけるんだねー!じゃあ、ちぇんはれみりゃのあとをつけるよー!めじるしをおいておくから、それをたどってきてねー!!」
「きをつけてね、ちぇん!」
「いんけい!!」

背後に聞こえるまりさ達のやり取りすら耳に入らずに、れみりゃは只々必死で森の奥へ逃げていった。



木々が鬱蒼と生い茂る森の奥地は騒然としていた。
皆の制止を振り切ってあの丘へ向かったれみりゃが、瀕死になって戻って来たからである。
錯乱していたとはいえ、交友関係の広かったれみりゃだけに人望も厚い。緊急の集会が開かれ、近隣の胴付きれみりゃの殆どに招集が掛けられた。
とはいってもそれ程数は多くない。二十に満たない人数でぐるりと輪になって口々に勝手な事を言い張っていく。

「れみりゃのかたきをとるんだど!!みんなでかかればこわくないんだど!!」
「でも、あいつらはてごわいんだど…………れみぃはあいつらとかかわりたくないんだど……」

やがて集会の意見は『全員で敵討ち』派と『無視を決め込む』派の真っ二つに分かれた。
しかし敵討ち派とて丘の群れの強さは理解しているし、無視派にしてもれみりゃを虐めた奴らへの仕返しはしたいのが本音だ。
互いに決め手に欠け、会議は踊るを地でいく終わりなき対立に夢中になっていたれみりゃ達は、大木の影から様子を伺うちぇんに全く気付けなかった。
それが彼女達の命運を尽きさせた事にも。

「……なんか、いいにおいがするんだど~☆」
「う~?……あまあまのにおいだど~☆」

集会の外周に陣取っていたれみりゃがその前兆を嗅ぎ取った時には、既に状況は詰んでいたのだ。

「……いまだよ!うちかた、はじめ!!」
「「「「「「「「「「ぷしゅっ!!」」」」」」」」」」

突然四方から吹き付けられる石礫。
闇に乗じてれみりゃ達を包囲した丘の群れが、一斉に石を吹いたのだ。

「いじゃっ!?」「う゛あっ!?」「な、なんなんだどぅ!?」

いきなりの事にれみりゃ達が大混乱に陥る。状況が全く把握できないまま、痛みに転げ回る彼女達目掛けて更なる石礫が降り注ぐ。
唯一、逃げ帰って来たれみりゃだけが、何が起こっているのかを理解できた。

「あ、あいつらだど!!れみぃをおいかけてきたんだど!!」

数刻前、手も足も出せずに一方的な敗北を喫した記憶が甦り、れみりゃの体を恐怖で縛る。
抉り切られた右頬の激痛が恐怖と共に増していくような錯覚が、れみりゃの戦意を拉ぎ折る。

「ぼぅやじゃああああ!!じゃぐやぁあああああ!!」

幼子のように泣き叫んでその場に蹲るれみりゃの目は、石礫により満身創痍となった集会のれみりゃ達に飛び掛かるゆっくり達の姿を映さなかった。



山の裾野に広がる森の中心、ぽっかり開いた場所にある小高い丘。
朝靄にけぶる丘の稜線が見えて来た事に安堵しながら、まりさは後続のゆっくり達を顧みる。

「みんな、もうすぐおかにつくよ!ぱちゅりーたちにおくすりをよういしてもらってるから、いちばんひどいけがをしてるこからみてもらってね!」
「「「「「「「「「「ゆぅ~……」」」」」」」」」」

後続のゆっくり達の様子は酷いものだった。
何かに殴られたような跡を残すもの、大事なお飾りを破かれてしまったもの、中には髪の毛を引き千切られたり目を潰されたりしたものさえ居る。
重傷軽傷あらゆる怪我人を揃えた見本市のような有様。夜を徹しての戦闘行為で、疲労もまた限界に達しつつある。
だが、全員が何処か誇らしげで、喜びに堪えない表情を浮かべていた。
それもそのはず、このれみりゃ追撃での戦死者はゼロ、全員が見事生還できたのだから。

(あんなにたくさんのれみりゃとたたかったのははじめてだけど、なんとかみんなでかてたよ!
……もうそろそろ、おかあさんたちのかたきをうてるかな?)

