ふたば系ゆっくりいじめ 1082 陽炎 02

四、

 おりんとちぇんは、ずっと一緒にゆっくりすることを決めた廃ビルの非常階段の下に、初めておうちを作った。おうちとは
言っても、二匹の基本的方針はこれまでと同じであくまで拠点として活用するだけである。

 二匹は、他のゆっくりに比べて幾分かは知恵が回った。それが何故なのかははっきりとは分からない。ただ、二匹に共通し
ている部分は、これまでずっと単独行動を取ってきたということ。両者ともに、複数で行動することの危険性を理解できたか
らこその決断であった。これにより窮地に陥った際、状況を判断して決断を下す、という回数が他の野良と比較して圧倒的に
多くなる。

 つまり、“考えた回数と決断した回数”の絶対数が異なるのだ。常に生き延びることを考えてきたため、お世辞にもゆっく
りしたゆん生を送ってきたとは言えないかも知れないが、都会の片隅で生きていくには正しい道を選択していると言える。

 その道を選び、なおかつ今日まで生き残れたのは、やはり生まれついての“警戒心”であり、“すばしっこさ”であったの
だろう。例えば、ぱちゅりー種が同じ生き方を選んだとしても、生き残ることは難しいはずだ。

「ちぇん!! それじゃあ、おりんはかりにいってくるよっ!!」

「わかったよー! ちぇんもいってくるよー。 かりがおわったら、いっしょにごはんさんをむーしゃむーしゃしようねー」

 あくまで単独行動を取るというスタンスを崩さないことが、二匹の優秀さを際立たせる要因と言える。

 自ら都会にあんよを踏み入れたおりんと違って、ちぇんは山で家族と暮らしていたところを業者によって捕獲された天然の
野生ゆだった。ちぇんは、都会の暮らしに順応することができた稀有な例であると言える。……それは、おりんにしても同じ
ことなのだが。

 二匹は、“狩り”の際にも人間に捕まってしまうようなヘマはしない。正確に、人通りの少ない場所を考えて選び、行動を
起こしているからだ。

(ゆっ……。 あのゆっくりたちは……ゆっくりできなさそうなよかんがするよ……)

 おりんの視界に入ってきたのは、成体れいむと成体ありす。それに連なる三匹の赤ゆたち。体中が泥だらけであり、目にも
覇気が感じられない。空腹の限界にまで来ているのだろう。ふらふらと、ゴミ箱の元へと向かい、残り少ない力を振り絞って
押し倒す。ゴミ箱が倒れる大きな音が近辺に響く。

「ゆっくり……むーしゃ、むーしゃ……しようね……」

「ちびちゃん……とかいはなごはんさん、さきにむーしゃむーしゃしてね……?」

 虚ろな表情の二匹の親ゆに見守られながら、三匹の赤ゆがもそもそと動きだして力なく残飯を咀嚼する。

「むーちゃ……むーちゃ……」
「「ちあわ……ちぇ……」」

 おりんには、とても幸せそうな表情には見えなかった。何も考える力が残されていないのだろう。やがて、そこに人間がや
ってきた。れいむとありすが、既に諦めたような、覚悟をしたような顔で泣きながら頬を少しだけ膨らませる。

「生ゴミが生ゴミ漁ってんじゃねぇ!!!」

 ひと思いに、踏みぬかれて潰されるありす。それを見て、れいむが何か叫ぼうとしたが同じように踏み潰されてそれを制さ
れる。三匹の赤ゆたちも食事を中断して、しーしーを漏らしながら人間を見上げている。

 おりんは、そっと目を閉じてその場を離れた。

 赤ゆの短い悲鳴が、後ろから聞こえたような気がした。

 狩りを再開する。ゴミ箱の中は、ゆっくりにとって宝箱のようなものだが、それを容易に開けようとしてはいけない。安易
に食料を得ようとすると、ああいう目に遭わされる。遭わされて、痛めつけられるだけならそれを教訓にすることもできるが、
見つかり次第潰されてしまうため、ゆっくりが学習する機会はない。