この群れがこれ程の実力を身に着けた理由、それは復讐であった。
昨年の秋の終わりに群れを襲った不幸、その元凶を打倒するために過剰とも言える戦闘力を欲していたのである。
だが相手は余りにも狡猾で強大な相手だ。下手をしたら今の群れでさえ勝ち目はないかも知れない。
後一つ、何か決め手でもあれば良いのだが。
今後の動向を練りながらまりさは丘の麓に辿り着き、そこで待ち構えていた人影に気付いて立ち止まった。

「むきゅ、おそかったのね」
「……ただいま、おさ」

そこに居たのは厭らしいニヤニヤ笑いを浮かべたぱちゅりーだった。現在のこの群れを率いる長である。
今度のれみりゃ追撃、まりさは危険すぎると反対したのだが長ぱちゅりーは断行を決定し、全面指揮をまりさに任せて自分は丘の後詰めに付いたのだ。

「それで?れみりゃはやっつけたのかしら?」
「……ばらばらににげたさんにんいがいは、みんなやっつけたよ。にげたれみりゃもけがしていたから、もうここにはこないとおもうよ」
「ほら、ごらんなさい!ぱちぇのさくせんにまちがいはないのよ!
まりさもおくびょうものにしてはよくやったわ!とくべつにぱちぇにさからった『おしおき』はやめてあげるから、かんしゃなさい!!」
「……うん、ありがとう。おさ」

まりさの報告を受け、長ぱちゅりーは嬉しそうにふんぞり返った姿勢のまま、まりさの労をねぎらう。
だが、その上機嫌もぱちゅりーの言葉をまりさが無表情で受け流し、怪我した仲間を治療する指揮を執るべく振り返るまでだった。

「むきゅっ!どこいくの、まりさ!?」
「……みんな、おおけがをしてるんだよ。
ぱちゅりーにおくすりをつくっておいてって、れみりゃたちをおいかけるまえにおねがいしてるから、それをもらいにいくんだよ」
「ぱちぇはそんなこときいてないわ!」
「……おさのことじゃないよ。まりさのともだちのぱちゅりーだよ」

まりさの言うぱちゅりーとは、『がっこう』で同期だったぱちゅりーのことである。
主に薬草を中心とした医療知識が豊富で、まりさも何度か世話になっている位だ。

「むきゅうぅうううっ!そうじゃないわ!ぱちぇのありがたいおことばをさいごまできかないなんて、どういうつもり!?」

どうやら長ぱちゅりーが問題にしているのは『自分の話を遮られた事』だったようだ。
一瞬だけ苦い草でも噛んだような顔をしたまりさだが、すぐに元の無表情に戻って言い返す。

「……みんなおおけがをしてるんだよ。すぐにちりょうしないとしんじゃうこもいるかもしれないよ。
そうしたらきょうのかりができなくなって、ごはんさんがとれなくなるんだけど………おさはそれでいいの?」

理路整然とした反論に、長ぱちゅりーが一瞬怯む。
すかさずまりさは畳み掛けるように言葉を続けた。

「ちがうよね?かしこいおさはそんなゆっくりできないこと、いわないよね?まりさのおもいちがいだよね?」

単なる否定では済まさずに、あくまでも長を持ち上げるまりさ。
長ぱちゅりーはそれに気を良くしたのか、再びふんぞり返ってまりさに命令を下す。

「むきゅ!そのとおりよ!はやくみんなをちりょうしてあげなさい!そのかわり、きょうのかりののるまはにばいよ!」
「…………わかったよ。じゃあ、まりさはいくね」

疲労困憊の状態で、普段の二倍もの獲物が集まる訳がない。だが、それを指摘して時間を取られては本当に死者が出てしまう。
出掛かった拒否の言葉をぐっと飲み込み、無茶な命令を承諾したまりさは傷ついた仲間達の元へ急いだ。

長とは言っても、このぱちゅりーは群れに何の貢献もしていない。実質、群れを統率しているのはこのまりさであった。
しかし群れの誰一人として現状に疑問を挟まない。皆、長ぱちゅりーの我侭に黙って従っている。
その事実に満足している長ぱちゅりーは増々増長し、どんどん堕落して行く。