 人間は、ゆっくりに“やってはいけない事”を教えてくれたりしない。当然だ。見かけ次第、潰すが当たり前になっている
日常で、人々にとってゆっくりは本当の意味で動き回るゴミに他ならないのだ。

 おりんがゴミ箱の中身を漁る。賞味期限切れのパンが捨てられていた。口に咥えて颯爽とその場を後にする。路地裏近辺に、
真昼間から人間がうろついている事自体は少ないのだ。ちょっとだけ冷静になって、慎重に行動するだけで人間に見つかる可
能性は減るのに、愚かなゆっくりたちはそれに気付けない。

 家族がいれば、なおさらだろう。親ゆが我慢できても、食べ盛りの赤ゆは空腹に耐えることなどできない。できないから、
無理に食料を集める羽目になる。そして、見つかって潰される。おりんは、それを重々理解していた。

 暖かくなりつつある都会の風がおりんの頬をくすぐる。それでも、おりんは夢を見ていた。人間にとっては、あまりにもち
っぽけで、下らない“夢”……。

“自分とちぇんの……赤ちゃんが、欲しい”

 願ってはいけないことを、願っていた。これまで、おりんはそんな事を思いつきもしなかった。しかし、ちぇんと出会って
からと言うもの、“ちぇんと一緒にゆっくりした証が欲しい”……そんな事を、心のどこかで望んでいた。そして、その想い
は日増しに大きくなっていった。

 おりんも、ちぇんも、生き方のスタンスは変わらない。どういう状況が危険か、という認識もほぼ一致している。

(ちぇんは……、どうおもってるのかな……?)

 聞いてみたかったが、聞けなかった。おりんの望みは、おりんだけでなく大好きなちぇん、もしかしたらその間に生まれて
来る赤ちゃんゆっくりさえも危険に晒す可能性がある。独りよがりの望みを、ようやく見つけたパートナーに押し付けたくは
なかった。

 パンの袋を持って、拠点へと戻ってくる。ちぇんも狩りの手際がいいのか、野菜の切れ端を食べている最中だった。

「むーしゃ、むーしゃ、しあわせーー」

 ちぇんが屈託のない笑顔で野菜を食べる姿を見ていると、おりんはどうしようもなく切ない気持ちになる。少しだけ、表情
を暗くしてパンの袋を破る。その中に器用に口を突っ込んで、中身のパンを引きずり出して、食べる。

「むーしゃ……むーしゃ……、しあわせー……」

 おりんの口調に元気がないことに気付いたちぇんが、廃材の上からぴょんぴょんと降りてくる。ちぇんが、おりんの顔を覗
き込んだ。

「どうしたのー……? げんきがないんだねー……?」

「な……、なんでも、ないよ……」

 おりんが、ちぇんと反対側を向いてパンの残りを食べる。ちぇんは、ちょっとだけ不服そうな顔をしておりんの前に回り込
んだ。

「おりん……? なんだか、ゆっくりできてないんだねー……? どうしたのー?」

 突然、おりんが震えて涙を流し始めた。これには冷静なちぇんも、思わず黙ってしまう。それも一瞬の事で、ちぇんがおり
んの頬をぺーろぺーろと舐め始めた。

「ゆぅ……ゆぐっ……、ひっく……」

「どうしたのー……? どこか、いたいのー……?」

「おりん……、おりんはね……」

「うん……」

「ちぇんと……ゆぐ……おりんの、……っ」

「……うん」

「……いえないよぉ……。 いえないもん……」

「いってもいいよー……? ちぇん、おこったりしないんだねー……」

「ゆぐっ……えぐっ……」

「…………」

「ちびちゃんが…………ほしいよぉ……、ごめんね……ごめんね……っ!」

 おりんの、決死の告白に、ちぇんは動きを止めてしまった。二匹の間を生温かい風が吹き抜ける。しばしの、沈黙。

(いわければよかった……っ!! そうすれば、ずっとちぇんといっしょにいれたのに……っ!!)