それこそがまりさや群れの目的である事に気付かないまま、長ぱちゅりーは今日も砂上の楼閣で虚栄を貪っていた。



広大な森を睥睨する山がすっかり雪化粧に覆われた、冬のある日。
鬱蒼とした森の奥地に生える一本の老木の中で、子れみりゃは寒さと飢餓に震えていた。

「なんでさむいんだどー!!なんで『おりょうり』がすぐにしんじゃうんだどー!!」

子れみりゃが用意した『おりょうり』は去年の半分程。
日中の狩りで集めていたので、森の奥地に迷い込んで来たゆっくり位しか獲物が居なかった所為である。
しかもその数は段々減っていく一方だ。
原因ははっきりしている。子れみりゃが死ぬまで餡子を吸い尽くすからだ。
子れみりゃもなるべく生かしておこうとするものの、あっさり限度を忘れさせてしまう。
現在、何とか生き残ってる『おりょうり』は十匹ほど。これだけで春までの数ヶ月を生き延びねばならない。
死が身近になった今になって、子れみりゃは親れみりゃが何故あれほど厳しく接したのかようやく理解し始めた。

「まんま……ごめんなさいだど…………ゆるしてほしいんだどぉ…………」

子れみりゃは親れみりゃと同じ言葉が話せなかった。だから子れみりゃは親れみりゃが自分を嫌っていると、憎んでいると思い込んだ。
だが、本当は逆だった。母の言葉が理解できなかった子れみりゃこそが、親れみりゃを嫌っていたのだ。
母が必死で教え込もうとしていた『おぜうさま』の教養、それはいずれ独立するであろう子が一人で生きる為の知恵そのもの。
狩りの方法、『おりょうり』の作り方、冬籠りの時期やその準備等々……。
一人で冬籠りを始めてから半月も経たない内に、子れみりゃは母から教わった筈のそれらを殆ど覚えていなかった事に気付いたのだ。

(まんまはゆっくりできないど~☆れみぃはこーまかんのおぜうさまだからゆっくりするんだど~☆)

思い返せば、母の教育を受けている間に考えていたのはサボる事ばかり。これでは教わった事が身に付く訳がない。
それが解っていたからこそ、親れみりゃは時に暴力に訴えてまで子れみりゃを矯正しようとしていたのだ。

「れみぃがわるかったんだどぉ……まんま、たすけてなんだどぉ…………」

尤も、今更気付いた所で後の祭り。
母を見殺しにしたのは他でもない子れみりゃ自身なのだから。
後悔先に立たずを体現しながら、子れみりゃは只ひたすら春を待った。







うーん、いい天気だなぁ。
……おや?三軒隣の御仁井さんじゃないですか。こんな所でどうされました?
俺ですか?いえ、一寸ふきのとうを集めにね。
……れみりゃの捕獲?またですか?
確か秋頃にもそんな事言ってませんでしたか?

……れみりゃの数が激減してる?
それはまた……、乱獲がたたったんですかね?
……へ?それだけしか捕まえていないんですか?
……あ、そりゃそうですね。
言われてみれば、あいつらが食べるからゆっくりの数は増えない訳ですし、乱獲なんかしたら畑の被害はもっと深刻になりますよね。
……にも拘らず森全体でれみりゃが急速に数を減らしてると。今回の捕獲は生態調査を兼ねた頭数の確認なんですか。
いつもながらご苦労様です。

……あれ?でも御仁井さんの所でれみりゃ増やしてますよね?
ほら、あの土蔵を改造した研究室で。あいつら放してやれば……
……人間の生活環境に合わせた人工繁殖だから、自然では生きられないと?
成程、そりゃ道理だ。まして調子に乗り易いゆっくりなんかじゃ、弱肉強食の環境で生き残れる筈もありませんし。

……そう考えると、何であいつら絶滅しないんでしょうね?
弱っちい癖にすぐ人間を怒らせるし、餌と見れば喰い尽くすし、雨に溶けるし、頭悪いし……
正直、ここまで数を増やせた事自体が有り得ないと思うんですが。
……それを研究していた学者が軒並み失踪した?
書き置きに『あいつらは悪魔だ』って書き残して?
……どんなホラーですかそれ。
……それ以降、学会でゆっくりの研究はされていない、と。
へえ、今ゆっくり研究をしてるのは民間の研究者だけなんですか。
まあ、学者さんが匙を投げたんだったら、自分達で調べるしかありませんものね。
俺たち百姓にとっちゃ只の厄介な害虫ですし、ゆっくりの駆除法さえ解れば充分ですよ。
……ええ、それじゃ。頑張ってくださいね。



……はぁ、やれやれ。
しかし御仁井さんも凄い人だねぇ。私設の加工所持ちは伊達じゃないんだな。
……れみりゃの激減か……案外、今まで喰われていた連中が反撃を始めたとかだったりして。
……………そんな訳無いか。有り得ないにも程があるっつうの。

……ん?そういや、秋の終わり頃に森へぶん投げたぱちゅりーがそんな事言ってたよな……
……いやいや、それは無い。あんな死に掛けの戯言、いちいち付き合ってられるかよ。
さて、続き続き。ふきのとうって灰汁抜きしないと渋いのに、ゆっくりはこれも喰い尽くすからな。
あいつらが冬籠りしてる間にさっさと集めないと……







山の裾野に広がる森の奥地、木々が密集して昼なお暗い陰鬱な場所に生える一本の老木。
長い年月風雨に晒され、腐れ落ちた痕に出来た大きなうろの中で、子れみりゃは瀕死になりながらも越冬を成功させた。

「…………っ!!!!!」
「…うぅ……ごちそうさまなんだどぉ………」

うろに残った最後の食糧である禿饅頭を生クリームの一滴も残さず啜り、残った皮さえ貪り尽くした子れみりゃは溜息を吐く。
これでもう食糧は尽きた。狩りに出なければ明日の月すら拝めまい。
時刻は太陽が燦々と降り注ぐ真っ昼間。しかし森の奥地ならこの時間でも活動は出来る。
問題は、子れみりゃ自身が最早限界だった事だ。

「…うぅ……あれっぽっちじゃ、たりないんだどぉ……」

元々足りなかった『おりょうり』だが、冬籠りの半ばを過ぎた頃には先程の禿饅頭一匹しか残らなかった。
たった一匹、それも死なさないように節約しながらでは一日分の量などたかが知れている。
子れみりゃは完全な栄養失調に陥っていたのだ。

「……おなかが…………すいたんだどぉ…………」

ふらふらした足取りでうろの外へ向かう子れみりゃ。
うろの縁に足を掛け、背中の羽根を羽撃かせて空へ飛び出し……
そのまま老木の根元に墜落した。
最早飛ぶ力さえ残されていなかったのだ。

「……ぴぎゃっ!?」

結構な高さから地面に叩き付けられたにも拘らず、子れみりゃは死ななかった。
原因は老木の根元に積もったゆっくり達の死骸。
栄養豊富なそれを苗床に育った様々な植生が、子れみりゃを受け止めたのだ。
正に幸運。それは、親れみりゃが人間の元を逃げ出せたのと同じ位の幸運であった。

「……う゛ぅ゛……な゛ん゛でれ゛み゛ぃ゛がごん゛な゛べに゛…………」

しかし、命を救った奇跡や幸運に、子れみりゃは感謝の気持ちなど一片たりとて湧かなかった。
あったのは自らの境遇を嘆く怨嗟の声だけ。悲劇のヒロイン気取りの、与えられたものを怠惰に受け取るだけの傲慢の表れ。
……母と同じ醜い性根の発現に、仏の顔が尽きたのか、それとも神の博愛が尽きたのか、あるいは単に子れみりゃの悪運が尽きただけだったのか。

子れみりゃの元に、死神が降り立った。

「……ゆ゛わ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「う゛ぁ゛っ゛!?!?!?」

半ばやけくそで捨て鉢な雄叫びと共に跳んで来た物体にぶつかって、子れみりゃの体が跳ね飛ばされる。
栄養満点な状態であればなんて事は無いであろうそれは、今の子れみりゃにとって正しく致命傷となり得るものだった。
立ち上がろうと両足に力を込めるも、弱り切った足は時折痙攣するように震えるのみ。
せめて何が起きたのかを把握しようとぶつかって来た物体に目を凝らすが、霞む両目の視界は丸いシルエットを捉えるのが精一杯。

「おばえの!おばえのせいで、ばりざは………!!ぜったいに、ぜったいにゆるさないのぜ………!!」

子れみりゃに決死の体当たりを敢行したのは、一匹のまりさだった。
だが、子れみりゃの目がまともに働いていたとしても、それをまりさとは認識できなかっただろう。
まず、まりさ種の特徴であるお帽子が無かった。
更には頭頂部の金髪がごっそり抜けて地肌を晒しており、その顔は無数の痘痕のようなもので覆われている。
長い間風雨に晒された落武者の晒し首を金髪にすればこうなるだろうか。
見るものに恐怖すら覚えさせる程の壮絶な有様であった。