 ちぇんの顔を見ようとはしないおりん。きっと、自分を蔑んでいるだろう……、そう思いこんで尻尾をふるふると震わせて
いた。

「……おりん?」

 沈黙を破ったちぇんの問いかけに、おりんが一瞬だけびくっ、と体を震わせた。そこから、口を動かすことができない。ち
ぇんが溜め息を吐くのが聞こえた。おりんの中で世界がバラバラと音を立てて崩れていく。涙がぼろぼろと両の頬を伝った。

「それじゃあ、まずは……ごはんさんをたくさんあつめないとねー……」

 おりんの震えが止まる。鳩が豆鉄砲を食らったような表情になる。恐る恐る顔を上げると、そこには優しい笑顔のちぇんが
いた。二本の尻尾をゆらゆらと揺らしながら、微笑む大好きなちぇんがいた。

「そうしたら、ちぇんとおりんの、ちびちゃんをつくろうねー……?」

 ちぇんはそこまで言うと、恥ずかしそうに顔を背けた。おりんは、泣きながらちぇんの頬に自分の頬をすり寄せた。

「ちぇん……っ!! だいすきだよっ……!! だいすき……っ!!」

「わかってるよー……。 ちぇんも、おりんのことがだいすきなんだねー……」

 それから、二匹は一生懸命に狩りに励んだ。少しだけ無理をしてしまい、人間に捕まりそうになった事もあったが、何とか
生き残る事ができた。集めた食料は拠点に隠し、おりんかちぇんのどちらかがにんっしんっ!してしまって動けなくなったと
しても、十分に生活できる量に達している。

 おりんは、間違った判断をしてしまったかも知れない。

 あるいは、それに同意した、ちぇんも。

 時に、強い想いは理性を打ち破る。破ってしまう。おりんのちぇんを想う、焔のような気持ちはそう言ったもろもろをたち
まち焼き尽くしてしまった。

 その夜。

 二匹は、生まれて初めてのすっきりー!をした。

 子供を宿したのは、ちぇんの方だった。しかも、胎生にんっしんっ!である。ちぇんの顔のサイズがほんの少しだけ大きく
なっているが、それに気付くのはいつもちぇんの事を見ている、おりんぐらいのものだろう。

「ちぇんっ! ちびちゃんのぶんまでたくさん、むーしゃむーしゃしてね!!」

 おりんは、子供のように無邪気な笑顔でちぇんの足元に食料を置いていく。ちぇんは、苦笑しながら、

「そんなにいちどにはたべられないんだねー……。 でも、ありがとうなんだよー」

 照れくさそうに感謝の意を述べるちぇんに対して、おりんも少しだけ頬を染めて尻尾でこめかみの辺りをかく。

 今、おりんは全てが満たされていた。地獄のような日々の中、ようやく幸せを手に入れた。しばらく、狩りに行く必要もな
く、一日中ちぇんに寄り添っていた。

「かわいいちびちゃんがうまれるといいね……」

「かわいいにきまってるんだねー……。 おりんとちぇんの、ちびちゃんなんだからー……」

 すっきりー!をした日から、時間にしておよそ一週間が経過している。その時間の概念自体は二匹とも持ち合わせてはいな
かったが、しゅっさんっ!の頃合いは本能で理解できている。ちぇんの頬にすーりすーりしながら、おりんが呟く。

「ちびちゃん……ゆっくりうまれてきてね……」

「おかあさんたちと、ちゃんとあいさつするんだねー……?」

 ちぇんの体内に息づく、愛しい我が子に語りかける二匹。

 異変に気付いたのは、それから更に三日が経過してからの事だった。

 おりんも、ちぇんも、不安そうな表情を浮かべている。植物性にんっしんっ!だろうが胎生にんっしんっ!だろうが、赤ゆ
は平均して一週間前後で産まれてくる。確かにまだその範疇にはある。しかし、子を宿したちぇんが何か違和感を感じ取って
いるのだ。

“ちびちゃんが産まれてくる気配がない”

 おりんに相談した時のちぇんの顔は酷く辛そうだった。不安で仕方がないのか、あの沈着冷静なちぇんが目尻にうっすらと
涙を浮かべていた。その不安は、おりんにも感染ってしまう。必死になってちぇんを慰めようとするおりんの心の中には不安
が大きく渦巻いていた。

 更に、二日。

「おりん……ちぇん、わかったかもしれないよー……」

「……どうしたの……?」

「ちびちゃんは……もう……」

「…………」

 産まれてくる前に、永遠にゆっくりしてしまったのではないか、と。最後まで言い切ることはなかったが、ちぇんはその事
をおりんに暗に伝えようとした。おりんも、認めたくはないがそんな予感は確かにあった。しかし、気になる事がある。未だ
にちぇんの体のサイズは大きくなったままなのだ。もし、赤ゆが永遠にゆっくりしてしまっていたら、本来のサイズに収縮さ
れるはずである。

 おりんは、小さな小さな希望にすがりついていた。ちぇんはちぇんで、一向に良くならない体調の事もあり、まだ自分がに
にっしんっ!しているのだろうという自覚は持っていた。

 ある夜。

 おりんは、傍らで聞こえる呻き声に目を覚まし、飛び起きた。

「ゆ゛……ぎぃぃぃ……っ!!!」

「ちぇ……ちぇんっ!! だいじょうぶ?! どうしたのっ?!」

「い……いだい゛、よ゛ぉ゛……!!!」

「もしかして、ちびちゃんが……?! ちぇん!! ちぇん!!! がんばってね!!! ゆっくりがんばってね!!!」

「わ゛がら゛な゛い゛…………っ、わがら……な゛い゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛……っ!!!!」

 冷や汗を大量に流し、歯を食いしばり激痛に耐えるちぇんの頬をおりんはひたすらぺーろぺーろと舐め続けている。

「ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……っ!!! あ゛……あ゛……ゆ゛ん゛、ぎい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛……っ!!!」

 おりんには、その痛みを理解してあげることはできないが、代わってあげることもできないが、ちぇんの表情が苦痛に歪む
のを見ているのは怖くてたまらなかった。

「ゆっくり……ゆっくりしていってね!! ゆっくりしていってね!!!」

「い゛だい゛……、いだい゛よ゛ぉ……っ!!!」

 ちぇんが、痛みに耐えきれずにその場で転げ回り始めた。おりんが本能的にその動きを止める。

「ちぇんっ!! がんばってね……っ!! これじゃ、ちびちゃん……ゆっくりうまれてこれないよ……っ!!」

 産道、に当たる部分が地面によって遮られている。ちぇんはうつぶせになって悶絶していた。寄り添うおりんを振り払い、
左右にごろごろと体を動かす。

「ゆ゛ぎい゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ……っ!! おでぃん……っ!!! おり゛ん゛んんんん゛ん゛!!!!!」

 必死なのだろう。必死になって、自分の名を呼び続けるちぇんの頬にすーりすーりを繰り返す。

「……ちぇん……?」

 その時、おりんが違和感に気付いた。ちぇんの産道は少しも開いてなどいない。本来なら、産道から赤ゆが顔を出し、

“ゆっくちうんじぇにぇ!!!”