「ゆぐぐ……!!ばりざのおぼうぢと、がみのげざんのがたき……!!じねぇえええ゛え゛え゛え゛え゛え゛っ゛!!!!!」
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!?!?!?」

既に立ち上がる力さえ失った子れみりゃに猛然と飛び掛かるまりさ。
そのまま子れみりゃを踏み付け、何度も飛び跳ねる。

「じねっ!じねっ!!じねっ!!!じねっ!!!!じねっ!!!!!じねっ!!!!!!じねっ!!!!!!!」
「ゆぎっ…ゆぶっ……ゆべっ………ゆがっ…………ゆげっ……………ゆばっ………………ゆぐっ…………………」

執拗に踏みつけられる子れみりゃの悲鳴が段々小さく、弱々しくなっていく。
断末魔の言葉さえ放つ事が出来ないまま、子れみりゃのゆん生はあっさりと幕を閉じた。

「じねっ!じねっ!じねっ!じねっ!じねっ!じねっ!じねっ!じねっ!じねっ!じねっ!じねっ!じねっ!」

子れみりゃが永遠にゆっくりしても尚踏み付けを止めない禿まりさ。
禿まりさがようやく子れみりゃの死体から下りたのは周囲を夜の闇が覆い始めた頃だった。



「ゆぐっ……まりさのゆっくりしたおぼうし…………まりさのきれいなきんぱつさん……………」

しゃくり上げながら、禿まりさは自慢のお帽子と髪を一遍に失ったあの日の事を思い返していた。

禿まりさがまだ普通のまりさだった頃、彼女は八人姉妹の末っ子だった。
れいむとまりさというスタンダードな番であった両親が『はやくあかちゃんがみたい!』と願った結果、
充分に育ち切らず未熟なまま生まれ落ちたまりさは、良心を咎めた両親と姉妹から過保護なまでに甘やかされて育ち……
増長して一人で狩りに出た所を胴無しと胴付きのれみりゃ親子に捕まった。
そのまま一冬をれみりゃ達の巣で過ごし、春先に高い木の上から突き落とされたのだ。
冬の間に凍り付き、春の日差しで溶け出した際に癒着してしまった髪とお帽子は、突き落とされた拍子に気を失っている間に無くなっており、
クッションとなってまりさの命を救ってくれた無数の屍の上で、餡子塗れのお顔を皮ごと蟻に喰われる痛みで目を覚ましたまりさが半狂乱になって探しても見つからなかった。
そして、何とか自分の群れに辿り着いたまりさを待っていたのは、餡子のつながった実の両親と姉妹からの冷たい拒絶と、故郷のゆっくり達からの迫害だった。

「やべてぇえええええ!!ばでぃざはばでぃざだよぉおおお!!わぎゃらないのぉおおおおお!!!」
「うるさいよ!れいむはあかちゃんがしんじゃったかわいそうなれいむなんだよ!!そんなれいむをだまそうなんて、げすなはげまんじゅうはせいっさいっするよ!!」
「まりさのおちびちゃんはきれいなかみのけさんとりっぱなおぼうしがついてたんだぜ!!おかざりもないはげまんじゅうが、まりさのおちびちゃんなわけないぜ!!」
「「「「ゆっくりできないはげまんじゅうは、ゆっくりしないでしね!!」」」」
「「「ゆっくりしね!!」」」
「ゆぅううう!!ゆっくりできないやつがいるよ!みんなでやっつけるよ!!」
「「「「「「「「「「ゆ~!!!!」」」」」」」」」」

身の危険を感じたまりさはそのまま逃げ出した。
そして行く先々で迫害に遭いながらも冬を越し、当ても無く彷徨っていた時に見覚えのある胴付きれみりゃを見つけたのだ。
なにやら弱っているれみりゃに勝機を見出したまりさは決死の思いで体当たりをぶつけ、地面に転がった所へ容赦ないストンピングを浴びせて、
元の姿が判別できないまでグチャグチャに踏み潰したのである。



一時の激情が過ぎ去り、少し落ち着いた所で禿まりさはそれを見た。
先程自分が作り出したれみりゃの成れの果て。原形を留めていないそれを見て、彼女は確信した。

(まりさはれみりゃよりつよいのぜ!まりさこそがゆっくりのおうさまなんなのぜ!
……あんなゆっくりできないやつらなんて、おやでもおねーちゃんでもないのぜ!まりささまがじきじきにせいっさいっしてやるのぜ!!)