 などと声をかけてくるはずだ。途端に、おりんの血の気が引く。では、ちぇんは一体何に対して、これほどまでの苦痛を感
じているのだろうか。

「ぽんぽん……い゛だい……いだい゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛……っ!! だずげで……だずげでぇ゛ぇ゛ぇ゛!!!!」

 凄まじい形相で、滝のように涙を流し、目を固く閉じたまま、うわ言のように繰り返す。

 助けて。助けて。助けて。

 おりんは、どうしていいかわからず、その場を動けないでいた。

「ゆ゛げえ゛ぇ゛ぇ゛っ!!!!」

 そのとき、ちぇんの口からチョコが大量に吐き出された。おりんが顔面蒼白になり、ちぇんに駆け寄る。二度、三度、チョ
コが勢いよく吐き出される。

「ちぇん……っ!! なかみをはいちゃ……だめだよっ!! ゆっくり……ゆっくりして……っ!!!!」

 しきりに声をかけ続けるも、ちぇんの耳には届いていないようだ。

「がひっ……っ!!! こひゅっ……!!!!」

 呼吸がおぼつかなくなる。おりんにも分かる。分かってしまう。ちぇんが、永遠にゆっくりしかけている。

「どぼじで……っ!!! どぼじで……っ!!!!」

 少しも理解することができなかった。にんっしんっ!した事以外、何も変わらず普段通りの生活を送ってきたというのに。
目の前にいるのは、びくびくと痙攣を起こしながら、なおもチョコを吐き続ける最愛のちぇん。

「ゆ゛っがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」

 その時。ちぇんの左頬の辺りが裂けた。おりんには、もう何が何だかわからなかった。しかし。

「じゃじゃーん……っ!!」

 耳を疑う。ちぇんには、もはやその声すら届いていないのだろう。白目を向いてぐったりとしている。時折、痙攣を起こし
ていることだけが、かろうじてまだ生きているという証明であった。

 しかし、今のおりんにその姿は視界に入らない。おりんが見つめる一点。ちぇんの破れた頬から顔を出し、嬉しそうに笑み
を浮かべている、一匹の赤ちゃんゆっくり。大きさは、ソフトボールサイズほどもある。それは、紛れもない、赤ちゃんゆっ
くりの“おりん”であった。

「もっど……、ゆっぐり…………じだ……か…………」

「ちぇん……? ちぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!????」

 ちぇんに向かって叫ぶ。ちぇんはもう動かなかった。青ざめたおりんの視界に更なる地獄が映し出される。赤おりんの口の
周り。そこにはべったりとチョコが付着していた。

「ちび……ちゃ……」

 赤おりんは、ちぇんの中身であるチョコを美味しそうに食べていた。皮に近い場所で顔を動かすと、既に皮が破れ中身を失
ったちぇんが、少しずつ動く。

「あ……あぁ…………」

 おりん種。

 他のゆっくりから忌み嫌われる理由は、ゆっくりの死骸を食べることだけではない。おりん種の子供を宿した、つがいのゆ
っくりは、体内の赤ゆに中身を食べられて……死ぬ。体内で養分を得て十分に育っても、赤おりんはすぐには産まれない。満
足に自分で行動できるようになって、初めて産まれてくる。そして、その方法はゆっくり界の中で最も凄惨なものであった。

 このサイズの赤ゆを、母体となったゆっくりが産道から産み出すことはできない。だから、母体ゆっくりの中身を食べ、自
らの意思で母親の皮を食い破り、自らの力で母ゆっくりの中から出てくるのだ。

「ちぇん……!! ちぇん……!!! ちぇん……!!!!」

「ゆっくちしちぇいっちぇにぇっ!!!」

 得意気な顔で、挨拶をしてくる赤おりん。

「ゆっくり……して、いってね……」

 反射的に挨拶を返す、おりんの口調は重い。その時になって、おりんは亡き母である親おりんに、尋ねた事を思い出した。

“……おかーさんは、どうして、しんぐるまざーになっちゃったの?”

 愕然とした。あのとき、親おりんは何も答えようとしなかった。しんぐるまざーになってしまったのではない。最初から、
一匹で自分を育ててくれていたのだ。

「むーちゃ、むーちゃ……しあわちぇぇぇぇぇ!!!」

 なおも、母親であるちぇんを食べ続ける赤おりん。全てを理解したおりんに、その行動を咎めることはできなかった。

 赤おりんは、今自分が食べているものが母親だという事を理解していないのだろう。目の前の“食料”を、本能の赴くまま
に食べているだけなのだ。

 そして、おりん自身もまた、産まれてすぐに……愕然とした表情を浮かべていたであろう親おりんの元で、親おりんのつが
いのゆっくりを……食べていたのだろうから。……自分を産んでくれた、母親などとは露知らず。

「……ちびちゃん、たくさん……むーしゃ、むーしゃ……してね」

「ゆっくちりかいしちゃよっ!!!!」

 ちぇんが、消えて行く。少しずつ、少しずつ。自分の傍からその存在を……消して行く。




五、

 おりんと、赤おりんは、二匹並んで路地裏を這って進んでいた。“拠点”からは離れた。また、元の生活に戻ったのだ。そ
の日、その日で、休めそうな場所で休み、狩りで得た食料はその場で食べる。

 心の中は空虚だったが、一生懸命にこの地獄の中での生活に馴染もうとしている赤おりんを見ていると、気をしっかり持た
ねばならなかった。

 街路樹には、桜の木が満開になっており、その花びらが風に乗って路地裏へと入り込んでくる。野良ゆたちはひっそりと、
春の訪れを喜んでいた。

 おりん親子は、相変わらず人間に捕まるようなヘマはしなかった。赤おりんも、両親同様に警戒心の強いゆっくりだった。
路地裏を這っていれば、目の前で他のゆっくりが潰されるシーンなど日常的に目に飛び込んでくる。そんな壮絶な光景を見て
も、赤おりんは怯えたりしなかった。

 二匹は、壊れたブロック塀の隙間でゆっくりと休んでいた。

 おりんが静かに目を閉じている。代わりに、赤おりんがしっかりと目を開いていた。そのとき、赤おりんの猫耳にゆっくり
が這ってくる音が聞こえてきた。

「ずーりずーり……」

「ぴょんぴょんするよっ」

 こちらに向かってきているらしい。赤おりんは、ゆっくりを追い払おうとしていた。

 にゃーん…………

「ゆゆっ?」

 赤おりんは、ゆっくりが自分の猫の鳴き真似に反応してくれたのが、嬉しくて満面の笑みを浮かべた。これで、付近にいる
はずのゆっくりはここを立ち去るだろう。

「まりさ……」

「わかってるのぜ……」

 赤おりんの表情が変わる。逃げ出すはずのゆっくりが、逃げない。不安になった赤おりんは、そっとブロック塀から顔を出
した。

「ゆぴゃああああっ!!!!!」

 おりんが飛び起きる。

(ちびちゃ……)