ミンチと化したれみりゃの死体の中で、唯一残っていたZUN帽。
無くしたお帽子の代わりにそれを禿頭に被り、まりさはその一歩を踏み出した。

……邪悪な笑みに歪んだ顔のままで。






※お久しぶりです。……忘れられてるかも。
前作のラストに出てきた化け物まりさの過去話です。……メインはれみりゃですが。
これでこのお話も後一話で完結です。
……これを書いてる途中でいろいろネタが湧いて来たんですが。
もし、この群れの興亡史をまだ読みたいという奇特な方がいらっしゃいましたら、番外編と言う形で続けたいと思います。
……時間はかかると思いますが。
何はともあれ、お読みいただき有り難うございました。


トップページに戻る
このSSへの感想 ※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
感想

すべてのコメントを見る
  • ん~私は個人的に好きな内容。感想は人それぞれで良いとは思うけど、合わなかったのは仕方ないとして称賛をタダタダ見下す様なでいぶ様は加工所にお帰り頂くかアンコの交換をお願い申し上げます。っと全く関係の無い話をして失礼致しました。個人的な感想としてはゲス(例:パチュリー)、人間など出てくるキャラの個性や性格等がアンコ脳の私でもゆっくり理解出来て非常に入りやすいストーリーで楽しいです。此れからも楽しみにしてます頑張って下さいね。それでは『ゆっくりしていってね!』 -- 2016-05-19 03:03:25
  • ここは普通を味わう場所じゃない -- 2016-03-29 03:47:26
  • しかしこの作者すごいなあ…
    ただその時その時悪役を出すだけじゃなくて、それぞれに
    ちゃんと背景が与えられてるって
    もはやこれゆっくり大叙事詩といっても過言ではないなw -- 2016-01-17 01:57:22
  • 荒れてる元になってるコメントしてるやつって、
    前にも似たようなコメしてたやつかな?
    自分の考えたお気に入りの~ってフレーズ好きだね
    ゆっくりSSで何考えて書こうが自由だし、
    読み手にとっては~つまらないSSって
    勝手に代表されても困るよねえw
    第一これだけ楽しんでる人がいるのに…w -- 2016-01-17 01:53:08
  • アハハハハハハハハハハハ
    -- 2014-08-10 20:51:36
  • ↓↓てめぇのコメで殺意が沸きました
    お前が死んでくれれば解決するよ
    何が、「権利は誰もない」だよ
    てめぇが権利出すなよ屑が!
    いっそ、さっさと死ね -- 2014-01-04 01:39:35
  • ↓アンタのそのコメント見て不快になった訳なんだが、その辺りどう思う?
    -- 2013-05-12 01:26:56
  • 他人が不快になる発言はやめましょうって言ったって作品に対する感想ならそれを否定する
    権利は誰にもなくね?
    作者を誹謗中傷してるわけでもないし、それを見て不快になるのは不快になる奴の勝手じゃん -- 2013-04-28 01:30:29
  • 饅頭風情が捕食種に抗ってんじゃねーぞ・・・ -- 2012-10-03 20:35:01
  • 悪い、↓↓↓↓に対するコメントだったか
    でもその書き方はゆっくりできないぜ?
    それこそゲスかでいぶかもりけんと同じレベルになっちまうから -- 2011-11-28 00:03:35
  • ↓※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
    ……これ、違うのか? -- 2011-11-27 14:35:13
  • そんな注意書きが必要だなんてどこにもかいてないぜ?せいぜいてめーのくだらねえあんこ脳の中にあるぐれーだよ -- 2011-11-27 14:27:10
  • ↓↓ゆ虐SS見てるのになんでこんなゲスゆっくりみたいな自分本位のコメント出せるのかわからん -- 2011-08-19 21:07:47
  • 普通に読めば十分面白いだろ
    ※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね! -- 2011-03-18 20:40:22
  • 過剰贔屓してる群れが出てくるなら最初にきちんと断りましょう
    作者にとっては自分の考えたお気に入りの群れなんでしょうが
    読み手にとっては過剰贔屓された群れが作者の満足で活躍するだけの
    つまらないSSとしか思えませんから -- 2011-02-08 17:18:56
最終更新:2010年01月27日 16:50
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。