 辺りを見回すが、赤おりんの姿はない。慌てて飛び出す。

「やっぱり……あのときの、みかけないゆっくりだったのぜ……っ!!!」

「おぎゃあ゛じゃーーーんっ!!! だじゅげぢぇえ゛ぇ゛!!!」

「うるさいよっ!!!」

 赤おりんのお下げの一本を咥えたまま、地面に叩きつけるのは、れいむ種だった。

「いちゃああああああい!!!」

 顔面から地面に叩きつけられ、大泣きする赤おりんに唾を吐きかけるのは、まりさ種だ。

「なにやってるの!! かわいいちびちゃんをはなしてね!!! すぐでいいよ!!!」

 おりんは、威嚇をしながら二匹に怒鳴りつける。れいむとまりさは、ニヤニヤと笑いながら、

「おお、こわいこわい」

 そう言って、赤おりんをまりさのあんよで少しだけ踏みつける。

「ゆ゛ぎゅう゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛……!!!」

「や……やめてねっ!!! ちびちゃんがいたがってるよっ!!!!」

「やめるわけがないよ」

「どおして……」

「わすれたとはいわせないのぜ」

 れいむと、まりさのおりんを睨みつける形相は凄まじいものがあった。とてつもない憎悪が自分に向けられている。それを
感じたおりんの頬に冷や汗が流れる。

「よくも、れいむたちのおかあさんをむーしゃむーしゃしたねっ!! ぜったいにゆるさないよっ!!!」

「まりささまが、せいっさいっ!してやるのぜ!!!」

 言って、おりんに飛びかかってくるまりさ。おりんはそれを器用にかわすと、逆にまりさに体当たりして突き飛ばした。

「ゆ゛う゛う゛う゛……っ!!!」

 ゴロゴロと転がるまりさに、追い打ちをかけようとするおりんの猫耳に、悲痛な叫びが届く。

「い゛ぢゃい゛よ゛お゛お゛お゛!!!!」

「ちびちゃんっ?!」

 振り向くおりんの視界に映ったのは、お下げの一本を食いちぎられた痛みでのた打ち回っている赤おりんの姿。苦痛に顔を
歪め、しーしーを噴き出している。おりんが、唇を噛み締める。

「ゆっくりしねっ!!!!!」

「?!」

 おりんの後頭部に凄まじい衝撃が走る。飛ばされたおりんは、顔から地面に落下して歯が数本折れる。涙目のまま、にらみ
つけるおりん。まりさの怒りはまだ収まっていないようだった。

 れいむとまりさ。この二匹は、かつておりんが食料として食べたれいむの赤ゆたちだった。あのときは、自分たちの母親の
中身を食い散らかし、悠然と亡骸を持ち去って行くおりん親子の後姿を眺めているだけだったが、今は違う。

 明確な殺意でもって、おりんを永遠にゆっくりさせようとしている。これは、二匹にとっての復讐だった。

「おまえみたいな、へんなゆっくり……さがしていれば、いつかかならずみつけられるとおもってたのぜ!!!」

「おかあさんをたべたゆっくりごろしのげすは……ゆっくりしないでしねっ!!!!」

“お母さんを食べたゆっくり殺しのゲス”。

 その言葉がおりんの心の奥の奥を貫く。そこに、隙が生じた。気がつくと、まりさに突き飛ばされていた。倒れ込んだとこ
ろに、更にまりさが飛びかかる。バスケットボールほどのサイズのゆっくりが、顔面の上で執拗に飛び跳ねる。その衝撃は、
おりんの顔の形を歪ませ、中身を吐き出させるには十分なものであった。

 正確には、れいむとまりさの母親を潰したのは駆除活動に参加していた人間だったのだが、二匹にとってそれはどうでもい
いことなのだろう。

「ゆ゛ぐっ!!! ゆぎぃぃぃっ!!!」

 既に、顔の四分の一ほどを破壊されたおりんが、恨めしそうにまりさを睨みつける。もう、起き上がるだけの力は残されて
いなかった。まりさは、ボロ雑巾のような姿になってしまったおりんに、唾を吐きかけるとれいむが拘束している赤おりんの
元へと移動した。

「ゆ……くち……しちぇ……?」

「ゆっくりしんでね」

 そう言って、先ほどと同じようにまりさがあんよを赤おりんの上に乗せる。ご丁寧に、赤おりんの苦痛に歪む顔がおりんに
とってよく見える位置に移動させて。

「ゆ゛……ぎゅ……ぅ!! ちゅ……ちゅぶれりゅぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!!!」

「や……やべでぇぇぇぇ!!!! おり゛んの゛……ちびちゃ……ちびちゃんがぁぁぁぁ!!!!!」

「ゆっくりしね!!!!!!!」

 一気に体重を乗せる。まりさのあんよに覆われて一瞬だけ赤おりんの顔が見えなくなったかと思うと、次の瞬間、不自然な
ほどに膨れ上がった顔が弾け飛んで、中身のチリソースを噴き出し、四方に目玉や皮の切れ端を飛ばした。

「ゆ……ゆ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……っ!!!!!!!!!!!!!!!」

 消えてしまった。ちぇんとの間に産まれた、ちぇんと一緒にゆっくりしてきた証が、跡形もなく。

「どぼじで……」

 言いかけて、やめる。やめて、薄れゆく意識の中で、いろんなことを考えていた。

「ゆゆっ!! にんげんさんがくるよっ!!!」

「ゆっくりしないでにげるのぜっ!!!」

 目的を果たしたせいか、その場を一目散に逃げ出すれいむとまりさ。その判断力と、決断の早さは、おりんやちぇんと比較
しても遜色のないものであった。

 れいむとまりさは、二匹だけでこの地獄を生き延びた。いつか、自分たちの母親の亡骸を食らい、持ち去ったおりんに復讐
することだけを夢見て。そして、今日、二匹はその願いを叶えた。ここに来るまで、二匹もまた、おりんやちぇんと同じよう
に、必死に考えて、考えて考えて、生き抜いてきたのだ。まさに、執念であると言えよう。

 取り残されたおりん。

 目の前にある我が子の残骸の元へとあんよを動かそうとするが、既に動かない。おりんは、体中を徹底的にまりさによって
破壊されていた。

 目が、霞んで行く。

 おりんは、地獄の底にいた。その中で、生きようと、足掻き続けてきた。視界がぼやけていくのは、涙で瞳が滲んでいるか
らだろうか。それとも、意識が薄れていっているからだろうか。

 視界に映る何もかもが、ぼんやりと、ゆらゆらと揺れているように見えた。

 焔の如く、日々を駆け抜け、焔の如く、ちぇんを愛したおりん。

 ゆらめく景色は、おりんの中の消えゆく灯が生み出す懐かしい記憶。

 都会という名の地獄の片隅で、見続けていた幻。

 それは、まるで季節外れの陽炎のようだった。

 夢か現か。

 その区別すらつかない、おりんの猫耳に、人間の歩み寄る足音が聞こえてくる。

(ゆっくり……、おいはらうよ……)






 にゃーん…………



 にゃーん……









おわり



日常起こりうるゆっくりたちの悲劇をこよなく愛する余白あきでした。



トップページに戻る
このSSへの感想 ※他人が不快になる発言はゆっくりできないよ!よく考えて投稿してね!
感想

すべてのコメントを見る
  • ↓せっていさんだよ!ばかなの?しぬの? -- 2016-01-10 23:51:44
  • 待てよ。
    チリソースかかった時点でゆっくりまりさが「ぼっど…ゆっぐり…じだがっだ」ってなりそう。

    *ゆっくりは辛いものを食べると死にます。 -- 2014-09-26 00:00:15
  • にゃーん…にゃーん… -- 2013-08-29 11:56:30
  • ああ無情、おりんだからこその苦悩と受難、そしてゆっくり全体に言える理不尽さ。
    辛いところだなあ。 -- 2011-09-06 22:12:58
  • これは…ひどい… -- 2011-01-19 23:35:58
  • 種でゆっくりをひいきしない世界観はゆっくりできる。 -- 2011-01-09 18:34:18
  • 因果応報というよりは、「おりんという種ゆえの業」という感じだな
    いや、面白かった -- 2010-10-31 01:12:59
  • れいむまりさ如きがおりん種に危害を加よう等とはおこがましいにも程がある
    しかも親の仇だとあたかも自らの悪行を正当化する様な思考、正に万死、いや億死に値する -- 2010-09-23 18:14:01
  • ↓おいおい因果応報って…あんたな… -- 2010-09-04 09:01:20
  • すばらしい、、、、
    ラストが特に、因果応報は最高です。 -- 2010-07-25 22:30:15
  • 面白かった -- 2010-07-10 02:33:57
  • よかった。 -- 2010-06-18 02:15:49
最終更新:2010年03月31日 16:16
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。